本当に…………申し訳御座いませんでしたぁああああああああああああ!!!!
「オ、オルガマリー所長?なんで」
「ああ、それについてなんだけど……」
「私から話そうじゃないか!」
立香の疑問に答えるべくロマンが口を開こうとするが、唐突にそこから横槍が入る。ソコにはウェーブの掛かった茶髪のロングヘアーの女性がいた。全ての顔のパーツが黄金律で整えられたかのような完璧な造形美を持った女性の登場に、立香は状況についていけなくなる。しかし彼女は気にする事なく話を進める。
「やぁやぁマスターくん!私の登場に中々着いて行けないようだね?私の名前はレオナルド・ダ・ヴィンチという!気軽にダヴィンチちゃんと呼んでくれたまえ!」
「は、はぁ……?ロト……」
「俺に振るな立香。俺も最初は戸惑ったよ」
立香の言わんとしていることがわかるのか、ロトは疲れた様な顔を浮かべて首を振る。それにより立香の質問する気も失せた。やがて立香は茶髪の美女、ダヴィンチちゃんに向き直る。するとダヴィンチちゃんは満足げに頷きながら悠然とした佇まいでヒールの無機質な音を立てながら立香に近づく。
「さて、マスター君!君はいまいくつかの疑問を抱えているね?それを今から説明してあげようじゃないか!」
「は、はい……」
今とっても楽しいです!と言わんばかりの満面の笑みに立香の出た答えはそれだけだった。今の彼女はどうやったって止められない。そんな確証のない確信が立香にはあった。
「それじゃあ説明しよう!まずはなぜオルガマリー君、所長が生きているかだね?」
「そ、そうですよ!だってさっき見た限りじゃ『ザオラル』は失敗したように……」
「いいや!それは違うよマスター君!」
立香の疑問をダ・ヴィンチは真っ向から遮る。しかしその顔は嬉しそうだ。まるでよくぞ言ってくれましたと、その言葉を待っていたと言わんばかりである。
「確かにあの時の『ザオラル』は
「は、はぁ……」
ダヴィンチの怒涛のトークに立香のリズムは完全に狂った。やはり英霊、常人から話の主導権を奪うことなど造作もない事らしい。
「あの時の場面は見せてもらったよ?まさか生命の蘇生なんていう、私でも到底出来ないような事を平然とやってのけるとはねぇ?やはり原初の勇者は格が違うという事かな?」
「俺を見て言っても何も変わらないぞ?俺の世界じゃ死者の蘇生なんて事は何度も見てきた。逆もまた然りだったが……」
「それはすまないね?」
過去最高の叡智と過去最高の勇者、知恵と心の最高峰同士の会話。中身は至って平坦?なものだが、その声ひとつに言葉では言えないような何かが眠っていた。立香はそれを感じ取らずにはいられなかった。
「あのー、それで結局どういうことなんですか?所長が生き残ってる理由って?」
「ああ、そうだったね!だが焦っちゃいけないよ!まず第一に、ザオラルの基本構造から見ていこうじゃないか!」
「基本構造?」
ダヴィンチから告げられた突拍子もない言葉に立香は小首を傾げる。それを見てダヴィンチはまたも満足気に頷く。
「そう、まずザオラルとはどんな呪文なのか、それが分からなければ理解は出来ない。焦らずにじっくりと聞いていこうじゃないか」
ダヴィンチは茶目っ気たっぷりにウインクをした。黄金比の顔から放たれた瞬きはなんとも様になる。
「ザオラルの原理、コレは実行するのは難しいが言うだけなら単純な話なんだよ。
「魂を……」
「肉体に……」
ダヴィンチの言葉を覚えようと立香とマシュの二人は録音した言葉を再生する録音テープの様に繰り返した。
「そう。コレは使用者から聞いた話だから間違いないさ。と言ってもほとんどフィーリングの様な説明だったから私なりの解釈を加えているがね」
『どう言う原理かって?うーん、説明するとなると難しいな。使ってる最中の感覚的に言うと、視界が遮られた水の中からナニカを見つけて、それを元々あった容器の中に戻すって感じかなぁ』
ダヴィンチは彼の説明を脳裏に思い浮かべながら補足を加えていく。魔術師からしてみれば考えられないほどの感覚主義、天才の彼女でも多少の驚きは隠せるものではなかった。しかし彼女はその感情は今は出すことなく話を続ける。
「つまり、彼女の肉体がこの世界に実在してさえいれば、『ザオラル』は理論上問題なくは発動することが出来るという事なのさ」
「へー……え?でもおかしくないですか?」
「ん?何がだい?」
立香の疑問の声にダヴィンチはあえて気付かないふりをして立香の疑問を待つ。
「だって、レフは爆弾を所長の足元に設置したって言ってました。だったらそんな爆発に直撃した所長の体が、五体満足なはずがない「うむ!いい疑問だね!それもちゃんと説明が出来るのさ!」うわ!」
ダヴィンチは立香の疑問に食い気味に喰らいつくと、顔を立香の眼前にまで近づける。突如として迫る絶世の美女の尊顔に立香は何とも言えない圧を感じる。
「ダヴィンチさん!先輩が驚いています!あまりそういったいたずらは控えてください!」
そこへすかさず登場、頼れる後輩、マシュ。彼女は二人の間に滑り込むと立香の前に守る様に両手を前に広げる。その姿にダヴィンチはアリクイの威嚇のポーズを思い起こした。
「おっと!これはすまないね。それじゃあさっきのマスター君の疑問についての説明だけど、それは簡単な話なのさ。単純にザオラルを使うには、
ダヴィンチは小学生に四則演算を教える小学校の先生の様に優しい声で立香達に語りかけた。しかしその回答に立香とマシュは驚嘆に目を見開く。
「五体満足じゃなくても問題がないって……」
「まぁ言いたい気持ちもわかる。しかしこれでしか説明がつかなくてね?そもそもあの呪文はドラクエの世界の呪文だ。あの世界では殺傷能力の高い呪文ばかり。それに伴い治療の呪文が高度になっていくのも当然と言えば当然の帰結なのさ。それこそ死者蘇生なんてものを開発してしまうくらいにね」
ダヴィンチの眼は先ほどまでの教える者から一転、究める者の目に変わった。高度な解釈の元からはじき出された馬鹿馬鹿しいともいえるほどに単純な子供が絵にかくような、正しく絵空事。それを可能性として捨てずに残し続ける一種の意地は、凡才と天才の境界線を決める一つの要因だったのかもしれない。
「事実、そうでないと彼女が蘇生できた理由が見当たらないのさ。
「それは確かだぞ。俺も何度も蘇る事の出来ない人たちを見てきたからな。だから俺は聞いたんだ。『生きたいか?』って」
「あ……」
ロトの言葉で立香が思い起こしたのは吸い込まれたオルガマリーが最後に叫んだ自身の思いの丈。喉が張り裂けんばかりに叫ぶその姿に『生きたい』という思い以外の何を感じるか。そう思いいたると、立香は先ほどから恥ずかし気にそっぽを向いてこちらの会話に参加しなくなった所長を見る。
「オルガマリー所長……」
「な、何よ……生きたいって思っちゃ悪い訳?」
拗ねたようにそっぽを向いたまま喋る所長に立香は癒されると、深々とお辞儀をした。
「ありがとうございます」
「先輩?」
「ど、如何したのよ急に?」
突然の感謝にマシュはキョトンと首を傾げ、オルガマリーは思い当たる節もなく、困惑する。立香は数秒ほど頭を下げると再びゆっくりと下げる時と同じペースで頭を上げる。
「いや、今にして思うと、所長がいないと解決できそうになかったことがいっぱいあったなって思って……そしたらなんか今言っておかないと今後二度と言えないような気がしたんですよ。今この場にいるのは奇跡みたいなものですし」
「そ、そう……」
オルガマリーは毒気を抜かれた顔を浮かべて立香を見つめる。なんとも言えない空気になった。
「さて!それじゃあ今日から本格的に人理修復に向かうとしよう!」
それを打ち破ったのは他でもない
「ダ・ヴィンチ……」
「うんうん、言いたいことも分かるよ?ロマニ。けど、いつまでもしんみりしていたらせっかく助かった命も無駄になってしまう。それが起きないためにも、今は改めて目的を再確認しないとね?そうだろう?オルガマリー・アムニスフィア所長」
苦言を呈そうとするロマ二にそう言ってダヴィンチはベッドで寝そべっているオルガマリー所長に流し目で訴えかける。それにオルガマリーも気付き、一度咳払いをして空気を切り替える。
「そうね……確かに、何時まで経ってもこんな空気ではこの『カルデアス』の意味がないわ……藤丸立香」
「は、はい!」
『所長』の顔のオルガマリーに自然と立香の背筋がピンと伸びる。ベッドに寝そべり、病人着の服の彼女でもそこからあふれ出る彼女特有の威厳のようなものは維持されていた。
「あなたには一般人には到底想像出来ないような苦難が訪れます。その苦難をあなたが超えられなければ人類は滅んでしまうと思っていいわ」
「「…………」」
その言い回しに立香は黙って聞き入り、その後ろでロトも黙って腕を組んで聞いていた。
「でも、だからこそ、
「「…………」」
「お願い、引き受けてくれる?」
その言葉の最後に、一瞬だけオルガマリーは『少女』となった。そして弱弱しく手を差し出す。立香に取ってもらいたい一心で震える体を押して、奇跡の積み重ねで生き残ったその所長というにはあまりにも頼りない手を。
「…………正直言って自分の置かれてる状況は良く解りません」
立香は手を取らずにポツリと話を続ける。それを止めようという者はいなかった。
「だけど、自分にしか出来ない事があるっていうのはなんとなく分かります」
続く。
「オレはロトみたいに凄い人じゃないですし、ロマンみたいに専門的な知識もないです。マシュみたいにこれから新しい力に目覚めたりとかはしないと思います」
語る。
「だけど、そんな自分でいいなら喜んで力になります……!」
手を握った。それにオルガマリーは握られた手をじっと眺める。顔を俯いて表情は見えないが、シーツには染みが出来ていた。やがてそこにもう一つの手が現れる。その手はガントレットで覆われていた。
「うむ、実に青臭いねぇ!いいよいいよ!こういう展開も大好きさ!人理修復という難題に立ち向かうんだったらこの天才の頭脳無くしてどうするんだってね!元々協力するつもりだったけど、こういう意思表示は大事だと思うね、うん」
また一つ、手が重なる。その手は小さながらも盾を任された華奢な手であった。
「所長、自分もこのカルデアス所属サーヴァントとして、そしてあの特異点を共に攻略した戦友として、所長とはともに歩いていく所存です!マシュ・キリエライト、全力で手伝わせていただきます!」
また一つ、重なる。次の手は手袋に包まれた男としては細い、頼りなさげな手だった。
「うーん、なまじ生き残っちゃったし、此処まで来るともう出来る出来ないはともかくとしてやるしか無いのかぁ……ええい、こうなったら
そして最後に、また手が重なる。その手は英雄と言える様なゴツゴツした手であった。
「オルガマリー、お前は確かに優秀な人かもしれない。けど、俺は正直言ってお前の部分はあの街で過ごしたお前しか知らない。だからこそオレはお前に力を貸す。勿論全力でな。だからやるぞ、お前の指揮の下で、このカルデアスで、誰にも気づかれない、歴史に名も残らない、俺たちが生き残るための戦いを」
「…………っ!……ありがとう」
ポソリと呟かれた蚊の鳴くような小さな声に、彼女の手に重ねた各々は何も言わず、ジッとしていた。やがて何処からともなく泣く声が聞こえてきたが、誰も手を放しはしなかった。
「フォーウ」
白い獣が何という訳でもなく鳴いた声が聞こえた。
「最初の特異点の場所はフランスよ」
「私が召喚したのに随分と生意気な態度でしたね、あのバーサーカーは」
「流星となれ!タラスク!!」
「竜を撃ち飛ばすだと!お前はそれでも聖女か!?」
「ファヴ二ールはあんたに任せるわ。オレはもう片方をやる」
「そうか、すまないな。マスター、後ろは任せたぞ」
「合いだがっだよ~!!やっど会えだー!!急にい゛な゛ぐなるんだがらさ淋じがっだよ~!!」「お、おまえそんなキャラだったけ!?変わり過ぎじゃね?」
「あ、あのロトさん?この方は一体?」
「ククク…………!ようやくだ!ようやく貴様と相対する時が来た……あの時の私の誘いを断ってくれた事は今でも鮮明に覚えているぞ……」
「なんで、なんでお前までいんだよ………………!!!」
第一特異点 邪竜百年戦争オルレアン