サキサキのバレンタインは色々まちがっている。 作:なごみムナカタ
申し訳ありませんが、更新ペースの安定感は期待しないでください。
すすむときは早いですが、止まるとマジ全く浮かびません。
今回は超久しぶりのあのキャラが登場します。
遅刻かどうか微妙なタイミングで教室に現れた
当初は昨日ブッチしてしまったことに対し改めて謝罪しようか悩んだが、降って湧いた疑問で上書きされた。
この三人――相模グループ――は昨日のカップル割事件の当事者であり、川……越なる年上の保母さんと軽く会話までしてしまっているのだ。やり過ごせた時点で正体がばれていないのは分かっていたが、こうしてまた直接本人達と対峙し、もしも気付かれでもしたら……それが新たに浮かんだ懸案事項である。
「どいてくんない?」
「え、あ、」
「……っ」
出逢ったばかりの頃を彷彿とさせるジャックナイフのような佇まい。モブ子は完全に気圧され、モブ美はひっ、と息を呑む。クラスの空気という化け物に呑み込まれ萎縮したところにこの追い打ちは相当効いたようだ。
早々に、俺の懸案は杞憂であるとの結論に至る。
逃げるように教室を後にする三人。
ん? 一人多い気がする。
安いコントのようなボケに冷静な分析をしていると、川崎がようやく教室に入って来た。さっきまでの不機嫌さが鳴りを潜め、その表情はいつも見せる物憂いなものではなく寂寥感を滲ませている。
いつもと違うからといって必ずしも昨日のことが関係しているとは限らない。自意識の化け物が仕事し過ぎて社畜化してないか心配になるレベルで心配性。
謝るかどうかの判断に窮していると、視線がぶつかりナチュラルに逸らされた。
……これ、昨日のこと気にしてるのかどうかマジわっかんねーな。
第一、目が合ってずっとそのままだったらそれこそ不自然過ぎて何かあるかと勘繰っちまう。むしろ、逸らされる方が普通っぽいまである。情報が少な過ぎて判断に至れない。
当初懸念していた通り、教室でコンタクトする手段などないのだ。ブッチの罪は電話の謝罪で完了したものとする。よし、決定。
一応、納得出来る答えが導き出され、再び顔を伏せる。
騒ぎの元凶がいなくなり、教室内は普段通りの空気に戻っていた。
(……あ、今日から部活ないって由比ヶ浜に伝えてあんのか?)
下駄箱でのやり取りを思い出した俺はもう一人の部員に告知されていない事実に気付く。
(……ま、雪ノ下がメールかなんかで知らせるよな)
今朝のことが記憶に紐付けられていたのか、雪ノ下の名と同時に去り際の後ろ姿が浮かんだ。
心臓が予期せぬ脈動を起こす。不整脈かしら、などとおどけてみるも気分は晴れなかった。
× × ×
~昼休み~
四時限目終了のチャイムが鳴ると、購買組が我先に教室を飛び出していく。あまりの勢いに教師が見咎め、授業で使っていた指し棒で尻を折檻(大袈裟)されるのもしばしばだ。
先生、最近はそーゆーことに色々煩いから気をつけてくださいね。モンペとかクレーマーとか。だとしたら平塚先生は既に手遅れかもしれない。「次は当てるぞ」ならまだしも、遅刻した時ホントに当ててきて教室でダウンしたしな。そのお陰で眼福に与れたのだから文句は言えないが。
まあ、こういうことは信頼関係で成り立つものであり、お互いにそれが分かっているから起こる。わざわざそんなことまで考えなければいけないとは住み難い世の中になったものだ。
ステルス機能を発動させ、のろのろと購買部へ向かう。教室を出る際、ちらりと後ろの席に目を配ると今日ずっとこちらを窺い何度か目が合った由比ヶ浜の姿が見える。
席を立つ素振りも見せず、三浦達と話しながら弁当を広げていた。由比ヶ浜なりにお礼の意味合いもあるのか、今日は雪ノ下とではなく三浦達と教室で食べるようだ。三浦に事情は話していないだろうが、何となく先程の行動が由比ヶ浜にとってプラスになったと感じ入るかもしれない。
次に視線が追うのは窓際後ろの席。先週、生まれて初めて俺に弁当を作って来てくれた女生徒は、朝の時と同様に物寂しさを漂わせたまま窓の外を眺めていた。
今朝会うまでは、ちゃんと話さなければなどという所感を抱いてたが、彼女の雰囲気を前にそれが憚られた。
由比ヶ浜とは対照的に、昨日あれだけのことがありながらここまで俺に対し意識を割いている様子もなく、ほぼ普段通りといった振舞いを続けている。それだけでも改まって話しなどしづらいが、加えて唯一違う部分にその表情が挙げられた。いつもなら物憂げのはずが、今日は寥寥たる表情で窓の外をぼんやりと眺めているのだ。
気だるげとは明らかに趣が異なり、儚さを伴う哀感。エンジェルラダーで無理をして働いていた時ですら見せなかった気丈な川崎が苦悩の片鱗を滲ませていた。
そんな彼女に、おいそれと話し掛けれるほど無神経でも不感症でもない。不感症は違うか。戸部でもない、だな。戸部ならどんな空気だろうが話し掛けれる胆力を持っている。言い換えるなら繊細な心や考える頭脳を持ってない。戸部マジリスペクトだわー。
うん、リスペクトに土下座したくなる不適切な用法。戸部には謝らないのかよ。
戸部のお陰で緊張が解れ冷静になると、既に起こした失策にやっと焦点が当てられる。
(…………あれ、昼休み入ってから結構時間、経ってるじゃん……パンあるのか?)
致命的な出遅れで結末は見えていたが、弁当を持っていない俺に選択肢はない。
(まぁ……選ばなけりゃ何かしら残ってんだろうよ……)
そう思っていた時期が俺にもありました。
× × ×
今の季節を立春の候などと表現するのは手紙上の話だと身をもって実感する。寒風は容赦なく肌を刺し切り刻み、癒されるはずの
奉仕部が休みなのだから戸塚も練習を休む可能性に何故気付けなかったのか。天使に謁見出来なければベストプレイスに一体何の価値があるというのだ。きっと今の俺の目はドロドロに濁っているだろう
ぼさぼさの髪が冷たい風に揺られている。背中の丸まりは普段の二割増し、目の濁りは三割増しといったところか。その重い足取りは、さながら敗残兵を想起させる。向かった
今日は何という日だろう。
昼食が抜きになった、などという瑣事に込めた言葉ではない。
俺を取り巻く人間関係の急激な変化。
謝ることが出来ない小町の姿勢が、
由比ヶ浜のすっきりしない態度が、
雪ノ下の一方的な否定が、
苦悩を抱える川崎の存在が、
その全てが俺を苦しめていた。
同時に、俺の中にいるもう一人の自分が訴えかける。
その全てが、出口の見えぬ俺自身の心の問題に起因して引き起こされたのだと。
根拠はない。だが不思議なくらいに確信もあった。
唯一の救いはかじかむ指にじんと痺れる熱さを伝えてくれるマッ缶の存在くらいである。
震える身体を温めてくれた甘いコーヒーは、その熱を体内に移すのと反比例して冷たくなっていく。
天使がいないばかりか空風を凌ぐ場所すらない、全くもって価値の無くなったベストプレイス――もはやその呼び名自体相応しくないが――で腰を下ろしマッ缶を啜る。
こうなると教室に戻って文明の利器を享受するのが最善であるが、そう思うのは皆同じで教室はごった返してるだろう。
ここに来るのは元々は一人になりたいが為でもあるのだ。
人口の疎密と寒暖はトレードオフ。そう自分に言い聞かせ、残された価値に縋るように居座り続ける。
……違うな。それは単なる誤魔化しに過ぎない。
いつもの昼飯はそうかもしれない。寒さのデメリットを差し引いても一人で気兼ねなく食べたいからだという行動原理は我ながら納得できる。
しかし、今は違う。
敗残兵たる俺は戦利品を得られなかったのだから、せめて教室に戻って暖を取るべきだ。なのに自分を誤魔化し、こうしているのは別の理由があるから。
(…………あいつらに会うのが怖い、のか……)
ぽつりと心に浮かぶ考えに意外なくらい得心してしまう。
甚だ自意識過剰かもしれないが、このまま教室に戻って昼飯抜きの俺が机に突っ伏したとして、それを見咎める者がいたとしたら……
もしも由比ヶ浜が、昼も食べない俺を見て具合が悪いと勘違いして話しかけてきたら。
もしも川崎が、今日も弁当を作ってくれていて話しかけようとしてきたら。
もしも雪ノ下が、何時ぞやの時のように由比ヶ浜と一緒に昼を摂るつもりでF組に呼びにきたら。
教室に戻ることで起こるこれらの不安要素を無意識の内に避けていたのかもしれない。
理解できないものは酷く恐ろしい。今のあいつらに抱く印象がそうであるように。
小町たちの合格祝いで安らぎを抱いた時間がずいぶん昔に感じられる。
俺達はどこでおかしくなってしまったのだろうか。
マッ缶を飲み終えて地面に置くと存外に音が響いた。それだけひと気のない静かな場所だと主張しているようだ。
「あ、いたいた」
静寂を破る声音が天使降臨の
「比企谷くーん、今日もここでお昼なのかな?」
三度、城廻めぐり前生徒会長がベストプレイスへ現れたのだった。
「ま、まあ、そうですね」
にこにこと癒しオーラ全開の彼女は当たり前のように俺の隣へと腰を下ろす。
ふわっとした癒しのアロマが鼻腔をくすぐる。あまりにも近いので間隔を空けようと横へずれる。ソーシャルディスタンスは大事です。その心掛けを嘲笑うかのようにずれた分と同じだけこちらに近づくホーミングめぐりっしゅ☆
さっきまで俺を取り巻いていた空気が嘘のように浄化されていた。さすが総武が誇る二大天使の一角。今年で卒業しちゃうけど入れ違いで小町が入学するから二大天使安泰ですね。
――小町、と思い浮かべると必然的に今朝のことが頭にちらつく。
自然と表情筋が強ばっていくのが分かった。
「んん? どうしたのかな比企谷くん」
表情の変化を読まれたのか、心配そうに呟くめぐり先輩。ただでさえ近いのに顔を寄せ上目遣いで覗き込まれると、これもうこのままむちゅむちゅしちゃうのではという体勢に見えてしまう。想像に若干の変態性を帯びていたが、大丈夫だ問題ない。変態は問題にしない限り、変態ではないのだ。
……過去の発言を流用してみたものの、明らかに失敗である。四文字違うだけでこんなにも力を失うとは。問題になってないだけの、ただの変態だったわ。
「ああ、分かった。比企谷くんお昼が足りなくてご機嫌ナナメなんだね」
否、正解は『食べていない』です。
まあ、中らずと雖も遠からず、といったところか。
敗残兵と答えたら通じるだろうか?
「お昼休み始まってそんなに経ってないのにもう食べ終わっちゃってるもんね」
「はあ……まあ……」
当たり障りなく反応したつもりが、上手い返しが出てこなかった。
「嘘を吐くのが苦手なのではない。他人と話すのが苦手なのだ」―比企谷八幡『敗残兵のベストプレイス』より―
……名言風に宣ってみましたが、ただのコミュ障ですね。ありがとうございます。
大体なんだよ敗残兵のベストプレイスって。ぼっちがパン買えなくて一人腹空かせる書籍とか売れねーよ。
そういえばめぐり先輩がどうしてここに来たのかまだ訊いていない。
いや、俺から訊くってのもらしくない行動か。ここは待ちだ。待ちガイルの境地でじっと待つ。リュウケンとダルシム以外全てに通用する最強のスタイル。ガイル以外に7キャラしかいなくて3キャラに通用しないのに最強とは? 名前負けも甚だしい。俺ガイルには沢山のキャラがいるというのに。ん? 俺は何を言っているんだろう。
隣に座るめぐり先輩を横目で観察すると、もじもじまごまごそわそわぽわぽわしていた。
最後のやつはめぐり先輩の標準動作だった。
いつもは落ち着き払っている……かどうか普段目にしていないので
実際、あと一ヶ月でJDにクラスチェンジするので当たり前といえば当たり前か。
忙しなく動く手が最も経由する黄色い巾着袋(風流)は、二段重ねかと疑うほどの標高があった。
めぐり先輩、意外とお食べになるんですね。それともデザート類の入った別タッパーかな。
めぐり先輩は弁当を食べに来たわけだ。少し考えればすぐ分かるはずだし、先週も二回ほど昼をご一緒したばかりで今やっと思い当たるとか相当失礼だな俺。
ただ神視点からすればバレンタインの日にご一緒したお昼はもう二年以上前の話だし、そういう意味では思い出せなくても無理はない。ホント俺なに言ってんだろうな。
とにかく、さっき咄嗟に嘘というか、言葉を濁していて良かった。
ここで真実を打ち明ければ心優しいめぐり先輩のことだ。お情けを賜る――自分の弁当を俺に分ける――流れになるのが明白過ぎる。
日が東から昇り西へと傾くように。
平塚先生が生涯独身であるように。
これら全ては世の理である。
めぐり先輩の優しさを説明してたら何故か平塚先生の絶望に繋がるという話題の飛び方がエグい。週刊少年マンガ一週買い損なうくらい飛んだぞ。合併号とかでよくあるんだよあれ。
この場に居ない恩師(に対して思うことではない)を無駄に傷つける思弁で気慰んでいると、消え入りそうな声音に引き戻された。
「じゃ、じゃあ、お弁当、い、一緒に、た、食べない?」
「え、……あー、その……」
めぐり先輩がたどたどしく言葉を積み上げて完成した要望は、さっきの懸念そのものであった。
いや、だからそうなるのが申し訳ないから空言でやり過ごしたんですって。などと思ったところで伝わるはずもなく、どうやって断ろうかという方向に考えがシフトしていた。
いやそりゃね、俺も本心をいえば食べたいよ?
だが俺はあくまで専業主夫志望であり、謂れの無い施しを受けたい訳ではない。
愛する妻が外で働いて疲れて帰ってきたところを奉仕する。その結果、労働の対価が生まれ、心置きなく受け取れる報酬となるのだ。
文面だけ見ればすげーまともなこと言ってるのに何故気持ち悪く聞こえるのでしょうか。
薄々勘付いてはいたが発言の内容よりも誰が言ったかで印象が決定してしまうらしい。『生徒会選挙≒人気投票』という図式に通ずるものがある。
例えるならば「俺は自宅警備しているから君は安心して出掛けたらいい。夕飯の支度は帰ってきから始めればいいよ。出来るまで楽しみに待ってるからね」などと、女に働かせて飯まで作らせるというヒモ生活を享受する男の科白。
何処からどう見てもあたおか発言だが、発信者が葉山で爽やかな笑顔を持って囁けばアリだと感じてしまう女子は多いのではないだろうか。科白も葉山っぽく喋らせてみました。そして例えが衝撃的に長い。
「今日はちゃんと、ばっちり着込んできたから問題ないよ!」
学校指定のコートを着込み、確かに防寒対策万全のようだ。
前に二度、ここで食べた時は寒さに耐え忍びながらだった。俺が頑なに移動しなかったからってのもあるが、めぐり先輩がここで食べなくて済むよう先に立ち去ろうとしたのに、その俺を引き留めたのもこの人なんだよな。だから、俺は悪くない。冬が悪い。
所々足りない言外の部分を、その言動も含めて頭の中で補う。
過去、二度とも引かなかっためぐり先輩が今日に限って引くとは思えず、施しを受けるのを是としない俺。
もう弁当という足枷もない今の俺なら図書館に避難する選択が最善だろう。
結論が出ると素早く行動に移す。空のマッ缶を持って立ち上がり図書館へ。それを阻むように左手を掴まれた。予想はしていたものの、柔らかな手の感触にどきっとしてしまう。
「え、ちょ、ど、どこいくの?」
「あー、いや、寒いので図書館に行こうかと」
「え、え? じゃ、じゃあ、私も一緒に行くよ!」
ふっ、かかったな。
今のあなたが図書館へ同伴するには致命的な欠点がある。同伴とか言っちゃったよ。
「残念ですけど図書館は飲食禁止ですので……」
「ちょっと待って」
柔らかだったはずの手がまるで別の手と入れ替わったように荒々しく左手を握り込む。握撃というやつでしょうか。このままトランプの一部を引き千切るように俺の左手を扱わないでいただきたい。それだけは切に願います。
心の中でおどけたものの、めぐり先輩の表情は真剣で茶化せる雰囲気ではなかった。
「……まだ私のお弁当食べるかどうか答えてもらってないよ」
「んぐ…………」
誤魔化し切れてなかったようだ。
どうしてそう俺を餌付けしたがるのか。
角が立たぬような上手い捻くれ理論を思索していると先手を打たれた。
「……比企谷くんは、私とお昼食べるの、イヤ……なのか、な……?」
伏し目がちにぽしょぽしょと呟く。
瞳から溢れ出そうになるものは、もしかしなくても涙であり、かつての「最低だね」発言が蘇る。その時よりも悲しげな表情が俺に強い罪悪感を植え付けた。
捻くれた答えに知恵を絞っていた己の愚かさに憤りすら感じる。
「……すいません。そういうことじゃなく城廻先輩のお弁当を分けて貰うのが申し訳なくて、何とかはぐらかせないかと……」
これ以上の誤解を生まないよう直截に言ったが、はぐらかすとかこれもこれで酷い内容だ。
懺悔するように瞑目し、めぐり先輩の言葉を待つ。
「…………」
「…………」
「…………私のお弁当が食べたいの?」
「え、あ、食べたくないということもなくはないです」
「どっち⁉」
「むしろ、食べt……いや、なんでもないです、はい……」
「…………」
「…………」
「比企谷くんのお弁当じゃなくて?」
「俺の弁当? 俺は弁当持ってないですけど」
「?」
「⁇」
悲しみの表情から一転ぽかんとした表情へ。
マンガなら、きっと二人の頭の上には『⁇』マークが浮かんでいることだろう。
解読の取っ掛かりすらない俺に先んじて答えが閃いたのか、めぐり先輩はぽんと手を打ちつつ破顔した。
「あ! そっかー、そーゆーことだったんだぁ」
「城廻先輩?」
一人得心しためぐり先輩は全身で「なーんだ」という表現をしていた。
「ねえ、比企谷くんは
「え、それ、さっきと同じ質問では……?」
「食べたい?」
「さっきとどう違「食べたいの?」…………」
笑顔の奥底に有無を言わせぬ圧を感じる。めぐり先輩ってこんな感じの人だったっけ?
「あ、あー、食べたい……です。でも城廻先輩の分を貰うわけにはいかないので遠慮しときます」
ようやく理由まではっきりと答えることが出来た。全くもってめんどくさい性格だ。
「ふーん、じゃあ一緒に食べられるねー」
え、話聞いてた? 分けて貰うのが悪いからって言ったよね?
「じゃーん! こっちが比企谷くんの分で、こっちが私の分!」
言いながら種明かしの要領で弁当箱を二つ並べて見せてくれた。
……なるほど、道理で話が噛み合わないわけだ。
巾着袋の中身が二段重ねに見えた大きさも当然である。実際に二つあったのだから。
え⁉ わざわざ作ってきてくれたの⁉
「どう……かな?」
食べたいと言質を取っためぐり先輩は、言葉では不安げにしながらも表情は自信と確信に満ちていた。
始めからちゃんと理由まで話していれば妙な誤解が生まれることも、それにより不安にさせることもなかった。こーゆーところがダメなのだろうか? ダメか、ダメだな。大事なことなので三回も心に思ってしまった。
完全に直すことは難しいかもしれないというか絶対直せない自信があるのでTPOを弁えた使い方をすれば俺も周りもハッピーなのではなかろうか。差し当たってはめぐり先輩の要求に応じるところから始まる。
「…………………………………………」
「ながいよ⁉」
素直に「もう一度食べたいです」と一言発するだけで了となるはずが、深い葛藤と躊躇いが生じ、果ては怯えて地蔵となった俺に向けられた
決意してすぐ実践する機会に恵まれ、それを秒で不意にした俺は、捻くれの根深さを実感しつつ、今度こそ言葉にしようと意気込んだ。その時、事件は起こったのである。
「…………城廻先輩さえ良ければいただ……」
”くぅ~”
「⁉」
「――――っ‼」
……
…………
…………はぁ
…………死にたい……。
「…………」
「…………」
無言、沈黙、静寂、寂寞、幽邃、静穏、安寧、安らか...
もし俺の目が写輪眼なら、周囲を支配する無音表現が文字としてこのように見えていることだろう。色で見えるんじゃねえのかよ。俺の故郷が英語圏ならばSlienceとかに見えちゃうんだろうか? いいえ、ここは千葉
ってか最後の方はそのまま召されてしまいそうな単語が並ぶが、現在の心境を顕すのにこれほど相応しい言葉はないだろう。
恥ずい……死にたい……。
そう、まさかの腹鳴である。
あまりにも絶妙過ぎるタイミングは神懸りですらあり、ウサイン・ボルトがこのタイミングでスタートを切れていたならば人類最速の男はより高みへと昇っていたであろう。たかがStomach rumbleなのに話が荘厳過ぎた。って、だから何で英語なんだよ、ここは千葉
めぐり先輩は俯いて、こちらから表情を読み取れない。次第に肩が震えだし、全身に伝播する。
「…………っ」
「……あの……城廻、先輩?」
「……ぅ……くっ…………うふふ……あははは」
始めは忍び笑いで必死に堪えていたようだが、徐々に大きくなっていき、ついにそれは大笑いへと成長した。その急激な成長曲線は筍のようで春の息吹を感じさせる。さすが立春の候と呼ばれる季節だ。
……筍かぁ……筍ご飯食いてえなあ。筍のきんぴらもいいな。筍のグリルなんて最高だろう。あとラーメンに乗ってるメンマも美味いよな。って最後の仲間外れ感よ。どう見てもラーメンの方が本体だし。なんだったら「馬鹿め、
食べ物のことに思考が流れたせいで腸の働きが活発になったらしい。この身体は俺のいうことを全く聞かない。
”くぅ~”
「‼」
「んぶふっ⁉」
二度目の腹鳴に反応しためぐり先輩は、両手で口元を押さえて何とか笑いを堪えようとしている。お気づきでないようですが、あなた既に大笑いしてますからその我慢に意味はないんです。手遅れですよ?
心からのツッコミが通じたのか、我慢の限界を迎えたのか、押さえていた両手が決壊し、ひまわりのような笑顔を覗かせる。
「――あは、はははっ」
ころころと笑うめぐり先輩の目には涙すら浮かんでいた。
喜んでいただけて何よりです。こちらも身を削った甲斐があるというもの。鳴かず飛ばずで四十を過ぎようかという崖っぷち芸人がプライベートを犠牲に笑いをとりにいく心境。実際はお前のプライベートなんぞ視聴者様は毛ほども興味がねえんだよ、というケースが大半だ。つまり、めぐり先輩も俺の腹鳴なんぞに興味なんかねえよ、なに意識しちゃってんの? きもっ。
――おっと、これは明らかに中学時代、女子が俺に返す言葉第三位だった。ちなみに二位は無視(返してないし)で、一位は………
………………言いたくねぇ……。
「あー、おっかしい……ごめんね、笑っちゃって。でも、比企谷くん身体は正直なんだね」
この科白にそこはかとなく卑猥さを感じてしまうのは男子(思春期限定)特有の性なので許して欲しい。思春期フィルターは時として放送コードに触れもしない一般的な言葉ですら反応し、都合よく変換してしまうのだ。
単体では意味を為さぬ形容詞――例えば「大きい、熱い、硬い」など――も、ひとたび女子の口から発せられると思春期フィルターが発動する。脳内で修飾された語句に
こんなことをつらつら考えてしまう辺り、やはり俺が変態であることにまちがいはない。
……タイトルがやば過ぎて発刊差し止めの未来しか見えない。
――閑話休題。
腹の底から捻くれてはいると自覚していたが、腹までは捻くれていなかったようだ。それどころか、身体で表現しているにも拘わらず発声までするサービス精神。なにこのなぞなぞみたいな切り口。
ともあれ、口と違い実に素直な返事(だって生理現象だもの)を聞いためぐり先輩は先程と違う朗らかな笑みで訊ねてくる。
「もちろん、食べてくれるよね?」
ああ、これは反則だ。この笑顔に抗えるわけがないだろう。まるでゾンビに唱える二フラムのような笑顔に浄化されちゃう。目だけが腐った死体みたいなもんだし、目だけ浄化してくれませんかね。でも、よくよく考えたら二フラムって消し去る効果だっけ。俺の場合、目だけが無くなっちゃいそう。
「あー、えっと……」
だが、さきほど10m下の水面に飛び込もうとした瞬間、腹鳴により意気を挫かれ羞恥が増大した俺は気持ちの立て直しがまだ出来ていなかった。へどもどして言い淀んでいると、めぐり先輩は急に表情を曇らせ目を伏せる。
「食べてくれないの?」
「あ、いや、その……」
「そっか、比企谷くん食べてくれないのかぁ……」
めぐり先輩が寂しそうにぽしょりと呟く。
俺の分であろう弁当箱を手荒びして「食べてくれないとこの弁当は処分しなきゃいけなくなる」と言外に匂わせてくるのだ。だが、それはまるで俺が食べる為の言い訳を用意してくれたようで、非難めいた感情は一切感じない。
「…………比企谷くんが食べてくれなきゃ、このお弁当捨てなきゃいけなくなるんだけどなぁ……」
ちらちらこちらを窺いながら、口を尖らせ拗ねたように囁く。一色がよく見せる計算し尽くされたような行動も、めぐり先輩がやるとあざとくないのが不思議でしょうがない。
俺の思考をなぞるようなその発言に、めぐり先輩と心が通じ合った気がした。
ささくれ立っていた心が熱を持ち、じんわりと温められ、ほんわかと癒されていく。
気付けば知らず知らずにいつもの俺に戻っていた。
これが『めぐめぐ☆めぐりん☆めぐりっしゅ♪』効果か。『め』と『ぐ』がゲシュタルト崩壊しそう。
心が軽やかになる実感を得た俺は、いつものように、とてもやる気がなく、めんどくさがりながら、こう答えるのだ。
「…………しょうがないですね。千葉県の食品ロス率が上がるのは千葉県民として避けなければいけないし」
「話の規模がおっきいよ⁉」
捻ふざけると呆れられ、真面目にすると驚かれ、周囲は俺にどういう期待をしているのか。反応の理不尽さに、つい頭を捻ってしまう。
「まあ…………捨てるくらい困っているなら、俺が処理しますよ」
言ってしまったものは仕方がないが、ちょっと酷い言い方ではないだろうか。しかし、そんな懸念もめぐり先輩は意に介さず再びひまわりのような笑顔で答えてくれた。
「うん! 悪いけどお願いするね!」
謝られる謂われないんだよなぁ。しかし、この絵図はめぐり先輩が用意し俺が求めたもの。ならば、尊大に、乗せられたままやり通せ。それが、言い訳を用意してまで俺を行動し易くしてくれためぐり先輩への礼儀となる。
ただ、ほんの少し素直になっても罰は当たらないだろう。
「…………それで、今日はどこで食べるんですか?」
「どこって、ここで食べるんじゃないの?」
「……城廻先輩はここで寒くないんですか?」
「え、……………………え⁉」
おいおい、ちょっと驚き過ぎじゃないのか。なんで二回びっくりしてんの。しかも溜めがなげぇ……。
「じゃあ、ここで食べましょうか」
「ま、待って待って! うん、ちょうどいい場所があるから付いてきて!」
めぐり先輩は嬉しそうに俺の手を引っ張る。
こんな時、俺はいつもどうしていたのか。
嫌そう? 恥ずかしそう? めんどくさそう?
そのどれもが正解で、今の俺が不正解。彼女が力を込めずとも、俺は独りでに歩いていたのだから。
笑顔を絶やすことのないめぐり先輩を見ていると、今日あった出来事が嘘であるかのように心が軽くなった。
つづく