逆転裁判 ~東方法闘録〜   作:タイホくん

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第1話 境界を越える逆転
法廷1日目 その1


 

 

 

 

 

 

 

 

 

……はあ……はあ……

 

……くそっ! 何でおれがこんな目に……

 

……つかまりたくねえ……こんなことで……

 

……誰か……誰かがやったことにするんだ……!

 

……そうだ、あいつだ……

 

……あいつがやったことにすれば……

 

 

―4月9日 午前8時35分 地方裁判所 被告人第2控室―

 ……遅い、遅すぎる。

 ここはとある裁判所。ぼくは、その一角にある控室にいた。

 部屋は全体的に白で統一されており、天井からぶら下がっているシャンデリアや、置かれている家具なども、落ち着いた雰囲気のものが選ばれており、裁判が始まる前の緊張感を和らげるように工夫されている。

 落ち着いた部屋とは対照的に、ぼくは部屋の中をウロウロして、落ち着かない雰囲気を辺りにはなっている。

 同じ部屋にいる係官さんも、ぼくの落ち着かない雰囲気にのまれてしまったのか、どうにもソワソワしていた。

 時間が気になり、壁掛け時計で時間を確認する。時刻はもうすぐ九時。ああ、早くしないとあと三十分で裁判が始まってしまうではないか!

 ますます僕の気持ちは落ち着かなくなる。それに比例するかように、足取りが速くなった。

 あの二人は何をやっているんだ……。

 なぜ、僕が裁判所にいるのか。なぜやきもきしているのか。それにはきちんと理由がある。

 まずはぼくのことについて話そう。

 

 ぼくの名前は成歩堂龍一(なるほどう りゅういち)。弁護士を初めてまだ三年の新米。

 いや、三年も経てば新米じゃなくなっているかも……。

 まあ、弁護士がぼくの職業だ。これまでぼくは弁護士として、多くの事件に出会い、裁判を通じて色々な経験を積んできた。

 今日も裁判があるから、こうして裁判所にいるわけだけど……。

 

 ……遅い、遅すぎるよ。

 いつまでたっても依頼人が来なくて、こうしてヤキモキしているわけだ。

依頼人というのは、ぼくが弁護する人のこと。ぼくは事件の犯人として疑われている人のことを弁護して、彼らの無罪を証明することを生業としている。

 いつもなら裁判が始まる前に依頼人が来て、裁判前の打ち合わせをするのだが、集合時刻を十分以上過ぎても依頼人が来ない。一体何をやっているんだろう……。

 

 どうする事も出来なくなり、とりあえずソファに腰掛ける。

 柔らかい腰掛と、背もたれの部分に置かれているクッションが、疲れたぼくの体を包み込む。

 しかし、勢いよく座ってしまったせいか、それと同時に大量に詰め込まれた綿から、たまりにたまった埃が花粉のごとく飛び散った。その埃を吸い込んで、思わずくしゃみが出る。

 静かな部屋に、ぼくのくしゃみがこだました。

 うう、なんだか気まずい。

 扉の前に立つ係官さんは、ぼくとか関わりたくないのか下を向いて視線をそらし続けている。なにもそこまでしなくてもいいのに……。

 今すぐにでもこの部屋を飛び出して微妙な空気から解放されたいが、依頼人がその間にこの部屋に来てしまえば、入れ替わりになってしまう。

 こうなれば係官さんとの根競べだ。

 

 ぼくと係官さんは気まずい雰囲気の中、お互いに距離を取り合い時間が過ぎるのをひたすらに待つ。時計の針が、カチカチとなる音が嫌にうるさい。気づけば、その長針は九の部分に差し掛かろうとしていた。

 時刻は八時四十五分。開廷まではあと十五分だ。

 ……時間がない。せめて建物の中だけでも探してみよう。

 

 重い腰を上げる。

 その様子を見た係官さん。ぼくがこの部屋から出ると察したのだろうか、下を向いているので少々見辛いものの、よく見るとその顔には安堵の表情が出ていた。

 まあ、この空気感が嫌なのは同意だけど、露骨にうれしそうな顔をされると、こちらとしては傷つくな……。

 そんな彼とは対照的に、ぼくは落胆した気持ちで扉に手をかける。

 そうして扉を開こうとしたその時だった。突然扉が勢いよく開いたのだ。

 この扉は部屋の内側から開けようとすると、扉を引かなければならない。その扉がぼくの目の前で勢いよく開いた。

 これが意味する事、そしてこの後ぼくがどうなったか。想像するのは容易い。

 勢いよく開かれたドアは、体当たりを仕掛けるサイのように、ぼくにぶつかった。

 その直後、「なるほどくん、お待たせ!」と、女の子が元気よくぼくの名前を呼んだ。

 真宵ちゃん……あんまりだよ。

 その後、床に叩き付けられたぼくを見て、その場にいた全員が腹を抱えて笑ったことは、言うまでもない。

 

 「ごめんね。まさか扉を開けたら、目の前になるほどくんがいるとは思っていなくて……」

 先程扉を開けた女の子が謝る。

 「いいよ、気にしなくて」

 落ち込む彼女をひとまず慰めた。

 彼女の名前は、綾里真宵(あやさと まよい)。ぼくの助手だ。

 二人で立ち向かった事件は数知れず、時にはピンチに陥ったこともあるが、お互いに助け合いながら三年という月日を共にした大切なパートナーだ。

 年は十九。身長は百五十ほど。

 薄い紫色の着物の上から、濃い紫の羽織を着て、赤紫色の帯を巻いており、服装は紫を基調にしていることが分かる。

 さらに首からは、勾玉をぶら下げている。色は明るい空色。真宵ちゃんが身に着けている物の中では、これだけ紫色でない。

 長く伸びた黒髪は、頭の上でお団子のように結ってある。(密かにこの髪型をちょんまげのようだと思っているのは内緒である)

 

 さて、ここで疑問に思った人もいるはず。なぜ、弁護士の助手がこんな奇妙な格好をしているのか、と。それは、真宵ちゃんのもう一つの職業が深く関わってくる。

 実は、真宵ちゃんは霊媒師でもあるのだ。

 真宵ちゃんの家は、倉院(くらいん)流霊媒道という、霊媒を生業とする由緒正しいお家。真宵ちゃんはそこの娘さんだ。

 ぼくの弁護士のお師匠さんが真宵ちゃんのお姉さんで、彼女とは弁護士になりたての時に起こったある事件で知り合った。それ以降、真宵ちゃんは霊媒師の修業の傍ら、ぼくの助手としていつもそばにいてくれている。

 

 「それにしても真宵ちゃん。どうしてこんなに来るのが遅くなったの?」

 疑問をぶつける。

 ぼくの質問に対し、真宵ちゃんは申し訳なさそうな顔で、「ごめんね、実はあの子が……」と言って扉の方を指さした。

 扉の方を見ると、女の子が立っていた。そう、彼女こそが今回、ぼくが弁護を担当する依頼人だ。

 彼女の名は、岡瑠波(おか るなみ)。この辺りにある、東深見高校という私立高校に通っている高校生。

 茶髪がかった少し癖のあるベリーショートヘアに、UFOの髪飾りを付けている。服は、東深見高校の制服だろうか。菫色を含めた、紫系統のチェックから成るベスト風の上着とブリーツスカートを履き、上着の下に白色の長そでブラウスを着ている。

 暗い顔をした彼女は先ほどの係官さんと同じように下を向いて、その場に棒立ちしていた。

 

 「だ、大丈夫?」

 心配した真宵ちゃんが、瑠波さんに声をかける。

 ぼくも声をかけてあげようと思ったが、ここは年も近い真宵ちゃんに任せる方がいいだろうと考えて、その様子を黙って見ていた。

 瑠波さんと真宵ちゃんは身長が同じくらいだからだろうか、二人で並んでいると同級生のように見えた。……真宵ちゃんの方が年上だけど。

 それはさておき、初めての裁判で被告人として出廷するんだ。瑠波さんが緊張するのも無理ない。それに、彼女が起訴された理由もその原因の一つだろうな。

 

 “殺人” 

 

 それが彼女に掛けられている容疑だ。

 瑠波さんの様子から見るに、残りの時間で裁判の方針を固める話し合いをするのは難しそうだ。ここは、裁判が始まるまでの間、彼女の側に真宵ちゃんを付けておくのが正解だろう。

 真宵ちゃんに一言声をかけると、ぼくはもう一度ソファに、今度は優しく腰掛けると机の上に置いておいた法廷記録を手に取った。

 法廷記録には、”東深見高校 殺人事件 捜査資料”と書かれている。

 それをひらいて、中にファイルされている一枚の紙を取り出した。これに、今回の事件の簡単な情報がまとめられている。

 昨日目を通しておいたが、改めて確認することにした。

 

 被告人 岡瑠波 容疑 殺人罪

 被害者 女性 (身元不明) 死因 高所から突き落とされたことによる脳挫傷。 

 事件概要 四月八日、午前十時ごろ、私立東深見高校にて「人が倒れている」と同校の警備員から一一〇番、及び一一九番通報。十分後に警察が到着。被害者の遺体を確認後、警備員に事情聴取。

その際、警備員が屋上に人影を見たと証言。その後、屋上にて一名の女子生徒を発見。女子生徒は鉄パイプを持ってその場に立ち尽くしていた。任意同行を許可したため、署にて事情聴取。

 警備員の証言と、現場に残されていた鉄パイプの指紋が女子生徒のものと一致したことが証拠となり、同日、同校の生徒、岡瑠波を逮捕、起訴した。

 被害者の女性は身元が判明しておらず、現在捜査中。また、女性の服の胸ポケットから純金のネクタイピンを発見。捜査の結果、同日現場近辺で発生した空き巣事件の盗難物と一致。女性が空き巣事件に関与している見方も含め、現在捜査中。

 

 被害者は身元不明、か……。そうなると瑠波さんとの関係性が読めなくなってくるな……。

 加害者と被害者、この二人の関係性が分からないと、加害者の犯行の動機が分からなくなってしまう。検察側がそこをどう攻めてくるかが問題だ。

 

 捜査資料を法廷記録に戻し、今度は中から一枚の写真を取り出す。被害者が発見された場所、いわゆる現場を撮影したものだ。

 事件現場は東深見高校の校舎裏。資料にもあったように、警備員の一人が第一発見者らしい。

 苔がびっしりと生えた校舎裏の一角に女性があおむけに倒れている。夜空のような黒い色をした長い髪。遺体の腕にヘアゴムが巻いてあるところを見るに、被害者は普段は上を縛っていたことが窺える。

 身長は目測だと百八十から百八十五と言ったところか。……女性にしてはずいぶん高身長だ。

 服装は白のワイシャツにジーパン。ワイシャツには、倒れた際についたと思われる土と血液が大量に付着し、ワイシャツが持つ清潔感は完全に失われている。

 ……それにしてもずいぶんと簡素な格好だ。

 女性は見た目、二十代前半と言ったところだろうか。この年齢の女性がこんな簡素な格好をしていることに、少し違和感を覚える。なんというか……やけに男っぽい格好だな。

 

 被害者の容姿などを確認し終え、次に被害者の頭部に注目した。

 きれいな黒髪に、一筋の緋色の血が垂れている。血が垂れている元をたどったが、長い髪に遮られているせいで、遺体のすぐそばで撮られた写真にも関わらず、傷は見つけられなかった。

 ひととおり確認し終えたので、写真をファイルに戻す。

 どうやら、瑠波さんも落ち着いたようだ。真宵ちゃんの明るい性格はこう言う場面でも役に立つ。

 

 「瑠波さん、気分は大丈夫ですか?」

 ぼくの質問に瑠波さんは少し力の無い表情を浮かべ、「はい、なんとか……」と答える。まだ声に力を感じられない。真宵ちゃんの力をもってしてもやはり限界がある。

 ここはどうするべきなのだろうか。あまり未成年の子の弁護を引き受けたことのないので、こういう状況になれていない。

 「なにか飲み物でも買ってきましょうか?」

 ひとまず適当に声をかけてみる。

 「い、いえ。大丈夫です……」

 しかし瑠波さんはぼくの言葉をバッサリと切り捨てる。

 うう、飲み物を買いに行っている間に、何て声をかけようか考えようとしていたのだが……こう返されてしまっては、どうすることもできない。

 「え、えっと……今日はよく晴れましたね」

 先人たちの知恵、必殺天気の話題。これで会話の糸口を……。

 …………。

 返事が無い。どうやら失敗したようだ。

 うう、さすがにまずかっただろうか。

 弁護士なのに、弁護する人のことを励ますこともできないとは……久しぶりの法廷とはいえ、若干衰えたかもしれない自分の力量に、少しばかり自己嫌悪を覚える。

 「私とは話せるんだけどな」

 瑠波さんとの会話がはずまなかったのを見た真宵ちゃんが口を開く。

 どうにも気まずい……これだったら、係官さんとの根競べの方がマシだったな……。

 

 本来なら開廷前の最後の話し合いをする時間。間の悪い空気のせいなのか、誰一人口を開こうとしない。

 時間が気になり時計を確認する。時刻は八時五十分。開廷まではあと十分だ。 

 どうする。このままだとお互い士気が高まらない状態で裁判になってしまう。ただでさえつらい裁判なのに、こんな状態では勝てる裁判も勝てない。

 ……ここは、年長者のぼくがなんとかしなければ。

 ギスギスした沈黙を破るべく、口を開こうとする。

 

 その瞬間だった。突如、部屋の扉が開かれた。ギスギスとした沈黙を、扉を開ける音が一気に切り裂く。

 「皆様、ご機嫌麗しゅう……」

 沈黙を破り、部屋に入ってきたのは一人の女性。白色のゆったりとした服を着て、金髪のロングヘアーをいくつかの束に分け、それぞれ縛っている。

 どこか不思議な雰囲気を放つ女性はためたらうことなくまだギスギスとした空気の部屋に入ってくる。

 瑠波さんは女性を見て一瞬あっけにとられたような顔をしていたが、何かを思い出したかのようにハッとした顔つきになると、女性に向かって「先生!」と言った。

 “先生”と呼ばれた女性は瑠波さんの元に行くと、「心配していたのよ」と彼女を抱き寄せた。

 先生、ということは東深見高校の人なのか。

 しばらくすると女性はぼくの方へ向き直り、「初めまして。弁護士先生」とスカートの橋を持ってお姫様のように深々とお辞儀をした。

 「は、初めまして」

 見慣れない挨拶の仕方に動揺しながらも、何とか返答する。

 「申し遅れました。私は、私立東深見高校の教師、八雲紫(やくも ゆかり)と申します。以後お見知りおきを」

 「え、えっと、弁護士の成歩堂龍一です。今回はその、よろしくお願いします」

 あまりこういった雰囲気の大人の女性とは話したことが無い。妖艶な声にくらっとなりそうになるのを抑え込み、自己紹介をした。

 「あら、そんなに緊張なさらなくてもいいのですよ?」

 うう、出来ればその色っぽい声を止めて欲しいのだけど……。

 紫さんの大人のオーラにたじろいているぼくとは対照的に、真宵ちゃんは目を輝かせて紫さんのことを見ていた。

 「あら、あなたは?」

 真宵ちゃんの目線に気付いた紫さんが、声をかける。

 「あ、わたしは綾里真宵と言います」

 「真宵……いい名前ね」

 「あ、ありがとうございます!」

 真宵ちゃん、なんだか嬉しそうだな。もしかして、あんな感じの人の女の人に憧れているのだろうか? ……もしも真宵ちゃんがあんなふうになってしまったらどうしよう……まあ、真宵ちゃんの性格からして、ああなるとは考えにくいけどな。

 

 ぼくが物思いにふけっている間にも、真宵ちゃんと紫さんの会話は続いている。気が付けば、瑠波さんも話の輪に入っていた。

 「まあ、霊媒師をなさっているのね」

 どうやら、霊媒の話になっているらしい。

 紫さんは、真宵ちゃんが首からかけている勾玉をまじまじと見つめている。

 「はい、なんなら見せちゃいましょうか? わたしの霊媒」

 「私、見てみたいです!」

 瑠波さんが霊媒に興味を示す。その目は爛々と輝いていた。

 「待って真宵ちゃん。もうすぐ裁判が始まる時間でしょう? だから、裁判が終わってからにしてもらえるかしら?」

 時間を配慮した紫さんの行動。さすが教師なだけはあるな。子どもの扱いが上手だ。

 それからも、紫さん達はいろいろな話をしていた。先ほどまで元気が無かった瑠波さんも談笑するうちに緊張がほぐれてきたようだ。曇り空のような顔は、いつの間にか晴れやかになっていた。

 そうして、五分ほど過ぎただろうか。時刻は間もなく九時になろうとしていた。

 

 「あら? そろそろ時間のようね」

 紫さんが話すのを止める。

 「さあ、二人とも。準備して」

 紫さんに促され、真宵ちゃんたちも会話を止め、各々の準備に入る。

 瑠波さんは服装を整え、真宵ちゃんは法廷記録の証拠品をもう一度整理し直すと、ぼくに手渡してくれた。

 「紫さん。ありがとうございました。瑠波さんの緊張を解いてくださったんですよね?」

 紫さんはきっと部屋に入った時から、この部屋のぎすぎすとした空気を読み取っていたはず。だからこそ、瑠波さん達とああやって談笑することで緊張をほぐしてあげたのだろうと、その光景を見ていたぼくは思った。

 「あら、なんのことかしら? わたしはただあの子たちとお喋りしたかっただけよ」

 紫さんはクスリ、と笑った。

 「さあ、ここからは先生の出番。瑠波のこと、よろしくお願いします」

 紫さんは、深々と頭を下げる。

 「はい」

 紫さんがこうして場の空気を和やかにし、ぼく達の士気を挙げてくれた。このお礼は言葉だけでなく、無罪判決という形で返そう。

 そう思うと、決意がみなぎった。

 「弁護人、被告人。間もなく開廷のお時間です。準備ができ次第、速やかに入廷してください!」

 あの係官さんが大きくはきはきとした声で叫んだ。彼も、紫さんのおかげだろうか、最初よりも顔がすっきりとしている。彼女の手腕はやはりすごいと改めて実感する。

 「さあ、二人とも。そろそろ行こうか」

 準備を終えた真宵ちゃんと瑠波さんに出発の合図を告げる。

 「よーし、いっちょやるよ。なるほどくん!」

 ガッツポーズを決めた後、拳を高く突き上げる真宵ちゃん。「先に行ってるね!」と言って、すぐに部屋を飛び出して行った。

 「あ、あの成歩堂さん。その……よろしくお願いします!」

 瑠波さんが深くお辞儀をする。

 「精一杯やらせていただきます」

 決意新たにぼくはそう言った。

 その後、瑠波さんは二人の女性係官に連れられ、部屋を後にした。

 「では、私もこれで……傍聴席で見ていますわ」

 紫さんも後に続いて退出した。

 部屋に一人取り残されたぼくは、深呼吸をすると部屋を出た。

 

 ぼくが廊下を歩く音だけが辺りに響く。いつも静かな裁判所ではこれが当たり前だ。いつもなら何とも思わないが、今日のぼくにはこの足音が、勇気が出るファンファーレにも感じられた。

 長い廊下を抜け、中央エントランスに出る。

 煌びやかなシャンデリアが天井からぶら下がり、その隣から大きな二つの柱がそびえたつ。柱の間にかかる幅の広い大階段を上った先に、目的の部屋があった。

 そこにあるのは、大きな木製の扉。ただの扉なのに、そこからは誰しもが怯むような気迫が感じられた。

 “地方裁判所 第二法廷”

 扉の上にかかるプレートにはそう書かれていた。それを確認したぼくは扉を開ける。気圧差のせいだろうか、扉を開けると勢いよく風がぼく目掛けて襲いかかった。

 

 怯んで一瞬目を閉じる。

 風が止み、目を開けた先に待っていたのは当然ながら法廷。傍聴席は多くの傍聴人で溢れかえっており、その奥に二つの机が並べられていた。

 向かって右側が検事席、左側が弁護席だ。

 弁護席には真宵ちゃんがすでに待機していて、開廷を待ち望んでいる。

 弁護席と検事席の手前には椅子が置かれてあり、両脇を女性係官に固められて瑠波さんが座っていた。

 ぼくは傍聴席の間をすり抜け、弁護席に立った。もうすぐ、裁判が始まる。

 ……大丈夫、きっと乗り越えられる。ぼくがすることは依頼人を信じ抜き、真実を見つけ出す。ただ、それだけだ。

 その直後、法廷中に鐘の音が鳴り響く。午前九時を付ける時報だ。

 年季を感じさせる鐘の音は、これから裁判に挑む者達に激励を送るかのように感じられた。

 

 

 


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