サキサキのバレンタインは色々まちがっている。   作:なごみムナカタ

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ようやくめぐりのターンが終了。
このシリーズからめぐりが無双し過ぎてたのでやっと他のキャラが出せる……
あれ? 現生徒会長どこいったんでしょうかね?(汗)

2020.12. 4 台本形式その他修正。
2020. 1.20 書式を大幅変更。それに伴い、一部追記。


22話 未だに、比企谷八幡は踏み出せず。

《 Side Hachiman 》

 

 

~2月17日(土)~

―八幡の部屋―

 

 

「お兄ちゃん、起きてー」

 

「……ん……ああ、おはy……うぐっ⁉」

 

 覚醒したところで腹の上に俺でなければわりと本気で怒るレベルの痛みと重さが感じられた。

 

「……小町……起こしてくれるのはありがたいんだが、マジで痛いから腹の上にダイブするの止めてくれない? ってか今起きてたよね? 起きてるのにするのは普通に暴行だからね?」

「ごめーん♡」

 

「はぁ……まあ、次からもうちょっと優し目でお願い……」

「うん! あ、それとこれから雪乃さん達来るから朝ご飯さっさと食べちゃおう」

 

「え? 早くね? 川崎んち行くの昼前くらいだろ?」

「小町達のお祝いに作る料理の材料を一緒に買いに行くからね」

 

 あー、これ俺荷物持ちなやつだ。

 近い未来に起こる強制労働に鬱屈しながら朝飯を食べに行くのだった。

 

      ×  ×  ×

 

「ヒッキー、小町ちゃん、やっはろー」

「おはよう、小町さん……それとひ、比企谷くん」

「おはようございます、お二人とも!」

 

「……うす」

 

 朝っぱらからテンションの高い由比ヶ浜の声に頭をズキズキさせながら二人にあがってもらう。

 小町におめでとうを贈る二人。合格結果を受けてた小町は重荷もとれ本当に嬉しそうだった。

 そういえば私服の二人を家にあげるのは初めてだったな。というか俺の知人が家にあがることがまず初めてでしたね。二人だから初めてみたいに語り始めてすみません。

 

「小町ちゃん合格おめでとー‼」

「おめでとう。さすがは小町さんね。どこかの誰かとは違ぅ……え、えっと!」

 

「いやいや、どこかの誰かって誰だよ? 俺のことだろうけど俺二年前に総武受かってるからね? もうありもしないディスリ要素すら入れてくるようになったな。今度からもっと真実をもってディスってください、お願いします」

 

「べ、別に、あなたのことだなんて言っていないわ。被害妄想が過ぎるのではないかしら? ヒキガェ……谷くん」

 

「おい今、小4の頃のあだ名で呼ぼうとしてただろ? 高速道路だったらICの進路変更遅すぎてクッションドラムに衝突してるくらいギリギリで言い直してたからな? バレてるからギリギリで事故起こしてるからな?」

 

「あ、あうぅ……」

 

 は? なに? どうしたの一体。雪ノ下が目に見えて困ってるんだが?

 あのどんな時でも冷静沈着、上から目線で論破し屈服させる氷の女王が、今はその見る影もないかのように狼狽えている。

 

「ゆ、ゆきのん⁉ ひ、ヒッキー、ちょっと酷いんじゃない⁉ ゆきのんをそんなに責めないでよ!」

「い、いや、ちょっと待て! 今の発言のどこに責める要素があった⁉」

 

 むしろ、もっとちゃんとディスってくれという意味すら込めた内容な気がする。

 

「いえ、いいのよ、由比ヶ浜さん。比企谷くんは何も悪くないわ……」

「⁉……どうしたの、ゆきのん? なんかいつもと違うね?」

 

「そ、そんなことはないわ」

 

 誰の目からも明らかにいつもと違うって分かるだろ。由比ヶ浜ですら誤魔化されないぞ。

 

「あー、その……なんだ。……なんか変なこと言っちまったんなら謝るわ」

「わっ、お兄ちゃんが素直に謝るなんて珍しい。いつも自分が悪くてもできれば謝りたくないとか言ってたのに」

 

「い、いえ、本当に違うの……信じてちょうだい」

 

 ますます挙動不審になっていく雪ノ下。ホント一体どうしたの?

 

「分かった。分かったからまず落ち着け。お前はいつもと変わりない。俺も何も気にしてない。それでいいんだな?」

「ええ、そうよ。そうしてちょうだい」

 

 一応、話が済んだので仕切り直したものの、やはり雪ノ下の様子がおかしい。何となくおどおどとした目で俺を見ている。ぼっちの観察眼はそれを見逃さない。

 あれ? 俺なんかしましたか? しましたね。存在自体がなんかしちゃってるまであった。

 

「それで、スーパーでお買い物して沙希の家行くんだよね? のんびりおしゃべりしながら買い物できるようにもう出ちゃう?」

「いいですねー、結衣さん達と買い物しながらおしゃべりするの楽しそうですし」

「分かった。じゃあ俺、準備してくるわ。起きてすぐ朝飯食ったばっかで何にもしてねえし」

「…………」

 

そして、俺達は買い物を含めても約束の時間にはかなり早いタイミングで家を出た)

 

 小町を中心に女三人横並びで歩くその三歩ほど後ろを俺が付いていく形。

 今日は小町と大志の合格祝いという名目なので、小町に料理を手伝わせるわけにはいかない。お邪魔する川崎家の台所設備について小町から聞く雪ノ下。

 正直、由比ヶ浜が料理に携わらないのならどうでもいい。由比ヶ浜の料理はもはや兵器だしな。

 そういえば昨夜吐いてたけど川崎大丈夫かな。熱は下がってると思うが……。

 まだ胃腸は弱ってるだろうし、その辺を考慮した献立を雪ノ下なら考えてくれていると思うが今日のこいつはちょっと心配だ。

 

「……なあ、雪ノ下」

「⁉ な、なにかしら? ひひ、比企谷くん」

 

「え? どんだけキョドってんの? あれかお前、昔の俺か?」

「ば、バカなことを言わないでちょうだい。いつわたしの目が腐っt――――‼ な、なんでもないわ‼」

 

「え、おい、どした? さっきから『なんでもない』の一点張りだが、どこからどうみてもなんでもなくないぞ?」

「っ‼ す、少し黙りなさい! わたしがなんでもないといったらないのよ、いつから意見できるようになったのかしら⁉」

 

 あ、少しだけ調子戻った。

 

「へいへい。それはいいとして、川崎は昨日ちょっと吐いてたからあまり消化良くない物だと胃が受け付けないかもしれないから何作るのかって気になったんだ」

「……そんなことあなたに言われるまでもなく織り込み済みよ」

 

「頼もしいな。だからくれぐれも由比ヶ浜に料理はさせるなよ? 二人のめでたい合格祝いの場が惨劇になったら一生のトラウマになっちまう」

「突然、わたしにくるし⁉」

 

「んで、何作るの?」

「金目鯛の煮付け、彩り野菜の煮物、きのことほうれん草のスープ、茶碗蒸しと鳥雑炊ね」

 

 なんだろう……むしろ川崎の得意料理に分類されそうなやつばかりなんだが……。

 

「なんか意外なチョイスだな……」

「川崎さんの体調を最大限考慮した結果よ。揚げ物なんてもっての外だし、お祝いと呼ぶには少し似つかわしくない感が否めないけど、そこは家から持ってきたケーキで我慢してもらいましょう」

 

「そういえばその荷物なにかと思ってたが、ケーキまで用意してくれたのか?」

「ええ、二人の為にわたしが作ったのだけれど」

 

「じゃあ、持つぞ?」

「あなたのような目の腐った人間が持つとケーキに伝染して腐っt……く、崩れてしまうから結構よ!」

 

「だから隠せてないからね? なんかお前、今日キレが悪いな、どした?」

 

「‼ ――――ひ、比企谷くん!」

 

「うお⁉ なんだよ、急に大声出して?」

 

「こ、このケーキを崩さないよう持つのなら持たせてあげてもいいわ!」

 

 上から目線過ぎるのでは……やっと本調子か。

 

「へいへい、是非持たせてくださいませっと」

「そ、そそ、それで提案なのだけれど」

 

「ん?」

 

「まだ冬とは言え保存料の入っていないケーキを買い物中ずっと持っているのも良くないし、あなただけ川崎さんの家に向かっててもらえないかしら?」

 

「あ? ああ、確かに冷蔵庫貸してもらってケーキ入れとくほうがいいが、買い物どうすんだ? 一応俺は荷物持ちって認識で来てるんだが」

 

「い、いいのよ、食材の買い物くらい大した荷物ではないのだから。そ、それに二人だけにちょっとした相談もあるし……」アセアセ

 

 ……え? 俺はのけ者なんですか? いえ、いつものけ者でしたね、忘れてましたよ。

 

「あー……じゃあ小町、川崎んちへ二人の案内頼めるか?」

 

「うん、任せといて!」

 

「じゃあ、ヒッキーまたあとでね!」

 

「おう、気を付けてな」フリフリ

 

「さて、川崎にメールしとくか……」

 

      ×  ×  ×

 

―川崎家―

 

 なんか雪ノ下、いつもと違ってたな。何あの余所余所しさ……修学旅行以降の気まずい時みてえじゃん……。でも感覚的にだがギスギスしたふうじゃなかった気がする……なんというか戸惑っているっつうか……。

 そうしてメールの返事もないまま予定より早く川崎家に到着すると家の前でけーちゃんと母親に出逢う。

 

「あ、おはようございます」

 

「はーちゃんだー!」

「あら、おはよう。早いのね」

 

「はあ、別動隊……いや本隊は昼ご飯の材料買いながらおしゃべりしてますよ。俺はなんだか分からないけど追い出されたんで先に来たんです」

 

「ふーん……(ねえ、比企谷くん?)」

「はい?」

 

 おばさんは俺の耳元まで顔を近付けて小声で話しかけてきた。おそらくけーちゃんに聞かせないようにするためだろう。

 

「(比企谷くんは学校で暴力を振るったことはあるかしら?)」

「はっ?」

 

 突飛な質問に間抜けな声をあげてしまう。

 

「したことないですよ。逆に(平塚先生には)よく殴られたりはしますけどね」

「そう……」

 

「突然どうしたんですか?」

「いえ、なんでもないの、気にしないで。それと、いま話したことは沙希には内緒にしておいてほしいんだけど」

「? 分かりました」

 

「そうそう、こんなところで話すのもなんだから家に上がっててちょうだい。これから京華を連れて出掛けるからわたしがお構いできないのが申し訳ないんだけど」

 

「……うー、はーちゃんと一緒にいたいよー……」

「映画の時間に遅れちゃうでしょ? お兄ちゃんとはまた遊べるから今日はお出かけするの」

 

「うー……はーちゃん、帰ったらあそぼ?」

「おう、いいぞ。けーちゃん、プリキュア観に行くんだろ? いいなあ。俺も観たかったから代わりに観てきてくれ」

 

「うん! けーか、はーちゃんの代わりに観てくる!」

「それじゃ、二人のこと頼みましたよ」

 

「はい、いってらっしゃい」

 

 二人を見送り家にお邪魔すると誰も出迎えがない。

 

「あれ? どうなってんだ?」

「大志も川崎も出てこないが……」

 

 俺は川崎の部屋をノックしたが返事はなかった。まだ寝ているのか、もしかしたら熱が下がっていないのか。さすがに部屋へ押し入るわけにもいかんし。おばさんの様子から具合が悪化したってこともないだろう。病状が悪くなったのにけーちゃんと映画に行くとかさすがにあり得ない。なら川崎は?

 

 そう考えていると隣の部屋から大志が出てきた。

 

「ふぁ……あ、お兄さん、おはようございます……」

「おっす。なんだ寝起きかよ」

「はい、す、すみません」

 

「さっき外でおばさんとけーちゃんに会ったぞ。あがっててくれって言われたんだが川崎もお前も出てこないからあせったわ」

「あれ、姉ちゃんも寝てるんすか?」

「知らん。ノックしたが出てこない」

 

「そうっすか。まだ寝てるのかな。あ、お茶出しますから居間の方に行っててください」

「ああ、悪いな。それと雪ノ下がお祝いのケーキ作ってくれたから冷蔵庫借りたいんだが」

 

「ありがとうございます! じゃあ、俺が冷蔵庫入れておくんで」

 

 大志に促されて居間に行く途中トイレを借りようとそちらへ向かう。

 

ガチャッ

 

「え」

「あ」

 

「⁉ ひ、比企谷⁉ な、なんで⁉ わっ、」

 

「あ、あ、あ、いや、その……」

 

 洗面所のドアが開き、出てきたのはバスタオルを巻いた川崎だった。鉢合わせ狼狽えた拍子にバスタオルがはだけ落ちそうになる。慌てて腕で押さえて事なきを得たが桜色のなにかなんて見えなかった! うん‼

 

「ッ――――」

「す、すまん‼」

 

× × ×

 

 

《 Side Saki 》

 

 

 大志に淹れてもらったお茶を飲みながら気まずさに身悶えるあたし達。

 ここまでの経緯は説明されたが、それで万事解決となる訳もなく……。

 

「…………」

「…………」

 

「……あー、俺ちょっと部屋に行って着替えてくるっす」

「た、大志!」

「ちょ、ちょっと待て!」

 

 あたし達の静止を聞かず、大志は自分の部屋へ籠ってしまった。

 

「…………」

 

 大志のバカ、気を利かせたつもりかもしれないけど悪化してるよ‼

 

「…………」

 

 あたしは慌ててスウェット姿になっただけで髪の毛など濡れたままバスタオルを頭に巻いたままだ。

 

「………あー……その、悪かったな」

「…………」

 

 比企谷は謝ってくれて、あたしはそれを俯いて聞いていた。

 

「予定より早く着いちまって、メールもしたが返事もなかったし……」

「あ、ごめん、お風呂入ってたから……」

 

「すまん、それでどうしようかと思ってたところに玄関でおばさんと会ったから、上がっていいものと勘違いしてた……」

「…………え?」

 

 あたしがお風呂入ってるのって母さん知ってたよね? え? なんで? 昨夜言ってたこと忘れた訳じゃないよね⁉

 昨夜、三人が帰った後に母さんと話したことを思い出す。

 

 

 ――――――

 ――――

 ――

 

~昨夜~

 

―沙希の部屋―

 

コンコン

 

「入るわよ」

「うん。三人を送ってくれてありがと」

 

「お安い御用よ。それより熱は下がった?」

「お陰様でね……さっき吐いちゃったけどもう大丈夫」

 

「そう……」

「…………」

 

「…………」

「……なに? なんかあるの?」

 

「さっき城廻さんから変な話聞いちゃったんだけど……沙希はなにか知ってる?」

「? なにを?」

 

「……なんでも、比企谷くんが文化祭実行委員で酷く中傷めいたことを言ったり、文化祭最終日に実行委員長の女子を罵倒して……その……暴力まで振るったとか……?」

「⁉ 比企谷が? そんなの、あり得ないから!」

 

「でも、前生徒会長の城廻さんがそう言ってたから、どうなのかなって。あなたは本人から何か聞いてないの?」

 

 聞いてないけど、たとえ訊いても比企谷が自己弁護なんてするわけないし、はぐらかされるのがオチだ。

 確かに文化祭の時に悪評が流れたけど……っていうか噂流してたの相模達だったみたいで、そんな話気にも留めなかった。

 何より、あの時は『愛してる』って言われたことに動揺し続けてた時だから正直噂なんてどうでもよかった。

 その時のことよく知らないけど、相模を罵倒したのは多分……比企谷なりに理由があったんじゃないかな。

 

 あたしが比企谷を好きなことでバイアスかかってるのかもしれないけど、相模が文実をサボってクラスの出し物ばかり手伝っていたのは知ってる。あたしも衣装係で結構がんばったからね。

 あれだけクラスの方に来てれば文実の仕事なんてほとんどしてないだろうし、なんの積み重ねもないから実行委員として相模が仕事できたとは思えない。

 そのせいで文化祭が進んでいく内に不安が募り役割をこなせず怖くなってエンディングセレモニーを前に逃げたのは想像に難くない。

 だから相模を罵倒して被害者ポジションにさえしてしまえば、あとは自分が黙して自らをスケープゴートに……比企谷の考えそうなことだ。

 

 これはあくまであたしの想像だけど少なくとも、いい線いってる気がする。

 でも比企谷を知らない奴らからすればそんな噂、信じられるもんなのかね……。

 確かにこの結論はあまりにも比企谷に都合が良すぎるから他の奴等にはそこまで及ばないのも無理はない。誰がわざわざ自分をスケープゴートにするもんか。

 あたしに言わせれば相模達の話なんて何しゃべっても嘘にしか聞こえないんだけど。

 

 それに、あんな噂に城廻先輩が惑わされたってのがちょっと意外だった。

 あの人も比企谷を理解している一人だと思っていたのに……。

 

 …………

 

 ……そして、母さんも比企谷をあまりよく知らない。

 

 何も語らない比企谷よりも城廻先輩の言葉で揺れるんだ……。

 

 肉親に比企谷が信じて貰えないことへの言い様のない悲しさがあたしを支配した。

 

「……あたしは何も聞いてないし、多分訊いても比企谷は何も話さないよ」

「…………」

 

 少し重苦しい雰囲気になるがあたしは言葉を続けた。

 

「でも比企谷は絶対に噂になったようなことはしないよ」

「あいつには敵が多いから全部逆恨みみたいなもんでさ、その噂だってそいつらが自分の都合のいいように歪曲して広めたものだよ」

 

「…………」

 

「……噂通りの奴だったらあたしは京華を近づけたりしないし、京華もあんなに懐いたりしないから」

 

「……そう……」

「…………」

 

「…………まあ、わたしもちょっと気を付けるから、沙希も気を許し過ぎないようにしなさいね?」

「な⁉」

「なんでそんなこと言うの⁉」

 

「城廻さんはね、生徒会長だったのよ? 確かに今日会ったばかりだけど、それを言ったらわたしは比企谷くんとも一昨日会ったばかりだしね」

「え?」

 

 母さんの言葉が信じられなかった。確かに城廻先輩の立場なら万人に受け入れられる言葉かもしれない。でも比企谷の言葉だって……。

 

 …………あたしには安心をくれるものなんだ。

 

「…………」

 

 母さんは憂慮した面持ちでこちらをみている。

 どうして? 昨日来た時も、さっきも居間で比企谷達と話してたんじゃないの?

 比企谷はスカラシップを教えてくれて、あたしたち家族を救ってくれたんだよ?

 

「……昨夜、比企谷達と話したんだよね? 学費のことであたしが朝帰りして何してたか」

「…………ええ」

 

「あいつのお陰でバイト辞めれて家族に心配かけなくて済むようになったのに、それはないんじゃない……?」

「そうかもしれないけど、それとこれとは話が別ってことを言いたいだけ。城廻さんの言葉だから耳を傾けたけど、噂に関してはあんただって事実かどうか分からないんでしょ?」

 

「それは…………」

 

 確かに痛いところを突かれた。あたしも詳細を知ってるわけじゃないし本人も弁明しないだろうから母さんに説明できる材料がない。

 

 …………くやしい

 

 ……くやしい

 

 くやしい!

 

 今まで家族以外に興味なんてなかったはずなのに……。

 

 ずっと家族を愛してるって思ってたのに……

 

 その家族にこんな……

 

 こんな気持ちを抱くなんて……‼

 

「…………」

 

 今の状態じゃ平行線かもしれない。

 興奮して……取り返しがつかなくなるのが怖い。

 ……だから

 

「…………分かった。ちゃんと弁えるように……するよ」

「ええ、そうしてちょうだい。もちろん本人の口から言ってくれたら比企谷くんをちゃんと信じるからね?」

 

 その条件は誤解が解けないのと同義だ。

 きっとあたしから頼んだって自らを弁護しようとする奴じゃない。

 

「…………ごめん、もう休むから出てってくれない?」

「……分かったわ。明日も来てくれるんだし失礼のないようにね」

 

「うん…………」

 

 もうこの会話自体が既に失礼千万なんだけど自覚ないのかな母さん……。

 明日はまた比企谷達とさらに雪ノ下達まで来てくれるし、早めに休んで朝シャワーを浴びよう。

 

 ――

 ――――

 ――――――

 

 あんなに比企谷を腐してたのに……大事な娘がお風呂入ってる家にその男を上げるってどういうことよ⁉

 それともわざとそうしたのかも。あたしが母さんの言うことに納得してなかったから、そんな娘は自分の身で比企谷を試してみなさいっていう意味なのかな。

 でも実際何もしないし目を逸らしてくれるくらい紳士だったからあたしの勝ちだよ、母さん。

 

「…………」

「……後で殴っても通報してもいい。いや、通報はできれば止めてほしいかな。なんなら何でも言うこと聞くから、まず髪の毛乾かしてこい」

 

「え?」

「……ドライヤーで乾かさないとまた風邪が悪化するだろ。ホント悪かったから」ガシガシ

 

「あ……」

 

 ……あたしの心配してくれるんだ。

 

「…………」

「…………」

 

「……別に逃げないから、ほれ、行ってこい」

「…………」

 

「……なんでも?」

「は?」

 

「……なんでも言うこと聞いてくれんの?」

「……まあ、無理のない範囲でなら」

 

「無理ってどの辺まで無理なの?」

 

「あー、そうだな……まず紐なしバンジーは無理だな」

 

「しないから」

 

「うーん、生肉着けてライオンの檻の中に入るのもパス」

 

「それやらせてあたしに得ないでしょ。ライオン飼ってないし」

 

「平塚先生と決闘させるのも無しな」

 

「いい加減、バイオレンス方面から離れない? ってかあんたにとって平塚先生って紐なしバンジーやライオンの餌と同列なわけ? そこに引くんだけど?」

 

「じゃあ、小町をあげるのも無理な」

 

「別に欲しがってn…………あ……それって…………」

 

「‼ わり、今のなし!」

 

「う、うん……」

 

「…………」

 

「…………」

 

 その『小町をあげるのも無理』が、告白の否定に結び付けられかけ慌てて言葉を遮る比企谷。微妙な空気になり出したのでつい浅慮なままフォローのつもりでこう切り出した。

 

「……あ、あのさ」

「……なんだ?」

 

「……昨日部屋で話したこと気にしないでいいから……」

「……え? どれのことだ?」

 

「……あたしが……その……そういう言葉で、出来ればあたしを安心させて欲しかった、ってやつ……」

「…………」

 

「よく考えてみれば、あたしが一方的にあんたを好きなだけなんだし、そのことであんたを縛るのは迷惑でしかないよね」

「いや……そこまでは……」

 

「……あんたにはあたしより大切な人達がいるかもしれないし、想いに応えて欲しいとか、ましてや付き合ってなんて言わないから」

 

「……今まで通りでいい……想い続けるだけは……許してくんない……?」

 

「…………」

 

「それがお願い……」

 

 言いながら真っ先に思い浮かべたのは奉仕部の二人だった。

 あそこは、奉仕部は比企谷の居場所……あたしと知り合う前から比企谷のいた場所。

 

 あたしが入って行けない場所…………。

 

 本当に比企谷のことが好きならあたしの我が儘を押し付けるべきじゃない。

 たとえあたしよりあいつらを選んだとしても。

 その方が比企谷が幸せなら……。

 ……受け入れなきゃいけない……。

 

「…………」

「…………」

 

「……そんなもんお願いでもなんでもないだろ」

「え?」

 

「誰かを想うことに許可なんていらねえよ。資格はもしかしたらいるかもしれないけどな」

「…………いいの?」

 

「許可が要るなら、恋愛も役所で判子もらいにいく時代になるだろ。まあ、それならそれで俺みたいなやつにはメリットかもしれねえけどな。勘違いで告白してフラれる前にそもそも許可が下りない。うーん、優しい世界」

 

「クスッ」

 

「だから別のお願いにしとけ。俺が自分から相手に何かしようってのは珍しいんだからよ」

「‼ ……そうだね!」

 

「おう」

「……んー」

 

「…………」

「…………それじゃあ」

 

「……髪……す……ってよ」

「? なに?」

 

「……髪……乾かすの手伝って……よ……」

「あ、あー、それは……」

 

「……だめ?」

 

「…………わかった」

 

 

―洗面所―

 

ブォォォォォ――‼

 

「…………」

「…………」

 

「……ねえ」

「なんだ?」

 

「さっき、母さん達に玄関で会ったって言ってたけど」

「……おう」

 

「……なに話してたの?」

「あん? 大して話はしてないが」

 

「聞かせてもらっていい?」

「ん? いいぞ。おばさんとけーちゃんに会ってこれから映画に行くところだって言ってたくらいだ」

 

「…………それだけ?」

「ああ、なんでだよ?」

 

「……ううん、なんでもない」

 

「…………」

「…………」

 

 比企谷が、洗面台の前に座ったあたしの頭頂部から後ろに流れるよう温風をあてている。

 いつも自分でドライヤーをするのとは全然違う。いや、そればかりか美容室でしてもらう時とも。

 

 …………これが好きな人にしてもらうってことなんだろうか?

 

 …………幸せ……かも……

 

ブォォォォォ――‼

 

「……さき…………川崎」

 

「……‼ な、なに?」

 

「さっきから呼んでるのに無視するなよ。俺の存在が無くなったのか、お前の具合がまた悪くなったのか迷うだろ」

「プッ あんた、またそんなこと言って……で、なに?」

 

「いや、他人の髪にドライヤーするなんてしたことないから、熱すぎたりしないか分からなくてな。もっと近付けて平気か?」

「ああ、うん。髪長いし根本部分とかなかなか乾かないからもうちょっと大胆にやっても大丈夫だよ。あまり束にならないように手櫛で隙間作りながら当ててね」

 

「一ヶ所に集中しないでまんべんなくお願い。乾かす場所偏ると、乾かし過ぎた部分の髪痛むから」

「りょーかいっと」

 

 ちょっと要求し過ぎたかと思ったけど、比企谷は丁寧に後ろ髪を手で梳かしながら温風を当てていく。元々器用なのか痛くしないし、気持ちいいくらいだ。自分でやるより……いいかもしれない。

 

 鏡で比企谷の表情を窺うとすごく真剣だった。他人の髪の毛を弄るのが初めてというのを鑑みると器用というより努めて優しく丁寧にしているのかもしれない。

 

 ……わざわさ、熱くないかとか訊いてくるくらいだからすごく神経使ってやってくれてるんだろうな。

 

 こんな奴が女に暴力なんて振るうわけがないよ……

 

 …………

 

 …………

 

 …………それにしても

 

 成り行きで頼んじゃったけど、これって結構恥ずかしいことかも……。

 

「ねぇ、比企谷。あんたさっき他人の髪弄ったことないって言ってたけど妹の髪乾かしたこととかもないわけ?」

「あー、小町か。多分だけど。記憶に全くないから分からんっていう方が正しいか」

 

「……そう」

 

 あたしが初めてか……

 って今の鏡に写ってる顔ちょっとヤバイ‼

 平常心平常心……!

 

「……根本はこんなもんか」

「ありがと」

 

「後は襟足と耳の後ろあたりが乾きづらいからお願いします」

「了解了解」

 

 

ブォォォォォ――‼

 

 比企谷の手があたしのうなじに触れる。

 

「⁉ あっ……」

 

 えっ? えっ? なにいまの⁉ 何か触れられたとこがじんじん痺れるみたいな……でも嫌な感じとかじゃなくて、

 

「……んっ!」

 

 ……これ……気持ちいいかも……。

 声が出たのを聞かれてないのは一生懸命な比企谷の顔を見れば分かった。

 

「っ! ……んっ‼」

 

 今度は耳に触れる。そのたびに軽く電流が走る。

 

「……っ、ぁ……」

 

 こんな……あたしの耳敏感過ぎでしょ。

 

「ふぁ…………ひゃ……」

 

 く……癖に……なりそう。

 

「こんなもんか。で、毛先も今までみたいにやればいいんだよな? ……おい川崎?」

「あ⁉ う、うん、根本から毛先に風が流れるようにドライヤー向けて」

 

 毛先フェーズに移行してしまい直接触れられることがなくなったのが少し残念だけど、手櫛で梳いてもらうだけでも気持ち良かった。

 

 

 たっぷり時間をかけ、だが乾かし過ぎないよう気を付ける。

 

「……比企谷、もういいよ」

 

 ちょっと……いやだいぶ名残惜しいが終わらせてもらう。本当はもっと続けてほしいけど、これ以上続けるとせっかく比企谷が丁寧に乾かしてくれた髪の毛がオーバードライになってしまう。

 

 

「ん」

「どうだ?」

 

「……いいじゃん、乾かし過ぎてないしキューティクルちゃんと閉じてて艶々だよ」

「そうか、そりゃよかった」

 

「あんたドライ上手いじゃん。またやってもらおうかな」

「勘弁してくれ……メチャクチャ緊張したぞ……」

 

「やってれば慣れるでしょ」

「いや無理だから! 慣れないからね! ……ドライヤー中、心臓やばいことになってたんだぞ?」ボソッ

 

 最後の方が聞き取り辛かったが、比企谷はそのまま続けた。

 

「通報されない交換条件として受け入れただけだ。これで通報しないよな? ……しないですよね? しないでください!」

 

 そういえば発端なんてすっかり忘れてたけどそんな流れだったっけ。

 

「あれくらいであたしがあんたを通報するわけないでしょ」

 

 あたしは鏡越しに比企谷を見て微笑んだ。

 

「⁉」

 

「お風呂入ってるところに裸で押し入ってきたらさすがにちょっと考えるかもしれないけど」

「いやいや、それでも考えるのかよ⁉ しかもちょっと⁉ ノータイムで110番だろ! なんだったら911まである‼」

「911が上位互換みたいに言ってるけど、意味同じだからね」

 

「それに……言ったでしょ、あたしはあんたが好きだって」

 

 もう何度目かの告白。一度伝えたら何度だって言える。が、それでもまだ少し恥ずかしくて鏡の向こうの彼から視線を逸らす。

 

「あ、ああ……」

 

 比企谷もキョドらなくなり、少し照れたように視線を逸らすくらいだ。

 

「…………」

「…………」

 

 また沈黙。時折り鏡越しで視線が合うもどちらともなく逸らした。何度かそれが続いた後、比企谷はぽしょっと呟く。

 

「……なあ」

「……なに?」

 

「ちょっと訊いてもいいか?」

「ん、いいよ」

 

「昨夜、お前の部屋で言ってたよな、俺なんかの言葉で安心できるって」

「うん」

 

「あれって、なんでだ?」

「……は?」

 

「…………俺が過去のトラウマなんかで臆病過ぎるからかもしれねえが、俺は誰の言葉を聞かされても、その……安心するってところまでいかなくて……」

「…………」

 

「いや、ホントにすまん。でもこればっかりは事実で、隠しても仕方ないことだし、好きって言ってくれたお前にも申し訳ないから……」

 

 ……なんだろう……遠回しに振られてる……のかな?

 でも奥歯に物が挟まるようなこの言い方は……

 

「……ねえ、それってあたし振られてる?」

「いや、断じてそんなことは言ってない! お前のことを好きか嫌いかで言えば好きな方だとはっきり言える。それは間違いない!」

「‼ そ、そう? あ、ああ、ありが、とう……」

 

 またこいつは不意討ちで……‼

 

「でも、それでもお前の言葉だけで俺が安心するかって言えば……いや、お前だけじゃない。中学の頃に比べたら今は信頼できる奴等が増えた。お前もその一人だ」

「…………」

 

「それでも! 俺は言葉を掛けられれば裏を探ろうとしちまうし、平塚先生にも似たようなことで説教されて……って何言ってんだ俺……何が言いたいんだよ……」

 

 比企谷は必死に説明しようとするが上手い言葉が浮かばないのか歯痒そうに顔を歪めた。

 でも、何となく分かる。比企谷が今も、もがいてるっていうことは。

 

 ……比企谷は信じたいのだ。あたしの言葉も、他の奴等の言葉も。それが出来ないからこうして話すこともまとまらず伝えられない。

 

 でも比企谷なりに誠実にあたし達と向き合いたいって気持ちだけは伝わってくる。

 正直に包み隠さず今の自分の気持ちを吐露しているのだと。

 上手くいかず、どうすればいいのか分からない。

 どうすればあたしを、他人を、無垢な心で信じることができるのかが分からない。

 

「お前は、俺が好きだから俺の言葉を盲信して安心できるのかもしれない。でも俺にはそれができない」

「…………」

 

「これってお前の好きより俺の好きが足りないからなのか? もっと好きになったら俺は信じることができるのか?」

「それは……」

 

 比企谷はあたしに縋るように答えを求めた。でもあたしだってそんなこと分からない。

 ……あれ? 必死過ぎて結構すごいことを口にしてた気がする。

 

 比企谷があたしと同じくらいあたしを好きだったら、か。そうなれたら夢みたいだけど、そもそもあたしと比企谷じゃ条件が違う。

 あたし達は家族を大切にするところは同じだけど、交友関係には雲泥の差がある。

 

 比企谷には奉仕部の二人が、生徒会長が、城廻先輩が、戸塚や、あの材……何とかって奴もいる。

 そういった多くの人達へと気持ちを向けるのにどれだけエネルギーが必要となるか、あたしには想像もつかない。

 

 逆にあたしが気持ちを向けるのは比企谷しかいない。

 

 何となく目で追うのも、話しかけるのに緊張するのも、話しかけられて意識するのも、ふと頭に思い浮かべるのも。

 そんな無二の存在だからここまで好きになれたのかもしれない。

 

 だから言葉なんて不確かなものでも、それが比企谷のものなら安心する。

 そして、これをそのまま伝えるべきではないことも分かっている。

 伝えれば『あたし以外との関係を切ってみたら?』という意味を内包してしまうからだ。

 

 だったらあたしの言うべき言葉は一つだ。

 

「じゃあ…………いつかあたしの言葉で安心できるようにしてあげる」

「う……」

 

 それは『いつかあたしに惚れさせてみせる』と同義な言葉。

 

「…………」

 

 照れ隠しか手持無沙汰か頭を掻く手が止まらない比企谷に、あたしは将来の心配を込めてこう言った。

 

「あんた、あんま掻き過ぎるとハゲるよ?」

「マジか? 俺大人気になっちゃう? ハゲだけに? 明るくて?」

 

「……ちょっと意味分かんないんだけど?」

「ああ、すまん。去年奉仕部であった依頼の話の中に、由比ヶ浜が『明るいのがアピールポイント』とか言ったことがあってな。その返しがそれだった」

「あんた、またしょうもないこと言ってんだね……」

 

 弛緩した空気が流れる。結果的にアシストしてしまったとはいえ、あの会話からここまで転換できる頭の回転と話術にある意味感心してしまう。

 

「…………」

「…………」

 

「…………」

「…………」

 

「……わりぃ……その……またはぐらかしちまった」

「え」

 

「……お前があんなにちゃんと伝えてくれてるのに……こうして逃げ回る俺は本当に情けねえなって自覚はあるんだよ……」

 

 比企谷も自覚はしてるだろうとは思ってたけど、こうして打ち明けてくれたのが意外だった。

 

「……いいさ、あたしへの信頼が足りないんだからあたしの責任で」

「いや、それは違うだろ……」

 

 そうは言うがその言葉に力はない。

 本当にあたしの言葉を完全には信じられないんだ……

 どれだけ臆病なんだろう……

 今までに一体何があったのだろう。

 

 比企谷はさっき言葉の裏をとろうとしてしまうと言った。そんな猜疑心が制御できなくて苦しんでいる。

 ならせめて、あたしは比企谷八幡の前では誠実でいよう。あたしの信じるを捧げよう。

 それで比企谷の疑心が少しでも晴れるならあたしに惜しむものなんてないから。

 

「だから……その……」

 

 言葉を濁す比企谷に対して、鏡越しのままこう続けた。

 

「……あたしが安心させてみせるよ」

「川崎……」

 

 それを最後にあたしは洗面台から離れた。

 

「ほら、もうじき妹ちゃん達が来るよ」

 

 

 

つづく

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