サキサキのバレンタインは色々まちがっている。 作:なごみムナカタ
長くなりすぎて読みづらかったかもしれないです。内容にもメリハリが利かなくて
何言いたいか分かりづらくて反省してます。悪ふざけし過ぎました。
あと当たり前ですが『プリキュア☆ミラクルユニオニズム』なんてものはありません。創作です。
2021. 8.18 大志の発言とその他修正。
2020.12. 4 台本形式その他修正。
2020. 1.21 書式を大幅変更。それに伴い、一部追記。
「――――というわけで、雪乃さんはお兄ちゃんのことを思って男子高生特有の性に満ち溢れた視線を甘んじて受けていたわけであります」
「おい、なんだよその初めから溢れ出る性欲を隠せてないから通報されるのは当然と言わんばかりの表現は。それだとまだ目が腐ってるって言われたほうが優しいからね? そっちは真実だし」
「やだなー、まるでお兄ちゃんが女子に興味ないみたいな言い草じゃん。嘘はいけないよ嘘は」
「何故、真実を訴えた兄の言葉を信じないんですかね? 人は冤罪を仕組まれる方がよほど後ろ向きになってしまう生き物なのですよ?」
「だぁーってお兄ちゃん、よく家で小町のこと見てたりするじゃん! 脱いだ洋服、洗濯機に入れててくれたり」
「おいバカやめろ。ここにきてそれはあらぬ誤解を生むだろ。冤罪か? 本当に冤罪を擦り付けたいのか? 第一、お前片付けといてって言ってその場で服脱いで投げつけてくる奴がどの口でそんなこと言うのか? っていうかそれ誰得情報だろむしろ小町まで大ダメージを被る未来しかないまである」
「あ、あんたたち…………」
川崎さん顔赤くしてしどろもどろになっている。調子にのっていらんことまで暴露してしまった気もする。最悪、今のを雪ノ下に聞かれなかったのだけは朗報だった。だって聞かれてたら俺社会的に死亡すんじゃん。一発退場だわ。
「う……あ……な、なんでもない! なんでもないから‼」
その反応でもう何でもなくねえよ。絶対小町のこと性的な目で見てるとか誤解してんだろ、取り繕えてねえから!
「…………」
大志め、今の聞いて小町の姿を想像しているな。よし、わかった。お前が総武高校の制服を着ることは未来永劫ないことをあとで教えてやる。ってか何生意気にステルスしてんだよ、大志! お前がそのスキルを使うにはぼっち実務経験年数が8年ほど足りんわ。俺専用スキルだけに。八幡だけに!
おもむろに小町にデコピンをお見舞いする。
「あいたっ!」
「TPO弁えましょうね小町ちゃん? せめてそういうのは家で話そうか。いや、家でもホントは嫌だけど。それと、実際に血が繋がってる妹なんて見ても何も感じねえよ。下着なんてただの布としか思えないわ。だよな、大志ぃ?」
「え? え? 俺っすか⁉」
ステルスを無効化する突然の口撃に大志は面白いように狼狽える。
「そ、そりゃ、京華はまだ子供ですから、何か感じてたら本気でやばっすよ⁉」
「ばっか、そっちじゃねーよ、ねえちゃんの方だよ。けーちゃんを引き合いに出すとか、さすがの俺でもドン引きだぞ。もうそれ事案成立だから」
「あ、え、そ、そうでした。そんなつもりはなかったんすけど、妹って言われたからついそっちにしか考えが及びませんでした」
「まあ、お前にそういう趣味趣向があったということが分かったのは収穫だ。小町のお友達認定から外される超重要案件だからな。どう思う? 小町?」
「うーん、小町的にポイント爆下げだよ。大志君にそんな秘密があったなんて……」
「誤解っすよ!」
うーん、大志がガチで困ってる顔はなかなかゾクゾクするものがあるな。あれ? 俺やばくね? 俺の嗜虐心やばくね? 大志虐めて満たされるとかそれもう色々とやばい‼
「あ、あんたたちねぇ……」
あ、ちょっと本気で怒りかけてるかもしれん。そろそろやめとくか。
「きゃー、沙希さんが怒ったー」
小町もうまいこと俺に合わせてくれて揶揄っていただけだ。
「くっ……! あんま大志虐めんじゃないよ。大体、あたしは大志の前で下着になんかならないし」
「でもバスタオル一枚とかで部屋練り歩いるとか言ってなかったか? ほら、確か去年大志がメールしてきた時……」
「あ、あ、あんた! なんでそんなことまだ覚えてんの⁉」
「いや、そりゃまあ、なかなか衝撃的な事実だったから……」
「まー、気持ちが分からないでもない小町からは何も言えませんけど」
「小町ちゃん? 誤解を生むようなフォローいらないから。俺達は健全な千葉の兄妹ですからね?」
「千葉ってつけるとそれだけでもうインモラルな意味合い含まれてそうだから小町的にポイント低いよ」
「小町ちゃん⁉ その情報もっといらないからね⁉」
そんな会話を聞かれ、俺川崎に殴られるんじゃないかと心配になりそちらを見る。両手は膝の上に置きスウェットを握りしめてぷるぷる震え、顔が紅潮しているのが俯いてても分かるくらいだ。
ヤンキーみたいな見た目と違ってホント超純情なんだよなーこいつ、中身はフツーにいい姉ちゃんでオカンだし。実際今までぶつとか殴るとか言われたことあるけど本気で痛い暴力とか皆無だしファッションヤンキー? お願いとかすると聞いてくれるし、なんちゃってツンデレだよな。むしろデレ100%と言っても過言ではない。
でも、それは川崎が俺のことを好きだから……なんだよな。
いくら川崎がいい奴でも家族以外にそこまで頼みを聞くとは思えない。学校では俺以外の奴となんてほぼしゃべらない奴だしな。
去年の依頼の時なんて由比ヶ浜発案ハニートラップ(?)で使役された葉山を一顧だにしなかったくらいだ。まともな女子なら雪ノ下みたいに因縁がない限り葉山を邪険にするなんて有り得ない。
そういう面で言えば由比ヶ浜のように『俺に優しい娘は他の奴にも優しい』が当てはまらない疑念のない相手と言える。
……そんな川崎を信じられないとか、俺どんだけ臆病なんだよ……
ここ数日のことを想起し自己嫌悪に苛まれる。そんな俺を見かねてなのか、さっき髪を乾かしている最中、川崎は自分の想いを押し付けるつもりはないとまで言い出した。この想いが負担になるくらいなら答えなくてもいいと。
正直、川崎は魅力的な女の子だと思う。
絡みはかなり少ないものの、知り合った時期は奉仕部の二人と大差ない。それにここ数日間は濃密に接したお陰で彼女の色々な面を見れた気がする。
初めて会った時に見せた冷然とした表情も、今では様々な色を見せてくれる。元々あいつの家族想いなとこや料理上手は知っていたつもりだったが、実際口にしてみてその凄さを実感した。雪ノ下のと比べても引けはとらない。むしろ俺は川崎の料理の方が好きかもしれない。
その上、普段まず絡まない弟妹と過ごしたことが、川崎と接する以上に川崎を知る機会となった。
川崎の心的負担を考え、お見舞いに来ていることを悟られないよう一昨日は顔を見せなかった。すると必然的に大志とけーちゃんの二人と多く接するわけで、共通の話題なんて川崎か小町のことしかない。結果、普段川崎がどんな生活をしているのか垣間見てしまうわけだ。
川崎は朝、弟妹達を起こして家族の弁当を作り、学校が終わると予備校かけーちゃんを迎えに行く。家に帰れば夕飯を準備し、けーちゃんをお風呂に入れて寝かしつけてから自分の勉強と大志の勉強を見てやる。休日はけーちゃんと遊んであげたり、アルバイトで家計を助ける。
そんな自分の全てがほとんど家族に向けられている川崎の話を聞いて、内心動揺が止まらなかった。
俺もスカラシップを維持するくらい勉強はしているし、小町の面倒も看ている。
ただ、最近はもう小町に料理を作ってもらってるし、何だったら面倒看てもらってる部分が大きい。
スカラシップ錬金術で浮いた金を小遣いに計上してるし、その金で携帯ゲーム機やラノベを買って余暇を楽しんでいる。
今までそれでいいと思っていたし、それくらい普通だろうと、そんな自分が好きだという自覚もあった。
でも川崎沙希という人間を知っていくうちに、本気で自分が嫌いになりそうになる。
他人と比べることは無意味だと分かっていても、気にせずにはいられない。
いや、川崎と俺の生き様の違いに後ろめたさを感じたのは事実だ。だが、それ以上に……
そんな美しい生き様を見せる川崎沙希という人間が向けてくれた想いに対して、はっきりとした答えを示せないでいる俺自身にかつてないほどの嫌悪感が生まれてしまったのだ。
「ひ、比企谷さん、誤解っす! 俺は別に姉ちゃん見ても何とも思わないっすから!」
「え?」
ついつい回顧してたところを大志の声で我に返ったが、そういえばそんな話してたな。っていうかそれを聞いた川崎の反応どうなってんの? お前一体何を期待してんだよ、見てほしいのかよ? むしろインモラルな関係望んでないか? 直接口にしたら今度こそ拳飛んできそうだから心の中に留めとくけど。
「冗談だよ、ジョーダン♪ でも沙希さんみたいにボンキュッボンなスタイルの女性でもお姉ちゃんだと興奮しないんだ? じゃあお兄ちゃんもホントに小町のことなんとも思ってなさそうだね」
そう言いつつ自分の両の胸を両の手で包み込んでもにゅもにゅ。
ちょっとやめて小町ちゃん‼ いつからそんなはしたない娘になったの⁉ お兄ちゃんは許しませんよ⁉ 大志コラ、赤くなってんじゃねえよ‼ 顔背けたのは評価するぞ、この野郎‼
「おい、今の今までなんとも思ってるって誤解してたのか? やばいぞ、その認識。この目で実妹見てそんな意識あるとしたらとっくの昔に俺は塀の中だからな? いやその前に親父からのDV被害でこの世からいなさそうだ」
「あら、この先もそうならないとは限らないのではないのかしら?」
突然あらぬ方向からのツッコミが入る。復活の雪ノ下だ。
「よう。ようやく解呪されたのか」
「っ! そんな風に言われると厨二病を疑ってしまうのだけれど。それより、あなたも聞いたのね」
さっきまでの言語的な不具合は平塚先生に言われた『比企谷八幡更生プログラム』が影響していたのだと小町から聞かされたことを思い出す。
「……いまさらお前に優しい言葉をかけられたくらいで俺の性格が治るわけないだろ。俺って過去の自分をリスペクトしてるからな」
……ま、ついさっき今の自分を嫌いになり始めたんだけどな。
「‼ ……そ、そうね、あなたにそんな気遣いは無用だったわ。先生に言われたからといってあなた如きに何を怯えていたのかしら」
おうおう、清々しいくらいにいつも通りだわ。これぞ雪ノ下雪乃!
「まあ、そんなわけで余所余所しい会話とかやめとこーぜ。俺もそういうのは嫌いなんでな」
「分かっているわよ、そんなことは」
「…………」
川崎が何か言いたそうな顔をしていたが、結局無言を貫き食事に戻ることにした。
そういえばまだケーキを切っていなかったな。最初に顔見せはしていたものの、やはりデザートということで一旦冷蔵庫に戻されたんだった。
「雪ノ下、ケーキあったよな。そろそろデザートでよくないか?」
「そうね。それじゃ、わたしが切るからとってくるわね」
「あれ、結衣さんは?」
「由比ヶ浜さんならまだ川崎さんの部屋にいると思うのだけれど、わたしだけ先に戻ってきたから」
「……まさかとは思うけど部屋漁ってないだろうね?」
「まさか……と言いたいところだけど、他に部屋に残る理由がないのも事実ね。そんなことはないとは思うのだけれど……」
「いいよ、あたし行ってくるから」
正直、由比ヶ浜の行動は俺達には予測がつかないから川崎の部屋で何やってるのかなんて見当もつかない。
―沙希の部屋―
「由比ヶ浜、雪ノ下がケーキ切るから……」
「んなっ⁉ ちょ、あんた、なにしてんの⁉」
川崎の部屋の方で何やら揉めてるみたいな声が聞こえた。ちょっと心配になって俺も行ってみる。
「どうした川崎、なんかトラブったか?」
「ひ、比企谷⁉ なんでもない! なんでもないから来なくていいから‼」
「あ? あー、そうですか。分かった」
具体的には分からないが、なんとなくセクシャルな話だとは思った。女子の部屋で起こっていて男子に寄るなって言われりゃそう予想しちゃうじゃん。だって男子高校生だよ?
「じゃ、戻ってるから早めにな」
そう言い残し居間に戻るが、わざとゆっくり歩いて川崎の部屋へ耳を欹てた。悪いとは思ったがこれも人情だ、許してくれ。
「……それ早く返し……いよ。家だと苦し……ら外してる……昨夜、洗濯物……るの忘れ…………置きっぱな……たのよ」
「あ、うん……たしこ……めんね。でも、沙希の……ついどっちが大…………確かめ……なっちゃって……」
あー、これは、あー、あれだ。そーか、確かに追い出されるわ。ってか盗み聞ぎが既にやばい。そして顔のニヤけがもっとヤバイ。意識してないと一人で『フヒッ』とかいう気持ちの悪い笑いがこぼれそう。
俺は逃げ出すように居間へと向かった。内心、どちらの方が……なんて考えてはいませんからね!
―居間―
「お兄さん、何かあったんすか?」
「俺達のようなY染色体交じりは入ってはいけない世界だった。人はどこまで高みを目指せるかという哲学的な話でもある」
「は、はぁ、よくわかんないすけど、凄そうっす」
意味分かってもすげえよ、ある意味総武高校双丘頂上決定戦だぞ。なんて口にしようものなら川崎に今度こそぶっ飛ばされそうだし、由比ヶ浜からは卒業するまでキモい言われそうだから言わんけど。いや、今までのこと考えるとバレなくても卒業まで、なんならその後もずっとキモい言われるだろうけど。
「小町さん、テーブルの方ありがとう。ケーキが割と大きいから完全に片付けないと乗らないし助かったわ」
「うわぁ、ホンットすごいですよ雪乃さんの料理の腕は! 小町も今度教えてほしいなー」
「ええ、もちろんいいわよ。小町さんならすぐに上達して教えることがなくなりそうだけれど」
「そういえばクリスマス合同イベントの時もケーキ作ったんですよね? お兄ちゃんから聞きましたよ」
「ばっ!」
「っ⁉ ひ、比企谷くんが家でそんなことを話すなんて雪でも降る前触れ? それともあまりの出来事にフィリピン海プレートも同じ姿勢を保っていられなくなるのではないのかしら?」
「おい、なんで俺がお前のことを話すのが一世紀レベル間隔の稀有な地震起こすトリガーになっちゃうの? 俺のせいで32万人以上が生きている苦しみから解放される可能性がでてくるとかA級戦犯もびっくりだぞ⁉」
「残念なことにそれでも法はあなたを裁けないのよ。何故なら、法とは生きている人間に適用されるものだから」
「それは存在を認識されないのか生ける屍と思われているのか判断に迷う。雪ノ下のジャッジはいかに⁉」
「残念。そのどちらでもない『人ではない』が正解でした」
「いい笑顔でねつ造すんじゃねえよ。いや俺はホモだよ? ホモだからね?」
「サピエンスをはぶくのはやめなさい。ゲイだと認識されるわよゲイ谷くん。いえ、それは適切ではないかもしれないわね。謝るわ」
「謝罪を受け入れる前に何が適切じゃなかったのか聞かせていただきたいところだな」
「ゲイの語源となった英語圏では
『お気楽』
『しあわせ』
『いい気分』
『目立ちたい』
という意味で使われてきた言葉なのよ。
つまり?
何一つあなたに当てはまらない。
よって?
あなたの二つ名はゲイ谷くんでは似つかわしくないのにわたしが間違えてしまったことへの謝罪よ。
結局のところ?
ホモ谷くんが適切だったということかしら?」
「おい、もうツッコミ追いつかなくてお手上げだわユキペディア。ていうかホモ谷はホモ・サピエンスでいいんだろ? さっき自分でサピエンスをはぶくなって言ってたからね? 言質とってるからね?」
「ホモ谷くんは広義的にはホモ・サピエンス、いわゆるヒトで合っているわ。ただ狭義的にはホモとしてのセクシャルマイノリティーだから、どちらもホモ谷くんとして適切な表現ではないのかしら?」
「ついに俺がヒト科の生き物だと認めたな? そこだけは情状酌量が認められたんだな?」
「あら、失礼。ついホモ・サピエンスであると錯覚してしまったわ。元はと言えばあなたがゲイと対照的な存在のせいでホモと呼んでしまったのがいけなかったのよゲイ谷くん。ヒトでもなくお気楽でもなく目立ちたくもないあなたはもう『非ゲイ谷くん』でいいのではないのかしら?」
「おい、それ散々紆余曲折した結果、普通の人になってるからね? ゲイじゃないならセクシャルマジョリティーだからね?」
「…………」
「…………」
「……くす」
「……くっく」
そこまでしゃべってどちらともなく笑みがこぼれた。奉仕部での俺が好きなあの空気、それが川崎家で再現されたような印象。
「……やっと平常運転だな」
「……お陰様でね」
柔らかな笑顔を見せる雪ノ下。気づけば俺達に視線が集まっていた。
「お、お兄ちゃんと雪乃さん、よく噛まないでしゃべってられるね?」
「凄いっす……どうすればそんなにもポンポン言葉が続くのか理解できないっす」
「俺、自虐だけは呼吸するように出てくるから」
「悪化してんじゃん‼」
「わたしも虚言でなければ舌も滑らかに動いてくれるわ」
「結果的にお兄さんを貶しまくってるんすけど……」
「まあ、平塚先生も今更なんだよな。そういう注意は雪ノ下と最初に出逢った時に言うべきだった」
「う……あの時は、その……なんというか……いえ今も言っているのだけれども……」
「分かってるって。コミュニケーションの一環なんだろ。まあ事実だし別にいい。小中学の時のが酷かったし気にしてない」
「良くはないわ。それではまるでわたしがあなたの寛容に甘んじているみたいじゃない」
「雪乃さん、みたいどころかそのものですよ」
「……くっ、確かにその通りだわ。これでは本当に比企谷くんにお情けを賜っているようで屈辱以外の何物でもないわ」
「そんなこと言われても、俺は本当に何も思ってないぞ?」
「――――だったらさ、雪ノ下も同じように貶されれば貸し借りなしなんじゃないの?」
「あ、川崎、男子禁制の用は済んだのか?」
「うっ、ま、まあ済んだと言えば済んだかな。それよりも!」
言いながら後ろに何か隠しているのがバレバレなのだが追及して話の腰を折るのも何なのでここは触れないのが最良だろう。
「雪ノ下が自然にしゃべれるようになる為に比企谷を口撃するなら、あくまで冗談として雪ノ下にも同じ目に合えばいいんじゃない?」
さらっと恐ろしいことを口にする川崎。そんな条件で俺がしゃべれるわけないだろ。
「いや、無理だろそれ……そんなことしたら今度は俺の言語が呪われるわ」
確かに初めて会った時は雪ノ下に対して少しは言ってた気がする。『変な女』とか。川崎に提案されなくても、そうしてた過去があるものの途中から現在のように耐え忍ぶスタンス一択となったのだ。
俺と違って雪ノ下には欠点らしい欠点がほとんどない。よってこっちのディスリストがショボくてすぐ弾切れを起こし雪ノ下に蹂躙される、そんな未来が今の俺。戦争だって弾薬が無くなれば戦い様がない。白旗である。
無論、雪ノ下だって人間だ。陽乃さんに比べれば欠点はあるし……っていうか陽乃さんにあって雪ノ下にないもの。一目瞭然であり明々白々で比べれば歴然というか誰が見ても顕著であって姉妹のどちらが姉でどちらが妹なのか明確に区分できるその様は
何とは言わないが『慎ましやか』なのだ。これ初めて会った時にも思ったな。奉仕部に入って約10ヶ月。俺全然成長してねえ……。
「川崎、それは俺に死ねといってるのと同義だぞ? または社会的にニルヴァーナされる。あれ? 輪廻転生からパージされちゃったよ。社会的にさとりを開くってどういうことなの? あ、それもう既に俺やってるじゃん。人生は苦いから、達観し、さとりを開いてコーヒーくらいは甘くていい。なんてことだ……マックスコーヒーって
調子にのってしゃべっていると絡みつく視線が痛い。そりゃもう変な汗が噴き出してくるくらいに。普段から慣れた悪意のこもったものではないがそれとは違う意味で痛い。いや寒い。身体中の血中温度が下がる気がした。
「…………」
あれだけ饒舌になり元の輝きを取り戻した雪ノ下が黙った。
「……あー、ごめん、お兄ちゃん。さすがの小町もキモくて擁護できないかも……」
最愛の妹にキモがられた。貶さないと言われていたのに。
「お兄さん、今日は疲れてるんすよ……ほら、姉ちゃんが熱出したからここ何日か色々と大変でしたし」
大志に心配された。
「比企谷……お医者さんに診てもらう?」
川崎は本気で俺の頭を危ぶんでいるようだ。
「ヒッキー、キモい‼」
いつの間にか戻ってきていた由比ヶ浜にいつもの言葉をもらう。由比ヶ浜だけは今の俺を平常だと思っているように聞こえたがそれを確認できたキーワードが『キモい』って、俺達の関係も相当歪んでるな。
「お、おい待てお前ら、引くな。これはあれだぞ? いつもの屁理屈からくる冗談だ。……待て川崎、スマホから病院の番号を呼び出すんじゃない。ってか精神科の番号なんてなんで知ってんだよ? あ、小児科ですか、そうですか。けーちゃん小さいからよく医者に掛かるもんな。って俺4歳児と一緒かよ⁉」
調子に乗り過ぎた代償として、しばらく自分が正常であるとアピールし続けるはめになった。なにこれ何の罰ゲームだよ……
× × ×
「はぁ……比企谷くんなんて放っておいてケーキを食べましょう」
熱心な説得の甲斐あってか、ようやく当初の予定通りに進みそうだった。
「ああ、そうだ。出来れば8等分にしてあげてくれないか? けーちゃんとおばさんがおやつ時くらいには帰ってきそうなんだよ」
それを聞いた皆が驚きで目を丸くしている。
「わっ、ヒッキー優しいね。あたし気が回らなかったよ」
「……比企谷くんからそんな気遣いの言葉が出るなんて、少々見縊っていたかもしれないわ」
「お兄ちゃん、小町的にポイント高いよ‼」
「す、すいません、母ちゃんと京華の帰り時間まで考えつきませんでした」
「この程度のことでそんなに感心するなよ。俺が気付いたのはたまたま先に着いた時に二人に会ったからだし、どの映画に行くのかも知ってたからだ。ちなみに映画はプリキュア☆ミラクルユニオニズムだ。プリキュアという伝説の戦士を職業として認知した彼女たちが雇用主が誰なのかを探し当て賃金引上げを求める冒険活劇ロマンスだ。俺も観たい」
あ、また潮が引いていくように皆も引いていくのが分かる。
「ヒッキー、マジキモいから‼」
「小町的にポイント低いよ……」
「低年齢層を対象にそんな映画を作るなんて製作者は何を考えているのかしら?」
「気にするとこ、そこっすか⁉」
「安心しろ、ちゃんと大きいお友達向けにしつつ、女児童にもマッチするような展開と演出が施されたハイブリットな作品らしい」
「本来の趣旨とは逆なのだけれど……」
こめかみに指を当てながら顔を顰め目を瞑っている雪ノ下。やれやれといった感じでケーキに入刀する。
さっきと評価が反転する中、川崎だけは俺の隣に座って肩が触れるくらいに身を寄せてきた。
「……ありがと」
その言葉の意味するところはけーちゃん達のことを気にかけてくれていてという意味なのだろう。さすがシスコン。俺もだし気持ちは分かるぞ。
切り分けでケーキが配られる。自分のと川崎の分を受け取った俺はそれを差し出すと、手に隠していた物の存在を忘れていたのか皿を受け取ろうと無防備にそれを晒してしまった。
「……あっ‼」
「ん? ――⁉ うお、あぶね‼」
秘匿すべきそれを持ったままの右手で皿を受けたが俺に見られ隠そうと手を引いた。するとどうなるか。
「わっ、きゃ!」
当然、皿が落ちそうになるので、慌ててまた手を出して受け止める。俺の手ごと。皿の上でフォークが暴れ嫌な音を響かせるが何とか事なきを得たものの、俺と川崎は皿をお互いの両手と両手でしっかり握りしめ、見つめ合っている状態になた。
「あぶね……ちゃんと受け取れよ」
「ご、ごめん!」
「…………」
「…………あ」
川崎がその手に持ち、現在俺と彼女の両手からぶら下がった物……それは、川崎のものであろう『レース柄のブラジャー』だった。色は黒なので、もしかしたら俺が過去見たショーツとお揃いのものなのかもしれない。確認する術はないが。
確認しよう。今の状態は
『俺と川崎が両手で大事にケーキの乗った皿を握ってそこから紐垂れるように黒ブラがブラブラしてる』
という、なんだこのシュールな絵面。
「…………比企谷くん? 弁護士なら紹介できるから必要なら声をかけてちょうだいね。留置所から」スッ カコカコ
「待て雪ノ下、あたかも俺が盗んだブラを隠していたところアクシデントによって馬脚を現したみたいになってるけど、芸術的なまでに冤罪だからな? おい、スマホ操作すんのやめろ。いや、やめてください、ホントマジやめて」
「――っ」
「あ、あは、はは……」
「おい由比ヶ浜、いつもの常套句『マジ、キモい』はどうした? もはや様式美の域にまで達しているはずなのに何故言ってこない? ってかさっきまで連発してたよね?」
「あ……うん……なんて言うかね、アレがアレだからっていうか……」
「なんで遊びの誘いを無策で断る時の俺みたいになってんだよ、由比ヶ浜お前マジキモいな! って俺に言わせたいのかよ⁉」
「ひどっ⁉ キモくないもん! ヒッキーのバカ!」
「こ、これは! 由比ヶ浜があたしの部屋で洗濯物から漏れてたこのブラ見つけて、雪ノ下が部屋出てからこっそりどっちが大きいか比べようとしてて自分の外してこれ着けようとしてたから止めただけ‼」
「――――」「――――」
「さ、沙希ぃ⁉ 言わないでよぉ‼」
「……結衣さん、その行動はちょっとキモいです。兄が他人にそれを言う日がくるとは思いませんでした」
「小町ちゃんまで⁉」
「――――ぎりっ‼」
キモいをマホカンタされた由比ヶ浜が動揺してるが、俺にとっては無言のまま歯軋りだけ聴こえてくる雪ノ下が怖い。
「言うつもりなかったけど、このまま黙ってたら比企谷が留置所か、あたしが痴女の二択じゃん! ならホントのこと言うでしょ」
留置所は冗談であってほしかったよ川崎さん……ってか留置所行っちゃうってことはあなた被害届出してますよね?
それにしても『外した』だと……⁉
川崎が今着けてないのは分かっていたが、由比ヶ浜は……
「…………」「…………」
「? …………⁉ ちょ、なんでそんなジロジロ見てんの⁉ ヒッキーマジでキモイから⁉」
由比ヶ浜が両手を交差して胸を隠す。だが残念だったな。俺の腐った目(白眼)はいま正確にお前の胸の状況を把握した!
あれ? 白眼だったら服どころか経絡系見えちゃわね? やだそれー、マジキッモーイ♪ って自分で言っててキモイわ。罪状:公然嫌悪罪とか名付けれそうだわ。このケースだと過失が認められると思うから減刑されるけど。
ガシッ
川崎の右腕が大志の肩に回され何をするのかと思ったその時、そのまま右掌が大志の顔面……両目を隠すように捉えて鷲掴みにした。要するにアイアンクローだ。
「ね、姉ちゃん⁉」
「…………気持ちは分かるけど本とか画像で我慢しときな。その目付きでクラスメイトの女子を見るのはさすがにアウトだよ。あたしは一体どんな顔すりゃいいのさ?」
「うわぁ…………下卑た意志を持って結衣さんを見る大志君……そんなの下卑大志君だよ‼」
「下卑大志っ⁉」
「なかなか愉快な二つ名を賜ったな下卑大志」
「あんたが言うな」
「ひっ⁉」
「今すぐその目を潰してやろうか?」
「やめろ怖い! なんなのその脅し文句? 反社会的勢力かなにかかお前⁉ あと怖い!」
「弟妹のお祝いの席でエロい目するからだよ。ここにけーちゃんがいたら、あんた本気でやばいからね?」
「ばっか、けーちゃんがいたらこんな目するか。あの子は天使だぞ? 俺の目すら浄化されるわ」
「……どーだか」
「悪かったよ。でもな、健全な男子高校生にブラしてないかも? なんて情報流されたら本能で見ちまうもんなんだよ、察しろよ。むしろ二人も男子高校生いるのになにガールズトーク炸裂させてんだよ⁉ 特に下卑大志なんて興味持つど真ん中だろ⁉」
「俺っすか⁉ しかもその呼び方⁉」
「うわ……大志君を人柱にしたよこのごみいちゃん……」
あ、もうごみいちゃん解禁なんすね?
「で、でもでも……あたしと沙希の……どっちが大きいのか気になったんだもん! しょーがないでしょ⁉ ヒッキーだって興味あるくせに‼」
なにこの娘、爆弾落としてきたよ。しかもその話まだ続くんですか?
「こ、こら! そ、そんなの後でこっそりバストサイズ言い合えば済む話でしょ!」
「でもさ、多分沙希とあたしってアンダーサイズが結構違うからバストが負けててもカップで勝ってるとかあるかもしれないじゃん⁉」
あちゃー、この娘なにこの話題掘り下げてるんですかね?
バストサイズにおけるカップの計測の妙とか喋り出したよ。
男子が思うCカップって実際はちっぱいだよねって感じな赤裸々トーク始まっちゃったよ。
え? ここ女子校だっけ? 違うよね?
「~~~~っ‼ こ、この、バ、バカなこと、言わないで!」
まあ、確かに興味あるっちゃあるんだが…………冷静に見てみると甲乙つけがたいサイズだよな由比ヶ浜と川崎って。
由比ヶ浜のが小柄だしアンダーサイズは小さいだろう。
だがトップにおいても川崎に引けはとらないし……この関係性は…………そう、あれだ。
「……ローツェとカンチェンジュンガか」
『え?』
比企谷八幡知人女性ヒマラヤ山脈! その
対する川崎。由比ヶ浜と並ぶヒマラヤ山脈の
「あんた突然なに言ってんの?」
「え? ああ、由比ヶ浜がローツェで川崎がカンチェンジュンガだなって」
「ろーりえ?」
「由比ヶ浜さん、それはあなたのお母さまがカレーに入れている材料のことよ」
(まだまだ妄想は膨らむな。山脈の一乳として君臨するK2(世界第二位:8611m)は陽乃さんかな。ちなみに不安定な天候と急な傾斜により登頂の難しさは標高第一位よりも困難だと言われているK2って不思議と陽乃さんの性格的にもピッタリな気がする」
「K2って不思議と陽乃さんにピッタリ? お兄ちゃん何のこと言ってるの?」
やべ、気づかれたら社会的に終了してしまう妄想が声に出てた。
今後気をつけねば。
「なんでもない、なんでもない!」
ん、んん! とにかく、第一位の発表の前に箸休めとして、そうだな……
「一色は富士山か……」
『?』
世界的に見れば控え目だが、我らが母国が誇る日本最高峰の富士山(標高:3776m)その持ち主は一色いろはこそ相応しい。 何故なら、日本最大級であるにも関わらずゴミ問題から世界遺産に登録できないところなんかまさに、あのあざとさの中に隠れた腹黒さを表現しているようだからだ。富士山と同じく先っちょも綺麗な気がする。
そして栄えあるヒマラヤ山脈最強のエベレスト級(世界第一位:8848m)といえば……
「……平塚先生だろうな」
「ヒッキーさっきからなに独りでぶつぶつ言ってるの? キモいんだけど?」
「比企谷くん」
「⁉ お、おう、なんだよ」
「一体何のことを言っているのかしら? みんな不思議がっているし説明してくれてもいいと思うのだけれど……」
「た、大したことじゃない、そ、そう! ふと皆を山の神様に例えたらどの山が合ってるかって妄想してただけだ」
「? どういうこと?」
「確かに言っていることの意味は分かるのだけれど、ずいぶん唐突ね」
「分かるの⁉」
「ええ、昔から山の神は女神だというのが通説なの。山神様は山に宿り、山を支配する神様として昔の人々から崇められていたわ。現在もだけど、昔は特に自然の力は人間が対抗する術を持たない恐ろしいもので、山神様はその自然と同義であり畏怖の象徴ともいうべき存在だった。だから、怖いもの、口やかましい妻のことを『山の神』と揶揄して呼ぶようになったのね」
「さすがユキペディア。なんでも大昔から農民たちの間でそういう伝承がされてたらしいぞ。ちなみに諸説あるが山の神様は
「よく分からないけど、なんでその土地神が女性っていわれてるの?」
「そうそう、小町もそれ不思議に思いました。雪乃さんの説明だけだと『怖いもの=妻=女性』って図式で、妻の呼び方の一つが山の神ってのは分かったんですけど、怖いものを女性に限定するにはちょっと説得力が足りない気がするんですよね?」
「今の雪ノ下の説明だけだとそうだろうけど、他にも諸々あってそうなったんだ」
「他にどんな説があるの?」
「山の神――土地神――は、春になると山から降りて田の神となり、秋には再び山へ戻ると言われているの。つまり山の神と田の神は同一とも解釈されているわ。山には農耕に欠かせない水源があるし、田の神は作物豊穣を司る神様として崇められている。それら産み育てる御利益だけとってみても女性に当てはまるのだけれど、まだ他にも言い伝えがあるのよ」
「山の神は
「そうね。その辺りが最も山の神が女性であると伝承される由来ではないかしら。それと、山の神を祀る祭りの日は、山の神が女神であることから出産や月経の穢れを嫌って女性の参加が許されないのだそうよ」
「書物なんかだと古事記に出てくる
誤魔化そうと屁理屈を始めたら思いの外、熱く語ってしまった。今ほど読書していて良かったと思えたことはない。同じく雪ノ下も饒舌に答えてくれる。他の奴らは感心して俺達を見ているし、大志は熱心にスマホでネット検索を駆使しているようだ。
「ほぇ~、雪乃さんとお兄ちゃん息ピッタリだね」
「……確かにね。ちょっと感心しちゃうよ」
「ホント、よくそんなこと知ってるね。ゆきのんはもちろんだけどヒッキーも」
「これでも国語なら学年三位だからな。本もよく読むし」
「由比ヶ浜さんも週に一冊くらいから読書を始めてはどうかしら?」
「え、えー、あー、あたしはいいや、うん! GanGamとかbon・bo読んでるから」
「そう……出来れば雑誌などではなく活字を読んでほしいのだけれど」
「それを読書にカウントするあたり、来年の受験が心配になってくるな」
「そ、そんなことより、ほら! ヒッキーがさっき言ってたの教えてよ!」
「何のことだ?」
「言ったじゃん、あたしのことろりーた? とか」
「ロリータではなくローツェよ、由比ヶ浜さん。ヒマラヤ山脈の一角で世界的にも標高の高い山で有名ね」
忘れてた、それの為の詭弁だった。
「あたしがカンチェンジュンガ?」
「ああ、そうだったな。世界にある有名な山が誰に似合いそうか考えて命名してた」
「それで、結衣さんがローツェ?」
「そうだ。ローツェ・結衣・由比ヶ浜だ」
「な、なんか……なんかカッコいいね⁉」
「騙されてはダメよ、由比ヶ浜さん。あなた名前がミドルネームになってるわ」
「あたしの結衣どっかいっちゃうの⁉」
「そして川崎は、カンチェンジェンガ・沙希」
「あたしリングネームみたいになってんだけど……」
「無視されたし⁉」
「雪ノ下さんは、陽乃・K2・雪ノ下」
「ただミドルネームをつけただけじゃない……」
「あたしの結衣どこ⁉」
「一色は、一富士いろは三茄子」
「語感と勢いだけじゃん」
「あたしの名前つけ直してよ!」
「平塚先生はアニメ好きだし厨二っぽく『未婚のサガルマータ』という二つ名で……」
「……もしもし、平塚先生ですか? わたくし雪ノ下ですが、ご一報したことが……」
「ちょっと待て、マジ待って、命に関わるから止めてください‼」
「……冗談よ。電話したフリだもの」
「それだけで寿命が縮むかと思ったぞ……」
「……それよりも、比企谷くん」
「……なんだ?」
「先ほどから聞いていて碌な名前がなかったのだけれど……」
「俺のネーミングセンスなんてそんなもんだし、お前も知ってるだろ」
「いえ、それはいいのだけれど……何故ここにいない一色さんや姉さん達の名前を口にしたのに、わたしが出てこないのかしら?」
「あ、そういえば小町も出てきてないよ、お兄ちゃん!」
「え……付けて欲しいの?」
「あったり前じゃん! 小町だよ⁉ 愛しのマイシスターじゃん! 付けなくていいと思ってんの⁉」
「べ、別に付けて欲しいわけではないのだけれど、あれだけみんなの名前が挙がっているのにわたしを無視するのは失礼ではないのかしら?」
やっべえ、元はと言えば双丘推定標高ネーミングだったのに、あっちから希望されるとは……俺の煩悩が心の中でパルクールしてるくらいはしゃぎまわってる! でもこの二人は慎ましやかだからどうしたもんか……
「そ、そうだな……じゃあ、雪ノ下だが……」
「ええ、わたしは?」
ヒマラヤ山脈群は言うに及ばず、一色を評した富士山ですら程遠い……ってか一色が富士山て今にして思えば盛り過ぎじゃね? 見た感じその一色よりもさらに慎ましやかと思われる雪ノ下はどんな山の神がいいのか。大嫌いな数学より難問な気がする。
「そうだな、雪ノ下は……」
「…………」
「……
「⁉ の、鋸山⁉」
「あれ? えっと、なんか今まで聞いてた中で急にありがたみがなくなったんだけど? 結衣さんとか沙希さんはヒマラヤ山脈なのに、雪乃さんって地元の山なの?」
鋸山は地元千葉房総丘陵の一角で標高わずか330mしかない。我ながら絶妙なチョイスだと思う。
「鋸山は元々建築資材などに使われる石材の産地として採石が盛んだったし、千葉を代表する雪ノ下建設の令嬢たるお前に相応しいだろ」
「……そう、かしら……」
あれ、なんか気落ちしてない? 家のことを引き合いに出したのがまずかったかな……でも
……それにほら、鋸山のノコギリの形って……こう、洗濯板に似てるじゃん?
「……なにかしら? 非常に不愉快な気配を感じるのだけれど」
いや、心読まないでください、こええって!
なんか微妙な空気になりかけていたのを察し、小町がフォローするように間に入ってきた。
「じゃあじゃあ、小町はどう? 小町、どんな山が似合う?」
「小町は……」
「うんうん」
「……
「へ?」
地元千葉県南房総市にある房総丘陵の一角。千葉県においての最高峰であるが、そもそも千葉は日本一標高が低い県として有名なので愛宕山の標高はわずか408mしかない。
「え、え、なんか、なんでかうまく説明できないけど小町的にポイント低い‼」
そうくると思ってちゃんとした説得材料も用意してある。
「何言ってるんだ小町。俺の千葉愛は知っているだろう? 何故、千葉を愛しているかと言えば愛宕山の山神が小町だからだ。つまり、小町を愛してる=千葉を愛している。そういう図式だ。あんだすたーんどぅ?」
「えっ⁉ お、お兄ちゃん……千葉の山は、他にも…………お兄ちゃん大胆過ぎだよ……」
「っ⁉」
小町の様子がおかしいが……いや、小町だけじゃなく全員の様子が変だ。……俺、なにか間違ったんだろうか……?
「むー……」
「む……」
「……あれ……」
大志がスマホの画面と女子達を交互に見ている。しかもその視線の先が……
「……ほえ? あ、ちょっ……」
「……うぇ?」
「……あの……」
「た、大志⁉」
女子達がそれに気付き、身構えるように自分の胸を両手で隠す。羞恥や侮蔑、戸惑いと感情はそれぞれだが、これほどまであからさまに見て平然としてる大志。こいつの心臓は大したものだ。それと川崎さん、弟に見られてその表情はどうなの? ブラコン通り越してません?
「お兄さん、それってもしかして……」
「⁉」
ばれた⁉ スマホで山を検索してたからか⁉ まさか、雪ノ下にすら悟られなかった双丘ネーミングが、よもや大志などに⁉
いや、大志も俺と同じくY染色体をその身に有する種族。ならばこの数少ない情報からでも標高に勘付くのは必然ではないか……ってなんで喋り方が材木座みたいになってんだよ、いまの俺頭やべえな⁉
「たいしぃー! そんな目で小町を見るとは調教が必要なようだな。ちょっと表に出ろやー‼」
「‼ す、すみません! そういう意味で見てたんじゃないっす! 信じてください‼」
「だめだ! 信じるから一旦表にでて俺とサシで話すぞ! 異論反論抗議質問口答えは一切認めん‼」
「信じるのに表出なきゃダメっすか⁉」
「そうだ、信じるからだ! この意味が分からんお前ではないはずだ‼ だから来い‼」
「‼ わ、分かったっす! ついていくんで拘束は不要っす!」
「いい返事だ! なら早くしろ‼」
「ちょ、ちょっと比企谷、大志に乱暴なことしたら許さないよ⁉」
俺の剣幕にあてられ心配になったのか慌てて川崎が止めに入る。ただ、なんとなくいつもの迫力が感じられない。普段ならもっときつく睨みを効かせてくるはずだが。
まあ、小町を含む女子四人を性的な目で見ていたし、それもあって大志を庇うのが後ろめたくあるのかもしれない。
「……大丈夫だ川崎。決して乱暴なことをしない。俺と大志は男同士の話をつけに行くだけだ」
「姉ちゃん、大丈夫だから俺とお兄さんを信じてくれよ」
「え、え? えっと、その……うん、わ、分かった……」
俺ばかりか大志にこうまで言われると川崎は引くしかないだろう。内心、川崎を騙してるみたいで悪いなという罪悪感でいっぱいだったが。
……だって、双丘の話だよ。SOUKYUU!
この場合、下半身の方ではなく上半身のパーツを指す言葉ね。少し優しい表現をするんなら女性の象徴。
隆起したり
豊満だったり
巨がついたり
貧であったり
微であったり
美だったり
爆がついたり
ミサイルだったり
メロンだったり
風呂で浮いたり
ツンとしたり
でも時には垂れちゃったりと様々な形状、変形があるブレスト。ああ、クリスマス合同イベント会議で玉縄が使ってた方じゃないよ。あっちはブレインストーミングの略のブレストだからね?
要するに男の夢と希望がいっぱい詰まった器官なわけよ。分かるかな~、わっかんねえよな~、X染色体しか持ちえないあいつらにとってみれば、重いし見られるし邪魔だなーくらいにしか感じないんだろうなぁ~。あ、そんな苦労がない人もいましたね。
× × ×
―川崎家・玄関前―
大志を玄関先まで連れてくる間の妄想がすさまじく、もしこれを口にでも出そうものならエグ過ぎて俺の人生は終わる。間違いなく。
「お兄さん、もう外ですよ?」
「……ああ、すまん。つい考え事をな」
神妙な顔でカッコつけてはいるものの、中身を知られたら大志にすらゴミを見る目を向けられそうだ。
「……それで大志」
「……うす」
「……どこで気づいた?」
「……うす。怒らないで聞いて欲しいっす。比企谷さんの愛宕山を検索した時っす」
「そうか。さすがにローツェとカンチェンジュンガじゃほぼノーヒントだもんな。あと、いつもなら目を潰してやろうかと考えるんだが今日は見逃しておいてやる」
「はい。ただ比企谷さんの名誉の為にも言わせていただくと愛宕山(408m)はさすがにひどいっす」
「俺も内心そうは思ったが千葉県内の山じゃないと俺の千葉愛が上手く機能しないから仕方なかった。なんで千葉は標高最低なんだよ!」
「千葉愛で比企谷さんへの愛情を示したのは分かるんすけど、鋸山も千葉県内の山っすからね?」
「あ」
「お兄さん大胆っすね」
「やべえ、これっぽっちもそんなふうに考えてなかったのに!」
俺はあまりに迂闊な発言を悔い、頭を抱えて蹲った。
「だって雪ノ下だぞ? そりゃ最低標高の千葉から山選ぶじゃんか? むしろ千葉からしか山を選べないまである」
「わかるっす! いや、こんなこと声高に言うことじゃないっすけど、分かるっす‼」
「分かるか大志! 男の子だもんな⁉ お前とはいい友達になれるかもしれなかった。来世に期待しているぞ!」
「今生では無理っすか⁉」
「小町が産まれた時点で、お前が俺の友になる可能性は完全に潰えた。諦めろ」
「早くないっすか⁉ 残念っす……」
本当に残念そうな表情を見せる大志に、同情より軽く恐怖を抱いてしまった。戸塚ならともかく、男にそんな表情見せられても微妙だろ。いや、戸塚は戸塚だった。
「それにしても平塚先生って一昨日うちに来てくれた先生ですよね?」
「ああ、アラサーで、いまがピークだろうけど、すごかっただろ? いや、でも性格とか行動諸々トータルで見るとあまりお近づきになりたくない人のが多いかもしれないが、だから結婚もなかなか出来ないんだろうけど、とにかくすげぇ」
「すごいしか言ってないっすけど……でも、そう聞くと総武高に入学するのがますます楽しみになってきましたよ!」
「はっはぁ、そうか。また一人の若人に絶望を与えてしまうのかと思うと心が躍るな」
「絶望っすか⁉ トータルそんな酷いんすか⁉ あと、そこは心が痛みましょうよ⁉ ……それで、その……K2も総武高の生徒さんなんすか?」
「欲しがり屋さんだな、こいつめ。その人は雪ノ下の姉なんだが、雪ノ下とは逆でK2なんだ。鋸山とK2だぞ? 千葉とパキスタンだぞ? 姉妹なのに原産国が違うとかどんな姉妹都市提携だよ?」
「ってことは、お兄さん達が来年度三年生だからその人は……」
「ああ、残念なことにK2は卒業生だ。まあ、普通のOGより頻繁に総武に来たりもするが、あの人は俺達の在学中に在校してないのが幸運と思えるくらい厄介な人だからラッキーだったんだぞ」
「そう……っすか……」
「お前、ガッカリしすぎじゃね?」
「でもまだ富士山が残ってるっすよね?」
「結局、全部訊いちゃう? お前、どんだけ山に夢と希望を抱いてんだよ。そこに山があれば登ってしまうのが男の性なのは分かるが」
「その富士山は来年度も在校生なんすか⁉」
「こええよ、興奮し過ぎだっつーの。さすがの俺でも引くぞ」
「引いてもいいっすから富士山に関する情報をお願いするっす!」
「お前もう必死だな。体裁取り繕う気もないだろ?」
「お兄さんに高校入学して夢を見るのはやめておけって言われましたけど、新たな希望が生まれたっす。焼かれながらも人は、そこに希望があればついてくるっす!」
「なにその丸パクリ……お前の希望は双丘かよ、お兄ちゃん心配だぞ?」
おっと、小町と話す時の癖でお兄ちゃん宣言しちまったよ。ここ数日で川崎一族と馴染み過ぎだな。
「お、お兄さん⁉ まさかお兄さんからそんな風に言われるなんて……」
「あー、感動してるとこ悪いが間違っただけだ、気持ち悪い。んで、富士山だったな。富士山は現在生徒会長をしてる奴のことだ。昨日、お前に話しただろ? 外見『だけ』はレベル高いってやつ」
「外見すごいのに胸も富士山級なんすか? もうそれやばくないっすか⁉」
「誤解すんな。富士山ほどインパクトがあるわけじゃない。揶揄するのに最適だったから富士山をあてがっただけだ。大体、一色がホントに富士山級だったら、さすがに小町が愛宕山ってことはねーよ。少なくとも1000~2000m級のを用意してる。ま、雪ノ下は鋸山で十分だけどな」
俺は油断していたのだろう。相当やばいレベルの暴言を吐きまくっていた。親友なんていたことないし、この手のぶっちゃけなどしたことがなかったが、同級生の弟……男同士というだけでここまで弱みを曝け出せてしまうものなのか。性というカテゴリーはなんと度し難いのか。
「⁉」「⁉」
玄関の方ではっきりと物音がした。まさか、誰かが聞き耳を立てていたのではないか。同じ疑問を大志も持ったようで俺達の視線はゆっくりと重なる。
「(……誰か、いるんすか、ね?)」
「(傘が倒れたとかだったらいいんだが、そんなわけないよな……)」
そっと玄関を覗いてみるが、そこには誰もいなかった。
「……この場合、どんなケースが考えられるんでしょう?」
「そりゃもうどのケースも最悪だが、一番はやっぱり全員が聞いていたか、聞いた奴が全員に言う。これだろうな」
「そんなことになったら俺の高校生活は絶望に彩られるっすよ……」
「バッカお前、高校生活どころか私生活もだろうが。俺達の姉妹も含まれてんだぞ⁉ 学校では罵倒され、エロ谷、エロ崎と蔑まれ、家では肉親の恥、下半身で生きる本能の化け物、と呼ばれて家族内ヒエラルキーは最下層に……ってそれだけはいつもと変わんねえわ」
「得意の自虐言ってる場合じゃないっすよ! そんなことになったらいつもお風呂最後に入らされるっす、親の帰りなんていつも遅いのに!」
「そんなもん、先に入って出たあと風呂の水抜いて掃除してからまた湯を入れればいいだけだ。小町より先に入る時はいつもそうしてる」
「解決済みだった⁉ っと、それよりも最悪のケース以外にどんな結末があるっすかね?」
「そうだな、誰に聞かれたのかで俺達の今後の人生が決まる。最悪なのは雪ノ下と小町だな。雪ノ下は潔癖症な上、双丘において強いコンプレックスを持っている。あんな話聞かされたら全員にしゃべった挙句、言葉だけで人の命を奪えるくらいの罵倒をしてくるぞ」
「入学してすぐエロ崎になって3年間耐えるのは無理っす!」
「はっはっはぁ、俺は残り1年だが部活が同じでほぼ毎日顔を合わすからお前よりダメージがデカいぞ!」
「小町が聞いてても最悪だ。雪ノ下から又聞きした場合より鮮明に軽蔑されるだろう俺は、特に家での居場所がない。家大好きなのに」
「俺も同級生ですから、特に同じクラスになった場合、針の筵っす。3年間彼女できないポジションが確立してしまうっす」
「はっ、安心しろ。去年と昨日もアドバイスしてやっただろ。かあちゃんいつも言ってるでしょ⁉ ってな。お前に彼女はできん。俺にも出来たことないからお前に出来るわけがないと信じたい」
「えっ⁉ お兄さん本当に彼女いないんすか?」
「えっ⁉ その確認必要?」
「いえ、ただてっきりどなたかとお付き合いしてるんだとばかり……」
「ないない。まあ、相手というより自分の問題だがな……」
おっと、大志に思わず本音をこぼしてしまった。そう、これは相手の問題じゃない。俺がどうすれば人を信じられるようになるか、だ。
「…………」
「話を戻すが、由比ヶ浜か川崎に聞かれたんだったら多少の望みが残されている。由比ヶ浜はビッチくさく見えて純情だ。だから他の奴にこんな話、恥ずかしくてできない……かもしれん」
「かもしれないってどういうことっすか?」
「あいつの心情的にはそうだが、由比ヶ浜は隠し事ができないタイプでな。雪ノ下に不審なところを見咎められたら確実に吐くだろう。それを踏まえて読めない」
「俺達の最後の希望は川崎だ。もし聞いてたのがあいつだとしたら、身内の恥をわざわざ他人にしゃべらないだろう。大志の存在がストッパーになるわけだ。その場合、学校の連中にバレることなくおはよう平和な日常。俺は予備校であんたエロ谷じゃん、こんにちは。お前の家庭で気まずい空気がこんばんは。ってところか」
「家庭で気まずいのが想像以上に辛そうなんですけど……」
「それくらい我慢しろ。学校が無事なら俺達学生にとって大半の生活時間が平和になるんだぞ? 落としどころとしては最高だろ」
「うぅ……分かったっす。確かにそれ以上の条件はないっすね……」
出来れば川崎が聞いてましたってパターンが最高なんだが、確かに大志にとっては気まずさが半端ないので同情するな。とはいっても聞いていたのにこっちが気付かなければ、向こうだって姉の優しさスキルで気付かなかった振りをしてくれるはずだ。
そう考えればさっき物音に気付いた時、誰も発見しなくてよかったと言える。さっきはああ言ったが聞いていたのが一人なら、川崎以外だとしても同じような気遣いを見せてくれる可能性は高い。俺の嫌いな欺瞞だが、こういう時はあってもいい。というか社会生活においてそういうのはあるべき気遣いだ。
話が一段落したところで不意に声が掛けられた。
「あ、はーちゃんだぁ! ただいまー」
「あら、わざわざお出迎えしてくれたの? 大志もただいま」
「あ、たまたまです。けーちゃん、おかえり。おばさんもおかえりなさい」
「おかえり」
俺が川崎家に着くのと入れ違いで出発した母親と京華のお帰りである。もう映画を観終わって帰るくらい時間が経ったのか。早いものだな。
「大志達のお祝い用のケーキこれから食べるんで行きましょう。お二人の分もありますから」
「わぁ、ほんと⁉」
「あら、ありがとうね。京華、ちゃんとうがい手洗いするのよ」
「うん! はーちゃん、行こ‼」
天使のような笑顔で俺の手を握って促すけーちゃんとそんな姿を微笑ましく見ているおばさんの顔を視界の端に捉えた。
これからどんな断罪をされるのか不安になりつつも、傍にいるけーちゃんのお陰で今日のところはひとまず大丈夫だろういう安心もあった。
誰が盗み聞きしたのかは知らんが、願わくば空気を読んでくれ。頼む‼
俺と、ついでに大志の平和な高校生活の為にも‼
つづく