サキサキのバレンタインは色々まちがっている。   作:なごみムナカタ

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やっと少しはちさきっぽくなった……でもめぐり濃度高め

2020.12. 1 台本形式その他修正。
2020. 1. 1 書式を大幅変更。それに伴い、一部追記。
2019. 6. 7 姫菜の「振られちゃったけど」→「振っちゃったけど」 に修正
2019. 3.22 心の声→めぐり先輩 発言→城廻先輩 に八幡の呼び方変更
2019. 3.12 城廻先輩→めぐり先輩 に八幡の呼び方を変更


17話 平塚静は、教え子家族に泣かされる。★

―教室―

 

 

 胸騒ぎの根幹である川崎の席を見ると机に突っ伏して眠っているようだ。その姿から疑惑が増す。

 誰にも見られたくなかったからベストプレイスに弁当を持ってきてもらい、めぐり先輩が来たとはいえそれなりに早く食べて戻ってきたのに、川崎はもう机で寝ている。もう自分の弁当を食べ終えたというのか?

 弁当の味といい、色々と気になったので珍しく教室で川崎に声をかける。

 

「川崎、お前自分の弁当もう食ったのか?」

 

 なるべく優しく川崎の肩を揺すって起こそうとする。悪いとは思ったがこれは確認しなければならないことだ。

 

「…………」

 

「おい、川崎」

「…………」

 

「…………ん」

 

「…………え……あ、比企谷……」

 

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「どしたお前、顔真っ赤じゃねえか?」

「……そ、そう……?」

 

「しかもなんか震えてねえか?」

 

 無意識に川崎のおでこに手を当てる。

 

「あ……比企谷の手、冷たくて、気持ち……いぃ……」

「‼ やっぱ、すげえ熱じゃねえか。保健室行くぞ。立てるか?」

 

「ん……」

 

 手を引いて、川崎を立ち促すが熱のせいで意識が朦朧としているようだ。俺におでこを触れられたのも含め、なんの抵抗も示さず反応も鈍い。

 それも無理もないことなのだろう。ふらつくその足取りは酩酊状態であるかのように歩行も覚束ない。

 由比ヶ浜も海老名さんもいないか。となるとこの教室に俺達ぼっちの味方はいない……。

 

「……………」

「…………ハァ、ハァ」

 

 しょーがねーな、躊躇してる場合じゃない。

 俺はブレザーを脱いで、それを川崎の腰巻に使った。

 

「……ひ、比企谷?」

「ほれ、背中に乗れ。保健室まで背負ってやるから」

 

「……え?」

 

「早くしろ、恥ずかしいだろ」

「! あ……あたしだって恥ずかしいってば…………」

 

「お前、もうまともに歩けねえじゃねえか。いいから掴まれよ」

「うっ……」

 

 さっきまでよりは抵抗らしいものが見られたが、熱が上がって一番辛いタイミングだったのだろう。心が弱ってる川崎にはいつものように強く抵抗されなかった。教室内だというのに案外素直に俺の背中に寄りかかり身を委ねてくる。

 

「よし、いくぞ」

 

 俺は細身だが自転車通学で最低限それなりに鍛えられている。女子一人背負うくらい余裕だ。いや、それよりも高い身長とは裏腹に、意外なほど軽い彼女に驚いてしまった。予想を遥かに下回る重みを背中に受け、力強く川崎の身体が浮き上がる。

 

「ん……」

 

 しっかり肢を抱え俺の両脇に川崎のそれが収まっている。後ろから見たら確実にスカートの中のレース見えてるだろこれ? 今日、黒のレースかなんて知らんが。

 ブレザーを腰巻にしてやってよかったー、気遣える男でホントよかったよー、小町にこの気遣いの化け物っぷりを自慢したい! 冷やかされるから絶対言わないけどな。

 

 ……なんか、背中に当たるんだが……。

 けれど、それを気にする余裕なんてないくらい様々な情報が飛び交ってる。

 川崎を背負っている俺に向けられた視線とそれに含まれる感情、驚愕や嘲笑といった空気がまとわりつく。何よりも、そのか弱い身体が発するバイブが事態の緊急性を知らしめてくれたから、俺は余計な煩悩を感じずに済んだ。

 そんな中でも、しがみつく腕に力が込められたことに安堵する。少しでも暖をとろうとしたからか、安心できるからなのか、どちらであろうとも俺にとってその行動は朗報以外なにものでもなかった。

 

 

―保健室―

 

 

 女子を背負って保健室まで運ぶとか、葉山じゃあるまいし、俺がやったら通報から公開処刑まで成立して社会的に死ぬトラウマ級の出来事だな。

 なんでこんな目立つことをしてしまったのか……。いや、何のためかなんて分かり切ってるし、そこに疑いを向けるべきではないか。大事なのはこの後どうするかということに謀略の全てを注ぐこと。

 

 『実は背負われていたのは男子でした』

 ……下手すると事実を上回る大事件になりかねんから却下だな。っていうかこれだと海老名さんの風当たりが強すぎだろ確実に悪化するまである。

 

 『実は背負っている人は比企谷八幡ではなかった』

 ……出来ればこれでいきたい。でも無理だ。

 総武高校に影武者システムとかありませんか? 現代社会でも大統領とかクラスなら採用されるシステムだと思うんですけどね。あれ? じゃあ俺がプレジデントクラスに出世しないとダメじゃないですか! 将来専業主夫志望ですよ⁉

 

 色々な策を練っているうちに保健室へ到着してしまう。養護教諭に言って川崎をベッドに寝かせる。

 

養護教諭「だいぶ熱がありそうね。いま体温計と冷やすもの持ってくるから、クラスと名前書いてくれるかしら。早退できるように担任の先生に報告してくるわ」

「ありがとうございます。2年F組の川崎沙希です。平塚先生に伝えてください」

 

 よかった、いつものように川なんとかさんとか言っちゃいそうだったわ。さすがにそれは不謹慎だよな。

 

「…………」

 

「…………あの……」

 

「ひ、比企谷……」

 

 え? その手はなんですか?

 

「……手……」

 

 おい、まさか? そんなこと出来るはずがないだろ!

 養護教諭がいるにもかかわらず手を握ってほしいと訴えているようだ。どうやら熱で気が弱っていて正常な判断ができないらしい。

 

「あ、いや……それは……」

「……お願い……」

 

「…………」

「…………」

 

 そんな潤んだ瞳で見られて拒否れるわけないでしょーが! なにこの破壊力⁉ あざとさ全開の一色なんて目じゃねえ!

 

「……わ、分かったよ」

「……ん」

 

 川崎は俺の手を握り返し、安心したように目を閉じた。

 しばらくすると養護教諭が戻ってきて氷枕を頭に敷いてくれた。体温計を受け取る際、繋いだ手を見られたが何もいわずにスルーしてくれたことはグッジョブ! ただ笑みが見えましたよ。俺の顔も赤くなってるだろうな。

 

「体温計入れるからちょっと手離して……」

「お、おう……」

 

 なんかそういわれるとニュアンス的に俺の方から無理矢理、手を繋いだみたいに聞こえちゃうじゃないですか。冤罪だ。再審を要求する。

 脇に体温計を入れるとまた手を握るよう要求してきた。

 そう、これが正しい事の起こりだったのですよ名前も知らぬ養護教諭さん! あなたも俺の名前を知らないからお相子ですね。

 俺がいるから安心なのか、気を遣ったのか、養護教諭は先生に知らせてくると保健室を後にした。他に患者さんきたらどうすんですかねえ?

 

 川崎が目を瞑らずにこちらを見ているので、眠るまで話がしたいサインなのだろう。ただ話題は乏しい。ぼっちだけに。しかも二人ともそうだから会話が絶望的じゃね? まあ黙っててもこいつとなら間がもつのだが、今日は一応話せることはある。

 

「……たく……昨日暖かくして寝ろってメールで言ったろが」

「……もうその前から風邪引いてたみたい」

 

「昨日いろいろあったしな」

「……それだけじゃないけど、その(風邪)せいもあって昨日あんなことしちゃったのかも……」

 

「風邪であんな大胆な行動しちゃうの? やだ、俺、絶対風邪引きたくない」

「…………」

 

 睥睨(へいげい)された。こわっ!

 でも……うん、眼力は死んでない。思ったより平気そうだな。

 

「昨日のお昼外で食べたのがまずかったかも……」

「は? お前なんで俺みたいなことしてんの? こんな冬に外弁とか風の子すぎない?」

 

「……あんた、わざと言ってる?」

「え?」

 

「昨日、チョコ持ってタイミング計ってたところに城廻先輩が来て寒い中食べる羽目になったんだけど」

「お前、見かけただけじゃなくて待ってたのか。あーっと……それは悪か……って、それ俺悪くなくね?」

 

「悪いよ……さっさと移動すれば城廻先輩も諦めてくれたかもしれないのに」

「いや……俺はそうしようとしたんだぞ? でも城廻先輩が俺を風除けにして居座ってきたからああなった」

 

「風除けがないあたしはまんまと風邪引いたってことか」

「あれ? 風除けが風邪引いてないんですけど」

 

「……二人でくっついてたじゃん……さぞ暖かかったでしょうね」

 

 ……拗ねてらっしゃる。なにこれ可愛い、お持ち帰りしたい。

 

 

ピピピツ

 

 

「ん…………」

「38.5℃ 疑いようのない風邪だ」

 

 体温計を差し出した腕を引っ込め、捲れた布団を掛けなおしてやる。

 

「まあ、悪かったって。ひとまず寝とけよ。熱下がんねえぞ」

「ん……」

 

 言いながら握った手に少し力を込めた。川崎も握り返してから目を閉じた。

 

 ……そういえば昼休みで人がそこいらに居る中、川崎をおぶったんだから注目されてたはずだ。どの面下げて教室に帰ればいいんだ俺。

 川崎が寝付いたのを確認して手を離そうとすると、がっちりとホールドされていて離せなかった。養護教諭をなんとか説得して離してくれるまで授業を遅刻することにした。

 

 そういえばいま川崎の腰巻になっているものは俺のブレザーでした。教室は暖房効いているとはいえワイシャツ姿って目立つよな。いや、それ以前に授業遅刻して教室に入るって目立ち過ぎだろ。今日、目立ってばっかじゃね?

 

 教室の近くまで辿り着くが、そろそろ五時限目も終わりが近かった。

 あー、ダメだ。入る勇気がねえ。今更教室行っても意味もないし、やっぱり休み時間にステルスして戻ろう。

 

 ……俺はどうしてあんなことをしてしまったのか……。

 

 だって俺だぜ?

 教室から女子を背負って保健室に連れてくなんてどこのイケメンだよ⁉

 葉山の魂が乗り移ったんじゃねえの⁉

 バッカじゃねえの⁉

 死にたい!

 もういっそ俺だけじゃなくてそのまま葉山も〇んでくれねえかな。

 

 

キーンコーンカーンコーン

~五時限目終わり~

 

 

 何の罪もない人間の死を願うとは……俺の心はどれだけ汚れてしまったのだろうか……などと省みるはずもなく、五時限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 教室から大量に人が出てピークを過ぎた頃合いにステルスヒッキーのスキルで存在を消し、音もなく、下手をすれば姿もないまま教室に紛れ込んで席についた。

 うむ、さすが俺。芸術的なまでの侵入。流麗で雅なその様は見る者の目を惹く美しき動作だったはずだ。見ている者がいないので惹くことはないんですけどね。いや、むしろいつも引かれてるか。

 

 六時限目の準備をして授業まで寝たふりでも決め込もうかと思っていると声を掛けてくる人物がいた。

 誰だよ、俺に声かけてくる奴って。俺の平穏を乱さないでくれよ、ただでさえブレザー着てないのにますます目立っちゃうだろ。

 

「ねえヒキタニくん、サキサキの具合どうなのか知らない?」

 

 ぐっは!

 

 平塚先生がよく吐血しそうな声をあげているのを見かけるが、今の自分もまさにそうであっただろう。今一番触れて欲しくなかった。というかなんだったらこの人にも話しかけてほしくなかった。だって……

 

「……川崎なら熱でたから保健室で寝てるみたいだな」

「そっか……なんか朝から元気ないなぁとは思ってたんだけど」

 

「あいつが元気ないの分かるとか、どんだけ川崎のこと好きなの?」

「……分かるよ、サキサキがよく見てる人のこと今日は見てなかったし、授業中に伏せてること多かったから」

 

「は? 睨めつけてるの間違いじゃねえの?」

「あちゃー、ヒキタニくんにはそう見えるかー」

 

 睨めつける云々はともかく、確かに海老名さんの根拠には説得力がある。要はいつもと違う行動と無気力感が見られたんだろうが、それを分かるあなたは相当川崎のことを目で追っているってことですからね? やっぱ好き過ぎだろ。

 

「……ところで、なんでそれを俺に訊いてきたのかを訊きたいんだが……俺の予想通りだとするとまさか……」

 

 少し声のトーンを落として海老名さんにもそれを促す。

 

「うん、お昼休みにヒキタニくんがサキサキをおんぶして連れ出したって、けっこう噂になってたよ」

「だよなぁ……焦ってたとはいえ、なんであんなことをしちまったんだか……」

 

「ええ? いいじゃん。熱だして歩けない女の子を背負って保健室に連れて行くとか女子にとって夢シチュだよ? お姫様抱っこだとパーフェクトだったけど、そこまでヒキタニくんに望むのは厳しいか」

 

「なんだったら昼休みに海老名さんか由比ヶ浜がいてくれて運ぶのを任せるのが俺の中のパーフェクトだったんですけどね」

「そう? ……でもサキサキ的にもパーフェクトに近かったと思うよ」

 

「男におんぶされるのを教室で好奇の目に晒されるのがか? そんなことあいつは望んじゃいねえよ」

「そっちは……うん、確かに望んでないかもしれないけど」

 

 むしろぼっちにとってはそっちのが重要なんだよなぁ……。

 

「……わたしは修学旅行の時に振っちゃったけど」

「あん?」

 

「サキサキには幸せになって欲しいからね」

 

 ……文脈が上手く繋がらないから海老名さんが何を言いたいのかいまいち理解できないんだが……声も小さくてホントに聞こえた通りの内容でいいのかもわからんし……。

 

「ところで……」

 

 海老名さんはさらに耳元に顔を近づけて話しかけてきた。近い近い、あといい匂い、それと近い!

 

「……チョコは食べてくれたかな?」

 

 近づかれて起こった軽い興奮がサーッと引いていくワードだった。

 

「……マダデス……スミマセン……」

「誰かのは食べたの?」

 

 にっこにこの笑顔だが瞳は仄暗い闇に覆われている。

 かつて修学旅行で目にしたこともある闇。引き込まれそう。怖すぎる。

 

「……イヤ……ソレハ……」

 

 目を逸らして追撃をやり過ごそうとしたが、海老名さんはそれを何か別の意味に受け取ったようだ。

 

「やっぱりかー、じゃあ、まあ許してあげよう。分かりやすいなヒキタニくんは」

 

 えっ? なに? 今の何の話?

 

 誤解を解く暇もなく海老名さんは俺から離れて行った。何が起こったのか分からずボーッと己の目線の先を追ってみると、そこには五時限目の授業で主のいなかった机があった。

 

 あ……そう勘繰られたか……誤解だけど誤解じゃないし、まあいいか……。

 

「…………」

 

 ……いいのか?

 だって俺ってこういうの知られるの一番嫌がるはずじゃなかったのかよ。

 昼休みといい今といいどうしちまったんだよ、比企谷八幡……。

 

「あ……ヒッキー……や、やっはろー……」

「……おう。なんだよ」

 

「あの……さ、さっき小耳に挟んだんだけど、お昼休みに……その……沙希を保健室に運んだって……」

「そう……そうなんだ。何故お前は昼休みに教室にいなかったんだ……いてくれたらあんな目立つことなんてしなくて済んだというのに……」

 

「そこあたしが怒られるとこなの⁉」

「当たり前だろ、何のためのガハマさんだよ?」

 

 あーこれいかん。完全に理不尽だわ。普段、雪ノ下が俺にしてることとなんら変わりない理不尽な精神的苦痛を由比ヶ浜に与えている。許せ由比ヶ浜。それとお前も少しは俺の日頃の苦労を知るべきだ。

 

「俺のブレザーがないのも全てお前のせいでOK?」

「もう訳わかんないし!」

 

 そんなお互いに訳のわからない会話のようなものを続けていると、まだ予鈴も鳴っていないのに平塚先生が教室に訪れる。

 あれ? ってか六時限目って国語じゃないよな?。

 

「ん? 比企谷、ずいぶん威勢がいい恰好だな。普段の死んだ目から想像もつかん。ようやく私の指導が実を結んだようだ」

「上着一つで都合のいい解釈しないでください。俺は変わりませんよ」

 

「じゃあどうしたんだ? まさか! イジメにでも遭ってブレザーを隠されたのではあるまい?」

「教師が冗談でもそう言うのって洒落にならんのでやめてください。しかも俺に言うとか信憑性倍増ですよ?」

 

「はっはっは、すまんすまん。で、ホントのところはどうなんだ?」

「川崎に貸したんですよ。あいつが早退するならその時に先生に回収しておいてほしいんですけど」

 

「ああ、あのブレザーは君のだったのか。わかった、肝に銘じておくよ」

「どうもっす。……あ、ってことは、保健室で川崎見たんですよね、状態はどんな感じでした?」

 

「……君が素直に他人の心配をするとは……変わらないと言っていた割にはすぐ撤回されているな」

「……勘違いしないでください。ブレザー回収のタイミングが知りたかっただけです。あの熱なら早退するでしょうが、それがすぐなら俺は助かりますからね。寒いし」

 

「ふっ……そういうことにしておこう。現状は保健室のベッドで眠っているよ。本当ならすぐにでも帰したいところだが、無理に起こすのも躊躇われてな。いつ起きて早退させてもいいように川崎の荷物を取りに来たというわけさ」

 

「はあ、そうですか。……あの、先生」

「なにかね?」

 

「……いえ、なんでもないです」

 

 川崎の早退に合わせて一緒に早退すると申し出ようとしたがその言葉を飲み込んだ。早退の理由として先生に認められるか怪しいし、川崎が気を遣ってしまいそうだから。

 

「あ、先生、沙希の荷物あたしが保健室に持っていきます。ちょっと様子も見たいし……」

「そうかね? 助かるよ。ただ、いまは眠っているから本当に様子を見るだけになるがね」

 

「はい。あ、ヒッキー、またね」

「おう、川崎によろしくな。っつっても寝てんだから余計に声かけんなよ」

「うん」

 

 

      × × ×

 

 

《 Side Saki 》

 

~LHR終了~

―保健室―

 

 

「……起きたか川崎。どうだ? 少しは気分が良くなったかね?」

「……あ、先生、ど、どう、も……」

 

「……ダメそうだな」

 

 あたしの震えを見て確信する。自分で不快に感じるくらい激しいものだったし、見ただけで分かるだろう。

 

「すい、ません……さっき、熱計ったら、い、一番出て、て……」

「さすがに救急車までは呼ばないが、わたしが車で送って行こう。何とか駐車場まで歩けるかね?」

「は、はい……それく、らいなら……」

 

 平塚先生に付き添われ、あたしたちは先生の車に向かった。

 

 

―駐車場―

 

 

「すいま、せん先生……今日、い、妹の、お迎え、あるので、お手数です、けど保育園に寄って……ほしいん、ですけど……」

「ああ、構わないぞ。場所は教えてくれよ」

 

「は、い……あ、それと……こ、これ比企谷に返し、といて、くれ、ますか?」

「お、そうだったな。じゃあ、君を車に乗せてからわたしが届けてくるよ。暖房をつけておくから車を盗まれないよう見張っていてくれたまえ」

 

「車と一緒に、女子高生盗む奴なん、て……いないと、思いますけど……」

「じゃあ、急いで行ってくるから少しだけ待っていろ」

 

「は、はい……」

 

「…………」

 

「あ、そうだ……」

 

      × × ×

 

《 Side Hachiman 》

 

 

 奉仕部に丸腰――二人のチョコを食べない――で挑もうとは、今日の俺はどうかしてるぞ。いや、それどころか登校そのものが丸腰――誰のチョコも食べていない――で二人からの攻撃を被弾したし今更気にしても詮無いことか。

 

 それでも丸腰なりにどうにか対応策を練っていると最近よく見る人物に出逢う。

 

「あ、比企谷く~ん」

「城廻先輩……」

 

 まだチョコも食べてないし昼休みも思うところがあったので少々バツが悪い。

 

「これから奉仕部?」

「ええ。先輩は帰りですか?」

 

「一色さんに生徒会のお手伝いを頼まれててね」

「あいつは……先輩、甘過ぎですよ。少しは自分一人でやらせないと図に乗りますよ?」

 

「ぇぇ……比企谷くんに言われたくないかな~……多分、一色さんが一番頼ってるのは比企谷くんだと思うよ……」

「まあ、俺はしょうがないっていうか、そうですね……刑務とでも言えばいいんでしょうか」

 

「比企谷くんいつから実刑受けたの?」

「去年の生徒会選挙からですね。早く刑期が終わってくれないかと願うばかりですよ」

 

「(あれはそんなんじゃないと思うんだけどなぁ……甘えてるだけで……)」

「なんですか?」

 

「ううん、なんでもない。そういえばわたしって比企谷くんとアドレス交換してたっけ?」

「いえ。俺から女子のメルアド訊いてメールするとMAILER-DAEMONさんて外国人から返ってくるんで訊かないことにしてるんです」

 

「……それ嘘のアドレスかブロッk「言わないでください、知らなくてもいい真実ってのが世の中にはあるんです」そ、そうなんだ……」

「あ、あはは……じゃあ、女の子の方から訊いてくる場合はいいんだよね?」

 

「え?」

 

「番号とメルアド交換しよ?」

「あー……そうっすね……」

 

「あれ? 意外と素直だね?」

「先輩もう3月で卒業ですし、ホワイトデーのお返し渡す時に連絡先知ってた方がいいですからね」

 

「あー、そっか。それもあったね」

 

「? 逆にそれ以外なにがあるんですか?」

「……ただ連絡先知りたいっていうのじゃダメ?」

 

 うっ⁉ 眩しい……なんだこれは……戸塚に勝るとも劣らない後光が差すような神聖さ……この人もやはり天使だった。

 

「まあ、いいですけどね。どうぞ」

「わっ? なんでスマホ渡すの? 番号教えてくれればいいのに」

「見られて困るものとか入ってないんで。滅多に番号登録しないからやり方もよく分からないし……」

 

「…………」

 

「!」

 

「? どうしたの~?」

「いえ、なんでも……」

 

 バッカ、バッカ、バカ!

 見られて困るものとか入りまくりじゃねえか!

 いや別にHI・WA・Iな画像とかそういうのは確かにないですよ?

 成人に指定されるようなものはないからむしろ健全で臨むところだと言えなくもないけど、昨日川崎とメチャクチャメールしたじゃん!

 告白文まで入ってるのに何でそれ忘れちゃうかなー⁉

 いつものクセって怖い!

 めぐり先輩はわざわざメールボックス開かないと思うけど……。

 

「えーっと……城廻めぐり……じゃなんだか堅いし、めぐりんにしとこうかな……」

 

「…………」

 

 何やら不穏なことを画策しているみたいで、登録後のアドレスを見るのが怖い。『☆★ゆい★☆』の再来はやめてくれよ……。

 打ち終わるまで待ってる時間が妙に長く感じる……今の俺はツライと感じているらしい。

 そういえば昨日の夕食は早く感じた気がする……俺、楽しかったのかな……一人をこよなく愛する俺が小町以外の人間との食事が楽しい……か……。

 

「はい、アドレスと番号入れたy『ユーガッメール』……? メールきたみたいだよ」

 

 神はいなかった……いや、相手次第でまだ可能性は……戸塚……は部活で有り得ないか……小町、お使いあったら喜んで買いに行かせていただきます、今この時なら自腹でもいい!

 それが叶わぬならせめて……贅沢はいわない、材木座、頼む!

 今ほどお前からのメールを心待ちにしたことはない‼

 

「……ごめん、差出人とタイトルだけ見えちゃった。スマホ返すね」

「あ、はい」

 

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From:川なんとか

タイトル:お昼はごめん

―――――――――――――――――――――――――――

 

 ピンポイントで一番気まずいやつ届いたな……もう起きたのか。

 

 

『お昼休みは保健室まで運んでもらってごめん、ありがと。これから平塚先生に家まで送ってもらうから、弁当箱は先生に渡しておいて。あんたにブレザー渡しに行ってもらったからもう会えると思う』

 

 

 なに? 先生に弁当箱渡せだと? 無理に決まってんだろ、何言っちゃってんのあの人。熱でマジ思考能力低下してねえ?

 

「あの~……あはは、ホントに『川なんとか』さんなんだね~。お弁当作ってくれた子だよね」

「ええ、まあ。今日熱出しちゃってこれから平塚先生に送ってもらうらしいです」

 

 メールに書いてある通り辺りを探していると平塚先生に声をかけられた。

 

「比企谷、これから部活かね? おっと城廻もいたか」

「あ、ええ、でもその前に保健室寄ってこうかと思ってはいたんですが」

 

「ああ、さっき起きたのでこれから送るところだ。もう保健室にはおらんぞ。あとこれを届けにきた」

「あ、ブレザーありがとうございます。……ところで具合ってどうです?」

 

「熱が酷くてガタガタと震えているよ。早く送り届けてやらないとな」

「……先生、俺も一緒に行っていいですか?」

 

 それを聞き、何故かめぐり先輩が驚いたような表情を見せた。

 

「ん? 君がか? だが生徒一人送り届けるくらいわたしだけで十分だぞ? 部活をサボりたいという理由に使うつもりなら断じて許「違いますよ」さんぞ?」

「あいつ今日妹のお迎えなんですよ。俺はあの子と何度も会ってるし結構懐かれてますから引き取る時スムーズにいくと思って。先生子供とか得意でしたっけ?」

 

「うっ! それを言われると……い、いいだろう、では比企谷も同行するがいい。奉仕部の依頼として帯同を許可する」

「はあ、どうも」

 

 あっさりだったな。子供苦手なのか? まあ苦手ってことはないだろうけど、千葉村の時も業務以外はさっさと寝てしまってたし別段好きということもないのかもしれないな。

 

「それと、あとで雪ノ下に部活休むって連絡お願いできますか? 俺が何か言っても信じなさそうだし、そもそもあいつの番号もメルアドも知りませんので」

「えっ、雪ノ下さんの番号知らないの? (…………それなのになんで川なんとかさんのアドレスは知ってるの?)」

 

 最後の方はよく聞こえなかったが、めぐり先輩に驚かれてしまったのは分かる。友達になってくれって言って二度も拒否されたエピソード話したら受けがよさそうだ。逆の意味で。

 

「わかった。それにしても聞いてて悲しくなるようなことを言うな君は」

「入部した頃からそうでしょう。今さら何を気にするんですか」

 

「城廻、それでは比企谷を借りていくぞ。君もあまり遅くならないようにな」

「あ、はい。さようなら。比企谷くん、またね」

「はい、さよなら」

 

 ワイシャツの上から既にコートを着ており、わざわざ脱いでブレザーを着るのが億劫なので手に持っていたが、ふわりといい香りがした。恐らく川崎の匂いなのだろう。昨夜の事件(キス)の時はそれを感じる余裕すらなかったからな。

 俺達は少し早足で車へと向かった。

 

 

―駐車場―

 

 

「川崎、待たせたな」

「いえ……」

「よ、これ掛けとけ」

 

 手元に戻ったブレザーを再び川崎に渡す。

 

「え? ひ、比企谷⁉ なんで……」

「ああ、君の妹のお迎えに行くといってきかなくてな。わたしはその子と面識もないし、今の川崎に歩かせるくらいならコイツに働いてもらおうと思ったわけだ。これも奉仕部活動の一環だよ」

 

「あ……比企谷……ホントごめん……」

「気にすんな。どうせ依頼なんてこねーよ。助手席に俺座るから川崎は後ろ移動してくれ」

「わ、わかった……」

 

「部員がそんなことを言ってどうする? じゃ、出すぞ。シートベルト締めろよ」

 

      ×  ×  ×

 

「すぅ……すぅ……」

 

「川崎は寝てしまったか……保育園の道を訊きたかったが……」

「ああ、俺わかりますから。クリスマス合同イベントの時、交渉に行った保育園なんですよ。コミュニティセンターのすぐ近くです」

 

「そうか。こうなると比企谷を連れてきて正解だったな」

「ええ、確かに。今の川崎を起こして場所を訊くとか人としてどうなの? ってくらい無慈悲ですしね」

 

「ほぉう」

「……なんですか?」

 

「いや、君の口からそんな風に他人を心配する言葉が出るとはと思ってね。まあ、もともと君は優しい奴だから不思議じゃないが、こうして素直に口にすることに驚きを隠せないのさ」

「ぐ……体調の悪い人間に対して労うのは普通でしょ?」

 

「君は普通じゃないだろ?」

「それは認めますけど、その言葉を教師が口にするのはおかしくないですか?」

 

「まあ、そう噛み付くな。せっかく角が取れて丸くなってきたのに元に戻ってしまうぞ」

「……そんなに変わりましたかね、俺」

 

「そうだな、少なくとも今日川崎に対する態度だけはいつもの君らしくなかっただろう」

 

 うわー、そんな俺ってわかりやすいのか……。

 って教室から女子背負って保健室に連れてけば誰が見ても分かりやすいか。何言ってんだ俺は……。

 

「……まあ、心配もしますよね。川崎は一家の大黒柱……ではないですけど無くてはならない存在なんで」

「そうか……」

 

「受験の弟の勉強みながら小さい妹の面倒みて」

「親御さんが忙しいから家族の飯も作って」

「自分は家計を助ける為に予備校費用をスカラシップ制度でカバーしつつ、学費の安い国立大学に入ろうと勉強して……」

 

「…………」

 

「もう……尊敬しかないですよ」

 

 俺と似た境遇であるのに自己研鑽し己を高めて真っ直ぐに、そして意志を貫く強さを持つ彼女――――雪ノ下雪乃――――とは別ベクトルの尊敬だ。こんなこと平塚先生には言えないが。

 

「……ほぅ、よく見ているな……やはり君は変わったよ。さっきも素直に心配するし、皮肉めいた文言なしに他人を褒めたたえたり……奉仕部に入部させるきっかけとなった作文を今の君に音読させたいくらいだ」

「…………止めてください。恥ずか死にますから……」

 

 川崎のことを口にしてしまった時点で手遅れだったな。川崎が寝てたから油断して口を滑らせたが、もし起きて聞いてたらとか考えなかったのかよ。なんつー恥ずかしいこと口走ってたんだ俺は。やばい、俺が俺じゃないみたいだ。いつもの俺カムバーック‼

 

「…………」

 

 後ろをチラ見して川崎の顔を窺うが寝ているようなので一安心する。これを本人に聞かれていたとしたら走行中のアストンマーティンからドア開けて飛び降りるレベル。

 

「この分だと感情についてもだいぶ理解が進んでいそうだな。どうだ? 今の君ならあの頃よりも周りの人達の気持ちを理解できそうかね?」

「……答えませんよ、そんなことは。二人きりならまだうっかり答えてたかもしれないですけど、後ろに川崎がいるんですよ?」

 

「川崎なら眠っているよ。よもや狸寝入りだと疑うのか? 君は相変わらず猜疑心の塊のままか?」

「……言ったでしょ? 簡単には変わらないって」

 

「ほう」

「……なんですか?」

 

「いや、意外だったのでな『簡単には』なんて枕詞を付けたのが。君のことだから『絶対に』と付けるものと思っていた」

「っ! ……そんなの言葉尻を捕らえただけじゃないすか」

 

 だが、『絶対に変わらない』と言い換えようとも思わなかった。何故だろう……。

 

「だが何も難しくもないことを訊いたつもりだぞ? 前にヒントをあげただろ?」

「え?」

 

「人間、存在するだけで無自覚に誰かを傷つけると」

「あ……」

 

「関わっても傷つけるし、関わらなくてもそのことで傷つけるかもしれない」

「……けれど、どうでもいい相手なら傷つけたことに気づけない……でしたね」

 

「覚えていたな。……そうだ。大切に思うからこそ、傷つけてしまったと感じるんだ」

「誰かを大切に思うということは、その人を傷つける覚悟をするということ……」

 

「その覚悟を持ってでも理解しようと思えるようになったかと訊きたかっただけだ。ヒントをあげた時、君が課題をクリアしたことは確認できたしな。その頃よりもっと多くの人に君がちゃんと向き合えるようになったのか……変われているのかを知りたかっただけだ」

 

「俺は……」

 

 課題……クリスマス合同イベントの協力要請を奉仕部に……雪ノ下と由比ヶ浜に依頼した時のことを指している。

 俺は二人に上手く言葉にできない胸の内を打ち明け和解した。この二人以外の人間に対しても傷つけるのを恐れず向き合えるのか、と先生は問うている。

 ……そしてその質問で真っ先に思い浮かべたのは後ろで寝息を立てている川崎沙希であった。

 

「…………」

 

 昨日川崎とメールした時に理解したいと伝えたが……その時、そこまで考え及んでいただろうか……。

 俺は川崎を傷つけてまで彼女の傍にいたいのだろうか……?

 ただのモテないぼっちが川崎みたいな美少女にキスされて勘違いして流されてしまっただけなんじゃないだろうか……?

 川崎に対する尊敬の念を慕情と取り違えているのではないか……?

 他人と接する時いつも抱いてきた疑念。俺の持つ猜疑心の矛先が川崎ではなく自分に向く。

 

「…………」

 

 俺が無言なことを怪訝に思い、答えづらいと感じたのだろう。先生はいきなり話題を変えてきた。

 

「……ところで比企谷、昨日あげたチョコは食べてもらえたかな?」

 

「あ」

 

 うわー、そっちも答えづらいわ!

 なんだそれ?

 まさか平塚先生がその地雷投げつけてくると思わなかったわ!

 なに? アラサーなのに乙女なの?

 だから貰ってくれる人が見つからないんじゃないの⁉

 

「……! 別に食べていないことを責める気はないが、今なにか別件でわたしを怒らせるようなことを考えなかったかね?」

 

 なんでみんな俺の心、的確に読んでくるの⁉ 八幡、絶対秘密保持契約とか結べない!

 

「ん、ま、まあ、食べてないから気まずくて言葉に詰まっただけです。決して平塚先生が思ってるようなことは考えてませんから」

 

 これ幸いと話題シフトに乗っかることにする。

 

「……まあ、信じるとしよう。運転中に衝撃のファーストブリットを打ち込むわけにはいかんからな。交通違反に抵触するだろうし」

「生徒に暴力って時点で法律に違反しているんですけど、その辺はどうなんでしょうかね?」

 

「そこは愛の鞭というやつだよ。それが分からんやつに拳では語らんさ」

「いや、正常に愛の鞭機能してるのって多く見積もっても半分もないんですけど……結構、私怨というかただ気に入らないだけで拳が飛んできたことのが多い気がしますが」

 

「そういう時は頬をかすめるように外しているだろう。存外、君への被害は少ないはずだが?」

「実は大したことない、みたいに言っても被害がある時点で法的にアウトなやつなのでもう少し自重してくださいね」

 

「その辺はまたラーメンを奢ってやる、というので手をうってくれたまえ。はっはっは」

「うわ、普通に賄賂で口止めしてきたよ、この人……ホントに教師なの……?」

 

「……それにしても」

「はい?」

 

「君がチョコを食べていなかったとは意外だったな」

 

 え? それまだ引っ張るの?

 

「……女子からチョコもらった男子は嬉しすぎてチョコを神棚において三日くらい拝んでから食べたりするのが普通かと」

「じょ、女子⁉」

 

 めぐり先輩に使った言い訳のコピペだけど『女子』ってパワーワードが効き過ぎた。

 

「な、なな⁉ なにを言うんだ、君は……大人をからかうもんじゃないぞ……まったくもう……」ブツブツ

 

 え? 何この反応? やばい、可愛いくね? ……なんでこの人が結婚できないの? 早くだれか貰ったげて!

 

「ま、まあ、いつもの君ならその言葉――女子、の方じゃないぞ?――を信じたいが、君は昨日けっこうチョコを貰っただろう。神棚に飾って食べ待ちするとは思えないのだが」

 

「昨日は帰ってから色々あってお腹いっぱいだったので、無理して食べるよりコンディションいい時に美味しく食べた方が、くれた人達もその方がいいかなって」

 

 正確にはお腹いっぱいというよりあの出来事で胸いっぱいだったせいだが、どちらにしろとても落ち着いてチョコを食べれる状態ではなかった。

 

「本当は誰かのチョコくらいは食べたんじゃないのかね?」

 

 核心ついてきやがった! なんとか誤魔化す手段を……おっ!

 

「あ、先生、保育園そこです」

「ちっ! 全く運のいい奴め……」

 

 先生は停めれそうなスペースを見つけ停車しハザードランプを点ける。

 

「……そういや川崎って保育園に連絡してましたかね? このまま俺が迎えに行って話通ってなかったら引き渡してもらえないまでありそうですけど……」

 

「まあ、大丈夫だろう。ここに川崎はいるし、何だったらわたしも一緒に行こうか。教師が説明すればいくら君の目の濁りが常識を超えていようと信用されるはずだ」

 

「先生いい意味で教師に見えないから信用されるか微妙ですけどね。こんな車乗ってるのが尚更教師の信憑性落としてますし」

 

「バッカもん。まあ、いい意味でという誉め言葉は受け取っておこう。しかし、さっきは校内だったからキーを差したまま離れられたが、路上の車の中で川崎が寝ていて停車中に同じことをするのはさすがに気が引けるな」

 

「じゃあ、信じてもらえなかったら保育士さんに川崎がいるっての確認してもらう為に連れてきますよ」ガチャッ

 

 そういうと俺は緊張もなく保育園に突入する。前にも来たことがあるので自然な足取りで侵入……もとい訪問できたと思う。女性の保育士さんをみつけたので声をかけてみる。ここはさすがに緊張するな。

 

「すみません、川崎京華ちゃんのお迎えに来たんですが」

「あ、はい、でも……」

 

「ご両親が忙しいので今日は姉の沙希さんが来る予定だったんですが、その姉も風邪でダウンしてしまいまして……代わりに友達の俺が……迎えに来ました」

 

 って俺、川崎と友達なのかな、なんて場違いな疑問が頭を過ぎる。

 

「あ、はあ、そうですか。お疲れ様です。……ですが……」

 

 そうですよね、迂闊に口車にのって大事なけーちゃんを渡せないですよね。

 

「急なことで連絡がいってなくて申し訳ありません。なんでしたら電話で川崎家に……はいないか。弟……大志にも連絡いってないかもしれないか。じゃあ車の中にけーちゃんのお姉さんがいるので確認してくださって結構です。いま熱出して寝てるので声かけづらくて連絡させるのを怠ってしまいました」ペコリ

 

 出来る限り低姿勢で穏便に。そして川崎家の事情を知っていますよアピールも込めて頭を下げる。そうしているとけーちゃんがこちらに気付いた。

 

「あー、はーちゃんだー」

 

 けーちゃんが駆け寄ってきて足にしがみ付いてきた。

 

「今日ははーちゃんがお迎え?」

「おう、そーだぞー。さーちゃんはちょっと疲れて眠ってるんだ」

「さーちゃん疲れちゃったのー? 昨日はーちゃんと一緒にご飯食べた時、嬉しそうだったのにー」

 

 保育士さんの前で情報漏洩しないでくれないか、けーちゃん。まあ、けーちゃんの態度とその漏洩で俺が人さらいじゃないことが分かったようだ。

 

「そう、よかったねけーちゃん。優しそうなお兄さんが迎えに来てくれて」

「うん!」

 

 完全に信用されたようだ。目が腐ったお兄さんと言われなくてよかったとつくづく思う。

 

「一応、車まで一緒に行きますか? 寝てる川崎と送ってくれる教師もいますよ」

 

 このご時世だ。念には念をいれて合法お迎えであることを訴える。いやね、そうでもしないと俺の目のせいでこのミッション難易度アルティメット級なんですもん。

 

「はは、分かりました。それでそちらのお気が済むのなら」

 

 保育士さんは朗らかな笑顔を以って応えてくれた。

 

 

―アストンマーティンの前―

 

 

「お待たせしました」

 

「わー、赤い車だー」

 

「おう、おかえり」

 

「お疲れ様です。沙希ちゃんのお具合どうですか?」

 

「まだぐっすり眠っていますね。なるべく早く家に届けたいと思っています」

 

「はい、お大事になさってください」

 

「(けーちゃん、さーちゃんが眠ってるから静かにしないとダメだぞ?)」

 

「(うん、シーッね)」

 

「…………」

 

「(それじゃ、けーちゃん、またね)」

 

「(うん、さよならー)」

 

 平塚先生が静かに車を発進させた。

 

 後部座席は狭いがけーちゃんには川崎と一緒にそちらに居てもらうことにした。助手席にけーちゃんを座らせるわけにもいかないし、ましてや助手席に座った俺の膝にけーちゃんを乗せたら法令違反(二重の意味で)が成立してしまう。

 

「……それにしても本当に懐いているんだな、その子」

 

「嘘だと思いました?」

 

「信じていないわけではなかったが、部活をサボる口実にする為に少し盛ってるのかと思っていたよ。だが、想像以上に馴染んでいて逆に背筋が寒くなった」

 

「え? それって俺通報されちゃうんですか?」

 

「君はその自虐が気に入っているのかね……」

 

「はーちゃん通報? されちゃうの?」

 

「大丈夫だ。けーちゃんが俺を嫌いにならない限り通報はされないぞー」

 

「! うん! けーかははーちゃんのこと絶対嫌いになんてならないから!」

 

「(声が大きいぞ)」

 

「(あ! うん)」

 

「……比企谷……お前、意外といいパパになりそうだな……」

 

「何言ってんすか……」

 

「違うよー、はーちゃんはパパじゃなくてけーかのお兄ちゃんになるんだよ」

 

「ぶふっ!」

 

「け、けーちゃん⁉」

 

「だって昨日、さーちゃんのチョコ食べたもん」

 

 けーちゃん、ばらしますか。そーですか。子供の無邪気さには勝てない。

 

「ほぉう?」

 

 窓の外を向き、顔を見られないようにするくらいしか抵抗できなかった。

 ふとこれからのことを思い出し、小町に電話をする。もうとっくに家に帰っているはずだ。

 

「……もしもし、小町か? 実は今日、川崎が学校で熱出してな。いま先生の車で一緒に送ってもらってる最中に保育園からけーちゃん拾ってきたところなんだ」

 

『ええ? お兄ちゃんが付き添いしてるの? わー、なんか別人みたいだね? お兄ちゃんの携帯でかけてきた偽物じゃないよね?』

 

「今はそういうのいいから。……で、昨日みたいに一緒に夕飯食べることにしようと俺が勝手に思ってるんだが、川崎はこんなだし、誠に遺憾ながら大志に連絡して今日の夕飯は親御さんがいるのか、誰が料理するのか訊いてみてくれないか?」

 

『ああ、なるほど。うん、わかったー。じゃあ沙希さんが料理する予定だったら、また小町が行って夕飯作るって感じでいいんだね?』

 

「おう、理解が早くて助かる。あ、そういえば自転車学校に置きっぱなしだわ。小町買い物してから川崎んちまで歩くにせよバスにせよ荷物重いし大変だな。俺も一緒に行くか」

 

『お兄ちゃん優しい! ちゃんと気が遣えるじゃん! 沙希さんも惚れ直しちゃうよ!』

 

「だからそういうのいいって。じゃあ、買い物の準備しといてくれ。俺が戻ったら一緒に出ようぜ」

 

『うん! 準備して大志君に連絡しとくね。大志君のお母さんが作ってくれるとかだったらまたお兄ちゃんに連絡するから』

 

「おう、サンキュー小町。愛してるぞー」ピッ

 

 

「話は通ったかね? で、わたしはどうすればいい?」

 

「予定通り二人を川崎家まで届けてもらえたら後はこっちでどうにかできますよ」

 

「連れないなぁ。今日は川崎を送り届けるという大義名分があるのだから、もっと頼りたまえ」

 

「え?」

 

「川崎を送り届けた後なら後部座席も広くなるし、小町くんを拾って一緒に買い物も付き合おうじゃないか」

 

「いいんですか? そうしてもらえるなら助かりますけど……」

 

「なら決まりだな。夕飯もご一緒したいが、さすがにそこまでいくと図々しいし酒も飲みたくなってしまうからな。買い物の後、君たちを送り届けたら大人しく仕事に戻るよ」

 

 やけに後部座席が静かだと思って覗いてみると、なんと京華が川崎を膝枕して頭を撫でてあげていた。京華の幼い膝では川崎の頭は重すぎるだろうに、それでも苦しい表情を見せず天使のような笑顔を向けている。

 

「(けーちゃんはお姉ちゃんもできるんだな)」

 

「(うん、いまはけーかがさーちゃんのお姉ちゃん)」

 

 はー、微笑ましい。和むわー。

 

 心がなごんでいる間に川崎家へと到着してしまった。ああ、今からけーちゃんを川崎家に置いていくのか……いや帰すが正しいんだけどね。そうすると名残惜しいというか何というか……。

 

「川崎、うちに着いたぞ」

 

 家から出てきた大志が川崎の様子を窺っていた。それを見て正直迷う。だが、大志はまだ俺より二つも年下で成長途上の身体だ。既に学校で経験済みだし俺が運ぶのが適任だろう。

 

「川崎、ほれ背中乗れ」

 

「あ……うん……」

 

 もう家に着いてオフモードで羞恥心がなくなったのか、それとも熱で思考が回っていないからか、大志の前でも平気で俺に負ぶさってくる。大志が玄関の扉を開け、川崎の靴を脱がして部屋へと誘導する。ああ、やっぱり俺が背負ってよかったわ。俺が川崎家の先導なんてできねえから。

 

 初めて訪れた川崎の部屋は綺麗に整頓されいる……とまではいかなかったが、見苦しい散らかり方ではなかった。編みかけの物や裁縫箱などがちょっと出しっぱなしな程度の、むしろ自然に女の子らしい部屋とも思えた。

 由比ヶ浜のやたら彩度増し増しガーリーカラーでファンシーな部屋(多少誇張はしているが)とは違い、川崎の方は質素だがそれでいて女性の部屋と分かる自然な在り様と言えばいいのか。俺にとってはこの方が、ある種女子の圧迫感めいたものがないので居心地がいい。

 

「先生、川崎の着替え手伝ってやってくれませんか?」

 

「ああ、了解した。覗くなよ?」

 

「覗くわけないでしょ。俺のリスクリターンの計算と自己保身に関して評価高いんでしょ?」

 

「全く一言一句漏らさずよく覚えているな」

 

「読書家なんで、名言は忘れないんですよ」

 

 俺は着替えをまかせて部屋を出ると、けーちゃんの手を繋ぎながらこれからの予定を大志と相談する。

 

「大志、小町から連絡あったと思うが今日はお前んとこの母ちゃん帰り遅かったりするのか?」

 

「はい、申し訳ないっす。土日のどっちかも仕事するくらい忙しいんで今日も明日も姉ちゃんが夕飯作って京華のお迎え行く感じでした」

 

「はぁ……わかった。今日と明日、小町を召喚して妹の手作り料理を披露してやるから親には連絡だけして予定を変えないでいいと伝えろ。あと、明日もけーちゃんのお迎えには俺が行くから、大志は川崎の看病しっかりしてろ」

 

「えっ⁉ そんな……悪いっすよ」

 

「いいから。お前だってまだギリ中学生だしさすがに料理が上手く出来るわけでもないだろ? いや、出来てたまるか。ソースは中学の頃の俺。さらに言うなら今の俺もソースになるくらい微妙な腕前だ。それにもとはと言えば風邪を引かせちまったのはどうやら俺のせいらしい……知らんけど。だからその分の責任はとる」

 

 責任……という言葉を口にするとどうしても一色の顔が思い浮かぶ。あの『責任』という人質をとって強制労働を強いてくる俺が唯一後輩と呼べる小町より可愛くない年下の存在を。そして気分が憂鬱になる。

 

「お前は姉ちゃんの心配と、三日連続で小町の手料理が食える喜びに噎び泣く準備でもしとけ」

 

 もう大志に対してツラく当たってるんだか優しくしてるんだかよく分からなくて感情の整理がつかん。

 先生……俺にはまだ感情というものがわかりませんよ……。

 

「本当にすいません。ありがたいっす。京華の世話まで考えると、多分俺一人じゃとても手が回らないっすから……」

 

 正直に弱音を吐露する大志。そういえば川崎は俺と同じでそういうの見せるのを極端に嫌がる気がする。お互い長男長女の立場だから、他人に……いや、弱みを見せて肉親を不安にさせるのを嫌うのだろう。……って偉そうなこと言ってるが俺は小町に弱いとこ見せまくりの相談しまくりで、お世話されてる側なんですけどね。

 

「まあ、お前も川崎家では長男なんだから、姉ちゃんに不安なとこなんざ(おくび)にも出さないよう心がけろ。普段、色々してやってても、いざって時に弟が頼りになるとこ見れれば川崎は安心するし喜ぶと思うぞ」

 

「…………」

 

「……なんだよ?」

 

「お、お兄さん……あ、ありがとうございます……」

 

「辛気臭い面すんじゃねーよ。お前は意地でも川崎を見張って寝かせて大丈夫だと言ってやればいいんだよ。あとお兄さんと呼ぶな、お前だけ小町の飯抜きにして俺が作った微妙飯にするぞ」

 

 いや、結局飯は作ってやるのかよ。そんな大志にかけるには俺らしくない言葉を使って励まし――やっぱこれ優しくしてんだな、川崎効果だわ――小町と買い物する為、平塚先生の車に乗り込む。

 

「はーちゃん、ばいばーい」

 

「比企谷さんと平塚先生、本当にありがとうございます。比企谷さんは後で、こ、小町、さん、と来てくれるんすね?」

 

「はぁ⁉ ……大志、なぜお前が小町呼びするんだ? 殺すぞ⁉」

 

「比企谷さんが『お兄さん』て呼ぶなって言ったんで、もう小町さんは小町さんとしか……」

 

「ぬぅ……わ、わかった……誠に遺憾の意を示すが俺のことをお兄さんと呼ぶことを認めてやる……分かったらその口から二度と名前で呼んで小町を汚すんじゃねえぞ?」

 

 正直、大志に『八幡さん』なんて呼ばれるのも『小町さん』と同等にキツイ。戸塚にしか呼ばれたことのない名前呼びポジションに大志が居座るとか戸塚と同等みたいな扱い臭出すつもりかよ! 恐れ多いぞ大志ぃ‼

 

「はい、わかりました、お兄さん!」

 

 なんでお前ちょっと嬉しそうなの? 小町呼びするよりお兄さん呼びの方が喜ぶとかお前ってまさかソッチなの? いつも引かれる側だった俺が引くよ?

 狭い車内だ。耳を欹てなくても聞こえてしまう。先生は呆れたように呟いた。

 

「しっかし……比企谷、いい加減少しは妹離れしろ。聞いてるだけで君の将来を不安にさせる発言だらけだぞ……」

 

「将来結婚できなくて専業主夫になれなかったら小町に面倒みてもらいますんでこれが正常です」

 

「はぁ……」

 

 こめかみに指を当てながら仄暗い溜息を吐く先生に雪ノ下の姿がダブった。

 

「? はーちゃん、また来るの?」

 

「そうだよ。おにい……はーちゃんは妹さんを連れて昨日みたいに一緒にご飯食べてくれるんだって」

 

「え? 小町ーも? わーい、やったー」

 

 喜んでもらえて光栄だが、大志にはーちゃん呼びされるのは俺としては微妙だった。大志もとてもバツが悪そうな面持ちだったからwin-winだが。あれ? lose-loseじゃね?

 

「はーちゃんと……えっと……」

 

 京華がくりくりとした瞳で平塚先生を見て言い淀んでいる。

 あ、そういえば先生の紹介ちゃんとしてなかったな。

 

「この人は平塚静先生だぞ」

 

「ひ、ひらた……か?」

 

「そうだな、しずかちゃんだ」

 

「し、しずかちゃん⁉」

 

 10ほども年下の小僧に名前でちゃん付け呼びなど予想もしていなかっただろう。俺も思わず言ってしまってから顔が赤くなるのがわかった。

 

「しずか……しーちゃ……しーちゃん!」

 

「し、しーちゃん⁉」

 

 20以上も年下の幼女にしーちゃんと呼ばれる。先生のライフはもう0かもしれない。五十音順だとさーちゃんの次がしーちゃんなので川崎より年下扱いになるのか? だとしたら先生のライフはMAXよ!

 

「はーちゃん、しーちゃん、いってらっしゃーい」

 

 送り出される声が、家庭のそれを想起させると感じたのは俺だけではなかったはずだ。

 

「…………」

 

「…………」

 

「う……うぅ……」ポロポロ

 

 その証拠に、まさに日々それを求めている平塚先生は咽びはじめてしまい、俺は事故らないか心配になってしまったから。

 

「……ひ、比企谷ぁ……」ブロンッ!

 

「……なんですか?」

 

「……やっぱりわたしも一緒に夕飯食べて行っていいかなぁ……?」グスグス

 

 もう誰か早くこの人もらってあげて‼

 

 

 

つづく

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