サキサキのバレンタインは色々まちがっている。   作:なごみムナカタ

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祝!『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』14巻発売&完結

実はまだ読んでないです。
サキサキスキーとしては内心読みたくない葛藤があるけど、気持ちの整理がついたら読みます。
だって絶対サキサキ幸せにならないでしょ。サブキャラ過ぎて。出番あってもほぼちょい役だろうし、心が痛む……

2020.12. 5 台本形式その他修正。


29話 殊の外、今日という日は出遭い煩う。前編

× × ×

 

 

《 Side Hachiman 》

 

 

 喫茶店から出た俺達は無言のまま歩き出した。

 本で時間を潰すつもりが奉仕部の活動報告(?)と黒歴史発表会を同時開催したお陰でむしろ時間が足りないくらい予定が塗り潰されてしまった。さすが俺の黒歴史。質も量も桁外れだ。

 

 それ以上に自分でも意外だったのは懇願(脅迫)されたとはいえ川崎に奉仕部での事情を打ち明けてしまったことだ。

 顧みれば後悔の地雷原のような活動記であり今まで部外者に話したのは小町だけ。しかもそれすら修学旅行のほんの一部のみ。本当に話してしまって良かったんだろうかと不安になるくらい重要な出来事だった気がする。

 ただ川崎はこれを誰かに話すようなタイプじゃない。俺にだけは言われたくないだろうが話す相手もいないだろう。

 なんで川崎を言い表そうとしたら自分にもダメージ与えちゃってるんですかね。

 

 途中、何組か犬の散歩をしてる人を目にし、この辺は散歩コースに向いているのかと考え至ると同時に由比ヶ浜を思い浮かべる一助になった。あれ、それがないと思い出せないってことないよね。これから待ち合わせなのに。

 

 目的地である映画館があまりに駅から近すぎた為、今いた喫茶店からこれから行く映画館を素通りして駅に戻るという訳わからん行動をしている。そんな俺達の前に今日本で三番目くらいにエンカウントしたくない人物と遭遇した。

 

「あれー、先輩じゃないですかー」

 

 本気でちょっと嫌な顔をして話しかけるなオーラを醸し出すも、こと一色いろはには通用しない。ちなみに会いたくない一番目と二番目にも等しく通用しない。ちょっと、オーラの意味なくない?

 

「なんでこんなとこにいんだよ?」

 

 後ろに控える川崎が気になり酷くぶっきらぼうな対応をしてしまう。いや、普通か。普段通りだったわ。これが一色いろはに対する俺のデフォルトでしたね。

 

「なんですか、その言い方⁉ はっ⁉ こうやって酷過ぎる扱いで落としてからホワイトデーで優しい言葉とお返しを用意して効果を倍増させようって魂胆には感心しますし少しだけキュンとなりましたけど狙い過ぎだし計算高くて腹黒いので無理です、ごめんなさい!」

 

 もはや見慣れた振り芸をこれでもかといわんばかりの長科白で披露し肩で息をする一色。後ろの川崎も圧倒されている。

 

「まあ冗談はさておき、このところ進路相談とか受験の準備で生徒会が忙しかったですから息抜きで映画観に来ました」

「まだお連れさんが来てないみたいだが、一色的には『女の子待たせる男とか超ありえなくないですか⁉』って親の仇みたいに罵倒しそうなんだけど」

 

「……ちょっと、先輩は私を何だと思ってるんですか。それに私だって女友達くらいいますよ」

「お、おう……」

 

 お前こそ、それ俺によく言ってくる科白なんだよなあ。とそこまで出かかった言葉を飲み込んだ。

 

「来週、期末試験じゃなかったか?」

「ああ、嫌なこと思い出させないでくださいよ。生徒会の仕事が大変だったんですから少しくらい自分への御褒美ってことでいいじゃないですか。先輩ホントに気分を下げるの得意ですね。ダウナーなだけでなくインフルエンサーとしても機能してますよ。傍迷惑っていったらないですよ」

 

 小町にもよくテンション爆下げだからツアー添乗員とかに絶対なるなよとお叱りを受けたのを知っているかのような口ぶりに狼狽えてしまう。

 それにしてもホント女子って自分への御褒美好きだよな。女子って全員心の中に丸の内のOLを秘めてるのかよ。

 っと、普段が忙し過ぎて逆に秘めててほしいくらいな川崎を思い出し、どう紹介しようか考えていると先に一色が水を向けてきた。

 

「……ところで先輩、そちらの方は? まさか友d……お知り合いですか?」

「それブーメランだからね。お前こそ俺の事なんだと思ってるわけ。俺にも友達の一人や二人いるから。戸塚とか、彩加とか」

「……戸塚先輩って確か名前彩加じゃありませんでしたっけ? 水増しするのやめてくれませんかね」

 

 なんで戸塚の名前知ってんだよ。あれか、テニス部部長だから部長会とかで生徒会と関わりあって覚えちゃったのか。けしからん。一色と関わって天使が穢されるなどあってはならん。俺は一色から戸塚を遠ざけようと決意を固くした。

 

「どちらにしても友人という線は消えたので、もしかして先輩がよく口にしてる妹さんですか?」

 

 お前、目は大丈夫か。これ(川崎)を見て妹と認識してしまう頭で来週の期末試験を乗り切れるのか心配になってくる。いや認識もそうだが、前に保育園と奉仕部で川崎とは会ってるだろ。その残念な記憶力の方にこそ同情を禁じ得ないところだ。

 

「どんなバイアスかかってたら妹に見えんだよ。少なくとも姉か、下手するとオカンに見えても不思議じゃないだろ」

 

「……ちょっとあんた、それはさすがに傷付くよ」

 

 今まで黙っていた川崎がこの時ばかりは口をはさんだ。年齢的な意味ではなく環境面や精神的な意味でのオカンといったつもりだったんだが、どうやらお気に召さなかったようで口を尖らせていた。

 女は年齢の話題に敏感だ。そんな話をしようもんなら衝撃のファーストブリットを解き放つアラサー教師が身近にいることが裏付けとなっている。

 

「確か保育園で妹迎えに行った時とかクリスマスとバレンタインのイベントでも会ったよね。あたしってそんなに影薄い?」

「へ? 保育園? クリスマス? バレンタイン?」

 

 分かるぞ川崎。ぼっち特有の認識されない存在感のなさを言ってるんだろ。だが俺と違いお前は目立つ存在のぼっちだから心配いらん。むしろ心配するなら一色の脳の方にしろ。まあ、一色の気持ちも分からんではないがな。現に今日、川崎と会ったときの俺の反応がそれを証明している。

 

「一色はお前の制服姿しか見たことないし、雰囲気違い過ぎて気付けっていっても無理だろ」

「制服……妹……あ、もしかして……川、川……川なんでしたっけ?」

 

 一色よ、お前もか。まるでカエサルになったような気分にさせられるが意味は違い俺と同類であることの確認である。

 なんだろうね、どうしてこの川崎という名前は覚えにくいのか八幡不思議。

 ちなみに小町ですら川なんとかさんと表現したことがある。やはり血は争えんな、その調子で大志のことも大なんとかさんで頼む。

 

「川崎ね、川崎沙希。そういうあんたは比企谷のお気に入りの生徒会長だっけ」

「待て川崎、そうじゃない。一色のお気に入り(労働力)が俺という認識だ。オーケー?」

 

 それを聞き、何故かちょっと引く川崎。

 

「先輩、捏造するのやめてもらえませんか。私が先輩を気に入ってるとか気持ち悪くて無理です。むしろ川……崎先輩が言う、私を気に入ってて是非仕事を手伝わせてくださいいろは様って頭を下げる先輩ならリアリティがあるので聞いてあげなくもないですけど、それくらいで私を落とせると思うなら妄想も甚だしいので弁えてくださいね、ごめんなさい」

 

 告白もしてないのに一分程の間二度振られる貴重な経験をさせてもらう。さすが失恋製造マシーン一色。それにしても自己紹介したのに名前をつっかえるとか川崎称の覚えにくさは霊長類に刻まれし記憶のエアポケットかなにかなのか。

 

「ところでお二人こそこんな時間にこんなところでなにしてらっしゃるんですか? 特に先輩が休日に家から出るなんて明日は好からぬことが起こる前触れですか?」

「お前、ホントに遠慮がねえのな。概ね合ってるから反論に困るが」

「あんたってホントにぶれないよね」

「そーなんですよー、川崎先輩聞いて下さい。この人、デートで第一声が『で、どこ行く』ですよ。信じられますか?」

「そ、そう、なんだ……」

 

 川崎の声音に力がなくなっていく。心なしか表情も曇っていた。

 確かに初対面に近い後輩から愚痴紛いの話題を振られて人見知りの川崎が愛想よくできるはずもなく苦笑いしか出ないだろう。

 

「気を利かせて私から普段どこに行くのかって促したら「家」っていうし、女の子は準備に時間がかかるのに待ち合わせに少し遅れただけで「いや、マジ待ったわ」ですよ。ありえなくないですか?」

 

 ここぞとばかりに畳みかけられ俺も川崎も圧倒された。

 ってかこいつデート(?)のとき一言一句、聞き漏らさずに覚えてるのかよ。その記憶力をどうして勉強や川崎の名前に対して使ってやれないのか。ちょっと前まで俺がそうだから強くは言えないですね、八幡うっかりだわ。

 一色の不満は止まるところを知らないらしく、息継ぎが必要なんじゃないかと心配になるくらい早口で捲し立てた。

 

「映画を観ようといったら『じゃあ俺こっち観るわ。あとで待ち合わせな。下のスタバでいいか?』とか言ってナチュラルに別々のを観ようとしたんですよ。あの時の先輩、サイコパスかと思いましたよ」

 

 ははぁーん、さてはお前センスいいな? ゾンビとか目が腐ってるとかは言われ慣れてるが、サイコパスは新鮮すぎて思わず称賛するまである。

 

 それにしてもさっきから川崎の様子が変なのが気になるな。いつもなら呆れながらゴミを見るような目になるはずだが、今のこいつは不安と焦燥、それに少しの……嫉妬?

 ……あー、これはあれか、そういうことなのか。

 恐らく一色のデートという言に反応し、俺も否定しないことから事実であると理解した川崎にそういう感情が生まれたのだろう。デートに至った経緯はそれはそれは能動的とは程遠い理由だったがそのような事情を今の川崎に知る術はない。結果、一色とデートして映画を観たという事実だけを察したわけだ。そんな川崎の情動を推し量り自然と口角があがるのが分かった。

 

 ……気持ち悪い気持ち悪い、馬鹿じゃねーの、今朝まであんなに相応しくないなどと悩んでいたのに、こうして嫉視された途端に嬉しがるのだから俺という人間はつくづく度し難い。

 

「あのな川崎、これは……」

 

「そういえばぁ、せんぱぁいバレンタインの時にぃ映画とご飯ご馳走してくれるって約束してくれましたよね?」

「ファッ⁉」

「…………」

 

 あざと番長一色いろはが十八番、お砂糖とスパイスと素敵な何かで作られたであろう甘ったるい声。なのに内容は辛い。いや世知辛い。

 その言葉を聞いた川崎の表情が一段と険しくなった気がした。

 大体あれは約束どころか賭け、いや賭けという言葉すら成立しないくらいに滅茶苦茶なやり取りだった。百歩どころか千歩も万歩も譲ってなんとか言質をとられたと認めてやってもいいかもしれない可能性のお話。そこまで譲っても結局可能性止まりなとにかくアンフェアで詐欺紛いな賭けだった。なんせ後出しジャンケンだからな。

 

 曰く付きの部分を上手く隠ぺいした爆弾(発言)を投下してきた一色に冷やかな目を向ける。ささやかな抵抗のつもりだが歯牙にもかけないのがこのあざと後輩の厚顔ぶりだ。案の定、素知らぬ顔であらぬ方に目をやり受け流す。

 

「せぇんぱぁい、忘れたんですかぁー? 咽び泣いて私のチョコを受け取ったあの日のことを」

 

 すげえなこいつ。ここまで事実と異なったドラマが展開されるとは。改竄……いや、もはや創作レベル。一色いろはを映し出す心象世界スクラヴォス(奴隷創造)ここに顕現。何それ、すっごいしっくりくるわ。俺が中二病って話じゃなく一色の考え方にって意味だが。

 

「待て待て待て、事実無根にも程がある。お前こそ「葉山先輩が受け取ってくれないので、しょーがなくあげますよ」って言ってなかったか?」

 

 あれ、売り言葉に買い言葉で思わず口にしたが「一色の想い人が葉山」と匂わす発言を川崎の前でしてよかったんだろうか。

 

「うわっ……先輩女の子のチョコなんだと思ってるんですか。しかも発言内容まで改竄されてますよ。馬鹿なんですか? 記憶力家に置いてきちゃったんですか? チョコの味も覚えてないんじゃないですか?」

 

 自然に軌道修正してきた。俺の暴露を咎めるニュアンスも感じられない。本気で気に障ったのなら女の子が出しちゃいけないような底冷えする低い声で窘めるはずだ。

 それにしてもその科白、そっくりそのまま熨斗付けて返したい。悪びれもせずにほぼ自分のことをここまで悪し様に言えるその精神力に感嘆する。

 

「バッカ、お前、チョコだろ、覚えてるに決まってんだろ」

 

「……じゃぁ、お味の方は、どぅでしたかぁ?」

「味は……うん、甘かったな」

 

「…………それで?」

「え、いや、だから甘いなって」

 

「……先輩やっぱりバカなんですか。国語得意じゃなかったんですか? チョコの感想が甘いって川崎先輩の妹さんより語彙力ないんじゃないですか? いつもテキトーですけど、ここでそれは正直幻滅です。作ってるときの私の気持ち返してください」

「今のは比企谷が悪いね」

 

 何故だ。チョコの感想を訊かれたから答えたのに味方であるはずの川崎にまでダメ出しをくらってしまった。あれ、お前俺の事好きじゃなかったっけ?

 第一、チョコの感想は「甘い」しかないだろう。

 

 料理なら「美味い」

 

 映画なら「面白い」

 

 一色なら「あざとい」等々

 

 これは世の決まり事なのだ。数取団よろしく箪笥のことを一棹二棹、兎を一羽二羽と数えるのと同じ一種の作法(ルール)である。

 

 ただし最近ではその作法(ルール)に則らないものも存在する。

 女子が使う『可愛い』と『ヤバイ』である。

 この二つは注意が必要でそれぞれが違ったルール破りをしているのが特徴だ。

 

 まず『可愛い』だが、女子が言う『可愛い』は男子もしくは世間一般の言う『可愛い』とは意味が違う。

 愛玩動物を見て可愛い、アイドルを見て可愛い、服を見て可愛い、ここまでは合ってる。だが、話し上手な者を可愛いと呼び、肌が綺麗なものを可愛いと評し、自分より美的格付けが下だと認識した相手を可愛いと賛美する。特に最後なんて意味合い的に蔑視をも超える死体蹴りじゃねえか。どこに可愛いとかいう要素があんだよ、女子こわっ!

 

 それ以上に多様性に富んでいるのが『ヤバイ』だ。

 従来通りの危険な(ネガティブな)を意味する『ヤバイ』は本より、愛玩動物を見て可愛い(ポジティブ)と評する正反対寄りのことをヤバイと表したと思いきや、昂る感情を一言で説明するのにヤバイといってみたりと関連性のないものや矛盾するものにすら当て嵌める万能ワード。

 それに込められた言葉は枚挙すると『可愛い』『美しい』『綺麗』『凄い』『楽しい』『嬉しい』『悲しい』『感動』『面白い』『カッコいい』など挙げればきりがなく、前後の言葉から推察しないとどの意味なのか分からない。我々の語彙を貧しくするのに貢献してくれた言葉といっても過言ではない。

 

 そんな二つの悩み多きダークマター的表現言葉に比べれば、チョコや一色はなんと芯の通った言葉なのか。甘いとあざといの代名詞として使用できる作法(ルール)そのものみたいな言葉で安心する。

 この国の語彙力を守っているのはチョコと一色だったのか。

 ……飛躍し過ぎですね。話を戻そう。

 

 一色だけでも手強いのに川崎まで敵に回ったらお手上げだ。ここは潔く負けを認めて穏便に済まそう。由比ヶ浜との待ち合わせもあるし。ただ、言われるがまま降参するのは癪なので一矢報いようと策を弄する。

 

「……あー、なんだ。悪かったよ。映画だったな、一緒に観るんなら奢ってやることも吝かではない」

「え、ちょっと……」

 

 なんの了承もなしに予定を変更され慌てる川崎。無理もないが、これは謀略であり本当に一緒に行動するわけではない。俺の目が任せろと雄弁に語る。後から考えるとよく通じたものだ。この腐った目にそんな説得力があるとは驚きだ。

 

「へぇー、成長の跡が見られるじゃないですか。レクチャーした甲斐があったというものですね。……でも、川崎先輩はご一緒しても構わないんですか?」

「あ、えと……」

 

 歯切れの悪い川崎に代わり、本日の演目を発表する。

 

「今日はな『プリキュア』を観に来たんだ」

 

「はい! ……はい?」

 

「『プリキュア』を観にk」

 

「……………………はいぃ?」

 

 いつものあざとさはどうした。声低いぞ。お前は右京さんかよ。

 

「本気で言ってるんですか先輩。あれ対象年齢、小学校中学年くらいまでですよ。高学年になったらバカにされても文句いえない作品チョイスなんですよ。先輩何歳ですか。あれ女児向けなんですけど、いつから性別変わったんですか。冬休みの間にタイに行ったとか聞いてないんですけど」

 

 プリキュアを観に来た発言から性転換手術疑惑に発展する話題の乱高下が凄まじい。それにしても小学校中学年までとは。高学年はアウトだと。微妙な境界線に思えたが例えばルミルミがプリキュアを観てる姿をイメージしたらしっくりきた。アウトですね。しかし、そもそもルミルミが低学年であったとしてもプリキュアを観て目を輝かせている絵が想像できない。例える相手が悪かった。

 

「一説によるとプリキュアのメインターゲットは確かに女児4歳~9歳あたりとされているが、男子19歳~30歳までを対象にするとされる証拠写真が近年ネット上に出現したことを御存じない?」

 

 一色の「こいつ何言ってんだ」という科白を顔だけで表現する身体言語力に驚きを禁じ得ない。むしろこれだけ顔で言葉を形作れてしまうならさぞ隠し事が下手なのだろうと推測するも、笑顔のまま人を威圧できる芸当も過去に体験していた。

 こいつ顔でパッション表現自由自在かよ。是非、笑いながら怒る人で細かすぎて伝わらないモノマネ選手権に出場してほしいものだ。

 

「……この際、先輩の世迷言は聞き流すとして今話したことを要約すると、映画とご飯をご馳走するから是非一緒にプリキュアを観てくださいいろは様、でよろしいんですかね?」

 

「俺をそこはかと下僕(いぬ)アピールするの止めていただけませんかね」

 

「先輩達が私の観る映画に随行してくださればwin-winですよ」

 

「いやいや、観たい映画が観られない上に奢らされるとか完膚無き迄に罰ゲームじゃないですかそれ。lose-winだわ。いやこれ普通に勝敗決してんだろ」

 

「……さすが富士山、だね」

 

 おい、何言い出すんだ。この寒い季節にもかかわらず唐突に川崎が口にした言葉が俺の発汗を誘う。

 

「え、富士山って私のことですか?」

「命名したのは比企谷だけど」

 

 隣の俺にやっと聞こえるくらいの呟きだったが、自分に対しての声に敏感なのか高感度一色センサーは見事に聞き分けた。

 ってか川崎さん? マジで昨日の山談義全部聞いてたのね。それ蒸し返すのダメだから。さっき喫茶店であれだけ土下座した上に聞きたいことも全て話したのに反故にするんですか? 人としてそれはどうかと思うんですよ?

 

「なんですか、確かに総武高校で一年生なのに生徒会長に選ばれてサッカー部マネージャーを兼任する男子生徒の憧れですけど、私のことを富士山に揶揄するとか光栄です。もっと言ってください」

 

 いつもの振られる流れで欲しがられるのは新鮮だが意味違うからね。川崎は富士山が自然遺産登録出来なかった理由を一色の内面に重ね合わせているのだ。

 

 登山者のし尿処理の不備やゴミの不法投棄のせいで自然遺産登録から漏れ、文化遺産に甘んじてしまう残念な事情が一色、もとい富士山にはある。

 あぶねえ、言い間違えるところだった。まるで一色がし尿問題を抱える食物繊維が足りない人物みたいじゃねえか。いやいや、さすがに失礼過ぎるというか、もはや普通に侮辱発言だ。

 いつもは冗談で通報すると脅されているが、もしこんな失言をしでかしたらマジで名誉棄損で訴えられることを甘んじて受け入れてしまう。いや自首するまである。

 

「っていうか本当にプリキュア観に来たんですか? マジなんですか? え、川崎先輩も……?」

 

 川崎の顔をみて固まる一色。こいつなりに先輩への敬意を払って失礼のない対応を考えているのだろうが、その先輩の中に俺は入ってない。はい、平常運転でした。

 

「まあな。ちょっと川崎の妹絡みで事情あってちゃんと内容を覚えて土産話を持って行かないといけないんだわ」

 

 川崎には申し訳ないが無許可でけーちゃん絡みだと漏らす。お前だって富士山発言したし、その負債分だと思ってくれ。濁すと説明が困難だし、ありもしない新たな問題をも生み出してしまいそうだからな。

 ……っていうかプリキュア観なきゃいけない事情ってなんだよ。制作サイドの覆面捜査員くらいしか思い浮かばねえよ。

 

「はぁ……仕方ありませんね。さすがにプリキュアを一緒に観るのはハードルが高いっていうか普通に厳しいし、今日のところは私もお友達と待ち合わせしてますので次の機会にお願いすることにします」

 

 ねえ、プリキュアってそんなに観るのに高いハードル設定されてるわけ?

 平時であればプリキュア鑑賞を妨げる忌まわしき無形の障害物である同調圧力だが、今回一色を撃退するのに一役買ったそのハードルとやらに感謝の念しか湧いてこない。

 

「おう、その日が来ないことを祈ってる」

「台無しだこのひと。じゃあ、また明日学校で」フリフリ

 

 あなた学年もクラスも違うじゃありませんか。その言葉の帰結する先は生徒会の仕事を手伝えと暗にほのめかしているようなもんですよ。

 承諾もなしに約束された強制労働に身を震わせ何とも言えぬ表情で、らしくもなく手を軽く振り返すのだった。

 

「おっと、とんだ足止めだったな。由比ヶ浜来てるかもしれねえし、ちょっと急ぐか」

 

「あ、悪いけどあたし映画館で化粧直ししてるから、由比ヶ浜との待ち合わせ一人で行ってくれる?」

 

「あ? ああ、分かった。んじゃ、由比ヶ浜連れてここで合流ってことでいいんだな」

 

「うん、勝手言ってごめん」

 

 その方針に了承して川崎と別れる。

 さっき調子に乗って一色を揶揄ったプリキュア鑑賞(謀略)だったが、もしも乗ってきたらどうするつもりだったのか。有り得ないとは思いつつも、万が一が起きてしまった場合、由比ヶ浜も巻き込み収拾がつかない事態に陥っていたかもしれない。そうならなかったことに胸を撫でおろしつつ、少しの反省と共に俺は駅へ向かうのだった。

 

 

× × ×

 

 

《 Side Saki 》

 

 

 化粧直しと嘘をついて映画館で待機したのには訳がある。

 前日、母さんに持たされた小遣いで比企谷の分のチケットを購入しておこうと思ったからで、由比ヶ浜と一緒だと都合が悪いと踏んでの行動だ。

 これは熱を出して迷惑をかけた比企谷に対するお礼。なのに今のあたしは買うのを躊躇っている。それも全てさっきの新生徒会長のせいだ。

 もともとあたしは部外者みたいなものだし、あのタイプが苦手なのもあって二人の会話にほとんど口は挟まなかった。だが、あのやり取りの一つがあたしの心を強くざわつかせた。

 

『そういえばぁ、せんぱぁいバレンタインの時にぃ映画とご飯ご馳走してくれるって約束してくれましたよね?』

 

 比企谷と少しでも付き合いがあれば、あいつが部活に時間を取られてバイトも出来ないって分かりそうなもんだ。もっとも、時間があっても性格的にバイトするイメージも浮かばないけど。

 そんな親に扶養してもらってる立場の人間に奢らせるなんて神経を疑う。

 普通の高校生なら別に大したことない感覚なのかもしれない。でもあたし自身裕福と言い難い家庭環境のせいで過敏に反応してしまうのだ。なら、お礼とはいえ同じく扶養されてる身のあたしが出すのはどうなの。そんな思考が後足を踏む原因となっていた。

 

 他人が聞けばどうでもいいことなのに酷く拘っちゃうのは相手が比企谷だからかな。

 親のお金で奢るなんてカッコ悪いとこ、あいつに見せたくないのかもしれない。

 あいつはあたしの事情を知っているし前にそれで迷惑かけたからカッコ悪さも余計に際立つ。

 気づけば偽りの言葉に用いたお手洗いで座して懊悩している。奇跡的に空いていたからいいものの、女子用トイレはいつも混むので本来の用途でもないこうした使い方をしてしまうのは憚られる。

 

(もたもたしてると由比ヶ浜連れて比企谷が来ちゃうね……)

 

 どのみちもう時間がない。買うなら今すぐ行くべきだ。

 意を決して立ち上がろうとした瞬間、洗面所の前で聞き覚えのある声がした。

 

 

 

つづく

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