「その証拠品は……こいつです!」
「こ、これは……お酒?」
「ええ。この鬼殺しというお酒……こいつには、物質Xというものが含まれています。この物質は物質Yと化合することで、ある物を精製します」
「ある物……まさか!」
四季検事が叫んだ。
「そう。被害者殺害に用いられた毒、鬼殺の秘薬です。宴会の場で、ふるまわれていたこの鬼殺し。当然、参加者全員が口にしていたでしょう。……もちろん、被害者も含めてです。もし、この状況で、物質Yが体内に入ったとしたら……体内にある物質Xと摂取した物質Yが化合し、鬼殺の秘薬が精製される!」
「ぐっ……ぐううう……!」
ぼくが言葉を一つ一つ紡ぐたび、操さんはメモ用紙を握りしめる手を強くしていく。
「真犯人はただ、蓋に物質Y入りの酔い止めを入れ、華扇さんのお猪口と交換するだけで、被害者を殺害できた! 後は、被害者を心配して駆け寄るふりをして蓋を回収すれば、それでおしまいです!」
ぼくは机を叩くと、とどめの言葉をつきつける。
「そう。ぼく達はとんでもない勘違いをしていた! 鬼殺の秘薬は被害者の体内で作られた! だから、現場のいかなる場所からも、毒は検出されなかった! 毒はそもそも、現場に持ち込まれてすらいなかったのです!」
「ぬううううっ……!」
メモ用紙が、また一枚音を立てて破り捨てられた。尽きることのないように思われた手帳のページは、徐々に少なくなってきているようだ。
「……こんな、こんなところで終わるだなんて……最後の最後に、油断して尻尾を出した、あんな鬼一人殺すのに失敗するなんて……嘘だ……嘘だっ!」
操さんは、手帳の上を滑らせていた万年筆をガッ、と強く押し付けた。万年筆の先がつぶれてしまい、すっかり使い物にならなくなってしまっている。
「……最後の最後に油断して尻尾を出したのは、証人。あなたも同じです。もし、あなたが自らの正体を明かしていなければ……ぼくは動機の証明に失敗していました」
彼が散々書きなぐってきた手帳のページは、もう残り僅かになっていた。
操さんは、その最後のページを震えた手で破り捨てる。なめし革の表紙だけが、彼の手の中に残る。
「あなたに、被害者を“あんな鬼”呼ばわりする資格はありません。尻尾を出した時点で同格……いえ、誰かの命を奪った時点で、あなたの方がよっぽど格下です!」
「ぐっ……ぐううううう……! み、認めない……認めないっ!」
ぼくの最後の言葉を受け取った操さんは、細い細い目を、限界まで見開くと、懐から新しい手帳を取り出した。まだ持っていたのか!?
「私の……私の計画は間違っていなかったはずだ! 失われた鬼を殺す秘薬! それを蘇らせる手段を私は見つけた! それを使った私の計画は完璧だった! 仮に欠点があろうとも、今からいくらでも修正できる! この筆と、手帳さえあればぁぁぁっ!」
操さんは、何度も書いては破り、書いては破りを繰り返す。次第に新しい手帳は徐々にやせ細り、また表紙だけが残ってしまう。
すると、またもや懐に手を突っ込んで新しいのを取り出すと、書いては破り、書いては破りを繰り返す。
「ぬうううっ……! 降りてこい、降りてこい打開案よぉぉぉぉ……!」
そして、ついに三冊目も終わりを迎ようとしている。ページが減るにつれ、操さんの顔は青ざめ、万年筆を動かす速さも少しずつ遅くなっていく。
「こ、これが……最後の一枚……」
ついに最後のページになった。しかし、肝心の万年筆は、すっかり静止してしまっている。
「な、なにも……思いつか……ない」
悪い憑き物が取れたように、操さんはやせ細った手帳と万年筆を手放すと、証言台に突っ伏した。彼の周りには、破り捨てられた紙が散乱している。
ぐちゃぐちゃとインクで走り書きされたそれは、さながら、彼の頭の中を表しているようだった。
“――実は私、十年近くサツに追われてる身なんだよ!”
「……最初に、彼女の口からそれを聞いた時、耳を疑いました。この幻想郷で、十年近く警察から逃げている人物など、一人しかいません。まさか、古本屋で会った女が、自分がずっと探し求めていた鬼だとは……思いもしませんでした」
操さんは、しばらくして証言台から立ち上がると、ぼそぼそと事のあらましを話し始めた。
「……一つ、疑問があります。十年前、あなたは起こってもいない事件をでっちあげ、妖怪達を無実の罪で捕らえることに成功しています。……ならばなぜ、今回もそうしなかったのですか?」
「……あれは殺されるべき鬼だった。それだけです」
「…………」
操さんは当然のように言い切った。返す言葉が、思いつかない。
「妖怪などという、人間の認知なしでは生きながらえない、矮小な存在が、私に刃向かうだけでも許せないというのに……あまつさえ、この私の手から逃げ延びた! 十年もこの私に煩わしい思いをさせた……万死に値するっ!」
操さんは、とうとうやせ細った手帳の表紙さえも、ビリビリと破り始めた。
「……係官。彼を連れて行って頂戴」
見かねた紫さんが、係官に指示する。見慣れない顔の二人の係官が現れ、操さんの両腕を拘束しようとする。
直後、彼はその手を払いのけると、両手を上げて高らかに叫んだ。
「傍聴人諸氏よ! 私は、なんら間違ったことをしていない! 我々人間は、妖怪どもを限界まで駆逐しなければならない! これはその一歩だ! 私は表舞台から消え去る……だがしかし! 是非曲直庁の長、四季映姫様ならば、必ずやこの幻想郷を平定してくださる! ヴィレンツの一派を駆逐するのだ! 博麗の一派を駆逐するのだ! あはははは……!」
最後に、どこかむなし気な高笑いを彼はした。こんどこそ、捕縛された操さんは、法廷を後にする。
ふと視界の端に、机に片肘をつき、頭を抱える四季検事の姿が見えた。彼女は、苦渋の表情で、法廷を去る操さんの姿を、じっと見つめていたのだった。
「……師匠。これが、あなたの目指した世界だというのですか……?」
「……さて。一見シンプルに思えたこの事件も、回りに回って、ついに終わりを迎えたようね」
紫さんが、しめの言葉を述べ始めた。この法廷も、後は判決を残すのみとなった。
「…………」
四季検事は、相変わらず頭を抱えている。その苦痛の表情は、敗北が原因では、恐らくないのだろう。
信じていたであろう、組織の身内の人物が真犯人……受け入れがたい事実のはずだ。ましてや、委員長の指名は彼女自身が行ったことなのだから、尚更だろう。
「人間、そしてその他諸々……幻想郷は、大きく分けてこの二つに分けられているわ。そして現状、この二つの間には溝がある。今回の事件は、様々な種族が入り乱れた宴会の場で起こってしまった。人間と他種族との交流が減った今、そのような宴会が行われることはとても喜ばしいことだわ。けれども、それは壊されてしまった……たった一人の、心無いモノの手によって」
紫さんはもの悲しそうに言った。
「いつの日か、真に心から手を取り合い、全ての種族が盃を交わすことができる日が来ることを、私は願うわ」
紫さんは、最後にそうまとめると、木槌を鳴らした。
「では、被告人、メディスン・メランコリーに判決を言い渡すわ。……無罪!」
静まり返っていた法廷に、歓喜の声が上がった。
よし、乗り切った……これで肩の荷をようやく下ろせる……。
「本日はこれにて閉廷!」
紫さんは再び木槌を鳴らす。短いようで長かった、幻想郷での二回目の裁判は、ようやく幕を下ろしたのであった。
どうも、タイホくんです。
法廷パート、これにて終了です。3話全体で2年半近くかかってしまいました。最後まで読んでくれた方、おつきあいありがとうございました。
次回投稿分(4月1日投稿予定)で3話完結です。
では。
※(改めて)キャラ紹介のコーナー※
・名琴為人(魂輪操)
自称物書きの変人。その正体は是非曲直庁管理下の組織「転生管理委員会」の長。
全ての存在の魂を自由に操る能力を持つ。
人間以外の種族の事を忌み嫌っている。
名前の由来
・「為人」→為+人→亻+為→偽 苗字の「名」とくっつけて「偽名」
・名「琴」
誑(たぶらかすと読む。うまいことを言ったり、ごまかしたり、あやしい手段を用いたりして人をだます。 あざむくという意)→訁+狂→狂(きょう)→今日(きょう)
「今日」の「今」と「狂」の「王」をくっつけて出来る文字から「琴」
当初は同じく「王」と「今」から出来る漢字「玪」を用いて「玪名為人(かんな ためひと)」という名前だったが、かんなという読みは名前っぽい&女っぽいことから、「名琴」に変更となった。
作者的には渾身の名前付け。
いつぞやは、彼の名前を仮書きの際につけていた「真犯人」のままで投稿してしまいました。
当時気づいて教えてくださった方、ありがとうございました。ネタバレ食らった方はすみませんでした。
・魂輪操
魂や輪廻を操るからこの名前。正直適当に考えた。
容姿設定等も適当なので、深く考えないで大丈夫です。