サキサキのバレンタインは色々まちがっている。   作:なごみムナカタ

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すっごい間あいちゃいましたがわたくしは元気です。

気付けばアニメ俺ガイル完がもう10話まで……
やっぱりサキサキの出番少なくて泣ける。1話がピークだった。
むしろ1期になかったサキサキの代名詞『川崎、愛してるぜ‼』が盛られた分、今までより救済されてるとも言える。


2020.12. 6 台本形式その他修正。


35話 その濁った瞳は自己を映す鏡と成す。

「⁉ なん、で……」

 

 声に出た。そんなつもりはこれっぽっちもなかったのに。

 言葉が零れた後、しまったという表情も滲ませ失敗の上塗りをしてしまう。

 

『わたしに隠し事なんて出来ないって言ったよね?』

 

 雪ノ下陽乃は恐ろしく綺麗な顔と反比例する酷く意地悪な笑みを浮かべ呟いた……ような気がした。俺の心が作り出した妄想に過ぎず、だが存外嵌まり過ぎる強固なまでの雪ノ下陽乃というイメージ。

 

「‼」

 

 反射的に川崎を見るがその表情は驚愕そのもので、とても情報を漏らしたようには見えなかった。そもそも戸部じゃあるまいし川崎がそんなことするはずがない。小さく首を横に振り潔白だと訴えている。

 では何が考えられる? 川崎のチョコを食べた時に同席してたのは四人。川崎と大志とけーちゃん、そしてもう一人……。

 

(…………小町か)

 

 表情に出さなかったつもりだが、それでも陽乃さんにはうすうす見破られているかもしれない。今はこれ以上、考えないことにした。

 

「……そっか、沙希のチョコ……食べたんだ」

 

「……まあな。ちょっと事情があったっつーか、成り行きだな」

 

 捨てられた仔犬の如きか細い鳴き声を連想させる由比ヶ浜の呟きに対し、咄嗟に取り繕ってしまう。

 

 ハッとなって横を見る。

 隣に居る川崎が今の言葉を聞き逃すはずもなく、その表情は憂色に染まっていた。

 

 ……なんだよ、お前ら。

 誰のチョコを食べようと俺の自由だろうに何故そんなことを気にする?

 いや、奉仕部でチョコを受け取るとき順序で優劣を気にしたのは他ならぬ俺だった。

 

 因果応報。

 身から出た錆。

 

 数多在る言葉が俺を責め立てているような感覚に陥る。

 いや、間違いがあれば自身の至らなさや要因を見つけ、決して他者を責めようとしないのが比企谷八幡という人間だったはずだ。

 

 ――――なのに。

 

 今この瞬間(とき)ばかりは胸の奥で沸き立つ感情がそれを是としない。

 困惑と、ほんの少しの哀感、そして胸を焼く怒り。それら様々な感情が綯い交ぜとなって形作られ生み出された他責の念。

 このひと(陽乃)に揶揄われるなんて珍しくもない。むしろ出会ってしまえば漏れなく振り回されてきた実績しかないまであるのに、今日に限ってこんなにも狭量なのはどうしてか。

 

 原因にはいくつかの当てがある。

 

 由比ヶ浜、お前は何故カップル割を、しかも相模達に喧伝するような真似をした? 去年の夏祭りで起きた事件を忘れたわけじゃないだろう。お前は優しい奴だと思っていたのに、あそこまでしてからの逃亡は俺にダメージを与える為の敵性行動と捉えられても文句はいえないぞ。

 

 川崎、お前はどうしてカップル割を由比ヶ浜に譲った? 俺を救ってくれたことには感謝しているが、俺に向けられた幾度かの言葉(告白)は偽りだったのか? そんな疑念を抱くほど一貫性のない支離滅裂で不可解な行動だぞ。

 

 お前達は俺の理論では解析不可能な難問をぶつけ散々心かき乱すだけでは飽き足らず、そんな態度で今もなお俺を責め立てるのか。

 そうしてささくれ立った感情を更に逆撫でする目の前の仮面を着けたこの(陽乃)に、強い憤りを覚えていた。

 

 その陽乃さんを俯き加減で盗み見ている由比ヶ浜。今度は結託か、一体何を企んでいる。一度支配された不信感は簡単に拭うことが出来ず、警戒レベルがどんどん上がっていく。陽乃さんも由比ヶ浜にそれとなしに目配せすると、徐に席を立ってこう続けた。

 

「さてっと。あんまり三人の邪魔しても悪いし、そろそろお暇しようかな」

 

 それを聞いて思わずふっと漏らしてしまう。

 あんたは俺達、特に雪ノ下にちょっかいを出すことに生き甲斐を感じているような人ではないか。そんな人の口から零れる科白としては些かどころか途方もなく不釣り合いだろう。

 

「む、なにかなー、その笑い。君ってホントに失礼だよね。罰として駅まで送ってってもらおうかな。あ、でもそれって罰というより御褒美かな。こーんな美人なお姉さんをエスコートできるんだから」

 

「は?」

 

 この方は一体何をおっしゃっているのだろう。誰もがあなたを見て憧れ羨み好きになるとでもいいたいのか。

 

 ……はい、なりますね。

 『誰もが』という部分を『大抵の人が』と置き換えれば。

 そしてその大抵の人の中に俺という例外は含まれない。

 だから、決して魅了されてなどいない俺がこの人を送る理由としてこう告げるのだ。

 

「帰ってくださるなら喜んでエスコートさせていただきますよ」

 

 皮肉を隠さない実に俺らしい言い回しで了承した。

 

「ほーんと、可愛くない」

 

 そう口にする陽乃さんの表情は楽し気で言葉との乖離も甚だしい。その表情で一体どんなことを企てているのか。駅までの道すがら何を仕掛けてくるのか。きっと俺には想像だにできないのだろう。

 そんな怖さしかない帰路に着く俺の頭には自然とドナドナが流れていた。

 

 

      ×  ×  ×

 

 

《 Side Haruno 》

 

 

 ゆっくりと駅に向かって歩くわたしは様々な人達とすれ違う。犬を連れて散歩する女の子、子供の手を引く母親、恋人の手を握る男の子。わたしとその後ろを三歩ほど離れてついてくる男の子は他人にはどう見えているのだろう。

 目付きが悪い妹の同級生……比企谷八幡は嫌そうな顔を隠そうともしていない。それもそのはず。歩き始めてからずっと絡み続けているのだから。

 

 いつもならわたしのタイミングで適度に揶揄って比企谷くんが返すそれなりに節度弁えたやり取りなのに、今のわたしは傍から見たら酔っ払いが絡んでいるくらいのくどさ。酔ってるときと同様に後ろから自分を見つめる冷静な自分が雪ノ下陽乃をそう評する。

 

 …………

 

 …………

 

 ……やばい

 

 わたし、なんか浮かれてる?

 

 二人きりで会うのが雪乃ちゃんの進路の答え合わせをした時以来だからだろうか。いや、それもあるけど本懐はおそらく手にした袋のせいだろう。

 バレンタイン当日は時間が作れなくて会いに来れなかったけど、以降も総武高に二度顔を出して会えず仕舞いだった。

 確実に会うのなら以前のように直接携帯に電話すれば済む話。あえてそれをしなかったのは偶然を装った出逢いを演出したかったからかもしれない。わたしにそんな少女趣味があるとは自分でも驚きだ。

 結局、雪乃ちゃんとの電話を足掛かりにするという偶然には程遠いシチュエーションだが、それでも存外高揚しているのが自分で分かる。

 

 手にした紙袋には緑色(・・)のラッピングがされた箱が収まり、新たな持ち主へ渡されるのを今か今かと待ち望んでいる。残念ながら赤色(一号)黄色(二号)はその願いが叶わなかったが。

 

(二日連続であんなにチョコ食べたりしてお肌荒れないかしら。荒れたら比企谷くんに責任とらせてやるんだから)

 

 14日も過ぎてたし、一号二号を大学の友達に上げて面倒な誤解を生むのも避けたかったから自ら処分(味見)した。手作りで保存料が入ってないとはいえ一日で傷むものでもなく、作り直す必要があったかと言えばノーだ。

 

(ま、実際食べきってみて味とか満足感の改良点が分かったから無駄とまではいえないけど)

 

 一号を食べ二号を、二号を食べこのチョコを、と過去作の欠点を補い完成度が増したバレンタインチョコ。

 きっと比企谷くんは嫌そうな顔をしながらわたしの見えないところでこれを口にして、来月になったら何食わぬ顔でそれとなしにお返しを用意してくれるのだろう。そんな明確なビジョンが浮かび上がり忍び笑いを漏らしてしまう。

 

 その満悦も比企谷くんを連れて来た目的を思い出し現実に引き戻された。

 比企谷くんと二人きりになる後押しをしてもらう為、ガハマちゃんに目配せして実現させたその目的。

 

 コンペ景品の授与式であるディスティニーランドのペアチケットを贈呈すること。

 

 図らずも食べたチョコのことを静ちゃんから聞けたが、その情報は川崎ちゃんのを最初に食べたと断定できるほど詳細ではない。ならばと牽制代わりにカマをかけてみると比企谷くんはあっさり認めてしまった。

 彼は用心深く、小狡くて、言葉遊びも得意だから、もうちょっと抗うと思ってたのにこんな簡単に尻尾を掴めたのはなんだか拍子抜けした。

 

 そういえばコレ、どうやって渡せばいいんだろ。川崎ちゃんのチョコを食べたせいで端無くも難題として降りかかった。

 

 普段の言動から、雪乃ちゃんと行って来なさい、ならまだしも、今日初めて自己紹介した仲の川崎ちゃんと行くのを勧めるなんて不自然で何か企んでるのかと勘繰られそうだ。それでなくても比企谷くんは怯えた野良猫よろしくわたしを警戒しているのに思い通り事が運ぶなんて楽観的にもほどがある。

 

 待てよ。元々コンペのことは比企谷くんに言うつもりがなかったんだし、一層のこと何も言わずチョコと一緒に渡しちゃうのはどうだろうか。そんなちょっとした妙案(悪戯心)が頭を擡げた。

 

 比企谷くんが受け取るかどうかは置いといて、こう渡されたら誰と行くかは本人の意思に委ねられるだろう。変に律儀な彼なら受け取らないか、受け取っても十中八九小町ちゃんと行くだろうけど。万が一、いえ億が一、それ以外の選択が生まれるとしたら……。

 

 

 ……もしかしたら渡した人をお返しとして誘ってくれるかも……

 

 

 

 

 

 ……やっぱり今日のわたしは何処かおかしい。そう自覚してると後ろから声をかけられた。

 

「……小町に連絡したんすか?」

 

「へ? 小町ちゃん? ああ、小町ちゃんね、したした、したよ?」

 

 考え事と不意の問い掛けで思う様な返しが出来ず、ただ素直に答えてしまう。突然小町ちゃんのことを持ち出されても瞬時に返せたのは考え事(コンペ)の中にちょうど含まれていたからだ。

 奉仕部に立ち寄り雪乃ちゃん達と話している途中、電話したのが想起された。結局、小町ちゃんからはなんの情報も得られなかったので徒労だったが。

 

 そういえば比企谷くんはどうしてそれを知っているのだろう。小町ちゃんから聞いたんだろうか。だとしたらやっぱりシスコンなんだね。そうやって気軽に話せる関係にちょっとだけ憧れちゃうよ。

 

 そんな想いが、不用意にもつい口から漏れ出てしまう。

 

「いいなあ、仲良くて。わたしも雪乃ちゃんに相談とかされたーい」

「……普段からお姉ちゃんしてないあなたに相談なんて雪ノ下もしづらいんじゃないですかね」

 

 ……え?

 

 今なんて?

 

 横目で比企谷くんを捉えるも表情までは窺えない。

 内容自体は皮肉屋な彼が口にしてもおかしくないものだったが、いつもの調子とは程遠い攻撃性を含んだ声音にわたしの心臓は大きく跳ねた。

 しばしの沈黙。なんとか我に返ったわたしは彼に動揺を気取られぬよう(おど)けた口調でいつも通り接する。

 

「へ、へぇー、こりゃお姉さん一本取られちゃったかな。君はいつも『お兄ちゃん』してるもんね」

「そうですね、そんなお兄ちゃんに対しても不義理(情報漏洩)で応えるんですから雪ノ下さんの気持ちも分からんではないです」

 

 ん? いまのひょっとして小町ちゃんのこと?

 

 一瞬、理解が追い付かなかった。それは比企谷くんの口から発せられる言葉としてあまりにも異質であったから。縦しんば小町ちゃんを腐したとしても最後は誉め称すまでが彼のテンプレ。でも今の声音には冗談など一片たりとも含んでいない。

 

「……比企谷くんにわたしの何が分かるのかな?」

 

 凄んではみたものの、内実は己を奮い立たせる強がりに過ぎない。

 その証拠にすぐ後ろをついてくる比企谷くんがいま一体どんな表情をしているのか、知りたくもあるのに怖さが先立ち目を合わせるのを躊躇っていた。

 

 そんなわたしの気持ちを意に介さず続く声。

 わたしの知らない比企谷くんの織り成すアイロニー。

 

「……貴女こそ本当は分かってるはずでしょう」

「え……?」

 

 いつもはぽしょぽしょと囁くような細く暗い声。今日のそれは負の感情を纏う昏い声と評すべきか。得体の知れないソレがわたしの背中に覆い、憑いてくる。

 

「雪ノ下にちょっかいをかけるのは妹を想う兄心(このかみごころ)からじゃなく、もっと醜い感情からだということが、ですよ」

 

 その一言がわたしの心臓に痛いほどの鳴動を引き起こし咄嗟に振り向いてしまう。

 正対すると濁った目がわたしを捉える。

 目を逸らすことが出来ない。

 まるでその目に魅入られてしまったのかのように。

 

「……なにを言うのかな君は。わたしは雪乃ちゃんの為を思って……」

「そしてあなたの為でもある」

 

 比企谷くんの声音には強い意思みたいなものが感じられた。まるでわたしの心を見透かすように、見てきたように断定する。

 

「雪ノ下さんって地元の大学でしたよね」

 

 突然、話題をがらりと変えられた。比企谷くんの意図が読めず頭が付いていかない。

 

「でもご自身の学力からしたら不満だった。と、これは貴女の弁ですよ」

 

 去年、夏祭りに父の名代として出席したとき偶然比企谷くんとガハマちゃんに出会い、つい口にした言葉。わたしに思い当たるのは当然としても、比企谷くんが覚えていたのは意外だった。

 

うち(進学校)で学年首席の雪ノ下が憧れる貴女なら本来どこの大学にでも入れたのに、どんなことでも学べたのに」

 

「……何者にでもなれたのに、貴女の両親はそれ(自由)を与えなかった」

 

「…………‼」

 

「両親が与えたのは自由とは真逆な『後継者』という名の束縛だった。いや、それが当たり前だと思えるよう諦念を植え付けられ育ってきたんでしょう」

 

「……知った風な口を利くじゃない」

 

 言葉とは裏腹に、わたしの身体は強張り芽生えた恐怖は加速度的に増大していく。

 

「……たった数年早く生まれたがために、その束縛は雪ノ下ではなくあなたに向けられた」

 

「…………」

 

「何となくですが貴女は雪ノ下と本質は同じで群れを嫌うタイプなんだと思います。そんな貴女が、対外的に後継者をアピールする為とはいえ名代として各所の挨拶回りなど全てを任されるのは想像以上に辛かったんじゃないですか?」

 

「…………」

 

「出会う大人は二心あり、見たくもない腹の内を探り合う欺瞞の世界。いつぞやの『本物なんて、あるのかな……』って呟きはそこに浸かった経験が言わせたのかもしれませんね」

 

 冷たい汗が身体中からぶわりと溢れ出す。

 軽口を叩いて往なす余裕もなく、抗えずに耳を傾けてしまう。

 

「そうした貴女の犠牲が妹の選択肢に繋がった。だが、それ(選択肢)に見向きもせず貴女の後を追いかける妹。貴女のお古に慣れ切ってしまった妹は自己を確立できないばかりかこの身を挺して作ったチャンス(自由)を棒に振ろうとしている。そんな妹に内心苛立ちを感じていたんじゃないんですか?」

 

 わたしのもやもやが言葉として形を成していく。

 

「翻って雪ノ下はどうでしょう。海外留学のみならず、まだ高校生なのに母親の反対を押し切っての一人暮らし。そんなふうに甘やかされてきた妹がさぞ妬ましかったでしょうね」

 

 やめて……

 

「だから雪ノ下の成長を促す為にとちょっかいを掛けたのはあなたの為。その苛立ちが漏れ出た結果であり……」

 

 もうやめて…………これ以上は……

 

 

 

「……妹の苦しむ姿を見て溜飲を下げていたんじゃないんですか?」

 

 ドサッ

 

 手にした紙袋が地面に落ちる。

 こんなモノ(チョコ)も支えられないほど今のわたしには力が湧いてこない。

 

 

 

 ……気付かぬように目を逸らし、触れないように秘めてきた。

 

 けど隠し切れずに暴かれた。

 

 比企谷くんの瞳に映るわたしは酷く濁り、曝け出された醜い感情を具現した相応しい姿だ。

 

 醜い己の姿を見て居た堪れなくなったのか、彼から逃げるように駅へと走り出す。

 

 結果的に目的は果たしたものの、日付も過ぎ直接渡せてもいない。

 全くもって意に適わぬ最低のバレンタインデーとなった。

 

 

 

つづく




あとがきっぽい活動報告はこちら→https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=246330&uid=273071

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