サキサキのバレンタインは色々まちがっている。   作:なごみムナカタ

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2020.12. 1 台本形式その他修正。
2019.12.26 書式を大幅変更。それに伴い、一部追記。


10話 それぞれの、譲れない想いがある。

 デザートも食べ終わり、チョコケーキも食べてもらったあたしは満足気に洗い物を済ませようと台所へ向かう。

 実際、あれをバレンタインと認識されていないことは承知していたが、もうそんなことはどうでもよくなっていた。そこへ比企谷が洗い物を手伝おうと近づいてきた。

 

「お客さんなんだから座ってて」

「そうもいかねえよ、小町は作るの手伝ったし俺にも洗い物くらい手伝わせてくれ」

 

 らしくなく食い下がってくる。いや、バイトの時もそうだったか。普段はやる気のなさを全面に押し出してるくせに変なところで意地を張るのが比企谷という人間だ。

 根負けして二人で洗い物を片付けることになった。

 

 しばらく無言で洗っていると気詰まりを起こし、会話を探す自分がいた。

 いつもはそう思わないはずだが、今だけ何故だか……今日が特別だからそう感じてしまうのか。

 

「……さっきは……その…………あ、ありがと……」

「あ? なにがだよ?」

 

「けーちゃ……京華を甘やかさないでいてくれて……あたしの言ったことちゃんと気にしててくれたのが……その……」

 

 本当はそんなつもりでダメと言ったわけではなかったのだが、偶に驚喜させることを言う比企谷が狡いと思った。文化祭の時のといい、こいつの天然はもはや才能だ。

 

「ああ、あれか。俺だって小町がいるし、よそ様の教育を妨げるのが好くないことは知ってる」

 

 しゃべりながらあたしが洗った皿を受け取り布巾で水気をふき取る比企谷。

 二人でこうしてる姿はなんだか……うん、考えないようにしよう。

 

「あんた、いつも京華に甘いからちゃんと言いきかせたのには驚いたよ。ま、最後は『かも?』とか言ってヘタレてたけど……ふふ」

 

 あたしは笑いながら皿を洗う。比企谷はバツが悪るそうに頭を掻いた。

 

「俺のお兄ちゃんスキルはオートで発動するから意識してないとキャンセルされないことがあるんだよ」

「また訳わかんないことを……このシスコン」

「うっせブラシスコン」

 

「……ぶつよ?」

「ゴメンナサイ」

 

 肩をすくめる比企谷をみてまたクスっと笑う。不思議だ。自分は不愛想だとは自覚している。なのに、こんなにも自然に笑い軽口を言い合えるなんて。

 

「それにしても、ホントに今日はその……ありがと。危ないとこを助けてもらっちゃって」

「別に大したことじゃないって言っただろ。そのお礼の夕飯御馳走じゃなかったのかよ? もう貸し借りはないだろ」

 

「でも妹ちゃんには材料持ち込みで一緒に料理作ってもらっちゃったし、あんたには妹達の世話と皿洗い手伝ってもらってるし、これって結局、家族同士で協力して夕飯食べただけでお礼になんかなってないでしょ」

「確かにそうかもしれんが、その……あんま恐縮されるとこっちまで恐縮しちまうっていうか……まあそのなんだ……」

 

 照れが隠しきれず口籠る比企谷。お礼を言われ慣れてないせいで起こる挙動不審だ。普段、気怠げで良く言えば大人びているところがある為、こういう照れた一面がより可愛らしく感じる。

 

「あんた、ホントにお礼とか言われ慣れてないんだ?」

「うっせ。ぼっちは人と関わることが少ないからしょうがねえだろ。お前だって慣れてないだろ」

「そうかも。でもあんたよりはマシだと思うよ? あんた人から礼いわれたら拒むような奴でしょ。そんなつもりないから、とか言って」

 

 ……本当にこいつのその部分は直して欲しいと思った。例え他人の為にやったことではなかったとしても、その行動によって誰かが助けられたなら、その誰かは感謝を伝えたいはずだ。それを拒むのはその誰かを否定していることにも繋がりかねない。

 

「何を見てきたように……」

「事実でしょ?」

 

 有無を言わせぬ意思を込めて比企谷をじっと見据える。

 

「あたし、前にスカラシップ教えてもらったことでお礼言ったよね?」

「ああ、確か言ってたな」

 

「あんたその時も『別にスカラシップ取れたのはお前の力なんじゃねえの?』って言ってお礼受け取らなかったでしょ」

「……言ったかもな」

 

「そうやって自分のしたことに向き合わないからいつまでも卑屈なんじゃないの?」

 

 自分でも驚くほど険のある言い方になってしまった。うじうじしてチョコの一つもまともに渡せなかったのにどの口が言うのか。それを省みて己の言葉に後悔していると比企谷は目を逸らした。

 

「……まあ、逃げて逃げて負け続けた人生だったからな、人の感謝からも逃げる癖がついたんだろ。なんだったら助けたのをなかったことにするまである」

 

 比企谷にしてはまともに助けたって認めた言葉が返ってきた。最後は茶化してたけど。

 

「じゃあ、今度はちゃんと受け止めてよ」

 

 洗い物が終わり、エプロンで手を拭きそれを外す。あたしは比企谷に正対し口を開く。もう一度、この言葉を贈るために。

 

「比企谷、今日は危ないところをどうもありがとう。お陰で怪我もなく家族に会えたよ」

 

 静かに頭を下げる。目を瞑り拝むように神妙なお辞儀のせいで比企谷の表情は窺えない。果たして比企谷はこの感謝を受け止めてくれるだろうか。

 

「…………」

「…………」

 

「…………」

「…………」

 

「……別に俺は大したことはしてないぞ……」

 

 ダメかー。ホントこいつは一筋縄じゃいかないね。めんどくさい奴。

 

「……ただな、どうしてもお礼がしたいって言うなら一つ頼みがあるんだが」

「! な、なに? 言ってみて」

 

 目を逸らして頭を掻き、ゴミ箱にあるそれを指さしながらこれ以上ないくらい言いにくそうに言葉を紡いだ。

 

「その……なんだ、川崎の身代わりになったチョコレートを俺に供養させてくれ」

「……は?」

 

 一瞬言葉の意味が理解できなかったが、察してみてからもう一度頭の中で整理する。

 

「……これを……どうするって? え? 供養? 焼くの?」

 

 反芻するも結論はやっぱりそう出てしまう。ってか、あたしのチョコレートっていつからブードゥー人形みたいな魔除けの効果付与するようになったの? 北東の窓辺に吊るしたことなんてないんだけど。

 

「そーじゃねえって。……まあ、そのなんだ……食べ物なんだし、ちゃんと食ってやるのが供養なんじゃないかって……」

「え? 食べる……の? これを?」

 

 あたしは比企谷が何を言ってるのかまたも理解できなかった。箱の真ん中を19インチくらいのタイヤが何度も横断した為、つまり横断というよりペシャンコという表現がむしろ適切なこの惨状のチョコを? 食べる?

 

「中に入ってるのがつぶれただけで無事だろ。十分食えるから」

「ちょ⁉ そんなの食べさせられるわけないでしょ、欲しいならまた作るから!」

 

 あ、またって言っちゃった。でもこの『また』は他意はなく一度作った物をもう一度作るって意味と、比企谷にあげようとして作ったけど渡せないまま廃棄になったからまた作ってあげるの二通りの意味にとれる。

 これって後者で捉えられてたら普通に告白なんだけど。いやいやその前に前提からして間違ってる。あたしはそもそも比企谷に手作りチョコを渡そうと今日あれこれ頑張っていたのに何故今になって隠そうとしているのか。

 

「いいからよこせって……生まれてから小町以外にチョコを貰ったことがないから、たとえそんなになっちまったチョコだろうが男子高校生が女子高校生からチョコを貰えるってのは価値あることなんだよ」

「え……? だって、あんた今日妹と京華以外からも結構チョコ貰ってたじゃん」

 

「……何故知っている? 俺のプライバシーどこいったの」

「(あー、藪蛇だったか)あ、ああ、昼休みにあんたがたまたま前の生徒会長と一緒にいるとこ見かけてさ、そん時に」

 

 下駄箱に入ってたチョコや奉仕部で二人に貰ってたっていうのは絶対言わない方がいいね。ある意味ストーカーだし。って控え目にいってもストーカーじゃん! バレたら絶対引かれる。

 

「でもまだもらったチョコは何も食ってないからノーカンだ。とにかく俺はチョコに飢えてるんだ」

「バレンタインイベントの時にけーちゃんが作ったのあげたよね? その時、他の人にも貰ってなかったっけ?」

 

「それもノーカンだ。今日という日だからこそ欲しいんだよ。それに、俺は苦い人生を緩和する為に常に甘いものが必要なんだ。今日はまだチョコを食べてない。故にそのチョコを供養するイベントは俺の人生における清涼剤と言っても過言ではない」

 

 知らない内に比企谷節が始まってしまった。でもよく考えてみると捻くれるベクトルがいつもと違う気がする。いつものこいつなら貰う方に執着するんじゃなく『罰ゲームでチョコ渡すことになったんだろ?』とかいって警戒して受け取らない側なんじゃないの?

 

「……あんた、もしかしてチョコ欲しいの?」

「そう言ってるだろ。話聞いてたかお前……?」

 

「そ、そう……」

 

 呆れられてしまった。確かに会話を遡ると……

 

『その潰れたチョコがほしい』

 

『潰れたやつなのになんで?』

 

『潰れてても食べれるから欲しい』

 

『他にチョコたくさん貰ってるのになんで?』

 

 ――――っていう問答だった。比企谷は徹頭徹尾チョコが欲しいとしか言っていない。

 むしろ疑いの目で見て頑なにチョコを拒んでいるのはあたしの方だ。今日ずっとうだうだする原因だった羞恥心をあっちからの要求で無効化されて、自然に受け取ってもらえる状況になったのに、だ。

 とはいえ、このチョコをあげるのは抵抗あり過ぎる……貰ってくれるのは嬉しいんだけどなんでこんな別の意味で渡す難易度あげるわけ……捻くれ過ぎでしょ!

 

「まあ、そんな心配するなよ。そのチョコ川崎が作ったんだし、形が崩れたくらいで味なんて変わらんから。普段から由比ヶ浜の料理の実験台になってる俺の耐性を甘くみない方がいい」

「あんた……珍しく自虐しないかと思ったら返答に困るような自慢やめてよ……っていうか自慢よりむしろ由比ヶ浜ディスってるよそれ……」

 

「……大体、なんでそこまでこのチョコ欲しいのさ? 新しいの作ってあげるって言ってるのに……」

 

 また会話をループさせちゃったな。いやでもここまできたら欲しい理由をちゃんと聞かないと引くに引けない!

 

「だから、俺の苦い人生をだな……」

「あ、そういうのもういいから」

 

「ぐ……」

 

 落ち着きなく視線を泳がせ、何度も言い出そうとしては躊躇われる繰り返し。比企谷に好意を持ってるって自覚はしていたが、今のこいつはさすがにちょっとだけキモい。しかたないのでこっちから呼び水を向ける。

 

「このチョコはあたしの身代わりになったんだから、むしろさっき勘違いしたみたいに供養して燃やした方がいいでしょ」

 

 あたしはゴミ箱からチョコを持ち上げて見つめる。昨日、どんな想いを込めてこれを包んだのか湧き上がってしまう。やばい、少し瞳が潤んでるかもしれない。

 比企谷は『むぐ……!』と唸り声をあげてこちらを見た。いつもより少し澄んだその腐った目で。

 

「……お礼……」

「え?」

 

「……助けられたお礼したいんだろ? 何も言わずにそのチョコをくれればそれでお礼になる。それとも川崎沙希はちゃんとお礼を返せない人間だったのか?」

「ぐぅ!」

 

 今度はあたしの方が唸り声をあげる番だった。誤魔化し賺してが通用しなくなったら強引に押し通りにきた。確かにお礼の二文字を盾にされるとあたしには何も言えなくなってしまう。

 

「……それって狡くない?」

 

 こいつの頑固なまでの捻くれに対してちょっと呆れつつ呟いた。

 

「俺は目的を達成する為には手段を選ばん。ゆえにその言葉はむしろ誉め言葉だ」

「はぁ……」

 

 なんか真面目に話してるのがバカらしくなってきた。なんで欲しいのか一言いうだけじゃん。ここまで隠すとかむしろ邪な企てがあるんじゃないかって心配になるよ。こいつらしいっちゃらしいけど、肝心なところではぐらかされると百年の恋も覚めそうだ。あ、こ、恋とか、言葉の綾だけど!

 

「じゃあ、貰っていいんだな。……ありがとな」

 

 あたしの手からチョコを奪う比企谷の顔が赤くなっていたような気がするけど、うん、気のせいだろう。それにしても色気のないバレンタインチョコの渡し方だったな……これもあたしらしいっちゃあたしらしいのかもしれないけど……

 

 

 

つづく

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