サキサキのバレンタインは色々まちがっている。 作:なごみムナカタ
2021. 8. 1 加筆と書式の一部変更。
2020.12. 1 台本形式その他修正。
2020. 1. 1 書式を大幅変更。それに伴い、一部追記。
2019. 3.20 城廻先輩→めぐり先輩 に八幡の呼び方を変更。
2019. 3.10 タイトル変更。
2019. 3. 2 挿絵が完成したので更新!
16話 冬なのに、再び天使が舞い降りる。★
《 Side Saki 》
~2月15日~
ああ、もう!
昨夜、メールし過ぎたせいなのか、いつもよりも少し遅れ気味な朝の一幕。その上、今日は京華を迎えに行く日だから自転車通学できずバス通学だ。遅れることはあっても早く来ることはまずないそれに備え、尚更早めに起きなければいけなかった。なんで、よりにもよって初めて比企谷の弁当を作るその日に……。
昨日の夕飯から昨夜の出来事について比企谷とメールでやり取りをした。あたしの気持ちも伝えた。それに対して返ってきた比企谷の答えは決して満点解答ではなかったかもしれないが、少なくても拒絶はされなかった。むしろ、あいつの性格から考えれば満点だったかもしれない。
……最後に『月が綺麗だよ』なんてメールしたのがなかなか眠りにつけなかった原因の最たるものだ。
比企谷はかなり読書するみたいだし、雑学にも詳しそうだし、あの反応は伝わってるよね……。
伝わらなかったら伝わらないで自分だけ痛い奴って思っていればいいけど、分かってもらえたらそれはそれで……ホント恥ずかしい……。
はっ! 一人台所で悶々としてないで弁当作らなきゃ……ただでさえいつもより一人分多いんだし
そんな忙しさと昨夜の気恥ずかしさのせいで、身体が訴える声に耳を傾けることが出来なかった。
× × ×
《 Side Hachiman 》
明日は小町の合格発表&金曜日か……。
受かってたらこの週末は今年一幸せな連休になるな。まだ2月だけど。
……ついでに大志も受かってれば言うことないんだがな。
「…………」
俺があの毒虫の合格を心配するとは、これも川崎効果かもしれん。
校門近くまで来たので自転車を降りて押していると前方に青み掛かった黒髪のポニーテールを引っさげた後ろ姿を見かけた。
どうする……声をかけるべきか……かけるべきだよな?
昨夜のこともあるし色々世話にもなったしお互いぼっちだし……って何声かける理由あげつらってんだ俺は……。
「よう、川崎」
「あ、比企谷。おはよ」
「今日は自転車じゃねえのか?」
「帰りに京華迎えに行くからね」
「大変だな」
「もう慣れたし、京華は可愛いから」
「シスコンめ」
「鏡見てから言いな」
よかった。普通に話せてる。あっちも変わらない感じだし、って昨日のメールって夢じゃないよな。あんなことあったのが疑わしくなるくらい普通なんだが……。
と、昨日の礼いっとかないと。
「昨日はさんきゅーな」
「あ、う、うん。こっちこそ……」
「じゃあ、俺
「あ、そう……じゃ、また……」
「……おう」
なんだ? 表情曇ったような気がするが……
人間観察が趣味の俺に見落としはないはず……まだなんか言いたいことでもあんのかな?
まあ、重要なら声かけてくんだろ。俺は自転車置いてこなきゃなんねーしな。
駐輪場に自転車を停めて下駄箱に向かおうとするとスマホが振動した。9割以上迷惑メールなのだが、今回はそれに該当しなかった。
FROM :川なんとか TITLE:なし ねえ、今日も昼パンなの? |
なんだこれ?
――そうだぞ……返信っと。
「さて、教室に……」
再びスマホが鳴動する。
返信はええって……。
FROM :川なんとか TITLE:なし お弁当作り過ぎちゃったから、よかったら食 べてくんない? |
……またベタな。
――サンキュ、ありがたく食べさせてもらうわ。受け渡しは昼休みに俺のベストプレイスでいいか? ……送信。
「さて、今度こそ……」
三度スマホの鳴動によって、いよいよ迷惑メールの疑いがかかるが、やはり川崎からであった。
……だから俺を駐輪場に釘付けにすんじゃねえよ、遅刻させたいの?
FROM :川なんとか TITLE:なし 分かった。場所は知ってるから渡しに行く。 |
もう前もって下書きメール何通りか用意してたんじゃねえの? ってレベルの返信速度だったな。携帯メールスピードタイプ検定で由比ヶ浜といい勝負が出来そうだ。
――おう、いまから楽しみだ……送信。
「さて……行くか」
さすがに登校中だから、昨夜と違って用件以上の無駄なメールのやり取りはせずに終わった。
~昼休み~
―ベストプレイスー
「比企谷、はい……これ」
「お、おう、ありがとな……」
「じゃ、あたし寒いから教室戻ってるね」
川崎は俺に弁当を渡すとすぐに行ってしまった。本当に寒そうにしてたが、そこまでではない気がする。
まあ、今日の俺はコートを持ってきたからな。防寒対策が完璧だしそう感じないだけかもしれん。パンと違って食べるのに時間がかかる弁当をこの季節に外はやばいと判断したからだ。
昨日はまさかのめぐり先輩に風除けにされるという扱いがあったお陰で軽いショックの中の昼飯になってしまった。
今日はコートも着込んだし、じっくりと川崎の弁当を堪能するとするか……。
「あ、今日もいた。比企谷くーん」
「⁉」
「今日もお邪魔するね」
解せぬ。
「城廻先輩、何故寒いのにわざわざ外弁を……」
「比企谷くんに言われたくないなぁ……」
俺はまためぐり先輩を置いて立ち去ろうとするが……。
「ちょいちょいちょいちょい」
「…………」
めぐり先輩がすかさず俺の腕を掴んだ。この人、結構力あるんだよな……生徒会室の私物片付けてた時も気軽に持ちますよって言ったとき段ボール渡されて俺軽く引いたからな。段ボールが軽くなかったから。
「比企谷くんが逃げるからだよー」
めぐり先輩が握るギアを上げてきた。
痛い痛い痛い、痛いから! あと痛い!
めぐり先輩ってファーストネームめぐりじゃなかったっけ?
いつから薫になったの?
どこの花山?
どこの二代目?
ってかむしろ生徒会的に言えば先代か。背中に侠客立ち刻まれてませんよね? あと怖い‼
「離してください。今日こそは暖かい場所で食べるんです」
「教室行くの?」
「俺が教室にいると皆の邪魔になるので空気読んで外で食べてるんですよ、行くわけないじゃないですか」
そもそも特に今日は川崎の弁当のお陰でなおさら教室でなんて食べれない。
「じゃあ、どこで食べるの? 図書館は飲食物持ち込み禁止だよ?」
「……俺には便所飯という第二のベストプレイスがあるので」
「それはダメだよ比企谷くん、人としての尊厳を捨てる気なの⁉」
「あ、それ意外と酷い言い草ですよ」
全国的に見れば便所飯している人間は結構いると思う。むしろ便所飯という単語があること自体、世間一般にはメジャーな飲食スペースと認定されているまである。発端は全然推奨されないけどな。
「んー、じゃあさ、生徒会室に行かない? 一色さんなら鍵借りれると思うし、頼んでくるから」
それはすげえ気まずいからご遠慮したい。昨日一色から貰ったチョコを食べてないのだ。あのゆるふわビッチがそれを聞いてどんな強制労働を課してくるか想像だに難くない。いや、めぐり先輩も気まずいんですよ、チョコ貰った相手だし、そっちも食べれてないからな。
「いえ、生徒会室を私物化するのは良くないでしょう。仮にも元生徒会長が現生徒会長をたぶらかすのは感心できませんね」
方便もいいところなのだが、雪ノ下達に言うならともかく、この人に言うのはこちらとしても良心の呵責に苛まれる。だってこの人、この学校の中で戸塚と比肩しうる天使だし、手がかりが少な過ぎてこの発言の他意に気付けるはずがない。
雪ノ下あたりなら俺の品行方正な言葉自体に不自然さを感じ、他意前提で論理を構築していく強者だ。そして結果俺を傷つけるのであいつにこういった言葉を投げかけるのはこちらとしても覚悟がいる。
「あ……そうだよね、ごめん……私ったらなんてこと言っちゃったんだろう……一色さんにも迷惑がかかっちゃうよ……」
「そ、そうですね……」
うわぁあああああ! やっぱりだよ、自分の目的を達成する為とはいえ、これは堪える。
無用な業を背負っちまった……なんとかして徳を積みたい!
奉仕部の部室も確実にアウトなんだよな。雪ノ下がいるし。なんだったら生徒会室より鬼門だ、まである。雪ノ下と由比ヶ浜のチョコをどちらから食べるかで迷ったことを悟られた以上、絶対食べたか訊いてくるはず。というか訊いてこない方が有り得ん。
「……じゃあやっぱりここで食べますか」
「⁉ いいの⁉」
「ただ昨日みたいに風除けにするのはごめんですから」
昨日は肩と腕なんて完全に密着状態でずっと食べ続ける拷問だったからな。プロぼっちのこの俺ですら勘違いしてしまうレベル。しないけど。
「えー、比企谷くんいじわるだよぉ……」
「いや、それが普通ですから」
「しょうがないから、それで我慢してあげる」
「そうしてください」
「…………」
「……やっぱりこの距離だと寒いね」
そういってにじり寄ろうとしてくる。俺はいつから暖房器具になったんだろうか。
「あー、くっつかないでくださいよ」
「むー……」
「むくれてもダメです」
「……うん」
なにそれ俯いて涙目になりそうとかもう天然で男手玉に取り過ぎでしょ。
「……はぁ……」
俺はコートを脱いでめぐり先輩に差し出した。
「? 比企谷くん?」
「はい、このコート使ってください。膝掛にすれば結構違うと思いますよ」
「え? そんな、ダメだよ、比企谷くんが寒いじゃん」
「俺にはこのマッ缶があります」
「…………」
「? どうしました?」
めぐり先輩が俺との禁を無視し接近する。
「ちょ! 城廻先輩!」
「こうして近づけば二人ともコートで膝掛できるよ」
「そ、そうですけど……」
「えへへ……」
……あれ、これって風除けにされるのとほとんど位置取り変わってないような……。
「さぁ、お弁当食べよー」
結局、距離を詰められた挙句、コートまで奪われて俺の一人負けだろこれ……。
「そういえば比企谷くん、今日はお弁当なんだねー」
「はあ、まあ」
「誰が作ってくれたの? お母さん?」
「親の愛情は妹の小町がおよそ10割もらってますんで」
「そ、そうなんだー……あはは……」
「苦笑いされると悲しくなりますからここは明るくスルーしてくれるのが正しい応対です」
「そっか。じゃあその妹さんが作ってくれたの?」
「……ええ、そうです」
何で俺は答えることに躊躇したんだ……? でも違うと言ったらまた追及されるわけで、どうやって説明すればいいのか判断に困るし、うん、ここはこれで正しかった。そのはずだ。
「…………」
「…………」
無言のまま俺を睨めつけてくる。前を向いていても皮膚を焼くその視線は否が応でも感じられた。
「……比企谷くん」
「なんすか?」
「……それ嘘だよね?」
「え? どうしてそう思うんですか……?」
「女の勘かな……?」
こええよ、女こええって! なに? 雪ノ下限定じゃなくても俺サトラレ谷なの? 養殖の一色は抱きついてポリグラフしてきたけど、天然だと触れなくてもポリグラフできるの? なにそれ、養殖の劣化具合ひどっ‼。
「ね? 怒らないから言ってごらん?」
俺は知っている。怒らないから言ってごらん、そう言って怒らなかった人を今まで見たことがないことを。ってか怒られる要素自体皆無なこの案件で何故ここまで俺は警戒しているのだろうか。
「ええ、実はクラスメイトが作ってくれたんですよ」
「……女の子?」
「そこ重要ですか?」
「うん」
ですよねー。俺が女の子に弁当作ってきてもらうとか、いつからリア充にクラスチェンジしちゃったわけ? って話だからな。
というか女の子じゃなかった場合、むしろそっちのが問題あるまである。海老名さんに知られたら教室が血の海になって警察が現場検証しにくるレベル。総武高校にあらぬ噂が立って今年入学予定の小町に多大なる影響がでるのでこのことは墓場まで持っていく所存だ。男からの弁当じゃないからその前提を満たしてないけどな。
「あんまり仲良くはない女子なんですけど、なんか弁当作り過ぎちゃったらしくて、いつも俺がパンばかりだから施しを与えてくれたみたいなんですよ」
「へぇー……」
「…………」
なに、その沈黙。
「…………」
「……比企谷くんはさ、いつも教室では食べないで一人で食べてるんだよね? なんでその子は君がいつもパンだって知ってるの?」
「え? それはですね……」
あるぇー⁉ なんか不倫した夫が言葉尻掴まれてどんどん論理詰めで退路絶たれていくパターンに似てるんだけど⁉
多分、川崎は小町にメールとかで訊いたんだろうけど、これどうやって説明すればいいんだ? 事実を伝えたら、ただのクラスメイトから妹とメールのやり取りまでする親しい人間にランクアップするぞ。
「……あー、えーっと……」
「…………」
やばい、全く頭が回ってない。真っ白だ……。
「…………」
「…………」
「わかった。比企谷くんも困ってるみたいだし、これくらいにしてあげるね」ニコッ
「……あ、それは、なんというか……助かります」
照れ隠しに頭を掻く癖が出てしまう。ここまで返しが出てこないとは……めぐり先輩ってたまに怖いかも……。
「その代わりと言ってはなんだけど、お互いのお弁当分けっこしよっか?」
「……それでチャラならいいですよ」
「やったー、ねえ、まずはわたしのお弁当食べてみて。どれがいいかな?」
「はい、じゃあその玉子焼きで」
「うん、召し上がれ」
「……あの……城廻先輩、何故お箸で玉子焼きをつまんで俺に近づけているんです?」
「え?」
めぐり先輩は本気で「なんのこと?」という表情をしている。マジかこの人。
「ほら、あーんだよ。あーん。おかず交換なら普通するでしょ?」
「あなたの普通ってどこの世界のスタンダードですか? ラノベ? ギャルゲー? 二次元から出てこれないから最早材木座の心象世界を具現化してるまでありますよ」
「? えっと、比企谷くんが何を言ってるのかほとんど分からないんだけど……」
「分からなくて正常です。安心しました」
「んー、比企谷くん時々難しいこと言うよね……もっと単純にしよっか。この玉子焼きを比企谷くんがパクッてしてくれればいいの!」
「いやです」
「なんで?」
本気で言ってそうだからやっぱ怖いわこの人……。
「男が女の子におかずを取って貰ってあーんで食べさせられるとか、もうウイキペディアに載ってる恋人の営みですよ? しかも学校内でやるとか正気ですか?」
「ええ……? 別にそこまで固く考えなくてもいいと思うけどなあ。とにかく『あーん』すれば解決、うん!」
めぐり先輩は全く引く気がないらしい。ここは仕方がないので最終手段にでる。
「先輩失礼します!」
「あっ⁉」
俺はめぐり先輩の箸から自分の箸で玉子焼きを奪いとって口に入れた。
「……比企谷くん、箸渡しはお行儀悪いよ……わたしの玉子焼きをお骨みたいに扱っちゃったら味が一段階ダウンどころじゃないから……」
「俺の存在がもたらすスパイス効果の意趣返しとはやりますね」
「え? そういうつもりじゃないんだけど……?」
「あ、それよりも味はどうかな?」
「……美味いと思いますよ」
「ほんとー?」
「ええ。小町には負けますけどね」
「うわー、喜びが半減するよそれ……」
「でも良かった。このお弁当わたしが作ったんだ」
「あ、城廻先輩のお手製でしたか。まあ先にそれが分かってたとしても小町には勝てないと言ってますけどね」
「むー、少しはお世辞も言わないと女の子にモテないよ?」
「ははは、俺が女の子にモテるとかどこのフィクション? って感じですね。先輩、俺のこと何にも分かってないですよ」
いつもの自虐で茶化したが、俺は何か間違えたのだろうか。予期せぬ沈黙が場を支配する。
「…………」
「…………」
「あは……比企谷くんこそ全く自分を分かってないかもしれないよ?」
「え?」
「好きでもない男の子にお弁当なんて作らないよ……」
それを聞いてドキッとしてしまう。さっき茶化したのも失言だったと心の中で予感していたが先輩のその言葉ではっきりと自覚させられてしまった。
この弁当を作ってくれた川崎に、俺ははっきりと意思表示された。それなのに己を卑下して非モテを語るなど、昨日スカラシップのことで真摯にお礼をくれた彼女に対してしてしまったことと同じだ。
「まあ、俺がモテるかどうかはともかく、自分でもよく分からないところがあるのは確かかもしれません」
そこまでは認めておく。でなければここにいない川崎に立つ瀬がない気がしたからだ。まあ、いないのだから認めても認めなくても結局何の影響もないのだが、俺自身の気持ちの問題が大きい。
「うん、じゃあそのクラスメイトが作ってくれたおかず貰うね」
「ああ、交換でしたね。どうぞ。あーんは絶対しませんから自分でとってくださいね」
先ほどの轍を踏まないよう釘を刺しておく。めぐり先輩は迷うことなく玉子焼きを箸でつかんだ。
「同じものトレードする方が不公平がないよね、いただきまーす」
確かにそうかもしれないが、これには別の意図がある気がしてならない。玉子焼きは好きなので持っていかれてちょっとだけ寂しいが、俺も残った玉子焼きを口に入れる。
……あれ? なんだ、味があんまり……。
玉子焼きに味がついていないように思えた。川崎に限ってそんなことがあるだろうか?
「……んん? ……なんか、あんまり味がついてないかも? 比企谷くんどうだった?」
「同じくそう思います」
俺は他のおかずも一通り味見してみたが、どれも味がなかったりしょっぱすぎたりと味斑がひどい。昨日御馳走になった川崎の腕前はまぐれだったのだろうか。
「あ……えっと、わたしのもっと食べていーよ。比企谷くんさえよければわたしもまたおかず分けてもらおうかな」
めぐり先輩にどういった意図があるのか読めないが、俺にとっては川崎の弁当の異常事態が気になってそれどころではない。
腐ってるとかそういうのじゃなくて単純に美味しくないよな……それでも由比ヶ浜の料理に比べれば金払ってもいいレベルだけど。それほどに由比ヶ浜の料理の不味さは異質だ。むしろ逆に崇拝できるほどの信頼度と言える。
もう一度試食。由比ヶ浜の料理と比べると美味いのだが、どれもこれもが有り体に言って不味い。いや、由比ヶ浜のに比べれば美味いのだが。大事なことなので二回言いました。
度々おかず交換しているめぐり先輩も表情が曇りがちだ。あの人がここまで取り繕わないのも新鮮で戸惑う。そこまで微妙な味らしい。
「あはは……えっと、比企谷くんのクラスメイトさんはちょっとだけお料理苦手なのか……な? でもでも、それなのに作ってきてくれるなんて本当に気持ちがこもってるんだと思うよ」
どうやら気遣ってはくれているようだが川崎と会ったこともないめぐり先輩が弁当の出来をフォローする意味が正直分からない。俺なら会ったこともない人間が作った微妙な弁当など何の感情もこめず事実を言っておしまいだ。雪ノ下なら一刀両断するだろう。それに比べたら俺は優しいのかもしれない
それにしても変だな……まさかあえて不味い弁当を作って食べさせる新手の嫌がらせでもないだろう。
第一、俺みたいなぼっちは女子から手作り弁当もらえるだけでご褒美なのだ。それが不味くても大した問題ではない。その点においては、由比ヶ浜が奉仕部に依頼してきたクッキー作りの問題を解消した俺自身が証明している。
蛇足だが、由比ヶ浜の作ったジョイフル本田で売っているであろう炭的な何かまで変質したクッキーだけは例外とさせていただく。
「いや……あいつは料理得意なはずでしたけど……前にも料理食べたことあるし、チョコも潰れても美味かったし……」
あ、いまなにか余計なことを口走った気がする……。
「へぇ~。そういえば昨日あげたチョコ食べてくれたかな?」
落ち着け比企谷八幡! 地獄への扉を自ら開く愚行だったが過ぎた時間は元に戻らない。これからのことを考えるべきだ。やだ珍しい八幡前向き!
さて、川崎のチョコを食べたことは既にばれてしまったわけだがめぐり先輩のチョコを食べていないことはばれていない。
いや、食べてないからばれる以外の選択肢がないわけだし時間の問題なのだが。
食べてない物を食べたことにする方策はないだろうか?
いや、もしそんなことが出来るのなら……実現するのならば……俺は『働かない』を『働いた』とする因果の逆転に使いたい。
やべえな俺、想像以上に材木座に感化されてるぞ。
また考えが脱線したが、ここは正直に食べていないことを自供するしかない。むしろ、何故川崎のチョコだけを食べたのか、どうして食べなければいけなかったのかを訴えた方が効率がいい。この間、僅か3秒程度。俺の脳の回転速度は寒いのに良好だ。いや、寒いからこそ良好なのかもしれない。PCも寒い方が性能は高い。あれ、俺の脳はついにPCと同等になったのか?
「いや、すみません。実は食べてないんです、色々あって」
「え?」
「……そんなに驚くことでもないと思いますけど。女子からチョコもらった男子は嬉しすぎてチョコを神棚において三日くらい拝んでから食べたりするのが普通かと」
「それが普通だったら手作りチョコもらった男の子はみんなお腹こわしてるんじゃないかな……」
確かに手作りは日持ちしないだろうし、これを普通といってはさすがに世の中病的な男が多すぎることになる。まあ男なんてみんなそんなもんだってのも間違いではないはずだ。ソースは俺。
しかし、めぐり先輩の意見が普通であっても世の男共は皆胃腸が弱過ぎることになる。ここにはマジョリティーな意見ってないの?
「でもそっかー、まだ食べてなかったんだ……」
「すみません、今日帰ったら必ず食べますんで」
「うん、感想期待してるね。……そのクラスメイトさんのチョコは美味しかったんだよね? わたしのも美味しいって言ってくれると嬉しいかなー」
変なプレッシャーかけてきたよこの人。
「それでこのお弁当作ってくれたクラスメイトさんってどんな人なの?」
にっこにこの裏に他意のありそうな笑顔で質問してきた。
うわっ、なにこれ? 俺容疑者なの? ええ、そうでしたね、俺の目はいつも容疑者側だから仕方がないですよね。
「ああ、まあよくは知らないんですけどね。確か川なんとかさん……って名前だったかな。ホントよく知らないんですけど俺の妹とその川なんとかさんの弟が同じ塾に通っててなんだかよく分からない内に一緒に夕飯を食べることになりましてね。よく知らないけど川なんとかさん家族多いから率先して家事を手伝ってて料理もよくするんですって。よく知らないですけど」
一色の振り芸みたく息継ぎなしで長文垂れ流しちまったよ。
「『よく知らない』が四回も出てきてたけど、すごくその『川なんとかさん』って人のことずいぶんよく知ってるよね?」
正確には『よく分からない』も一回入ってましたが、こっちの方は事実だ。俺には川崎のことがよく分からない。ただ分かろうと努力しよう、そう決めている。
「まあ、クラスメイトですから……」
「…………」
「……チョコ潰れても美味しかったって言ってたよね? どうして潰れちゃったのかなーって気になるんだけど、教えてくれないかな?」
「そんな些細なこと気にしてると世の中生きづらいからもっと泰然自若にしてたほうがいいと思うんですよね」
というか、普通に説明困難過ぎて瞬時に解答を作り出せません! 俺のCPU働いてくれ! マジもっと外気温下がって脳の発熱抑えてくれ! ただ下がり過ぎると脳は働くが身体が冬眠しちゃいそうだからダメな方のwin-winだけどな!
「うん……でもやっぱり気になっちゃうよね……わたしのチョコ食べないでその子のチョコは食べたんだし」
「しかも、潰れてるのを」
うわ、笑顔こええよ、いつものマイナスイオンどばどばはどーしたの?
「それは……ですね、ある不注意によりチョコが車に轢かれて、その供養を兼ねて俺が食べたんですよ。潰れたチョコは神棚において拝まないでしょう?」
「いや、潰れてなくても拝まないから……そのチョコは比企谷くんが貰うものだったの?」
「いいえ、そのチョコをどうやって渡すかを俺に相談しようとした時に車に轢かれたので、そうじゃないと思います」
嘘は言ってない。事故当時そのままの状況を話している。後に起こったことなど説明する義務はない。
「へえ……」
「なんですか……?」
俺に訝しげな視線をやるめぐり先輩。居たたまれなくなり、居心地の悪さを誤魔化すよう無心で弁当を食べる。
「……チョコって目的の人に渡すとき以外で袋から取り出すかな?」
小町と同じ結論に辿り着いた。
あれ? もしかしてそう考えられないのって俺だけ?
まあ、それも無理もないことなのだが。決して勘違いしないよう常に自分を律し戒め、己に向けられた行動の意を打ち消し否定し卑下し続けてきた。
そんな幾重にも張り巡らされた絶対防御は小町やめぐり先輩が導き出したごく当たり前ともいえる原因と結果をも導き出せなくしていた。
「…………」
「言われて気づいた? それとも、その前から気づいてたのかな?」
言わなかったことまで嗅ぎ当てられそうな、そんな方向へ話が進んでいる気がする……。
「……だから車に轢かれたチョコを食べてあげたんだね」
まるで親に諭される子供のように黙って先輩の言葉を受け入れる。
「……やっぱり比企谷くんは優しいよね」
「…………」
「…………」
「……出来ればわたしのチョコにもそうであってほしいな……」
「…………」
何か言おうにも相応しい言葉が見当たらない。そもそも今ここで何を言おうとも、俺が常に忌避してきた自意識過剰を認めることに繋がる。
「ごめんね、変な対抗心燃やしちゃった。川なんとかさんにはお弁当で勝ってると思うから、わたしのチョコも期待していいよ」
「いや、川なんとかさんの腕前はこんなもんじゃないんですよ。なんでかこの弁当は美味くいってなかったみたいですけど」
口にしてやっとこの異常事態に意識が向いた。あの川崎が料理を失敗するなどあり得るだろうか。いや、ない。失敗するとしたらそれ相応の理由があるはず。そしてそれはあまり好ましくないことだと予感していた。
胸騒ぎがした俺は、残りの弁当を掻き込みマッ缶を飲み干した。
「すみません城廻先輩、弁当御馳走様でした。ちょっと急ぐので先に教室戻ってます。必ず今日帰ったらチョコ食べますんで」
「あ、うん。こっちこそごめんね、一人で食べてるところに押しかけちゃって。感想待ってるから」
今度は引き留めようとせずに手を振って送り出してくれた。
つづく