サキサキのバレンタインは色々まちがっている。 作:なごみムナカタ
前後編の二つに割ったのですごく短いですが、文字数増やすのが目的ではないので、この際気にしないことにしました。
18話『一人だけ、心躍らぬコンペティション。』終盤の続きと
21話『そして、堕天の使は策謀する。』終盤の続きです。
後編は48話の後(三章と四章の間)くらいに投稿する予定。
第三者視点となります。
次の投稿したらこの話は二章と三章の間(37話の次)に移動させます。
37.5話 Interlude【Kawasaki family I】Feb 15th 16th
~Feb 15th~
布団の中から幼い少女の穏やかな気息が聞こえてくる。
『はーちゃんが赤い車でむかえにきてくれて嬉しかった』
『いっぱい遊んでつかれた』
少女の顔はそう語り、満面の笑みで眠っている。
布団からちょこんとはみ出た手を握る女性はその表情を見て安心したのか、そろりと手を離してバスルームへ。
その人物は年若いポニーテールの女性ではなく、幼い少女の母親であった。
本来、それが正しい。
……というのは世間一般の話であり、こと川崎家では違っていた。
川崎一家は私営団地に暮らす五人家族だ。長女は高校生で長男もこの春から高校に進学する。普通と少し違うのは、いま布団で眠っている幼い次女がまだ保育園に通う年齢であるということ。
長女――沙希との歳の差は13歳ほどで、下手をすると親子として成立するだろう。保育園にお迎えに行った沙希を初めて見た保育士は決まって同じ反応をした。
『お母さん、お若いですね』
その言葉に引き攣った笑顔で答える。
制服姿ならと期待もしたが余計に奇異な目で見られてしまい、それから沙希は開き直るようになった。
どうして沙希がそうせざるを得ないか。それは幼い少女を寝かし付け、今は入浴中の母親、強いては両親にある。共働きで忙しい両親に代わって家族が迎えに行くのは自然の成り行きだろう。
一般的な家庭より子供の多い川崎家は暮らしにあまり余裕がなく、特に来年から大学進学予定の長女には学費がかかる。
母は湯舟に浸かりながら今日あったことを振り返っていた。
熱で早退した沙希を平塚先生が車で送り届けるばかりか、京華のお迎えまでしてくれたこと。
大志の友達である比企谷小町が家族の夕飯を用意してくれたこと。
そして、小町の兄・八幡が沙希を助けてくれたこと。
特に最後のは大志が無自覚に喋ってしまったようだが、親としてはヒヤヒヤさせられた。なんせ同席していたのは沙希の教師であり、済んだこととはいえ内容は年齢詐称と法令違反。
結局、事なきを得たものの、目を瞑ってくれるかはこの人の人柄次第であったからだ。同時に、母親でありながらどれだけ沙希に無関心であったのかと悔恨する。
しかし、収穫もあった。それは湯上りに沙希の具合を見に行き確信へと変わる。
沙希は今まで一度として他人を家に招いたことがなく、身内にしか関心を向けて来なかった。そうならざるを得ない環境を作ってしまった親の至らなさに歯噛みしながら、密かに心配していたのだ。
そんな娘に比企谷兄妹と平塚先生が来て色々と骨を折ってくれた話をすると、家族ですら今まで見たことのなかった表情をする。
――沙希に大切な人が出来たのだと直感した。
こんな顔を向けられる八幡に少しの嫉妬と、それ以上に喜びを感じていた。
この日、夜遅く帰宅した夫に労いの言葉をかけて夫婦は一時の安らぎを得る。
「皆はもう寝たのか?」
「ええ。特に沙希は今日熱出して早退してきたから、ちゃんと寝てもらわないと」
「……そう、か」
夫の反応で連絡を失念していたことに初めて気づいた。申し訳なさから、今日あった出来事をいつも以上に細かく話す。
最近、こうやって一日の終わりに会話をすることが減っていた。京華が産まれてからその傾向が特に顕著である。これから長男は高校生になり、長女が最もお金が必要となる大学進学を視野に入れるなら準備をしておかなければならない。今まで以上に働きに出て貯蓄をしなければならない。ゆったりとした時間を作れることはそれだけで贅沢なのだ。
京華が産まれてからは前より長く仕事に出られたのは僥倖だった。というのも産休の間、沙希と二人で京華の面倒を見ていたことが起因する。
母親が妊娠する前から既に家事の多くを手伝っていた沙希は、赤子の世話もすんなりと順応する。特に育児において最も悩みの種となる睡眠不足が、母親と沙希の二人で当たることにより極端に軽減されたのは大きかった。
お陰で存外に職場復帰が早まり、家計へのダメージは最小限で済んだ。しかも、沙希はその後、公立の総武高校に合格する。
家内と家計の両方を助ける出来過ぎた娘が、今日初めて友人を――いや、大切な人を連れて来た。
彼女は興奮のあまり、つい事の顛末を話してしまう。
八幡と沙希の馴れ初めを。
これが川崎家にとって間違いの始まりであったのだ。
× × ×
~Feb 16th~
布団の中から幼い少女の穏やかな気息が聞こえてくる。
『今日もはーちゃんがむかえにきてくれて嬉しかった』
『めぐめぐはすごく優しくて好き』
『あしたはプリキュアみにいくの楽しみー』
少女の顔はそう語り、満面の笑みで眠っている。
大志はその寝息を確認すると、読み聞かせていた本を静かに閉じて部屋を後にする。
保育園のお迎えで初めて出会ったにも拘らず、本物の姉妹かと見紛うほどに京華とめぐりの関係は良好であった。
そのせいか、母親は家庭の事情をめぐりに打ち明けた。傍で聞かされていた大志は身を縮ませていたことだろう。姉に対する罪悪感が動機となって京華を寝かし付けたのかもしれない。
沙希はまだ体調が良いとは言えず、三人を車で送り届けた母親が戻る頃には眠りについていた。
「……ただいま」
「お帰りなさい、今日もお疲れ様」
大黒柱の帰宅に母が労う。
明日は比企谷兄妹と奉仕部の面々が家に来て、大志の合格祝いをしてくれる予定となっていた。寝不足にならぬよう早めに就寝するつもりだった大志だが、仕事で遅くなった父親を無視して部屋に引っ込むほど薄情ではない。
「父ちゃん、お帰り」
「おう、ただいま。……大志、ちょっと話したいことがある。先に風呂を済ませてくるから悪いが起きて待っててくれ」
「え、う、うん」
珍しい父の誘いに目を丸くする大志。いつも忙しくしている父親とは、まともに話せる機会が取れないのが道理だ。父親と話し慣れてない彼にとって、どんな話か予想もつかない。
入浴が終わるまで起きていなければいけなくなった大志は、時間潰しに自室へ行こうとした矢先、父親に呼び止められた。
「話す前にこれだけは言わせてくれ。……合格おめでとう、大志」
「‼ う、うん、ありがと」
父の祝辞に昂揚する大志を他所に、傍らにいた母の表情は暗かった。
その理由は、後の話し合いで知ることとなる。
つづく