神様代行始めました ~癒しと成長の奇跡で世界を救え!~ 作:ズック
化け物が止まってしばらく経ち、ようやく脚の感覚も戻って一安心していたところに海から大きな影が上がってきた。
「まずは、助けてくれたことに礼を言おう。ありがとう、そしてすまなかった」
村で見た覚えがある、真っ白な髭を垂らすように伸ばした老人が腰を折り、頭を下げている。どうやら村の時とは違い、この姿は俺以外にも見えているらしく、しかしルーナやアル、ディリスは何のことやらという表情をしている。
「あんた、あ、いや、あなたが海の神様……なんですかね?」
「いかにもワシが海神オセアノーであるが、そうかしこまらずともよい。ここにいるのは罪なき者が殺されていくのをただ見ていることしかできなかった間抜けだ」
そんなに卑下しなくても、と言ってみるがオセアノーは首を横に振るだけだった。どうやら何を言っても無駄そうだ。
「あなたが海神ということはわかりましたが、なにがどうなってこんなことに? この鯨はいったいなんなのですか?」
アルが質問をする。俺はこの鯨がダンジョンだというのはグロウスから聞いたが、なぜこんなことになっているのか、ということに興味がある。
アルの言葉を聞いたオセアノーは地面に
「こいつは生き物であり、同時にダンジョンでもある。普段は世界から供給される魔力を食っているのだが、それが途絶えたことで生物から魔力を得ようとしたのだろう。……結果はあまり
「それは……」
ふむ、つまりは腹が減ったけど普段食べてるものがないから代替品を、ということか。
しかしちょっと疑問が湧いて出たのでこっそりとディリスに聞いてみる。
「なあ、人間が持つ魔力量ってだいたいどんなもんかわかるか?」
「あ? あー、クソ大雑把にお前とおチビちゃんが1。アタシが5。そこのゴリラが25。熟練の魔術師で50くらいか?」
1て……。もうちょっとこう、夢を見させてくれても罰は当たらないと思うんだけどなあ。というかアルがすごいな。
「で、この鯨を賄うにはどのくらい必要なんだ」
「今の尺度であればだいたい1日に100万ほどだな」
「なるほどな? この鯨はちょっとおバカさんなんだな?」
無理に決まってるじゃねえか。
1日に熟練の魔術師2万人はこの世界の実情を知らない俺でも無理だとわかる。
「そうだ、無理だ。だからこそあの装置が動いていたのだが」
「装置?」
「お前たちが先ほど倒したあの化け物だよ」
「あれが……」
「あれはこの世界の主神が用意した緊急機構なのだ。大気に含まれる魔力を集め、増幅してこのダンジョンへ供給していた」
「しかし、暴走した」
「したのではない。悪意を持つ者によってさせられたのだ」
オセアノーはルーナが手に持った鳥の骨のような仮面を指さしてそう言った。
悪意を持つ者と聞いて一瞬、自分をここに送った女神を思い浮かべたがあの人、というかあの女神はそういうことを考えるのは不得意なタイプのような気がする。もっとこうノリと勢いで生きているタイプだろう。
「アシオン様さえ健在であればこのようなことはなかっただろうに……」
オセアノーが言った言葉が頭のどこかに引っかかる。どこかで聞いたことがあるような、ないような。
……あ、そうだ。ルーナから聞いたことがある。たしかその時はグロウスの名前を出して──。
「ここの主神が倒れたってのは本当なんですか?」
「……そうだ。だが、誰から聞いた?」
ジロリ、と睨みつけられた。そんなに見られても困るので勘弁してほしい。
「グロウスっていう女神に。俺をここに送り込んだ張本人、です」
「ふん。つまり、この世界のことは外に筒抜けということか。それにしては入ってきている数が少ない気もするが」
「どういうことですか?」
「他は知らぬがこの世界には女神は主神一柱だけだ。ならばその女神とやらはこの世界のものではない。十中八九侵略者だ」
残りの一割は底抜けのバカなお人よしくらいだろう、とはオセアノーの談。
「まあいい。これを持っていけ」
「これは……?」
オセアノーは懐から手のひらサイズの青い宝石のような球を取り出して手渡してきた。
顔に近づけて中を覗いてみると、まるで波のようにゆらゆらと光が揺れている。
「ワシの力が込められている。多少なりとも水を生み出し、操ることができるだろう」
「おお、魔法の道具だ」
いかにもファンタジーっぽいアイテムが出てきた。
使い方を聞いてみると念じれば持ち主の魔力量やらなにやらを宝玉が読み取って水を出す、らしい。
物は試しととりあえず使ってみることにする。
宝玉を掲げ、なんでもいいので水よ出ろと念じると宝玉が一瞬だけ淡く輝き、球の上部から水柱が上がる。ただし、10センチ程度の小さなものである。やがて水柱は力尽きて地面の染みになった。
「……」
「ロウ様、私もやってみたいです」
宝玉をルーナに渡す。
ルーナがえい、と声をあげると1メートル程の水柱を作り出し、光に反射して虹が掛かった。きれいだなー。ちょっと目から汗が流れた気がする。
ルーナは褒めてほしそうにこちらを見ているので頭を撫でてやる。こうしていると狐というよりまるで犬のようだ。
「で、だ。これに触れろ」
オセアノーが差し出してきた宝玉──こっちの物は金属のような鈍い色をしている──に手を触れる。
直後、体の中心から手を通して宝玉へと何かが流れ込むような感覚のあと、宝玉が光を放ち風が吹き荒れる。
「これでこのダンジョン制覇だ。ここら一体は安定するだろう」
ああ、ダンジョンコアへのアクセスだったのか。前回はもうちょっと穏やかな感じだった気がするのだが、まあ場所も変われば勝手も違うだろう。
しかし、いいのだろうか。
「侵略行為を後押しするような真似をして大丈夫なのか、とでも言いたげだな」
「……わかっててやるっていうことは、なにかあるんですね?」
「あるとも言えるし、ないとも言える。だが少なくとも今はこうしないければ世界がもたないのでな。応急処置だ」
どうやら随分と切羽詰まっているらしい。それこそ侵略者の助けがいるほどに。
しかし、神様というからには自分のところの信者なんかもいるだろうに、その人たちでは駄目なのだろうか、とそのまま聞いてみる。
「出来る出来ないで言えば出来るだろうさ。その前にこの世界は無くなっているだろうがな」
時間がかかりすぎるということか。なぜだ。
俺とそこらの人との違いなんてグロウスから力を貸してもらってるくらいだ。この世界の神様だってそれくらいできたっておかしくないだろうに。
「何らかの理由で力を与えることができない、ってことですか?」
「……信仰心だ。今の大多数の者はなにかしらの宗派に所属していればすこし便利な特典が付く、くらいにしか思っていない」
「基本的にはそのようなものですね。聖堂教会の者ならば熱心な信者もいると思いますが」
「ならばそこの者たちは大なり小なり信託を受けているだろう。それでもそこのよりよほど弱い力しか受け取れぬだろうがな」
つまり世界を救う同志か。いい響きだ。実際のところは侵略者と防衛者だが。
あっはっはっはっは、と空元気で笑ってみるがどうにも調子が出ない。
俺が、というよりグロウスがこの世界を侵略したときどうなるだろうか。案外なにも変わらないかもしれない。よし気にするのやめた。とりあえず世界が無事になってから後のことを考えよう。もしかしたら俺以外の誰かが世界を救ってくれるかもしれないし。
両手で頬を一度叩いて気合を入れなおす。
「……無垢とも違う、空虚とも言えぬ、確固たる芯も無さそうな普通の人間の
「いきなりボロクソに言わないでくれますかね」
気合を入れなおしたところに冷や水をぶっかけられた思いである。なんなのだこの神様は。いや神様なのだからこれくらい普通なのだろうか。
ちょっとムッとしているとオセアノーはこちらに手を伸ばし、その大きな手でぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でられた。
「いいや、褒めているのだよ」
「……?」
「とはいえお前さんは物凄く流されやすそうな気がするからそういうときは周りに止めてもらうんだぞ? いや本当に。そういうタイプを結構な数見てきたワシが言うんだから間違いないわ」
なぜだか物凄く心配されてしまった。
「いやまあそのあたりは頼れる仲間がいますから大丈夫でしょう」
「安心してくださいロウ様。地獄の果てまでお供いたします」
「ええ、遮るものはことごとく焼き払いましょうとも」
「このゴリラとチビで大丈夫か?」
たぶん、と一言。その言葉がディリスの問いへの答えなのか、自分に言い聞かせるためのものなのかは考えないようにしておこう。
「さあ地上へ送ってやろう」
オセアノーが指を鳴らすと俺の足元から全身をすっぽりと覆う水の膜のようなものが現れた。
見れば、ルーナやアル、ディリスも同じように水の膜に包まれている。
水の膜が宙に浮かび、ゆっくりと上昇してオセアノーが小さくなっていく。
「そなたらの旅路が良きものであることをここから祈ろうではないか」
そんな言葉を最後に、俺の意識はぷつりと途切れた。