サキサキのバレンタインは色々まちがっている。 作:なごみムナカタ
2019.12.26 書式を大幅変更。それに伴い、一部追記。
「ああ、お兄ちゃんそれって……」
台所からチョコ持ってけば当然の皆の目につく。袋にでも入れて持ち帰ってもらった方が良かったかもしれない。
「チョコー? ぺっちゃんこしてるー」
「う……」
包装部分にはご丁寧にタイヤの跡がプリントされており、それを見ると急に恥ずかしくなってしまう。やっぱり冷静に考えてみると、乞われても人にあげるものではなかった。
「なんでぺっちゃんこなの?」
「それはなけーちゃん、このチョコがお守りになってさーちゃんを助けたからだ」
それを聞いて京華は興奮した様子でチョコを見ていた。
「うぉー、チョコさんありがとーねー」
「だから今度はお礼にチョコを食べてあげるんだ。チョコは食べてもらえると嬉しいんだ」
「けいかもたべるー」
「け、けーちゃん、つぶれてるからそれはやめとこ? ね?」
確かに箱が変形しているだけで破損はしていないから害はないんだろうけど、けーちゃんに食べさせるのはさすがに気が進まない。
でも、それを比企谷に食べさせるのってどうなの? まあ、あいつが強引にくれって言ってきたから気兼ねする必要はないかもしれないけど。
「そうだぞ、けーちゃん。この車に轢かれタイヤの跡がついて虐げられたチョコは世間から虐げられ打ちのめされ続けた俺にこそ相応しく、同胞と呼んでもいい。そんな俺が同胞を労う意味でも食べてやるのが正しい供養だといえよう」
「あんた子供になに言ってんの……」
「お兄さん……」
「お兄ちゃん、夢と希望にあふれた園児に得意の自虐ネタは小町的にポイント低いよ……」
「それそれ、そうして虐げられ続けることにより俺とこのチョコの親和性がより高まっていき、さらに相応しくなっていくんだよ」
冷やかな視線に晒されながら潰れたラッピングを開封する。
「……うわっ、見事なまでにぺちゃんこだね」
「ぺちゃんこー!」
「だ、だから、新しく作るって言ったのに……」
「……いいんだよ、こいつが手酷く痛めつけられたその分、川崎が助かったってことなんだから」
「えっ?」
なに? 今もしかしてあたしのことを気にしてくれたの? あの比企谷が?
途端に顔が熱くなっていくのが分かる。
「あー、こりゃ手じゃ取れんな。川崎、スプーンとかフォークくれないか?」
「あ、う、うん……」
おそらく赤いであろう顔を見られないように慌てて台所へ向かった。スプーンとフォークを手渡すが気恥ずかしくて比企谷の顔を見られない。
スプーンで箱の底部に貼りついたチョコをこそげおとして口に運んだ比企谷をまじまじと見てしまう。
「……ん、うまいわ。ちょうどいい甘さだし」
その言葉を聞いた瞬間、心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥る。
「ううー、はーちゃんばっかずるいー」
「ごめんな、けーちゃん。これだけは俺が食べなきゃいけないんだよ」
「ううー!」
今にも泣きそうになる京華。さっきのチョコケーキは我慢させれたが、もう限界かもしれない。
「えっと……まだお菓子とかあったかな……」
あたしは台所に余ったお菓子かチョコがないか探そうとするも、意外な、というかあり得ない言葉がかけられた。
「ああ、川崎いいから。けーちゃんにチョコあげていいならこっちで用意できると思うぞ」
チョコ用意するって、その潰れたチョコはあんたが責任を持って食べるとかいってたじゃん。じゃあ、どうやって? と不思議に思い比企谷を見ると、さっき小町から貰っていたチョコの包みを開き始めた。
「え? ちょっと⁉」
「ちょっとだけけーちゃんにあげるけど、いいか小町? さすがにけーちゃんに貰ったチョコをけーちゃんに食べさせるのは気が進まんしな」
「え? あ! う、うん! 小町は全然構わないけど……」
「あのお兄さんが……」
比企谷は普段と変わらない感じで話しているが、周りにとって驚愕の出来事だった。
あの比企谷が、妹から貰ったバレンタインチョコをけーちゃんにあげる……⁉
「確かに京華ちゃんは小町からみても危機感覚えるくらい妹属性の塊みたいな子だけど、小町のチョコを分けるなんて、あのお兄ちゃんが……⁉」
「お、お兄さんどうしちゃったんすか⁉ 比企谷さんのチョコを分けるなんて!」
「お兄ちゃんとして当然の行動だろうが。むしろ実のお兄ちゃんである大志が小町から貰った『義理』チョコを開封してけーちゃんに与えないことに深い蔑みを禁じ得ないのだが?」
「う……そ、それは……す、すいません、気づかなくって」
「義理って強調するところが小町的にポイント低いよ、お兄ちゃん……」
「いや、気にするな。ほんの冗談だ。『義理』以外はな」
「…………」
うぅ……いつもならここは大志の味方して怒るところなんだけど、比企谷の言い分は理屈が通ってるし、なによりあのシスコンが小町から貰ったチョコを京華にあげてるわけだから、とてもそんなこと言えない。
あたしは比企谷に分けてもらった小町のチョコを京華に食べさせてあげる。
「おいしいぃ、小町お料理上手だねぇ」
「そうだろうそうだろう、そのチョコには小町の俺に対する愛情がこもっているからな」
「お兄ちゃん、人前でそれはマジやめて。超キモいし、みんな引くから」
「あれ、小町ちゃん? お兄ちゃんもそれ人前で言われると本気で落ち込んじゃうからやめてね?」
「はーちゃんキモイーキモイー」
「あれ、京華ちゃんまで? もう八幡的に立ち直れないんですけど?」
「けーちゃんだよー」
そのやり取りを見てつい忍び笑いしてしまう。本当に仲が良いんだなって分かる。うちだって仲が良いとは思うけど、なんというかこの二人の忌憚ない会話と空気感にはちょっと敵わない印象を受ける。その中に違和感なく入っていける京華はさすが子供の特権だ。
「やっぱり俺の人生は苦渋に満ちたものだった。このチョコの甘さに癒してもらうしかない……」
「…………」
そういうと比企谷は食べるのを再開する。本当に全部食べるつもりみたいだ。
「むぐ……ん」
「…………」
あんなになってしまったチョコを嫌な顔一つみせず、むしろ美味しそうに食べてくれる。
そんな比企谷を見ていると胸の奥が温かくなっていく。心なしか呼吸が苦しい気がする。
「美味しかったー、ごちそーさまー」
「はい、お粗末様」
京華が食べ終わり、小町にお礼をする。まだ少し物足りないのか、比企谷が美味しそうに食べているチョコに視線を向けた。でもあれだけダメと言われたし、小町のチョコも貰ったので比企谷から貰おうとは思っていないようだ。
「はーちゃん、小町のチョコくれたのに、なんでそのチョコはくれなかったの?」
「これはさーちゃんが俺の為に一生懸命作ってくれたチョコだから、俺が責任を持って食べないといけなかったんだ。ごめんな、けーちゃん」
「ほぇー」
「え?」
「え?」
「あ」
「……あ」
え、なに? いま比企谷なんていったの?
あたしが一生懸命作ってくれたから食べてるって? 嘘? 渡すつもりだったのがばれて……あ、小町!
あたしは顔どころか身体中が熱くなっていくのを感じながら勢いよく小町の方を向いた。磁石が反発するように同じ勢いとタイミングでそっぽを向く小町。
「うぅぅぅ~~~~~~~~‼」
唸りながら比企谷の方を見ると俯いて顔を赤くしたまま一心不乱に、いつもよりも腐った目でチョコを食べ続けていた。
それ以降、あたしも何も言えなくなってしまい頬を紅潮させて俯き続けた。
つづく