サキサキのバレンタインは色々まちがっている。 作:なごみムナカタ
2019.12.26 書式を大幅変更。それに伴い、一部追記。
2019. 6. 2 天候などの表現を一部追加。
~川崎家前~
あたしと比企谷の二人は先に外で小町を待つことにした。京華がなかなか小町を離さない為だ。ずっと思ってたことだが小町の『妹なのに姉スキルの高さ』が京華の心を掴んだのかもしれない。
比企谷も一緒に残っているとますます京華がはしゃぐので先に出てきてもらったのだが、なんとも気まずい。
沙希「…………」
八幡「…………」
あたしは俯き、比企谷もそっぽを向いて応戦する。うちの前には街灯があまりなく視覚的な暗さがそのまま雰囲気の昏さをも演出しているようだった。
バレンタインチョコを食べてもらったのにここまで関係が悪化する人間って世界でもあたしたちだけなんじゃないの?
お願い小町、早く来て!
正直、テンション高すぎてちょっと苦手意識あったけど、いまほどあんたの存在を頼もしく思ったことはないよ!
沈黙に耐え切れないのか、しきりに頭を掻く比企谷。
そんな乱暴にしてたら禿げちゃうでしょ!
比企谷の頭皮を労わるべく、どうにかして話題を探してみる。
沙希「そ、そういえばそろそろ大志達の受験結果でるよね」
八幡「いや、お前それ無理矢理すぎるから」
沙希「む……も、文句あるなら、あ、あんたもなんか話題提供しなさいよ」
八幡「ぼっちにそんなことできるわけねーだろ、ぼっちのぼっちたる所以は、言わず喋らず問語らずだぞ。沈黙のアイデンティティーなめんな」
沙希「あたしもぼっちなんだけど? っていうか、あんたのどこがぼっちなわけ? 今日沢山チョコ貰ってたくせに! ……あ」
遠ざけたいチョコの話に戻ってしまう辺りコミュ力不足が露呈した。
八幡「む……ま、まあ、小町も大志もきっと大丈夫だろうし、心配することはねえんじゃねえの? 俺達の弟妹だぞ」
沙希「あんなこと言っといてそれ拾うんだ? あんたこそ話題変えるの下手すぎじゃない?」
八幡「ぐっ」
あー、またやっちゃった……その拾った話題放ったあたしが何言ってんのよ……
最悪だ……チョコ渡せて……食べてもらって嬉しかったくせに、どうしてこうなるわけ……
八幡「…………」
沙希「…………」
八幡「……夕飯」
沙希「え?」
八幡「……料理美味かったな」
沙希「そ、そう……?」
八幡「ああ、俺の中の『料理が上手い女子ベスト3』に堂々のランクインだ」
沙希「いや、それ嬉しいんだけど……うん、まあ嬉しいけど……」
八幡「なんだよ?」
沙希「なんか茶化されてるみたいで素直に喜べないっていうか……」
八幡「悪いな、こんな捻くれ者で」
沙希「…………」
沙希「……でも、いいと思う……」
八幡「え? ちょっと急に何言ってんですか? どん底まで落としてから優しい言葉かけるとか、俺が訓練されてなかったら確実に勘違いしちゃうよ?」
沙希「あー、もう! 真面目に聞きなよ、ホンットめんどくさいね!」
八幡「お、おう……」
沙希「あんたのそういう捻くれた部分があるから穿った見方が生まれたんだし、あたしの無理なバイトを翻意させることにつながったんだ。だから、いいと思った……ってこと」
八幡「え? お前、どんだけスカラシップのこと感謝してんの? さすがの俺でもちょっと引くわ」
冗談めかしてても顔の赤さまでは隠しきれていない。こいつは真面目な話をされると反射的に自己防衛として冗談が口を吐くのかもしれないね。
沙希「か、感謝してるに決まってるでしょ……理性ではあんな生活続けられるわけないのが分かってるのに状況がそれを許さないから、肉体的にも精神的にも辛くて……家庭の……そのセンシティブな問題のせいで、奉仕部の三人で説得にきてくれても事情も詳しく話せなくて……」
今にしてみれば平塚先生に声をかけてもらった時、事情を細かく打ち明けていればスカラシップのことを教えてもらえたかもしれない。
あの頃はつらくって……そのせいで心が荒んでいたから、素直に相談もできなかった。要するに拗ねてたんだろうね。なんであたしばっかりって。
過去の過ちを省みていると、どれだけ危うかったのかが再確認されていく。
沙希「あのままじゃ、もし続けられて予備校の資金面が解決できたとしても肝心の大学進学の学力が追いつかなかっただろうし……」
明け方にバイトが終わって朝の5時くらいに家に着く生活だ。その後、シャワーを浴びて、食事抜きでも睡眠時間は2時間も取れない。結局、大遅刻はするし、その分授業は遅れる、寝不足で勉強は頭に入らないの三重苦。これでは予備校に通う意味すら薄れる。
八幡「いや、でもそれはな、雪ノ下だってスカラシップのことは知ってたから俺だけにそんな感謝することもないんじゃねーの?」
沙希「……あの時の雪ノ下が解決できたとは思えないよ……スカラシップを知ってるだけで、あたしの境遇を理解してくれてたわけじゃないから……」
エンジェル・ラダーに乗り込んできた時、雪ノ下は父親が県議会議員だと指摘されたことで動揺し、気色ばんだのを思い出す。それを気遣ってか普段温厚な由比ヶ浜まで声を荒げた。その時点で二人はあたしに敵愾心が生まれ、こちらの事情を汲み取れるほど親身にはなれなかったはずだ。
実際、スカラシップを提示したのは先に説得に当たっていた雪ノ下ではなく、後に話し合いの場を用意した比企谷だった。
そっか……だからか……
あの時、比企谷はあたしを助けただけじゃなくて……
あたしを理解してくれたから……
あたしも比企谷の家族愛を理解したから惹かれたんだ……
八幡「…………」
沙希「家族にも話せないし、ぼっちだったから……本当にキツかった……」
八幡「…………」
沙希「……それどころか、あのままだったら守りたかったはずの家族を傷つけて、大袈裟じゃなく家庭が崩壊してたかもしれない」
沙希「京華もまだ小さいし、あたしが倒れたら家族の生活が立ち行かなくなる可能性も高かった」
沙希「……だから、その……あんたにとっては大したことじゃなくても、あたしには重要なことだから、こうして何度もお礼をするんだと思う……」
八幡「…………」
目線を逸らして照れ隠しは続けているものの、今は何故かおどけた感じがしなかった。しばらくしてこちらに向き直るとぽしょりと呟き始める。
八幡「……川崎」
沙希「! な、なに?」
八幡「……すまなかった」
沙希「え⁉ なに? なんであんたが謝るの?」
八幡「お前があの出来事をそこまで真摯に受け止めて、重要視してるかに気付けなかった。俺は自分が照れくさくて極まりが悪いから、返事をぼやかして感謝を受け取らなかっただけだったが、それは川崎に対して失礼だった」
沙希「ひ、比企谷……」
八幡「お前の感謝を受け入れる。だからそのお礼として、また頼みをきいてくれないか?」
沙希「う、うん、何でも言って。頑張るから」
八幡「それじゃ……その……」
沙希「…………」
八幡「小町と大志の入試結果でたらお祝いにまた家族で食事しないか?」
沙希「え?」
八幡「いやなのかよ?」
沙希「う、ううん、そんなわけない! お礼で、って言われなくてもこっちから誘おうと思ったし……ただちょっと意外っていうか……うん、戸惑った……かな」
沙希「でも、なんでそれがお礼なの? 改めてお願いするほどの意味があったわけ?」
八幡「…………」
沙希「なに?」
八幡「……俺が、お前にしたことで守れたものを共有したかったんだよ……って恥ずかしい、言わせんな」
沙希「‼」
比企谷がしてくれて、あたしが失わず守られたもの――家族――を一緒に想ってくれるんだ……
今のあたしは自然に笑えてる気がする。
だからなんだろうか。比企谷の顔は朱に染まっていた。
沙希「…………」
八幡「…………」
沙希「……あんたってさ、ホントずるいよね。不意打ちでそういうこと言ってきて」
文化祭の時にも……
『サンキュー! 愛してるぜ、川崎!』
不意にあの時の言葉が呼び起こされ、顔が熱くなるのが分かる。
八幡「おい、どした?」
沙希(ち、ちか!)
あたしは匂いまで感じ取れそうな距離から比企谷を遠ざける。心臓の音が聴かれてしまうんじゃないかと思った。
沙希「な、なんでもないから!」
八幡「顔赤ぇぞ。平気か? 熱とかあるんじゃねーか?」
沙希「し、心配ないから!」
八幡「そーか。じゃあ、さっき言った件、考えといてくれよ」
沙希「あ、ああ、うん。合格祝いに家族同士で夕飯食べるんだったね」
八幡「…………」
沙希「…………」
八幡「……なんだよ?」
沙希「いや、いつもみたく捻くれたこと言わないのかなって」
八幡「バッカお前、いくら俺でも空気読めるわ。それに期待されたらむしろそれに応えないのがぼっちの嗜みみたいなとこあるだろ」
沙希「何なのよ、そのめんどくさい考え……まあ、不吉な冗談言わないだけ褒めてやるよ」
八幡「…………(うっ……なんださっきから……こいつ、こんな柔らかい笑顔とかできるのかよ……)」
八幡「……そ、それにしても小町遅くないか? けーちゃんそろそろ眠くなりそうな時間だろうし、さーちゃん見てきて」
沙希「さーちゃっ⁉ ば、バカじゃないの!」
八幡「国語は学年三位だ。お前より成績いい人間にバカは当てはまらんだろ、撤回を要求する」
沙希「~~~~‼」
沙希「こんの……捻くれ者!……バカ!…………はちまん」
八幡「⁉」
沙希「…………」
八幡「…………」
沙希「…………」
八幡「…………」
沙希「……さっきの……お返し……」
八幡「お、おう……」
沙希「使い方、合ってたでしょ? ディスリケーションだよ」
余裕ぶってはみたけど、多分あたしの顔赤い。月明かりのない夜陰ですら比企谷の顔の赤さが見て取れた。
なんだこれ? 相討ち? 全然ディスってないじゃん!
八幡「…………」
沙希「…………」
お互い沈黙を貫くが、気まずい雰囲気でもない。なんというか、ふわふわした気持ち……比企谷もそうだと嬉しい、かな。
つづく