神様代行始めました ~癒しと成長の奇跡で世界を救え!~ 作:ズック
木の箱が馬に引かれガタガタと揺れながら道を行く。
薄暗い箱の中からひょいと外をのぞいてみれば青空と緑に覆われた山々が連なっているのが遠目に見え、空を見上げてみれば1羽の鳥が旋回している。両隣にはルーナトアルが座り、奥に2人ほど別の客が同じように馬車に揺られている。
馬車に乗ってかれこれ3日ほど。休憩しながらとはいえそろそろ俺の尻の肉がもげそうなくらいには辛いが、これを回避するにはこの木の箱から出て歩かなければならない。延々と歩くのは肉体的に疲れることはないだろうが精神的に参ってしまいそうである。
ついでに言えば俺が歩いたら一緒に乗っている2人も馬車を降りかねないので現状維持だ。みんなで歩いてしまったら高くはないとはいえ払ったお金がもったいない。
「あの話はどこまで信用できますかね」
「さてねえ」
隣に座っていたルーナが話しかけてきた。
村から南へと下る途中に最初の町の近くを通ることが分かり、あの騒ぎの後どうなったのか気になって少し寄ってみたのだが、そこでなにやら忠告を受けたのだ。
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町に入った第一印象として、以前よりも少しだけ活気が戻っているように思えた。ガヤガヤと少し騒々しい、しかし不快な感じはしない賑わいがある。
こういうときは人に聞くのが一番手っ取り早いだろうと近くでおしゃべりをしているおばさんたちにアルをけしかける。
「失礼マダム。なにやら賑わっているようですがなにか良いことでもあったのでしょうか」
「あら、かっこいいお兄さんだねえ。あのねえ、領主様が代わってずいぶん景気が良くなったんだよ」
「領主が……、ですか?」
「そう! 前の領主はおっかない男の人なんかを雇って好き放題してたんだけど、この前そこの屋敷が火事になってねえ。その時に前の人達はみんな死んじゃったみたいなんだよ。それで今はなんとかっていう傭兵の人達が代わりにやってくれてるんだけど、それがまた良い人たちでねえ。ちゃんと意見を聞いてくれるし、力仕事を手伝ってくれるわで大助かりなのよ!」
屋敷が火事という言葉に思わずルーナの方を見てしまった。しかしこの狐耳少女は素知らぬ顔で大変ですねと
「まあその傭兵さんたちはただの代理だからちゃんとした領主様が来たら交代しなきゃいけないんだろうけど、出来ればこのまま本当に領主様になって欲しいくらいだよ」
前の領主がそれだけひどかったのか、それとも今のその傭兵とやらがそれだけ素晴らしいのか。どちらにせよ良い方向へと転がったようだ。
「そっちのお兄さん」
アルと話していたおばさんがこちらの顔を覗き込んで声をかけてきた。
一瞬、体が強張って身構えるが、おばさんは柔らかく笑って深く腰を折った。
「ああ、やっぱりあの時の。うちの旦那の怪我を治してくれてありがとう」
「顔の怖いお兄さんやおじさんがあんたのことを探していたから気を付けてね」
「ええと、はい。ご親切にどうも……」
お礼とともに、ほかのおばさんからなにやら不穏な言葉で忠告された。
というか顔の怖いお兄さんってなんだ。人をやっちゃってそうな感じなのだろうか。いやだがしかし顔で人を判断するのはよくない。もしかしたら雨の日に捨てられた子猫に傘を差し出す不良みたいな人間かもしれないのだ。つまりは会ってみないとわからないので今気にすることではない。問題の先送りとも言う。
「ではマダム。我々はこのあたりで失礼します」
「あらぁ、残念。でも引き止めちゃ悪いしね」
「どこへ行くのか知らないけれど体に気をつけるんだよ」
「はい、ありがとうございます」
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そうして乗り合いの馬車へと飛び乗ってガタゴトと揺られているというわけだ。尻が痛いのは道が整備もされておらず、また馬車に振動を抑えるような機構がないためだろう。
……はて、ふと思ったがこれだけ広い道、しかも海の町へと繋がるような道が整備されていないというのもおかしな話のような気がするがどうなのだろうか。
もしかすると想像しているよりももっとずっと小さな寂れた漁村のような所なのかもしれない。
(あー、あー、テステス。聞こえるかしら?)
(なんだか久しぶりな気がする)
突然頭の中に声が響いてきた。女神グロウスだ。
(こうして話しかけているのは他でもない。ダンジョンの攻略、よくやったわ。本当ならたくさん褒めてあげたいのだけれど――)
けれど?
(どうやらそうもいかないのよ。私以外の神々が代行者をその世界に送り込もうとしてるみたいなの)
はてさて、それは良いことなのではなかろうか。なにせこの世界は(女神の言うことを信じるならば)滅亡の危機に瀕していて、それを神の代行者が世界を歩いたりダンジョンを攻略することで神の力を土地に戻して世界を救おうという話ではなかったか。
そもそも俺一人で世界中を歩くなど土台無理な話であるし、数が多ければそれだけ早く世界を救えるのではないかと思うのだが。
(……世界っていうのはね、許容量が決まってるのよ)
(はい?)
(よくあるあれよ。世界は箱で中身に水が入ってて、あんたたち代行者は石とか岩とかで)
(たくさん入れれば当然のように中身が溢れるし、最悪は世界という箱ごと壊れる、と。理解した)
楽ができるかと思ったがそう上手い話はないものだ。
(今は私たちがなんとか弾いてるから影響はないけど、もし、万が一にも代行者を見つけたら有無を言わさず殺して)
(無茶を言いなさるな)
(殺してと言ったけど正確には死にはしないから安心しなさい。そっちの世界での入れ物が壊れてこっちに戻ってくるだけだから)
(……例えば、ルーナやアルのように代行者から力を与えられている人がいたら、どうすればいい)
(代行者が死ねばその従属たちの能力もなくなるわよ。そのあとは好きにしなさい)
殺したほうが後腐れはないわよ、と付け足して女神の気配は消えていった。
……俺にできるだろうか。実行するのはルーナかアルだろうが、それをやってくれと頼むことを俺は納得して行えるだろうか。
たぶん、無理だ。いくら精神を弄られているとはいえ、話を聞いただけでもこれだけ忌避感があるのだから、実際に目の前でそんな状況になったときに冷静判断を下せる自信はない。
「おおい、着いたぞぉ」
御者の大きな声に思考を中断された。
どうやら海の近くまで来ていたらしい。潮の匂いがかすかに感じられた。ルーナとアルはもう外へと出て体を伸ばしている。
仕方ない、他の代行者に関しては直面したら考えようじゃないか。ただの問題の先送りだが、今考えてもおそらく良い答えなど出ないだろう。
それならば今は目の前に立ちふさがる問題をどうにかするのが先決だろう。
「ルーナ、アル。どっちでもいいから助けてくれ。立てない……っ!」
結局2人に脇を抱えられて馬車から降りることに成功。なんとも情けないことである。