サキサキのバレンタインは色々まちがっている。   作:なごみムナカタ

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反省してるはずだったのに‼
またけっこう悪ふざけがでてしまいました。今度こそ反省します。

2021. 8.18 一部追記と修正。
2020.12. 4 台本形式その他修正。
2020. 1.23 書式を大幅変更。それに伴い、一部追記。


25話 川崎京華は、夢と希望を膨らます。

《 Side Saki 》

 

 

「ただいまー」

 

「あ、けーちゃん、おかえり」

「おかえりなさい」

「おかえりー」

「おかえり!」

 

 母さん達が帰ってきた。比企谷達を伴ってリビングに来る京華はテーブルのケーキに目を輝かせていた。

 無作法な真似をさせないよう、手を繋いだ比企谷ごと手洗いさせる。

 

「ケーキあるから、ちゃんと手洗いとうがいするんだよ。はーちゃんも一緒に行って洗ってきて」

 

「⁉」

 

 うがい手洗いを進めると周りが一瞬気色ばむ。

 一体、何なのさ?

 

「はーい」

「お、おい……「はーちゃん、行こ」あ、ああ」

 

「…………」「……えっ、と……」

 

 雪ノ下と由比ヶ浜が同じように言葉を濁すも、その意図を察せられないあたしは訊き返すことしか出来ない。

 

「……なに?」

「あ、無自覚だ」

 

 二人を差し置いて小町が反応する。

 その言葉が何を指しているのか理解できずにいると母さんも姿を見せた。

 

「あ……母さん、おかえり……」

「ただいま。皆さんいらっしゃい。今日はわざわざ大志達のお祝いにいらしてくれたようで、狭いうちで大したお構いもできませんけど寛いでくださいね」

「お邪魔しています。雪ノ下雪乃と申します」

「由比ヶ浜結衣です。沙希さんとはクラスメイトです」

「おばさんも手洗ってきてください。このケーキ、雪乃さんが作ったんですよ」

「まあ、すごいのね。それじゃご相伴にあずかろうかしら」

 

 そういって母さんは京華の後についていく。昨夜ひと悶着あったので、まだ気持ちの整理がついていない。どうしゃべっていいかが分からない。家族に対してこんな感情を抱くのは去年の春以来だ。

 

「洗ってきたよー」

「えらいね、じゃあ座ろっか?」

「うん、はーちゃんの隣!」

 

 当然そうなる。一辺二人掛けのテーブルで、さっきまで比企谷の隣は誰もいなかったのでちょうどいい。

 

「隣いいかい?」

「ああ。……って?」

 

 あたしは比企谷の隣に座り、京華を膝の上に乗せた。……肩が触れる距離で。

 

「か、川崎さん?」

「なに? 何か文句でもあんの?」

「イエ、ナンデモナイデス」

「さーちゃんだよ?」

「あ、ああ。……えっと、さ、さーちゃん……」

「うん!」

 

 特に由比ヶ浜からの視線も気になったが、あたしの意識はそこにない。これは比企谷を信頼せず城廻先輩の言葉を信じた母さんに対する中てつけだからだ。

 あたしは必要以上に比企谷との仲をアピールしてやろうと京華も含めて一緒に甘えることにした。

 

「はーちゃん、あーん」

「え? 俺?」

「ごめんね、付き合ってあげてよ」

 

 子供特有の無邪気で他意のない行動にあたしは内心ひやひやしながら、そして密かに鼓動が早くなっていく自覚をしつつやんわりとお願いした。

 

「……わーったよ、けーちゃんに言われちゃな……はむ……」

「おいしい?」

「ああ、美味しいぞ。けーちゃんが食べさせてくれたからな」

「はい、次のあーん」

「おいおい、それじゃ自分の分なくなっちゃうんじゃねえのか?」

「はーちゃんは食べさせてくれないの?」

「うっ、そうだな。けーちゃんにお礼しないとな。ほら」

「あーん……はむ……んぐ、おいしー!」

 

 京華と比企谷の食べさせ合いっこを一同生温かい目で見守る。

 最近はあたしが食べさせてあげることも少なくなり、久々に見せる京華のそれは写真に残したい尊さだった。

 

「(……天使すぎだろ)」

「(……あんたの妹に負けないでしょ?)」

「(……悔しいけど反論できん)」

 

 あの比企谷が認めるとは相当だ。確かに小町が愛らしいのは認めるけど、彼女はもう自我を得て小憎らしい部分が見られる年齢だ。京華は今が一番可愛い盛りだからね。

 

「さーちゃんにもあーんして」

「は?」

「け、けーちゃん、あたしは自分の分あるから……」

 

 こうなることは考慮していたものの、雪ノ下達や家族に見られながら比企谷に「あーん」してもらうなんて相当な羞恥プレイだ。お父ちゃんがいないだけマシともいえる。いたら公開処刑だ。あたしじゃなく比企谷が物理的に。

 

「く……はぁ……そら、さーちゃん、あーんしろ」

「ひ、ひきっ⁉」

 

 さーちゃんて呼びながらあたしにケーキを食べさせようとする比企谷は、もう心をオフにしたのか目が腐っておらず、死んでいた。

 

「……あ、あーん」

 

 周囲の視線を浴びながら、何故か目を瞑ってケーキを待っていると一向に口に甘さが広がってこない。不審に思い薄く目を開けると、口元まできたケーキがUターンして比企谷の口に飲み込まれていた。

 

「あー、はーちゃんずるい」

「すまん……恥ずか死にそうだったんで」

「…………」

 

 ――辱められた。

 あんな顔を晒して待っていたのに食べさせてもらえないとか、あたしのイメージに合わな過ぎてこっちこそ恥ずか死ぬ。

 

「……はーちゃん? 口開けよっか?」

「ん? あがっ⁉」

『⁉』

 

 あたしは頭に血が上っていたせいか、何の抵抗もなく比企谷の口に指を突っ込み抉じ開けた。

 

「はい、どうぞ?」

 

 言いながらかなり大きめのケーキ片をフォークで運ぶ。あたしを見る比企谷の目が恐怖をおびていた。

 

「むぐっ、んぐ」

「はいったはいったー」

 

 少しは溜飲が下がり、ナプキンで手を拭いていると京華があたしの口に手を入れてきた。

 

「⁉ ちょ、っと、けー、しゃん⁉」

「はーちゃん、いけー」

「え? いいの? 川崎?」

いいわへひゃいだほ(いいわけないだろ)!」

「いいのー」

 

 目に入れても痛くない妹のあまりに無慈悲な承認と、これから起こるであろう羞恥に、あたしの感情は名状(めいじょう)し難いものとなっていた。

 

「……すまんな、けーちゃんのお許しが出たからお前に入れさせてもらうぞ」

「んー、んー」

 

 なんでそんな言い方してんのよ⁉ と言葉にならない抗議は届かず、比企谷のあーん攻撃に屈してしまう。まるで口を犯されたような敗北感に打ちのめされた。

 

「はぁ……やっと落ち着いて食える……はぐ」

「あ」

「ん? なんだよ」

「べ、別になんでもない、ヒッキーのバカ」

「えー……なにそれ……?」

 

 自分でも一口食べた後、初めて由比ヶ浜の言葉の意味――間接キスであったこと――に気づく。

 あれ? 比企谷のフォークでもあたし食べたよね? あっちもそう?

 ってかそんなの問題にならないようなことしてんじゃん、比企谷の口に手ェ突っ込んで無理矢理あーんとか、京華の可愛い手で口抉じ開けられながら、お前に入れさせてもらうぞ、とか。もうメチャクチャだよ‼

 

「さーちゃん、顔赤いよ?」

「! なんでもないから、けーちゃんもっと食べよっか」

「……」

 

 え? なんで母さんにこにこしてるの? 比企谷のこと暴力男とか思ってたんじゃなかったわけ? そんな疑問に苛まれ訝る中、小町が照れながら呟いた。

 

「……い、いやー……なんか、こう……見てて恥ずかしいと言いますか……」

「そ、そうっすね……」

「え? なに?」

「……仲良い親子、みたいだなーって……」

「うちで京華と寛いでる時より姉ちゃんが楽しそうな感じするっす」

「! ん、んん‼ ……小町、親御さんの前で変なこと言うんじゃありません」

「ばっ! た、大志、バカな、こと……言わ……ないで……」

 

 そうであればいいな……と思わないわけがなかった。そのせいで段々と否定の声が小さくなり最後はぽしょぽしょとしぼんでしまう。

 

 もともと母さんへの牽制で必要以上に馴れ馴れしく気安い感じ出してたんだけど京華の暴走もあって少々やり過ぎた気がする。当の母さんは全然気にしたふうでもなく、むしろ微笑ましいものを見ているようで……。

 

 ……昨夜の言い合いはなんだったわけ⁉

 

 まるで夢だったのではないかと思えるような母さんの反応にあたしは戸惑いを隠せなかった。

 

 ケーキを食べるのがまるで羞恥プレイであったような錯覚に陥りつつ、皆にコーヒーを淹れる。けーちゃんにはオレンジジュースを出してあげるとまた『はーちゃんも飲む?』と勧めていた。どんだけ比企谷に懐いてるんだか。

 比企谷は困った表情を見せながら少し口をつけていた。酸っぱそうに顔を顰めている。果汁100%だしね。でもそんな酸いもケーキにはちょうどいいだろう。

 なんせ、こいつはコーヒーにドバドバ砂糖とミルクを放り込む。ケーキの糖と勝負してるわけじゃあるまいし、そんなに入れたらコーヒーの味どころか匂いまでおかしくなりそう。

 

 母さんが洗濯物を取り入れに席を外した。来客中にすることでもないが、子供同士の時間を増やそうとあえてした気遣いみたい。それでなくても比企谷達二人には家事のことでお世話になってるし今更隠すものでもない。

 

 そして、今日映画を観た京華の話題といえば、日曜早朝一緒に観ているプリキュアであった。

 

「――でね、けーかはキュアミル〇ーが好きなの。はーちゃんは?」

「なかなかいいところを突いてくるな。俺も好きだぞ。だが俺が一番好きなのはキュアセレー〇だな。特に声がいい。さーちゃんは?」

「あたしはやっぱキュアス〇ーだね。武器を使わないで拳で戦うところが好きかな」

「おい、目の置き所がバイオレンス過ぎるだろ。文明人なんだから武器を使え、武器を」

「キュアセレー〇は弓だからね。狙撃って安全圏に身を置きながら一方的に攻撃するみたいで好きじゃない」

「なんでだよ、弓最高だろ? 相手に反撃させず攻撃できるんだぞ? ってかセレー〇は声最高だろ? エンジェルヴォイスだぞ? 戸塚似だぞ?」

「結局そこなんだ……確かに戸塚の声に似てるけど……」

 

 あたしと比企谷の会話についていけない雪ノ下が隣の由比ヶ浜に助けを求めた。

 

「……由比ヶ浜さん、彼等は何の話をしているのかしら……?」

「え? う、うん、あたしもよく分かんない……」

 

 あまり縁がないであろう由比ヶ浜を気遣い、小町が横から説明を買って出る。

 

「小町が五年前くらいに卒業した日曜早朝女児向けアニメの話ですよ……」

「なんだったらこのまま仮面ライダーの話題へとコンボがつながるっすよ……」

 

 小町の言葉を引き継いだ大志。二人ともうんざりとした表情と呆れた声音で訴えていた。

 

「あ、大志、仮面ライダーバカにしてるでしょ? 最近のは男児と一緒に観てるママ向けの要素も抑えてるから、結構観てて面白いんだよ?」

「お前って別にイケメン好きじゃねえだろ」

「うっ、そうなんだけど……でも本音で言うとプリキュアより、ちゃんと殺陣のある仮面ライダーのがあたしは好みかな」

「お前の性格が滲み出た嗜好傾向だな……」

「う、うっさい! 空手やってたし、ああいうのには興味あんの!」

「さーちゃん、けーかプリキュアのがいい……」

「あ、ごめんね、けーちゃん。プリキュアも好きだよ」

「でも、さーちゃんは仮面ライダーも好きなんだから、けーちゃんが好きなものを押し付けるのはよくないんだぞ」

「え、けーか、悪い子なの?」

「ひ、ひきが……!」

「違う違う。けーちゃんは悪くない。さーちゃんはプリキュアも仮面ライダーも好き。だからどっちのが、とか言わなくてもいい。けーちゃんだって、プリキュアよりも仮面ライダーが好きって言われたら嫌だろ? それとおんなじさ」

「! ……うん! けーかはプリキュアが好き。さーちゃんは仮面ライダーが好き。それでいいんだよね?」

「そうだ。けーちゃんはお利口だな」

 

 あたしの膝上に乗ってる京華を撫でる比企谷。こういうところを見るとお兄ちゃん慣れしてるなって思う。撫で方も優しくて、こんな甘い毒に中てられたらちょっと小町がブラコンに育ってしまうのも分かる。

 

「はーちゃんもプリキュア観に行こ?」

「そうだなぁ、けーちゃんと一緒に行ければよかったんだけど……いやよくないな。二人で観に行ったら通報待ったなしだし、さーちゃんがいないと無理だわ」

「さーちゃん一緒に行こう!」

「プ、プリキュアを劇場で? うーん、けーちゃんは観たし何回も行くのは勿体ないしね。また今度、次の映画が始まったら一緒に行こうよ」

 

 正直、けーちゃんを連れてなら行く体裁がとれるけど、そこに比企谷が加わるとまた話が別だ。さっき小町にも言われたように家族――子持ちの夫婦――というスタンスで行くことを余儀なくされる。

 

 あたしはそう見られることにむしろ喜びを感じる。

 

 だが比企谷はどうか?

 

 目立つことが嫌いで、あたしの告白にずっと迷いを抱いている。まだあたしを信じられる存在として認められない。そんな人間を休日横に連れて歩きたいと思うだろうか?

 

「あ、映画といえば、学校でも話題になってる映画が封切りされたんだよ」

「そういや教室で聞こえてきた気がするな。由比ヶ浜が興味持ちそうなのっていったら恋愛映画かなんかか?」

「決めつけてるし⁉ でも当たってるから悔しいんだけど……」

「その映画ってね、主人公の男の子が同じ高校の女の子と恋に落ちるの。でも男の子は小さい時から虐待を受けてて、ある日それに耐えられなくなって虐待してた肉親を殺めて……それで捕まっちゃうんだけど、付き合ってた女の子の将来を考えて、わざと嫌われて関係を終わらせて……っていうストーリーみたい」

「…………」「…………」

「……なんか……ちょっと親近感が湧く主人公ですね」

 

 あたしもそう思う。その男の子を思い浮かべ当てはめると驚くほどしっくりくる。由比ヶ浜が興味を持ったのもその辺が理由だと思う。

 

「それでさ、もしよかったら明日それ観に行きたいなって思ってるんだけど、みんなで一緒に行かない?」

「え、みんなってまさか俺にも言ってる?」

「みんなは皆じゃん、当たり前でしょ?」

「いつも当たり前のようにハブられるから質問したんだろ。まあ、今日こうして出掛けてさらに明日の休みまで出かけるとかどんな社畜だよ。パス」

「酷いし‼」

「万が一行ったとしても、俺その映画よりプリキュア観たいから別々に観て終わったら待ち合わせすると思うぞ」

「どーしてそうなるし⁉ ヒッキーキモい!」

「あんた、ホントにバカじゃないの……?」

「そうね、比企谷くんには女性の気持ちなんて分からないからそんな愚かしいことが出来るのではないのかしら?」

「い、いやー……誕プレ買いに行った時、そんな兄と息が合ってた人がいるので小町的にはコメントを控えさせていただきます……」

「ん、んん! む、昔のことだから……」

「語るにおちてどうする? 小町の気遣いを台無しにしたな」

「……黙りなさい」

「周囲の温度を下げるような視線を放つな。ただでさえ寒いってのに」

「じゃ、じゃあ、ゆきのんはどう?」

「あ、ごめんなさい。明日は用事があって空いていないのよ。また今度誘ってもらえると嬉しいのだけれど」

「ああ、そっか……うん、じゃあ、また今度ね」

「グループのお友達を誘って観に行ってくるといいわ。わたしは、その……あまり恋愛物が得意ではないから」

「確かに雪ノ下はミステリーとか歴史映画のが好きそうな気がするな」

「勝手に決めつけられるのは癪なのだけれど当たっている分、余計に腹立たしいわね」

「お話盛り上がってるようね。沙希のお友達にこんな綺麗な子達がいるなんて聞いてなかったわ」

 

 洗濯物を取り込んだ母さんが自然に会話に交ざってきた。もう普通にご機嫌みたいなんだけど。確かにうちは小さい子もいるし友達呼ぶなんて滅多にないから嬉しいのかもしれない。……友達って言っていいか分かんないけど。

 

「二人は比企谷と同じ奉仕部の人だよ。ほら、去年あたしがアルバイトして迷惑かけた時に助けてくれた人達……」

「あら、その節はご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありませんでした」

「いいえ、お気になさらず。部活動の一環でしたので、却ってご迷惑にならなかったかと胸を撫でおろしています」

 

 まさしくその通りだ。去年比企谷に、雪ノ下にもお礼言っといてって社交辞令込みで言ったし、これに関して年齢詐称してたあたしが言える立場にないことは分かっている。だけど雪ノ下はあの時、それを盾に脅迫紛いの交渉を仕掛けてきたのが未だ心にしこりを残していた。

 実際、学校側に報告されてはいないものの、されてたらバイトどころか学校を辞めさせられた可能性すらあった。そんなのちらつかせながら説得されて、はい、わかりました。なんて受け入れられるわけがない。……まあ自業自得なんだけど。

 

「…………」

 

 比企谷の奴、会話を無理矢理聞いてない振りして京華のこと撫でてる。京華もご満悦だし。っていうか肩がくっつくほど傍に座ってるあたしの膝の上にいる京華撫でてる比企谷の図って、本気で、その、夫婦にしか見えないんじゃ……。

 

 やば、あたしのが顔赤くなってない?

 母さんと話している雪ノ下以外の注目が集まっているのが分かる。小町なんてそれはもうによによしている。なんだったらキモいくらいの顔つきだ。兄貴のことが言えないくらいの。

 

「そういえばうちの大志も小町ちゃんも総武の後輩になるのよね。その奉仕部には興味とかあるのかしら?」

「小町は入部するつもりですよ! お兄ちゃんもいるし雪乃さんと結衣さんとも一緒に活動できるって素敵じゃないですか!」

「俺もお兄さんのこと尊敬してますから、入ろうって考えてます」

「興味を持ってくれるのは嬉しいのだけれど、奉仕部はわたしが作った特殊な部だしあまりお勧めしないわ。わたし達も3年生になったら引退間近だし。他の部か生徒会なんてどうかしら?」

「冷静な判断だ。正直、生徒会のがいいんじゃねえか? 部長様も認めてるし。あ、でも生徒会は……小町と会長のあざとさの相乗効果が生まれそうでお兄ちゃんちょっと胃が痛いかも」

「どういう意味⁉」

「生徒会長をあざとモンスターな後輩が務めてるんだ。もし小町がそいつに毒されたらと思うとお兄ちゃんはもう何も信じられなくなってしまう」

「あざとモンスターってのがどんな人なのか見てみたいけど、まあ生徒会役員になるには他力も必要だし一先ず置いとくね。他にお勧めってないの?」

「そうだな、テニス部をお勧めする。部長が天使だし! 天使が部長だし! 小町の天使が相乗効果ならお兄ちゃん咽び泣くくらい嬉しいからね?」

「うわ……お兄ちゃんの性癖を全面に押し出したアドバイスは小町的にポイント低いよ……」

「性癖じゃねえよ人聞き悪い。これはもう信仰であり、崇拝していて、鑽仰(さんぎょう)なんだ!」

「お兄ちゃん、圧が凄すぎて引くんだけど……」

「彩ちゃん好き過ぎでしょ……」

「同性であってもいよいよ通報対象になるのかしら……」

「……ちょっと悔しいんだけど……」

 

 まだ雪ノ下や由比ヶ浜に心奪われる方が救いがあると感じていた。あたしの告白よりも、男である戸塚の方が比企谷に信頼されていると思うと軽く死にたくなってくる。

 ていうかあたしってそんなに魅力ない? それともいよいよ比企谷の性的嗜好を疑うべきだろうか? バイセクシャルなら許すけど。 ……ってあたし何言ってんだろ?

 

「まあ冗談はさておき、やっぱ生徒会あたりなんかいいんじゃねえか? 小町は可愛いしコミュ力も由比ヶ浜並だ。順調にクラスから地盤固めていけば推薦者くらい集められるだろ」

「あ、うん……分かった。何かたまにお兄ちゃんが真面目にしゃべると妙に説得力あるんだね」

「あれ、小町ちゃん? それは普段が聞く価値ないことばかりだって言ってるように聞こえるんですけど?」

「逆にまるで傾聴に値する弁舌が行われていたふうに聞こえるのだけれど?」

「ヒッキー、いつもキモイことばっか言ってんじゃん……」

「……まあ、大抵バカな屁理屈言ってるしね」

「おかしい。ここに俺の味方は存在しなかった」

「はーちゃん、けーかがいるよ! はーちゃんいじめる人なんてけーか許さないんだから!」

『⁉』

 

 あたしの膝の上から比企谷の膝に移った京華は可愛らしくアホ毛ごと頭を撫でていた。

 

「ありがとな、けーちゃん。こんなに優しくされたのは生まれて初めてだ。けーちゃんは戸塚に負けてないぞ」

 

 妹に、負けた⁉

 

「これは本当に通報しなければならないかしら?」

「ヒッキーのロリコン‼」

「ちょっと待て! 頼むから状況を見てしゃべってくれ! ここは部室じゃねえ、川崎家なんだ、わかる? 冗談でも言うとダメなやつだろそれ!」

「……確かに、京華の母親と姉と兄に聞かされる言葉としてはキツイっす……」

「待て大志、同意してくれたってことは俺のこと『ロ』で始まって『リ』で終わる性的嗜好の持ち主だと思ってないんだろ? ないんだよな? ないって言って⁉」

 

「お兄ちゃん、うるっさい。二文字で表現できる言葉をそんな長く例えてるとかお兄ちゃんこそふざけ気味じゃん」

「ばれたか。ただここが川崎家だからちょっとは控えてくれと思ったのは本音だぞ? 親御さんの前で堂々とロリコン呼ばわりとか冗談でも気まずいわ」

 

 必死に弁明している最中の比企谷に対して京華が顔ぷにを始めた。

 

「ってコラ。あんまり人の顔突っつくんじゃありません。目に入ったら危ないだろう?」

「けーちゃん、あんまりはーちゃんに迷惑かけない」

「えー、けーか迷惑かけてないもん」

「け、けーかちゃん、あんまりヒッキーに迷惑かけちゃダメだよ?」

 

 そういって由比ヶ浜が京華を抱きかかえようとしたが……

 

「はーちゃんをイジメる人なんて嫌いだもん」ギュッ

 

 比企谷にしがみついた。

 

「うぇぇぇ――――⁉ けーかちゃんに嫌われた⁉」

「はぁ……けーちゃん、あんまり困らせないで」

「や! さーちゃんだってはーちゃんイジメてたもん」

「いや、イジメてないし……」

 

 あれ、なんだろう……比企谷に妹を盗られそうになってる? やだ、ちょっとどころか死にたいくらい悲しいんだけど? これじゃまるで比企谷みたいじゃん。

 

「けーちゃん、さーちゃんは俺をイジメてなんかないぞ? お姉ちゃんに謝るんだ」

 

 比企谷は京華の腕を軽く握り、言葉を強調した。普段、京華に見せる顔と違って真剣だ。

 

「ヒッキー、あたしは⁉」

「ああ、あのお姉さんもイジメてないぞ。イジってるだけだ。ちょっとアホだけど」

「最後のやついらなくない⁉」

「アホなの?」

「けーかちゃん⁉」

 

 同情したくなるような弄りが由比ヶ浜に襲い掛かる。京華も子供らしく遠慮がない。4歳児の口から放たれたアホに由比ヶ浜の心は耐えられるのか心配になる。

 

「ほら、仲直りしよっか?」

 

 そういうと京華を由比ヶ浜に抱っこさせる。向かい合うように抱き上げられた京華は目をぱちくりさせながら顔を覗き込んだ。

 

「あ、あはは……けーかちゃん、まだまだ軽いんだね」

 

 由比ヶ浜をじっと見つめる京華を見て、あたしの脳裏に嫌な予感が過る。

 

「ふふ……へ? ひゃっ……ちょ、けー、か……ぁんん!」

 

 急に艶っぽい声を上げだす由比ヶ浜に何事かと思った。

 

 

      ×  ×  ×

 

 

《 Side Hachiman 》

 

 

 おもむろにけーちゃんが由比ヶ浜の『ローツェ』を鷲掴みする。

 

 おっ〇ブの客かよってツッコミ入れるレベルで躊躇も容赦もない。

 あれは慣れてるわ。普段からカンチェンジュンガ登ってるねこれ。

 その経験値を今回のローツェ登頂で遺憾なく発揮してるわ。

 なんだったらその山肌を鷲掴んで登るが如く、そりゃもうしっかりともにゅもにゅしてる。

 

 俺もそうだが大志もやばい。由比ヶ浜のメロンが不規則にその形状を変化させる万乳引力に生物学上牡は抗えない。

 ホントごちそうさまです。

 

 あー、これ後で死ぬわ。雪ノ下に罵倒滅されるわ。大志生贄にして逃げるか。無理だな。俺が生贄になって大志が生き残るまである。

 そういや、このメロン、フルーツキャップ(ブラジャー)してねえじゃねえかよ。やけに形が艶めかしく変わると思ったわ。

 もうこれあれだ、眼福通り越して目だけ天国行っちゃうな。

 目だけ天に召されると今以上にキモくね?

 腐っても目だから、それが無くなったらもうキモイキモイいう由比ヶ浜の言葉が本気で口に出しちゃいけないやつになるじゃん。

 ホントに毛根死滅してる人にハゲって言っちゃうのと同じくらいダメなやつじゃん。

 

「ちょっ、と、ヒッキー、見な、い、でよ……」

「み、見てねえから……」

 

 いや、見てねえよ、って言ってはみたけどダメなんだよ、(サガ)なんだよ、そうこれは本能の(せい)なんだよ、牡のアイデンティティーなんだよ、分かる? 分かんねえよな、牝に分かれって無理だもんなぁ~、雪ノ下に由比ヶ浜や川崎の肩こる気持ち分かれって言っても無理なくらい無理、そんなの無理無理無理! だって性別同じなのに種族が違うくらいの隔たりあるもん! 『もん!』 ってなんだよ気持ちワリィ! もう俺、壊れかけてんな!

 乳すげえな⁉ あれだけ変わりたくないっつってた俺を変えるとか、もう俺の更生、乳に依頼した方がいいんじゃねえの⁉ 乳っていっても超サイヤ人の鬼嫁じゃないから!

 

「……っ‼」

 

 おっと、雪ノ下が睨んでる。これは『見てねえから』に信憑性がなさすぎた故か、それとも俺が今考えた『比企谷八幡更生プログラムの講師』として登場し揶揄されたものを悟られたからか。あるいは両方だな。

 

「ごごごめん由比ヶ浜! も、もう! けーちゃん何してんのさ⁉ ほら、こっち来な!」

 

 慌ててけーちゃんを由比ヶ浜から引きはがして抱きかかえる川崎。当のけーちゃんは膨れっ面のままだ。

 

「はーちゃんイジメたからけーかがイジメてあげたの!」

「は、はぁ? なにそれ?」

「だって、さーちゃんもこうすると嫌がるから、はーちゃんの代わりに仕返ししてあげたんだもん!」

 

 はい、当たってましたー。さーちゃんいつもやられてましたー。だからカンチェンジュンガまで育っちゃったのかなー? ってか代わりに仕返しとかなにそれ可愛いな。でも代わってもらわない方がはーちゃんはもっと嬉しいんだけど世間が許さないからこう言おう。けーちゃんグッジョブ‼

 

「さーちゃんもはーちゃんに意地悪したからお仕置き!」モニュンモニュン

「うぇぇぇ⁉ けけけーちゃん⁉」

 

 はい、連続で登山始まりました。こっちもさっき風呂上りに慌ててパーカースウェット着てたもんだからフルーツキャップ(ブラジャー)未実装だわ。さっきのクラッカーでおめでとう事件の時に体験済みだけど。

 

「ちょっ、と! ダメだっ、て! けーちゃ、んん……お、怒、るよ……⁉」

 

 もう声がぜんっぜん怒ってねーの。

 ってかサキサキメッチャ可愛いんだよ、普段の怖い感じと違って照れながら嫌がりながらも相手がけーちゃんだから拒めず困り果てながら登頂される様はもうなんつーか、明日朝早いのに彼氏が「今日いい?」って訊いてきて「明日早いし……」って返してんだけど同じベッドで寝てるからちょっかい出されて困りながら(あしら)ってたんだけど強く窘めなかったせいで本格的にしてきて結局拒めなくて翌朝寝坊しちゃう女みたいなんだよ。衆人家族環視の中これされるのは紛うことなくお仕置きだわ。けーちゃんすげぇよ、もっとやれ‼

 

「さーちゃん、はーちゃんに謝って!」

「ん、んん! ほ、ホントにやめ、て……」

 

 あ、やべえなこれ。ずっと見てられるし、なんなら乳ソムリエとして由比ヶ浜と川崎の頂どちらが高いか鑑定して欲しいまである。さあ、決定しようじゃないか、クイーン・オブ・バストを‼ って俺いま由比ヶ浜よりアホになってんな。

 

「ひ、ひきが、や、見るん、じゃ、ない……よ」

 

 家族に揉まれるところをクラスメートに見られるとかどんな羞恥プレイだよ。ってかさっきのケーキあーんの時からずっと川崎羞恥プレイ続行中だったわ。さすがに気の毒に思えてきたし助け船を出すとするか。

 

「けーちゃん、さっきも言っただろ? 俺はイジメられてない。イジメとは本人がイジメられていると自覚しない限りイジメにならないんだ」

 

 前にどこかで言ったようなこと――4歳児にかける言葉ではない――を言いつつけーちゃんの説得を試みる。正直、川崎の言うこと聞かないんじゃ、俺の言うこと聞くわけがない。いよいよ川崎オカンの出番ではないのか? あなたずっと傍観してるけどいいんですか? 長女が次女にモミモミされちゃってんですよ? それをクラスメートがタダ見してるんですよ? 俺だったら請求書を郵送した挙句、支払われなかったら諦めてるところですから。あれ? やっぱり無料じゃん。

 

「……うん、はーちゃんが言うならやめる」

 

 うえぇぇ⁉ やめちゃったよ⁉ いや、やめてくれていいんだけど。いや、やめない方が眼福なんだけど。そうじゃなくて、なんで俺の一声でやめんの⁉ いや邪な意味じゃなく優先順位おかしくね?

 

 俺がけーちゃんを抱きかかえると、ホッとした表情を見せつつ、胡乱げな視線をこちらにとばす川崎。

 

「え? え? 俺、別にけーちゃんに何もしてないよ? むしろお前ら助けたんじゃん? なんでそんな目で見るの? ねえ?」

「比企谷くん」

「ふぁい!」

「お兄ちゃんキョドりすぎ……」

「京華さんに何を吹き込んだのかしら? 川崎さんが言っても聞かないのにあなたの言葉に従うなんて、もしかして脅迫でもしているのかしら?」

「いやいや、いつものノリで言ってるけど4歳児に脅迫とかすごいからね? ってか4歳児に伝わる脅迫内容ってどんなんあるのよ?」

「そうね……さっきのように卑猥なことをすればお菓子を買ってあげるとか、そんなのかしら?」

「おい、親御さんの前でなんてこと言っちゃってんの? それに脅迫の概念間違ってるぞ。成果を求めて報酬を得るのは労働だろ」

「え? あなた京華さんにそんな卑猥な労働を求めていたの? やはり通報するべきよね」

「……ケーチャン、オレ、イジメラレテルンダ……」

「‼ あ、あなた、やはり京華さんを雇っていたのね⁉ 京華さん、あんなことをしてはダメよ?」サッ

 

 雪ノ下は胸を両手でガードして身構える。むしろお前も揉んでもらえ。川崎のようになれるかもしれんぞ? とは口が裂けても言わんけど。だが、当のけーちゃんは興味なさ気にしていた。

 

「本気にしないでね? 冗談だから。けーちゃんも」

「うーん……いいや……」

 

『けーちゃんは、のこぎりやまにとざんすることをきょひした』

 

「…………えっ⁉」

 

 おいこらショック受けんなよ。けーちゃんに登山されたかったのかよ。まあ、さっきのやり取りでけーちゃんに登山してもらえば標高が増すというけーちゃんの御利益というか、川崎家の都市伝説に気付いたのかもしれんな。雪ノ下はこの手の話題に敏感だし、雪鋸山(雪乃こぎりやま)だし。だが、えっと、その、残念だったな雪ノ下。

 

 気まずくなりかけたが、けーちゃんを川崎の膝の上に戻して話を切る。ってか何の話してたっけな。山の話になっちゃうと全てを忘れて没頭しちまうわ。やっぱあれだ、俺の更生は登山がいい、最高。実際したことないけど。登山してるけーちゃんを見たことしかないけど。

 

「けーちゃん、なんであたしの言うこと聞かないではーちゃんの言うことは聞いたの?」

「けーちゃんの中ではお前も俺をイジメてたって認識になってるし、しょうがねえんじゃねえの?」

「あ、あたしはイジメてなんか……」

「さーちゃん、はーちゃんに謝らないと、めっ!」

 

 あれ、割と根に持ってますね? けーちゃんに怒られてサキサキしどろもどろになってるし。

 

「あ、え、そんなに?」

「(……あー、川崎、不本意だと思うが謝ってご機嫌を直しちゃった方がいい)」

「‼ ち、ちかっ!」

 

 そりゃそうだ。川崎の膝の上にけーちゃんが乗ってて、そのけーちゃんに聞こえないように囁いてるわけだから、吐息が耳に当たるくらい近づくのはしょうがない。風呂出てあんま時間経ってないし、川崎がものすげえいい匂いなのは秘密だ。

 

 意を決したのか、川崎が俺の方を向いて謝罪してきた。

 

「あ、あの……比企谷、その、…………ごめん」

 

 うわ、これ言われた俺も罪悪感がキツイ。何とも思ってないっていうか、あんなの会話の流れで絶対でる貶しってか、ただのツッコミじゃん? なんでそれで川崎謝らせてんだよ、けーちゃん実は鬼かよ⁉

 

「あー、うん、まあ、その、なんだ……大丈夫だぞ、気にしてないから」

 

 こうやって気にしてないアピールをけーちゃんに見せることで、謝罪茶番劇の終息を図る。だが、さらに予想外な言葉が俺達を襲った。

 

「じゃー、さーちゃんとはーちゃん、仲直りのキスしてー」

 

『⁈』

 

「キキキ、キキキス⁉」

 

 小町のイップスが発動した。そういえばバレンタインの日にしてたんだっけ……忘れてたわけじゃないが、びっくりするくらい今まで意識してなかったな。だが、そうは言っても今ここで川崎と抵抗なくキスできるかと問われれば、答えは否なわけで。

 

「け、けーちゃん! そそそんなこと、で、できるわけないでしょ⁉」

「なんでー? 仲直りにはチューするってパパもママも言ってたもん」

 

 あんた、なんてこと吹き込んでんだよ⁉ ってかさっきからずーっと川崎の母ちゃんニコニコし過ぎだろ? 長女の羞恥プレイがそんなに楽しいんですかね? ドSか?

 

「…………」「…………」

 

 二人の視線が痛いし()てえなあ……何とか誤魔化せないものか……。

 

「けーちゃん? キスしなくても仲直りは出来るんだぞ?」

「そんなことないよー。だったらまたさーちゃんにお仕置きするもん」

 

 うおおおいぃぃ! またモニュンモニュンしちゃうの? いいぞ、やれ! って言いたいけどさすがにもう川崎の精神が持たんだろ。つっても皆の前でキスしても精神は崩壊するんだが……どうしたもんか……。

 

「あ、の……、それは……だ、って……」

 

 うわぁ……なんだよコイツ超可愛いなオイ……。

 

「…………」

 

 ……なんか川崎が俺のこと見つめてんだけど……俺っていうか……唇? えっ? おい、なにその気になりかけてんだ、園児の言うこと間に受けて特大のトラウマ生み出すつもりか? 考え直せマジで! 雪ノ下と由比ヶ浜の視線は痛ぇし! ……あ、そうだ‼

 

「けーちゃん、明日さーちゃんと映画観て仲直りしてくるから、キスはする必要ないんだぞ?」

 

『え?』

 

 既に決定事項のような発言に三者の声がハモった。川崎だってキス観覧されることや公開モニュンモニュンより映画を観る方が救いだろう。

 

「おー、うん、わかったー! はーちゃん達もプリキュア観て来て! 面白いよ‼」

 

 はい、俺達が観るのはプリキュアに決定いたしました。

 

「じゃあ、明日でいいか? 時間、調べとく」

「え? あ、う、うん、わか、った……」

「ず、ずるい、サキサキだけ! あたしも! あたしもヒッキーと仲直りする‼」

 

 仲直りを映画鑑賞の代名詞みたいに使ってる由比ヶ浜に、覚悟を問うてみる。

 

「あー、まあ一緒に行くのは別にいいんだが、ホントにいいのか?」

「え? なんで? だってさっき映画に誘ったのあたしの方だよ? 良いに決まってんじゃん⁉」

「俺達が観るのは『プリキュア』だ」

「‼ え、で、でも、その……」

 

 そういって視線を向けた先はけーちゃんだった。俺にはその意味が理解できていたが今話すわけにもいかない。だが、無事仲直りの約束が出来たことに満足したせいかけーちゃんはうつらうつらとしていた。お昼寝の時間がとっくに過ぎているからだろう。

 

「あ、けーちゃんそろそろお眠かな? それじゃお昼寝しよっか」

「ん……まだ……はーちゃんとお話したい……」

「はーちゃんとはまた後で話そうね。けーちゃんが眠そうにしてるとはーちゃんも心配するから」

 

 俺は川崎の意を汲み、けーちゃんに精一杯優しく微笑んでお昼寝しておいでと手を振る。川崎が学校では見せないような表情をけーちゃんに向けながら抱きかかえて部屋へ連れて行った。二人がいなくなったのを確認し、ようやく続きを話せる場が整う。

 

「由比ヶ浜、もう一度訊くがお前は俺達とプリキュアが観れるか?」

「う、うぇ⁉」

 

 真顔で何てこと訊いてんだ俺。第三者が見たらどう形容していいか分からん状況に間違いない。

 

「で、でも、けーかちゃんが一緒に行くわけじゃないし……」

 

 その先に続く言葉は「プリキュアじゃない別の映画を観てもいいじゃん」になるのだろうが、それが許されるのならそもそも俺は休日にわざわざ映画を観に行かない。

 

「俺やお前はまだしも、川崎は観なきゃ確実にバレるってこと気付いてるか?」

「あ!」

 

 いや、最近の生活を鑑みるに俺も観ないとバレる気がする。それくらいけーちゃんは俺に懐いてるし、近いうちにまた川崎家に足を運ばないとも限らない。その時、けーちゃんにプリキュアの内容を話せなかったらあの子を裏切った気持ちに苛まれる。そんな選択はできそうにない。

 

「まあ、そういうわけだ。由比ヶ浜がさっき言ってた恋愛映画を観たいっていうなら一人で観ることになるぞ? 川崎一人でプリキュアを観せる訳にもいかんし、なにより俺が観たい」

「あ、そう、だね……うん。じゃあ、あたしもプリキュア観に行けば解決だね!」

「は?」

 

 いやいやいやいや、どうしてそうなる? そもそもお前がプリキュア観に行く理由がないだろ。百歩譲って仲直りのポーズだとしても、それこそお前だけは行った体でやり過ごせるだろ? さっき自らが口にしてたようにけーちゃんが一緒に行くわけでもないんだから。

 

「は?」

「二回も言うなし!」

「いや、だってそうだろ。お前プリキュア興味ないじゃん?」

「きょ、興味あるし! さっきヒッキーとサキサキが話してるの聞いて超興味でたし⁉」

「なんで疑問符なの……」

「お兄ちゃん……」「お兄さん……」

 

 弟妹揃って憐みの目で見ないで! だって理屈で考えれば有り得ねえだろ、由比ヶ浜がプリキュア観たいとか。

 

「はぁ……控えようと思ったのにやっぱりごみいちゃんはごみいちゃんだったよ……」

「あ、はい。もうそれでいいです。変な気遣いとかいいんで、罵ってください」

「やけくそだ⁉」

「はぁ……由比ヶ浜さんが行きたいと言っているのだから余計な心配をしないで受け入れてあげるだけでいいのよ」

「え? だってプリキュアだよ? 興味があったとしても『齢17にして劇場でプリキュアを観覧する』ってきつくない?」

「ブーメランな上、沙希さんにまでダメージ与えちゃってるよ……」

 

「俺はあえて空気を読まないスキル備わってるし、川崎にもスルースキルと妹の為スキルがあるだろ。けど由比ヶ浜のスキルって空気読んじゃうんじゃなかったか? 多分だけど周囲の視線痛いよ? 大丈夫?」

「い、いいって言ってるでしょ! とにかく今夜あたしにも連絡ちょうだい」

「あ、ああ、分かったから近い、近いっつーの」

 

 明日は川崎、由比ヶ浜と一緒にプリキュアか……なんか妙なことになったな。

 

 その後、川崎が戻り由比ヶ浜が中心となって総武での学校生活を話した。今年入学組は興味深く聞いていたし訊いてきた。それに便乗する形で川崎のお母さんも、娘の学校生活を多少知りたかったのか興味深く耳を立てていた。

 

 けーちゃんが起きた時に皆がいないと可哀想だったから、少し長居し過ぎかと思ったが起きるまで待っていることにした。川崎一家も引き留めるのに腐心するようだったし。

 

 けーちゃんが起きて少し遊んであげた頃、もう夕飯の支度を始めてもいいくらいに日が沈んでいた。お祝いの料理に使った材料が結構残っているので買い物は必要ないだろう。もしかしたらそれを見越して多めに買ってたのかもしれない。既にこの家に三日連続で食のお世話を続けてる小町ならではの如才の無さである。我が妹とは思えない恐るべし気の回し様だ。

 今は玄関で川崎一家に見送られてお暇するところだ。

 

「それじゃ、今日は本当にありがとうね。大志も京華も喜んでると思うし。あ、あたしもね」

「うん、今度はあたしが手料理作ってあげられるように練習しておくからね!」

「やるならわたしの目の届くところでやってちょうだい。由比ヶ浜さんの料理を野に放つには厳正な審査を通してからでなければ危険よ」

「そうだな。その時は俺もちゃん味見するから無許可で川崎家に振舞うなよ。あと実技もそうだが座学でも料理について勉強しろ」

「なんかあたしの料理、危険物みたいになってる⁉」

 

 むしろ兵器といってもいい。今回の件は依頼の時みたいに『女子の手作りクッキーを男子は漏れなく喜ぶ』という条件がないのだ。しかも俺の中で『料理が上手い女子ベスト3』に入る川崎の家族に由比ヶ浜が振舞うなど狂気の沙汰。それで川崎と母親がダウンしたら普通に家庭崩壊の危機が起こりうる。

 なんとしてでも止めなければならない。由比ヶ浜の料理を知る者として使命感にかられた。

 

「まあ、期待しないで待ってるよ。……それで比企谷、明日の……」ウツムキ

 

 けーちゃんの手前断れないし、腹を括ったか。川崎はそれで納得できるんだけど由比ヶ浜は未だに理解できん。

 

「ああ、どうせネットで調べるだけだし、すぐ連絡できると思う」

「ヒッキー、あたしも! あたしも!」

「分かった分かった。夕飯終わるくらいにメールするわ」

「はーちゃん、ちゃんと仲直りしてきてね」

「ああ、ありがとな、けーちゃん」

 

 こうして長い長い合格祝いは幕を閉じた。山のことばかり考えていた気がするけど。

 

 

―比企谷家―

 

 

「ただいまー」「ただいま」

 

「おかえり小町、よくやったな! 合格おめでとう‼」

「おかえり、やったわね小町‼」

 

「あ、ありがと!」

 

 昨日は平日で二人の帰りも遅かったし、今日も半日だけど仕事入ってたみたいだから親が小町に面と向かって祝うのはこれが初めてだ。

 

「これから合格祝いに外へ食べに行くか!」

「いいわね。小町、帰って来たばかりで悪いけど支度して」

 

「え、え、今から?」

「そうよ、夕飯の支度なんてしてないもの」

「小町の好きなもん食べに行くぞ! なんでも言ってくれ!」

「ホントに⁉ じゃあ、小町高級でもあんまり堅苦しいお店苦手だし、焼き肉いきたーい‼」

「肉の師匠か? 学壱か? 好きなところ選べ‼」

「わーい、やったー‼ ……あっ、えっと、お兄ちゃん……」

「どうせ来ないんだろ? 留守番頼むぞ」

「はい、これ夕飯代よ」

 

「……ああ、さんきゅ」

 

 そういって野口さんが一人俺の手に託された。良かった。ワンコインじゃなくて。

 

「あ、あの、お兄ちゃん……」

「行ってこい。俺は先に風呂入っとくわ」

「……うん」

 

 恐らく小町は俺にも一緒に行って祝って欲しかったんだろう。だが、もう川崎家で祝ったし、今度は両親に祝ってもらえ。いつも通りってやつだ。

 それに小町も分かっているだろう。親父の前で必要以上に俺を気に掛けると機嫌が悪くなることが。

 

 両親、特に親父の小町への溺愛っぷりは目を覆いたくなるレベル。多分俺も負けてないが。ただ、ここで問題なのはそれが扶養する側とされる側ということだ。

 まあ、親父は小町に頭が上がらないので何か起こっても小町本人は大丈夫だが、俺はそうもいかない。普通に小遣いなんて貰えなくなるわな、ただでさえ少ないのに。

 

 今のやり取りでも、

 

 『小町が俺を誘う』

     ↓

 『親父不機嫌になる』

     ↓

 『小町が親父を窘める』

     ↓

 『親父のフラストレーションが俺への制裁(小遣いなしなど)』

 

 といった流れが起こりうる可能性がある。

 

 そうした結果を小町にチクる? ないない。兄が妹に言いつけて親を叱ってもらうとかどんだけ捻じ曲がった家族関係だよ。普段、朝起こしてもらったり飯を作ってもらいもするが、それでも最低限小町の前では情けないお兄ちゃんでいたくない。それが兄の矜持だ。

 いや、お世話してもらってる時点で十分情けないって? 俺の中ではセーフ判定なんで大丈夫だ。

 

 小町は慌ただしく――出先から戻ったばかりでそのまま外出できる状態だが――準備をして、三人でお祝いに出掛けた。ふと、俺が総武に合格した時は何かしてもらったっけ? なんて普通の子供からすれば軽くトラウマになりそうな回顧をしてしまう。

 

「じゃ、行ってくるね‼」

「おう、行っといで」

 

 俺はやる気のない腐った目で三人を見送ると、ここ最近出来なかった部屋に引きこもる幸せが堪能できる。

 そういえばアニメも録画()り貯まってたな。消化しながら貰ったチョコを堪能するとしますかね。

 

 

 

つづく

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