神様代行始めました ~癒しと成長の奇跡で世界を救え!~ 作:ズック
ふと、目が覚めると既視感のある部屋で立っていた。
後ろからパチパチと小さく拍手の音が聞こえ、振り向くと
「はい、記念すべき初死亡です。おめでとー」
「……祝うようなものじゃない」
吸い込まれるような真っ黒な長い髪を垂らして女神は少女のように笑う。
はて、髪の色はこんな感じだっただろうか。そんな疑問が浮かんだが、せっかくまた対面できたことだし気になったことでも聞いてみるとしよう。
「質問ひとつめ。言葉がわかるのは神様のおかげでいいんですかね?」
「ええ、そうよ。言葉が通じないって右往左往されても困るもの。それくらいはするわよ」
まあこれは思ったとおりの答えだ。もしかしたらみんなが自分と同じ言葉を喋っているのではないかと思ったけれども、言葉の音と口の形が一致しないことが多かったので予想はしていた。
「質問ふたつめ。あの死神みたいなやつの正体を知っているかどうか」
「あれに関してはなんとも言えないのよね。たぶん世界の神がいなくなったことで現れるバグみたいなやつよ」
これは微妙な答えである。根拠などないけれどなんとなく嘘は言ってないと思う。でも本当のことも言ってないような気がする。保留。
「質問みっつめ。俺の頭、っていうか、感情の起伏をいじってないか?」
「あら、正解」
なんとも意外といった表情で、事も無げに肯定した。
「ま、それにだってもちろん理由はあるわよ。こーんな殺し殺されなんて日常茶飯事の世界に送り出すのにいちいち死体を見るのはダメだとかやってられないでしょ?」
「ああ、うん。それは確かにそうなんだろうけど」
善意でやってくれているのだろうが、なんともしがたい自分が自分でないような不安感が拭えない。保留。
「あ、そうだ。私ちょっと仕事が入っちゃったから付きっきりは無理だからね。死んじゃってここに来たときに私がいなかったらこのボタン押して呼んでね」
グロウスが取りだしたのはファミリーレストランにあるような呼び出しボタンである。試しに押してみる。ピンポン、と小気味良い電子音が部屋に鳴り響いた。
なんとも気の抜けた雰囲気になってしまったが一番聞きたいことをまだ聞いていない。
「じゃあ、最後の質問」
「俺は、誰だ?」
「――さあ? 知らないわ」
そう言って少女のような女神は笑った。
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「……生きてる」
視界に映ったのは病室の天井などではなくむき出しの岩肌である。
体を起してペタペタと体を触ってみると、服の胸の部分だけぽっかりと穴が空いている。不思議と痛みもないが、夢ではなかったようだ。
「ロウ様!」
「ルーナ。悪かったな」
「いえ、そんな! 私が守らなければいけなかったのに……!」
「ああもう、涙で顔がひどいことになってるから、ほれ笑って笑って」
すぐ傍に来ていたルーナの頬をつまんで軽く揉んでやる。しばらくするとぷくりと頬を膨らませて抵抗してきたので指の腹で頬を押す。わはは、変な顔だ。
結局あの後どうなったのだろうか。あの男は無事だろうか。ルーナに聞いてみるとしよう。
「そういえばあの兄さんは?」
「はい、彼ならすぐそこに」
「ようやく思い出してくれましたか」
後ろから声が聞こえたので首だけ振り返ってみると、金髪のイケメンが壁に背を預けて座っていた。男は上半身は裸でぐるぐると巻かれた包帯はところどころ血で真っ赤に染まっている。
うん、ルーナ。先に言ってほしかったよ。
ルーナとのやり取りを他人に見られていたことが少し、いやだいぶ恥ずかしい。耳が熱く感じるが気のせいということにしておこう。決して羞恥で耳まで赤くなってるとかではない。
「あー……。とりあえずその傷を治そう」
「いえ、まずはお礼を。この度は助けていただきありがとうございます」
そう言って壁に背を預けていた男はこちらに向き直り座ったまま頭を下げた。
助けたとは言うが何から何まですべてルーナのおかげなのでどうにも居心地が悪い。俺がやったことなど人間ジェットコースターをくらって胸を貫かれたくらいだ。
……潰れたトマトみたいにされたような気がする頭のことは気にしないでおこう。
感謝の言葉を聞きながら男に近寄って包帯に血が滲んでいる場所に手を当てる。男の体温が少し高いように思えるのでもしかしたら面倒な病気ももらっているかもしれない。治れ治れと念じるごとに手のひらから淡い光が放たれて男の体に染み込んでいく。
「どういたしまして。その感謝の気持ちの|一欠片(ひとかけら)でいいからうちの女神グロウスに送ってやってくれ」
「女神グロウス……、ですか。聞いたことがありませんね」
「新興宗教さ。たぶん俺とルーナしか信者はいない」
「私はどちらかというとロウ様を信仰しています」
「ちゃんとうちの神様を信仰してくれたほうが嬉しいからな?」
ルーナに任せておくといつの間にか本当に俺が神になっていそうで怖い。この世界の既存宗教と戦争が起こるより先に俺と女神グロウスの間で戦いが始まるぞ。神vs人とかまず間違いなく負け戦である。
そうして、男の治療をしながら事の顛末を聞いてみる。
どうやら俺を殺した化け物はすぐさまダンジョンの奥へと姿を消したらしい。男にも理由はわからないらしく、気味悪がっている。
どんな意図があるのかはわからないが、厄介なことだ。
「よし、治ったかな。体を動かしてみて痛みや違和感はあるか?」
「……ありませんね。素晴らしい力です」
男は軽く体を伸ばし確かめてから包帯を外して
男の体は思っていたよりも筋肉がついていてガッチリとした印象を受ける。線の細いイケメンではなく、筋肉の鎧の上にイケメンの顔がのっかっている。
「では、改めて。アルベルトです。よろしくお願いします」
「俺はロウ。こっちの女の子はルーナだ」
「よろしくお願いします」
アルベルトから差し出された手を握る。硬く、大きな手が火傷しそうなほどに熱を持っている。
え、ちゃんと治療できてるよな?
なにかの病だったり毒だったりしたら困るので確認しておこう。
「そんなに熱があって大丈夫なのか? 体がだるかったりしないか?」
「家族にも心配されたことがありますが、どうも幼少の頃から熱を溜めこむ体質らしくて。これが私の普通の状態なので問題ありませんよ」
体質か。そういうことなら大丈夫だろう。
なにかあれば俺が治せばいいだけだしな。
「で、だ。ここからどうするかって話だが」
「地上を目指すのではないのですか?」
普通に考えればもちろんアルベルトの言うとおり脱出が一番なのだろうが、一番奥へと行く理由がある。
「実はな……」
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「なるほど、事情はわかりました。地上を目指しましょう」
あっはい。
ダンジョンコアを目的としていることや押し通って入ってきたことなどを伝えると真面目な顔で言い切られた。
「このまま潜って行ったらたとえ目的を果たして戻ってもただのお尋ね者ですから」
「ああ、それよかちゃんとした手続きしてまた来た方がいいって話か」
「そういうことです。手続きであれば私も多少の口添えが出来ます」
そりゃそうか。ダンジョンに潜るのが今回だけ、一回限りならこのまま最深部まで向かっていいのだろうが、出来るだけ多くのダンジョンに潜るつもりでいるなら後に問題が残るような方法はよろしくない。どうしてそんなことも考え付かなかったのか。だいぶ頭が回っていない。
「それに個人的な理由ですが、早めに遺品を仲間の元へ持ち帰って|弔(とむら)ってやりたいのです」
「ああ……、なるほど」
仲間が2人も死んでるんだよな。せめて遺品くらいはあの4人に渡さないと死んでしまった人たちも浮かばれないだろう。
「よし、じゃあ遺品を回収して地上に戻ろう。ルーナもそれでいいかな?」
「はい。もちろんです」
「ありがとうございます」
そうして戻るための準備を始める。といっても俺とルーナはほとんど荷物を持っていないのでアルベルトが鎧を着たり、荷物の確認などをしただけだ。
「では、行きましょう」
アルベルトの言葉に頷きを返し、|仄(ほの)かに光る通路へと進む。
モンスターがでたら俺は何もできないが、治療ならできる。せめて足手まといにはならないようにしよう。