サキサキのバレンタインは色々まちがっている。 作:なごみムナカタ
今回は会話自体少なめで、ほとんど八幡の一人語りです。
2020.12. 6 台本形式その他修正。
《 Side Hachiman 》
ちらちらとこちらの様子を窺う左隣の由比ヶ浜が俺の方に手を伸ばす。そこにあるポップコーンバケツ二つのうちの一つからポップコーンをつまむ。対して右隣りに座る川崎はやや前のめりで映画に没頭してる。
最初は俺がペアセットのポップコーンを、川崎が自分のポップコーンを抱えていた。映画が始まってしばらくすると川崎が夢中になり身を乗り出す度、ポップコーンが零れ落ちる。それを目の当りにした俺は川崎からポップコーンを預かって今の状況に落ち着いたというわけだ。
え、これじゃ俺がまるでドリンクホルダーならぬポップコーンホルダーだって?
むしろ幼稚園と小学生の学芸会で『木』と『岩』を歴任した俺にとっては人の役に立っていて喜ばしいまである。木から岩になり強度が上がったことによるジョブチェンジに好意的な見方もできるが、有機物から無機物にクラスダウンした感も否めない。人間から遠退いたと受け止められる変容だからな。
やだ、どんどん退化してない?
それと由比ヶ浜、知っているか? リンゴしか食べない 死神は 手が赤い。
――――いかんいかん、これは糖分を脳に行き渡らせる天才探偵に向けるべき言葉だった。この子は栄養が頭ではなくメロンにいってるガハマさんでしたね。しかもミスリードの方の名言じゃねえかよ。
ちなみにポップコーンが何故映画の定番ジャンクフードになったか知っているか?
よく言われているのは咀嚼音が小さいから。確かにそれもある。だが、もっと映画館にとっては合理的で切実な、悪く言えば卑しい理由からなのだ。
昔は映画がつまらないとスクリーンに物投げるってのがわりとポピュラーで、フードによってはスクリーンに傷がつくってんで軽くてふわっふわなポップコーンが最適って理論に達したわけ。
あとは、むしろこっちがメインでたまたま前の二つが良いように当て嵌まったんじゃないかと思えるが、ポップコーンは利益率が高い。そりゃもうバカ高い。知ってたらまず買わんであろうし、買ってから知ったら「ぼったくり! ぼったくり‼」ってエンドレスシュプレヒコール待ったなし。
映画観る前、川崎から「風邪引いて迷惑かけた分のお礼も兼ねてるから」って言われてまあ有難く受け取ったんだよ。で、劇場入る前にスマホの電源切るだろ。そん時、気になってついググっちゃったわけよ。そしたらポップコーン用の豆って1キロ3~400円くらいで買えるらしくて、それを破裂させたらなんと50人前くらいになるんだと。ダースなんぞ余裕で超えてる。
な? 笑うだろ? いや、真顔になるわな。他に調理で必要なの油と塩と火だけだぞ。
こういうのは考えちゃいけないと分かってはいるけどこのペアセット、コーラ二つついてるとはいえ野口さん一人でギリギリ討伐出来ない価格だぞ。豆買って来て手作りなら英世さん一人で10ダースは堅い。差額どんだけだよ……。現実、そんなに油と塩分摂ったら将来医療費のが高くつきそうなんで実践しようとは思わんが、それにしたってぼり過ぎでしょ。映画という商品の付加価値でもあるが。
結論、映画ってすげえ。以上。
良い子の皆、映画館で食べるポップコーンは美味いだろ?(濁った目
そうそう、咀嚼音は確かに小さいポップコーンだけど映画館で気になる人は多いらしいから気をつけろよ。幸か不幸かプリキュア観てるお客にそこまで繊細な人はおらんがな。なんせ子供ばかりで上映中も非常に賑やかだ。
× × ×
ぼんやりとスクリーンを眺めながら頭では別のことを考えていた。
二人を見ているとついこんなふうに思うのだ。
俺なんかが由比ヶ浜の隣にいるなど烏滸がましい。
川崎とカップル割などしていいはずがない。
強迫観念にも似たそれが俺の身体を、頭を、心を縛りつける。
川崎に好きと言われてから、今日を迎える直前までその言葉に返す答えを探してきた。
その結果が先ほどの惨事。いや椿事で証明された。
俺とカップル割をしようとするだけで由比ヶ浜にとってマイナスとなる事実。俺という存在は隣を歩くだけで対象に悪影響を与えてしまう。そう再認するほどに由比ヶ浜から受けた拒絶は俺にダメージを、川崎の行動は混乱を与えていた。
ここ数日、平塚先生を筆頭に小町や川崎から自虐を控えるよう言われてきたが、あんなことに意味はないと今ならはっきり言える。
――――俺自身が
ならば自虐しようと自分の価値はこれ以上落ちることはない。つまり
初めて奉仕部で雪ノ下と話した時は国語学年3位とか顔が悪くないとか虚勢を張っていたものの、あれは売り言葉に買い言葉みたいなものだった。実際はこれっぽっちも自分が優れているなんて思っていない。
いつからこんなにも己の評価を貶めるようになったのか。
折本への告白事件?
いや、あれは人間不信のトリガーにはなったがこれとは別件だ。
もっと昔、根本的な何かがそうさせたのだろうが溢れんばかりの黒歴史とトラウマに塗れたこの人生でそれを限定するのは難しい。
おっと、映画も気づけばクライマックス間近ではないか。
やっぱり劇場版は殺陣シーンが多いのがいい。
テレビ通常回はBパートで長い長い変身シーンを挟んで殺陣、その後ピンチに陥ってからの
男子高校生とアラサー女性教員が女児向けアニメを語り合うとかどこからツッコんでいいのか分からん不思議空間の完成だ。一周回ってむしろ尊いまである。
それよりけーちゃんに聞かせられるよう覚えておかないとまずい。
幸いなことに目だけはずっとスクリーンに釘付けだったのでスプラリミナル効果――本人が
いやそれダメじゃん。
記憶になかったら話思い出せないじゃん。
けーちゃんに観てきたこと話せないじゃん。
隣をチラ見すると映画の最高潮にシンクロするように更に前のめりになる川崎。目を爛々とさせて夢中になる様が普段とのギャップを生み出している。
その姿に……
――――小さい頃の小町を思い出した。
……あ
これは天啓か。
降りてきて欲しくない閃きが雫となり思考の水面に落ち波紋を広げた。
幼少期の観たかった映画争い。
俺の観たいものと小町の観たいものがぶつかり合ったあの日。
その争いの本質は『戦隊モノ対プリキュア』ではなかった。
端的に言うと比企谷八幡が『兄』となる為の通過儀礼。
今まで親から受けていた寵愛が妹と二分され、なんだったら全てを持っていかれ妹を優先した初めての日、俺の中から自己肯定感が失われた。
未だにプリキュアを愛好しているのも、俺の存在が打ち消された在りし日に対しての細やかな反抗で、
『戦隊モノが観たかったけどプリキュアも面白いじゃん』
『これもある意味
『決して自分が折れてプリキュアを観たわけじゃない』
『なんだったら俺もこっちが観たかったんだ』
――――と、今も自らを誤魔化しているのかもしれない。
(‼ いかんいかん、俺はプリキュアが好き、俺はプリキュアが好きだから今も映画を観ている)
暗示のように心の中でそう念じる。
俺の意志でプリキュアを選んだんだ。決してそんな負の感情に基づいたチョイスじゃない。
そんな言い訳じみたことを考えてしまっている時点で本当は気付いていたのだろう。
認めたくない俺の奥底で燻る黒い感情に。
× × ×
「……結構、面白かったね」
俺達はロビーで映画の感想会っぽいことをしている。何故ロビーかって? 川崎は最初から、由比ヶ浜は途中から映画に夢中になっていったのでポップコーンがほとんど減らず、出るにしても残りを食べてからでないと不都合だと感じたからだ。
初見の由比ヶ浜すら夢中にするとは、やはりプリキュアは偉大だった。俺はプリキュアが好き俺はプリキュアが好き。
「そうだね、やっぱり映画だとオールスターなのがいいよ。あたしが前観てたキャラとかも…………はっ⁉」
慌てて口を押えるも後の祭りだ。
川崎が現役時代のプリキュア戦士の話ですね。けーちゃんの付き合いだけじゃなく小さい頃、自分も観てましたよってうっかり詳らかにしちゃったよ。誘導尋問すげえな由比ヶ浜。おっと川崎、こちらは隠せてない照れが漏れ出ちゃってますねえ。
「俺なんてリアルタイムで観れなかったやつは動画配信でチェック済みだから全てのキャラが頭に入ってるぞ」
二人とも俺を見て何ともいえない表情になる。
うん、川崎をフォローしたつもりだがフォローになってないかもしれん。俺の気持ち悪さを詳らかにしただけだった。川崎のと合わせて詳らかの一盃口かよ。
「子供の頃、戦隊モノを観ようとしたが結局小町と一緒にプリキュアを観に行くくらい好きだからな」
「うわ、ホントに⁉ ヒッキー好き過ぎない?」
「それって……」
いかんいかん、さっき自覚した負の感情がつい漏れ出るような発言だ。言い回しに変化をつけたし悟られることはないだろうが危なかった。
由比ヶ浜はいつも通り「うわー、こいつマジかよ」って顔作って否定形の反応だが川崎はどちらかというと疑問形? のような顔だ。まあ、その受け止め方が正しいかどうか分からないし、俺が勝手に思い込んでるだけかもしれない。
そんな益体ないことより早くポップコーン食べちゃってください。この後、映画の感想会みたいな感じで喫茶店とかファミレス行くんだろ? あんま他人と映画行ったことないから詳しくないけどそういう儀式までが映画なんだろ? 俺の経験則はラノベやギャルゲなんかで得たものだけどな!
……さすがに言ってて悲しくなる。またすすんで自らの心を傷つけてしまった。やはり俺はMなのでは。
× × ×
映画館を出るとすんなり店が決まった。待ち合わせ前に川崎と喫茶店を選んだ時とは比べ物にならないスムーズさ。由比ヶ浜のこういう所は本当に頼りになる。
由比ヶ浜が選んだ店はいつかの一色と入ったカフェを彷彿とさせる雰囲気だ。特に外光を取り入れる大きな窓が印象的で、外から丸見えなのでは? との懸念もあったが、植樹された木々がある程度外からの視線を遮っている。
俺達は窓際のテーブルに案内され、それに作為的なものを感じた。確かに由比ヶ浜とか川崎を窓の近くに置いてショーウインドウ化させれば客足が増えるかもしれんが、その思惑も俺がいるせいでプラマイゼロだ。え、この二人相手でも俺の存在一人で台無しにできるの? 俺の目の腐り具合やばくね?
品物が次々とテーブルに並ぶ。さっそく食べようとすると由比ヶ浜に止められる。まあ、知ってたけど。タイプ的に由比ヶ浜は一色側だし。こいつはインスタ映えより食べたいもの優先だろうけど撮るのは確定ですよね。
改めて映画の感想会が始まるわけだが、どう見てもプリキュア初心者の由比ヶ浜が一番口数が多いことに驚く。内容はプリキュアの名前を間違えるくらいアホだったがそのアグレッシブさには脱帽だ。
コミュ力高い奴ってエアマスターであると同時に話題振れたりとか地頭が良いやつ多そう。
……この娘はどうなんですかね、総武高に入れたんだし良いとは思うんだが知り合って10ヶ月ほど経つもその片鱗が全く見られない。
「――――でね、って、ひ、ヒッキーなんでそんなじろじろ見てるの?」
「あ? おお、由比ヶ浜ってアホだけど頭いいんだなって感心してた」
「アホってなんだし⁉ ……え、アホって頭いいの?」
異次元の質問で返された。アホだけど頭いいのとアホが頭いいじゃ意味変わっちゃうだろ。どっちにしろアホは確定なんだが。
それにしても上映前に合流してからというもの、こいつはまるで何事もなかったかのような反応だ。多少無理はしてるだろうが、それでもこれだけ普段通りに振舞えるあたり、こいつにとってあの出来事はそれほどダメージ足りえなかったのだろうと勘繰ってしまう。
そもそもあの時の行動が俺の中で明解になったわけではない。
二人でいるところに相模達と出遭ってしまった以上、知らぬ存ぜぬで通らないのは分かる。
プリキュアを観ることも、あそこがチケット売り場窓口前であったことを加味すると下手に嘘など吐いてバレると後々面倒だからだということも分かる。
だが、カップル割については擁護のしようがない。
あの場面、一人800円程度の割引よりクラス内の関係性を考慮した立ち回りの方が重要だったはずだ。縦しんばカップル割がしたかったとしても、相模達をやり過ごしてからでよかったはず。なのに由比ヶ浜は自らカップル割を申告した。まるで誇示するかのように。
そんな根回しをして行き着いたのがあの逃亡劇では俺でなくとも理解ができまい。むしろ、ああやって相模達の前で拒絶することにより俺の立場をなくす目的だったのでは……
‼
いま俺はなんてことを考えた?
……どうやら自分で思っている以上にさっきの件が堪えているようだ。普段なら絶対に思い浮かばない方向へと思考が流れていく。
これ以上深みに嵌らないよう由比ヶ浜のことは一旦置いておき別のことに注力しよう。
そういえばあんなことがあったからか由比ヶ浜は触れてこないが、あの後どういう経緯でチケットを買ったか訊かれたらまずいことになるのでは?
結局、由比ヶ浜のことに繋がっちゃってるじゃん、切り替え下手か俺。
それより川崎。こっちの案件もなかなか手に余るというか、こっちの方が難解だ。由比ヶ浜の件は、あいつがアホで勇み足した挙句、恥ずかしくて土壇場でひよったとしたら悪意のなさは説明できるが川崎は……
何故、俺のことを好きと言ってくれたのにカップル割を譲ったのか。川崎が学生証を持っていて俺と由比ヶ浜が持っていなかった為、効率的に考えれば確かにこの方がいい。だが、それはあまりに川崎らしくない、強いては人間味のない手法ではないか。
人は理屈では動かない。どれほど正しいと論じようと感情で動くのが人間である。それは昨年の体育祭実行委員会でも経験済みだ。だからこそ彼女の行動原理が不明過ぎて読めないし不安な気持ちにさせられるのだ。
苦悩が漏れてしまったのか怪訝な表情で俺を見る二人。気恥ずかしくなり目を逸らすと向こうも顔を赤くしてそっぽを向いた。
由比ヶ浜は誤魔化すようにスマホ画面を指でカツカツ。画面が暗いままなので壊れたかと振ったりしてる。絶対意味がないの分かるだろ。むしろ振る操作は正常じゃないと反応しないまである。
「ん~~? あ、そか」
どうやら映画館を出てから電源を入れ直すのを忘れていたらしい。照れ笑いを浮かべて電源を入れると同時にメールが届いた。
「わわ! …………あ」
なんだよ、その「あ」って。ちょっと気になっちゃうだろ。俺がメール見るわけにもいかんし、気になっちゃったから出来れば中身を教えてもらいたいが、そんなことしようものなら「女子のメール知りたがるとかヒッキーキモい!」って絶対言われるだろうなぁ。いやだなぁ。よし、忘れよう。
そう結論に達し、大量のシュガーとミルクを投入した疑似マッ缶珈琲を口に含む。ケーキが甘いんだから珈琲は苦くしないと甘さと甘さのぶつかり合いが口の中で喧嘩してるな。主義に反するが苦いままにしとけばよかったと僅かばかりの後悔が襲う。
「…………ヒッキー……」
捨てられた子犬のようにか細い声で縋ってくる由比ヶ浜がスマホをこちらに向けてきた。
え、なんだよ、心読まれちゃったの? 精度高すぎてヒッ検2級くらいありそう。
「なんだ由比ヶ浜。スマホ画面見せといて後から通報とかなしだぞ?」
「そんなんしないって。ヒッキーあたしのこと何だと思ってんの⁉ いーから、これ……」
「なんだ、雪ノ下からのメール?」
yui's mobile
FROM :ゆきのん TITEL:気を付けてちょうだい 昨日姉さんから電話で比企谷くんのことを訊かれたの。 あの人のことだから何か企みがあるかもしれない。 十分注意してね。 |
店員「いらっしゃいませ。お一人ですか? どうぞこちらへ……」
陽乃「あっれー? 比企谷くんじゃなーい」
その声を聞き、心臓を優しく掴まれたような厭悪と圧迫感に襲われた。この人は優しさですら不快に変換してしまうのか。ある種の才能だな。
「…………」
「…………」
「…………?」
川崎だけは面識がほぼない為、俺達が眉根を寄せているのはさぞ不思議に感じたことだろう。少しでも付き合いがあればその意味が分かるから。いや、もうこれから分かっちゃうかな。
コミュ力お化けの由比ヶ浜をしてこんな顔をさせる
つづく