神様代行始めました ~癒しと成長の奇跡で世界を救え!~ 作:ズック
「おはようございます、ロウ、ルーナ。お待たせしました。……なんだかやつれていますね」
「ああ、ちょっとな……」
アルベルトが戻ってきたのは昼前であった。結局、ルーナと2人で眠くなるまで話をしていたのだが、自分が思っていた以上に自分のことがわからないということがわかってしまった。
娯楽や常識などは思い出すことが出来るのだが、自分のことや家族、友人のこととなるとまるで靄がかかったかのように曖昧であやふやなことしか頭に浮かばない。
兄がいたような気もするし、兄ではなく姉と妹がいたような気もするし、そもそもひとりっこだったような気もするし、犬を飼っていたような気もするし、ペットは飼えない場所に住んでいたような気もする。
ずきりと痛む頭に治れ治れと念じながらアルベルトからの報告を聞く。
「これからダンジョンへ潜ります」
「――はい?」
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「ぬんっ」
気合いと共に振り抜かれた剣がムカデをそのまま大きくしたような魔物の胴体を両断する。
百足の魔物はギィッ、と耳障りな声を上げて地面へと落ちた。ひっくり返った状態でワサワサと脚が動くのはやはり気持ち悪い。
そんなことを重いながら魔物を見ていると、アルベルトは半分になった魔物に剣を突き立てて捻って抉る。魔物の体から流れ出る緑色の体液が地面を染めて、そのあと体も血液も小さな光の球となって立ち上り泡のように消えていった。
「今の魔物は胴体を切断してもそれくらいなら気にせずそれぞれ動きだします。こうやって塵になるまで油断しないようにしてください」
「なるほど。……それぞれ?」
「はい、ちゃんと気がつきましたね」
アルベルトが俺の右後ろを指さしている。振り返ってみるとルーナが百足の魔物の残り半分にナイフを突き刺して倒していた。
ルーナはボロ布を被った格好からアルベルトの仲間の女性からもらった普通の服に着替えていて、生足が見れなくなって少し残念だ。
「終わりましたね。魔石を回収して進みましょう」
「はいよ。しかしただの石に見えるようなものが金になるとはな」
光の泡となって消えていった魔物がいた場所に、手のひらサイズの青い石のようなものが残っている。これが魔石らしい。ひとつ拾って眺めてみるがただの綺麗な石である。
しかし見た目はただの石なのだが、実際には魔力を大なり小なり内包しているらしく、それがランタンのような明かりや燃料、はたまた水を浄化するなどの便利グッズに加工されるらしい。また、そのまま金銭としても扱うところも多いようで、この百足の魔物くらいの魔石ならば3つか4つほど持っていけば安宿に一週間程度は泊まれるらしい。全てアルベルトから聞いた情報である。
「それにしてもここの調査を任されるとは思いませんでした。ロウ様を連れて逃げる準備はしていたのですが」
「調査を任されるというか鉱山のカナリアというかって感じだけどな。あと逃亡は最終手段にしておこうな」
「カナリア……? 鳴いている内は安全である、という意味ですかね」
「たしかそんな感じ。それにしてもアルベルトは一緒に来てよかったのか?」
「ええ、彼らは少し休業するようです。良くしてくれたあの方たちには申し訳ありませんが私にも目的がありますので」
アルベルトは雑談しながらもゆっくりと周囲を見回しながら先頭を歩く。後ろではルーナが耳を立てて魔物の気配を探っている。そしてその2人に挟まれる何もできない俺である。
なんとも申し訳ない気持ちがわいてくるが、それこそ何もしないのが一番貢献できるという事実である。
「でもなんか心苦しくはある」
「そこは適材適所というものですよ、ロウ。少なくともあなたがいるだけで我々は安心して戦えます」
「ううむ、そういうもんか……」
「はい、ロウ様は守られていてください。もう二度とあんな目に合わせたりなんてしません!」
「よし、ルーナはもうちょっと肩の力を抜こうか」
アルベルトは適度にリラックスしている感じがするがこっちの娘は気負いすぎである。早めにケアしないとそのうち自分の命を投げ出して俺を守りかねん。
――別に死んでも大丈夫だというのに。
「さて、ここで休憩ついでに私とルーナの連携の確認をしておきましょう。……ロウ?」
「えっ、ああなんでもない。大丈夫だ」
「ロウ様、気分が悪かったり、なにかあればすぐに知らせてください。なんでもします!」
「ありがとう。本当に大丈夫だ」
体調や気分が悪くなったりはしていない。ただ俺は、自分が何を考えていたのかわからなかった。
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アルベルトとルーナに守られながらどんどんと奥へと進んだが、あの人型の魔物にも会わずに、ある時から魔物の姿もあまり見なくなってきて、遂には一切会わなくなった。
途中からアルベルトもルーナも口数が減り重苦しい空気に包まれているような感じさえしてくる。
そうしてゆっくりと進んでいくと、これまでの通路とは違う大広間のような場所へ出た。石畳が敷いてあり、石柱が立ち並ぶ。なんというかゲームだったらボスが出てきそうな部屋という印象である。
しかしその雰囲気に反して部屋にはなにもおらず、一番奥に扉のようなものが見えるだけだ。広間の中央あたりでなにかが光ったように見えたが、もう一度見ても光りそうなものも怪しいものもない。
「なにもない、のか?」
「……」
俺の問いに応えるものはなかった。アルベルトもルーナも臨戦態勢で警戒している。一歩、また一歩とゆっくりと奥に見える扉へと進む。
この重苦しい空気に耐え切れず口を開く。
「こういう場所って強敵が出てくるみたいなイメージがあるけど何もないもんだな」
「強敵、ですか。あの魔物は確かに強かったですが」
「そういえばアレが現れたときってなんかいつもと違うとかあった?」
「……そう、ですね。ほかに魔物がいないと言いますか、生き物の気配がまるでなかったですね」
「えぇと、それはつまり、今のような?」
「そういうことっ、です!」
アルベルトが急激に反転し剣を振り上げた。振り抜かれるかと思ったそれは、硬い音を鳴り散らしてアルベルトの体ごとボールのように弾き飛ばされた。
「ロウ様ごめんなさい!」
「ぐえっ」
首に強い衝撃と息苦しさ。それとほぼ同時に重い風切り音が目の前を通過する。そのまま何度かガクガクと揺さぶられて、最後には地面へと放り投げられた。
「すみません、油断したつもりはなかったのですがこのざまです」
目の前に右腕がおかしな方向へ曲がったアルベルトが倒れていた。どうやらルーナは逃げる先もちゃんとアルベルトの近くに来れるようにしてくれていたようだ。
アルベルトの右腕に手を当てて治す。横目でちらりと見てみるとルーナがいつの間にか現れた枯れ木のような人型の化け物――あの時に見た魔物と同じ姿をしている――と対峙して戦っていた。
いや、あの時見た個体よりも更に大きい気がする。あのとき見たものがだいたい3メートルだとしたら今回のは4メートルくらいありそうだ。そして、明確に違う点。一つ目で鬼のような2本の角が額から生えている。
「一つ目の巨人……?」
「……なるほど。言われてみれば確かに特徴的な顔ですね」
この違いが何を示しているのかはわからないが、同じものだと思わないほうがいいということだろう。
ルーナが上手く距離をとって合流できた。傷はないが肩で息をしている。体力の回復ができるかはわからないがやらないよりましだとルーナにも治癒を施す。
「では少し予定が狂いましたが手筈通りに行きましょう」
「ロウ様、行ってきます」
「……気をつけてな」
事前に話し合って考えた策とも言えないもの。まずアルベルトが魔物の攻撃を受け止める。
「ぐっ、重い……!」
あの魔物は武器を持っておらずただ腕を振るうだけだ。それだけで人を殺すには十分だとも言えるが、だがそれを耐えることができていたアルベルトなら今回も何度かは大丈夫なはずだ。
そうして魔物の動きが止まったところを――。
「……っ!? 斬れないっ!?」
背後からルーナが首を落とす作戦だったのだが、まるで金属にぶつけたかのように硬い音を立ててルーナのナイフが弾かれた。
アルベルトを助けたときに倒した魔物は特に問題なくやれていたはずなのに、なんで――?
いや、それどころじゃない。ルーナも困惑して体が固まってしまっている。
「ルーナ逃げろ!」
振り向いた魔物が右手を上げて宙に浮いてしまっているルーナ目掛けて叩きつける。が、間一髪のところで手に持っていたナイフを振り下ろされた腕に当てて回避していた。
アルベルトが背中に向けて斬りかかるが、振り返った魔物が盾のように掲げた腕に阻まれる。その間にルーナを回収して石柱の影へと隠れる。
あの魔物の腕を完全に避けることができなかったようで左足が折れている。少し当たっただけでもこんな風になるならまともに当たったら……。
想像してしまった嫌なイメージを振り払ってルーナの怪我を治す。柱の影から覗いてみるとアルベルトがこちらへ吹き飛ばされてきた。鎧が所々砕けているが本人に怪我はない。
魔物がドスン、と重い音を立てながら一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。
「おいおいおい、死ぬわこれ」
「諦めるのが早すぎます」
とは言ってもだ。頼りにしていた首斬り一撃必殺作戦も無理だったし、アルベルトの力押しも駄目そうだし、あとはどうすればいいんだ。というかなんであいつこんなに強くっていうか硬くなってるのか。まるでこっちの作戦をメタるみたいな特性を持ちやがってクソが!
いかん、少し落ち着こう。現状で倒せる可能性がありそうなのは持久戦、アルベルトとルーナに相手が倒れるまでひたすら攻撃してもらうくらいか。ただしこっちは当たりどころが悪ければ即死する理不尽ゲーであるが。
あとは……。
「……へい、アルベルト。一か八かの賭けは好きか?」
「ええ、嫌いじゃありませんよ」
「よしじゃあ俺らの運が良いことを祈っておいてくれ!」
アルベルトの背中に手を当てて成長しろと念じる。
俺の手から溢れた光がアルベルトの体へと吸い込まれていく。これでどうだ……!?
「なるほど、これが……」
アルベルトがぽつりと呟いた。後半聞き取れなかったがどうでもいい。何か逆転の目になるような才能を開花させられたのか。
「我が剣は太陽の如く」
アルベルトが持つ剣から炎が立ち上り、その炎を剣身が飲み込んで白い輝きを増していく。しかし隣にいる俺には一切熱が感じられない。幻かなにかだろうか。
不安になっているとアルベルトが剣を肩に担いで魔物に向かって弾丸のように一直線に飛び出した。
横から振り抜かれる腕をアルベルトはものともせずに更に上体を沈めて搔い潜る。
「燃え尽きるがいい!」
そして、飛び上がりまっすぐに振り下ろされた輝く剣が防御しようとした魔物の腕を切り落とし、肩から股へと真っ二つに切り裂いて、瞬きの後魔物の体を炎が包んだ。
――アルベルトの剣
あの魔物の攻撃にも耐えることができる頑丈な剣。
なにやら炎を出していたが……?