サキサキのバレンタインは色々まちがっている。 作:なごみムナカタ
ほとんどいろは一人で頑張っていただきます。
2020.12. 6 台本形式その他修正。
《 Side Iroha 》
悔しかった。
何に対してかその時は判然としなかったけど、考えを重ねるにつれ徐々に明瞭となっていった。
前売り券を買ってあったので
騒ぎの中心に目を向けると女の子が走り去っていく。声の主達は一方的に罵声を浴びせ嘲笑し耳目を集めていた。まるでその相手が全ての悪であるかのように。
喚き散らしてる女子三人に見覚えがあった。特に一人小さくなっているショトカのピアスは文化祭のエンディングセレモニーでの泣き姿と、前年度学校行事の資料を目にしていたので憶えていた。確か、相模先輩? だったはず。文実の委員長と体育祭委員長を歴任し、めぐり先輩とも交流があった人物。
来年度の通例イベントに生徒会がどう関わって取り仕切って行けばいいのかめぐり先輩から教授されたが、文化祭と体育祭については言いづらそうに言葉を濁していた。わたしも早く終わらせて帰りたかったので、割と強引にその時の状況を訊き出したけど酷いの一言。
なんでも、はるさん先輩の言に乗せられ実行委員長の職務を疎かにし文化祭開催すら危ぶませたとか、集計表を持ち逃げしてエンディングセレモニーを台無しにするところだったとか、誰が聞いても失態の権化であるその人が何故か悲劇のヒロインに祭り上げられたとか。そんな向かうべきところへの悪意を捻じ曲げ吸い上げたのが他ならぬ先輩だった。
どうしてそんなことを、なんて疑問は不思議と湧かなかった。先輩ならきっとそうするんだろうな、くらいに思えてしまう辺り先輩を理解できてるんだなって感じたし、誇らしくもある。
だからこそ、その優しさに甘え、あまつさえ先輩を蔑ろにし、結衣先輩も傷つけたのを見て義憤以上の怒りが湧いたのかもしれない。
一部始終を見ていたわたしはどうにか先輩に助勢できないか目算を立てていた。
先輩のことだけを考えれば一番手っ取り早い救済はカップル割にわたしが名乗りを上げること。
けれど、相模先輩達と同じく恋愛映画を観に来たわたしがプリキュアに変更するのは正直厳しい。
自分から誘ったのにのぶ子ちゃんを一人にしてしまう不義理はどう考えてもよろしくない。事情を説明して頼めばありだったかもしれないが、それを乗り越えても別の大きな問題があった。
カップル割の条件。現状を打開するには先輩とカップル割を成立させる必要がある。一緒にプリクラを撮ったことがないわたしはこの前のフリーペーパー製作の取材で撮った写真で代替できるか考えるもプリクラより弱いよねって結論に達した。
結局のところ、先輩に手を差し伸べるには結衣先輩が逃走したきっかけとなるキスをしなければならない。ここに様々な想いが綯い交ぜになる。
先輩のことをそういう対象として好きなのか。
……うん、ないよね。
確かに先輩って実は顔立ち整ってるけど目で全て台無しにしてるし、捻くれてて、でも頭はいいんだよね、姑息だけど。いざという時に頼りにもなるし。
うん、ないはず……。
わたしが生徒会長に無理矢理立候補させられた時、こちらの要望と行動基軸を慮ってあえて生徒会長になることを提案してくれたのはファインプレーだったと思う。お陰で惨めな思いをせずに済んだし、忙しくはなったけど生徒会長という絶対的な地位とコミュニティを得ることができた。それによって今までのような弄りと称した嫌がらせも劇的に減っていった。
うん、なくもないかな。
海浜とのクリスマス合同イベントの時もそうだ。わたしが会長に推された責任を、なんて大層な殺し文句で篭絡したものの人手として使えればよし(言い方!)と思っていた。でも先輩はそんな想定を遥かに上回り人員としてだけでなく、わたしを精神的にも肉体的(コンビニの袋とか持ってくれたしねって大袈裟!)にも支えてくれた。雪ノ下先輩と結衣先輩を動かしたのも先輩の熱い想いのお陰だ。
うん、あの言葉でわたしの心も動かされたんだよね。
葉山先輩に告白してこっぴどくフラれた時、どうして先輩に縋ったのか。
『責任、とってくださいね』にどんな意味を込めたのか。
葉山先輩に再アタックするのを手伝って欲しかったのか。
それもあったかもしれない。けど、頭に浮かぶのはもっと直接的で今まで認められなかった想い。
うん、こっちの意味だったのかもしれない……。
バレンタインで先輩にチョコを作ったのはどうして?
貰ったチョコの数当てっこクイズで、たとえ外れてもいいからチョコを渡したかったのはなんで?
…………うん
……やっぱり…………好き、なんだろうな……。
自問と自答を繰り返し、ようやく出てきた答えは先輩を想う感情。
でも、認めようとすると咎めるように紅茶の香りに包まれたあの空間が浮かび上がる。そのビジョンを見た途端、及び腰になってしまったわたしは衆目の前に出られなかった。
一番の解決策が実行できないと察し他に策を練るが、そこに現れたのが先ほど先輩と一緒にいた川崎先輩だった。川崎先輩は演じるように口調を変え、先輩の空いてしまったカップル枠にするりと入り込み……
そして見せつけられた衝撃の
わたしの大好きな先輩達を差し置いて眼前で繰り広げられた光景。
溜飲が下がるのと同時に味わう敗北感。
先輩の心が安寧を取り戻す喜びと同時に、わたしの手で彼を救えなかった自身の不甲斐なさを呪った。
もっと早く自分の気持ちに気付いていたら何か変わっていたのだろうか。
この場における雌雄は決した。ならここにいても仕方がない。益体もない考えを打ち消し、いまわたしに出来ることをしよう。
救われなかった先輩に手を差し伸べるべく自然と体が動いていた。
× × ×
―化粧室―
いつもは満員御礼状態の化粧室。上映時間が迫っていたせいなのか今だけは閑散としていた。
……奥の個室を除いて。
すんすんと鼻を鳴らし咽ぶ声が扉の向こうから漏れ聞こえ、わたしのよく知る人物だと知らせてくれていた。
なんて声をかければいいのだろう。
一部始終見ていたわけではないけど、あの上級生が宣っていた侮蔑で大体の状況は把握できていた。
後から参加した川崎先輩とのやりとりなど細かい経緯までは分からないが、結衣先輩が先輩とカップル割をしようとしてキスをしなければならなかったところに同級生と鉢合わせて逃げてしまったのが真相のはずだ。
これを自分に置き換えたらと思うとゾッとする。ただでさえ女子に敵が多いわたしがそんな場面を目撃されようものなら、即座に学校での立場は失墜するだろう。事実、さっき先輩に手を差し伸べることが出来なかったのだから。
でも結衣先輩は抗わなければいけなかった。
奉仕部のあの空間を構成する一人であるなら……。
あの日、先輩に『本物がほしい』と想いをぶつけられたあなたならば……。
わたしが先輩を意識した切っ掛けは間違いなくその想いを聞いてしまったからだ。
だが、こうも自分の気持ちに気付けなかったのも、その想いを盗み聞ぎしてしまったせいかもしれない。
あれを向けられなかったわたしには入り込む資格がないって暗に言われたみたいで。
そうして始めから白旗を上げた自分を認めたくないから無意識に自覚を拒んでいたのかもしれない。
それを自覚した今、結衣先輩を立ち直らせることが少なからずわたしにとってマイナスになろうともそんな瑣事で結衣先輩を蔑ろにするなんてあり得ない。
わたしにとっては、先輩を憎からず思うだけじゃなく雪乃先輩も結衣先輩も大切な人なんだから。
そろそろ上映時間も近づいてるし、先輩達も探しているだろう。そっとしておいてほしいのは痛いほど分かるけど、ここは千葉ポートタワーから飛び降りるくらいの覚悟を見せる。
「……結衣先輩」
『⁉ え、い、いろはちゃん? な、なんで⁉』
あー、この反応は先輩わたしのこと結衣先輩に言ってないな。
こーんな可愛い後輩に偶然出会えた奇跡を言わないなんて、なーんか複雑な気分かも。まあ、先輩に限ってわたしが思ってるような他意はないんだろうけど。
「さっき窓口で偶然見かけたので……それで少し心配になって……」
『……見てたんだ……』
黙り込む。
まるで悪戯をした子供が親に怒られ何も言えなくなってしまったように。
わたし結衣先輩の親じゃないんだけど、むしろ結衣先輩の母性を少し分けてもらいたいくらいだよね。
いかんいかん、いまそんな冗談持ち込んでる場合じゃないや。
「大体、カップル割の条件が厳しいんですよ。普通なら男女客ってだけでおーるおっけーじゃないですかー。それをわざわざ……」
頬にキスとか知らない人からすれば、こんなとこでイチャついてんじゃねえよ鬱陶しい。迷惑防止条例に抵触しちゃってんじゃないのって感じ。
まあ、プリクラ条件は妥当と言えば妥当かもだけど。いまどき付き合ってるのにプリクラ撮ってないカップル探す方が難しいし。
『……ヒッキーは……どう、してた?』
当然そうきますよね。でもアレはわたしですらショッキングな出来事だったし、結衣先輩の耳には入れれないなぁ。
「あー、先輩は無視してその場を離れて行きましたけど……結衣先輩は先輩とお二人で観に来たんですか?」
そもそもそこが謎だったんだよねー。川崎先輩の妹さん絡みで先輩も行くことになったってのには一応納得なんだけど、結衣先輩まで同行する経緯が分からない。理由は分かるけど。
『……ううん、沙希……川崎さんっていうバレンタインの時に妹さん連れてた人いたでしょ? その人と三人で……』
そこは既知なんです、とは言えないので適当に返事をしておく。
『沙希がさ、学生証持ってるって言うからヒッキーとあたしでカップル割してくればって勧めてくれたんだ。それでね……』
なるほど、あれは川崎先輩公認でしたか。
でもだからこそ、あんなことするなんて謎行動すぎる。え、あの人ってビッチ? なんて心中、茶化していると消え入りそうな声が個室から聞こえてきた。
『……あたし、またヒッキーを、傷つけちゃった……前にも、似たようなこと、あって…………』
ぽつりぽつりと話し始めた結衣先輩の声音からは悲壮感が漂う。
『……夏祭りでも……さがみん達に遭っちゃって、それでそれで……!』
なるほど、一を聞いて十を知るとはこのことだ。
わたしは雪乃先輩みたいに聡明じゃないし、どっちかというと結衣先輩寄りの思考回路だけどそれ故に一瞬で理解できた。
雪乃先輩のようなカースト外の人間にはピンと来ないかもしれないけど、女子社会では本人の意志に関わらず、一緒に居る男子をステイタスとして見られるのが一般的だ。さながら持っているバッグや身に着けている服のブランドでその人間の価値を測るように。
結衣先輩以上にブランド戦略に頼っているわたしはこの問題の本質をすぐに自得した。
先輩はその目付きが祟ってルックスが秀でているとはいえずクラスで目立つこともない、ぼっちでちょっと気持ち悪い冴えない男の子だ。付き合ってみると良いところが沢山あるけどそれを関わりのない人間に分かれというのは無理がある。
今日カップル割で窓口にいる二人を見れば、結衣先輩がお情けで先輩に付き合ってあげているように捉えられてしまうだろう。その上、結衣先輩はつり合いの取れない男を隣に置いている趣味の悪い残念な女子、なんていうレッテルが貼られてるかもしれない。
(……つらいなぁ……)
経緯はどうあれ、結衣先輩は先輩と一緒に映画に行けることを楽しみにしていたはずだ。なのにさっきの出来事で予期せずお互いを傷つけあってしまった。
川崎先輩の機転で先輩の心にはある程度の安寧が齎されたが結衣先輩側は重症だ。
和らげるには先輩が晒し者にならずに済んだことを知らせればいいのだが、そのためには川崎先輩が試みたカップル割のことも話さなければならない。得られる安堵と与えるショック、どちらに天秤が傾くのか予想がつかないわたしは口を噤むしかなかった。
「でもあれはしょうがないと思います。一部始終見てたわたしも、その……友達と違う映画観る予定だったから、なにもできないままで……」
結衣先輩ほどではないにせよわたしの忸怩もなかなかのものだろう。文字通り何もできず指を咥えて見ているだけだったから。
川崎先輩の行動が強烈過ぎて、今にして思えば頬にキスくらいで先輩を助けられるならいっそそちらを選択すべきだったのかもしれない。
きっと結衣先輩はわたし以上にその選択が出来なかったことを後悔しているのだろう。
「だって、そのさがみん先輩? たちと遭ったのは不可抗力じゃないですか。先輩だってきっと分かってくれますよ」
『それでも、あたしは……逃げ出しちゃいけなかったんだよ……送り出してくれた沙希の気持ちも踏みにじっちゃったんだから……』
あんなとこ見ちゃったわたしからすると結衣先輩に割引使わせる為、二人を送り出すっていう行動のちぐはぐさが疑問ですけど。
『……きっと罰が当たったんだよね……』
なんのことに対してなのか見当もつかない独白。けど結衣先輩には思うところがあるらしい。その声音からいまどんな表情なのかが手に取るように分かった。初めて奉仕部に依頼した時の結衣先輩が想起される。遠慮がちに先輩を見つめる少し怯えた悲しげな表情。多分、それと重なることだろう。
それでも結衣先輩にはいつもの調子に戻ってもらわないと困る。この後も先輩達と一緒に行動するんだろうし、ムードメーカーの彼女にふさぎ込まれたら今日のデート(って言っていいか分からないけど)も一日お通夜状態になるのは目に見えていた。……わたしには関係ないんだけど。
「罰っていうのがなんのことか分かり兼ねますが、それで結衣先輩はこれからどうしたいんですか?」
『どうって……』
「だってこれから映画観るんですよね? まさかこのままブッチする気なのかと。そんなことしたら余計先輩にご迷惑がかかるんじゃないですか?」
もう少しオブラートに包んだ言葉選びをすべきだったかもしれない。これじゃ結衣先輩を責めているように聞こえる。いや、責めているんだ。
だってしょうがないじゃん。先輩を助けられなかった負い目があるのは分かるけど、今のわたしにはそれを挽回する機会すらない。逆にそれがある結衣先輩が活かそうとしてないんだから、これくらい難詰したくもなる。
『…………』
「顔を合わせづらいのは結衣先輩の都合であって、先輩には無関係ですよね。むしろ、結衣先輩がいなくなったらきっと先輩すっごく心配しますよ。あの人なら自分のせいで傷つけたのかもって思い込むんじゃないですかね?」
先輩は妹さんがいるせいかお兄ちゃん気質が強い。それを
今回のことでも責任を感じるだろう。それが分からない結衣先輩じゃないはずだが気を回せないくらいにショックを受けたと考えると不思議じゃない。
「……責任を感じてるというなら先輩に気を揉ませないよう無理して接するくらいがいいと思うんですよね。すいません、生意気いって……」
『え、え、揉ませないようにって、無理しないといまヒッキーに揉まれちゃう状況なわけ⁉』
とんでもない斜め下の答えが返って来た。ここで難聴系スキル発動させるってどうなの。っていうかこれ言葉の意味を理解できなかった難脳系なんじゃ……。
どちらにしても持たざる者としてはちょっとだけイラッとした上、毒気まで抜かれてしまった。
「あー、じゃそれでいいんじゃないですかね、揉ませれば先輩の傷も癒えますよ、きっと」
おっと、声低くなっちゃった。でも許してくださいね。そんなのひけらかされると誰でもこんな声出ちゃいますから。
『いろはちゃん、それテキトー過ぎない⁉ ヒッキーみたいな塩対応なんだけど⁉』
おざなりに返すとそう引き合いに出された。先輩みたいといわれて何となく心がほわっとしてしまったのは内緒。
『…………』
「…………」
『……ありがとね、いろはちゃん』
「い、いえ」
『そうだよね、後悔してる暇があったら挽回しなきゃだよね』
わたしの発破が少しは効いたのか、いつもの調子を取り戻してくれたみたいだ。
『でもさ、いろはちゃんも結構大胆なこと言うんだね』
「? なんのことですか?」
『だって「友達と違う映画観る予定だったから」ってことは友達と来てなかったらヒッキーとカップル割してでも助けたのかなって思って』
「‼ ち、違いますよ、あれは言葉の綾っていうか、いつも生徒会の仕事とか手伝ってもらってるからお返しが出来ればって意味であって!」
『あー、やっぱりカップル割自体はイヤじゃないんだ?』
「~~~~っ!」
いつもの調子を取り戻し過ぎた結衣先輩に予想外の反撃を食らい動揺してしまう。なんとかはぐらかす話題は……そうだ。
「そういえばー、はるさん先輩が言ってたコンペのこと覚えてますか?」
『え、ああ、ペティーのことね、もちろん!』
「結衣先輩、なんでイギリスの経済学者のほう覚えちゃってるんですか、むしろそっちは忘れていい方ですから」
『う、うるさいなっ、覚えやすかったからしょうがないじゃん!』
確かにペティーってなんか可愛い響きだよね。おっと、結衣先輩のペースに乗せられちゃうところだった。危ない危ない。
「この後も一緒に行動するなら誰のチョコを最初に食べたのか訊いておいて欲しいんですよね」
『あー、そうだね、色々ありすぎてすっかり忘れてたよ。昨日も訊きそびれちゃったし』
「昨日? 昨日土曜日ですけど先輩と会ったんですか?」
『わー、なしなし、今の無しで!』
嘘がつけない結衣先輩はあっさりとゲロ(下品☆)するも不問に付すことにしよう。わたしにはそんな権利ないけど。この感じだと何かの用で川崎先輩も一緒にいて、その拍子にプリキュアを観ることになったんだろうって容易に想像できたから。
そんなことより、既に結構な時間が経ってしまっている。川崎先輩がここに探しに来てもおかしくない。
「結衣先輩、そろそろ映画始まっちゃいますよ」
「うひゃー、まずっ! あたしまだチケット買ってないよー」
元気良く個室から飛び出した結衣先輩の手にはお財布と――学生証が握られていた。
さ、わたしものぶ子ちゃんと合流して映画観ないと。
先輩と一緒に映画鑑賞できる結衣先輩が羨ましい。たとえプリキュアを観る等価交換で成り立つご褒美だとしても……
……やっぱり普通に無理です、ごめんなさいっ!
つづく