サキサキのバレンタインは色々まちがっている。   作:なごみムナカタ

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雪乃のしゃべりが苦手です……
語彙力皆無のガハマちゃんと違って多少は考えないといけないので。
部室のやりとりと違うので、罵倒も言い過ぎると周りが引くだろうから加減しないといけないし。
とはいえこの時系列だと雪乃の印象はだいぶ柔らかになってるのでそういった意味でも加減しないとキャラ崩壊ですが。
正直ガハマちゃんは思考まで単純だから無限に会話続くんですよね。面白いかどうかは別にして。

2020.12. 4 台本形式その他修正。
2020. 1.21 書式を大幅変更。それに伴い、一部追記。


23話 彼の前では、雪ノ下雪乃の煩慮も徒でしかない。

《 Side Yukino 》

 

 ――――――

 ――――

 ――

 

~昨日の放課後~

―職員室―

 

「先生、鍵を借りに来ました」

「ああ、ご苦労。ほら」

 

「では失礼致します」

「ちょっと待ちたまえ」

 

「? なにか?」

「……比企谷の更生について話があるのだが……」

 

「……なんでしょう?」

「……ちょっと生徒指導室まで来てくれないか?」

 

「はい」

 

 平塚先生は普段より真剣な表情でそう促した。

 

「さ、掛けてくれ」

「失礼します」

 

 生徒指導室の椅子に座ると、この後部活なのを察してかいきなり本題に入る。

 

「昨日、比企谷を借りた時に話題になったんだが」

「はい」

 

「比企谷が入部する時に依頼した『比企谷の孤独体質改善依頼』が進んではいるようだが気になったことがあってな」

「⁉ …………申し訳ありません。想像以上に頑固というか、確かに変わり始めているようなのですが、なかなか……」

 

「それは君も負けていないようだが……まあ、今それは言わないでおこう。呼び出したのはその依頼のアプローチについてだ」

「? アプローチ……ですか?」

 

「そうだ。どういった方針で取り組んでいるのか少しばかり気になってね」

「方針……ですか…………確かにこれといって特殊な取り組みをしているわけではありません。強いて言うなら、今までも部活を通じて彼との交流を図りつつ会話シミュレーションを……というところですが……」

 

「つまり当初と変わらず、ということだな」

「……そうですね」

 

 その言葉にはどこか非難めいたものが含まれている気がした。

 

「……何をおっしゃりたいのでしょうか?」

「……時間もないし、まどろっこしいことはやめておこうか。今の君なら受け入れられるだろうからな」

 

 平塚先生は座り直すと正対し、わたしの目を見てこう続けた。

 

「……雪ノ下、君はずいぶん変わったよ。奉仕部設立の頃からは考えられないくらい表情も豊かになり、柔らかさが出てきた」

「……はい」

 

「…………元々、比企谷を強制入部させたのは彼の更生よりも君の孤独体質改善を狙ってのことだった」

「っ⁉」

 

 平塚先生の口から信じ難い言葉が告げられる。

 唐突な彼の強制入部、安い挑発で無理矢理わたしとの接点を作ってきた不自然さから何か狙いがあるとは思っていた。

 いや、疑らない方がおかしいが、まさかそんな意図だとは予想もしていなかった。

 

「出会った頃の雪ノ下には認められない事実かもしれないが今の君なら、と思ってな」

「…………」

 

 確かにあの頃、言われていたら聞く耳など持ち得なかったであろう。

 だが、平塚先生の指摘通りその言葉に耳を傾けるだけの自己分析を今のわたしは出来ていた。

 

「無論、この変化は比企谷だけの功労ではない。由比ヶ浜も同じくらい貢献している」

 

「……そう、ですね…………わたしは奉仕部に在籍していて良かったと心から思っています」

 

 平塚先生と二人だからこその科白だった。たとえ由比ヶ浜さん相手であってもこうは言えなかっただろう。

 

「そうか。その功労者の一人に昨日こんな話をしたんだが……」

 

 平塚先生が車中で話した『言霊』と『比企谷くんの自虐癖』に関連する見解を説明された。

 

 言霊についてはわたしも耳にしたことがある。

 霊と名の付くそれは、言葉が魂を持って現実に影響を与える、一種の呪詛に近しい存在だとか。

 言葉によって指向性が齎されたそれは、受けた人の意識を変え、それによって行動が変わり、結果までも変化してしまう。

 これは引き寄せの法則と呼ばれ、偉人の名言でも似たような言葉がある。

 

 心が変われば行動が変わる。

 行動が変われば習慣が変わる。

 習慣が変われば人格が変わる。

 人格が変われば運命が変わる。

 

 言霊がそれを起こす切っ掛けを与えるのだとしたら、わたしは日頃から比企谷くんに対して存在する価値のない人間になれと暗示していたことになる。

 あれは気の置けない相手に対しての戯言。比企谷くんも理解してくれているはず。

 だが、本当にそうだろうか。そう考えると不安が過る。

 

 あの捻くれた男が言葉の裏を、悪意を読まないはずがない。

 夕日差し込む奉仕部の教室で自ら吐露していたではないか。

 

 ――『本物がほしい』と。

 

 それが何なのか、今でもわたしは答えを探している。

 しかし、確たる答えが分からなくともその前の言動を鑑みれば少しは答えに辿り着けるのではと瞑目した。

 何か裏があるんじゃないか、事情があってそう言ってるんじゃないかと、言葉を疑う彼の望むもの……きっと言葉に替わり信じられるなにかなのだろう。

 もっと言えば、彼は言葉というものに少なからず恐怖を抱いていると当て嵌めれる。

 

 そんな彼の目に普段罵倒ばかりしているわたしはどう映るだろう。

 

 本当に冗談だと受け止めてもらっているのだろうか。

 

 それでなくても常日頃から虚言を吐かないなどと嘯いているのだ。

 

 むしろ本気と取られる方が自然といえるのではないのか。

 

 その結論に達した時、わたしの心臓はキュッと締め付けられたような不快感に襲われた。

 

 ――

 ――――

 ――――――

 

「――――ということを言われ、比企谷くんとどう接して良いのか分からなくなって……」

「つまり、お兄ちゃんを罵倒することによって前向きさを失わせていることが人格更生を妨げているので、控えるよう注意された、ということですね?(あちゃー、やっぱり雪乃さんにも注意入ったかー)」

 

「あー、うーん……ゆきのん冗談でよくヒッキーに言ったりしてるもんね」

「ごめんなさい。小町さんにとって気分のいい話ではないかもしれないけれど決して本気で比企谷くんを貶していたわけではないの……」

「いえ、小町も結構言っちゃってるとこありましたからこの件に関しては強く出れないっていうか……」

 

「それでも実の兄を他人が悪し様にするのを見ていい気分になるとは思えないわ。わたしの姉にならウエルカムなのだけれど」

「そう言われても返答に困りますよ……」

「陽乃さんを悪し様に出来る人がそもそもいないと思うんだけど……」

「比企谷くんはいつもそうしているけれど結果が全く伴っていないものね。卑屈の理論武装で逆に姉さんを喜ばせているという見方も出来るわ」

 

 そしてその卑屈理論を一番楽しんでいるのがわたしであることが目下問題となっているのだ。

 

「話が逸れたわね。初めて出逢った時の延長でわたしは彼に対して罵倒表現以外でのコミュニケーションをとることが著しく困難になってしまったの」

「なんの悪びれもなく言い切った⁉」

「雪乃さん、それは小町的にポイント低いです……」

 

「でもあの腐った目を見ているとそれに相応しい言葉を口が勝手に疾言(しつげん)してしまうのよ」

「うわー、雪乃さん反省してなーい」

「あ、ご、ごめんなさい小町さん。だから今後どうするか対策を練るべく比企谷くんに外してもらったのよ」

 

「お二人なら、もっと普通にできる話題などがあると思って……出来ればわたしにそれを教えてもらえないかしら?」

「うん! 分かったよ、ゆきのん! もうヒッキーのこと悪く言わないようにあたしがしっかりレクチャーしてあげるからね‼」

「ふふ、ありがとう由比ヶ浜さん、頼もしいわ」

「小町も出来る限り協力しますからね!(でも結衣さんのレクチャーって不安だなー。いつもお兄ちゃんにメールしてもほとんど返って来てないみたいだし)」

 

 

× × ×

 

《 Side Saki 》

 

 

―川崎家―

 

ピンポーン

 

「いらっしゃい。今日はありがとう。あがってよ」

 

「お邪魔しまーす」

「お邪魔するわ」

 

「お邪魔します! 沙希さんもう身体平気なんですか?」

「ああ、お陰様で完調したと思うよ。今日ちゃんと寝れば完璧だと思う」

 

「良かったー、昨日は心配したんですよ?」

「すまないね、心配かけて。さ、今日は小町と大志のお祝いだしゆっくりしてなよ」

 

「そんなこと言ってまた無理する気じゃないですよね?」

「し、しないから。昨日はホントに食べ過ぎなだけだったからさ。少し家事するくらい平気だよ」

「そうだよ、無理しないで! あたしとゆきのんが手伝うからさ! 小町ちゃんもゆっくりしててよ!」

 

「それはいい心がけだが、お前は決して料理は手伝うな。絶対だぞ。神と雪ノ下に誓え、今すぐに」

「ゆきのんが神様と同列に⁉」

「比企谷くんにしてはいい判断だわ。由比ヶ浜さん、絶対に料理に手を出さないでね。絶対だから」

「念押しされた⁉」

 

 これが奉仕部漫談なのか、淀みなく繰り広げられるやり取りは心地良くもある。

 …………だからこそ、ちょっともやもやする。

 

「いらっしゃい、皆さん! 今日はわざわざ申し訳ないっす!」

「大志君、久しぶり! 合格おめでとう‼」

「おめでとう」

「ありがとうございます!」

 

「本当にわざわざすまないね、大志の為に」

「小町の為でもあるからな。気にしなくていいんだぞ」

 

「あら? あなたがそんなことを言うなんて随分偉くなったものね……はっ⁉」

「へいへい、祝うのは俺じゃないからな。……って最後の『はっ⁉』ってなに?」

 

「な、なにを言っているのかしら? ついに目だけでなく耳まで腐り果ててしまったのかしら……~~~~っ‼」

「いや、だから語尾につくその得体の知れない呻きはなんだよ? 川崎だけじゃなくお前まで風邪か?」

 

「し、心配? いえ、心配するように見せかけてわたしの歓心を買おうというのかしら? 相変わらず姑息な真似がお上手な……の、ね………?」

「なんで最後の方、恐る恐るなの? お前今日変だぞ?」

 

「そ、その……」

「ああー、えーっとー! そ、それよりもお祝いのお料理作ろうよ‼ あたしも手伝うから‼」

 

「お前はやめろ!」

 

「あなたはやめて!」

 

「酷いし⁉」

 

 

× × ×

 

 

 比企谷と小町はごねていたが、結局あたしも料理を手伝うことにした。

 雪ノ下のサポートをあたしがするといった形だ。昨日みたいに無理し過ぎてまた体調不良なんてみっともない真似をしたくない。

 一緒に料理を作っていると、なんだかこちらを窺いながら目が合うと逸らして、またこちらを見る、を繰り返す。

 

 ……言いたいことでもあんの? といつものように訊きたいが、相手が雪ノ下だと少々躊躇われる。

 

 エンジェル・ラダーで話した時もそうだったが、彼女とは相性が悪いと感じる。去年の夏、予備校で会った比企谷に向けて言った言葉がそれだった。

 あまり普段通りの口調で接すると無用な衝突を招く気がしてならない。その懸念があったので比企谷にスカラシップのお礼を頼んでしまったのだから。

 どうしたものかと考えている内に、料理はどんどん進んでいく。

 

 さすが雪ノ下。クリスマスやバレンタインイベントでその腕前の一端を目の当たりにしたが、何でもできる才女なのは確かのようだ。小町や城廻先輩よりもう一段以上調理能力が高いし的確で手早い。

 あたしも雪ノ下も料理が得意なのでどんどん捗るが、逆に話せる時間が短くなっていくとも言える。

 

「…………」

 

 ……仕方ないね。

 

「……ねえ、さっきからチラチラ見てるけど何か訊きたいこととかあるの?」

「えっ⁉ いえ、その……」

 

 予想外のしおらしさで拍子抜けしてしまう。これから決闘するってくらいの意気込みで声かけたのに。

 

「そ、その……川崎さんは……いつも、比企谷くんとどういう話をしているのかしら?」

「はっ⁉」

 

 今度はこちらが間抜けな声を上げてしまう。

 

「え? 一体、何言ってんの?」

 

 あたしよりも比企谷と親しいであろう雪ノ下から聞かされる言葉には思えなかった。

 あたしに興味があるわけではないだろうし。

 

「ご、ごめんなさい。突然変なことを言ってしまって……気にしないで、忘れてちょうだい」

「ああ、こっちこそごめん。あんまりにも予想外だったから思考が追い付かなくてキツイ言い方しちゃって」

 

 雪ノ下とはほとんど話したことがないが、それでもバイト先に彼女が来て会話したし、バレンタインの依頼でも話した。

 その時と状況がまるで違うから比較しづらいものの、それでもこんな弱気なしゃべりをする奴ではなかったはずだ。

 

「そんなこと訊いてくるなんて、なんか理由あんの?」

「…………」

 

「さっき、比企谷と話してた時に変だったのもそのせい?」

「…………」

 

「……理由もなしにそう訊かれてもね……比企谷とは会話自体あまりしないから、何話してるって言われても答えにくいね」

 

 対外的な会話が比企谷九割その他一割とは言った。だが実際、登校時に会えば挨拶くらい、教室で会話は皆無、予備校では挨拶もなく声をかけるのはたまに近くに座った時くらいだ。

 

 ……あれ? あたしの九割どうなってんの?

 バレンタインの日からこっち、それらの状況以外で話すことはあったが、どれも例外的で雪ノ下の求める答えには適さない気がする。

 

「…………実は……」

 

 雪ノ下は、昨日平塚先生に言われたことをあたしに話し出した。

 

 比企谷が奉仕部に入部した……というかさせられた原因が孤独体質にあり、それを改善させる依頼を受けたのが雪ノ下だということ。

 ところが平塚先生に言わせると、それを矯正する雪ノ下の接し方が著しく相応しくないのだという。

 

 バイト先に乗り込んできた時やその後の大志を含めた奉仕部との話し合いの時の雪ノ下の会話を思い出す。

 雪ノ下はあたしと話している最中にも比企谷をディスる発言がよく飛び出していた。

 いや、下手をするとあたしと雪ノ下が向かい合ってるその間に比企谷がいる、というか射線に入った位置関係なくらい流れ弾に被弾し続けていたほどだった。

 雪ノ下はそれを楽しんでいる節があったし、比企谷はその性格から言い返さず自虐で受け入れてたのだろう。

 

 ただ、孤独体質改善において本人に自信をつけさせることは、前向きな性格作りとして正しいし、それにより外交的になり他人に接しやすい。ネガティブで自虐体質だと聞かされる方も気が滅入るし他人が寄り付きにくいだろう。なのに雪ノ下の日常的な貶し言葉は古傷を抉り、コンプレックスを助長させ、自信を失わせ、後ろ向きに拍車をかけている。

 それを平塚先生に指摘されて雪ノ下は、比企谷に対する接し方を改善することにしたのだという。

 だが、急にやろうとしてもどうすればいいか分からず、藁にも縋る思いであたしに訊いてしまったというわけだ。

 

「……今まで当たり前のように比企谷くんを貶していたツケが回ってしまったようで、その……普通に会話するということが困難になってしまって……」

「…………」

 

「いえ、別に貶さなければ言葉が発せない訳ではないの……」

「ただ、何というか……今まであれだけ貶してきて突然何もなく普通に話すと、空々しい気がしてしまって……」

「そんなつもりもないのに、なんだか虚言を吐いているように錯覚してしまって……」

 

 雪ノ下の言葉を虚言に捻じ曲げるあいつの自虐体質力ってどうなってんの……?

 っていうか、雪ノ下も比企谷に近いくらい捻くれてるのかもね。

 

 普通に表現するより少し機智に富んだ会話を望んでいて比企谷も国語の成績がいいって言ってたから語彙力あるだろうし、何より捻くれた視点のお陰で得られた小才が雪ノ下の御眼鏡に適ったのかもしれない。

 まあ、二人が話してるとこなんてほとんど見たことないから予想でしかないんだけど。

 

「で、なんであたしに訊いたの? 言っとくけどあたしもあんま友人いないし会話とか少ないんだけど」

 

「……その……」

「もちろんわたしも身近で話題が多くて比企谷くんと親しい由比ヶ浜さんがお手本になるのではないかと思って相談してみたのだけれど……」

「……彼女の話題が……話題どころか言語すら違うのではないのかと錯覚してしまうくらいに何を言ってるのか理解ができなくて……」

 

「あぁ……なんかそれ分かる気がする……」

 

 最近の流行やらテレビ番組やネット、身近にあった出来事……多分あたしや雪ノ下や比企谷からみたらどうでもいい中身のない話題ばかりを教わったのだろう。

 特に流行などは、それに疎いあたし達にとって何を言ってるのか理解することも難しい。それって比企谷にも通用しない話題ってことだと思うけど由比ヶ浜も普段どんな会話してんのさ。

 

「前に比企谷くんの言っていた『ふわふわぽわぽわした頭の悪そうな物が好き』と総評した言葉を思い出してしまったわ。それくらいに異文化コミュニケーションだったと言わざるを得ないわね」

 

 向こうに由比ヶ浜いるんだけど……うち狭いし聞こえても知らないよ……?

 

「いえ、由比ヶ浜さんばかりを責めるつもりはないわ」

「いや、今の聞いてると責めるつもりしかないの間違いじゃないの?」

 

「そ、そういうことではなく、その……わたしも一般の女子高生と離れた価値基準を持っているから、由比ヶ浜さんを責められないということよ」

「ああ、なら納得かも」

 

「だ、だから……その……こんなことを言うのは非常に失礼なのかもしれないけれど……」

「ん?」

 

「わたしと同じく友人が少なく、一般的な女子高生と離れた価値基準を持っていそうで、かつ比企谷くんと関係が良好な川崎さんなら、最も有効なアドバイスをいただけるのではないかと思って……」

「…………納得したくないけど理屈は通ってるのが悔しいね」

 

 失礼という自覚があるだけ人間味が感じられるのは大きな進歩だろう。エンジェル・ラダーに乗り込んできた時からは考えられない人間味だ、うん。

 まあ、出来る限り協力してもいいかもしれない。比企谷に自虐をやめろって言ったのはあたしだし、あいつが貶されなくなるのも願ったりだしね。

 

「確かに、雪ノ下が言ったことは大体、的を射てるよ」

「ほ、本当に⁉」

 

「……でも多分、期待には応えられないと思うよ?」

「あたし達が話すことってほとんど最小限のコミュニケーションだし、話題も予備校が同じだからその話くらい? あとは弟妹のこととか?」

 

「そ、そう……」

 

 目に見えて消沈する。あのプライド高そうな雪ノ下がわざわざあたしに訊いてきたという事実が、今までのことを省みている証明になった。

 

「…………はぁ……じゃあさ、貶しつつ、でも褒めたりとかしてみたら?」

「え?」

 

「今まで通り会話できないのが調子狂うなら、そうするしかないんじゃないの?」

「……比企谷くんを……褒める?」

 

 いやいやキョトンとしないでよ。

 

「…………それは少し……いえ、非常に難しい問題ね。彼の誉めるところを見つけるとなるとわたしの価値基準を大きく覆す必要があるのではないのかしら?」

「いや、あたしにそれ訊かれても……」

 

 前言撤回。あまり省みてはいなかった。

 

「……無理ならディスったあとフォロー入れればいいんじゃないの? あんた達がなにしゃべってるか知らないけど」

 

 正直、もう相談に乗る気も失せていたので適当な返しで場を流そうと考えた。

 

「適当なフォローというのは、どういったものなのかしら?」

「ああ、例えばだけど『あんたの目って今日も腐ってるね。でもあたしはそんな目も嫌いじゃないけどね』とか、そんな感じ」

 

「‼ すごいわ、川崎さん! それならわたしでも今まで通りに会話ができるかもしれない!」

「そ、そう? お役に立てて何よりだよ」

 

 普段どんな会話してんのさ? そういえば奉仕部でのあいつを見ることなんてほとんどなかったっけ。

 さっきうちに着いたばかりの会話がその片鱗だというのなら部室ではいかなる責め苦がされていたのか想像するのも恐ろしい。

 

 ……やっぱり、あたしは雪ノ下と仲良くできないね……

 

 

× × ×

 

 

「今日は川崎雪乃の料理か」

 

「お兄さん、本当にそれ気に入ってたんすね……」

 

「いやー、小町の時と違って無理に協力する必要ないから別々かもしれないよ?」

 

「うう……あたしも料理手伝いたかったよぅ……」

 

「おいバカやめろ、この祝いの席を惨事の現場にするつもりか⁉」

 

「辛辣だぁ⁉」

 

「お前が手伝うと『由比ヶ浜雪乃』でも『川崎結衣』でもなくて『由比ヶ浜結衣』という不変の料理が完成しちまう」

 

「なにそれ⁉ あたしってなんか特別じゃん‼」

 

「おう、そうだぞ。他の料理上手を殺す強さを持ってるという点で特別だ」

 

「ひどっ⁉」

 

「お兄ちゃん、もうちょっと違う言い方があるでしょ」

 

「そうか、悪かった」

 

「最近料理の練習してるみたいだし、少しは上達したんだろうがそれでもあまり美味しくないので昔のネタみたいな不味さのがまだ笑えたな由比ヶ浜」

 

「うわぁぁ――――ん‼」

 

ビシッ

 

「いてっ⁉ 小町、デコピンするならもうちょっと加減しろ、本気で痛ぇから」

「はぁ~……お兄ちゃんの罪はこの程度のデコピンじゃ償いきれないよ……」

 

「うう……ヒッキーの…………バカ……」グスッ

「あぁ、悪かったって。ほんの冗談だ。ただ謝りはするが、マジで雪ノ下先生のGOサイン出るまで他人に料理は振舞うなよ? それだけは切に願う」

 

「グスン……うう……わかったぁ……」

 

「ハァ……もうお兄ちゃんなんてほっといて洗濯物干して来るね」

「あ、比企谷さん俺やるから座っててください」

「えー、家事好きだし小町にやらせてよ。入試直前なんて普段やらないお母さんとかお兄ちゃんまで家事手伝ってくれて違った意味で欲求不満だったんだよ?」

「え、そうなんすか? お兄さんやっぱり面倒見いいっすよね」

 

「へー、ヒッキーってやっぱり小町ちゃんには優しいんだね」

「おい、バカやめろ、恥ずかしい。それに、そんなもん川崎は常日頃からやってることだし、俺がその何倍も小町に面倒見てもらってる事実を後からバラして落とす気だろ?」

 

「お兄ちゃんは小町を何だと思ってるの……当たってるけど」

「当たってんのかよ、ならせめて悪びれろよ。なに清々しいまでに胸張って答えてんだよ、お兄ちゃんは泣いちゃうよ?」

 

「……楽しそうだね。料理出来たから、テーブル拭かせて」

 

 料理が出来たことを知らせようとしたら、比企谷があたしのことを口にしていたのに驚く。当たり前にしていたことだけど、そんな風に言われると鼓動が大きく跳ねるのが自分で分かる。

 

「あー、布巾貸せ。拭いとくから」

「そ、さんきゅ」

 

「大志は料理運ぶの手伝っとけ。小町も洗濯物干すなら早くしないと料理冷めちまうぞ?」

「わー! 小町が戻る前に食べ始めるとかなしだから! 小町泣くよ⁉」

 

「バッカ、お前、そんなことしたら俺のが大ダメージだわ。小町を悲しませて心がブレイクして8万ダメージ、小町を泣かせたことを親に気付かれて勘当された俺は大学行けずに高卒で働いて8万ダメージの計16万ダメージだわ。高卒初任給の手取りかよ」

「あたしが干すから妹ちゃんは座ってなよ。ってか、あんた冗談の中で専業主夫って言わないだけ現実見てんだね。ちょっと見直したよ」

 

「現実なんて生まれた時から理解してるわ。俺が産声を上げた瞬間から親が絶望する絵面が思い浮かぶからな」

「……そういうこと言わないでっつったでしょうが」

「お兄ちゃん……!」

 

 あたしが軽く脇腹を小突き、小町が軽く脳天をチョップする。大して痛くもないだろうが比企谷の戸惑い具合は見てておかしくなるほどだった。

 

「えっ⁉ なんで二人で結託して暴行するの? やっぱり俺泣いていい?」

 

 だいぶ程度が和らいだとはいえ、未だ自虐癖は尽きないのかつい出てしまうようだ。そんなコントのような光景を複雑な表情で見ているのが由比ヶ浜だった。

 

「むー……」

「? なんだよ?」

 

「……なんかヒッキー達と沙希って仲良すぎない?」

「え、そ、そう見える?」

「あ? そんなことないだろ?」

 

 比企谷がどういう答えを望んでるのか判然としなかったので曖昧に疑問形で返したが、即座に否定されるのもどうなのさ……。

 

「沙希さんが風邪でダウンしてた時に色々お手伝いしてたからですよ」

「別に大したことはしてねえぞ。昨日けーちゃんを迎えに行って夕飯一緒に食っただけだ」

 

 母さんが口を滑らせたから一昨日も来てくれたことは知ってるんだけど。調子を合わせておかないと比企谷の顔を潰してしまいかねないので口からこぼれそうになる真実を何とか飲み込んだ。

 

「うう……」

「由比ヶ浜さん、運ぶのを手伝ってもらえないかしら?」

 

 料理を運んでくる雪ノ下を尻目にあたしも手伝う。結構沢山作ったからね。

 

「凄いっす! 姉ちゃんの料理とはまた違う感じで美味そうっす‼」

「ありがとう、川崎君。今日は二人のお祝いなのだから、沢山食べてちょうだい」

「昼から豪勢だな……」

 

 料理を並べ、結局小町に洗濯物を干してもらい戻ってくると、改めて二人の総武高校合格祝いが始まった。

 

「それでは! 比企谷小町ちゃんと川崎大志くんの総武高校合格を祝って‼」

 

 そういいながら由比ヶ浜はクラッカーを人数分回してきた。

 

「? おい、由比ヶ浜。まさか……?」

 

「うん! やっぱりお祝いだしパァーッとやらないとね‼ ほら、みんなもこれ持って」

 

「ゆ、由比ヶ浜さん? その……」

 

「あのっすね……」

 

「せっかく用意したんだからさあ! ほらほら遠慮しないで!」

 

 みんなが言葉を選んでは飲み込み、また別の言葉を考えて、を繰り返したところで小町が最初に口を開いた。

 

「あの~結衣さん……もうテーブルに料理並べちゃったからクラッカーなんか鳴らしたら紙テープとか料理に入っちゃうんでやめておいた方が……」

 

「出来ないことはないが、テーブルの下や壁に向かって発射するシュールなお祝いになるぞ」

 

「うえぇぇぇ⁉」

 

 あ、今気づいたんだ。

 うん、知ってた。やっぱりこの子、いい子なんだけどちょっと…………いい子なんだけど……!

 

「そ……そっかぁ……そうだよね……ごめんね、二人とも気づかなくて……」

 

 その落ち込む姿は可愛いし純粋だ。童顔なのも可愛さに拍車をかけている。

 ただ、そこに二つの大きなメロンがぶら下がっていることがアンバランスで、チャーミングの中に扇情が同居する恐ろしい生き物だと感じた。

 

「はぁ……じゃあ、小町と大志に壁際に並んでもらって、そこに向ければいいだろ。二人ともそっちに並んでくれるか?」

「あ、そうだね。お兄ちゃん頭いー!」

「さすがっす!」

 

「ただし、間に俺が入れるくらいの空間をあけろよ。っていうか俺が入るか。そうしよう」

「せっかく妙案出して見直したのにその行動でまた見下げ果てたよ。黙って祝いな」

 

 二人の間に入ろうとする比企谷を後ろから裸締めで押さえつける。もちろん大志達に近寄らせないだけで大して圧迫などしていない。

 

「うっ……ちょ、っと……」

「? なに? そんな苦しくないでしょ、大して力入れてないし大袈裟なんだよ」

 

「さ、沙希……?」

「姉ちゃん、気づいてないかもしれないけど男からしてみるとそれはどうかと思う……」

「え? 男からすると……? ……あぁ⁉」

 

 締め上げるというよりただ抱き付いてただけと言った方が正しい。しかも、お風呂上りの時バタバタしてて……。

 ……いまノーブラだったことを忘れてた。

 すぐ離れるのも意識したみたいで恥ずかしいし、徐々に腕を解く。

 ゆっくりとした動きで圧迫が緩んでいく。自分の胸から『たゆん』とか『ぽいん』とか効果音が聴こえそうで、元の形に戻っていくのをしっかり感じ取れてしまう。

 

 完全に比企谷から離れたが、位置的に正面の弟妹と目が合ってしまう。二人の表情は羞恥を帯びバツが悪そうだった。

 その視線に耐えられなくなり顔を背けるが、その先に雪ノ下の顔があった。

 

「……………そんな脂肪の塊の何がいいのよ……」

 

 信じられない独白が聞こえた。

 

「うう……あたしだってそれくらい……」

 

 いや出来る出来ない以前にやらないでよ、やっちゃったあたしが言うのもなんだけど。

 

「ほ、ほら! クラッカー鳴らすよ‼」

 

 我ながら呆れるくらい下手な誤魔化し方だ。

 

パァーン‼

 

『総武高校合格おめでとう‼』

 

 

× × ×

 

 

「そういえば今日って沙希と大志君だけなんだ?」

「ああ、父さんは今日も仕事。母さんは下の子連れて映画に行ったから」

 

「じゃあ、今日来たのってちょうどよかったんだね。迷惑だったらどうしようかと思ってたんだー」

「いや、そういうことは行く約束する前に考慮すべきだろ。いつもの空気を読む力はどこいったの?」

 

「だ、だってー、初めて行く友達のうちって何かいいじゃん? だからちょっと強引にでも遊びに……お祝いに行こうと思って」

「いや、もうそれ遊びにでいいよね? 今更体裁取り繕わなくていいからね?」

 

「……ともだち……ともだち……?」

「いや、沙希さんそんな不思議そうに反芻しなくても……ってか友達ですよね? むしろ友達以外の表現ってあります⁉」

 

「雪ノ下の言葉を借りるなら『依頼対象者』・『知人』・『顔見知り』あたりが的確なんじゃねえの?」

「失礼ね、確かにわたしと川崎さんではそれらの呼び方が当てはまるでしょうけど、由比ヶ浜さんにとっては『クラスメイト』が適切ではないのかしら?」

 

「そこは友達じゃないの⁉」

「ごめんなさい由比ヶ浜さん。友達……というものがどこからどこまでを定義する言葉なのかわたしには分からなくて……」

「逢った時からブレないなお前。ある意味安心する」

 

「ううー、あたしと沙希は友達だよね⁉」

「ん、クラスメイトじゃない?」

 

「え……」

「ええええ⁉ そこは友達っていうところなのでは⁉」

 

「ああ、ごめん。友達かな? ……多分」

「うう……沙希のいじわるぅ……」

 

「ぼっちにはぼっちのスタイルってのがあるからな。あまり自分の考えを押し付けても川崎に迷惑かかるし、これ以上はやめとけ」

「お兄ちゃんが言うとすごく説得力あるよね……」

 

「さすが一人でいることに関しては一家言あるのね。長年培われた経験がそうさせるのかしら?」

「俺の友達いない歴は年齢とイコールだからな」

「ヒッキーさすがにその自虐はもうつまんないから……」

 

 全くだ。むしろその自虐はあたしにこそ相応しくなってる。

 あれ? そういえばホントにあたしって友達いなくない?

 

「お兄ちゃんの無念は小町が総武高に入学して晴らすからね!」

「きっと小町ちゃんなら友達いっぱいできるよ!」

「そうね。そのゾンビのような目のせいで友達の出来ない比企谷くんとは違うでしょうし。……でもそんな腐った目も、わたし嫌いではないけれど」

 

「⁉」

 

「ゆきのん⁉」

「……どうした雪ノ下? なにか変な物でも食べたのか⁉ 小町達のお祝いをしてくれるのは嬉しいが体調が悪いなら家で休んでた方がいいんじゃないのか?」

 

「え? え?」

 

「おかしいな、料理したのは雪ノ下と川崎なのに、由比ヶ浜が作った飯みたいなデバフ効果が出るなんて……」

「ヒッキー、もういいから! あたしの料理ディスりはもうお腹一杯だから‼」

 

「……あの……その」

 

 比企谷の返しに二次的な被害を被る由比ヶ浜。ああ、去年エンジェル・ラダーであたしと雪ノ下がそんなやり取りしたなあ。その時の犠牲者は比企谷だったけど。

 雪ノ下はこっちに非難の目を向ける。なにその目。あたしのせいみたいに捉えないでよ。

 

「ん、んん! ……わ、わたしと川崎さんが作ったのよ? 妙な効能なんてあるわけないじゃない」

「まあ、それは冗談なんだが、お前がさっきから変なのは事実だろ」

 

「なんだ? なんか悩みでもあるのか? なんだったら奉仕部として解決を依頼されてもいいぞ。ただ雪ノ下さん絡みの悩みは勘弁してくれないと俺まで変になる自信がある。むしろそうなるしかないまである」

「あら、自分が変じゃないだなんて、いつからそんな認識不足になったのかしら? あなたはもっと自分を冷静、にっ⁉ ……分析、で、きてぃたはず……だ、けれ……ど……」

 

「おい、だからなんだよ、その『話の最後の方は必ず戸惑う呪い』みたいなのは?」

 

「あ、あはは……」

「…………」

「…………」

「?」

 

 大志は比企谷と同じくポカンとしているが、あたしを含め女子は困惑した目で雪ノ下を見ている。

 

「な、なんだよ? お前らはこの呪いについて何か知ってるのか?」キョロキョロ

 

 あたしもそうだけど由比ヶ浜は特に嘘を吐けない性格だ。どうにかして話題を変えようとも思ったけど、あたし目線だと別に話してもいいかなって気がしてきた。

 

「あ、あら、いつまでわたし達をその下卑た目で舐めるように視姦しているのかしら? ……でもわたしはその視線嫌いじゃないわ……っ⁉(えっ⁉ わたし、一体何を口走っているの⁉)」

 

「はぁ?」

 

「ゆ、ゆきのん⁉」

 

 どんなフォローよ……。

 

「おい、なにその『わたしだけは見られると興奮しちゃうんでバッチこい』みたいな心に棲むビッチが漏れ出た発言は? それともお前、背中にビッチが棲んでるの? 両手上げて構えるとビッチが泣くの? 地上最強のビッチ? 他人の家で特殊性癖(つまび)らかにされる身にもなってみろ。特に奉仕部でもない川崎家はどうしていいか分かんねえぞ? もう一度自分の性癖を見つめ直して川崎家の敷居をまたいでください。ごめんなさい」

 

「~~~~っ」

「ヒッキー、いろはちゃんみたいになってるよ⁉」

「お兄ちゃん、こんな時に限って何でツッコミがキレッキレなの……」

「…………」

 

 結局、落ち着かせる為に雪ノ下をあたしの部屋へ連れて行った。由比ヶ浜なら何とか宥めてくれるだろうと期待して二人を残してあたしは比企谷達のところへ戻る。

 

 ……正直、あんなにもうまくいかないとは思わなかったよ……雪ノ下ってこういう応用が苦手なのかもしれないね。

 

 あたしは、実力試験学年一位が見せたその一面に、なんとなく親しみを覚えていた。

 

 

 

つづく

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