サキサキのバレンタインは色々まちがっている。 作:なごみムナカタ
キャラ出し過ぎたなとちょっと後悔している今日この頃です。
いろはどこいった……?
2020.12. 5 台本形式その他修正。
2020. 1.25 書式を大幅変更。それに伴い、一部追記。
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27話 川崎沙希は、知っている。
《 Side Hachiman 》
~2月18日(日)~
「………」
「……え、なにこれ……」
目覚まし時計を見ながらの第一声がそれである。
昨夜はずいぶん楽しかったのか両親はしこたま飲んで帰ってきたらすぐ寝ちまった。小町もご機嫌な様子で、見てるだけでこっちが幸せな気分になる。
……はずなのだが、昨夜考え抜いて出した結論が俺の心を離してくれない。とても陽気な気分になれないのだ。
そんな陰鬱な気分のせいか、寝たり覚めたりの繰り返しで最終的にはこんな時間に起きてしまった。待ち合わせが9時なのに起床が5時ってなんだよ……
まだ冬の寒さが滲みるこの季節、ましてや早朝5時という時間がアシストして布団の中はそれはもう天国である。
……なのに、だ。そんな中にいても二度寝ができないほど目が冴えてしまっていた。いや、正確には不快感で眠れないといったところか。目の腐り具合に拍車がかかること請け合いである。
川崎に相応しくないから、川崎を大切に思うからこその決断だったのに、こんなにもすっきりとしないのは俺の中に未練があるからだろうか?
それでも伝えなければならない。答えなければいけない。それが誠意ある態度ってもんだろ。
覚悟が決まった俺は布団から出ると手早く着替え終えた。昨夜の内に小町が選んでくれた服だ。
一階に降りると当然、小町どころかいつも朝早い両親も起きていない。空腹をどうにかしようと思ったが自炊する気は起らなかった。
何故なら、こんな朝早く起きて一人で飯を作って食べているところを小町に見られたら『お兄ちゃん、なんでこんな早く起きてご飯食べてるの? 遠足の日の小学生みたいに今日の映画デート楽しみ過ぎて眠れなかったんだ?』なんて言われるに決まってる。
そうなることだけは避ける為、俺は待ち合わせ場所近くの喫茶店でモーニングを食べることにした。
でも、出掛けてから思ったんだが小町が俺を起こしに来て部屋にいなかったら『お兄ちゃん、なんでこんな早く(以下略)』になることに気づいた。
ただ今更戻っても既に手遅れなので結局モーニングは避けられない。なにやってんだろうな俺。
自らの行いに呆れながら電車に乗る。ああ、温い。この世の幸せが凝縮された空間だと感じるのは少しオーバーだろうか。いや、こんな時間で人もいないし俺にとって幸せ空間以外の何物でもないな。
時間潰しの為に本を持ってきたのだが駅はいくつもないし、やはり店で読むことにするか。帯に短し襷に長しとはこのことか。電車の中で手持無沙汰になってしまった俺の頭では朝の思考の続きが自動的に再開された。
待てよ……これから一緒に映画観に行くっていうのにそんな返事をするのか?
さすがにそれは空気が読めなさ過ぎるだろ。
でも川崎は返事をくれなくていいとも言ってくれていた。だとしたら、この結論を伝えることの方がむしろ川崎を傷つけるんじゃないか?
「…………今日言う必要はない、か……」
今日は川崎だけでなく由比ヶ浜とも出掛けるのだ。映画を観る前はもとより、後ですら拒否を伝えるのはどうかと思う。あえて空気を悪くする必要はない。
その結論は、自ら距離を縮めようとしない怠惰、踏み込む勇気を持てずにいる臆病な自分を誤魔化し先送りしているのだと分かっていた。
だが、どうすればいい?
今日言わないことは確定した。
なら近いうちに言わねばならない。
川崎は何度も言葉にしてはっきりと俺を好きだと言ってくれたぞ。
俺も答えを出さなければならない。
比企谷八幡はこうであると示す意味でも誤魔化すべきじゃないはずだ。
……ただ
その言葉を伝えたくない気持ちが自分の中の何処かにあることを感じている。
――――川崎のことをどう思う?
俺はあいつを尊敬している。
――――川崎のことは嫌いか?
絶対にそんなことはないと断言できる。
――――川崎に嫌われたくないか?
「‼」
己が心音が聴こえた。
これは驚悸というやつだろうか。自分で自分を驚かせるなんて信じられんことをする。
だがもっと信じられないのは、この俺が他者に嫌われるのを忌避していることだった。
いや、俺だって別に嫌われたいと思ってるわけじゃないが。
文化祭で相模を連れ戻す為に学校中の人間に多かれ少なかれ嫌われた。
それが奉仕部の、雪ノ下が受けた依頼の範疇で遂行するのに必要だったから。
修学旅行で嘘告白をして雪ノ下と由比ヶ浜を不快にさせ微妙な空気を作り上げてしまった。
戸部と海老名さん二人の依頼を達成する為に必要だったから。
未遂だが生徒会選挙で一色を会長に当選させない為に応援演説で自分にヘイトを集め、不信任にさせようとした。
依頼であったし、他の策が機能したので実行には至らなかったがこれしか手段がなかったらやっていただろう。
俺にとっては他者に厭われようが疎まれようが必要に応じればいつだって受け入れてきた。
なのに何故、川崎に対してそれができない?
俺が川崎を受け入れない=川崎に嫌われる。それはどうしても避けて通れぬ図式。
むしろ文化祭や嘘告白に比べて真っ当に厭悪されるべき理由ではないか。今までより清々しくどうぞ嫌ってくださいといえるくらい合理的な話。
……なんだよ、どうぞ嫌ってくださいって、俺ドMかよ。
川崎の想いに応えられないのに嫌われたくないとはなんて我が儘なんだろう。
感情の正体を探ろうと瞑目するがタイミング悪く駅へ到着してしまった。
まだ時間も早いし朝食を摂ってから考える時間があるだろう。
俺は頭を切り替えて電車を降りた。
さて、サイゼの場所はほぼ把握してるが適当な喫茶店となると…………んっ……⁉
「‼」
「あ……」
電車から降りると、隣の扉から降りてきた長身の女性に目を奪われた。シャープな印象でその大人びた姿から彼女であると想像できず気付くのが遅れた。
え? 川崎?
その出で立ちでもシュシュとポニーテールがあれば気付けたはずだが、たった一度しか見たことがない髪型が認識を阻害していた。
え、なんで? まだ7時前なんだけど? あれ、俺時間まちがえてメールしたか?
慌ててスマホを取り出し送信履歴を探す。確かに9時に駅と書いてある。
「あー……まだ時間じゃないよ。あたしが勝手に早く来ただけだし、喫茶店で軽食でも食べようかなって思っただけ」
「……お前もか」
「……てことは、あんたもなの?」
「……おう」
「…………」
「…………」
「…………」
「……その、一緒するか?」
「……なにそれ、いまさら別々に食べる意味なんてないでしょ?」
映画は別々に観ようと提案したことはあるが、さすがにここで川崎相手に一緒に行かない選択をするほど空気を読めなくはない。俺達はそのまま合流して喫茶店を探すことにした。
「サイゼなら知ってるがこの辺りの喫茶店は知らん。お前はどうだ?」
「あたしもそういうのに明るくないかな。家族多いし外食すると結構な出費だから控えててお店とかあまり……」
「けーちゃんもまだ小さいから入れる店も限られるしな。雰囲気ある店だと子供のはしゃぐ声とか、たとえ周りが気にしなくても家族は気にしちまうよな。まあ、けーちゃんは大きな声出したりする感じには見えないけど」
「ああ、ちゃんと躾けてるからね。そういうとこでは大声出さないでって言い聞かせてる。けーちゃんいい子だからちゃんと守ってるよ」
「やっぱりか。ってか、その躾けもお前なんだよな。もうお前、姉ってよりけーちゃんの母親みたいじゃね?」
「ちょ、誰が母親よ⁉」
「だってよ、今日の恰好もなんつーか、入園式とか卒園式に親が着るようなフォーマルな装いじゃね? そのまま保育園に行ったらそういうイベントなのかと思うぞ」
今の川崎はバーでアルバイトをしていた時のように髪をアップにして動きやすいようまとめている。服装もパンツスーツスタイルと手には小さめのフォーマルバッグで演出しており、黒いジャケットとパンツは彼女のスタイルを際立たせ大人っぽさを醸し出していた。なるほど年齢詐称で深夜アルバイトに入れるわけだとつくづく感心してしまう。
「……それ、褒めてくれてる?」
「うっ……ま、まあ、そうだな……褒めてるか貶してるかで言えば……褒めてるし……似合ってる」
「……いつも回りくどい言い方するんだから。でも……うん、ありがと」
我ながら最低の褒め方だと思うが川崎もまんざらではないようなのでギリセーフということにしておこう。
……あれ? っていうか今朝家を出るまで俺川崎を振ろうとしてたんだよな? なのになんでこんな褒めたり(?)して普通のデートみたいな感じになってんだ?
その矛盾した行動を不思議に思ったが嫌な気分ではない。むしろこうしたいと思う自分がいることに気付いた。
「あんたも普段の恰好とちょっと感じ違うね。って言っても普段のあんたをあんま知らないし、つい制服姿をイメージしてるからってのもあるんだけど」
「ああ、これか? これは小町に選んでもらった。どうも俺のセンスは、女子目線で若干の問題というか壊滅的らしくてな。一人ならまだしも今日はお前等と行くんだし多少は気をつけとこうと思ってな」
「‼ そ、そう……」
あれ、そんな驚くようなことか? 俺がどう思われてるかが窺える反応だな。そんなに俺が気を遣うのって新鮮⁉
「それにしても学校で遅刻ワーストのお前がこんな早く来るとはな。そんなにプリキュア楽しみだったか?」
「ば、バカなこと言ってんじゃないの! それに遅刻ワーストだったのは去年だし、今はあんたのが遅刻ひどいでしょ」
「そ、そうだな、すまん……」
思わず謝ってしまった。普段なら何かとゴネて謝罪しない方向にもっていくのだが誰がどうみてもブーメラン発言だったし、何よりこれに屁理屈を被せるとどうしても去年川崎が深夜アルバイトをしていたことに触れてしまう。それは俺達にとって大き過ぎた出来事であり笑い話として扱うにはまだ消化しきれていない。
バレンタインの日からこっち、ずっと真剣に感謝され続けていたし川崎の立場で考えてみたら、俺がしたことはそれだけの価値があったと言える。多分、それがキッカケで俺のことを少なからず気にするようになったはずだし、あまり弄っていい話じゃないな。
「……なんかやけに素直じゃん。いつものあんたじゃないみたいだよ、平気? お腹空いてんじゃない? 早く喫茶店さがそ」
急に態度が変わり俺を心配する川崎。面倒見の良さは弟妹の世話で培われたのだろう。普段キツイ印象の彼女だが、こういう優しい一面を見せられると心が揺らぐ。
いや、元来彼女の本質はこっちなのだ。学校で他人に見せる姿にどれほどの素が垣間見られようか。家族に見せる時のように力を抜き、こうして相手を気遣う姿こそが本来の彼女で、その顔を一端ではあるが、今俺に見せてくれてる。
こうして些細なことでも心配されるのは新鮮であったし悪い気分でもなかった。去年までの俺なら由比ヶ浜あたりが似たような何でもないことで心配してきても鬱陶しく思ってしまったかもしれない。今のようには感じなかっただろう。
……俺は変わったのだろうか。
その問いに答えてくれる者はいない。いるとしたら恐らく……それは俺自身なのだろう。その変化が、川崎や由比ヶ浜達に伝えるべき言葉を教えてくれるかもしれないが、今はただ自分の心に素直に従おう。
キョロキョロとせわしなく店を探すとても可笑しげな川崎だったが、その姿は可愛さも内包していた。
ああ、こんなにも色々な顔を持っているのか。その魅力に中てられた俺は、もっと川崎のことを知りたい欲求に支配されていた。
× × ×
―駅前の喫茶店―
モーニングにドリアがあったのは八幡的にポイント高かった。ついでにサイゼより値段も高かったが。
俺達はすぐに食べ終え、それぞれいつも通り過ごす。元々早過ぎたので時間潰しにと用意した本を取り出し俺は読書を。川崎は教室で佇んでる時のように頬杖をつき外を眺めていた。
普段ならそれで良かったが今日はお互いがお互いを意識していた。
「……あんたさ、読書好きだよね」
「そうか? 普通だと思うが」
「修学旅行のときの新幹線でもちょくちょく本読んでたじゃん」
「え? お前なんで知ってんの? 俺ってそんなに目障りで悪目立ちしてた?」
「え、あ、そ、それは、その……」
急にしどろもどろになる川崎。訝しむがその理由にすぐ思い当たった。
「あ、う……その時から、その……もう……なのか?」
核心こそ濁しながらだが、それでも今の俺達なら伝わるであろう言葉で川崎の答えを待つ。
「あうぅ……その……海老名に無理矢理騒がしい席に引っ張られて座らされたし、あたしは話したりとかする気なかったから、その……………………あんたの方……見てた……」
照れて俯く川崎。この前から何回この仕草を見せてもらっただろう。何度見ても可愛い。口には出さんけどカワイイ。一色が本気でわたし可愛いアピールしてきた時の20倍は可愛い。界王拳なら身体に負担がかかるくらいカワイイ。何回可愛い言ってんだよ俺。
「お、おう……」
ただこの会話の流れはよくない。電車を降りるギリギリまで、なんなら朝食の後も悩み続けるつもりだった川崎への返事に話が及ぶかもしれん。
「それに! ……二人きりなのに平然と本広げるあたりそう思っただけ」
誤魔化すように強引に話を元に戻した。偉いぞサキサキ。お前は俺の空気が読める奴だな。
「ぼっちは気の利いた話題選びなんて出来ないからな。話しかけられないようにする自衛手段だ。教室で寝たふりしてるのも似たようなもんだな」
「……あたしと話すの嫌なわけ?」
「いや? むしろ俺の知り合いの中では気楽な部類だ。というか知り合い自体が少ないけどな」
「そ、そう?」
さすがに「ぼっちだけどな」とはもう言えない。正直、今これを言い過ぎるとそれだけで川崎を傷つける恐れがある。もうネタとしても封印だ。
「お前も学校じゃあんま話さないし無言でも間が持つしな」
「結局しゃべらないことが前提なんだ……」
「いやだって変に気を遣って無理に話しかけようとする痛々しい俺をみたいか?」
「そりゃ……見たいとは思わないけど」
「だろ? だから自然体の方がいいんだ。奉仕部でもいつもこんな感じだぞ」
「!! ……そっか、奉仕部でも……ね」
え、なんだよその顔。なんで照れてんの? ちょっと顔赤い気もするしその表情照れてるで合ってますよね?
「……ねえ」
「なんだ?」
「……奉仕部で今までどんな依頼あったのか……教えてよ」
「は」
「あ?」
「いやこええって。ドスの利いた声を出すな……なんでそんなこと知りたがるんだ?」
「……興味がある、じゃダメかな?」
「は? 奉仕部に? やめとけやめとけ。雑用や面倒事押し付けられるだけだぞ」
「……面倒事押し付けて悪かったね……」
「あー、いやこれは皮肉とか冗談とかそういったことじゃない。単純にあの部活のポジションを客観的に述べたまでだ。それに厳密に言うと去年大志が持ってきたお前の相談は小町にしたもので、もともと奉仕部が請け負うはずのものじゃなかったしな」
「え……」
「たまたまサイゼで雪ノ下と由比ヶ浜と戸塚が勉強してるところに俺が出くわして、さらに偶然小町が大志連れて遭遇したんだ」
「じゃあ、あんたが二人に相談したわけじゃなかったんだ?」
「ああ。そもそも他人の家庭のゴタゴタに首突っ込んで解決してやれるほど俺は家族と団欒してないからな。だが無碍に断って小町と大志だけで事にあたる方が嫌だったから手を貸すことにしたんだ」
「そうなんだ……」
「結果的には色々と上手くいったし相談にのって良かったとは思ってるけどな」
「⁉ ど、どういう意味?」
「無事解決できたことによりそれがキッカケで大志に総武高校のことを相談されたとき小町と大志は何があっても友達だと確認できたこととか」
「…………」
「一応個人的に相談されたから奉仕部の活動報告書にお前のことを記載しないで済んだこととか」
「?」
「雪ノ下は嘘がつけない。だから書かなくてもいい理由が必要だった。書いてたら……まあ顧問は平塚先生だし大目に見てくれる可能性は高かったがそれでも学校外でのことだし年齢詐称の法令違反だ。後でバレたら隠蔽とも取られかねないからな。
「あ……ホントごめん……」
「この前から何度謝ってんだよ。もう終わったことだ」
「うん、ありがと……」
「後は……まあ、これはいいか」
うっかりその他の恥ずかしい理由を口にしそうになったが思い止まった。が、この匂わせるような一言がダメだったようで思いの外、川崎が食いついてきてしまう。
「む、なに隠してんの? 最後まで言いなよ」
「……やだ」
ここは黙秘権を行使する。言ったら恥ずか死ぬ。絶対に。
「…………」
「…………」
「……あっそ。分かった。そうくるならこっちにも考えがある」
「……鋸山ってずいぶん低い山だよね、標高どれくらいだっけ?」
「‼」
なんで突然その話題を⁉ いや待て、問題はそこじゃない。昨日の今日でそのワードが、このタイミングで出たことが問題なのだ。つまりそれが意味するところはただひとつ。
「……まさかお前……聞いて……」
「……あんたがあたしらをどういう目で見てるのかが分かったね」
川崎は両手を組んで頬杖を突き正面から俺を見据えるゲンドウスタイル。いつも以上の切れ長な目と不敵な笑みに背筋が凍り付いた。俺は言い終わる前か同時くらいにテーブルに頭を叩き付けそうな勢いで下げた。椅子に座った状態の土下座である。
「すまん! 謝るからこの通り! 頼むから忘れてくれ!」
「⁉ ちょっ、人が見てるから、やめなって!」
「いいや、やめない。お前が忘れると言うまで俺の頭が上がることはない!」
「なにちょっとカッコいい風に言ってるのさ! ならさっき言いよどんだこと話しなよ。そしたら忘れてあげるから」
「いやダメだ、それを言うならこのまま土下座を衆目にさらし続ける方がマシだ」
「⁉ ちょっと⁉ 相談にのって一体どんなこと思ったのさ⁉」
やばいやばいやばい、まさか川崎がこんなにも食い付いてくるとは思わなかった。ここまで拒むともはや嘘で誤魔化すことも出来ない。
「……分かった。奉仕部であった依頼のことを話すからこっちは勘弁してくれ」
「む……まあ聞きたかったのはそっちだし、それでいいよ」
「誠心誠意、話させていただきます」
助かった……大志の相談にのって問題を解決した縁のお陰でバレンタインからこっち小町とお前達家族とで飯食えて……ちょっと楽しかったし嬉しかった……なんて本人の前で言えるかよ。
この展開が結果的に助かってないことに俺は気付かなかった。
「そうだな、事の発端は二年生の始めに俺が『高校生活を振り返って』というテーマの作文に『青春とは嘘であり、悪である』という一歩間違えれば犯行声明にも似たものを平塚先生に提出したことから始まった」
まず俺が奉仕部に入ったきっかけから詳らかにしたのだが川崎の表情が怪訝なものになる。ですよね。うん、知ってた。今にして思えば完全な高二病だし、こうして話すことも憚られるくらい軽く黒歴史だ。
「あんた、そんなこと書いたわけ?」
「その時は本気でそう思ってたんだよ。っていうか、その作文を書くに至る経緯は高校入学式の日に交通事故で三週間入院。のち退院したらぼっちが確定していたってのが始まりだしな。いや、正確に言えば入学式の日も高校生活の範疇だから合ってるのか?」
「え、あんた入学式で事故ってたの? どこ怪我したの? 後遺症とか大丈夫?」
「ん? ああ、それは平気だ。怪我も大したことなくて足も元通りだ。ってか入院は特に俺のぼっちの始まりには関係ないかもしれん。そもそもぼっちの始まりは小学生時代くらいまで遡るからな」
俺は由比ヶ浜達にエピソードトークをするような軽い乗りで小学校からあった黒歴史――もちろん笑い話にできる軽いやつ――を披露していく。つまらなかったのかまた川崎の表情が曇っていく。さっきの呆れを含んだものではない愁眉を宿したものだった。
……あれ、奉仕部で話したときとか呆れられたりツッコまれたりしたけど川崎にはアウトな話題だったか? まあ、もともと川崎みたいなやつが俺を好きになるなんて一歩間違えば勘違いなわけで、俺の真実を知ればそうなるわな。
たっぷりの砂糖とミルクを入れた珈琲を一口すすってそう思い巡らす。
川崎が俺を好きなのを最初から勘違いと断ずることはしなくなったが、それでもやはりボタンを掛け違えたからこうなったのだという疑念が入り込む。なら奉仕部の活動内容を打ち明けたのを機に、俺という人間を知ってもらえたら目が覚めてくれるかもしれない。そうなれば全てが正常に戻る。
ズキッ
…………なんだいまの。
胸の奥が痛い……その正体も分からないまま、俺は話を続けた。
最初の依頼である由比ヶ浜のクッキー作りから始まり、チェーンメール騒動、川崎のバイトを辞めさせる……は傷に塩を塗り込むし既知のことをしゃべる意味がないので割愛した。
千葉村で出会った鶴見留美のいじめ問題、文化祭の相模、体育祭の相模、こっちは相模からの依頼ではなく体育祭を盛り上げて欲しいと依頼しためぐり先輩からの派生だった。
修学旅行の戸部の告白、これは文化祭や体育祭の実行委員などと違いプライバシー保護のため守秘義務を行使した。戸部のことを伏せ、海老名のことも隠して話した。
生徒会長選挙の一色、これは川崎も相談に乗ってもらい関わりがあったし、生徒会長という公的な役職の依頼なので隠す必要はなかった。
あとはクリスマス合同イベントと直近のバレンタイン、この辺になると川崎もけーちゃんと共に参加者として携わっているから話すことは少なくて済んだ。
こうして振り返ってみると盛りだくさんだと錯覚するな。実際は日がな一日部室で読書したりスマホ弄ったり読書していることが大半なのに。
「…………」
最初は時折り質問や合いの手のような反応があったのだが話が進むにつれ段々川崎が静かになっていく。ちょっと怒った表情にも見えるのは気のせいだろうか? 俯き表情が窺えないのが、怖さに拍車をかけている気がする。
俺の行いに大層ご立腹な可能性は十分にある。ってかそれしか理由がないまである。やっぱり修学旅行の嘘告白の時みたいに俺のやったことは間違いばかりだったんだろうか。
……このまま川崎に嫌われて元通りの関係になるのか……
「……あんたさ、ちょっと頑張り過ぎじゃない? もう少し手を抜くことを覚えないとそのうち潰れちゃうよ?」
「え?」
川崎の予想外過ぎる労いに、身構え用意していた俺の言葉の全てが機能しなくなっていた。
「え、なんで? 普通は幻滅とかするだろ? 俺のやったことはかなり最低の手段ばかりなんだが……」
「そんなの最低でもなんでもないよ。っていうか聞いてて思ったけどそもそも高校生の部活に舞い込む依頼としてはキャパオーバーしてるのばかりなんじゃないの? あんたがどう思おうが、もともとは平塚先生に無理矢理入れさせられた部なんだし、解決できなくたって文句言われる筋合いでもないでしょ」
「いや、だが依頼は依頼だし、働きたくはないが引き受けた以上はきちんと果たさないと……」
ふと、なんのためにやっているのか? という疑問が頭を過ぎったが、答えが出る前に川崎がアクションを起こす。
「……あんたはよく頑張ってるよ」
「あ……」
不意に川崎は俺の頭を撫でてきた。それはごく自然な動作で拒む隙すら与えてもらえなかった。頭の上にじんわりと暖かさが広がっていく。川崎のいい匂いも相まってアロマ効果まで期待できそうだ。
普段ならやんわりと手を払い除けているところだが、今は不思議とされるがままでいたかった。
どれくらいの間、そうしてくれただろう。その幸福とも呼べる短い時間は終わりを告げた。
「……なあ」
「なに?」
「どうしてお前は俺のやったことを受け入れてくれるんだ? なんでそこまで信頼してくれるんだ?」
雪ノ下と由比ヶ浜ですら拒絶されたこともあるのに……
⁉ う、なに訊いてんだ俺。もう口から出ちまったし引っ込みつかねえけど……
「え」
「や、やっぱ今のなし! 忘れてくれ」
「……いまさらなしはなしだよ。答えてあげるからよく聞いときな」
「あー、だから言わなくても……」
俺の言葉を遮るように川崎は真剣な面持ちで見つめてきた。
「比企谷のことをきちんと知る機会があったわけじゃないけど、それなりに比企谷八幡という人間を少し理解してるつもりだよ。それにあたしが信頼する家族みんなも比企谷を信じている。あたしがあんたを信じる理由はそれで十分でしょ」
「…………」
「あと忘れてるみたいだから言っとくけど、あたしあんたのこと好きだから」
「か、川崎……」
これで何度目だろう。真っ直ぐに想いを伝えられるのは。
こんなにも人からハッキリと好意をぶつけられたことなんて小町相手ですらなかったかもしれない。
「……でも、あたしはもっと比企谷のことが知りたい。だから……」
「…………」
「……ねえ比企谷、いま聞いた中でもう少し詳しく訊きたい依頼があるんだけど、教えてくんない?」
「え?」
想像してたのと違った質問に驚きの声を上げてしまった。いや、ここから掘り下げて俺の行いを罵倒してくる可能性はなくはない。やだなあ、でも自業自得だしなぁ。
「文化祭の件なんだけど……」
「あ、ああ、文化祭……か……」
あれもなかなか酷かった。俺の中でのワーストはぶっちぎりで修学旅行だが、緘口令が敷かれていたのか全く噂にはならなかった。修学旅行の嘘告白は広まっていれば戸部や海老名さんにも被害が及ぶし、何より大事になったら葉山が関わったことまで表沙汰になるだろう。俺はあの依頼の実態をしゃべるつもりはないが、その可能性を考慮した葉山が強く口止めをしたと推測するのが妥当だ。
よって対外的には俺を校内一の嫌われ者たらしめた文化祭の依頼がワーストに輝くだろう。
その文化祭の依頼を詳しく聞きたいだと……悪い予感しかしねえな……
しかし、俺に拒否権はない。それはいつものことだが、今回は拒否すれば雪ノ下に鋸山のネーミング由来を暴露される恐れがあるというとてつもない脅迫材料が川崎の手に握られているからだ。
「……あまり聞いてて気分のいい話じゃねえぞ」
「ん。嘘は吐かないでね。別にあんたが何をしたとしても否定するつもりはないから。あたしはどうしてあんたがそういう行動をとったのかを知りたいだけ」
やけに真剣だな。何かあるのか? とはいえ、いくら推考しようと情報がなさすぎて如何様にもとれる現状、考えても意味はないか。
俺は要点をおさえて私情を混ぜないように淡々と出来事だけを話していった。
が、そんな俺の努力も空しく、川崎はさっきまでと打って変わって気になる部分に質問を浴びせてきた。
事の発端は相模が文化祭実行委員長としての責務を全うする為にサポートをしてほしい。という依頼から始まった。
文化祭準備期間ということで奉仕部は休部することに決めていたが雪ノ下が個人的に受けた。
雪ノ下の姉が総武OGの有志として文実作業を手伝いたいと申し出た際、クラスの出し物の方に顔出して実行委員を遅刻した相模に「文化祭を楽しまないと」という悪魔の囁きで文化祭実行委員会の舵取りが危うくなる。
副委員長の雪ノ下は相模の愚行を正さず個人の能力によって帳尻を合わせてきたが、無理がたたり倒れてしまう。
状況を打破すべく、俺はスローガン決めの会議で実行委員たちを煽るような提案をした。
結果、実行委員たちを思惑通り操作できたので何とか文化祭開催にこぎ着けた。
だが、文化祭の最後に問題が発生する。相模が雲隠れしたのだ。探し出す時間を稼ぐため雪ノ下を始め、その姉陽乃さん、平塚先生、由比ヶ浜、城廻先輩たちが飛び入りで一曲演奏した。その間、俺は相模を探した。
材木座に協力してもらい、川崎のお陰で探し出したものの、とても時間までに説得できる状況じゃなかったため葉山を利用する搦手を使う。
「……そうして誰も傷付かない世界の完成というわけだ」
……と最後、得意気にそう言ったら川崎の顔に怒りの色がありありと浮かんでいた。
「……なによそれ……」
「え?」
まるで殴り掛からんばかりだった川崎の表情は憂いを帯びたものとなり身を乗り出してくる。両手が迫り、てっきり首でも絞められるのかと思ったが、もう一度頭を撫でてきた。
「……誰がどう見てもあんたに非はないよ。あんたはよくやった……やり過ぎなくらいに」
「あ……」
またこの多幸感が得られるとは……俺は願ったりと、されるがまま身を委ねる。
……照れくさいけどな。
× × ×
……撫で続けていた手がようやく離れる。
いや、ようやくだけど俺にとってはもう? なわけで名残惜しくも再びその時間は終わりを告げた。
「…………」
「う……」
真剣な、そして熱っぽく潤んだ瞳でみつめてくる。何かのスイッチが入ってしまったのか、普段みる川崎という女性からは想像もできない
……これはあの時の返事を欲しているのか。返事はいらないと言ったのは嘘だったのか。いや、スイッチが入ったようだとさっき俺も感じていたではないか。ならその時の言葉よりも今の感情を優先するのが人間というものだろう。
元々、川崎も無理をしていた。好きと告白して返事が欲しくない人間などいない。中学時代、俺も折本に対してそう望んでいたではないか。何故、川崎がそうでないと言い切れる?
……睫毛長いな。
その整った顔立ちは由比ヶ浜のような幼げでチャーミングな感じではなく、まだ少女でありながらもどこか大人びた雰囲気を醸し出している。特に泣きぼくろが女性の婀娜っぽさを演出していた。
大人っぽさが同居しつつも年相応な部分を残した魅惑的な女性。それが心の壁を取り除いて真っ直ぐな気持ちを俺にぶつけてくる。
初めて会った時はキツイ印象しかなかった。
エンジェルラダーでのバーテン姿は見事に大人の女性を演じきっており、家庭の事情を背負いながら思いつめて働く表情は諦念に染まり、なんとも痛々しく冷然としていた。
どちらの川崎も彼女本人に違いないが、俺には別人にしか見えなかった。そして、できればずっと今の川崎でいてほしいと願う。
だが、そんな魅力的な彼女でいてほしいと願う反面、俺が傍にいたらその願いは叶わないのではないか。一晩、悩みぬいた残滓がここにきて頭にちらつく。
「…………俺なんかじゃ釣り合わない……」
それはなんの覚悟もなくつい漏れた呟き。話しかけるつもりの声量ではなかった為、川崎に聞こえなかったのは幸いだった。
しばらく無言が続き、俺からの返事がないと察したのか川崎は前のめりから背もたれに身体を預ける姿勢になる。ただ視線は俺から離れず、いつものキツイ目付きも鳴りを潜めていた。
それどころか徐々にその表情に違う色が浮かんでいく。
この表情は見たことがあるぞ。っていうか小町や由比ヶ浜達がよく見せる顔だ。文学的に表現するならば……憐憫?
あれ、俺ってやっぱり憐れまれてる? いや、当然か……こんなぼっちで目が腐ってて数学赤点で捻くれた奴なんか……
川崎は俺のことを好きだと言ってくれた。だが、本人は無自覚だろうが少なからず同情も混じっているのかもしれない。
ズキッ
なんだ……望み通りの展開だろ……
なんでまたこの痛みがくるんだよ……
つづく