神様代行始めました ~癒しと成長の奇跡で世界を救え!~ 作:ズック
「これが、ダンジョン……?」
「生き物の腹の中とは思えないですね」
まず、明るい。蛍光灯でもついているのかというほどにしっかりと明かりがある。
そして足元や壁が肉壁のピンク色一色、というわけでもなく割としっかりとした石造りの場所が多い。それが入り口(鯨の口から入ってきたのだが)付近だからなのか、それともなにか別の理由があるのかはわからないが、進んでみれば何かわかるかもしれない。
(もしもし神様?)
さて、電波が悪いのかただの留守なのか、あの女神から返事がない。役に立つのか立たないのか微妙な神様であるが、いつもはいる話し相手がいないというのはなんとなく気分が落ちるものである。
「お腹の中だから真っ暗かと思っていたんですが……」
「アレだよ、雷光蛍。いや、少し違うか?」
女が指さす先にふわふわと浮かぶ発光物体がいた。蛍と言っていたが空中をゆっくりと上下に動くだけでどうにも虫らしくない。
「あっ、こいつイカだ」
少し近寄って見てみると、真ん丸の体に10本の短い足が付いている。ふわふわと宙に浮かぶそれを捕まえようと手を伸ばし──。
「バカ、近寄るな!」
「え? お”あ”っ!?」
ジッ、と一瞬音が鳴ったかと思たら全身に針を刺されたかのような痛みで体が強張り、視界が傾いていく。
倒れるなー、と他人事のような気持ちで待っているとぽよん、と未知の柔らかな感覚が後頭部を包んだ。
「雷光蛍は外敵から身を守るために全身から電撃を放つ。今のやつも似たようなもんなんだろう。ひとつ賢くなったな」
後ろから支えられているようで耳元でハスキーボイスが聞こえる。
「申し訳ない……」
痛みは瞬間的なものでもう治まっている。声をかけて体に力を入れて自力で立つ。
支えてくれた人に向き直り、謝罪をする。
目線は少しだけ上に──だいたい175センチメートルくらいか──小麦色の肌に
女の名はディリス。馬車で一緒に来ていた客のひとりだったようで、俺たちのことを自分の同業者──彼女は傭兵らしい──かと思い観察していたらしい。
「ま、料金分は働いてやるよ」
そう言って快活に笑い、こちらの頭をぐしゃぐしゃと撫でて先を歩きだした。男勝り、というよりは竹を割ったような性格と言えばいいだろうか。
先行く彼女を見ながらルーナが小声で聞いてくる。
「……ロウ様はああいうのが好きですか?」
「いや、まあ、嫌いじゃないが四六時中あの格好のままってのはな。アルは?」
「女性の胸は大きければ大きいほど良いと思いますがそれはそれとして苦手なタイプの女性ですね」
「聞こえてんぞてめぇら」
好きでこんな格好をしているわけじゃないとは本人の談。育ての父親に信仰させられた神の加護のせいだと言う。その神を信仰する者は命を惜しまず、恐れず、そして常に戦場にいるつもりで日々を過ごす。つまりは生粋の戦闘集団のような人たちらしい。
まあその結果が常時半裸の男女というのだから宗教というのは面倒だなあと実感する。
アルはどうやらディリスが信仰する神様に心当たりがあるようで、しかし苦虫を潰したかのような表情で口を開いた。
「……東の闘神、フィアトル」
「そっちは西の戦神だろ? 騎士様よぉ」
アルとディリスの間でなんとなくピリピリとした雰囲気を感じる。
聞けばどうにも2人の信仰している神様同士があまり仲が良くないようで、それぞれの信徒たちも物事に対する考え方の違いから同じように敵視しているらしい。
「……私の国では闘神を信仰する者は蛮族として扱われます」
「うわお」
「んで、アタシらの中じゃ戦神なんてのを信仰するのは腑抜けた
「どうして仲良くできないのかね……」
攻めを重視する闘神と守りを重視する戦神のスタンスの違いから始まったものだそうだが、なんともまあ面倒な話である。
そんな中に首を突っ込もうとしているうちの神様も面倒なことこの上ないのだが、なるようにしかならないので考えるだけ無駄である。
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ゆっくりとダンジョンを進んでいく。
どれほど進んだだろうか。壁や床は石造りの場所と肉のような場所の比率が逆転してほぼ肉壁のような状態だ。
「ロウ様、あちらを」
ルーナが指さした先を見ると白い何かが落ちている。ゆっくりと近寄ってみてようやくそれが何かわかった。人骨だ。
魚人と人と混ざっているが頭の数からして9人分。多いと考えるべきか、思ったよりも少ないと思うべきか。
「今までに飲み込まれたやつらの遺体か」
アルとディリスが近寄って残っていた服や物を確認している。
俺とルーナは邪魔にならないよう周囲の確認である。
「おかしい……。
「そうだな。綺麗に服や骨だけ残ってやがる。ってことはだ」
頭上からクラゲの奇襲を女が一息で斬り払う。
「掃除屋がいるってわけだ!」
クラゲ型の魔物は真っ二つに切られ絶命する。しかし肉の壁に擬態していたクラゲ型の魔物たちが一斉に飛び掛かってきた。
切られたクラゲから飛び散った体液が滴り落ちて肉の床がジュウと煙を上げて溶けていく。
これはつまりさっきの骨の人たちはこいつらに溶かされてしまったのか。
喉の奥からこみ上げてくるものがあるが飲み下す。吐いている場合じゃないんだ。
「ロウ、身を低くして頭上に注意を! ルーナはあまり近づきすぎないように! 取り込まれる可能性があります! ディリス! 剣よりまず棍棒を使って叩き落してください!」
「あいよ!」
アルは剣の腹と鞘を使ってクラゲを叩き落してから突き刺して処理している。それを見てディリスも同じように棍棒で落とし、片手剣を突き立てる。
アルとディリスは戦闘になればしっかり連携が取れるようだ。自分の命に関わるから当たり前と言えばそうだが、それでも安心した。
戦闘組は大丈夫そうだから言われたとおりに身を低くして頭上の警戒をしておこう。ついでに周りを見て他の魔物が来ていないか確認をする。
四つん這いであたりを見回していると手に何か固いものがぶつかった。頭蓋骨だ。
反射的に放り投げようとしてしまったが、ふと、小高く積まれた骨の山が目に入った。
「なんで骨がまとまって落ちていた……?」
1か所に集まるような……。集められた? 何に?
あのクラゲの魔物ではないだろう。あれはただ捕食するだけのものだと思う。まとめるような知能があるようには見えない。
見落としがないかと視線を巡らせていると、クラゲの処理をしている2人の足元から音もなく触手が伸びていた。
「アル! 下だ!」
「っ!?」
触手がアルとディリスの体に巻き付こうとした瞬間にぶつりと根元から断ち切られた。
「助かりました!」
異変に気付いたルーナが一瞬で助けに入り、アルとディリスが拘束から抜け出した。そしてわずかに残っていたクラゲ型の魔物を振り払いこちらに合流する。
「後でいい。……来る」
ずるりずるりと肉の床から触手の持ち主が姿を現す。肉の床と同じピンク色の縦長の体に吸盤のついた触手が10本。4メートルほどの巨体が目の前にそびえ立つ。
「イカ……!? ええっとクラーケン!」
確かイカの化け物はだいたいそんな名前だったような。
いやそんなことよりもだ。
「道を塞がれましたね」
「見事に塞いでいるな」
クラーケンがダンジョンの奥へ続く道を通せんぼしているのだ。迂回路はおそらくなく、倒そうにもあの巨体である。いや、巨体というだけならこの前の最深部の化け物もそうなのだが。
「とりあえず叩き斬ればなんとかなるでしょう」
「アルのそういう割と脳筋なところ嫌いじゃない」
「えっじゃあ私も! 私もとりあえず斬ってきます!」
「ルーナはそのままが可愛いと思う」
「ダンジョンの中でする会話じゃねえ……」
ディリスの言うことはもっともである。だが──。
「では……」
一瞬にしてアルの姿が掻き消えて、クラーケンの触椀を斬り飛ばす。ただの踏み込み、ただの跳躍でさえうちの騎士様が行えば瞬間移動のような動きである。やる時はしっかりやれるのだ。
クラーケンは残った触手を鞭のように振り回すが、アルはそれを剣で打ち払い、時には小さな足捌きだけで本体へと近づいていく。
そして一瞬、クラーケンの触手による攻撃が一瞬だけ途切れた隙を見逃さずに全力で踏み込み、突進して、クラーケンの巨体へと剣を突き刺し諸共に奥へとすっ飛んでいく。
「燃えろ」
目と目の間に突き刺した剣から炎が上がり、瞬く間にクラーケンを炎が包み込んだ。
海産物が焼ける良い匂いがする。
「お疲れ様、アル」
「これくらい当然です」
「ふぅん、こりゃあたしはいらなかったな」
「いえ、我々は割と世間知らずというか、物を知りませんのでありがたく思っていますよ」
「嫌味ったらしい野郎だな」
「……?」
「素で言ってるのか。余計に質が悪いな」
あー、戦うことに関して自信を持ってる傭兵が「お前の力なんぞ当てにしていない」と言われたようなものか。いや、もちろんアルのあれはたぶん本心なのでそんなことは思っていないのだろうが、あとでフォローしておこう。
クラーケンが焼けた跡に自分の拳よりも一回り大きい深い青色をした魔石が転がっている。宝石だと言われたら信じてしまいそうな見事なものである。
魔石を拾い上げて鞄に入れたところでルーナがキョロキョロとあたりを見回していることに気が付いた。
「ルーナ? どうしたんだ?」
「はっきりとはわからないのですが、まだ何かいます」
ルーナがそう答えるや否や、アルが即座に剣を床に突き刺して炎を四方八方へと
──沈黙。
ルーナもたまにはミスすることがあるんだなあなどと思っていると、ずるり、と肉の床から俺たちを囲むように6体のクラーケンが一斉に姿を現した。
「え」
視界に影が差した。クラーケンたちが持ち上げた触手が雷光蛍イカの灯りを遮ったためだ。
そして当然の帰結として、振り上げた触手は振り下ろされる訳で。
体を突き飛ばされたような、引きずられるような、とにかく必死に脚を動かす。
「おわああ!」
「そら足を止めるな、走れ走れ!」
「なんとなく冒険してる感がありますね」
「ええ、ロウと一緒にいると退屈はしなさそうです」
「お前ら余裕だな!?」
愉快な逃走劇の始まりである。