別に話したくないわけじゃないけど……いや、ちょっと話したくないかもな。アレはオレが過去一番にカッコ悪かった1日だったかも知れないし……
分かった分かったから、話すよ!
えーっとじゃあどの辺から話したもんか……
オレがその花嫁争奪戦に参加したのは、魔王討伐のために盾が欲しかったからなんだ。この辺は物語読んでたら知ってるよな?
ケッコー現金な理由だろ? 大富豪の娘さんとの結婚なんだから、まぁその盾の売った金目的の下衆な奴らも結構いたよ。
けど中には純粋な理由で参加してるやつもいた。
ていうかそんな奴らが殆どだったよ。
娘さんはその辺じゃ知られた才媛らしかったし、結構な人気だったよ。
…………分かった分かった、ちゃんと『フローラ』って呼ぶから宝具を撃とうとするのはやめてくれ。
フローラとの結婚相手の募集はそりゃ競争率半端なかったよ。ルドマンさんもその辺分かってたのか、親バカなのかは分かんないけど、振るい落とすために伝説の指輪を探しに行くっていう試練を課したんだよ。
その試練聞いて人数は半分の半分くらいまで減った、ほんで山を見てまた半分が消えたよ。
そん時だったよ、『ビアンカ』と再会したのは。いやー、あん時はもう不意打ちも良いとこさ。そんで昔話も程々にして、指輪を取りに行く手伝いをしてくれてさ。
……いや、確かに今思うと相当無神経だったと思うよ、だからそう呆れた顔しないでくれ頼むから……
んで、その無神経さが災いしたのか、リングを手に入れて後は結婚するだけってなったら予想外の展開になってね……この辺は知ってるでしょ?そ、『ルドマン家の結婚前夜』って言われてるらしいあの事件?が起こったんだよ。
もうあんな葛藤は悪いけどゴメン被りたいね。まだダークドレアム相手に一人で戦ってた方が気が楽だった……あの重圧は魔王でも敵わないよ
でもだからだろうな……俺史上一番バカな考えが思い浮かんだのは……
──────────
「もしやビアンカさん?あなたはアベルさんの事が好きなのでは?」
フローラのその一言はその場にいた全員を凍り付かせた。まさかの花嫁からの爆弾発言にビアンカとアベルを含めた全員の時が止まる。ルドマンは目を見開いてアベルとビアンカの方を見つめ、奥さんも驚いて口に手を当てビアンカを見ていた。アベルは気まずさからビアンカの方を見ず、ビアンカはフローラとアベルを交互に見ながらアタフタと手をばたつかせていた。収拾がつかない状況下だったが、それでもこの騒動の発端であるフローラは話を続ける。
「そのことに気付かず私とアベルさんが後悔することになっては……」
フローラの言葉に徐々に熱がこもり始める。最初の少しばかり遠慮しがちに言っていた口調ではなく、はっきりと、ビアンカの方に目を向け、一言一言に熱を持った言葉をビアンカに届ける。
「あ、あのね……フローラさん……そんな、ことは……」
フローラのその火の様な熱い意志のこもった言葉にビアンカは圧されつつも、必死に答えようとしどろもどろに言葉を紡ごうとする。しかし言葉には結局ならず、ただの感嘆となって飛散していく。何度か声を出そうと試みるが、一向に言葉が出ない。まるで見えない何かがビアンカの言葉を遮る様に喉の直前で声をかき消す。ほんの5秒にも満たない短い間隔だったが、ビアンカには何十分にも感じ取れるほどに苦しい瞬間であった。
「落ち着け、ビアンカ。何もフローラさんはお前を責めてるわけじゃない」
「まぁ、フローラも落ち着きなさい」
その苦しさからビアンカが解放されたのは、背中に回されたアベルの手だった。そしてそれとほぼ同時にルドマンの声が部屋に響き渡る。それをきっかけに部屋の時間が再び動き出した気がした。ルドマンは一つ咳ばらいをすると、徐にアベルの方を向き皆に聞こえるように少しばかり声を張って告げる。
「ウォッホン……そうだアベル君、ここは君が決めたらどうかね?フローラとビアンカさんの二人で話し合ったとしても、いずれは平行線。決着がついたとしてもそれは二人とも納得できる答えにはどうなってもいかないだろう。これは君が答えを見つけ出すべき問題だ。今夜はゆっくり休んで、一晩考えてから選んでくれたまえ。うむ!それがいい!!」
「え?いや、あの……ちょっと……」
「今夜は宿を用意するからアベル君はそこで泊まりなさい。ビアンカさんは私の別荘で泊まるといい。いいかね?分かったかな?」
「…………はい」
ルドマンの鶴の一声にアベルは頷くしか出来なかった。こうしてひとまず、ルドマン家の騒動は一つの区切りを見せたが、アベルの心は当然ながら穏やかな物ではなかった。
突如として言い渡された究極の選択。
二人の女性の運命を託されたとなれば、穏やかに眠っていられる余裕などアベルにはなかった。
その夜、アベルは宿屋の窓を開けてツキを眺めている。欠けた三日月とも半月とも言えない中途半端な欠け方の月がアベルの部屋に差し込む。
「はぁ……急にこんな話振られるなんて……思ってなかったなぁ……」
アベルは深くため息をつく。ため息をついて何かが変わると言われれば、二酸化炭素の濃度が増えるだけで何も変わらないが、それでも吐かずにはいられなかった。
(ルドマンさんはどちらと結婚しようとも盾は譲るって言ってた……俺の意志を尊重するって事だろうけど……いっそのことルドマンさんがフローラさんとの結婚を強制してくれればこっちも踏ん切りがついたのになぁ……いやいやダメダメ!何ヤなこと考えてんだ……これは俺の問題なんだからルドマンさんは関係ない!確かにこれは俺が解決すべき問題だ……八つ当たりは意味もないし空しくなるだけだ)
アベルの気分は過去最高に沈んでいた。なにせ、今までの様に仲間に頼る事は出来ず、決められた正解は存在しないのだ。どちらを選んでも選んだ方も選ばれなかった方にも、人生に多大な影響を与える、人生の岐路に彼女たちは立っている。そしてその道の選択を自分ではなく、他者に託すのだ。これがどれだけの覚悟を伴っているのか、アベルには分かる。過去での魔王討伐の旅の際は、仲間に窮地を切り開いてもらう為、背中を預けたことは百や二百ではない。預けたことも、預けられたことも多々ある。
そんなアベルでも、これ程までの選択を迫られたことは無かった。そして正直に言うと、アベルはビビっていた。先程の八つ当たりも、その怯えから出てきた一種の現実逃避かも知れない。
「あー!!やめやめ!一旦考えるのやめよう!!……外にでも出て、少し頭を冷やそう……こんな頭で出したやっつけの結論なんて俺が納得しない……」
そう言ってアベルは服を部屋着から外出できるレベルの服装に着替え、宿屋から出る。その足並みは体に泥でも纏わりついたかのように重かった。涼しい夜風がアベルの顔を撫で、躍起になっていた頭を冷やす。そしてアベルが数分ほど歩いていると、道の端の草むらががさがさと音を立てて揺れ始める。
「!!……」
「ん……?あ……スラか?」
そして出てきたのは一匹のスライムだった。水色の雫の様なフォルムはつやつやと輝き、夜空に浮かんだ月の光を少しばかり反射させて輝いていた。スライムの『スラ』はその小さな体を弾ませてアベルの傍まで寄ると、アベルの足にすり寄ってきた。
「ハハハ♪会いたくてこっちに来たのか?全く甘えん坊な奴だな。よし、なら一緒に散歩するか?スラ」
「…………??」
アベルはスラを両手で持ち上げながら一人楽しそうに再び歩きだす。その間、スラはなされるがままにアベルに抱っこされるが、特に不満は無い様だ。いや、というより、何をされているのかいまいち理解しきれていない感さえある。するとそのスラを皮切りにがさがさと草むらが揺れ、続々とアベルの仲間モンスターが現れる。
「グォアゥ!」
「…………」
「うおっと!!キラにももか。あれ?ゴーレはどうした?一緒じゃないのか?」
茂みから颯爽と現れた『キラーパンサー』と『ももんじゃ』にアベルは笑顔で答える。キラは巨体を後ろ脚で支えながらアベルの顔をべろべろと会いたかった気持ちを表現する様に顔を舐め、ももは何も言わずに無言でアベルの頭を目指してよじ登る。ももはアベルの頭に到達するとなぜか自慢げに鼻息?を荒げるとそのままアベルの頭に居座った。まだ成体になっていないらしいが、地味にでかいからアベルとしてはこれまた地味にきついのである。口には出さないが。
「グルルルル……」
「あぁ、そう言う事か……まぁ確かにでかいから遠慮はするよな?ちょっとゴーレには悪いことしたなぁ……明日になったらここを出るかもしれないし、その時はなんかあいつにやるか……」
キラの唸り声にアベルは一人納得して話を進める。そしてそのまま歩き始めるが、そのころには少しばかり気が楽にはなっていた。
「……ひょっとしておまえら、俺に気ぃ使ってるのか?」
その問いにキラは答えず、ももは無言でしっぽを振り続ける。スラに至ってはアベルの腕の中が気持ちいいのか転寝し始めそうな顔をしている。しかしアベルは何も答えない仲間に満足げに一人笑うと、納得する様に肩を揺らした。
「ありがとなお前ら……少しだけ楽になった気がするよ」
「グワッ」
「グルル……」
ももが食い気味に返事をする。当然だとばかりに鳴き声を上げて返事をする辺り、先程の言動から、対岸不遜な性格の様だ。それに遅れてキラも返事をする様に唸る。そしてアベルは草むらによってキラにスラを預けて3匹を還らせる。
「ゴーレにすまないって伝えといてくれ!!後、寂しがってるだろうから早く帰ってやれ!!」
アベルの声にスラ以外の2匹は一声上げて返事をする。そのまま三匹は暗い森の中へと還り、姿を見せることは無かった。アベルは姿が見えなくなるまで見送ると、伸びをして再び足を進める。その歩みは宿屋の時よりかは軽くなっていた。
「おーい、ビアンカ。起きてるか?」
アベルはルドマンの別荘の前にいた。何故か分からないが、ビアンカの事が気になったのだ。アベルは遠慮気味に戸を叩いた後、メガホンを作る様に片手を丸め、声を出す。先程からこれを何度か繰り返しているのだが、いまだにビアンカからの返事は返ってきていない。寝ているのかとアベルが結論付けようとし、無駄だと思いながら戸を引く。すると……
「あれ?……開いてる」
扉が何の抵抗もなく開く。不用心だなと思い、アベルは静か部屋へと入る。しかしここでアベルの頭に一つの推測が生まれる。
「扉が開いてるってことは…………ビアンカ!!」
アベルは弾かれる様に扉を開けると、別荘の中を見渡す。吹き抜けの2階建てのリビングに相当する部屋は特に荒らされた形跡はなく、綺麗なままであり、アベルが心配する様な事は起きていないことが分かった。そしてそのアベルの声にびっくりして吹き抜けの二階からこちらを見ているビアンカの顔が、更にアベルを落ち着かせた。
「ど、如何したのアベル?そんな怖い顔して……?」
「ああ、いや……別荘の鍵が開いてたから、盗賊にでも入られたのかと思ってね……一瞬心配したよ」
「そ、そう、ごめんなさい……でもどうしたの?こんな時間に?」
「ん?……ああ、いや……特に用があるってわけじゃないんだけど……その……」
「…………そう言う事」
ビアンカは一人納得すると、アベルの傍に近寄る為、階段を下りる。その様子に気付き、アベルも早足でビアンカの傍に駆け寄った。両者の距離間が階段前でゼロになったとき、ビアンカは静かに切り出す。
「どうせ私かフローラさんにするかで悩んでたんでしょ?」
「う、ま、まぁな……」
ビアンカの一言にアベルは気まずそうに頬を掻きながら顔をそむける。その仕草にビアンカは自分の予想が当たった子供の様な笑みを浮かべながらそっとアベルの顔に手を当て、自分と目が合う様にアベルの顔を向けさせる。その顔は慈愛に満ちた母の様な顔であった。
「じゃあ悩むことは無いわ。フローラさんと結婚した方がいいに決まってるじゃない!」
「で、でも……」
その堂々とした態度にアベルは罪悪感を感じ、自身の思いの丈をぶつけようと声を紡ごうとするが、ビアンカはそれを覆いかぶせる様にはつらつとした声でアベルに言う。
「私の事なら心配しないで!今までだって一人でやってきたんだもの!」
「……ビアンカ……」
「ほらほら。アベルはもう疲れてるんだから、もう寝た方がいいわよ」
「……お、おい!」
強引に話を斬り、アベルを退出させようとビアンカはアベルの背中を押す。普段であればアベルの力で容易に対抗できる程度の力であったが、アベルの背中を押すその手からは強い意志を感じ、熱いとも冷たいとも感じ取れるようなそんな力がビアンカの手から感じた。
そうして玄関にまで押し戻されると、ビアンカはドアに手をかける。アベルは何故かここで終わってはいけないと思い、ドアに手をかけて閉めようとしたビアンカの手を止める。
「…………ビアンカは今夜どうするんだ?」
精一杯考えて出したアベルの言葉はそれだけだった。しかしその言葉を聞いたビアンカの手は少しばかり震えた。扉伝いに感じる震えはその答えを聞くのが怖くなっている自分の震えではないとアベルは信じたい。
「私はもう少しここで夜風に当たってるわ。なんだか眠れなくって……」
ビアンカはうつむき気味に顔に影を落として蚊の鳴くような声でつぶやく。その時、アベルには
ビアンカはそう呟いた後に勢いよく顔を上げると、小さな声で「おやすみ」とつぶやき扉を閉める。鍵が掛けられる音がアベルの耳に届くと、アベルは無言で別荘の玄関を後にする。後ろから女性の泣く音が聞こえてきた気がしたが、アベルは一度足を止めた後、振り返ること無く、ただただ黙って歩き始めた。
「ふぁ~あ……この時間帯に何でしょうか……旦那様は今手が離せない状態ですが……ってアベル様?」
その後、アベルはルドマンの邸宅に来ていた。当然ながら鍵が締まっており、ドアについていたライオンの高値をしたドアノッカーを何度か鳴らすと、そこには眠い目を擦ったメイドがアベルを迎え入れた。メイドはアベルの訪問に驚く。
「すいません、こんな時間に」
「いえ、別に構いませんが……どうなさったのです?……まさか、婚約の破棄とか!?」
「いやいや違いますって!決める決心はありますよ!!ただ、明日までにフローラさんの顔を見ておきたくて……さっきから考えているんですが、どうにも決心がつかなくて……」
「そう言う事ですか……分かりました。ですが、フローラ様はすでに寝てしまっていますが、よろしいのですか?」
「ええ、構わないです。ただ、顔が見たいだけなので。それが済んだらすぐ帰ります」
「いえいえ、私の事はお気になさらないでください。ですからどうか、決心がつくまでどうぞ……」
「はぁ……」
「やけに押しが強いなこのメイドさん」、アベルの抱いた印象はそれであった。そしてアベルはそのメイドに勧められるまま、フローラの寝室へと入る。入る際にメイドが付いてこず、不審に思っていると「私がいると気が散るでしょう?アベル様は見たところ、寝ている女性に手を出すような人ではなさそうなので、私が付いていく必要もないかと」と言われ、一人で入ることとなった。
「スー……スー……スー……」
「……フローラさん」
そこでフローラは確かに寝ていた。規則正しく呼吸を繰り返し、寝相一つ打たないで寝ているその姿は悲劇の結果永遠に眠り続ける呪いをかけられたおとぎ話の姫の様な姿であった。時折上下する胸が彼女が生きていることを伝える唯一の要因である。アベルはフローラの傍に近寄り、優しく髪を梳く。サラサラと小川を流れる清水の様に手から落ちていく髪を見て、アベルは一瞬、結婚の事を忘れるほどに見とれていた。
「ンゥ……」
「!!?」
突如としてフローラが声を上げる。それと同時にアベルはすぐさまフローラの傍を離れ、両手を上げる。しかしフローラはそれ以降、一度寝返りを打つとそのまま再び眠りにつき始めた。一瞬どきりとしたアベルは胸に手を当てて激しく鼓動する心臓を抑えた。そしてゆっくりと今度はフローラには触れずに、じっと見つめる。するとまたしてもフローラは動き出した。
「…………アベル……」
「……ッ!!」
それは小さな寝言だった。本来であれば誰にも聞かれるはずのない、本人すら知りもしないような、小さな言葉だった。『アベル』、確かにフローラはそう呼んだ。それを聞いてアベルはまたしても心臓が一段階早くなるのを感じ取る。たった三文字のつむじ風にも満たない小さな言葉であったが、アベルにとっては台風のごとく大きな威力を持った言葉であった。先程まで彼女は『アベル』ではなく、『アベルさん』と呼んでいた。おそらくそれは彼女の元から存在する生来なのだろう。しかし、たった今彼女は『アベル』と呼んだ。それは恐らく、彼女が心から望んでいる彼に対する呼び名なのだろう。そこから、彼女が本心から結婚を望んでいることを察したアベルは、こうなってしまった自分に顔を歪ませる。これほどまでに素晴らしい女性をこんなことに巻き込んでしまった事に、すぐにでもこの人を娶ることが出来ずにもう一人の女性との間で揺らいでいる自分の不甲斐なさに。アベルはただ握り拳を作る事しか出来なかった。
結局、アベルはそのまま部屋を出る。しかし、彼の望むような結果にはならなかった。彼の心境はさらに揺れ動き、決心からさらに遠のいていく感覚しかなかった。アベルはメイドの後を着いて玄関へと向かおうとしていた。ふとそこで、3階への階段が目に写る。すると階段の上の方から光が漏れ出しているのが見えた。普段であればそこまで気にすることは無かったが、アベルはどうしても一時的な物でもいいから、気を紛らわしたくなり、メイドに3階について話を振った。
「3階の明かりがまだついてますけど、デボラさんはまだ起きているんですか?」
その質問にメイドは少しばかり気まずそうに振り返る。何かまずいことを聞いたかとアベルが焦りだすと、メイドは落ち着ける様に語りだす。
「はい、今もまだ起きている最中でございます……」
「そうですか……ちなみに今回の騒動について何か……」
「いえ、デボラ様の方からは何も。そもそも、この騒動に関してデボラ様の方からの接触は何もなく……」
「…………すこし、会いに行って来てもいいでしょうか?」
「へ?そ、それは構いませんが……」
「ありがとうございます」
アベルは困惑するメイドを置き去りに3階へとつながる階段を上る。そして上に辿り着くと、そこには何をするわけでもなく、豪華な椅子に座り目を閉じてじっとしているデボラがいた。
「デボラさん?」
「あら、ちょっと何よあんた?なんか用?」
アベルの声にデボラは目を開け顔の向きはそのままにアベルに話しかける。アベルはそれを特に気にせずに話を進める。
「いや、特に用は無いんですけど、明日の事に関して……」
「ふふん、話は聞いてるわよ。でもどっちにしろアタシには関係のない話だわ。それで他になんか用でもあるの?」
「……あなたは、妹さんの運命が決まるかもしれないこの騒動について何か思う事は無いのかと」
「ないわ」
アベルの質問にデボラは間を置かずにはっきりと答えた。その横顔から見える空色の瞳には今日フローラがルドマンの屋敷で見せた強い意志のこもった眼に酷似していた。
「さっきも言ったように、あんたがどっちを選ぼうとアタシには関係ない。あたしは今の生活が好きだし、これからも好きであり続けるわ。あたしがイイと思った男が出てくるまではね?だったら、フローラが結婚しようがあんたんとこの女が結婚しようが関係ない。私に及ぼす影響なんてこれっぽっちもないわ」
「酷い言い様だな?」
「事実だから」
デボラの受け答えにアベルは感心していた。この町でのデボラの評判はひどいものだが、それでも彼女はそれを気にする様子もなく、自分を貫き通していた。それが今のアベルにとってはとても輝いて見えた。じっとアベルがデボラを見つめていると、デボラはそれに気づき椅子から立ち上がってアベルの方に歩み寄る。するとアベルの身に付けている紫のローブを勢いよく引き寄せ、顔を近づけさせる。まつ毛の一本一本すら見え、上から下を見下ろす形で見える深い胸の谷間にアベルは急いで顔をそむける。
「ふふ、初心な反応ね?これから結婚するって奴が、そんなんで大丈夫なの?」
「わ、悪かったな……こう見えてあんまり女性の経験が無いもんでな……」
「あら?それじゃああたしも明日結婚相手の候補になってみようかしら?どっちも選べない様じゃ、代わりにあたしを選べば?そ・れ・に、あんたよく見ると小魚みたいな顔してるし、嫌いじゃないわよ?」
「それって褒めてるのか?」
「もちろん♪だって小魚は身体にいいもの」
アベルは顔をデボラに背けながら思った、『これが魔性の女って奴か』と。男を惑わす色気に、その色気を安易には使わずに効果的な確実に効くタイミングで発揮する判断力。そして、会話の節々に感じるあどけなさや男をその気にさせる言い回しなど、天性のようなものがあった。フローラの男たちの人気も、こういった姉の長所が違った形で発揮されたからかもしれないと、アベルはどこか他人ごとのように考えた。するとアベルの首にかかる力が軽くなっていった。デボラは掴んでいたローブから手を放し、ずれを少しばかり直すと、浴室へと足を運ぶ。
「ふぅ、今日は最後にあんたと遊べたから満足したわ。今からお風呂入るから、覗いたら蹴るわよ?」
「心配せずとも覗かない。仮にも明日結婚する予定なんでな。初日から白い目を向けられたくはないんでね」
「あら、じゃあ丁度いいじゃない?花嫁は白いウエディングドレスを着て、手には白いブーケ、あなたはその白い一張羅を着込んで、全員あなたを白い目で見るんだから。白が揃って縁起がイイでしょ?」
「皆の眼が黒い方が縁起がいいよ。少なくとも全員無事に生きてるからね」
「いうじゃない」
「そっちこそ」
軽快な会話の応酬にアベルの心は少しばかり安らいだ。ビアンカとも話はするが、ここまでエッジの聞いた、独の混じった会話はしたことが無かった。フローラもまたしかりだ。遠慮のいらない心地よい会話はビアンカ、フローラとは違った魅力があった。少しばかり軽くなった足取りでアベルは2階へと戻る。そこには舟を漕ぎ始めたメイドが待っていた。
「すいません。遅くなりました」
「ふぁっ!ああ、お戻りになられましたか、アベル様。それではもうよろしいですか?」
「ええ、少しばかり気分が落ち着いた気がしますので」
「そうですか……」
そう言ってメイドはそれ以降何も聞かず、何も言わず、玄関までアベルを導く。その間に会話は無く、アベルもメイドも、特に気にする様子もなく2分足らずで玄関までたどり着く。玄関をアベルが出ると、メイドは深くお辞儀をして扉を閉めた。アベルは最初の時に比べると幾分か早くなった足で宿屋に戻った。
「おや、アベル様。夜風にでも辺りに行っていたのですかな?」
「え、ええ……まぁ、そんなとこです」
アベルが戻ると、そこには宿屋の店主がいた。店主はアベルを見つけると、面白そうだと思っている顔でアベルに近づき、手を丸め込んで噂話が漏れない為にするかのように話し出す。
「話は聞きましたよ?いやー、大変なことになりましたな?私なら二人とも選びたいところですが、そうもいかんでしょう!ふっふっふっふっふっふ!!」
「あ、あっはっはっはっは…………ん?」
店主は最後の方で耐えきれなくなったのか、少しばかり笑い出す。アベルとしては笑える要素など一つもなく、引きつった愛想笑いを浮かべるしかなかったが、ふと何かを思いつくように愛想笑いがフッと消えた。
「二人とも……選ぶ……結婚したら盾を譲ってもらえる……しなかったら譲ってもらえない……フローラ、ビアンカ……どちらか一人…………デボラ……選ばなければ、盾が……」
「ア、アベル様?」
突然と顎に手を置き、ブツブツと何かを唱え始めるアベルに話しかけた店主は困惑するほかなかった。話しかけても大して答えもせず、ずっと下を向いていた。
「…………そういう手もありなのかな……」
「お客様?」
「ありがとうございます店主。おかげで、決心がついたかもしれません」
「はぁ?」
顔を上げたアベルの顔は穏やかであり、陰りの一つもないすっきりとした顔であった。アベルはそのまま自身の泊まっている部屋に向かって歩き出す。取り残されたのは困惑に立ち尽くす店主だけだった。
翌日、運命の日が訪れる。
『アベル』は『ロト』のⅤの頃の名前です。
混乱したかもしれませんが、これで行かせてください。
会話はドラクエ5の本編中にあった会話を少し調節して作ったので、そこはご了承願います
果たしてアベルは一体だれを選んだのか……皆さんならどうしますか?
皆さんの花嫁の魅力が少しでも伝えることが出来たのであれば幸いです。
どうでもいい事ですが、ついに10000字を超えてしまった……もっとスマートに書けなかったものか……