神様代行始めました ~癒しと成長の奇跡で世界を救え!~ 作:ズック
漁村を出てから馬車に揺られて3日。そろそろ尻が馬車の床と一体化するのではないかと心配になってきたころ、御者のおじさんの声が聞こえた。
「着いたぞぉ!」
馬車内から顔を出してみると大きな門とそこに繋がる長蛇の列が見えた。あれが今回の目的地。芸術と美食の港町『サクソーシャン』。この地方最大規模の大都市である。
長く続く列はどうやらこの町に入るための門で関所のようなことをしており、それを抜けるための待ちということらしい。
とはいえ町に入るのにそれほど時間はかからないだろう、というのが御者さんの談。個人や乗合馬車なら似顔絵が出回るような犯罪者がいないかをざっと確認するくらいということだ。これが商人たちであればご禁制品を持ち込んでいないかのチェックもあるから時間がかかるが、その確認はこの行列とは別の場所でやっているらしい。
「美食の都、か。あっちの漁村と違いすぎないか?」
「そうですか? こんなものでしょう」
馬車で3日の場所なのに文明レベルに差がありすぎるような気がするが、どういうことだろうか。
手続きは無事に済み、町の中に入るとメインの大通りであろう場所には屋台がズラリと並び、たくさんの人が往来している。その中には普通の人とは少し違う、いわゆる獣人や
屋台からは威勢の良い声が飛び、それを聞いて客は屋台を覗き込む。縁日かなにかかと思うくらいの様相だ。
「ロウ様……」
「どうした……って、おわー!」
背の低いルーナが人の波に飲まれそうになっていた。なんとか救助する。ここではぐれると見つけられそうにないので手を繋いで歩くことにした。少し恥ずかしそうにしている顔が可愛らしい。
人混みに揉まれながらようやく広場に抜けるとまだまだ人は多いが、それでも休憩できそうな場所があった。
噴水の
「この町はすごいな……」
「私の国でもここまでの人が集まるのは武術大会やパレードの時くらいですね」
「なんだお前ら、だらしねえな」
俺はもう人混みを抜けるので疲れた。アルも俺ほどではないが少し
ディリスから飲み物を受け取って一口。程よく冷えた甘酸っぱさが口いっぱいに広がる。
「美味しいなこれ。何の果物なんだ?」
「あ? あれだよ。リンゴモドキ」
ディリスが指さした屋台にリンゴが積まれている。いや、よく見るとそのリンゴの山が小さく揺れ動いているように見える。
飲み物を口に含みながら目を凝らしてリンゴの山を観察する。
「ルーナ、あのリンゴ動いてるよな?」
「あー……」
「ほれ、コイツだよ」
ディリスがポンと手渡してきたものを見る。そこには丸々と育った真っ赤なリンゴが何とも言えない表情でこちらを見つめていた。
「ぶふっ!」
「お、いい反応だ」
口に含んでいたジュースを全部吹き出してしまった。それを見てディリスはケラケラと笑っている。手のひらにいたはずのリンゴモドキは生えている手足を使って俺の肩に移動して、まるで慰めるように俺の肩を叩いている。
「コイツは、モンスターじゃないのか?」
「モンスターとは体の半分以上が魔力で構成されている、死んだら魔石しか残らない生物のことを指します。コレは樹になって、果汁が絞れるので立派な植物ですよ」
「そうなのか……。なんというか、知能があるってわかると食いづらいな……」
「ああ、リンゴモドキに脳はありませんよ。その行動は本体、つまりはリンゴモドキの樹によって決められた行動です。より遠くへ移動して繁殖するために旅人へついていくんですよ」
この世界にはまだたくさん俺の想像を越えたものがあるようだ。
しかし、港町ということもあってか随分開放的というか、先の漁村ではなかった水着を着て、その上になにか羽織って歩く人たちがちらほらといる。
たしか、海に魔物が出るから、という理由で海水浴の習慣がないと言っていたはずだが、ここは平気なのだろうか。
そんなことを聞いてみると、アルが頭上を指さしたので見上げる。町の中心部と思われる場所にある、塔の一番上から波のように揺らめく光が町を覆っている。
「結界機という装置ですね。魔石を燃料に結界を作ります」
「へえ……。そんな便利なものがあるのか」
「全ての町や村に配備できればいいのですが、魔石を使う都合上どうしても維持費が高くなってしまうんですよね」
「痒いところに手が届かんな」
「とはいえ、ダンジョンの外にいる魔物は基本的に弱いものが多いですから、結界機を使えない農村でも自警団で事足りているらしいです」
「うん……? じゃあいったいなんのために?」
「ごく稀に、だが、ドラゴンみてえなモンスターが町や村を襲うんだよ。あとは戦争用だ」
アルに代わりディリスが答える。
どうにも苦々しい表情をしているが、ドラゴンか戦争に嫌な記憶でもあるのだろうか。
「この結界でドラゴンからも町を守れるのか?」
「無理だ。だが逃げるにしろ迎撃するにしろ時間は稼げる」
「できることなら人が住む全ての町や村に置くべきものなのですが、維持費もそうですが本体もなかなかの値段でして……。そううまくはいかない、というのが現状ですね」
「ま、アタシらが考えなきゃいけないことは今日の飯と宿の値段くらいだよ」
金、金、金。仕方のないこととはいえ世知辛い話である。
ふと見回すと、慌ただしく走っている人が多くいることに気付いた。
「……なんか騒がしくないか?」
「いま、魔物が出た、と聞こえました」
「魔物? こんな街中で? それに結界機があるじゃないか」
だが実際に人々がなにかから逃げるように走っているのは確かだ。みんな海側からやってきているから魚の魔物でも出たのだろうか。
他人事のように座ったままでいると、アルが突然剣を抜いて地面に突き刺し、炎を噴き上げた。
炎はなにかを遮るように地面を這い横へ伸び、石畳の隙間から音もなく湧き立った水のようなものの突撃を受け止める。
「ふんっ」
アルは地面から剣を引き抜き、無造作に横に振るう。半透明のなにかは剣から放たれた炎にあおられて地面へと引っ込んでいった。
「お、おお……。助かった」
「スライム、か? それにしちゃでかすぎる気もするが」
「……嫌な予感がしますね」
アルが深刻な表情で呟く。
町の人たちは転んだりで怪我をしている人がいるようだ。たまたま近くで転んだ少年の怪我を片手間に治す。
「ありがとうお兄ちゃん!」
「気を付けろよー!」
手を振って走り去る少年を見届ける。また転びそうではあるが、まあその時はその時だ。
「じゃ、行くか」
「はい」
「もちろんです」
「仕方ねえなあ」
俺の言葉にルーナが、アルが、ディリスが当然とばかりに返事をする。
人助けの時間だ。
・リンゴモドキ
植物の一種。リンゴの果実に手足が生えて目口がある。種を遠くへ運ぶために旅人と行動を共にするように樹本体から命令を受けている。
劣悪な環境でも育ち栄養も豊富なため開拓などの際に重宝されている。が、味に関してはどれだけ手間と愛情をかけて育てたかによるので、放っておけば生ごみのような臭いと味になる。要注意。