サキサキのバレンタインは色々まちがっている。   作:なごみムナカタ

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2021. 9. 4 加筆、書式修正。
2020.11.29 台本形式その他修正。
2020. 9.14 サンマルクカフェでの出来事に矛盾が生じていたので修正。
2019.12.23 書式を大幅変更。それに伴い、一部追記。


序章 聖ウァレンティヌスが殉教した日
1話 冬に、下駄箱を開けると何かが起こる。


《 Side Saki 》

 

 

 総武高校入試と面接が終わり、あたしも大志もようやく一息つける。

 

 入試前まで塾や自習室、図書館へと熱心に通い、家でも分からないところをあたしに訊いて努力してきた。そんな弟を応援したくて、勉強に集中しやすいよういつも以上に下の子の面倒を見て大志の手を煩わせないよう気遣った。

 

 合格発表はまだだけど、きっと受かっている。

 ……はずだ。絶対はないから断言できないけど。精一杯やっていたことは姉のあたしが知っている。

 

 面接が終わった日の夜、頭を撫でてやったら照れくさいのか軽く手を払われた。

 あれ、ちょっとショックなんだけど……。

 思春期だからしょうがないか……。

 

 大志がそうなって寂寥の感はあれ、まだ幼い妹もいるし、あたしのコンプレックスは終わらない。

 さっきまで京華に絵本を読み聞かせながら寝かしつけたところだ。

 

 

 そういえば夕飯の買い物帰り、サンマルクカフェに立ち寄って京華と一緒に休んでいるところ、偶然にも比企谷に出逢った。ガラス越しに京華と目が合ったみたい。

 

 あたしは最初気づかなかった。気づいた後は平静を保つのが大変だったけど。

 というか、どうしていいか分からずしばらく二人とも固まっていたといった方が正しい。

 

 バレンタイン合同イベントに京華を連れて行った時に会ったばかりなのにまた会うなんて、ちょっと因縁めいたものを感じる。

 

 あたしは人付き合いが苦手で家族以外に親しい人間もいないから、偶々よく絡む比企谷とこうして出逢えたことで、そんなありもしない幻想を抱いてしまっているのかもしれない。

 

「さてっと」

 

 明日はバレンタイン。

 毎年、父と大志の分をそれなりに気合を入れて手作りしている。

 去年までバレンタインとは別に京華の食べる分も作っていたが今年はなしにようかな。京華も人にあげる年齢になったし、早いもんだね。

 

 京華が作ったチョコと一緒に自分のも比企谷に渡したけど、本音を言うと……あたしのを食べてもらいたい。

 大志達の分と一緒に比企谷の分も作ることは簡単だし。

 

 

 スカラシップの件とか京華の相手をしてもらってるお礼もあるけど、本当にそれだけなんだろうか。

 

 ……最近、気がつくと比企谷を目で追っていることが増えた気がする。

 いままでそんなこと考えたこともないから自分で戸惑ってるのが分かる……。

 

「姉ちゃん風呂あがった、よ……っと」

「…………」

 

 トリュフチョコ――京華にも作れるようにとイベントで習ったもの。一緒に作ったことを思い出しながら作業を進める。

 

 原料となるチョコを細かく切り終えると、沸騰させた生クリームを注く。ゴムベラで丁寧にかき混ぜて溶くとだいぶそれらしくなってきた。溶かした無塩バターを加えてさらによく混ぜる。

 イベントでは、けーちゃんが荒っぽくかき混ぜたせいで顔にまでチョコが跳ねていたのがどうしようもなく可愛くて……。あの笑顔を思い出すとつられてあたしの表情筋も緩んだ。

 洋酒と、さらにハチミツを加えてよくかき混ぜる。

 

 ――うん、こんなもんかな。

 

 イベントで作ったトリュフチョコと同じ生チョコを作り、あとは冷蔵庫で冷やして型を抜くだけ。

 京華と一緒に作っていた時にはなかった不思議な胸の高鳴りを感じていた。

 

 

 ……ん、誰か居たような気がするけど?

 振り向いても誰もいない。気のせいだったかな。

 

 そういえば、どうやって渡そうか。

 教室で渡すなんてあり得ないし、放課後も奉仕部であの二人がいるし。

 朝早く下駄箱に入れとくか、直接渡すなら昼休みがいいか。

 

 

                   ×  ×  ×

 

 

 冷蔵庫で冷え固まったチョコを食べ易い形にカッティングする。

 完成したそれを見て、今度はあたしが固まってしまう。

 

「…………」

 

 ……テンション上がり過ぎて形を、はは、ハートにしちゃったのは、ちょっとまずいかも……。

 キャラに似合わないことしてる自覚は十分にあるけど、バレンタインだし……たまには……いい、か……。

 

「……うん、包装も綺麗にできた」

 

 できれば直接渡したい気もするけど、あいつのことをどう思ってるのかまだよく分かんないし、お礼の意味合いが大きいから下駄箱に入れることにしよう……。

 多分、それなら一番最初に受け取ってもらえるだろう。

 

「……………………ふふ」

 

 明日のことを思い浮かべると、自然と笑みが零れていた。

 

 

                   ×  ×  ×

 

 

~2月14日~

バレンタイン当日

 

 

 ――まさか寝坊するなんて。

 

 決して遅刻するほど遅いわけじゃない。

 けど、誰にも見られずチョコを下駄箱に仕込んでおくには厳しい時間帯だった。

 急いで自転車を駐輪場に停めて、何食わぬ顔で下駄箱へ向かう。

 

 人が途切れてくれればチョコを仕込むのなんて一瞬で終わる。

 あたしは周囲を警戒し、ひと気がないことを確認して比企谷の下駄箱を開けた。

 

(……よし!)

 

 意を決して、比企谷の下駄箱を開けて自分のチョコを押し込む。

 つっかえるような感触が手に伝わり、なにが当たっているか中を確認すると……

 

「‼」

 

 ほんの一瞬確認して、チョコを入れる前にすぐ閉めてしまう。

 

「…………」

 

 ……いまの……見間違えじゃない……よね……?

 

「おう、川崎」

「⁉ ひ、ひきがにゃ!」

 

 いま一番会いたくなかった人物が背後から忍び寄ってきた。あまりの衝撃に声が裏返るばかりか、ひきがにゃって……

 盛大に噛み倒し、これで動揺するなという方が無理な邂逅にも、あいつは冷静そのものだった。

 

「お、おす……どした?」

「お、おお、おはよ! べ、別に、ただちょっとびっくりしただけだから!」

「分かる分かる。お前もぼっちだから突然話しかけられるとキョドる人なんだろ。俺にはよく分かってるぞ」

「そ、そんなわけないでしょ! でも気配消して近づいてくるのはやめな! 誰だってびっくりするから!」

「むぅ……ついに俺のステルス機能はオートで発動するようになってしまったのか」

 

 普段と変わらないくだらぬ物言いがありがたい。偶にとんでもなく空気を読まない言動をする男が、あたしを気遣ってくれたのかと思うと自然に顔が綻ぶ。

 

「またバカなこと言ってないでさっさと教室行くよ」

 

 誤魔化すように先を促すと、比企谷は戸惑い顔でこちらを見やる。

 

「いやな、そうしたいのは山々なんだが、そこに佇んでると俺の上履き出せないんですよね……」

「! ご、ごめ、先行く!」

 

 逃げるようにその場を離れたあたしは、走ったこととは別の要因で動悸が激しかった。

 

(ハァ……ハァ……比企谷の下駄箱に……チョコらしき袋が入ってた……)

 

 すぐ閉めた為、差出人までは調べようがなく、疑問が頭を駆け巡っていた。

 

「…………」

 

 もしかしたら、あれがあたしのチョコだって勘違いされたかも……。

 いや、勘違いどころかチョコを作って持ってきた上、下駄箱に入れようとしたのは事実だから誤解ではない。けど、そのチョコに関しては間違いなく誤解である。

 

 そんな一抹の不安を抱きながら速歩で教室へと向かった。

 

 

                   ×  ×  ×

 

 

 

《 Side Hachiman 》

 

 

 川崎が教室へ向かい、やっと俺も上履きに履き替えられる。そう思って下駄箱を開けると……

 

「‼」

 

 目的の物を出さずに下駄箱を閉めてしまう。

 軽く深呼吸してからもう一度開くと……

 

 先程と同じくばんっと、条件反射のように閉めてしまった。

 

(……幻じゃない……これが噂に聞く『バレンタインに下駄箱を開けたらチョコレートが!』というシチュエーションか! 材木座のラノベくらい出来の悪い二次元の話じゃなかったのか……)

 

 俺は誰にも見られないよう光の速さで上履きへ履き替えチョコの袋を鞄に入れた。

 そのままトイレの個室に入り、袋の中を探る。

 

(まだだ……まだこれがチョコと決まったわけではない……罰ゲームや悪戯の可能性が高い……中学の頃の黒歴史を忘れるな比企谷八幡!)

 

 小町以外に貰った人生初めてのチョコを男子トイレの個室で開封するという失礼な所業。

 くれた女子が知ったら通報されても甘んじて受けるくらいの案件で、むしろこれが悪戯であってほしいまである。

 期待と不安の入り混じった複雑な感情で丁寧に包みを開くと。

 

 チ ョ コ で し た ♪

 

 悪戯じゃない、だと……?

 さすがに人生初のチョコをトイレの個室で食べるまではしないから、毒が入っているかまでは確認できないが。

 

 次に疑問なのは差出人だ。

 直前に俺の下駄箱の前にいたのは川崎だが、まさかあんな人のいる時間帯にわざわざチョコなんて入れないだろう。

 ってか、あいつがバレンタインという一見乙女っぽくもその実、製菓業界の陰謀で仕掛けられた大人の事情渦巻くイベントに興味があるとは到底思えない。

 いや、海浜総合との合同イベントには参加してたけど、それは川崎の興味が『バレンタイン』ではなく『京華()』主体であったからに他ならない。

 

(ん? 箱じゃなくて袋の方にメッセージカードが入ってるぞ……)

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――

 お詫びにしては遅くなっちゃったけど受け取ってね

 

                      愚腐腐腐

 ―――――――――――――――――――――――――

 

 

 なるほど、これだけなら大部分の奴は特定できないわ。誰かに見られても気づかれることがないとはグッジョブ! そして教室にいてもいなくても気づかれることがない俺ジョブ専業主夫志望!

 ……嘘です。やっぱ愚腐腐腐じゃバレバレだわ。

 

 詫びチョコ……つまり義理チョコ。

 しかし、チョコ貰えない歴=年齢な俺にとってそんなことはもはや問題ではない。

 ありがとう腐った人、そして『はやはち』は諦めてください!

 

 教室に入ると海老名さんがこちらを一瞥した。

 俺だと分かると周りの奴らに気づかれないよう軽く手を振り口パクで挨拶してくれた。

 こちらも挨拶を返したかったが手を振るのは目立つので目線と軽い会釈でチョコのお礼をした。ちょっと顔が赤くなっている自覚がある。

 

(……なんか別の視線も感じるんですが気のせいですかね)

 

 視線の出処を感知すると、家族以外で今日初めて挨拶をかわした川なんとかさんの姿を確認した。

 挨拶する時ちゃんと名前を言ったが一度はこれをしないと何故かしっくりこない。本人を前に口にすると機嫌が悪けりゃワンパンもらうからやらんけど。

 

(うわー、なんか睨んでるなぁ……さっきの下駄箱でのやり取りで機嫌損ねちゃったか……いや、さっきので俺が悪いことは一つもないはず……自信を持て八幡。悪くなくても土下座することを厭わない鉄の精神が俺には備わっている。って謝っちゃうのかよ)

 

 その精神性はガンジーすら裸足で逃げ出す。非暴力でも不服従でもない無抵抗土下座主義である。

 

(とりあえず寝た振りで索敵を怠らず授業に備えるか……)

 

 

「ヒッキー、やっはろー」

 

 机に突っ伏していると、空気が読めるくせに何故かよく地雷を踏むアホの子が挨拶してきた。

 

「……おう」

「い、いやー、今日は何て言うのか、寒いねえ」

 

 ご近所付き合いどころか、たまたま信号待ちしているところで目が合ってしまった見知らぬ人に振るレベルの話題だぞそれ。クラスメイトであり部活メイトだとは思えないソーシャルディスタンスっぷりである。 

 

「当たり障りなさすぎるというか、内容ぺらっぺらでどうでもいい話題だなそれ。無理に会話しないでほっといてくれた方が嬉しいんだが……」

「朝から酷いし!」

「いや、俺は朝も昼も夜も、なんだったら寝ててもこうだから、今だけ酷いというのは過小評価だ。俺の酷さを控え目に評価してくれてありがとよ。由比ヶ浜は優しいやつだな」

「なんか感謝されてる⁉ ってか朝からこんないっぱい喋るのって、ヒッキーいつもより機嫌よくない? なんか良いことあったの?」

「! ……それは戸塚に会えるからに決まってるだろう」

「彩ちゃんに会えるなんていつもじゃん」

 

 なんで今日に限ってツッコミが的確なんだよ。

 なんとか誤魔化そうと平静を装い、いつものようにそれらしく屁理屈を捏ねて煙に巻く。

 

「何言ってるんだ由比ヶ浜。戸塚に会うたびに戸塚ポイントが貯まっていき、いずれは結婚できるかもしれないだろ。そういった意味では回数を重ねるごとに会えることが嬉しくなっていくのが自然じゃねーの?」

「うわっ! ヒッキーキモい! いつも通りじゃん!」

 

 『キモい』と『いつも通り』が同義になってしまうあたり俺に対しての由比ヶ浜の評価が窺えるが、戸塚に同じこと思われてたら正真正銘ヒッキーになって小町に養われて生涯を終えるまである。

 

「八幡、由比ヶ浜さん、おはよー」

「おお、戸塚、おはよう。結婚しよう」

 

 相変わらず目映いほどの輝きを放つ天使が降臨した。うん、今日も良い日である。良い日すぎて秒でプロポーズしてしまった。いかんいかん、引かれたらこの笑顔が見れなくなるし、自重しなければ。

 

「彩ちゃん、やっはろー! ……ホントにいつも通りだよねヒッキー」

「あはは、八幡は面白いね、何か良いことあったのかな?」

「こうして戸塚に会えたじゃないか。これ以上にいいことなんてあるわけないだろう」

「真顔だし……まあ、確かに普通に会えるってすごく良いことだとは思うけど」

「なんだ、由比ヶ浜なのに分かってるじゃないか。実はお前、由比ヶ浜じゃないんだな、そうだろ」

「あたしが真面目だと偽物みたいな言い方やめるし!」

 

 いつになく会話で賑わっていた俺達の元に、更なる賑わいが届けられた。

 

「はろはろ~、結衣~。ヒキタニくんも戸塚くんもはろはろ~」

「あ、姫菜やっはろー」

「やあ、おはよう海老名さん」

「⁉ うっす……」

 

 何事もなく話しかけてきた腐女子。

 俺の動揺を誘ってるのか、見て楽しもうとしているのか。

 いつからあなたは雪ノ下さんばりに心が黒くなったんですかね? 腐ってはいても黒くはないと思っていたんですけど。

 

「いや~、朝から『とつはち』に興味津々で寄らせてもらったよ!」

「そう思うならこのアホの子をお持ち帰りしていただければ妄想も捗るんでお願いします」

「アホの子って誰だし!?」

「自覚あんじゃねえかよ」

「まあまあ、そんなことよりも……ね。今日は何の日か気づいてる?」

「‼」「⁉」

「ああ、うん、知ってるよ。なんか教室中がそわそわしてるし」

 

 なんのつもりなのか。戸部の告白を未然に防いでほしいと依頼にくるほど(男女の)色恋に興味がないはず。

 怪訝に思い、あえてバレンタインの文言を出さずに皮肉っぽい表現をしてみる。

 

「合同イベントの時に試食と称して餌付けされたんでお腹いっぱいですよ……」

「へー、それは心配だねぇ。もし、仮に今日チョコでも貰ったらちゃんと食べられるのかなぁ?」

「‼」「‼」

 

 こうも直截に言ってくるのはあまりにも予想外で、海老名さんの意図が読めない。

 

「ああ、八幡はモテそうだしね」

「なな、何を言ってるんだ戸塚、俺には小町という心に決めた妹がいるんだ。それ以外にチョコなど貰えるはずがないだろう。むしろ小町以外のチョコは欲しくないまでないこともないまである」

「あはは、どっちなのよw しかも色々と、っていうか全てがツッコミどころ満載だったんだけど。ヒキタニくん面白すぎ」

 

 ええ、小町以外から既に貰ってますよ。

 知っていていたぶってくるあたり性根まで腐ってるのでは疑惑が湧いてくる。

 

「あ、あはは……ヒッキーがシスコンなのは分かってたけどそれ以外のチョコも拒否するのは微妙というか、なんというか……」

「でも、戸塚からなら欲しいかもしれない。これもまた俺の偽らざる本心だ」

「えぇ……あ、そうだ板チョコならあるよ。朝練の後に食べようかなって思ってたんだけど、まだ食べてないし、よかったらあげるよ、八幡」

「と、と、とおおつうかあああ!」

「とつはちキタアアアアアアアア!」

「二人とも落ち着いて! みんなが見てるし!」

「八幡は大袈裟だなあ、友チョコというより、ただお菓子を分けただけなんだから」

「そんなことはないぞ! これで二つ目のチョコなんだ! ……はっ」

 

 戸塚チョコが嬉しすぎたから完全なる失言だった。

 案の定、食いついてきたのが由比ヶ浜だ。

 

「え……ヒッキーもしかしてもう誰かにチョコもらってる……の?」

 

 落ち着け比企谷八幡。ただチョコを貰っただけだろう。貰ったからといってこいつから罵声を浴びせられることも問い質されることもないはずだ。俺と由比ヶ浜はただの部活仲間だ。

 そこまで現状を整理し脳をフル回転させて導き出された答えは『下駄箱のチョコの話は絶対にしない方がいい』というものだった。あれ、現状に全くそぐわない答えなんだが、俺の本能がそうしろと訴えている。

 

「いや、小町だ。今日家を出る前に小町がくれたんだ。それ以外に俺が貰えるわけないだろ。俺を誰だと思っている? 俺だぞ?」

 

 一体誰に言い訳しているのか。だが、その嘘を信じてくれた由比ヶ浜はなぜかホッとした様子を見せる。

 そして、それと反比例するように腐人の表情が曇った。不意にその顔を耳元まで近づけて……

 

「(……ちょっと傷付いたけど、まあしょうがないよね。人に言えないし)」

「っ!」

「(……義理だけど……ちょっと義理じゃないの……なんてね)」

 

 そう、どこかで見た(・・)ようなことを囁いて海老名さんは離れた。

 

「それじゃ、ま、ヒキタニくんのご要望にお応えして邪魔者は退散しますか。さぁ、結衣、優美子達のとこ行こ」

「あ、わ、姫菜、押さないでよー、ヒッキーも彩ちゃんもまたね」

 

 海老名さんの協力(?)もあり下駄箱のことを隠し通せたものの、言い残した言葉に興味を引かれた。

 

『義理だけど、ちょっと義理じゃないの』

 

 真っ当に受け止めれば本命かそれに準ずるレベルのチョコという意味だろう。

 あるいは、往年の名作ゲームでヒロインがはにかみながら語りかけてくる言葉にかけたのか。それだとしたらなんで知ってんの?

 

「あ、はろはろ~、サキサキ」

「サキサキいうな。……うん、おはよ」

 

 由比ヶ浜を押しながら川崎に挨拶する海老名さんからは、あの修学旅行の時の仄暗さなど微塵も感じられない。案外、川崎とは本当に相性がいいのかもしれない。

 そんな根拠のない、妄評にも似た考えを浮かべながら再び寝た振りをしてSHRが始まるのを待った。

 

 

 

つづく

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