サキサキのバレンタインは色々まちがっている。 作:なごみムナカタ
ちなみにアニメ・ゲームでは京華とめぐりのCVは同じ人です。
2020.12. 2 台本形式その他修正。
2020. 1. 7 書式を大幅変更。それに伴い、一部追記。
《 Side Saki 》
「…………」
「…………」
「……?」
「…………」
「…………」
「…………」
……なんで?
なんであたしは城廻先輩をうちに招いてしまったんだろう……?
元々風邪を引いた原因はこの人だったし――半分以上が責任転嫁みたいなもんだけど――ほぼ初対面に近いこの先輩を家に招くって、人見知りなあたしにとってものすごくリスキーな行いだったんじゃないの?
でも京華がこんなにも懐いてるから、相当好くしてくれたんだろうし、もてなしたいって気持ちも本当なんだけど。考えれば考えるほどモヤモヤする。
そう葛藤しているところにちょうど京華が声をかけてきた。
「ねー、さーちゃん、めぐめぐタケノコ嫌いなんだって。だからけーか食べてあげなきゃいけないの」
あたしの理解を超越する内容でポカンとさせられた。
「ああ、それはねえ……あはは……」
先輩が京華に聞こえないよう事の発端を話してくれた。
「あ、ううん……そうですね……」
正直判断に困ってしまう。前、比企谷とカフェで偶然会ったときにも言ったが、甘やかし過ぎて京華のワガママが育つとこちらとしても困る。特に最近は妹に激甘の比企谷とよく接しているから、知らず知らずのうちに我慢のハードルが下がっているかもしれない。
「あの……さっきはああ言いましたけど……お菓子とか買ってあげたい気持ちも分かりますけど、あんまり甘やかさないでもらえると助かるんですか……」
ほぼ初対面の先輩に妹の教育のことについて説教する……こんな複雑な状況がこの世にあるのかと、うちに招いたことを早くも後悔した。
「あ……ごめんね、わたし兄弟とかいなくてそういうことまで気が回らなくて……」
「(……お兄ちゃん、一体何があったの、どうして前生徒会長さんと一緒に京華ちゃんお迎えしたの?)」
「(俺が知りたい。偶然ばったり会って成り行きでな……)」
「…………」
「(ん? どうした大志?)」
「(お、お兄さん、ちょっと……)」
「わ、なんだよ?」
× × ×
《 Side Hachiman 》
「あの人も総武高校の生徒なんですよね?」
「さっき自己紹介してたろ。初対面の人間の自己紹介を疑うとはお前も俺や川崎に負けないくらい疑心暗鬼育ってるな」
「違いますよ! っていうか姉ちゃんはそんな疑心暗鬼じゃないですから」
「俺がそうだというのを否定しないところがなかなか分かっているな」
「あ、いえ、そういうつもりでは……お兄さん、いつも自虐するんでこう言って欲しいのかと思って……すいません」
そう見えたのか……周りにそう思わせるとはやべえなこの自虐体質。本気でちょっと改善に取り組まないといけないかもしれない。
「まあ、それはどうでもいいとして、初対面の城廻先輩を置き去りにしてまで俺に何訊きたいの?」
「それなんですよ、あの先輩を見てお兄さんが去年総武高校について相談に乗ってくれた時に言ってた『美少女含有率』が証明された気がしてつい話さずにはいられなかったというか……」
「ああ、なんかそんなことしゃべってたような気がしてたな。確かに城廻先輩の前では元より、川崎の前でもしゃべることじゃねえわ。昨日、せっかくお前の株が上がったはずなのに暴落しかねん。まあ、暴落しても俺には関係ないんだがな」
「あ、そ、そうっすね。昨日はどうもありがとうございましたっす」
「結局話ってそんだけかよ? 今はこのよく分からない状況をなるべく円滑円満にするためにお前にも働いてもらわなくちゃいかん」
「え? 俺がっすか?」
「当然だろ、俺に話題提供なんて出来るわけねえだろ?」
「お、俺にだって無理っすよ、初対面であんな綺麗な先輩相手に話しかけられるわけないじゃないっすか。去年お兄さんも言ってたじゃないですか。大事なのは諦めの境地だって」
「お前、俺からのアドバイスを大切にしまいすぎだろ。半年前の言葉をいまだに心に刻み付けてるとか乙女かよ?」
× × ×
《 Side Saki 》
「けーかがタケノコ食べてあげるの!」
「はいはい、でも小町が作ってくれるご飯が食べられなくなっちゃ困るし、一袋だけだよ?」
「うん!」
あたしは城廻先輩から渡されたタケノコの里を一つ開けて京華に食べさせてあげた。
うん、この笑顔の誘惑に負けそうになるのは分かる。でも比企谷も城廻先輩もあんまり甘くされちゃうと後が大変なんだよね。
「おいしい?」
「うん!」
「そう、お姉ちゃんにお礼した?」
「めぐめぐだよ」
「め、めぐめぐにお礼した?」
「けーかはめぐめぐが嫌いなタケノコを食べてあげたんだよ?」
「うふふ、けーちゃんありがとうね」
あー、城廻先輩がお礼しちゃったよ……まあいっか。ここは京華の弁に合わせることにしよう。
「そういえば、川崎さん今日熱で学校休んでたんだっけ?」
「はい、こんな格好ですみません。……それで小町と比企谷に夕飯の支度とか京華のお迎えとかで迷惑かけちゃってて……」
「……比企谷くんと仲いいね」
「は?……ま、まあ、一応クラスメイトですから……」
嘘だ。クラスで親しい人間なんてただの一人もいない。最近は海老名から声をかけてくることがあるが、文化祭や体育祭で衣装係を担当したことで関係が近くなったに過ぎない。相変わらずあたしから距離を縮めようとはしていない。
だから『クラスメイトだから仲がいい』という言葉は嘘だ。『比企谷八幡だから仲がいい』があたしの中の真実なんだ。
……比企谷がそう思ってくれているかはまだちょっと自信が持てないけど。
でも仲良くしようとは思ってくれてるはず……。
「…………」
「…………」
さっきまで先輩の人柄のせいでちょっと無警戒になってたけど、考えてみればあたし達は同じ相手にチョコを渡した者同士という間柄だった。向こうは知らないかもしれないけど。
「はーちゃんにも食べてほしい」
「さっきたーくんが連れてっちゃったみたいね。何話してんだろ」
「はーちゃん、タケノコ好きかな?」
京華は比企谷に食べてもらおうと少し残したタケノコの里を手にしながらそう呟く。あいつがタケノコ派かキノコ派かなんてあたしが知るわけない。っていうか友達いなくて分からないんだけど、友達がどっち派閥かって普通知ってるものなの?
「さあね、はーちゃんが来たら訊いてみればいいから」
「うん、はーちゃんチョコ好きだもん。けーかのあげたチョコ食べてくれたって言ってた!」
「そうなんだ。良かったね、けーちゃん」
「けーちゃんもはーちゃんにチョコあげたんだ? なるほどー。めぐめぐもはーちゃんにチョコあげたんだー」
「めぐめぐも? はーちゃん美味しいって言ってくれた?」
「っ!」
「はわわ……」
「うーん、まだ感想訊いてないんだー。後で訊いてみるねー」
……城廻先輩はあたしが比企谷にチョコをあげたことなんて知らないはず……知らないよね?
でも…………笑顔がなんか怖い。
「戻ったぞ」
「お待たせしたっす」
「おかえりー、何話してたの?」
「ああ、総武高校のことについてちょっと……」
「えー、わたし前生徒会長なんだよ? ここで訊いてくれれば答えられたのに」
「いえ、あの男性目線で分かることがあるというか……」
「? ふーん、あ、総武について訊きたいってもしかして……」
「あ、はい、今日受かりました」
「小町も受かりましたです!」
「わー、おめでとー!」
「おめでとー」
城廻先輩と京華が拍手して祝ってくれている。
なにこれ、なんかすごい尊いんだけど?
「はい、おめでとさん(ああ……ばれちゃったよ)」
「おめでとう二人とも(これってひょっとすると……)」
あたしは、多分比企谷も同じ予感がしていた。
二人とも全く同じ様な条件だから分かってしまう。
「じゃあ、合格祝いしないとね」
「(だよな……)」
「(でしょうね)」
「え? え? いえ、そんな、悪いですから」
「そ、そうっすよ。今日は京華を送ってもらったからお礼する立場なんすよ?」
ああ、こんなこと言うのは城廻先輩には失礼なんだけど、これめんどくさいやつだ。
初対面の、しかも自分達が入学する時にはもういないOGの先輩にお祝いしてもらうのってどう考えても申し訳ない。
大志達も分かっているのか、二人してかなり困った表情を見せている。
かといって無碍にもできないし、やっぱり夕飯誘ったの失敗だったかも……。
「……城廻先輩、お気持ちだけありがたく受け取っておきますから、あんまり妹達を困らせないでやってください」
「えぇ……わたしもお祝いしたいのに……」
「夕飯誘ったのがお祝いせびる為の不純な行動みたいに捉えられちゃうから、そこはなしの方向でお願いしますよ」
「そんなこと思ってないよ、比企谷くん穿ち過ぎだよ」
「むしろ俺は人を表面だけで見たことはないですから」
「むー、とにかくそんなこと思ってないからお祝いさせてよ」
比企谷は何とかお祝いを回避しようと必死になって説得する。
しかし、純粋さが裏目に出ているのかこちらの配慮を汲み取ってくれない。
業を煮やし比企谷はアプローチを変えてきた。
「……これは俺の友達の友達の話なんですが……」
「お兄ちゃんの話じゃん……」
「あんたじゃん……」
「お兄さん……」
「黙って聞け……その友達はクラスメイトの女子の歓心を得ようと誕生日にプレゼントを用意したんです」
「でも普段から知り合いの少なかったその友達は人との距離感が分からず、わりと高価な物をプレゼントしてしまった」
「…………」
「…………」
「…………」
「そうしたらどうなったと思いますか?」
「どうなったの?」
「その女子はドン引きしてプレゼントを受け取って貰えなかったんです。めでたしめでたし」
「うわぁ……」
「あんた……」
「お兄さん……」
「全然めでたくないよ! というかその話にお祝いと何の関係が?」
「ですから小町と大志がその女子で、城廻先輩が俺……じゃなかった、友達の友達ってことですよ」
「もうお兄ちゃんでいいじゃん……」
「え、でも、わたし別に高価な物とかプレゼントするつもりとかじゃ……」
「実際、金額の多寡じゃなく今日初めて会った人にプレゼントされること自体が問題なんですよ」
「う……そっかぁ……そういえば比企谷くん以外の人たちは初対面だもんね……」
「そうですよ、学校が同じなだけでプレゼントするルールだったら俺は相模にもプレゼントをあげなくてはならなくなる。そのあり得なさは城廻先輩にも伝わるでしょう」
「あ、うーん……その関係性を出されちゃうと認めざるを得ないかな……わかったよ。無理にプレゼントしようとしてごめんね」
比企谷の身を削る例え話で城廻先輩は納得してくれたみたいだ。ごめんね比企谷……あたしが招待しちゃったばっかりにあんたの古傷を抉っちゃって。
……あんたのことを少し知れたのは嬉しいけど。
「分かってくれればそれで」
「じゃあ、お祝いすること自体は問題じゃないんだよね?」
「⁈」
さっきのが、ただ比企谷の自傷行為になり下がってしまった。
「小町、もう諦めて祝われろ。お兄ちゃんは疲れました」
「お兄ちゃんの黒歴史は無駄にしないよ!」
「大志、あんたももう覚悟決めてお祝いを受けな」
「あ、う、うん。えっと、城廻先輩ありがとうございます」
「うん!」
「ところで夕飯の下拵えってもう終わったのか?」
「とっくに終わってるよ。煮物とか時間かかるのはもう作ってあるし。だって小町達今日半日だからお昼過ぎから来てたんだよ?」
「お昼ご飯も作ってもらっちゃったし、洗濯と掃除も……本当に助かったよ」
「そうだろうそうだろう。小町に介護される幸せをお前も感じ入ったことだろうよ」
「なんでお兄ちゃんが自慢げなの……」
「洗濯物取り込んできたっす」
「大志、ありがとう」
「ありがと、大志君。洗濯物畳んだらご飯作るから、お兄ちゃんと大志君は京華ちゃんと遊んでてね」
「洗濯物くらい俺が畳むっすよ?」
「いいからいいから。家族のとはいえ女物があるんだよ? 大志君デリカシーないよ!」
「う……すんませんっす。(俺の洗濯物を比企谷さんが畳むデリカシーはなくていいんすか……)……じゃあ、俺のだけでも分けとくっす」
「あたしも畳むよ」
「沙希さんは休んでてください、小町がしますから!」
「あ、え、う、うん……」
「そうだぞ、病人は休んでろ(仕事を奪われたさーちゃんなんか可愛い……)」
「小町こう見えて家事するの好きなんですよ」
「えらいんだね小町ちゃん。わたしも一緒に畳むから、終わったら料理も一緒にしよ?」
「ちょうど材料も買ってきたからわたしが作った料理を食べてもらうのが合格祝いってことでいいよね?」
城廻先輩はちょうどいい落としどころを提案してくれた。確かにそれなら受ける側の心的負担も少なく祝えるだろう。
「あ、だったらお先に作ってて構いませんよ? 畳むのは小町だけで大丈夫ですから。小町のはハンバーグであとは焼くだけなので」
「そう? じゃあ、お言葉に甘えて作らせてもらうね」
小町に促された城廻先輩は早速料理に取り掛かる。初めての台所なので使っていい物や使い方をあたしが教える必要があるだろう。せめて小町が畳み終わって料理をするまでは。
「分からないことがあったら訊いてください」
「うん、ごめんねー、熱あるのに休ませてあげられなくて。一通り教えてくれれば大丈夫だと思うから」
そういって手を洗い、買ってきた物を袋から出す。
「あ、先輩制服汚れるからエプロンどうぞ」
先輩はもともと料理をするどころか、うちにあがることも考えていなかったのでエプロンなど準備しているはずもない。
「ありがとう。川崎さんは気が利くね」
うっ、なんだこの可愛さ⁉
年上を言い表すのにこんな似つかわしくない言葉もないはずだけど、どうしてもそれ以外で当てはまる形容ができない。
和やかでぽわぽわ? してて一緒にいると気が休まる感じ……
…………男って
…………比企谷ってこんな感じの人がいいんだろうな……。
城廻先輩は慣れた手付きで野菜に包丁を入れはじめた。その前に鮭に塩コショウをふっておくのを見ると、頻繁に家で料理をしているということが窺える。
料理初心者は一つの物事にばかり目がいってしまい非効率になりがちだ。これは料理だけに言えることでもないが、あたしは料理が得意だし外から見ているとどう考えて動いているのか見て取れる。必要な野菜を出して、いきなり切り始めたらまず慣れていないと思う。野菜の種類や料理にもよるが、皮むきから切るまでどんなに手馴れてても少しは時間がかかる。その間に料理の手順で次に必要なこと――鍋に湯を張ったり魚に塩をふっておいたり――をあらかじめ先にやっておくべきだ。
聞けば当たり前のことだと思えるかもしれないけど意外と出来ない人はいるもので、それがいわゆる『慣れてない』というやつだ。なんせ家庭科の授業では座学中に作る物と手順までノートに書いていたのにいざ実習になるとそれをすっとばしてやろうとしたり、何からだっけ? など訊いてくる輩もいた。
慣れてないとルーチンワークがなかなか確立できないのはあたしも実体験で分かったことだし、家のことを手伝い始めたときは、さっきの比企谷の黒歴史にも負けないくらい無様なこともあった。
小町もそんな苦労があったからこそあそこまで見事に家事をこなせるようになったのだろう。それは城廻先輩もしかりだ。
「~~♪」
城廻先輩は上機嫌に鼻歌を歌いながらたまねぎを剥いていく。薄切りの様子を見るに多分料理が上手いだろうなという印象を受けた。
ここで『料理上手ですね、普段から家でもしてるんですか?』なんて言えたらいいんだけど、こんなことも気軽に話しかけられないとか比企谷のこと冷やかせないくらいコミュ障拗らせてるよ。
さながら調理実習を見守る試験官のようだったあたしに水を向ける城廻先輩。
「……川崎さんは自分でお弁当とか作ってるの?」
得意分野の話題をふられた。コミュ力高い人は相手のそういう部分を嗅ぎ付けるのも得意なのか。
「はい、いつも両親と妹と自分のを。大志は給食なんで」
「昨日も作ったんだよね?」
「……作りましたけど」
その質問は明らかに何かを含んでいる。でもそれが何なのかまでは分からない。同じぼっちでもあたしは比企谷ほど人の言葉の裏を探るのに長けていない。
あたしのぼっちがそっけない態度……強い拒絶で壁が築かれているのなら。
比企谷のは洞察力という監視カメラや猜疑心といった防犯設備を擁する砦。最初から相手にしないあたしのと違い、あいつは相手の機微を察して侵入を未然に防ぐ。
そんな性質がぼっちのくせに人嫌いに思えなくて……あいつの捻くれた性格をめんどくさいなと思う反面、知るほどになんだか気になって……母性本能をくすぐられるというやつだろうか。
「わたしも昨日、お弁当作ったんだ。鮭の塩焼きと玉子焼きと肉じゃがと……」
城廻先輩が弁当のメニュー発表を続けた。聞けばあたしが作ったのといくつかかぶるおかずがあった。やはりなにを意図しているのかは気づけないままだった。
いや、ただの会話なんだから大した意味はないんだ、きっと。
言葉の裏を取ろうなんて比企谷がうつってるんじゃないの?
「…………美味しいって、言ってくれたんだ」
「…………?」
聞き取り辛かったし主語がないので何のことか理解できなかったが、訊き返すのは失礼な気がして納得したふりをした。
野菜を切り終わると鮭をフライパンで焼いて、火を通している間にボウルを出した。あたしは城廻先輩が指示する通り、味噌やみりんなどの調味料を用意する。
「ありがとー」
……こんな奥さんと一緒に料理してみたいって思っちゃうあたしがいる……あたし女だけど。
比企谷の周りってどうしてこう綺麗だったり可愛くて女の子らしい人が多いんだろ……?
一昨日は頑張ったし、少しは意識してくれてるとは思うけど……城廻先輩を見ていると、どうしてもコンプレックスを刺激されて自信が持てなくなる。
あたしは比企谷より辛うじて身長が低いけど、女にしてはデカいからね。目つきもあいつとは違った意味で悪いし、睨むと怖がられるし。
……あれ? あたしも比企谷に負けないくらい自虐できちゃってない?
そうやって城廻先輩とあたしの比較に頭を悩ませていると、料理は次の段階へ移行する。
フライパンから鮭を取り出し、さっき切っておいた野菜を投入して敷き詰める。その上に今取り出した鮭を乗せ、味噌ダレを回しかけた。
「これで火加減見ながらバターおとして水分とばして完成っと」
「ちゃんちゃん焼きですね?」
「うん、おいしーよね」
「うちでも時々作りますよ」
正直、材料も普段から冷蔵庫にありがちだし手間のかからない男飯なので、急いでる時なんか助かる。魚と野菜も摂れて栄養バランスも悪くないし。
「もう大丈夫だから、川崎さんは向こうで休んでていーよ。ありがとう」
城廻先輩はあたしを追いやると火にかけたフライパンを尻目に使い終わった包丁や俎板などを洗い出した。やっぱりこの人、料理し慣れてる。
料理に時間がかかる人は、優先順位を見極められないという特徴がある。その中で『料理をしながら片付けられない』というのが思いの外、大きなウエイトを占めていると思う。
例えば今のような状況は分かりやすい。フライパンを火にかけ水分をとばした頃、バターをおとす。となればもう今出ている調理器具はほぼ全て不要なので片付けていい。
時間の使い方が下手だと、このままフライパンの様子をぼんやりと監視するという考えられないことをする人もいる。
そんな人は少ないだろうが、もっと途中の工程でも鍋に材料を入れた後、使わなくなった包丁や俎板をすぐ洗って調理スペースを確保したり片付けの時短ができる優先順位を見極められるのが手際が良いと言えるだろう。
……比企谷はそういったことが苦手なようで色々と雑だし片付けない、なんてのを一昨日の夕飯時に小町から聞いた。
男の子だししょうがないかもね。大志に家事させても似たような粗が目立つし。
…………
……ふ
……なんかさっきから比企谷のことばっかり考えちゃってるよ。
城廻先輩をみて、安心して台所を任せると小町の方の様子を見に行くことにした。
× × ×
《 Side Hachiman 》
「…………」ジーッ
「…………」
「…………」ピトッ
「…………」スカスカ
「…………」モジモジ
小町の奴、他所様の家でなんてアホなことを……。
俺が呆れかえっていると、現在の家主がキッチンから戻ってきた。
「……妹ちゃんお待たせ。まだ畳んでるのかい? 手伝うよ。先輩の料理も仕上げに入ったから……」
「ひゃぁっ!」ビクッ サッ
「ん? ……ちょっと、今後ろになに隠したの?」
「い、いえ~、あのー……」
「…………」
「な、なんでもないですよ、ホントですから!」
無実を訴える小町の目は分かりやすく泳いでいた。あれじゃ川崎が納得するわけないぞ。
「……ねえ、お姉ちゃんは怒らないから言ってごらん?」
それ絶対怒るやつじゃねえか。あとお姉ちゃんとかいうなよ、小町に反撃する糸口を与えるぞ。
「あ、あー、沙希さんがお姉ちゃんなんて言葉を口にするなんて、小町期待しちゃいますよ⁉」
「ぐっ! ……ご、誤魔化されないよ! べ、別にあたしはそもそも大志と京華のお姉ちゃんなんだから何も間違ってないんだよ!」
「あれー、強行突破された⁉」
何なんだよ、この茶番劇は。
「……また何か企んでるんじゃないだろうね? 一昨日はあたしの言ったこと比企谷に漏洩させてたし」
「ひっ!」
いきなりこっちが標的にされてびびりそうになったが、これは俺の名前が出ただけのやつだ。轢かれたチョコが俺宛てだと川崎から聞いた言葉を俺に伝えたからな。俺の失言でばれたからちょっと心が痛むけど、けーちゃんに訊かれたからだししょうがない。
「お待たせー。もう出来たよ! ……何かあったのかな?」
「え、いや、小町は別になにも……」
状況が悪化してるな。
仕方ない、俺にヘイトを向けて小町を助けるか。
全く、あのアホ妹め。
「あー、川崎。別に小町は何も企んでないぞ。ただこのアホ妹は服の上から川崎のブラ着けて一人クロスオーバーファッションショーしてただけだ」
「は? …………は、はぁっ⁉」
「お、お、お、お兄ちゃん見てたの⁉ さいてー‼」
「いや、どうしたって見えちゃうでしょそりゃ。俺も同じ家にお邪魔してるんだぞ? むしろお前が何してんだよ」
恐らく黒のレースとお揃いであろう黒のブラを手にした小町は、自分の胸に当てていた。川崎のバストサイズはすさまじく、小町のブラと服を合わせたトータルの上から川崎のブラを当てても全く勝負にならなかった。
「あ、あ、あんたも、な、なに見てんのよ⁉」
こうして少しでも小町に向くはずの矛先を俺に向けられれば本望だ。マジ、俺、千葉のお兄ちゃんだな。妹愛強すぎ。
「…………」
「…………」ヒョイッ
「…………」ピトッ
「…………」スカ
「…………」
「…………」グスッ
川崎の死角で小町と同じことをしていためぐり先輩には触れないでおこう。
そして、おいこら大志、めぐり先輩見て顔赤くしてんじゃねえ!
「じゃ、じゃあ、小町ハンバーグ焼いてきちゃうね!」
「フ、フライパンは空けといたからねー。小町ちゃんがハンバーグ焼くまでけーちゃん遊ぼうか?」
「うん! めぐめぐと遊ぶ!」
いや、もうマジで第二のお姉ちゃんじゃないかってくらい懐かれてるな。めぐり先輩に感心して眺めていると、大志が俺以外に聞かれないよう話しかけてきた。
「……お兄さん……あの先輩今年卒業なんすか……?」
「残念だがその通りだ。あの人はもう半月くらいで卒業してしまうな」
「……そうっすか……本当に残念です……」
「だがな大志、現生徒会長も外見『だけ』はあの人に勝るレベルの女子だということは教えておいてやる」
「⁉ ま、マジっすか⁉ 総武高校の美少女含有率どうなってるんすか⁉」
このバカ、川崎に聞こえんだろが。
「まあな。ただ中身で言えば現生徒会長は城廻先輩のような天然天使じゃなく、非天然ビッチだ。男をジャグラーばりに手玉に取るやつだ」
「うう……でも、ってことは相手にはしてもらえるってことっすか⁉」
「お前なんで俺みたいな卑屈な姿勢から入ってくんだよ? 気持ちは分かるが俺が去年授けた言葉を思い出せ。……かあちゃんいつも言ってるでしょ⁉」
「! そ……そうでした……夢から覚めたっす……」
大志が落ち込んでいると、いつの間にか背後から睨めつけられる気配を感じた。
「……比企谷……あんた、なに弟に変なこと吹き込んでんのさ……」
あれ、これ完全に冤罪じゃね? 去年も今も女子について訊いてきたの大志だぞ?
「……川崎、まず落ち着け。大志もほら、思春期真っ只中だろ? 年上のお姉さんに憧れる気持ちは万国共通というか……」
「あたしを療養させる気ないわけ? あんたシメたらまた熱上がっちゃいそうなんだけど?」
俺は一発もらって川崎のご機嫌を取ろうと覚悟を決めていた。が、その時、救済の声があがった。
「さーちゃん、はーちゃんいじめちゃだめー!」
「あ、や、べ、別にはーちゃんをいじめてるわけじゃ…………え?」
声をかけられた方向を見ると、めぐり先輩が悪戯っぽい笑みを浮かべ、してやったりといった感じだった。
「あはは」
「めぐめぐすごーい!」
そう言ってけーちゃんはめぐり先輩とハイタッチする。
え? なにこれ、声メッチャ似てるんだけど? 川崎までもが見事に騙されていた。
「え? っと……あの……」
「さーちゃん……お熱上がっちゃうからはーちゃんを許してあげて……」
え? なに?
マジでめぐり先輩、けーちゃんの声帯模写完璧じゃね?
花山薫じゃなくて古川
めぐり先輩見ながら声聴いてると違和感すげえんだけど。
「あ、あの……先輩?」
うわぁ、川崎焦ってるな。俺? 当然焦ってますよ。
「ふふふっ、ごめんねー。比企谷くんがわたしとけーちゃんの声そっくりだって言うから、けーちゃんの口調を密かに勉強してたんだー」
小悪魔化したよ。さすが天然だな。そして大志、さっきより顔赤くしてんじゃねえよ! 確かにめぐり先輩可愛いけどよ!
「さーちゃん焦ったー、あはは!」
今度はけーちゃんがめぐり先輩の笑い方真似てるよ。なんなの? どうなってるの?
「そろそろ焼けるよー、みんな手洗ってテーブル拭いといてー! ……どうしたの?」
「なんでもないぞ小町。天使が小悪魔にクラスチェンジしただけだ。しかも二人も」
「はっ? ……もう訳わかんないこと言ってないで手洗ってきなさい。ご飯食べるよ。はい、すぐ洗う!」
うちでのヒエラルキーが窺えてしまうやり取りを見られてしまった。やだもうお兄ちゃん死にたい。いや、バレて落ちる立場なんて最初からなかった。
× × ×
総勢六名による『いただきまーす』と共に食事が始まった。
うちは基本小町と二人だけだから、初めて大家族気分を味わえて何だか無駄に興奮する。
「一昨日お兄ちゃんがリクエストしてきたから、今日はハンバーグなのでーす!」
「あれ? 俺、そんなこと言ったっけ?」
「小町のハンバーグの方が美味しいと思うけど沙希さんのを食べたことないから正当なジャッジができないって言ってたじゃん! こんな大事なこと忘れるなんて小町的にポイント低いよ!」
「言ったとしても、結局これ小町のハンバーグじゃん。ジャッジできねえよ」
「ちっちっち、それがね、このハンバーグは小町が作ったけど、レシピは沙希さんなんだなー」
「……それ川崎のハンバーグじゃないよね? 川崎小町って人のハンバーグだよね?」
「お兄ちゃん細かい。それにお兄ちゃんの場合、妹補正かかっちゃうから『メイドイン:川崎小町』ぐらいでちょうどよく正当なジャッジできるんじゃないの?」
「否定はできんな。とにかくいただいてみるか」
取り合えず一口。その食べる様を興味深く見つめている川崎を視界の端に拾ってしまい、落ち着かない。
「ど、どう?」
「…………これ、豆腐ハンバーグか」
「うん、あたしが風邪で胃腸弱ってるし離乳食で使えるくらい消化のいいの作ってみt……作ってもらった」
「美味いぞ、川崎小町。俺が今まで食べた中で一番だ」
「え⁉ あ、ありが……ってその呼び方やめてくんない?」
「お兄ちゃん……気づいてないかもしれないけど、それって小町が川崎家へお嫁に行っちゃってるってことだからね?」
「なっ⁉ 俺としたことが! こんな簡単なミスに気が付かんとは……とりあえず大志、密かに顔赤くしてんじゃねえ。お前と小町はずっとお友達だろ。霊長類ヒト科オトモダチだろ?」
「おともだちー」
「ぐはっ!」
けーちゃんが合いの手を入れ、大志が吐血する。なにこれ愉快愉快。
「比企谷……あんたうちの弟に……」
「あれ? ちょっとおかしくない? 元々それ言ったの俺じゃないからね?」
そんなやりとりをしながら食事を摂るのが思いの外楽しくて……
……楽しい? やっぱり楽しいのか……
うちで小町と食べる食事よりも楽しいと、はっきり感じられる。
……ぼっちを自称してても最近一人の時間が少ないし、知らぬ間に人間強度が落ちてるのかもしれないな。
ってか、今日の天使含有率高過ぎだろ。いつから川崎家は天界になったの? 戸塚がいないのは惜しいが、戸塚は性別を超えたまさしく天使だからな。この三人とクラスが違うのかもしれない。
そんな会話の中、自分のハンバーグをあっという間に平らげてしまう。いや、本当に美味いぞこれ。
「大志、食が進まんようだし、お前の分をよこせ」
「⁉ お兄さん横暴っす!」
「うるせえ! 川崎小町の美味い飯をお前に食べさせるのはやはりもったいない!」
「……お兄さん、実はその呼び方気に入ってませんか?」
俺が箸で大志のハンバーグに狙いをさだめている中、いやに川崎が静かだ。こういう時はブラコン全開で俺を窘め……恫喝にくるはずなんだが……?
「比企谷、あたしのあげるからお行儀よくしてよ。けーちゃんが真似したらどうすんの?」
むしろけーちゃんにチョコを我慢させたくせに俺が他人のをせびってどうする。とんでもねえ反面教師だぞ。
「あー、すまなかった。はしゃぎ過ぎてたみたいだ。けーちゃんが見てるのに……」
はしゃぐ? この俺が……? やっぱらしくねえ。
「ん、分かればいい。それにお代わりまだ沢山あるし、次焼けばいいだけだから遠慮しないで」
「そうか、悪いな。んじゃもらうわ」
「お兄ちゃん恥ずかしいからもっとお行儀良くしてよ……でもそこまで喜んでくれると小町的にも沙希さん的にもポイント高いよ!」
「川崎ポイントまで作っちゃったよ……」
「ちなみに沙希さんポイントは貯まると膝枕して耳かきしてもらえるからね!」
「なっ! な、なに勝手なこと言ってんの⁉」
「落ち着け。いつもの小町ならむしろ何故そこまで控え目で済んだのかと訝るレベルだろ」
「ありゃ? やっぱり結婚とかのが良かった?」
「~~~~っ!」
もうやめたげて! 川崎のライフはゼロよ!
「結婚! 結婚!」
「……姉ちゃんが可愛い」
「…………」
「あ、あ、あたし、ハンバーグ焼いてくる!」
「ああ、沙希さん、小町がやるのに……」
「お前が揶揄い過ぎるからだろうが」
そういって俺は小町の脳天に軽くチョップをお見舞いする。
「……えへへ~、なーんか楽しいね?」
いつも家で食べる二人だけの夕飯。一時期、帰ると誰もいないのが嫌で家出した小町。可愛い妹を気遣って始めた習慣だった。
だが、それも寂しさを解消しただけであって、満足するかといえばそうでもない。もちろん小町と一緒に食べれれば俺に不満などないが、小町にとってみればやはり両親にいて欲しかったに違いない。
その小町の心の隙間を川崎達が埋めてくれたのだ。
いや、小町だけでなく…………俺もこの空間に心地良いものを感じていた。
…………認めるべきだろう。
無自覚であった心の飢えを川崎達は満たしてくれた気がしたのだ。
「…………そうかもな」
「…………」
「……わたしのちゃんちゃん焼きも食べてね。総武高校合格祝いだよ」
「わー、めぐり先輩ありがとうございます!」
「感激っす!」
天使お手製か。ちょっと羨ましいが、ここに箸をのばすほど空気が読めないわけではない。そう思っていたのだが……。
「……はい、比企谷くんも召し上がれ」
眩しい笑顔で取り分けてくれる。
第三の天使かよ。
「い、いただきます」
「けーかも食べる!」
「うん、食べてほしいな。取り分けるね」
× × ×
結局、合格祝いと称したちゃんちゃん焼きは川崎を除く全員の胃袋に収まっていた。
「お待たせ。次焼けたよ」
川崎がお代わりを持ってきてくれた。すっかり忘れていたが、病人にやらせて呑気に食事をしてしまっていたことに罪悪感を覚える。
まあ、川崎が小町の弄りから逃げる為に台所へ向かったのだから、手伝ってそれを阻む行動もし辛かったのは事実だ。
「あ、川崎さん、ごめんね」
最も素早い反応をみせたのはめぐり先輩だった。なんて気が利くんだろう。川崎の持ってきたトレーを受け取り俺の皿とお代わりの皿を入れ替え、川崎の分も同じように入れ替える。
「すみません、城廻先輩。川崎もすまん。病人なのにやらせちまって……」
「ううん、気にしないで。もうだいぶ良くなってきたから」
そう復調具合をアピールして席に戻る。あまりに普段通り振舞うから忘れがちになってしまっていたが、もう少し川崎のことを注意深く見ておくほうがいいかもしれない。
……川崎から貰った上、さらにお代わりきたんだけど……ハンバーグ三つって食べ過ぎじゃね……?
こっそりとフードファイトが始まりつつあった。文化部で今も未来も働きたくない省エネぼっちが大して食えるわけないそんなしょぼい選手が奮闘する俺の中だけの大食い選手権だが……。
だいぶ食欲が出てきたのか、川崎はお粥を食べきりご飯のお代わりもしていた。しかし、見ていて心配になるくらい食うなこいつ。俺も負けてられん。
「ちょっと多かった? 無理して食べないで残していいからね」
「……いや、食う」
「そ、そう……」
「…………」
「……そういえば、いま思い出したんだけど川崎さんて体育祭の時、チバセンの衣装担当してくれてたよね?」
「担当者選びは比企谷くんに一任しちゃってたし実行委員会が難航してたからすっかり忘れたよ、ごめんね。比企谷くんは川崎さんがああいうのできる子だってなんで知ってたの?」
「ああ、それはですね、こいつは文化祭の時もクラスの演劇で使う衣装係してて当てにしてたっていうか」
「…………」
「あー、沙希さんがあの衣装担当してたんですか⁉ すごいなぁー、料理も裁縫もできて女子力高い‼」
「へぇ……あたしも演劇見に行きたかったなあ。文化祭の時も実行委員と生徒会は当日の運営も忙しかったし、しょうがないけど」
「姉ちゃん裁縫は得意だけど、まさか自分から名乗り出て衣装係になったの?」
「そ、そんなわけないでしょ! もとはと言えば比企谷が……!」
「おっと、それは聞き捨てならん。演劇の打ち合わせ中、衣装の話になるたびに反応してたのはお前の方だろうが」
「そ、それは……! なんでそんな目ざとく……!」
「ぼっちは他人の機微に敏感だからな。ってか『裁縫』とか『作る』とか言葉でるたびにお前のポニーテールがぴょんぴょん跳ねんだからそもそも隠せてないって自覚しろよ」
「うわ、お兄ちゃん沙希さんのこと見過ぎじゃない? キm……じゃないや、他人に興味を持つのはいい傾向だけどね!」
……ディスらないように言い直したか。小町も俺の更生に対してずいぶん気にしてるな。ただここはすんなりと『キモい』って言ってくれたほうがテンポがよかったんだが難しいもんだ。後で『使っていいディスリ用語』をピックアップしてガイドライン化しておくか……。
「ふぅん……」
「まあ、お陰でクラスの出し物も文化祭自体も成功したわけだし、普通に感謝してるぞ」
「う……そ、そう」
「(ホントにちょっと素直になってるなぁ)でも、文化祭自体の成功ってのはさすがに大袈裟じゃない? 確かにクラスの出し物それぞれが集まって文化祭支えてるのは分かるけど……」
「いや、それとは別の貢献もあったんだよ。ちょっと運営側でトラブルがあって実行委員長に連絡が取れなくなってな」
「ああ……あったね……」
めぐり先輩にとっても近しい問題だったので苦い表情を見せた。ただ、それを差し引いても暗い表情に思えたのは俺の気のせいだろうか。
「総評とか賞の発表するのが実行委員長だからいなくてすげえ困ったんだよ。集計結果までそいつが持ってたしな。それ探してる時に見つけられたのが川崎のお陰だって話な。八幡的にポイント高かった」
「ほえー」
「八幡ポイントもあるんだ……」
「‼」
「? どうした? 顔赤いが……?」
「あ、あんた……やっぱ忘れてんだ……」
「?」
忘れてる? 何を? 俺は体内の糖分を脳に集中し、その時の記憶を呼び起こす。
確か俺は急いでいて……
息を切らしながら川崎に話しかけて……
訝る川崎がちゃちゃを入れるも俺は強く突き放して先を促した……
……あの時の俺の剣幕でちょっと涙目になりながら狼狽えた川崎がなんというか……可愛かった……
…………
…………
……いや、そこじゃねえよ!
初めて屋上で会ったことを訊いて、どうやって入ったか教わり……
相模がいる可能性が濃厚だと判断してそこへ向かおうとした。
急いでたから事情を訊き返してくる川崎に説明する暇もなくて、一言だけお礼を返したんだっけ……
…………
……あ、ああ⁉
――――『サンキュー! 愛してるぜ川崎!』
俺の頭の中で色々なピースがはまってパズルが完成していく。
文化祭が終わってしばらく川崎が俺と目も合わせず逃げて行ったのは、その時の悪評で避けてた訳でもなく……
体育祭の衣装係を頼もうと服を作ってくれと言った時、狼狽えてよく分からない返事をしてきたのも……
バレンタインの日、風邪で思考力が低下してたとはいえ俺の『サンキュー! 小町、愛してるぜ!』に過剰反応してキスしてきたのも……
全部あの時の言葉が原因だった……のか?
「! ……あ、え……っと……」
「⁉ ~~~~っ‼」
反応と視線で、俺が思い出したことに気付いたようだ。耳まで真っ赤にしながら顔を逸らした。顔の赤さじゃ多分俺も負けてない。
もうまともに目を合わせられなくなってしまった俺達は無言で箸を進めた。いや食い過ぎだからね? でも食うしかできないこの状況。
「…………」
「あの時は比企谷くん頑張ったよね」
めぐり先輩が空気を読んだのか、会話が途切れないようにしてくれたのが救いだった。
小町達も受かり、けーちゃん以外総武高校関係者だし、二人ぼっちがいても話題にはそれほど困らなかった。というかめぐり先輩と小町とけーちゃんがいれば円滑に会話が回るので……あれ? 俺達いらなくね?
川崎の体調が良くなってきたせいか、食事中の雑務を率先して行っていた。けーちゃんが落としたスプーンを洗ってきたり、飲み物やお代わりを注いできたりと、完全に普段と同じような行動になってる。
……これ飛ばし過ぎじゃねえか? 身体動かしてないと落ち着かないオカン体質なのは薄々勘付いてたけど、また悪化しかねねえぞ……。
「川崎、俺がやるからお前大人しくしてろ」
「いいって、お客さんなんだし座ってなって」
「……お前なぁ」
「はーちゃん優しい! パパみたい!」
「け、けーちゃん!」
そーか、川崎のパパは優しいのか。優しくても今帰って来て御対面は心臓に悪いのでやめてください。
「はーちゃん、大好き!」
「え⁉」
「はは、ありがとな、けーch……えっ?」
声の方を向くとそこには――――めぐり先輩の笑顔があった。
つづく