サキサキのバレンタインは色々まちがっている。 作:なごみムナカタ
皆様、如何お過ごしでしょうか?
わたくしは元気です。
読み返さないと思い出せないくらい期間が空いてしまいましたが、また頑張って再開していきますので皆様の暇つぶしのお役に立てれば幸いです。
『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。14.5』読みました。
あらすじ読んだ時から期待はしてませんでしたが、やはりというかサキサキが出ないのが悲し過ぎた。
12.5あたりでも出して川崎家を書いてくれ……
38話 やはり、人とは度し難い生き物である。
《 Side Hachiman 》
~2月19日~
『あ……誰だっけ……ひ、ひき……まぁいいや』
『なんで名前知ってるの……怖い……』
『あー、そこの、一年の比企谷さんのお兄さん』
『比企谷菌だぁ~!』
『しゃーざーい、しゃーざーい』
『なんか比企谷からメールくるんだけど~、マジキモいから勘弁』
『ええ~、絶対むりむり!』
『あー、そういえば私、比企谷に告られたりしたんですよー』
『あ? なんだ居たのか。それより小町、お土産買ってきたぞー』
『じゃあ、小町のことよろしくね。あら、あんたの分もいるの?』
………………
…………
……
「………………くそ……」
内より溢れ出る
これが夢で幸いだったとポジティブに考えても気分が晴れることはない。全てが過去にあった出来事なのだから。むしろ夢で追体験されてしまったとネガティブに捉える方が自然である。
今日が月曜日というのを差し引いても、これほど気分の悪い朝は生まれて初めてかもしれない。
その心中を顕すように身体中が倦怠感に包まれている。冬とはいえ、血液がサボタージュしてるんじゃないのかと疑いたくなるくらいの体温低下を感じた。
冬のベッドは微睡むのに至高――のはずが、その認識は改めなければならないようだ。とても惰眠を続けられる状態でなくなった俺はいつもよりすんなり床を出る。時計を見ると普段よりも随分と早い時間だ。だからこそ予測できたはずの可能性に、ドアを開けるまで気づけなかった。寝ぼけていたが故か、それとも過去のトラウマのせいなのか。
「あ……」
まるで示し合わせたように隣のドアが開くと、そんな漏れ出るような声の主と目が合った。
「お、おに…………っ」
「あ、おい……」
俺はこの時どんな顔をしていたのだろうか。
不意のことで想定や心の準備もしていなかった為、少なくとも笑顔ではなかったと思う。寝覚めの悪さから普段以上に陰気で死んだ目をしていたかもしれない。
一瞬目を合わせたかと思えばすぐに逸らされ、下へと降りて行く小町の反応がそれを裏付けていた。
……何だよ、挨拶もしてくれないのかよ。
あの反応からやはり俺のチョコ情報の出処は小町だったと確信できた。
――俺が誰のチョコを一番最初に食べたのか。
そんな誰得情報を漏らされたところでいつもの俺なら何も感じず流していただろう。相手が小町なら尚更だ。一晩寝て冷静になるとその結論に拍車が掛かる。しかし、それは別にして小町が何も言ってこないことに違和感があった。
あの態度から俺に対し罪の意識に苛まれていることは窺える。なのに謝ることが出来ない妹。
せめて一言……いや、そんな贅沢は言わない。『話したけどそれがどうかしたの?』くらいいつもの乗りで言ってくれればこちらもいつも通り兄として振舞えたのに、それすらもない。
そんな蟠りが心に影を落としていた。
制服に着替えて下に降りるとテーブルには朝食の皿が準備されていた。
……俺の分も。
去年修学旅行の後、喧嘩して冷戦状態になった時などガン無視で飯も別々だったが、今はこうして用意してくれる。目が合うと申し訳なさげに逸らすのも、それが罪悪感の顕れだと証明していた。
× × ×
自転車のペダルを漕ぎながら、昨日のことを問答する。
由比ヶ浜と川崎を置いて帰ってしまったフォローをどうするか。電話で川崎に謝っておいたものの、やはり直接会って一言いうのが筋だろう。でなければ小町のことを言えない。
元来、ぼっち気質でコミュ障な俺は気の利いた言葉が上手く思い浮かばず、どうすればいいのか途方に暮れた。
通学中、思考の海に深く沈み過ぎるとまた交通事故でも起こしそうで浅く潜ることしかできず、尚更妙案など出そうにない。いっそ電車通学ならそんな心配はなかったものを、と考えるもすぐに改めた。あんな人混みに押されながら毎日通学するなどゾッとする。
俺は人間が嫌いなのだ。こうして自転車で一人登校するのが最善で、一瞬でも電車通学に憧れるなど今の自分がおかしいことに気づく。
学校に着くなり、ある意味一番会いたくない人物に昇降口で遭遇する。同じクラスだし出逢う確率が高くて当然なのだが、それでももう少し後で会うようにしてくれと神様に願わずにはいられなかった。
「あ……ヒッキ……」
「……おう」
呼ばれた名は途切れ、朝の小町を思い起こさせる。
由比ヶ浜、お前もか。
普段とは違った意味で落ち着きがなく、俺を見やったかと思うとすぐ下に視線が流れる。
あまりにもチラチラ目が泳ぐので、自らの(下半身の)ゲートが開放されているのではないかと疑ってしまったほどだ。トイレは家で行ったきりなのでもし開放されていたとしたら家から学校まで開放状態のまま自転車に乗り続けていたことになる。広告料が発生してしまうくらい清々しいまでの宣伝活動だ。いやいやスポンサーがいてもやらんでしょ、そんなの。俺が誰のチョコから食べたかより遥かにどうでもいい誰得情報だ。むしろ通報対象として扱う方がしっくりくる。
由比ヶ浜の視線に釣られて確認すると幸いにも閉鎖状態であり、視線が泳いだのは別の理由からのようで安心した。
何か言いたそうにする今の由比ヶ浜が去年の修学旅行後とダブる。あの時は俺の軽挙が招いたものであり、自身もあの結果を受け入れていた。だが、おどおどする彼女の姿を見て今回この空気を生み出した原因は由比ヶ浜の方にこそあるのだと認識する。
「……なんか言いたいことでもあんのか?」
「え⁉ あ、その……えと、……」
先程までの自問はなんだったのかと顧みる間もなく全て吹き飛ばされ、謝罪という言葉が頭から完全に掻き消された。それは自ずと態度に顕れ、纏う空気をも変化させ、不要な程に強い言葉が口を吐いた。
「…………」
水を向けても沈黙で答え、びくびくとしている由比ヶ浜。血の気の失せたその表情は、まるで悪戯が見つかった幼子のような印象を受けた。更に言えば俺が虐めてるようにも見える。誰かに見られたなら文化祭以来二度目のヒキタニフィーバー待ったなし。
いや、見知らぬ第三者に見られるのなら単にフィーバーで済むが、三浦に見られようものなら命の危険をも覚悟しなければならない。事情を知らなければ俺が由比ヶ浜を責めているようにしか見えないのだから。
いや、違うか……。
――たとえ事情を話したとしても俺に味方など存在しない。
中学の頃? それとも小学生?
……もっと昔からだったような気がする。
いつからだったかも忘れてしまった記憶を掘り起こしていると、三浦以上に見られてはいけない人物が由比ヶ浜越しに佇んでいた。
「あら、おはよう由比ヶ浜さん。……と、比企谷くんも」
由比ヶ浜の後ろ姿に挨拶しながら俺と目が合う。ぼっちの習性なのか無意識に目を逸らす。これがまずかったのだと後々気づくことになる。
「あ……ゆきのん、や、やっはろー……」
「⁉ え、ええ……おはよう」
振り向いた由比ヶ浜の顔を見て動揺したのか、思わず二度目の挨拶をする雪ノ下。その表情には驚きと戸惑いが見受けられた。
ぎこちなく笑顔を作り感情を隠そうとする由比ヶ浜だが、もう雪ノ下相手には通用しないようだ。出逢った頃の雪ノ下は他人の気持ちを汲み取ることを最も苦手としていたし、そもそも興味もなかったであろう。しかし今では由比ヶ浜を大切に想うと同時に彼女の機微を理解するまでに至っていた。
「あ……さき教室行ってるね、二人もこんなとこで止まってると邪魔になっちゃうよ!」
そう言って固さのとれない表情のまま由比ヶ浜は教室へと向かった。
残された俺達は自然と顔を見合わせ口を開く。
「……何かあったのかしら?」
彼女の後姿にぽつりと呟く。身体をこちらに向けつつ漏らしたそれは、俺に向けたものだとほのめかされていた。
「……あいつが人の邪魔になるから、なんて配慮を見せるとはな」
「……そういう意味で言っているのではないのだけれど」
呆れた表情を隠さずに的外れだと否定される。
敢えてとぼけた答えを返したのだから、納得されたらそれはそれでこちらが困ってしまう。
「……でもそうね。確かに浅慮で、慎みがなく、深く考えずに思い付きで行動するところがある彼女からあんな言葉を聞かされれば、あなたの関心事がそこに向くのも分からないでもないけれど……」
去年聞いた由比ヶ浜の短所を並べ立て俺の意見に一定の理解を示す。意思のこもっていないただの言葉であったが。何故、そんなことが言えるかって? 姉である雪ノ下陽乃に向ける時のような強い視線を俺に向けていたからだよ。
そして、その目が訴えかけるものは迎合ではなく――咎人に向けるものであった。
「…………あなた、由比ヶ浜さんに何をしたの?」
真っ先に疑念を向けてくる。
俺が何かをした前提の問い。
今に始まったことではない日常の光景。
いつもなら疑惑を認めず、その更に斜め上の自虐で
俺の存在を無価値に貶めた始まりであり自虐癖の生み親。そんな彼女が俺に自虐を無くせと宣う。この酷く矛盾した願いはどうだ。不愉快などといった感情は疾うに過ぎ、小町に対して嗤いすら込み上げてくる。
だからだろうか。雪ノ下の言動自体に思う所はないつもりであったが、その情態を引き摺り宿る負の感情が自然と顔を険しくしていく。
心が、ざわつく。
「……俺が何かした前提で話を進めるのはやめろ」
言葉は普段通りだが声音は鋭くなってしまう。そんなつもりなど微塵もないのに、これではまるで責めているようではないか。雪ノ下もそれを肌で感じ取ったのか目を見開くも、己を奮い立たせるようにこちらを見据えた。
「……なら、心当たりはない、というのかしら?」
無くはないが、俺が喫茶店に二人を置き去りにした件は既に川崎を通じて由比ヶ浜へ謝罪済みのはず。ならば冷静に考えてこれは心当たりには該当しないだろう。由比ヶ浜が俺に言いたそうにしていたのはそれとは別件である可能性が高い。
他にあるとすれば、やはりあれだろう。
――――『カップル割拒絶事件』
……思いの外、沈潜してしまっていたようで、朝の下駄箱にしては不似合いなほどの沈黙が支配していた。
気まずさを掻き消すように口を吐いて出た。
「……いや、何もしていない」
そう断言した。
雪ノ下の目には惚けているように映るかもしれないが事実である。
そう……俺は
俺は川崎に勧められ、由比ヶ浜に伴われ、カップル割を促された。
相模グループに見つかった時点で俺は気配を消していたし、プリキュアをカップル割でと触れ出したのは由比ヶ浜だ。
カップル証明の提示を求められ、由比ヶ浜はそれが出来ず、俺を残してその場から去った。それだけのこと。
ほらな、俺は由比ヶ浜に
思い出すのも忌まわしい過去。この先は俺と由比ヶ浜だけで完結出来ない超展開が待っているので、とてもここで口にすることが出来ない。そういった事情も汲み取っていただきたいが、それは傲慢というものか。
かつて奉仕部に持ち込まれた生徒会選挙の依頼に際した状況を思い起こさせる。あの時よりは幾分マイルドだがそれでもピリピリとした空気が張り詰めていた。
「惚けるつもりね」
「事実を言ったまでだが?」
雪ノ下は「何をしたの?」と問うてきた。故に俺は「何もしていない」と事実を以ってそれに答えただけ。何も間違ってなどいない。仮に「何かされたの?」と質問されていたら真実を話していた……かもしれないが、雪ノ下にそんな発想はないし真相は闇の中だ。当然、こっちの事情を窺い知りもせぬ雪ノ下が納得するわけもなく、追撃の言を緩めない。
「さっきの彼女の態度を見て何もないはずがないでしょう。あれほど不自然な……」
そこまで口にして言葉を飲み込み、表情は曇っていく。
……なるほど俺と同じく以前の出来事が思い起こされたか。その記憶が俺のバカな行為も引っ張り出したらしく眉根を寄せ、軽く唇を結んだ。
ふと視線がぶつかると彼女は口を開き……かけるも言葉にはならなかった。
歯に衣着せぬ雪ノ下らしくない態度だが、由比ヶ浜の影響があってか随分と言葉を選ぶようになったと思う。俺も決めつけの言動に内心ざわついていたし、このまま行けば互いにエキサイトして責め合いへ発展していたかもしれない。それを回避しようとして踏み止まる彼女に救われたが、選んだ言葉で台無しにしたのもまた彼女であった。
「……あんなにも由比ヶ浜さんは楽しみにしていたのに……」
ぴくり、と眉根が動くのが分かった。
楽しみにしていた? 由比ヶ浜が?
その言葉を理解しようとすればするほど心が再びざわついた。
お前はあの時のことを知らないだろう。
あの場にいなかったお前にどうしてそんなことが言える?
由比ヶ浜が子供向けの劇場アニメにそこまで興味があったとは思えない。楽しみにしていたのだとしたら、俺を窮地に陥れるようなことはしなかったはずだ。
図らずも昨日の出来事が鮮明に呼び起こされてしまい苦虫を噛み潰す。感情に任せて雪ノ下の言葉を否定しようと口を開きかけたが、胸に沸き立つ反吐の様な言葉もろともなんとか飲み込んだ。代わりに雪ノ下を睥睨する。
「…………」
「っ⁉」
普段、絶対しないであろう行動に彼女は見て取れるくらいの動揺で応えた。
しかし、流石は雪ノ下といったところか。すぐにいつもの調子に戻って俺に視線をぶつけてくる。
このままここに居るとそれこそ由比ヶ浜が懸念した他人様の邪魔になりかねない。俺は言葉を待たずに教室へと歩き出した。雪ノ下も数瞬遅れてそれに倣う。
俺が先を行き、三歩後から雪ノ下が付き従う様は京都でラーメンを食べた帰路を彷彿とさせた。何かをする度、こうして様々な情景が思い起こされる。俺と雪ノ下はそれだけ同じ時間を共有してきたのだと感慨を覚えた。
そこまでの関係性があっても疑念を抱き、すれ違い、諍う。
……やはり人とは斯くも度し難い生き物である。
階段を上り、俺はF組の教室に続く廊下を右へ。J組はその逆だ。対話と呼ぶにはあまりにも僅かな交わり、それを強制的に別つこの分帰路を心の何処かで歓迎している自分に気づく。
小町達を祝った席ではあんなにも気持ちが満たされ心華やいでいた。密かにあの時間が終わらなければと願うその感情は、紅茶薫るあの部室で抱いたそれに近かったかもしれない。
そうまで心を沸き立たせてくれた一人に抱くいまこの時の感情が、まるで真逆とは全くもっておかしな話だ。
「……比企谷くん」
「なんだ?」
「……今日から部活に来なくていいわ」
「…………は?」
――――『もう、無理して来なくてもいいわ……』
幻聴のように脳内でリフレインする言葉。
心臓をきゅっと握り締められたような不快感。
それに伴う血流の鈍化が背筋を凍らせ手足は竦む。
思わず振り向くと雪ノ下は背を見せたまま横目でこう続けた。
「…………そろそろ試験期間だからよ」
そう言い残して足早にJ組の教室へ向かう。
冗談めかした倒置法で踏み止まった感あれど、背中越しに聞こえた言葉に温かみはない。美しい黒髪を棚引かせた後ろ姿が冷淡さをより強調している。それは後の文を抜きにしても成立しそうな雰囲気を醸し出していた。
その場に立ち尽くした俺はぼんやりと彼女の後ろ姿を見送った。冗談として受け止めるには些か真に迫り過ぎていたから。
雪ノ下が去った後、いつまでもこのままでいるという訳にもいかず、己を奮い立たせ自分の教室へと向かう。
F組に近づくにつれ、ふと新たな懸念が脳裏を過った。教室にはさっき気まずい別れ方をした由比ヶ浜がいるのだ。どんな顔で会えばいいのか。懊悩している間も刻々と時間は過ぎていく。いずれ会うのだから今、覚悟を決めるしかない。
意を決して教卓側の扉を開けた。気配を消して教室に入るには後ろ側の扉がいいと素人は思いがちだが、時間ギリギリでもない限り入口は前でも後ろでも大差はない。むしろ圧倒的な存在感を誇るトップカーストグループは教室の後方にたむろしている為、教卓側の方がいい。
結果から言えば俺の杞憂に過ぎなかった。そもそもトップカーストの面々は俺のことなど意識しないし、逆もまた然り。俺と由比ヶ浜だって部活が同じであってもクラス内ではお互い遠目から窺うことが精々で絡みがないことに気づいた。
いつも通りに少しだけ意識を割くが由比ヶ浜は何事もなかったように、いや努めてそうしていると思った方が良さそうだ。不自然なくらい三浦や海老名の方に身体を向け、意図してこちらを見れない体勢を作っている……ように見える。
あいつもこの気まずさを考慮して距離を取ろうと考えているのだろう。それはきっと正解で、他人の気持ちを汲み取ることが得意な由比ヶ浜ならではの判断だ。
……そんな彼女を知っているからこそ昨日の出来事が悔やまれ、必要以上に意固地になってしまっているのかもしれない。
状況を理解した俺は自分の席に座り、SHRが始まるまで寝たふりで過ごそうと突っ伏した。耽る余裕が出来た為か、更なる懸案事項にも気づいてしまう。
――――もう一人の当事者である川崎とどう接するべきか。
彼女とは昨日電話で話しているし、気まずさという点はあまりないが戸惑いはある。
何故か。それは川崎が由比ヶ浜以上に何を考えているのか全く理解出来ていないことに起因していた。
この数日は俺にとって驚天動地の出来事ばかり。メールで告白されたり、熱で倒れた川崎を保健室まで背負ったり、極めつけが小町にトラウマを植え付けた
ここまでしておいて俺と由比ヶ浜にカップル割をさせようとした行動。
かと思えば川越なる保母さんに扮し、自らが偽りのカップルを演じる奇行。
感情の理解は俺の苦手とするところだが、それを差し引いても彼女の行動原理は常識を逸脱している。混乱しか生まないレベルであり、何がしたかったのか納得いく答えが出せぬまま現在に至るのだ。
好きな人を独占したい気持ちは誰しもが持つ自然なエゴである。俺の立場なら、たとえ偽りだとしても戸塚を他の男に差し出すことなど許容出来るはずがない! ――って、好きの意味違っちゃってるなこれ。
……本題から逸れた。
要は、告白した相手をわざわざ
言ってる俺も訳が分からない。三歩進んで三歩下がる、とでも言えばいいのか。
いや、告白された時点で三歩進んでるから由比ヶ浜とのカップル割を勧められた時点で三歩下がったということになる。つまり、その後の偽カップル割のターンが消化されていない。
俺にとってこれがどちらに該当するのか思索するも答えは出ず、
続々と登校してくる生徒の中に川崎の姿はない。
考えてみればクラス内で俺と川崎には絡みがない。何だったらクラスの誰とも絡みがないまである。ここ最近の関係が特殊だったのだ。無論、ちゃんと機会を作って話さなければいけないこともあるが、取り合えず教室では今まで通りの距離感を保つことでお互い不利益はないはずだ。
そう結論を導き出し
朝のホームルームが終わると教室内は束の間の喧騒に包まれる。
SHRの最中、ずっと川崎を待ち侘びていた。出し抜けに川崎が入ってきても動揺せず済むようにとのネガティブこの上ない
「南ちゃん、おはよー」
「やっほー、みなみちゃん」
「あ、お、おはよー」
聞き覚えのある声が教室外から雪崩れ込む。顔を上げずとも分かる声の主は
わざわざ別クラスから相模に会いに来るとか友達みたいなことするなこいつら。『よっ友』の定義に反しているぞ。条約違反だ。
もう一年近くもこのクラスで過ごしF組という空間が醸成されているせいなのか、他クラスにまで『よっ友』が会いに来ている光景の異質さなのか、もしくはその両方か、二人がここにいる違和感が凄い。その話声はざわついた教室内においても不協和音のように耳に付く。気づけばそんなつもりもないのに耳を
「みなみちゃんのクラスって今日現国ある?」
「え? う、うん。あるけど……四限かな。どうして?」
「よかったー、実はうっかり教科書忘れちゃったの。神様仏様みなみちゃん、うちら次の授業だから貸して欲しいんだよね」
「あ、うん、いーよ、いま出すね」
わざわざ教室まで来て何事かと思っていた相模は、拍子抜けしたように鞄の中を探る。
なるほど、忘れた教科書を借りる目的でなら態々来るのも納得だ。『よっ友』条約は今日も履行されていた。
それにしても「神様仏様」まで口にしてんだからそこは「南様」じゃないのかよ。
俺にとって価値も興味もないお喋りが耳に流れ込んでくる。さながら消滅危機言語をスピードラーニングするかのようで、心の底から無駄と言いたい。無駄で益体のないくせに、寝たふりを忘れうっかりツッコミそうになる内容だから始末が悪い。
やれ最近オープンした店がお洒落だの、やれ女バスの先輩が引退したのに未だに部活に顔出して来るのが迷惑だの、極めつけは、来週から期末考査なのに全然勉強してないだの。
だったらこんなとこでダベってないで試験範囲の復習でもしてろ。教科書借りたんだから出来るだろうがと叫んでやった――心の中で。これが昨日映画観て休日を謳歌してた奴等の科白なのだから理解に苦しむ。
映画といえば、重大なことを思い出した。そんな俺の思考を先回りするかのように話題が流れていく。
「はぁ~、こんなことなら観に行くんじゃなかった~、評判ほどじゃなかったし映画の前に変な物見せられるし」
『変な物』
それを皮切りに極一部ではあるが、教室の空気が怪しくなっていく。
「? 結衣、どしたん?」
「う、ううん、なんでも、ない……」
モブ子の吐き捨てるような愚痴に由比ヶ浜が反応してしまったのか、三浦は不思議そうに声をかけていた。
無理もない。当事者にとってはカップル割事件を仄めかす以外の意味に取れず、動揺の一つも見せよう。ただモブ子の言う『変な物』と由比ヶ浜の思い当たる『変な物』は行き違っているように感じる。
「ホント、信じられないよねー、あんなん公然猥褻だっつーの」
「ほんとほんと」
「あはは……」
核心を暈しながらごてる相模達。その声にじわじわと
両者の思惑に通ずる身として言えるのは、奴等に由比ヶ浜を弄る意図はなく、矛先が俺に向いているということだ。
しかし、それを知る由もない由比ヶ浜は拒絶し嘲笑されたことを指しているように受け止め、奇跡的に噛み合ってしまった。要するにノセボ効果とアンジャッシュ状態を足して二で割ったような状況。……うん、余計分かりづらいですね。
この状況を打破する方法は二つ。
一つはモブ子とモブ美がこの場からいなくなること。
女子特有のお手洗いへ連れ立って行くとか、
もう一つは由比ヶ浜に事実を明かしてやることだ。
奴等の言葉に他意――正確には由比ヶ浜に対して――はない。つまり、本来由比ヶ浜は傷つく道理がないのだ。彼女を傷つけているのは彼女自身の心であり、思い込みという棘を抜いてやれば自ずと解消される。
だが、伝えようにも普段教室では絡みがない俺では不可能である。今できることは隔靴掻痒の思いで顔を伏し、嵐が過ぎるのを待つことだけだった。
伏したまま、この淀んだ空気が支配する教室内を窺うぼっちイヤー。ぼっち嫌? 何言ってんだ、ぼっち最高だろ、
人間は八割以上の情報を目から得ていると言われ、やはり見なければ始まらない。ちなみに聴覚は一割未満だ。ぼっちイヤーの有用性に疑問を抱きながら諜報活動を開始する。
チェーンメール騒動の時もこうして他人の動向を窺ったが、今回の難易度はその比ではない。あの時の葉山グループ連中は、俺に対して路傍の石が如く無関心。だからこそ易々と人間観察を許したのだ。
しかし、いま様子を窺う相手共は俺を意識して――というか敵視しており、何だったら隙あらば向こうから仕掛けてくるのではないかというほど窺われているまである。そんな状態の相手に探りを入れるのがどれだけ危険か。下手をすると、ふとした拍子に視線がニアミスどころかバッティングしかねない。そりゃそうだ。お互い同じような行動してるんだからバッティングしない方がおかしい。何それシンクロ打法? 打率良さそう。千葉ロッテの選手達も俺を見習って欲しいものだ。なんならヘッドコーチとして招聘されるのも吝かでない。
惚けた妄想で平静を保とうと試みてもやることは変わらない。この世は諸行無常に支配されているのではなかったのか。事態の変化が起こらぬ現状に幾ばくかの不条理を感じる。
「――それにしても、プリキュア! プリキュアって!」
「そーそー、ないよねー、ウケる」
話題はいよいよ本丸へ到達する。
明確に悪意を込めプリキュアを解き放つ。その銃弾は俺を貫通し、由比ヶ浜にも着弾した。こいつは、強力過ぎる。……違う劇場版アニメの科白だった。
「俺を貫通した」と評した自分の言葉に妙な説得力を感じる。銃弾は貫通するより体内に残る方が深刻なダメージを与えると聞く。貫通した俺とは『プリキュアを愛執するキモオタと喧伝される』ことを意味し当然ダメージを負うが、興味どころか存在を認知されない俺の嗜好を聞かされたところで興味が湧くはずもなく「へー(棒)」で終わってしまうコンテンツ。
それに対して弾が体内に残った由比ヶ浜。俺とは比較にならないほど事態は深刻だ。
近年は市民権を得たアニメ。それでもリア充代表由比ヶ浜の株価を暴落させるバッドステータスであることには変わりなく、三回ほど社会的に死ねる内の一回に該当する。例外的に『ジブリだったら』という
ちなみに、同じくアニメやマンガを趣味としている海老名さんにこのルールは適用されない。『触れるな危険!』という暗黙知に守られた全く羨ましくないキャラ付けである。
由比ヶ浜の様子を窺うといよいよ余裕が無くなってきたのか、完全に背を向ける体勢。三浦達というより、壁と話してるってくらいに不自然なベクトルである。モブ子の一言一言にびくりと反応し、手は忙しなくお団子とスカートを往復する。『動揺』が教科書にそのまま載っていてもおかしくないくらい完成された立ち居振る舞いだ。
「気の毒」とは思うが、もう一方で「仕方がない」とも感じていた。
そう、これは由比ヶ浜の行動が招いた結果。
相模達に出遭った時、いや、カップル割を勧められるより前、プリキュアの映画を観に行きたいと頼まれた時から俺は反対していた。幾度も引き返すチャンスはあった。なのに強行し続け現況に至る選択をしたのは他でもない由比ヶ浜なのだ。
毒にも薬にもならぬことを考えながら静観していると、女王様の
「あんさー、違うクラスの人らは出てってくんない?」
違うクラスの人らと暈しているようでその実、名指しの歯に衣着せぬ三浦らしい一言。ざわついてた教室が嘘のように静まり返る。それだけ女王の言葉には重み(と圧)があるのだ。
由比ヶ浜の狼狽えようから何がその要因なのか勘付いての行動だろう。意外と周りをよく見ている。そういえば修学旅行の時もそうだったな。もっとも三浦の場合、ただ単に気に入らなかった可能性が無きにしも非ずだが。
モブ子達もカースト上位には違いないが、如何せん相手はトップカースト。相模がそうであるように、この二人も三浦に強く出られるとは思えない。さっきまでの由比ヶ浜が乗り移ったのではないかと錯覚するほどに三人は狼狽えていた。
奴等からしてみれば狙いは俺なのに何故か三浦から敵意を向けられてしまう不条理に戸惑いの色を隠せずにいる。だが、実際は不条理でも何でもない。この話題で由比ヶ浜を刺激し三浦の不興を招くことに気付けなかったのなら、想像力が欠落しているか記憶力が欠如している。
こうした分析も客観(俺は当事者の一人だが)視すれば普通すぐに気付けるものだ。しかし、こいつ等にとって昨日の出来事――いざ臨まんとしたカップル割を衆人環視の中、翻意させ晒しあげた所業――が取るに足らないものだと認識する度し難き人格ならばその限りではない。
どちらにしても女王様の逆鱗に触れた奴等にそれを顧みる余裕はなく、この喫緊の問題をどうすればいいか思い
教室内が不気味な静寂に包まれている。
クラス中の視線は端を発した三浦ではなく、クラス外生命体へと集中していた。その視線が、場の空気が、二人を異物だと判じている。
この光景、覚えがある。
俺は記憶の糸を手繰り寄せると腑に落ちた。
ああ……外から見るとこんな景色だったのか。
そう。これは昨日、映画館で俺と由比ヶ浜が晒された状況の再現。二人は今まさに、その身で因果応報という言葉を体現していた。周りから向けられた好奇の目と、そこに含まれる
なかなかのえげつない空気に傍で見ていた俺ですら思わず気後れしてしまう。
これでもクラスという括りから漏れただけの、同じ学校の生徒に向けられた空気なのだ。であるならば、完全アウェーな映画館で俺達はどのように見られていたのだろう。それを思えば、この二人の公開処刑(執行人:三浦)に哀れみなど一切なく、むしろカタルシスさえ感じていた。
女王様とそれが織り成す包囲網に身の置き所を失ったクラス外生命体はいよいよ逃走を計る。
教室から出る寸前足を止め、睥睨してきた。その際、様子を窺っていた俺の視線とぶつかる。
「……」
「……っ‼」
形容し難い形相で睨み付けてくるモブ子とモブ美。
かの有名なモンバーバラの姉妹がバルザックを睨める形相、とでも言えば伝わるだろうか。
……タダの親の仇でした。
だが、そんな呪い殺すような目で見ても無駄だ。日頃から雪ノ下にアンデッドのようだと評されている俺には死に耐性があるからな。ついでに言うと精神面でも耐性持ち。こちらは他ならぬお前達に文化祭で鍛えられたのだから皮肉な話である。
その視線を流し気だるげに二人を眺めていると、今まで頭から抜けていたのが不思議なくらい重大な懸案が呼び起こされた。切っ掛け……というか要因そのものをたった今視界に捉えたからだ。
「…………そこ、立たれると邪魔なんだけど?」
教室の入り口で佇むモブ子たちの背後に佇む影――鞄を肩に抱え不機嫌さを隠すことのない川崎沙希――はそう言い放つ。
それが合図であったかのように予鈴のチャイムが鳴った。
つづく