サキサキのバレンタインは色々まちがっている。   作:なごみムナカタ

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過去に八幡を傷つけた言葉をめぐりは省みる。
伝えたかった。謝りたかった。その想いを胸にめぐりの心は揺れ動く。
ちなみにアニメ・ゲームでは京華とめぐりのCVは同じ人です。

2020.12. 2 台本形式その他修正。
2020. 1.19 書式を大幅変更。それに伴い、一部追記。
変更点詳細→https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=231235&uid=273071


21話 そして、堕天の使は策謀する。

《 Side Meguri 》

 

 

「はーちゃん、好き……」

 

「⁉」

「‼」

 

 わたしはそう呟いて真剣に比企谷くんを見つめる。

 比企谷くんを含めけーちゃん以外の皆が言葉を無くし沈黙を作り出した。

 

「あ……」

 

 ふと我に返り、とんでもないことを口にしてしまったと自覚する。

 二度目の言葉はけーちゃんに寄せるのをつい忘れてしまった。寄せるのを忘れたらただの告白なんじゃ⁉

 カタルシスに気づいて顔が紅潮してくるのが分かる。

 徐にけーちゃんとハイタッチして取り繕う。

 

「あはは! けーちゃんいえーい!」

「いえーい!」

 

「に、似てたかな? あはは……」

 

「……一回目は100点ですけど二回目は0点を差し上げますよ」

 

「ゼロ⁉ いままでの人生で0点ってとったことないよ⁉」

 

「なら人生初ですね。おめでとうございます」

 

「あ、あはは……うん、ありがとう」

 

 お礼言っちゃったよ。

 

「…………」

 

「…………」

「…………」

 

 なんとか誤魔化せたはずだけど、0点ってことはやっぱり比企谷くんにもわたしそのままの告白に聞こえたってことだよね……いや、それって誤魔化せてないじゃん!

 

 …………

 …………

 

 焦り過ぎちゃったかな……

 

 ここに来てからずっと比企谷くんと川崎さん達の雰囲気が良くて……

 まるで奉仕部で雪ノ下さんと由比ヶ浜さんと三人でいるときの……ううん、それとも違ったもっと別な入り難い空間。

 

 すっごい親密な友達みたいなんだけど、川崎さんと比企谷くんがお互いを見る目にそれ以上のものを感じるというか……隔たりのない関係というか……もう家族? っていう表現がぴったりで……。

 

 ……でも

 

 だからって……諦めるわけにはいかない……‼

 

 やっと比企谷くんに伝えるチャンスがめぐってきたんだから。

 

 ……本当は謝りたかった。

 

 

 彼と初めて出会ったのは文化祭実行委員会で、実行委員はクラス毎に選出されるのでかなり人数が多かった中、彼のことなんて最初は認識してなかった。

 

 それでなくてもわたしは人の名前を覚えるのが苦手だ。

 

 初めて彼に話しかけたのは積まれた仕事に辟易している時だった。

 名前も分からず困っていると、向こうから『お疲れ様』って声をかけてくれた。

 わたしもなんとなく『お疲れ様』って返したけど、あれは名前が分からず困っていたわたしに助け船を出してくれたんだって後から気づいた。

 

 

 それからだんだんと文実に出てくる人が減っていった。

 彼をはじめ残った人達にますますしわ寄せが来ている中、そのストレスもあってか強い言葉で吐き出そうとしていた己を律し、最後は冗談のように『自分が楽を出来ないことより誰かが楽をすることが許せない』と(うそぶ)いた。

 その言葉にわたしも『君、最低だね⁉』って微笑みながら返すことができた。

 

 

 スローガンを決める会議の時は悲しかった。

 

 それまでの彼の真面目な印象が打ち消された。

 

 皆の前で『自分より誰かが楽するのが許せない』と不満をぶつけるような、人という字が表す犠牲。わたしに冗談として言っていた言葉が本音と思えてしまう出来事だった。

 その誤解を抱いたまま、事態はさらに悪い方向へと進みだす。

 

 

 相模さんの失踪……

 

 その対策に彼が出した案は『代役を立てて賞の結果をでっち上げる』という容認し難いものだった。

 最終的には彼が相模さんを見つけ出し、罵声を浴びせて連れ戻すことに成功した。

 顛末を相模さんサイドの人間からしか聞かなかったし、彼も弁明しないのでそれが事実だと理解してしまい、不真面目で最低だとはっきり口にしてしまった。

 

 ……でも

 

 あの時、何故自分の頭で考えなかったのか。

 人に言われたことを鵜呑みにして、目にしていた彼の行動まで否定してしまった。

 彼の言動諸々があまりにわたしの常識と反するものだったので理知的でなく感情的になってしまったのではないか。

 

 結果を見れば明らかだ。

 スローガン決めの後、目に見えて参加者が増えた。

 

 それは何故?

 彼が挑発的なスローガンをみんなの前で発表して反感を買ったからだ。

 

 『人』という字は片方に寄りかかって誰かを犠牲にしている。

 

 そう言い切って会議を静まり返らせた。

 はるさんは大笑いしていたけど……

 

 その時はなんて不謹慎なんだろうって思ったけど……

 彼の言う、人という文字に秘められた解釈を、相模さんを始めとするサボっていた人達に当て付けて牽制する為だった。

 その上、自分に悪感情を向けることで対抗心を生ませ、より参加せざるを得ないように。

 彼は最初からそこまで計算していて、はるさんも最初からそれに気付いていたからの反応だったのだろう。

 

 相模さんが失踪して、代役を立て賞の結果をでっちあげる案も、今にして思えば実はベストだったのではなかったのか。

 放送で呼び出しても電話をかけても戻ってくる意志を見せない相模さんをあの短時間で連れてくるなんてそもそも不可能だったのではないか。

 時間稼ぎの緊急ライブに参加することになって余裕がなかったからか、そんな当たり前のことに考え及ばなかった。

 そうして代案を拒否して得られたのは、相模さんを罰する機会を失い、代わりに彼の立場を悪くする結果。

 

 対外的に文化祭は成功したが、それは彼の代案にのっても同じ結果だったのではないか?

 褒められたことではないが、賞の結果をでっち上げても知っているのは内々でしかなく、あの時の事情を考えればそれが最善だったのではないか。

 代案を捨てて得た結末が、責任から逃れた罪人を見逃し、責務を全うした彼がいらぬ咎を背負う。

 一体、それのどこが褒められた結果だったのか。

 そうして天秤にかければ彼の代案は誰も傷付かず、罰せられるべき人間だけが罰せられる正しい世界だった。

 賞の結果の改竄など、まさに必要悪の一言で片付く程度の瑣末なことでしかない。

 わたしが今に至ってようやくそう考えられたことを彼は最初から分かっていた。

 

 年下なのにわたしよりずっと大人で常識に捕らわれない考え方ができる彼に憧憬を抱く。

 誤解を解くことなく、彼はただ一言『すいません』と謝罪した。

 それを思い出す度、わたしの胸が締め付けられる。

 

 『ごめんなさい』って言いたかった。

 

 でも気づいた時には遅すぎて……

 

 それに……

 黙示て誤解すら受け入れたのには、きっと彼なりの考えがあったのだろう。その意志は尊重しなければならない。

 

 だから、わたしは…………

 

 あの時、彼が周りから受けた何十分の一程度かもしれないけれど……

 

 彼に謝れない……その咎を心に秘めたまま……

 

 そんな罪障を抱いたまま、彼に寄り添い……

 

 ……伝えようと決めた。

 

 ……比企谷くんが好きです……と

 

 

《 Side Hachiman 》

 

 

 俺はめぐり先輩が作り出した微妙な雰囲気を無視するように食べ続ける。当のめぐり先輩は小町を見ながら何か思索していた。

 

「小町ちゃんっていつもそのヘアピンしてるの?」

「え?」

 

 唐突な話題変更に小町を始め全員がポカンとしている。

 

「あ、は、はい」

 

 めぐり先輩は鞄からヘアピンを取り出した。

 

「動かないでねー」

「あ……」

 

 小町の空いてる右側の前髪をヘアピンで留める。

 

「……どうかな?」

「あ……えへへ……似合いますか?」

 

「うん!」

 

「似合ってるっすよ!」

 

(めぐり先輩のヘアピンを着けてもらい小町の天使力が増したが、その代わり『デ小町』という言葉が思い浮かんじまった……」

 

「デ小町⁉」

 

「お兄さん……」

「あ、あはは……」

 

「あ、いや……声に出てた、か?」

「ひどいよ、お兄ちゃん! 小町のことそんな風に思ってたなんて!」

 

「いや、前々から思ってたみたいに言わないで。違うからね? ただ、いま城廻先輩のヘアピンを着けてもらって前髪を分けた姿でそう閃いただけだから」

「ひどいよ、比企谷くん……わたしのことデコ廻って思ってたんだ……確かにはるさんにはよくおでこ突かれるけど……」

「え? なにそれ? 勝手にバージョンアップしてない? サポート体制バッチリ過ぎない? どこのマイクロソフト⁉」

「…………ふふふ、冗談だよ」

「……勘弁してくださいよ……」

 

「あ、めぐりさん、このヘアピン……」

 

「あ、合格祝いだと思って受け取ってほしいかな。別に高い物でもないし、やっぱり何かプレゼントしたくて……」

「めぐりさん……分かりました、ありがとうございます」

 

「良かったな、小町」

「うん!」

 

「小町ちゃんだけじゃ片手落ちだし、大志君には……これにしよう」

「えっ⁉」

 

 めぐり先輩は大志の頭を優しく撫で始め、ファーストフード店の0円スマイルとは比較にならないめぐりっしゅスマイルをお見舞いする。

 

「合格おめでとう」

「あ、ありがとうございます……」

 

 おうおう、幸せそうだな大志。そんな顔、ブラコンの川崎に見られたらどうなることか。

 そういえばさっきから川崎が静かだな……。

 

「……ん?」

 

「……うわぁ……大志君デレデレだぁー……」

「あ、ち、違うっすよ⁉」

「んー?」

「…………(こ、これが天然の破壊力⁉)」

 

「……川崎、平気か?」

「うぅ…………んっ⁉」

「さーちゃん?」

 

 川崎が口を押えて震えている。顔色も悪い。

 

「気持ち悪いのか? トイレ行くぞ」

 

 川崎の肩を抱いて手洗いへ連れて行く。いつもなら照れそうなシチュエーションだが、昨日背負って保健室に連れて行った経験が効いているのか気にならない。

 

「……ほら力抜け……息吐くタイミングで一気にな」

 

 川崎の背中をさすりながら促す。

 今さら遅いがこれ俺がやるより大志に任せた方がよかったかもな。順調に戻していく光景をなるべく見ないようにするが俯いてる川崎にはその気遣いが伝わらないだろう。

 

「……うっ! ……ぐ、お……ボォェッ!」

 

 川崎は何度かもどすと呼吸を荒くし、しばらくじっとしていた。

 

「…………」ハァハァ…

「…………」サスサス…

 

「…………」ハァ…

「…………」

 

「…………」

「…………ご……ごめん比企谷……」

 

「……あー、気にするな」

 

「…………」ズズ…

 

 川崎は涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔をペーパーで拭う。俺はそっぽを向いたままぽつりと呟く。

 

「……落ち着くまで少し休んでろ。水持ってくるから」

 

      ×  ×  ×

 

「どう?」

「さーちゃん大丈夫?」

 

「大丈夫だと思います。胃が弱ってたのに食べ過ぎたのに加えて、色々動き回ったせいかと」

 

「ほっ……」

「良かった~」

 

 トイレの扉が開かれ、当人が顔を見せる。吐いてスッキリしたのか、顔色はさっきよりマシになっていた。

 

「病み上がりなのに動き回るからだ。ちょっと部屋で休んでろ」

 

「……ご、ごめん……」

 

 言いながら肩を貸し部屋へ連れて行く。

 

「城廻先輩は布団を開けてくれますか?」

 

 昨日、川崎の部屋には入っているがそれで全く抵抗がなくなるわけでもない。やはり女子の部屋に入るのは緊張するし、状況が状況とはいえ無断で入られるのは川崎もよく思わないだろう。こうしてめぐり先輩に頼んで配慮したというポーズくらいは見せておいたほうがいい。

 飯とか店で食べた時、最初から奢るつもりでも相手に財布を出す素振りくらいはして欲しいというアレに似てる。似てねえか。

 

「ただいま」

 

 益体の無いことを考えていると川崎の母親が帰宅した。

 昨日も会っていたので、さすがに緊張はしない。父親だったら何回会ってても緊張しそうだが。

 

「あ、母ちゃん、お帰り」

「おかえりー」

 

「おかえりなさい」

「おかえりなさーい」

 

「おかえりなさい。お邪魔しています」

 

「あら、いらっしゃい。総武高校の制服ね。沙希のお友達?」

 

「えーと、わたし三年の城廻めぐりといいます。沙希さんとは体育祭実行委員でお世話になりまして……」

 

      ×  ×  ×

 

 川崎の母親を交えてお茶を飲みながら雑談する。おっと、会話の主導権は小町とめぐり先輩ですよ。俺が話題提供など出来るはずもないし、しかも相手が同級生の母親とか無理ゲー過ぎだろ、ぼっち舐めんな。

 

 川崎母は夕飯がまだなので川崎小町(まだ言うか)の豆腐ハンバーグを食べてもらった。

 めぐり先輩が自己紹介のきっかけとなった体育祭について話した。その流れで川崎の話題になり会話を継続していくあたりコミュ力の高さがうかがえた。

 

 え、普通のことだって? だから言ってんだろ。ぼっちはそんなコミュニセオリーなんぞ知らんとな。

 娘の話を一生懸命していためぐり先輩に警戒心が解けたのか、川崎母は初対面だというのに少し家庭環境に踏み込んだ内容を話す。

 既知ではあったが当事者の、しかも恐らく負い目もあるであろうその口から聞くと想像以上に負担がかかっていることを実感する。

 

 朝早くに起きて皆のお弁当を作り両親の出勤時間が子供たちと合わないので朝食も川崎が担当することが多いそうだ。学校で勉強して終われば予備校、なければ買い物や京華のお迎え、帰って一家の夕飯を作って京華のお風呂と寝かし付け。そうしてようやく取れた自分の時間は勉強の復習や予習に充てられる。

 大志が受験生であったこの一年は特に負担が集中していたらしく、横で聞いてて申し訳なさそうにする大志が少し可哀想に思えたほどだ。

 いや、不憫なのは川崎か。考えてみればその負担が集中し出した時期、さらに自分の予備校費用を稼ごうと睡眠時間を削ってエンジェルラダーでバイトまでしてたのだ。疲れでイライラも募っていただろうし、無関係な奉仕部にバイト先へ乗り込まれてやいやい言われれば切れたくもなる。川崎のあの時の対応はむしろ紳士的だったのではないかとすら思えた。

 昨日、車中で平塚先生につい漏らしてしまった川崎に対する尊敬の念、それが如何に率然であったかと痛感させられた。

 

 川崎に対する意識を改めた俺は堪らずにその様子が気になってしまった。

 

      ×  ×  ×

 

―沙希の部屋―

 

コンコン

 

「……どうぞ」

 

「入るぞ」

 

「⁉ ……ひき、がや」

 

「スポーツドリンクと湯たんぽとお粥とハンバーグ持ってきた。また腹空っぽになったろうから一応な。無理して食わなくてもいいから」

 

「あ……ごめん……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………ごめん」

 

「何の謝罪だよ?」

 

「……あたしがあんたの忠告聞かなくて無理して迷惑かけたやつの」

 

「それは城廻先輩にでも言えばいい。俺は平気だ」

 

「…………」

 

「…………でもごめん」

 

 やめてくれ。

 俺の方こそお前を分かったつもりになっていたことを謝罪したいくらいなんだから。

 

「お前そんなに謝るやつだっけ?」

 

「……どういう意味?」

 

「いや、いつものお前なら俺のこと睨めつけて呆れながら話すんじゃねえかってな」

 

「…………」

 

「…………」グスッ

 

「え⁉」

 

「…………」ポロポロ

 

「あ、いや、その、そういう意味じゃなくて……」オロオロ

 

「…………」グスッグスッ

 

「ああ、そうじゃなくて、別に謝ってほしくないしお前らしくないって発破かけようとしただけで悪意はねえって。いつもならこんなこと説明しないが泣かれると……その……」オロオロ

 

「ん……ごめ……」グス

 

「…………」

 

「…………」グスッグスッ

 

「……あの、謝るから……その……」オロオロ

 

「……ううん、謝るのは……あたしのほう……」グスッグスッ

 

「え?」

 

「…………遅刻した時はスカートの中見られるし、勘違いで初めてのキスしちゃうし、初めて作ったお弁当は大失敗だし、初めておんぶされたのは教室で熱出して注目集めちゃうし……」グスッグスッ

 

「あー…………」

 

 う、見えてたの気づかれてたか……ってか全部悪いことみたいに捉えてるけど半分はご馳走様ってことに気づいてないのかこいつ……。

 最初のなんてただ眼福なだけだし……そういえばキスされちまったんだっけ……言われて思い出すとか俺の中の印象ランキングどうなってんの? 黒のレースのが上位なの⁉

 一番ダメージデカいのは教室で注目集めたくらいだけど、それだって川崎と密着した時の幸福感で相殺どころかプラスまである。

 でも口にすると川崎ポイント爆下がりしそうな上、平塚先生に匹敵する一撃もらいそうだから言わねえけど。

 

「……そんなの気にするな……謝られることはなんにもねえから」ガシガシ

 

「⁉ そう……なの?」グスッ

 

「まあ、な……詳しくは訊くな」

 

「う、うん……」ズズッ

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………お前でも風邪引くとやっぱ弱るのな」ポソッ

 

「……あたしを何だと思ってるわけ?」ジロッ

 

「あ、少しだけいつものに戻ったな」

 

「…………」

 

「……川崎?」

 

「…………あたしってそんなに魅力ないの……?」グスッ

 

「え? いや、突然何言い出すんですか、あなたは?」

 

「突然じゃない……なんか、一昨日のことなかったことみたいに思えるくらい普通にしてるけど……あたし、あんたに告白したよね?」

 

「……ああ、されたな」

 

「あんたはゆっくりあたしに向き合ってくれるみたいに言ってたけど」

 

「…………」

 

「はっきり返事された感じでもないから、こんな意識されてないみたいに話されると不安になるんだよ……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……それに関してはすまないと思ってる」

 

「…………」

 

「でもな、言葉にしたからって伝わるとは限らないんじゃねえのか?」

 

「……なにそれ」

 

「俺の言葉なんて今まで誰も聞いてくれなかったし、受け入れてもらえなかったから」

 

「…………」

 

「……あたしが信じないって思ってる?」

 

「そうは言ってない」

 

「言ってるでしょ‼」

 

 川崎の荒げた声にビクッとして目を背けてしまう。

 

「……実際、お前だって『家族と共に逢って理解し合いたい』って言葉に不安を覚えてたじゃねえか」

 

「‼ ……それは…………そういう意味で言ったんじゃ……」

 

「いや、責めてるんじゃない。人は見たいものしか見ないし、聞きたいものしか聞かないから、言葉ってのがいかに不確かかって言いたかっただけだ」

 

「だから、俺の言葉をお前がどう受け止めたかで不安になるのも分かる」

 

「…………」

 

「だから、言葉なんかじゃなく……その……」

 

「…………」

 

「……あたしは」

 

「え…………」

 

「……ちゃんとした言葉が欲しかった」

 

「言葉って不確かかもしれない。けど、そんな余地の生まれない強い言葉が欲しかった」

 

「……あんたが文化祭の時に言ってくれた言葉……とか……」

 

「⁉ ……でもあれは……その……」

 

「……分かってるよ……あたしも気づくのがだいぶ遅かったけど」

 

「…………」

 

「あんたはこれっぽっちも本気じゃなかったのに、あたしだけが…………もちろん100%とはいわないけど」

 

「…………」

 

「なんであんなこと言ったんだろうって……」

 

「…………」

 

「もしかしたらって……」

 

「…………」

 

「……そういう風に受け止めてた」

 

「…………」

 

「だから、あんたの言いたいことも分かるつもりだけど……」

 

「……その……すまん」

 

「なんで謝るの?」

 

「……いや、誤解させちまったから……」

 

「……誤解?」プッ

 

「え? なんで笑うの?」

 

「だって、あんなの誤解するなら、それもう誤解じゃないでしょ」

 

「え?」

 

「どうでもいい相手に『愛してるぜ』って言われたら、あたしだったらどう返すと思う?」

 

「あー、…………そう、だな……『バカじゃないの?』かな」

 

 職場見学希望調査票に『専業主夫』と書いていたのを一瞥して言われた言葉。川崎のそれは俺にとっての『専業主夫』に近い口癖のようなイメージがある。

 

「ん、正解。分かってんじゃん…………じゃあ、そう言い返さないあたしがどう思ってるのかも当ててみて」

 

「…………」

 

 そっちはちょっと難題過ぎません? 急に難易度上がったぞ、マジで。

 視線を逸らし思考を重ねるも答えには到底辿り着けずにいた俺を見て、溜め息を吐いて呆れこう呟いた。

 

「……あたしはあんたが好き」

 

「っ‼」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……そういうこと」

 

「…………」

 

「…………でも」

 

「?」

 

「……あんたがそういうなら……あの時いってたあんたの言葉だけは誤解ってことにしといてあげる」

 

「…………」

 

「……あたしがあんたを好きだってことに変わりはないから」

 

「…………」

 

「……あんたもそういう言葉で、出来ればあたしを安心させて欲しかった」

 

「言葉なんて……言ったってどう伝わるかも分からないのに?」

 

「……言葉だけを信じるわけじゃないから」

 

「…………」

 

「…………比企谷だから…………比企谷八幡だから」

 

「…………」

 

「……あたしは『あんたの言葉』だから安心できるんだよ」

 

「‼」

 

 ……俺なんかの言葉で……安心が得られる……?

 

 俺が求め続けたものを……俺が川崎に与えてやれてる……?

 

 なんでだよ……

 

 じゃあ、どうすれば俺はそれを得られるようになるんだ……?

 

 教えてくれ川崎……どうすれば、お前にとっての俺っていう存在を作れるんだ……?

 

 言葉をもらえるだけで安心できるような存在を……

 

 ……俺が欲して止まないその存在を。

 

      × × ×

 

《 Side Meguri 》

 

 

 

「……いやな子だね……」

 

 誰にも聞こえない声量で呟くと、わたしは川崎さんの部屋から離れた。

 一体誰に向けて言った言葉なのか……。

 わたし自身、分からないままだった……。

 

 

 川崎さんの部屋から戻ってきた比企谷くんの顔には苦笑いが浮かんでいた。

 

 川崎さんに食事を持って行ったことに対するはにかみか、

 

 川崎さんとの内実を秘め(くら)ましたいからか、

 

 いずれにせよ、今の比企谷くんの心が川崎さんに向いていることに、

 

 

 ……わたしは、

 

 

 ……言い様のない焦燥を抱いた。

 

 

 

―車内―

 

 

「いやー、本当にすみません」

 

「いいえ、このくらいさせてちょうだい」

 

「助かります」

 

「ありがとうございます」

 

 わたしたちは川崎さんのお母さんに車で送ってもらっている。

 

 比企谷くん達は家が近いし男手もあるので、送るならわたしの方をと固辞していたが車で寄るのに大して時間は変わらないからとお母さんは譲らなかった。

 結局、申し出を受けた比企谷くん達を家まで送ってその後わたし、という流れになった。最後に降りるわたしが助手席に座っている。

 

「それにしても、本当にいいの? 明日も来てくれるなんて?」

 

「はいー、明日は小町が祝われる側なのでむしろお邪魔して申し訳ないですって立場なのです! そのついでみたいなもんだと思っちゃってください!」

 

「明日休みだから沙希のことならわたしが看れるのに……」

 

「明日はけーちゃんをプリキュアの映画に連れてく約束してたんでしょ? 行けなかったらけーちゃんが悲しみますから。何だったら俺が連れて行って一緒に観たいまである。内面的にそうでも絵面が通報案件で現実的には無理ですけど」

 

「お、お兄ちゃん……クラスメイトのお母さんに何言ってるの?」

 

「俺はにわかだから今まで劇場に足を運んだことはないぞ。あくまで願望を口にしただけだ。まだ劇場では観てない。お兄ちゃんを信じろ」

 

「劇場では……ってことは動画とか円盤では観てるんだね……」

 

「あはは……」

 

「お兄ちゃんへの信頼はマイナス方面に高いから困っちゃうよ……そうでなくても女児向けアニメ映画にその腐……んんっ! そんな目をした高校生が保育園児を連れてく絵面がなんかもう……筆舌に尽くし難いんだけど」

 

「それは違うぞ小町。プリキュアは女児だけでなく俺をはじめとする大きいお友達もちゃんとターゲットに入っている。だから一概に女児向けとは言い切れないぞ。俺は詳しいんだ」

「真の大きいお友達ともなるとショッピングモールで開かれるイベントにサイリウムを用意する周到ぶりだ。昼間にしか行われないイベントにそれを持っていってしまう知性の低さに引いてしまう俺がいるがな」

 

「小町はイベントに参加しちゃう羞恥心の低さに驚きだよ……」

「小町はとっくにプリキュア卒業したのに一緒に観てたお兄ちゃんが絶賛留年中だなんて小町は悲しいなぁ……」

 

「けーちゃんと話せるネタになるのは八幡的にポイント高いと思うぞ?」

「はぁ~、この分だと京華ちゃんが卒業後もお兄ちゃんは留年を謳歌してそうだね……」

 

「ふふ……」

 

「ほら、お義母さんに笑われちゃったじゃん。少しは隠してよ、小町はずかしーよ」

「いや、この場合、笑ってもらうのがベストの結果だからな。これが苦笑いだとベターで、聞かなかったことにされると関係をリジェクションされるまである。っていうかお母さんの発音おかしくなかった?」

 

「…………」

 

「……比企谷くん達兄妹は仲がいいのね。傍で聞いてておかしくて……クラスでも人気者でしょ?」

 

「あー、兄は学校ではぼっち気取ってて一人で悪目立ちしてるんですよー。小町は結構人気者だって自負してますけどね!」

「一つ否定させてもらうなら、小町は結構ではなく物凄く人気者だ。自分を卑下する小町は八幡的にポイント低いぞ?」

 

「自分のことは否定しないんだね……っていうかお兄ちゃんそれ思いっきりブーメラン刺さってるから」

「え?」

 

「……自分を卑下するお兄ちゃんは小町的にポイント低いよ?」

「…………本当のことはちゃんと認めるんだよ。謂れないのは……まあ、善処する」

 

「……うん」

 

 それっきり車内から会話が無くなってしまうものの、程なく比企谷くん達の家に到着した。

 

      × × ×

 

「それでは、送っていただいてありがとうございました!」

「どうもありがとうございました」

 

「こちらこそ。それじゃ、悪いけど明日もお願いね」

 

 比企谷くん達はお礼を言うと車が出るまで見送ってくれていた。本当に仲のいい兄妹で礼儀正しいなぁ。

 

 さっきまで小町ちゃんが会話の中心だったので二人がいなくなると車内は沈黙に支配された。

 

 小町ちゃんほどではないけど、わたしも生徒会長を全うしコミュ力に長けていると自負しているのでこの空気を変えようと行動する。相手が初対面の後輩の初対面の母親という課せられたハードルが高いけど。

 

「そういえば城廻さんは生徒会長をやっていたんですよね?」

 

「は、はい。もう引退してますけど、大学は推薦が貰えたので普通の生徒会長よりも長く活動していたと思います」

 

 話題を探しているとあちらから振られた。そういえば今日が初対面だし、わたしのことを知りたいと思うのが自然だろう。

 家で話してた時は時間もなかった上、川崎さんと関連がありそうな体育祭のことだけに終始してたし。

 

「すごいわね。沙希も成績はいい方みたいだけど人付き合いがちょっと苦手なとこありそうなのが心配で……家族といるときはそうでもないんですけど……」

 

「沙希さんはすごいと思います。わたしなんて生徒会長っていっても別段優れてるところがあるわけじゃないし周りにいっぱい助けられて全う出来たってだけです」

「でも沙希さんは……忙しい御両親に代わって、誰の助けもなく弟妹の面倒を見たり家事をしたりで……わたしなんかとは比べられないですよ」

 

 わたしの言葉を聞くとお母さんは申し訳なさそうにする。

 

「……沙希を良く言ってくれるのは親として嬉しいんですけど、それが逆に親としての不甲斐ない部分を表しているようで……沙希には苦労ばかりかけてしまって……」

 

 親になったことはないけど、これくらいは気持ちが分かる。やっぱり子供に苦労なんてかけたくないよね。わたしだって想像しただけで嫌だもの……。

 

「……でもあの子にも助けてくれる人はいるんですよ」

 

「‼」

 

「あの子、あんまり学校のこと話してくれなくて心配してたんですけど」

 

めぐり(ズキッ)

 

「昨日わたしも初めて会ったんですけど、比企谷くんって前々から沙希のことを気にかけてくれてたみたいで」

 

めぐり(ズキッ)

 

「沙希が予備校のことで問題が起こった時にわたしたち家族が何もしてやれなかったのに彼が助けてくれて」

 

 …………やめて。

 

「文化祭の時も裁縫が得意で衣装係をやってみたいけど自分から発言できなかったところに助け船を出してくれて」

 

 ……やめて!

 

「クリスマス合同イベントでは妹の京華をお芝居に出させてもらっていい思い出になったようで」

 

 やめて‼

 

 ………………

 

 ………………

 

 …………いやだ……

 

 ……いやだ、いやだ、いやだ!

 

 …………比企谷くんを

 

 …………とらないで

 

 ………………

 

 ………………

 

 …………そうだ……

 

 …………その時わたしは……

 

 

「本当に比企谷くんにはなんてお礼を言っていいk「実は」……え?」

 

「…………実はお耳に入れておきたいことが……」

 

 

 …………信じられない言葉を口にしてしまう。

 

 

「……文化祭で実行委員をしていた頃から比企谷くんにはあまりいい噂がなかったんです」ズキンッ

 

 

 わたしは学校での比企谷くんについて話し始めた。

 

 

「……文化祭のスローガンを決める時に……」ズキンッ

 

 

 一度言葉にすると次々と流れ出る。

 

 

「……グランドフィナーレを迎える時、実行委員長を呼びに行って……」ズキンッ

 

 

 わたしが誤解するに至ったその原因部分を

 

 

「……噂では……罵声と、暴力を振るったとか……」ズキンッ

 

 

 噂そのままに伝えてしまった。

 

 

「……今日、伺ったのはそんな彼が京華ちゃんを連れていたのを見てしまったので心配になって……」ズキンッ

 

 わたしが誤解した内容をそのまま……いや、むしろ悪性を込めて伝え、比企谷くんが危険な人物だと疑いをかける。

 それを聞いた川崎さんのお母さんは随分驚いた様子だったが特に反論などはしてこなかった。

 その後、わたしの家に到着するまで無言が続いた。

 

「……送っていただいてありがとうございました」

 

「こちらこそ。今日はどうもありがとうございます」

 

 

 …………これで ズキンッ

 

 …………川崎さんに伝われば…… ズキンッ

 

 …………気持ちが鈍ってくれれば…… ズキンッ

 

 

「…………過去のわたしがそうであったように……」ズキンッ

 

 

 

つづく

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