目の前を火球が横切る。
これでもう何球目だろうか、未だ収まる気配はない。
そしてそれにマシュが気をとられると、遠くから声が聞こえてくる。
「マシュ後ろ!」
「……! っはい!」
それと同時に、凶刃がマシュの目前まで迫る。マシュは盾で攻撃を防ぐが、それはすぐさま愚策となる。
「はい、もう一発!」
「ぐぅ!」
隙だらけのマシュの背中に業火が押し当てられる。焼けて骨まで溶けるような感覚がマシュの背中を駆け抜けていき顔が歪むが、マシュは盾を離さなかった。
「とあああ!」
「おっと」
盾を振り回し、ロトとの距離を離す。そして立香のそばに駆け寄り、マシュは挟み撃ちにならないよう半壊したビルをバックにガードの構えを取る。
ロトとキャスターは一時的に攻めの手を止め、作戦を練る。
「随分とタフだな、あの嬢ちゃん。さっきから何発か当たってんのにまだ余力がありそうだ」
「そうだね、じゃあマシュを討つよりも先に……」
そう言いつつ、ロトは手をマシュ達の方に向けて掲げる。しかしその手はマシュ達の方に比べて、角度が少しばかり高かった。
それを見てキャスターはロトのやることを察し、自身は手をマシュ達に向けてかざす。
立香は突然の行動に動揺し、マシュは何か仕掛けてくるかと、盾を二人に向けて構える。
「「
刹那。
「
勇者の手から放たれた閃光がビルの屋上付近で爆破する。
「おらよ」
キャスターの火球がマシュと立香のすぐそばを撃ち、逃げ道を封じる。
「うお!?」
「しまっ、きゃあ!?」
すぐそばで起こる爆煙に二人は反射的に目を瞑る。しかしマシュは気合で目を開けたが、すぐ様第二波が迫る。
上からの瓦礫がマシュ達を押しつぶそうと迫るが、キャスターの手は緩まない。逃げ道を封じるように火球を撃ち続け、二人の逃げる時間を削る。
「せ、先輩!」
逃げるのは不可。そう考えたマシュの行動は疾いものだった。
マシュは盾を立香の上に被せ、背中をキャスター達に向ける。
そして降り注ぐ瓦礫。その間を撃ち抜く業火。
味方であったからと容赦のない攻めに、マシュは英霊が何たるかを教えられた気がした。
「マシュ! 俺はいいから早く宝具を!」
「せ、先輩……」
崩れゆく瓦礫に耐えながらも見えた、自分を案じている
自分が滅びれば大切な人がやられる。そうなっては人理は救えず、所長も、ロマンも、カルデア職員のみんなも、爆発に巻き込まれた47名のマスター候補の命も、ひいてはせっかく召喚に応じてくれた『ロト』や、自分たちのために協力をしてくれたキャスターすらもなんの意味もなく消えてしまう。
──そんなことがあっていいのか。
いいや、いいはずがない。
──まだ始まったばかりの人理修復をここで途絶えさせていいのか。
ダメじゃなきゃ意味がない。
──ならば自分がすべきことはなんだ。
マシュの頭の中で、声が反芻される。
声がなくなり、瓦礫が過ぎ去り、業火が背中を焼かなくなった瞬間。
マシュの中で何かが変わった。
──────────
『しょ、所長! 止めなくていいんですか?! このままじゃマシュと立香くん、本当に死んじゃいますよ!』
「フォフォフォウフォフォウ!」
「言われなくても分かっているわ! それでもね、マシュの宝具が撃てなければ万全を期したとも言えないのよ。これからどんな窮地に陥るかも分からないのよ! だったらなるべく早くに宝具を撃てる様になって貰わないと、さっきもロトが言っていたけど、マシュ達のためにならないわ。腹をくくりなさい。ロマニ」
マシュとキャスターとロトが戦っている場の少し離れた位置にいるオルガマリーは、カルデアのロマンと通信をしていた。そばにいるフォウはロマンに同調するようにオルガマリーの足元をグルグル回っていた。
ロマンは二人の容赦のなさに止めるようオルガマリーに迫るが、それをオルガマリーは却下する。
それを聞き、ロマンはさらに慌てふためく。
『あああ! これじゃマシュが宝具を解放しなかったらもう人類おしまいだ! よーしこんな時こそ! 助けてマギ☆マリ!』
「少し落ち着きなさい。そんなに焦っても、私達にはもうどうすることもできないわ」
『所長はなんでそんなに落ち着いてるんですか! いつもの所長ならこういう時こそ慌てふためくところでしょ!』
「フォーフォウ!」
「その質問の意図はいずれ聞くとして、何故って? そんなのロトがいるからよ」
オルガマリーはロマンの質問に、なんて事はないように言う。その顔に焦りは存在しなかった。
「ロトは世界を救った大勇者よ? そんなロトが一歩間違えれば世界を殺すような所業を犯している。それでも彼は世界を救えるわ。だって勇者なんだから」
『何ですかその無償の信頼! そういうの僕にもくださいよ所長!』
「いいから黙って見ていなさい。絶対にマシュは、
『……所長、ってまずい! キャスターから莫大な魔力の上昇あり! 宝具を打つ気ですよ所長!』
「フォウ!」
「……ここで宝具を撃てないと終わりね……マシュ、頼むわよ」
力を溜め込んでいるキャスターを遠目で見つめながら、オルガマリーは達観したような顔で、この勝負の行く末を見守る。
その視線の先で、マシュは先程とは違う表情を浮かべ、キャスター達と向かい合っていた。
キャスターは瓦礫の雪崩から出てきたマシュを見つめ、目を細めた。漂う雰囲気が変わったのだ。キャスターはロトに話しかける。
「……なんか変わったな。あの嬢ちゃん」
「そうだな、畳み掛けるか?」
「いや、ここは俺に任せてくれや。嬢ちゃん一人に俺らで寄ってたかって甚振るだけでも大人気ねぇってのに……最後くらい一騎打ちで終わらせろ」
「けど」「それによ」
ロトの反論に、キャスターは無理やり割り込んで強引に話を進める。
そのやり方にロトはムッとするが、気にせずキャスターは話を続ける。
「あんたにゃ人殺しは無理だ。俺に任せとけ」
「キャスター……」
「安心しろや、俺は人殺しには慣れてんだ。悪役にはお似合いだろうが」
キャスターは皮肉げに笑いながら、杖を胸の前に構え、魔力を高め始める。
「嬢ちゃん気をつけな! こっから本気でいくぜ!」
「っ! はい!」
キャスターの活にマシュは普段では出さないような大声をあげて答える。その反応に満足したキャスターは、詠唱を始め、『宝具』を放つ準備をする。
「我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清める社」
キャスターの周りに魔法陣が浮かび上がる、そこからは不自然なまでの熱風が立ちこもり、キャスターの髪を上へと押し上げる。
キャスターはカッと目を見開き、杖を高く上へと掲げ、叫ぶ。
「倒壊するはウィッカー・マン! 」
同時。キャスターの中心の魔法陣から木の腕が伸びる。その腕はキャスターを天へと押し上げ、やがて全容が露わになる。
太い木の枝で組み上げられた炎を纏う巨大な人形の上半身であった。人形は腰にあたる部分まで体を出すと、もう片方の腕を握り拳にし、マシュの方へと振りかざす構えを取る。
人形から放たれる業火に身を焦がし、喉が張り裂けるばかりに痛みを上げ、その巨影にあっとうされる
そんな大きさの暴力を目の当たりにしても、マシュは目を背けず、前を向き続け、燃え盛る拳を前に盾を構え続けていた。
それに寄り添うように、力を送るように、立香もまた、逃げずに立ち向かっていた。
「先輩、私に力を貸してください」
「いつだってあげるよ。マシュ。だから、乗り切ろう!」
互いで支えあうように寄り添い、自分の命を預けるように手を添える立香に、マシュは再び決意を固くし、
「善悪問わず土に還りな! 嬢ちゃん、準備はいいな!
焼き尽くせ!
人形は拳をマシュ達に振り抜いた。その余波で暴風が人形を中心に吹き荒れる。
「ハイ! ここで私は、マシュ・キリエライトは! 止めてみせます! ……ハァアアアア!」
マシュは盾を力強く地面に突き刺す。青白い光を放つ魔法陣が盾から放たれ、人形の拳を正面から受け止める。互いに拮抗し合い、衝撃波が冬木市全土を駆け抜ける。しかし、巨人の猛攻は終わらない。盾はまだ壊れていない。
再び人形は拳を振り抜く。
「おら! もういっちょ!」
「ぐっ!」
「マシュ! 頑張って! 俺がいる!」
人形の第二撃が盾を撃ち抜く。
マシュはその衝撃に、華奢な腕が折れそうになる感覚が走るが、
それでも連撃は止まらない。
三発目、四発目、五発目と攻撃は続き、続く六発目にて、そのタイミングは訪れる。
「よっしゃ! もう一発!」
「くぅ! もう……」
「マシュ!」
そしていよいよ、人形の攻撃が──ー
「オラァアア!」
──ー届く。
「
人形と盾を氷の壁が間を塞ぐ。拳は氷で勢いを殺され、氷の壁を砕くのみで、マシュ達には届かずに終わる。突如として現れた氷塊にキャスターは宝具を戻し、地に降り立つ。キャスターは唱えたと思われる術者を見て笑う。
「……
「やりすぎだぞキャスター? 宝具を撃てるよう追い詰めるのは賛成だが、宝具を発動できても攻め続けるのは、英霊としてどうなんだ?」
「悪りぃ、つい熱くなっちまってな。どうにも宝具を撃つとハイになっていけねぇや」
「次からは気を付けてくれよ? なんだったら今この氷で頭冷やすか?」
先程まで命を狙っていたとは思えないほどに軽い口の叩き合いに気を抜かれたのか、マシュはその場に腰を抜かして座り込む。
それを見てキャスターは笑った。
「ハハハ! 悪りぃな嬢ちゃん? 本気で行きすぎたか?」
「い、いえ。そういうわけではなく……やっと宝具をモノにできて嬉しいと言いますか……」
「ま、これで第1段階突破だ。そんじゃあ乗り込むとするか? 敵の総本山によ?」
キャスターは立香の手を借りながら立ち上がるマシュを目に掛けながら自分たちが進む目的地である山を見つめる。そして奥の方から歩いてくるオルガマリーを見つけて笑った。
『すごいよマシュ! ついに宝具をモノにできたんだね! これでより一層頼もしいサーヴァントになれたね!』
「うるさいわよロマニ。とは言え、良くやったわマシュ」
「フォフォフォウ」
カルデアにいるロマンと軽口を叩き合いながらやってきたオルガマリーに、立香は少しばかり現実に引き戻される。
そして遅れて感じ取った疲れに立香も大きく溜息を吐く。
「……フゥ〜〜……で、所長。これからどうするんですか?」
「決まっているでしょう? これから特異点の原因と思われるセイバーの打倒に向かいます。マシュも宝具を使えるようになったのだし。もう憂いはないわ。行くわよ」
「ハイ!」
オルガマリーの所長としての顔に、気が引き締まったのか、ハキハキとした声で返事をする立香に満足げに頷きながらオルガマリーはキャスターに教えられたセイバーのいる場所へと足を進めた。
決戦の時は近い。
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私は小さい頃から一人ぼっちだった。
偉大なアムニスフィア家に生まれ、幼い頃から家を背負っていくために勉学に勤しんで、休む暇なんて少しもなかった。
アムニスフィア家に生まれた事に後悔なんてしていないし、魔術師としての責務を放棄するつもりもない。
周りに仲間がいなくても、理解者がいなくても、私は一人でやっていくつもりだった。
しかしそんな考えはあの本を読んでから変わった。
あの話の中で出てくる者達は皆最初は孤独でも、いつのまにか一緒に居続け、苦楽を共にした掛け替えのない仲間になり、勇者を支えていった。
魔術師としての教養として読み始めた本であったその本は、いつのまにか私の愛読書となり、ムニエルのことを馬鹿に出来ないほどまでにその本に関する知識は、愛は深くなっていった。
いや、これは愛なんかではない。言ってしまえば、羨望に近いのかもしれない。孤独であった物語の主人公である『彼』が、心の何処かで私と同じだと思っていた彼が、段々と仲間を得られる事が羨ましかったのかもしれない。
だからこそ、私は『彼』が召喚サークルから現れた時、私は複雑な気持ちだった。
自分の前に現れてきたことの嬉しさ。
『彼』が私ではなく、
そして……ひょっとしたら、『彼』なら、私を認めてくれるかもしれないという期待が同時に押し寄せてきた。
今までの私を認めてくれる人が欲しかった。
『頑張ったね』って言ってくれる人に会いたかった。
……私の仲間が欲しかった。
────ーだからロト……この特異点を解決したら、私を少しでもいいから……
────ー認めて。────ー
少しばかりオルガマリー所長の心情が乙女すぎたかもしれません。
所長の略称がイマイチいいのが見当たらない……みなさん普段どういう風に言ってます?