サキサキのバレンタインは色々まちがっている。 作:なごみムナカタ
2019.12.25 書式を大幅変更。それに伴い、一部追記。
《 Side Saki 》
もう一度ドアの前まで来てノックをしようと試みていると、中の会話が漏れ聞こえてきた。ドアも壁も意外と薄いね、総武高校の校舎って。
『やはり八幡といったところかしら』
「‼」
(い、いまの雪ノ下の声だよね? は、八幡って……二人はいつからそんな……)
一瞬、眩暈がして数歩後退りしたところに誰かから声がかけられた。
「おや、川崎じゃないか。部室の前でなにをしているんだね?」
「あ、平塚先生、べべ、別になにも!」
「何か依頼でもあるように見えたがね」
「きょ、今日はこの後予備校あるんで失礼します!」
どうしてかは自分でも分からない。でも今ここに居たくないことだけは分かる。
あたしは逃げ出すようにその場から走り去った。
―図書館―
予備校までの時間、勉強するつもりで来たが全然頭に入ってこない。少し問題を解いては手を止め、奉仕部から漏れ聞こえた内容を惟る。
(まさか雪ノ下が……同じ部活で親しいのは分かるけど、比企谷ってああいうのが好みなのかな……)
雪ノ下雪乃――奉仕部の活動であたしの深夜アルバイトを比企谷達と共に辞めるよう説得しに来た時からの知り合い。
親身に、と言えば聞こえはいいが正直、その時のあたしにとっては余計なお世話だった。
事実、雪ノ下があたしに対して出来たことは何一つなかった。あたしのことを、家族のことを第一に考え、一切しこりの残らない理想的な解決が出来たのは比企谷だった。
前に予備校でその時のお礼を言ったが『依頼だったから』『俺はなにもしていない、スカラシップはお前の実力だ』などと返されまともに受け取ってはくれなかった。
依頼でしたからといって感謝される資格がないっていうの?
警官や消防士ら人助けが職務の人間には助けられて当然と思えというのか?
そもそもただの部活にそれほど強い義務などない。そんな部活動であいつはあたしを助けてくれた。それは誇れることだし、お礼もちゃんと受け止めてほしかった。
それにスカラシップがとれたのがあたしの能力だったとしても、そういった制度を認知していない人間にとってはそんなの関係ない。知らなければその制度をつかえないのだから。
だから、解決してくれたのは紛れもなく比企谷の力あってこそだ。
(……やっぱりその頃くらいから気になってて、文化祭の時のあの言葉で一気に意識しだしたんだろうね……)
『愛してるぜ! 川崎!』
信じられないのは、あれが合いの手を入れるような、冗談にも似た一言だって分かってるのになかなか動悸がおさまらない事実。
(……でも)
(あいつは雪ノ下を……)
(…………)
流れるように美しく長い黒髪に女性らしい華奢な細身、整った顔立ちの大人びた美少女で学力テストでは常に学年一位をキープする才色兼備を地で行く娘。
(確か料理でも何でも大抵のことはできるっていう本物の天才みたい……確かにあたしなんかが勝っているのは髪の毛の長さと…………胸くらい?)
(あたしに出来ることなんて雪ノ下だって出来る。そう考えると鬱屈してしまう)
(……それに、由比ヶ浜結衣)
同じ奉仕部で比企谷流に言うならトップカーストの一人。
誰にでも好かれる人懐っこい性格と笑顔、正直あれには分が悪い。多分、あたしと真逆……不器用でぶっきらぼう、人を寄せ付けない可愛げのないあたしとは。
二年になって始めの頃はちょっと周りを気にしすぎてビクビクしていた印象もあったけど、今ではそれもなくなり益々魅力的になったように見える。
(スタイルもいいし、ここでのアドバンテージはあまり稼げないんだよね)
暗澹とした気持ちの中、手元のチョコに目をやる。昨夜一生懸命作った記憶が、その時の気持ちと一緒にフラッシュバックする。
(……そうだよ……
ずっと考えてる内に予備校の時間が近づいてきた。どうせ今のままじゃ勉強に身が入らないし、ちょっと早いが移動しよう、そう思い片付けて駐輪場へ向かう。
しかし、今日中にチョコを渡す機会が家に直接行く以外、ほぼ閉ざされたのは完全に予想外だった。どうでもいいことを気にし過ぎて本懐を遂げ損なってしまう。
(あ、予備校といえば……比企谷、同じ講義かな……だとしたら帰りとかに渡せるかも)
新たに思い浮かんだ機会に自然と足取りが軽くなる。その足であたしは駐輪場へ到着した。
《 Side Hachiman 》
―駐輪場―
今日のチョコラッシュに浮足立って予備校を忘れるとは迂闊だった。人生初のインパクトが正常な思考能力を失わせる。
だが、気付いたのが早かったので急ぐ必要もなくちょうどいいくらいだ。校内で自転車に乗るわけにはいかないので、自転車を押して校門を目指す。
「せんぱ~い」
(…………)
「せ~んぱ~い」
振り向くな。まだどの先輩なのか明示されていない。ここで振り向いて違ったら『え、なに? 振り向いて自分が呼ばれたと思ったんですか? 自意識過剰でちょっと気持ち悪いからレーシック手術で目の濁りをとってから出直してきてください。ごめんなさい』とか言われそうだから振り向かない!
あれ? レーシックってそんな効能あったっけ? あるならやりたいな。おいくら万円?
「せーん、ぱーい‼」
「ぐお⁉」
一色が後ろから背中に抱き着いてきた。想像以上に勢いが強かったのと、後ろからだったのでその勢いの程度が測れなかった為、押していた自転車ごと倒れてしまった。
俺の身体をクッションにしたようで一色は大丈夫そうだが、ペダルとかハンドルの突起が刺さったらどうするんだ。
「どーして無視するんですかー?」
「いてえって! 自転車倒れただろうが! せんぱいせんぱいってお前一年だしそこら中に先輩いるだろ。間違って振り向いて俺のことじゃなかったらとんだピエロだわ。お前は俺の黒歴史製造マシーンかよ! 雑用製造マシーンでもあったわ! いや、むしろ『多目的比企谷運用負担製造マシーン』だな!」
「ついでに『身体を張って後輩を守る先輩製造マシーン』も付け加えてくださいね」
「なんでそんな悪びれもせずに追加できるの? 皮肉と皮肉の上にもう一つ乗せるとかどれだけサービス精神旺盛なのよ! 痛風になっちゃうよ? 肉だけに」
「冬の季節を暖かく感じさせてくださる先輩のジョークって素敵ですよね。二酸化炭素の排出もないので温暖化の心配もないから地球にも優しいです」
「あれ? それあれだよね? 相対的に暖かいって意味だよね? 冬よりも寒い俺のジョークってディスってるよね? 地球規模で話してくるとか、この惑星レベルに寒いって貶してるよね?」
「もー、つまらないことは気にしないで。それといつまで倒れてるんですか。他の人達の邪魔ですよ?」
そう言いつつ既に立ち上がっている一色は手を差し延べてきた。
「お前が押し倒したんだろうが……」
せっかく差し延べられた手だが、スルーして立ち上がり埃を払って自転車を起こす。それが不満だったのかあざとく頬を膨らます一色。
確かに差し出した手が取って貰えないのは握手を拒まれるのと同じくらい屈辱的かもしれないが、こんな校門前の目立つところで後輩女子に引っ張り上げられたりしたらそりゃもう噂になりますよ。特に相手は目が腐ってますし?
っていうかここまでのやりとりが目立ち過ぎてて手遅れな気がしないでもない。
「で、一体何の用だ? 言っとくが今日は予備校だから冗談抜きで予定は空いてないぞ」
「やだなー、先輩。そんなに警戒しないでくださいよ。とりあえずここじゃ目立つから歩きましょっか?」
「……既に手遅れなんだよなー……」
まだ時間に余裕もあるし、とりあえず一色の言う通り、自転車を押しながら一緒に下校する。
俺達二人を追う視線には気付かなかった。
「先輩は今日何の日かご存知ですか?」
「……まあな(ああ、やっぱりそれだよな)」
「……先輩はぁ……いくつくらい貰ったんですか……?」
⁉
なにこれ、なんて表情で訊いてくんだよ、あざといくせにドキッとしちまったじゃねえか。
「……あー、はいはい、あざといあざとい」
「ちゃんと答えてください~」
「バッカお前、俺だぞ? 小町からの一個に決まってる」
「先輩、嘘が下手ですね。それにわたしさっきまで奉仕部に行ってて確認済みですから」
「それじゃなんで訊くんだよ? ただ俺が恥ずかしいだけじゃねえか」
「どうせ正直に答えないだろうと思って試しに訊いてみただけです。正解でしたね、捻デレ先輩」
「え、その捻デレ先輩って誰のこと?」
「はぁ……もういいです。それより、先輩甘いもの好きですよね?」
「実はマッ缶以外の甘いものは……」
「はいダウトー! ってかバレンタインイベントとかその前に相談に行った時にも話してますよね、甘いの好きだって? どうしてそう意味のない嘘つくんですか」
「嘘って分かる質問なら最初からすんなよな……まあ、話が進まんから本題から入ったらどうだ?」
「ぶー 情緒がないじゃないですか、いきなり本題とか。仕事でも挨拶からワンクッション世間話してそれから本題ですよ」
「残念だったな。俺は専業主婦志望だから仕事の進め方テンプレなんぞ無視するぞ」
「まあ、そもそもこの会話って仕事じゃないですしね~。仕事だったらちょっと悲しいじゃないですか~」
(え、なにそれ? 勘違いしちゃうじゃん。プロぼっちだからしないけど)
「で? ホントはチョコいくつ貰ったんですか?」
やり過ごしたと思っていたがやっぱり許してくれないようで追及はまだ続く。
「……じゃあ当ててみろよ」
「おっ? 先輩らしくない返しですね。いいですよ~。じゃあ当たったら何か奢ってもらえるってことでいいんですね?」
「今の会話の中のどこに奢る要素があったんだよ、お前あれか? 俺と違って目じゃなくて耳が腐ってるんじゃないのか? もしくは脳」
「可愛い後輩に向かって減らず口が過剰ですよ。奢りがご飯から、ご飯プラス映画にランクアップされました」
「ええ……? まるでお前そのものが法じゃんかよ、それ」
「とにかくクイズスタートです。ノーヒントはさすがにつらいので、いくつか質問しますから」
「はぁ……勝手にしてくれ」
「ではですね、チョコはいくつ貰いましたか?」
「あれ? それ答えじゃね? 自白させて奢らすとかそれもう恐喝か強盗が成立するよね?」
「冗談ですよ」
「そもそもノーヒントでも俺なんだし小町からの一個と奉仕部行ってカンニングしてる分あわせりゃ十分な確率で正解できんじゃね?」
「そうとも限らないんですよね~、実際今日が来るまで先輩は妹さんの一個っていうのが解答だったはずですけど、わたしが確認しただけで奉仕部から三つもらってますよね?」
「…………」
「そこは別に答えていいじゃないですか~」
「……ああ、確かに奉仕部の二人と先生から貰ったな」
「妹さんからも貰って四つですよね?」
「…………ああ、そうだな」
「……んん? いまちょっと考えましたよね? 理系が苦手って言っても1+3がすぐにでないわけないですよねえ?」
うおっ! 一色鋭い! 小町からは貰えるはずだけどまだもらってないからカウントするかどうかの一瞬の葛藤を勘付かれた。
「むむ……もしかして、妹さんからまだ貰ってないんじゃ……それで加算してもいいか迷ったのでは……ってことは最低でも三つ……」
「…………」
女の勘こええ! これ、当てちまうんじゃねえか?
いや、今日は俺の人生確変が起こってのチョコラッシュだ。どんなに高名な占い師であろうと言い当てることは不可能。
ただ小町とこのクイズをしたら当てられそうなくらい俺達は通じ合ってると心の中で言っておこう。口にするとシスコンすぎて通報されるからな。
「…………」
「…………」
「……先輩、ちゃんと答え合わせはしてくれるんですよね? 口頭でいくつって言われても虚偽の可能性ありますし。それとちゃんとしたバレンタインチョコのみでカウントしてくださいよ? 普通のチョコとか数に入れるのダメですからね?」
「そうだな、前提条件を設けないとフェアじゃないよな。奢るかどうか賭かってるし。わかった、答え合わせの時に持ってるチョコを見せてやる」
戸塚チョコはダメか……戸塚……戸塚よ……
「よーし、言質はとりましたよ! では雪ノ下先輩と結衣先輩と平塚先生で三個は確定として、他がいくつなのかが問題ですね~」
口元に人差し指を当てて考えてる姿はなんてA・ZA・TO・I‼
「……せぇんぱぃ」
「な、ななな、なに抱きついてんだよ⁉」
「……ちょっとだけ……このままでいさせてください……」ドキドキ
ななな、なんだ⁉ なんですか⁉ 告白か⁉ 告白なのか⁉ 告白だよね⁉
でもはちまんは騙されない! 何故なら俺はプロぼっちだから‼ こんな局面はいくつも潜り抜けてきた本物のボッチ!
俺は過去の黒歴史に支えられ、訓練を積んだ真のぼっち! だから騙されない! 後輩のあざとさのない素の表情などに……ってそれ騙してないじゃん、ホンモノじゃん‼
「目立ちすぎだから、せめて脇道に逃げ込ませろ」ドキドキ
「……はい」ドキドキ
「…………」ドキドキ
「…………」ドキドキ
「…………」ドキ…
「…………」ドキ…
「…………」
「…………」
「…………おい、いい加減そろそろ」
「……下駄箱」
「なに?」ピクッ
「……教室」
「?」
「……中休み」
「……おい、一体……?」
「……昼休み」
「……」ピク
「…………」スッ
ようやく一色がホールドした腕を外すとちょっと顔が赤くなっている。いや、おそらく俺の方が真っ赤だろう。それにしてもなんだったんだ?
いつもと違う雰囲気。冷静でない俺のせいでそう感じるのかもしれない。
一色は俯き右手を自分の顎に当てて、何かを考えているのか、そして何か呟こうとしていた。
「……五個……かなぁ……?」
「…………」ドキッ!
なにこれ、マジで俺サトラレなんですか? それとも身体密着させたら記憶読まれるとか一色ってパク〇ダだったんですかね?
……ん? 身体を密着させて……あ、こいつ!
「近いみたいですね……五個か六個かな……どっちだろう……?」
「……お前それはずるいぞ、人間ポリグラフはなしだわ」
「あれ? 気づいちゃいました? 先輩なかなかドキドキがおさまらないから必要以上に抱きつき続けちゃいましたよー。あれ~? 勘違いしちゃいましたか?」
「するか、あざとビッチめ!」
「(別に勘違いしちゃってもいいのに)」
「あ? なんだよ?」
「べつにー。でも、最後の五個、六個の時に『いろはすポリグラフホールド』しなかったんですからフェアじゃないですかね?」
「どこをどう解釈すればフェアなんて言葉がでてくんだよ! それとなんだよ『いろはすポリグラフホールド』って。遠い昔に流行って2世まで続いた超人マンガの必殺技かよ」
「訳の分からないことを言って気を引こうとしても、わたしが生まれる前からやってたマンガのことなんてやっぱり分かりませんから、もっと女子高校生が分かるマンガで口説いてください。ごめんなさい」ペコッ
「口説いてねえから。お前から何とかホールドとか言い出したんだろうが……」
訳の分からんいつも通りの振り芸が終わるが、クイズの方はまだ続いていてニアピンまできてる。
最後の二択勝負! 確率は50% でもこういう運試しの賭けに弱いのが俺で、逆に強そうなのが一色なんだよなぁ……
「決めました。先輩が貰ったチョコの数は六個です! どうですか?」
「よし、んじゃ答え合わせといこう」
俺は鞄を開き、未だ人目に晒されていないチョコを含めた五個を得意気に白日の下へと晒した。
「おおー、先輩すごいですね、五個も貰ってるじゃないですかー、ぼっちとかうそっぱちじゃないですかー」
何故かお怒り気味になる一色だが、それはそうか。一色はクイズを外したのだ。これで飯+映画を奢るペナルティは一色に課せられた。
ん? あれ? これ奢ってもらうにしても休みの日とか使って外出なくちゃいけなくね? 当てても外れてもどっちも俺の負けじゃん。
「ふっふっふ……せーんぱい、わたしが当てたら奢ってもらうとは言いましたが、わたしが外れても奢るとは言ってません!」
「それ、前に卓球勝負で言ったこととほぼ同じでしょ。ずるくない?」
「じゃあ、もう一度言いますね、ちょっとずるいくらいの方が女の子らしいじゃないですか!」
「アァー、ソーダネ」
「なんですか先輩、その棒読みな返事は⁉」
「ああ、いやね、そのずるさのお陰で奢ってもらうために休日潰さないで済んで助かったなって思ったのよ。本当に女の子ってずるい、やった、バンザイ、みたいな?」
「うわぁ……先輩の考えそうなことですよね。……でも」
「ん?」
言いながら一色は鞄を探り出した。
「せーんぱい、はいこれ、ハッピーバレンタインです!」
一色は鞄から紙袋を取り出して俺に差し出してきた。
え? これって? チョコレート⁉
「葉山先輩が受け取ってくれないのでー、特別に先輩にあげますね♪」
「あ、ぉ、おう……ありがとな……」
「これで六個ですね、わたしの勝ちです♪」
「え? あ! おい、そりゃ卑怯だろ!」
「答え合わせの段で追加するとか、もう後出しじゃんけんだろそれ!」
「えー? でもー、先輩が受け取らなかったら五個のままでしたから、もうこれは先輩の意思で六個にしたと言っても過言ではありませんよねー?♪」
「いや、過言だよ、ほら、ここで受け取らないとかの選択肢ないでしょ、さすがに。選択じゃなく畢竟だからね? それにお前、五個って言ってたらチョコくれないでそのまま当たったことにできるし、やっぱりお前の匙加減だろうが」
「往生際が悪いですよ先輩。こうなったら大人しくホワイトデーの時にでも奢ってくださいね」
「いやもうね、ちょっとずるいくらいがとか言ってたけど、極悪だわ、ビッチだわ、いろはだわ」
「⁉ ふぇ? ちょ、先輩! いま何て言ったんですか⁉」
「ああ? ビッチってディスったんだよ」
「そ、そうじゃなくて、最後の方です!」
「いいか、一色。枕詞にディス用語を置いておくと漏れなく最後の言葉もディスりワードになる。これ、小町の法則ね。テストに出るから覚えとくように。極悪・ビッチ・一色、の三段活用ね」
「キー! 最後が違うじゃないですかー! もおいいです‼」
こんなに嬉しくないチョコは初めてかもしれなかった。
いや、嬉しいよ? 嬉しいんだけどね?
勝手に怒って立ち去ろうとする一色。途中で振り向いて何かを呟くが、俺にはよく聞き取れない声音だった。
「(……たとえ五個って言ってたとしても、チョコあげないわけないじゃないですか……)」
やがて一色の姿が見えなくなるまで、その後ろ姿を見つめ続ける。
なんですかね、フリーペーパーの時もそうだったが、律儀すぎませんか俺。もはや八幡じゃなくてハチだよ。忠犬だよ。まあ、あの時もそうだけど、あいつかなり離れてから確認するみたいに振り返るからな。最後まで見送ってやらないと後味が悪いじゃん。デート10点だったけどさ。それこそ0点になっちゃうからね……
つづく