サキサキのバレンタインは色々まちがっている。 作:なごみムナカタ
『川崎京華は、夢と希望を膨らます。』終盤部分の続き。
比企谷小町の焼き肉合格祝いです。
相変わらずはちさきとは一体? という内容になっております。
2020.11. 6 タイトル変更。
26.5話 Interlude【Komachi】
はぁ……美味しい……
人って幸せでも溜め息が出るもんなんだね。小町初めて知ったよ。
総武高校合格祝いで牛四家に来た小町達
うちは両親が共働きの上、忙しいから一緒に食べることは滅多にない。お父さんもお母さんも夕飯はほとんど会社で済ませてくるから家で食べる時はいつもお兄ちゃんと一緒だ。
そんな生活が長く続いていたので例え家族でもお兄ちゃん以外の人と食べるのはちょっと落ち着かない。
ここ何日かは沙希さんちでご飯を作ったり一緒に食べたりしたけど、特に緊張したりとかはなかった。きっとお兄ちゃんがいたからだ。カーくんにとっての家が小町にとってのお兄ちゃんみたいなもので、お兄ちゃんがいるだけで小町は安心できる。
カフェで沙希さんにも茶化されたけど、割とマジで仲良いよねうちの兄妹って。普通、小町くらいの女の子は男家族と距離を置くみたい。同じように兄がいる友達と話してると、うちの方がマイノリティだって思い知らされた。
お兄ちゃんのTシャツが寝間着にちょうどいいから、勝手に着てお披露目したらまんまと小町の物になったんだ、って何気なく話したらみんな苦笑いしてて何だったら軽く引いてた。
なんで? アイラブ千葉のやつじゃないし、ワンピースみたいで良い感じじゃん、って反論すると「え、……だって、ねぇ……」「
世間とズレが起こるくらい兄妹仲が良いのは、さっきまでの追想にその要因がある。
いつも両親がいない日はお兄ちゃんが小町の分もご飯を作ってくれた。
学校で必要な物とかがあったらいつもお兄ちゃんが一緒に買い物に付いてきてくれた。
休みの日は家にいて小町の相手をしてくれた。
不安で寂しくて家出した時も迎えに来てくれたのはお兄ちゃんだった。
そんな境遇だから他所のうちよりも兄妹の結びつきが強いのが当たり前で、お兄ちゃんと小町は二人で助け合って生きて行かなきゃいけないんだって子供心ながら理解してたのかもしれない。
でも、その頃の小町にはお兄ちゃんを助ける力なんてなくて、いっつもお兄ちゃんが小町を助ける側だった。
小さい頃、「小町、大きくなったらお兄ちゃんと結婚する!」って言ったのを今でも覚えてる。こんなのよくある子供の戯言で本気にする人なんていないけど、小町は今でも案外悪くないと密かに思っていた。法的には無理だけどね。
こんなこと照れくさくて絶対面と向かって言えないけど、お兄ちゃんには本当に感謝してる。
だから、お母さんはともかく普段からお兄ちゃんを蔑ろにしてるお父さんはあまり好きになれない。
でも感謝はしてるよ? お兄ちゃんとはベクトルが違うけど。お財f……違うか。金づr……これも違うな。そう! お小遣いとかそういう方面で!
さっきだってお兄ちゃんが行かないと決めつけて一人で留守番させるのはどうかと思う。あれに関しては夕飯代を流れるように差し出したお母さんも同罪だけど。
(せっかく総武に受かったお祝いなんだから、こんなときくらい一緒にって言ってくれればいいのに)
っていっても無理なんだろうな。
いつの頃からか、お父さんはお兄ちゃんに対して風当たりが強くなった。お兄ちゃんが総武に受かった時も別段褒めるようなことがなかった。その時はおかしいとまでは感じなかったけど、今こうして同じ高校に受かった苦労を顧みるとあのリアクションがどれだけ有り得ないかが分かる。
そういう扱いの違いを感じ取ってお兄ちゃんも両親、特にお父さんと一緒に出掛けるのを忌避するようになったんじゃないかな。
平塚先生が車中でしていた言霊の話が思い起こされる。
お兄ちゃんの自虐癖、その原因が自身の心にあり、それを口にすることで自己暗示が成され益々自分を肯定できなくなっていく。
あの時、口に出来なかったけど小町には思うところがあった。
先生はその自虐を言葉にしなければ、と言ってたけどそれってただの対症療法だよね?
そんな心を作り出してしまった原因を究明し改善していく方が根治へと繋がるんじゃないの?
先生は京華ちゃん相手なら猜疑心が働かないだろうから最適なカウンセラーとしてあの子を推してたけど、そこは他人じゃなく肉親にこそ求めるべきじゃないの?
人が生まれてから一番最初に信じることができる存在である親にこそ褒められ肯定してもらうべきじゃないの?
お兄ちゃんが自虐体質になった要因の一つ……というより根本の原因は……
……父親にあるんじゃないか。
こんなこと他人である平塚先生に言えるはずもなく、小町は言葉を飲み込むしかなかった。
そして当人はというと結構なペースでお酒がすすんでいる。
家で一緒に食卓を囲んでいないからお父さんがどれだけ飲む人なのか想像もつかないけど、これは飲み過ぎじゃない?
「あんた、さすがに飲み過ぎでしょ。もうちょっと抑えたら?」
「今日はそのつもりで来たんだ。とことん飲むぞ!」
「まったく、年甲斐もなくはしゃいじゃって……」
小町だけじゃなくお母さんも呆れてるよ。酔っ払ってくだ巻かないでほしいよね。あんまり迷惑かけそうなら他人の振りしちゃおうよお母さん。
× × ×
「……ぐふっ……、さすがに食べ過ぎたかなぁ」
化粧室の鏡に向かって呟きながらお腹をさする。間違っても人前じゃできないはしたなさ。
「……やっぱりお兄ちゃんにも来て欲しかったなぁ……」
つい口に出してしまったけど、仕方がないと思う。
だって昼間、川崎家でお祝いしてもらったのと比べるとお肉は美味しいけど楽しさの面では……ね。
お兄ちゃんじゃないけど、まずお父さんがいるとちょっと寛げないし、あんなにパカパカ飲んでると取り留めなく同じこと繰り返して喋るしで何だかこっちが恥ずかしくなってくるよ。
そうだ、せめてお兄ちゃんにテイクアウトを買ってってあげよう!
ん、んっ、……ねぇ、おとうさぁん、小町お土産にテイクアウト買ってほしいんだけどぉ……ダメ、かな……?
よし、これなら完璧。
たとえ総武に落ちていたとしてもお小遣い200%アップの賃上げ交渉に勝つる比企谷家最強のネゴシエイターがお兄ちゃんの夕飯を豪華なものにして差し上げちゃう!
もっとも、お父さん相手に(お兄ちゃんにもだけど)小町が交渉で負けたことなんてないんだよねぇ。本気出せば冗談抜きで車とか買ってくれそうだけど、それはそれで比企谷家の未来が心配になってくるからお父さんにはもう少ししっかりして欲しい。
さて、そろそろ戻っておねだりしよっと。
こういうのってタイミングも重要だけど、完全に出来上がっちゃってるからそこは気にしなくていいか。後はおねだりの仕方だよね。
お父さんは、小町がお兄ちゃんのことを話すと機嫌が悪くなる。どんな意図があってそうしているのかいずれ問い質したいけど、今は我慢だ。こんな親なので正直にお兄ちゃんのお土産にテイクアウトを、とおねだりしようものなら買ってはくれるだろうけど後でお兄ちゃんへの風当たりが心配だ。だから小町は画策する。
ねえねえ、小町ここのお肉すっごくすぅっごおく気にいっちゃった! 家でも食べたいからテイクアウト……買って、くれない、か、な?
こう言えば、小町の為にとお父さんは喜んでテイクアウトを買ってくれる。小町はお兄ちゃんの為にテイクアウトを手に入れることができるし、お兄ちゃんもお父さんの不興を買わずに美味しいテイクアウトを食べられる。素晴らしい妙案だ。
誰も傷つかない優しい嘘だけど、唯一の欠点は小町が大食いって認知されることなんだよね。なにそれツライ。
(いやいや、お兄ちゃんがノーリスクでテイクアウト焼き肉を食べれることに比べたら、そんなことくらい!)
お兄ちゃんを想って己を奮い立たせる。考えようによっては大食いって思われるだけだし、実際食べないんだから小町は太らない。なにそれ、やっぱりいいことしかないじゃん。
そうと決まれば目の前の酔っ払いを籠絡する魔法の言葉を唱えよう。
「ねえねえ、小町ここのお肉すっごくすぅっごおく気にいっちゃっ「テイクアウトも買ってくか!」はやくない⁉」
いや、いいんだよ? いいんだけども?
これじゃ鏡の前でしたリハがバカみたいじゃん、やっぱり比企谷家の今後が心配。
だって、二代目もあのお兄ちゃんだよ?
「将来の夢は専業主夫」ってのたまうお兄ちゃんだよ?
「強くなるために努力するのは女々しいこと」って断じる二代目じゃないんだよ?
いや、これはちょっと違うか。そっちの二代目だったら別の意味で比企谷家が心配になるじゃん。小町、受験勉強より暴対法勉強しなきゃいけなくなるなんて嫌だし……。
そんなわけで、是非ともお兄ちゃんにはしっかりしたお義姉ちゃんを貰って欲しい。
比企谷家の未来に言い知れぬ不安を感じている間、二人は小町抜きでテイクアウトメニューから選んでいた。
冗談じゃない。お兄ちゃんの好みを一番知ってるのはいつもご飯を作っている小町だ。お父さんは言うに及ばず、お母さんですら最近ではお兄ちゃんの好きな物なんて把握してないはず。っていっても二人はこのテイクアウトがお兄ちゃんの物だなんて思ってないんだけど。
メニューを少し強引に引っ張って見てみると、いくつか種類があって値段もそれぞれ違う。小町に買うつもりでいるんだし、ここは値段なんて気にしないでお兄ちゃんが好きな物を選んじゃえ。
「……えっと……これ、とか、いいでしょうか」
少々、申し訳なさそうにお伺いをたてるのがネゴシエイトの基本だ。横柄な態度で頼み事なんてされて望みを叶えてくれるなんてとんでもなく捻くれた人間だろう。……お兄ちゃんとか、ね。
「いいのよ。小町にはいつも家のことで色々と負担かけてるんだし、遠慮なんてするもんじゃないの」
まったくノーマークだったお母さんの方から労いの言葉をかけられた。
考えてみれば、うちで一番子供に負い目を感じているのはお母さんのはずだ。いくら共働きとはいえ、家事の一切合切を子供に任せきりにしているのだから。
小町が小学校低学年くらいの頃は、たった二つ年上なだけのお兄ちゃんが家事と小町の面倒を見てくれていた。いまでは思うところがあって小町がその役を担っているけど。
「そうだぞ。家のことをやりながら進学校に合格する非の打ちどころがない我が家の宝に、カンパーイ!」
あー、もー、恥ずかしいなこの人。お母さんも見てないで何とか言ってよ。
……っていうか、いまから二年も前に小町の面倒見ながらその進学校に合格を果たした兄がいるんですけど、二人とも忘れてるわけ?
「うー、いやー、まあ確かに小町も頑張ったけど、お兄ちゃんなんて二年も先に合格してるから……」
「そんなことはないぞ、小町の方がずっと大変だったろうからな。八幡の面倒を見ながら大したもんだ!」
……なにそれ
小町がお兄ちゃんをお世話してたっていっても、お兄ちゃんをずっと心の支えにして頼ってきたんだ。それに比べてお兄ちゃんには誰も頼れる人がいなかった。小町はその頃まだ小さくて何か起こっても力になれなかったから、きっとお兄ちゃんの不安を取り除くことはできなかっただろう。しかも、頼るべき親はお兄ちゃんに家を任せっきりで……。
そんな状況で小町の面倒見ながら合格したんだから、小町の場合とは訳が違うんだよ?
お兄ちゃんは誰にも頼れない心細い中、それが出来たんだよ?
どうして褒めてあげないの?
「そうよ、年下なのにしっかりしててお兄ちゃんの面倒見る子なんて、いまどきどれくらいいると思ってるの」
確かにそう聞くと立派かもしれないけど、だからといってお兄ちゃんの功がなかったことにはならない。お兄ちゃんのしてきた行いは賞賛されるべきことだ。でも二人はお兄ちゃんより小町を誉めそやす。
ああ……
何となく感じてはいたけど、いまはっきりと理解させられた。
こうやって小町はお兄ちゃんが貰えるはずだったものまで奪ってしまっていたんだ。
これじゃお兄ちゃんが捻くれるのは無理もない。
いままでの交友関係で生まれた数々の黒歴史。それらがお兄ちゃんの自虐体質を作り出していたのは事実だけど、ことに歪な家庭環境が浮かび上がった。しかも、その最たる原因が小町への偏愛なのだから当事者としてはまったく笑えない。
きっと小町が訴えても二人はお兄ちゃんを褒めてくれないだろう。褒めたとして小町が強要する栄誉でお兄ちゃんが救われるはずもなく、むしろ猜疑心が働き症状が悪化する可能性すらある。
……いいんだ。両親がお兄ちゃんを分かってくれないなら小町がはっきり口にすれば。
小町の言葉なら、お兄ちゃんは信じてくれるよね?
お兄ちゃんにいっぱい愛情をもらった小町がそれを返せばいい。
明日、お兄ちゃんは結衣さんと沙希さんの三人で映画デートだ。
結構朝早そうだし、小町も早く起きていつもみたいにお兄ちゃんを起こしてあげよう。
帰ってきたら、内容を聞かせてもらって、ダメ出しして、慰めて……
…………お礼を言おう。