サキサキのバレンタインは色々まちがっている。   作:なごみムナカタ

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2020.12. 1 台本形式その他修正。
2019.12.26 書式を大幅変更。それに伴い、一部追記。あとがきを15話に移しました。


14話 実は、川崎沙希のバレンタインは正しかった。

《 Side Saki 》

 

 

―沙希の部屋―

 

 

 あたしは枕に顔を埋め悶えながら足をバタバタさせていた。

 

「~~~~」

 

 恥ずかしい! 恥ずかしい! 恥ずかしい!

 

 どーして『あんなこと』しちゃったわけ⁉ 明日ガッコ行けない‼

 

(~~~~‼)

 

(…………)

 

(…………でも……)

 

「……比企谷……」

 

 あたしは、今日初めてだった唇を指で触れなぞり……

 比企谷のことを想い浮かべていた……

 

 

 ――――――

 ――――

 ――

 

 

「お兄ちゃん、お別れのキスとかしちゃえば?」

「キ!」

 

「小町ちゃん、はしゃぎ過ぎじゃないかね? 引かれちゃうよ?」

「…………」

 

「まあ、お兄ちゃんにそんな度胸あるわけないかー」

「まあな、今日も部室で雪ノ下にヘタレ谷くんという謗りを受けたばかりだ。俺のヘタレは世界の共通認識であってる」

 

「そこ自慢しちゃうのがお兄ちゃんらしいというか……あれ? 自虐か。まあでも、女の子の嫌がることしないだろうしそういうところはポイント高いよ」

「小町の嫌がることは絶対にしない自信があるぞ」

 

「キャー、お兄ちゃんポイント高い! じゃあ、帰ったら小町が先にお風呂入るね」

「え……俺の後に風呂入るのが嫌だって言ってない? お兄ちゃん泣いてもいい?」

 

「あ、沙希さん合格祝い楽しみにしてますね。また一緒にお料理しましょう」

 

「…………」

 

「小町ちゃん無視しないで。本気で嫌われてるみたいに思えるでしょ?」

「もー、そんな訳ないでしょ。今度の夕飯でお兄ちゃんの好きなもの沢山作るから期待しててね!」

 

「おお、サンキュー! 小町、愛してるぜ!」

 

 

『おお、サンキュー! 『   』、愛してるぜ!』

 

 

「⁉」

 

「…………」

「ん? なんだ? なんか言い忘れたことでもあるのか?」

 

沙希(…………)

 

「合格祝いの予定なら、追ってメールとか……んっ⁉……む‼」

 

「…………」

 

「――――⁉」

 

 沙希は八幡の頬に両手を添え、自分の方へ引き寄せた。

 

「…………」

 

「⁉」

 

「‼」

 

 そのまま沙希の唇に……八幡の唇が触れた。

 

「ん…………んむ……ふぅ……」

 

「……む……」

 

「~~~~」

 

 その場にいた三人にはそれが長い時間に感じたが、実際には数秒程度の出来事だった。誰もがそんなこと考える余裕などなかったが、八幡にだけは沙希が震えていたのが分かった。

 

 スッっと沙希の唇が離れていき、一瞬八幡と目を合わせたが、どちらともなく逸らされてた。

 

「…………」

 

「…………」

 

「――――」

 

「な、お前、何を……」

「……愛してる……」

 

「え?」

「……あ、愛してるって……言われたから……」

 

「え、いや、それは……こ、小町に言ったんだけど……聞こえて……なかったの……か?」

「………………え?」

 

「…………」

 

「‼」

 

「~~~~‼」

 

 沙希は顔どころか耳や首まで真っ赤にして家の中に走り出した。

 

「あ、姉ちゃん、比企谷さん達これから帰るとこで……ね、姉ちゃん⁉」

「さーちゃーん!」

 

 家から二人を見送りに出てきた二人と入れ替わるように沙希は中へ消えていく。残された四人は呆然とそちらを見つめるしかできずにいた。

 

「…………」

「……」

 

「?」

「?」

 

「……あの、何かあったんすか?」

「あー、その、まあ……なんでもねえよ」

「そ、そそ、そーだよ、こ、小町たち、もう帰るね! 大志君、京華ちゃん、今日はありがとねー」

 

「うっす、こちらこそご馳走様でしたっす! 気をつけてください」

「またあそぼー」

 

 八幡は小町を乗せた自転車をこぎ出し帰途に就く。家に着くまで互いに一言も会話はなかった。今にしてみれば、よく事故に遭わずに済んだと、先ほどのことで頭が一杯になっていた八幡は思った。

 

 

 ――

 ――――

 ――――――

 

 

 小町に言った『愛してる』をあたしへの言葉だと聞き違えるくらい言われたかったってことだよね。

 ってか『愛してる』って言われたとしてもいきなり、キ、キスするのもどうなの? あたし今日おかしい……

 

「…………」

 

 いや……おかしくないか……

 

 昨日チョコを作ってた時から感じていた。

 家族以外にチョコを作るという意味。

 あたしが比企谷八幡に抱く感情を。

 

 もう……誤魔化せないよね。

 

 今まで、遠目から見つめているだけでいいと思ってた。

 ぼっちで家族優先のあたしが学校で誰かと仲良くなれるなんて思ってもいなかった。

 でも、今日比企谷がくれた言葉がそんなあたしに可能性を示してくれた。

 

 ――――俺が、お前にしたことで守れたものを共有したかったんだ――――

 

 比企谷があたしに踏み込んできてくれた。

 かつてエンジェル・ラダーに奉仕部で乗り込んできた時、三人に返した言葉。

 

 

『……なら、あたしの家のことも関係ないでしょ』

 

 

 それが今は懐かしく、酷薄であったとすら感じている自分を不思議に思う。

 

 いまはあたしの家族のことを知ってほしい。

 あんたの家族のことを理解したい。

 お互いの中に入っていきたい。

 生まれて初めての感情だった。

 

 あたしは意を決し、スマホを手にとると今日登録したばかりの電話番号を表示した。

 

「……恥ずかしくて話すのは無理か……な……」

 

 電話番号ではなくメールアドレスにタッチする。

 まずさっきのことを謝ろう……それから気持ちを伝えて……約束をして……

 

 今度はあたしから一歩を踏み出す。いままでできなかったことが今日はいくつも出来てしまう。不思議に思っていたが何となく納得できてしまった。

 

 バレンタインとは元来、チョコのプレゼントや愛の告白とは関係なく『大切な人に感謝を伝える日』なのだと聞いたことがある。

 

 押しつけがましい告白より、あたしが真摯に感謝の気持ちを伝えたから……バレンタイン通り出来たから神様に通じてくれたんだ。

 チョコが車に轢かれた時はその神様を恨んだりもしたけど、もしかしたら戒めだったのかもね。

 あたしはメールのタイトルにこう入力してから本文を考え始める。

 

 

 ――――『ハッピーバレンタイン比企谷』

 

 

 

つづく


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