サキサキのバレンタインは色々まちがっている。   作:なごみムナカタ

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今回は沙希視点です。
入りの部分は前回の話とちょっとだけかぶります。

もうちょっと進めたかったんですが区切りがいいのでここで。

2020.12. 5 台本形式その他修正。
2020. 1.25 書式を大幅変更。それに伴い、一部追記。


28話 川崎沙希は、理解を深める。

× × ×

 

《 Side Saki 》

 

 

 ちょっと狡いとは思ったけど交換条件を持ち出し比企谷の奉仕部活動を詳しく聞くことに成功した。

 

 まずどんな依頼があったのか話してくれた。滅多に依頼は来ないと言っていたが、さすがに10ヶ月以上もやってると結構依頼が舞い込んでいるものだ。中には高校の部活、いや生徒に解決するには困難と思われるものが多々あった。特に校外の出来事である千葉村の案件は解消方法も含めかなり危ない橋を渡っていた。しかもそれが正式な依頼ではなく、主に雪ノ下の意志で決定したことにも驚いた。

 

 その違和感は、改めて詳しく訊いた文化祭での相模の依頼で確信する。

 

 比企谷は特に感情を込めることなく淡々と話していった。その中であたしが気になった点を質問していく。比企谷は聞いて気分のいい話じゃないと言った。確かに気分のいい話じゃなかったが、比企谷の思惑とは違った意味で気分が悪くなる。

 

 身勝手な依頼を持ち込んだ相模も、それを引き受けて分をわきまえずパンクした雪ノ下にも…………

 

 でも一番気分を害したのは…………

 

 その時、何も知らなかったあたしだ……

 

 比企谷の受けた仕打ちに心を痛める以上にその事実があたしの心を抉った。確かにその頃は比企谷を好きとはっきり言えなかったが、少なくとも意識していた。その想い人がこんな大変な目に遭っていたのに何もできないどころか気付くこともできなかった不明を恥じ、己を嫌悪してしまう。

 

「……誰がどう見てもあんたに非はないよ。あんたはよくやった……やり過ぎなくらいに」

「あ……」

 

 それは比企谷に向けられた言葉なのか、己の無力を弁護したのか、もしくはその両方なのかもしれない。

 

 衝動的に比企谷の頭を抱き寄せようとしたが、二人の間にはテーブルがあり正面から抱くには距離が遠すぎた。伸ばした手は行き場を失いかけたが、結局もう一度比企谷の頭を撫でることで落ち着いた。

 比企谷も満更ではないようで、されるがまま甘受していた。

 

 それに少しだけ嬉しくもあった。比企谷の行動がほとんどあたしの思っていた通りだったからだ。

 やはり城廻先輩は相模が自己保身の為に流布した事実無根の噂を信じて話したんだ。母さんは信じていない噂をわざと聞かされたと言っていたけど、あの城廻先輩がそんなことをするなんて、あたしにはどうしても思えなかった。

 母さんがそう思ってるだけで城廻先輩もきっと誤解してるんだ。あたしは少しでも比企谷の味方が増えることを願い、明日学校で城廻先輩と話して誤解が解ければと考えていた。

 

 どのくらいこうしていただろう。普段の比企谷ならこんな素直にあたしの愛撫を受け入れていないはず。もしかしたら、いい返事が貰えるのかもしれない。

 人間とは現金なもので返事をしなくていいと言ったものの、それが色好いと分かれば願わずにはいられない。

 あたしはそっと手を離し、恐る恐る比企谷の目をじっとみつめた。

 

「……」

「う……」

 

 真剣に見つめるあたしの気持ちに気付かないほど鈍くないはずだ……

 ないと信じたい…………

 

 ないこともないかも……

 

 雪ノ下はともかく由比ヶ浜は好意が丸わかりだし、あれに気付かないようならあたしの訴えを察せないのも無理はない。期待半分、怖さ半分で比企谷の返事を待ったが、聞こえたのは予想外の……いや、ある意味予想通りでもある言葉だった。

 

「…………俺なんかじゃ釣り合わない……」

「⁉」

 

 こんなにもあんたを肯定して気持ちを伝えたのに、まだそんなことを……自分を卑下するの?

 あたしは悲しくなり、前のめりになった身体から力が抜け、背もたれに預けた。

 あたしの言葉に力がないから自信が持てないのか……それはそれで悔しいけど、それよりも比企谷がそこに至る原因が何なのか思い当たる節があった。

 

 母さんに言われたことが脳裏に蘇る。

 

『あなたがそう考えちゃうのって下の子達の為にずっと我慢することが身に付いた癖なんだと思う』

 

 ……弟妹の為、常に一歩引いて考えてしまう。母にそう指摘された昨夜の出来事。多分、比企谷にも同じことが言えるんじゃないだろうか。

 

 去年、お互いを知る切っ掛けになったアルバイトの件。マックで大志と話し合いの場を設けてくれた比企谷は奉仕部の二人と共に妹を連れてきた。大志の友達だけど、あの場に小町がいたのは少々驚いた。大志の相談を訊いた張本人ではあるが友達の姉という関係性の薄い者に何故ここまで親身になれるのか……人が好いのは兄に似たのかもね。

 それだけじゃない。小町があの場にいたのは兄……比企谷のことを心配して支えたかったのではないか。現に小町の言葉であたしは大志の思いに気付かされ諍いは雪解け、現実的な問題は比企谷の情報とあたしの努力で解決した。思い返せば比企谷兄妹には頭が上がらない。

 サンマルクカフェで会った時の二人を見てもその関係性は窺えた。あれだけ慕われてるということは、妹のために今まで数々の我慢をしてきたのだろう。あたしにも経験があるからそれは手に取るように分かった。

 

 さっき聞かされた奉仕部での活動で比企谷が損な役回りばかりを引き受けたのはこいつの長子としての癖のような、妹を持つ身の責任感が自然と表にでてしまった結果なんじゃないだろうか。

 分からなくはない。親しい人間の為ならそんな気持ちにもなるだろう。ただ、あたしから見ても疑問なのは、本来、妹や親しい仲――――雪ノ下や由比ヶ浜――――を対象とすべきはずの行動が知らず知らずの内に他人にまで作用してしまっていることだ。特に文化祭の依頼などその典型で、大して親しくもなくむしろ反目する相模の立場まで考えての立ち回りはお人好しの域を超えたある種、自傷行為に等しい。

 

 どうしてそこまで他人の為に自分を犠牲に出来るのか……

 そんな思いがあたしの意識よりも先に口を動かしていた。

 

「……あたしなんてそんな大したもんじゃないよ……あんただっていいお兄ちゃんしてるじゃん」

 

 これは口に出さないけど、小町にだけじゃなく皆に対してもね。

 

「‼ ……お前と比べたら俺なんてお世話されてる側みたいなもんだ。俺が飯を作れば台所をちゃんと片付けろと怒られるし、掃除をすれば雑だとお叱りを受け、洗濯すれば色物は分けてと呆れられる。だから結局小町は自分でやった方がいいという結論に達したんだ」

 

「それは……うん、まあちょっとはその通りかもしんないけど、それも小町が自分で出来る歳になったからであって環境が変わったからだよ。

 あたしだってもしも長女じゃなかったり、下の子がいなかったら家事してたか分からないし、家計が厳しくなきゃバイトして予備校費用稼ごうとも思わないよ」

 

「そうか?」

「そうだよ」

 

 勝手にあたしの存在を大きく見ている比企谷の考えを正そうと漏れた言葉だが、謙遜ではなく事実だと思う。今の環境あってのあたしだし、やっぱり必要に迫られなきゃ怠惰を求めるのが人間の本質だ。あたしだってもともと人見知りで家計に余裕があればアルバイト、特に接客なんてしてたとは思えない。

 それに弟妹の世話にだって思うところがなかったわけじゃない。今では自分の中で消化できているというだけの話で。

 

「お前ならそうはならないと思うけどな。俺なんか休みの日はついつい寝過ごして小町が起こしに来ても『あと五年……』とかいってそのまま布団から出ない始末だぞ。なんだったら平日の朝にもそれが起こりうるまである」

 

 そんな調子であたしの言葉に呼応したのか、いかに自分が矮小で怠惰な人間なのか説明してきた。あれだけ自虐をやめろと言ったのにいつもの比企谷に逆戻りする様を見ていると情けないというより悲しさが先んじる。

 

「笑い方もなかなかに希少種らしく15年一緒にいる小町ですら俺の笑みを見て未だに鳥肌が立つこと請け合いだそうだ。そりゃこんなキモい男に告白されたら晒したくもなるわな」

「え?」

 

 卑下することに興が乗ったのか世間話をするような軽い感じでカミングアウトしてきた。あたしがそれを聞き逃すはずもなく、

 

「……あ」

 

「…………詳しく……聞かせてもらっていい?」

 

 頼んでいるようで半ば強制するあたしの言葉に比企谷は抗う術をもたない。

 

「あー……あんまり聞いて気分いい話じゃねえぞ……ってさっきから何度気分いい話じゃない話してんだよ俺」

 

 渋々話し始めたがその声音は沈みあいつの目つき以上に陰鬱だった。失敗だったかもと後悔したが後の祭りだ。あたしが比企谷を苦しめてどうすんのさ……

 

 罪悪感に包まれながら、比企谷の独白を黙って聞いていた。

 

 

      ×  ×  ×

 

「……とまあ、告白したことを次の日、黒板に晒されて軽くクラスで浮いただけだ。むしろそれまでクラスで認識されてないまであったし認知された分プラスじゃね?」

「…………」

 

「その女子も俺に告白されたなんて周りに広めて得なんかないし、うっかり話しちまったのを関係ない奴が面白おかしく広めたんだろうな。そうなることを予想できずに告白なんてしてそいつには悪いことしちまったなと思ってる」

「……そう」

 

 膝の上に置いた自分の手が震えてることに気付いた。自覚はないけど、いまあたしはすごい顔になってると思う。

 

「いや、ほら、そこは笑うとこだから。その反応は俺に効く」

 

 普段は茶化す姿が滑稽に映るが、今の比企谷は痛々しい。恐らくもっとも傷の深いトラウマなんだろう。心中察してなお余りある。

 

 ……だけど!

 

 それでもこいつは自分ではなく告白した相手のことを……他人に対して心を砕いている。その改善してほしい内罰的な部分は元より、告白された女に対しても堪らなく腹が立つ。

 

「……ちょっとごめん、化粧直ししてくる」

 

 居た堪れなくなったあたしは化粧室に駆け込んだ。こんな顔、比企谷に見せたくない。瞳から熱いものが溢れ、文字通り化粧直しが必要になっていた。

 

 今の比企谷の人格がどうやって形作られたのか確実に理解が進んだ気がする。あいつが人間不信と思えるような考え方になったのは数々の黒歴史の頂点に君臨するこのトラウマが原因なのだろう。

 

 軽んじられ、蔑まされ、否定され、認められず、打ちのめされて、最後は裏切られた。そんな経験をすれば青春とは悪であると断じるに至ってしまうかもしれない。

 確かに気軽に話しかけられた程度で勝算なく告白する比企谷も大概だが中学生なんて大して考えもせず行動に移してしまうこともあるし、そこまでされる謂われもない。告白を話のネタにするなんて相手に対して不誠実だ。

 

 有り得ないけど、もしあたしが比企谷にそんなことされたりしたら……

 二度と男なんて好きにならないと誓いを立てるかもしれない。

 

 比企谷がこうなってしまったもう一つの主因にも薄々勘付いていたが、これを口にしてしまうと今度はあたしの中で燻っていた昏い感情に心を焼かれてしまう。

 あたしはその感情に蓋をして、どうすれば比企谷の不信感を取り除くことができるか改めて考える。

 

 その不信感を植え付けたのは比企谷の周りにいた奴等が故意か無自覚かを問わず、ぞんざいな扱いと心無い言葉をあいつに浴びせたから。そうして比企谷から自信を奪いとっていったんだ。ならそれを取り戻させてやればいい。

 

 でも自信を持たせるっていってもどうすればいいんだろう……

 

 ……前に京華の情操教育について本で調べたとき成功体験が大事だって書いてあったっけ。

 たくさんの成功体験を経験してる子供は自信を持つだけでなく、何事にもチャレンジする勇気を持てるようになるとか。

 比企谷のいう黒歴史は成功体験と真逆なわけだし、そんな体験を小学生の頃からしてたら行動すること自体に恐怖を感じるようになっていても不思議じゃない。

 

 まるっきり比企谷のこといってるみたい。4歳児レベルの教育方針が当てはまっちゃうところに思わず笑いが込み上げてきた。

 

 でもこれって詳しく調べてみたら脳科学の研究で得られた成果に基づいて確立されているらしく、児童の情操教育のみならず、人間のパーソナリティーの発達を説明する概念でもあり成人にも適用できるメカニズムだといわれている。

 

 ネガティブな思考は脳にリミットを作ってしまう。さっき比企谷がつぶやいた「俺なんかじゃ釣り合わない」はその典型だ。ただ、これは比企谷に限ったことじゃない。厄介なことにあたしたち人間の脳は自然と心配事ばかり考えてしまうように出来ていて、それが生まれつきの遺伝や進化の過程によるものだといわれている。

 

 狩猟時代を生きてきたあたしたちの祖先が外敵に襲われないか常に周りを警戒して生きるため必死に心配を重ねていた思考。それは今も遺伝子に引き継がれ、防衛本能の一種としてネガティブな思考に支配されてしまう。

 現代社会においてその本能は大した意味を持たないどころかこうして枷となっているのでまさに先祖が残した負の遺産といえる。

 

 その遺伝的要因は脳科学の分野で解明されつつあり『セロトニントランスポーター』という脳内物質をその人がどれだけ持っているかによってネガティブ思考の濃い薄いが決定するらしい。この物質が多いとポジティブな考え方が出来る人間というわけだ。

 そもそも日本人はこのセロトニントランスポーターが少ない人が多く、8割ほどがそれに該当するらしい。

 つまり日本人はマイナス思考が多い民族といえる。

 逆に欧米人や南米人は多い人の割合が高い。特に南米の人の陽気な気質はそういう脳内物質の量に関係してるのかもね。

 

 そうしたネガティブ思考を改善するために必要となるのが成功体験だ。それが自信の源として機能し、未知のことに対しチャレンジできるようになる。

 

 ……とまあ本の受け売りをつらつら並べてみたが、要するに心の寄る辺となるものがあればそれに安心を感じて積極的に行動できるということだ。身近なことに例えるなら仲のいい友達同士で行動すると気が大きくなりやすくなるアレだ。

 ……あたしは友達いないしアレとかいっても分かんないけど。

 ……そう! 家族といると心強いのと一緒だ‼

 

 比企谷もそういう寄る辺を持っているはずだけど……

 きっとそれが小町なんだろう……

 

 けど……

 

 だとしたら……あたしは一抹の不安を感じてしまう。

 

 それだけじゃ……きっと足りない。他に成功体験を……新たな寄る辺を作らないと、比企谷はいずれ壊れてしまうんじゃないだろうか…………

 

 比企谷がこうなってしまったもう一つの原因にそれが関係している。あたしにはそう思えてならないから寄る辺が小町だけのままではこの先どうなってしまうのか心配なんだ。

 

 成功体験か……本には簡単なこと、小さいことから成功体験を積み重ねていくといいって書いてあったっけ。

 

 そもそも比企谷は数学を除けば勉強、特に国語の成績は相当いいし、戸塚の依頼話を聞くにスポーツだって出来る方だ。その辺が成功体験として機能しないなら他にどんなことで自信をつけさせればいいっていうのさ……

 

 …………

 

 ……男が自信を持つ時ってどんな時なんだろう……?

 

 …………

 

 ……か、彼女が出来たり……とか……かな……

 

 …………

 

 …………

 

 ……あたし、何度も告白してんだけど……

 

 ……釣り合わないって思ってくれてるあたしに告白されてるのに……キ、キスされてるのに自信に繋がらないの……?

 

 思い返すと逆にあたしが自信をなくす体験ばかりだった。

 

 今日の映画デート(みたいなもの)で比企谷に自信をつけさせてやれれば少しは変わるかもしれない。底なしに明るくてポジティブな由比ヶ浜もいることだし期待は持てる。

 

 そう、比企谷にとって小町と並ぶほどの寄る辺となれるものは限られてくる。その役割を担えるのは奉仕部以外にないはずだ。だから今日は寄る辺を持つにはうってつけの機会だといえる。

 

 それでもし由比ヶ浜に気持ちが向いたとしても……関係ない。

 

 あたしは比企谷が幸せになってくれればそれで……

 

 ……それでいいんだ。

 

 ズキッ

 

 心が悲鳴をあげるのを無視し、自分を押し殺すよう言い聞かせた。

 

 

 

つづく

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