サキサキのバレンタインは色々まちがっている。 作:なごみムナカタ
伏線回収が遅すぎて、自分でも読み返さないと覚えてないレベルでした。
引き続きめぐり回ですが、他キャラも出ます。
不毛としか言い様のない争いに埒が明かぬと判断したのか、
効果覿面なのは火を見るよりも明らか。なんせ、ここまでのこのこ付いてきた目的そのものを人質、もとい
げんなりしているのが表情に出てしまったのか、めぐり先輩は「はっ⁉」となり、慌てて取り繕う。
「ご、ごめんね、でも、もっと比企谷くんと仲良くなりたいって思ったから呼んで欲しくて……」
「え」
「……だって、卒業したらもう会うこともない、みたいな言い方するから悔しくて……」
「あ、いや、それは……」
中学を卒業した瞬間、同級生の連絡先を秒で消した経験から漏れた言葉だった。
俺にとっては至極当たり前で何気ない一言も、めぐり先輩にとっては衝撃だったようで、焦りと苛立ちから交渉条件を変えてしまったのだろう。
「留年するかもしれないよって言ったのも、そうなれたら比企谷くんとまだ一緒にいられるかもって、あうう……」
顔を伏せながら吐露する姿をいじらしく感じ、ちょっとした罪悪感が芽生えた。
一度「めぐり先輩」と口にしてしまっている以上、あれだけ頑張って拒否してきた意味も既に薄れていたが、俺の辞書に「素直」という文字は残念ながら、ない。
「……俺も城廻先輩にそう思わせてしまったのは、申し訳ないと感じなくもないこともないですが」
「…………それって申し訳なく感じてないよね?」
じと目で睨めつけてくるめぐり先輩。バレてしまったか、由比ヶ浜なら誤魔化せていたのに。さすがは文系。というかこれで誤魔化せるのは由比ヶ浜相手だけまである。
「でもでも、皆にめぐりって呼ばれてるのは本当だよ!」
そこは別に疑ってませんから大丈夫です。
「それにそれに、付き合ってるのに城廻先輩呼びってやっぱり変じゃないかなー?」
全然大丈夫じゃなくなったし、そこには疑いしかないです。
めぐり先輩の脳内では、付き合ってもいないのに、その後の呼び方にまで発展するフラッシュフォワードが起きているようだ。
そこに至る過程が全く想像出来なさ過ぎて、時を消し飛ばされたのかと錯覚するレベル。スタンドを使えるのはめぐり先輩の方でした。女子なのに名前にキングとつくクリムゾンですよ? よりによって最強過ぎだろ。
だが、湧き起こる罪悪感と、めぐり先輩の必死さに免じて、少しばかり譲歩してもいいかもしれない。
「……そうですね、本当にそう呼ぶのが適当だと証明されたら、呼ぶことも吝かではないです」
「え、……………………え⁉」
その驚倒二回目だから。
ベストプレイスを離れると了承した時と全く同じ驚き様に、めぐり先輩のダメもと感が窺える。
「ほ、ホントに? ホントに呼んでくれるの……?」
恐る恐ると言った感じでお伺いを立ててくる姿は小動物のようにビクビクしていた。
俺、そんなに恐怖の対象ですか?
「城廻先輩の作った弁当を食べる為に来たので、このままお預けをくらうのはこっちとしても不本意ですし」
その言葉を聞き、さっきと打って変わって眩しいくらいの笑顔を向けてくれる。
「そ、そっかー、そんなに私のお弁当食べたいのかー、うんうん! じゃあ、どうぞ召し上がれ!」
めぐり先輩は両手に押さえた弁当箱をついっと俺に差し出した。
引っ掛かったな。
俺は心中、悪い顔でほくそ笑む。
「めぐり先輩」と呼ぶのは諸々の証明が出来てからと明言した。つまり、証明出来なければ「城廻先輩」のままだということ。証明とは如何にして行うのか、具体的な条件の提示はなし。したとしても、それが本当に証明足りうるのかは俺の匙加減次第。まさに玉虫色の答弁。
俺はゼロ回答のまま、まんまと
めぐり先輩が作ってくれた弁当は一言でいえばガッツリ系。おかずは肉や揚げ物でご飯が進む。栄養のバランスに少々偏りが見られるが、これは俺の為に作ったものだからだろう。
めぐり先輩の弁当にちらりと目がいく。サンドイッチが綺麗に並び、パンの隙間から覗く具は彩り鮮やかである。これを見ると、やはり俺の弁当は俺用にチューンナップされているのが分かった。先週、一緒に食べた時の弁当を思い浮かべ、それを確信する。
「比企谷くんって美味しそうに食べてくれるんだね」
にこにこ顔を崩すことなく嬉しそうに話しかけてくる。いつも一人で飯を食う俺にとって、新鮮過ぎてペースが狂う。
「……特に不味くもなく、残念そうに食べることが困難なので」
「……………………」
「…………‼ 美味しいって一言いってくれれば済むよね⁉」
しばし反芻しなければ意を得ることも難しい婉曲し過ぎた褒め方に、めぐり先輩は憤慨する。もし、まともに褒めてはにかみでもされたら、こちらとしても反応に困るので、このくらいがいい按排だ。
――と、思った矢先、胸の前で手を合わせながら視線を逸らし、まごまごとしだす。その姿は病的に可愛く、不興を買ってまで遠回しに褒めた俺の努力を台無しにする破壊力であった。
「そういえば比企谷くん、チョコ食べてくれた?」
「え、ああ、頂きましたよ」
「ほんと⁉ ど、どうだった……?」
「味は……うん、甘かっ……」
その瞬間、ざわざわと心にさざ波が立つ。初めて一色いろはと出会った時に感じた警戒警報だ。無論、一目惚れでもなければ一色の時に感じたものとも違う。
……あぶなかった。
一色の機嫌を損ねたマイナスワードでまた不興を買うところだ。
過去の失敗を省みて、かつ俺が口にしても恥ずかしくないような所感を述べる。
「ビターだったらマッ缶とよく合うというか、マッ缶の糖度がないとやっていけないところがありましたが、あれだけ甘いとマッ缶とは合いませんね」
「そ、そっかぁ……美味しくなかったんだ……」
寂しげに俯くめぐり先輩。批評はまだ続きますよ。
「……逆に言うと、マッ缶なしで食べるのに適したチョコでした」
「……………………どっち⁉」
少しは気の利いた言葉で相手の御機嫌を取るべきだが、やはり俺の辞書に「素直」という文字はないので事実だけ述べることにしよう。
「俺は甘いもの大好きな甘党なので」
言いながら、ベストプレイスで飲み干したマッ缶に思いを馳せる。そういえば飲み物買えなかったな。めぐり先輩に連行されてたせいで。
「…………」
「…………」
「す、素直に美味しかったって言ってよ⁉」
御意見ごもっともだが、これが俺なのだ。慣れてもらうしかない。
「はぁーよかったー、川なんとか……川崎さんのチョコは美味しかったって言ってたから、私のは不味いのかと思っちゃったよー」
「……あ」
その一言は重要なことであると俺の心が警鐘を鳴らす。
めぐり先輩のほんわかめぐめぐめぐりっしゅ☆ に癒され一時的に忘れていたが、昨夜からずっと俺の心を蝕んでいる闇はそれ――川崎のチョコを食べた事実を陽乃さんに漏らしたこと――が発端であったのだ。
情報自体に大した意味はないが、その行為にとりわけ強い蟠りと拘りがあった俺は、小町に大人げない態度をとってしまった。しかし、この気づきは俺の行動原理を根本から崩してしまう恐れがある。
――川崎のチョコを食べたなど小町が漏らしたに違いない。
そう思い込んでいたが、こうしてめぐり先輩の口から発せられたように、他に可能性がなかったと本当に言い切れるのか。
背中に汗が流れる。
それはひんやりとした冷たい熱を帯びていた。
心臓の音がその間隔を徐々に狭めていく。
確かめなければならない。
本当に小町が陽乃さんに話したのか。
本当はめぐり先輩が陽乃さんにうっかり話したのかもしれない。
雪ノ下を除き、俺の知る限りでいえば、めぐり先輩はもっとも陽乃さんに近しい人物だ。
小町が言っていたように、もし陽乃さんの置き忘れたチョコが俺宛てだとするならば、めぐり先輩とそういう話が出てもおかしくはないだろう。むしろ、自然と言える。
ぼっちでコミュ障の俺は話題作りも会話を広げることも苦手だが、皮肉なことに今はスムーズな会話シミュレーションが完了している。
「……城廻先輩は、最近雪ノ下さんに会いましたか?」
「むー……はるさんなら先週会ってるけど、なんで?」
ハムスターみたいな膨れっ面だが(それも可愛い)律儀にも答えてくれた。憧れの陽乃さんといえど、他の女性の名前を出すのが気に入らなかったのかもしれない。しかし、ここにNGを出されたら俺の会話シミュレーションは成立しないので我慢してもらう。
「……いや、城廻先輩にだったらそういう話をするのかなと思って」
「むー……そういう話って?」
「実はバレンタインチョコの話なんですが……」
「ふーん、バレンタインチョコね……」
ずっと機嫌の悪さダダ漏れの膨れっ面が引き締まる。
もうちょい軽い感じで訊きたかったが、どうやらそうもいかないらしい。
「昨日、多分、恐らく、偶然にも雪ノ下さんと街で遭ったんですが」
「不確定を強調し過ぎじゃない?」
そのくらい偶然と思いたいのだが、あの人なら単純に勘だけでも俺を補足できそうで怖い。
それを抜きにしても、小町が言ったようにチョコの置き忘れが陽乃さんの確信犯であるとしたら、俺と出逢ったのは必然でなければならない。あれを偶然と呼ぶには疑わしさが拭いきれないのだ。
「ここまで強調するのには少々訳があって、この偶然っていうのは雪ノ下さんの装いではないかと俺は思っています」
「それって、どういうことかな?」
「その前に、雪ノ下さんがバレンタインチョコを誰かにあげるとか知ってましたか?」
「あー、…………うん、知ってたよ」
この訊き方は自意識の化け物みたいで本当に気持ち悪くて嫌で嫌で仕方がないのだが、これを訊かないと話が進まないので俺も我慢しよう。
「…………その相手って、もしかして…………俺、だったり……しません、でした、か?」
緊張し過ぎてどもりが酷い。
めぐり先輩は特に変わった反応を見せず、何やら考え込んでいる模様。
良かった。気持ち悪くは思われていないみたいだ。……思われてないよね?
「……そっかー、ってことは、はるさんからチョコ貰えたんだね」
さして予想外という訳でもなく切り返すめぐり先輩を見て、俺の懸念はより一層強くなる。
轢きチョコ事件もあって川崎だけは例外扱いだが、俺とチョコのことで一番多く話したのは、意外にもめぐり先輩であった。
だからこそ、川崎のチョコを最初に食べたことを知られていたのだし、陽乃さんに話していたとしてもそれはとても自然なことに思える。
「……貰えたというか預かってるというか微妙な状況なんですがね」
「え」
一瞬、躊躇うも、俺はあの日の出来事をかいつまんで説明する。
あの日、偶然にもカフェで雪ノ下陽乃と遭遇し、軽く話した。別れる段になり、駅まで送れと強要された俺は大人しく従い、後を付いて歩き…………。
「……駅に着いた辺りでちょっとした口論になって……内容は個人的なことなので伏せさせていただきますが、雪ノ下さんはチョコと、あるチケットが入った袋を忘れてそのまま走り去ったんですよ」
別に会話の内容まで話す必要はないのだ。
ある程度、状況を説明すれば陽乃さんと親しいめぐり先輩のこと、精度の高い推考を期待できるだろう。
「…………チケット……」
俺としては予想外なチケットの部分に食い付いた。
チョコと関係ないし、本来スルーするところではないか?
「それで仕方なく預かってるというか何というか。これを俺宛てのチョコって断定するのは、些か恣意的に捉え過ぎだと思いまして。ってか客観的に見て、これ半分くらい窃盗入ってません?」
「…………あー、そっか。これ、もう言ってもいいのかな……」
明らかに俺の知らない情報を持っている口振りで思索する。口元に指を当てながら「んー」と唸るその仕種はもはや幻想世界の生き物で、もうペガサスとかユニコーンとかの類。存在自体が尊い。
めぐり先輩を別次元の存在として崇めているところにぽそりと、俺の知らぬ解を話し始めた
「実はね、はるさん何度か学校まで来て比企谷くんにチョコ渡そうとしてたんだよ?」
「…………は?」
のっけから衝撃的な情報を開示され、動転する。
だって、え? あの人が? え? ってなるでしょ。めぐり先輩はというと、こちらの様子など意に介さず、ずんずんと話を進めて行く。
「チケットって、デスティニーランドのだったでしょ」
「……そこまで知ってるんですか」
「うん。はるさんが言い出しっぺなんだけど、「比企谷くんが最初に食べたチョコをあげた人にデスティニーペアチケットを贈呈しよう」っていうコンペが開催されたんだ」
「‼」
求めていた情報、その核心に触れる発言が俺の意識を集中させる。
コンペとな? しかもデスティニーランドのチケットとか、結婚式の二次会で当てた人が想起されてしまう。むしろ、それしか思い浮かばないまであるから、今はあの人のことを頭から締め出そう。
「だから、そのチョコは比企谷くんのもので間違いないと思うよ」
「はぁ、それとこちらからも質問なんですが……」
「なにかな?」
誂えたような展開を前にして、内心昂っているのが分かる。その高揚とは別に、緊張も伴っていた。
「チョコはともかく、このデスティニーランドのチケットはどういうことなんですか。さっき「俺が最初に食べたチョコを上げた人に~」っていうコンペの趣旨にそぐわないですよね?」
「あー、それは…………」
あと二つもやり取りすれば、俺の知りたがった答えがある。どんな顛末を期待しているのか、自分自身よく分からず、ふわふわとした状態で次の言葉を待つ。
「その条件を決めた時、その場にいた人以外のチョコを食べたら、比企谷くんにチケットをあげようかってなったんだよね」
心臓の音がやけに煩く感じた。
お膳立てが整い、ついに俺の口からこの質問が放たれる。
「……雪ノ下さんは、どうして俺が最初に食べたチョコのことを知ってたんですかね?」
俺の口から直接聞いたあなたなら、
陽乃さんと親しくしているあなたなら、
これに対する解を、きっとあなたは持っているはずだ。
だから、どうか答えてほしい。
どうか俺の望む答えであってほしい。
固唾を飲んで見守る中、めぐり先輩は実にあっさりと、自然に驚き、こう答えたのだ。
「んー、なんでだろうね。私、はるさんに言ってないよ?」
意外なほどあっさりと望まれた答えが返ってくる。
これを聞いて、ふと安堵している自分に気づく。
しかし、何故かは分からないが、その感じ方に怖気立った。
実際に、俺が望む答えであったはずなのにこの感情は矛盾が生じていないだろうか。
俺は言い様の無い不安に苛まれていた。
「……そう、ですか。城廻先輩が言ったわけじゃなかったんですか……」
ぽつりとした呟きが自然と漏れた。
それは小さな小さな呟きで誰に向けたものでもなかったのだが、至近距離にいるめぐり先輩が拾い上げてしまう。
「…………むー」
ハムスターのような膨れっ面ふたたび。
さっきから何度かお見受けしたハム太郎だが、振り返るとはっきりこうなるスイッチが存在していた。
「…………めぐりって呼んでくれるんじゃなかったの?」
おい、待て、誇張されてるぞ。上級生の女子を名前呼び捨てはないだろ。葉山すらそこまでは出来ない。なにリア充の王を軽く凌駕させようとしてんだよ。
「呼ぶことに合理的な根拠とそれを証明出来たら、って言いましたよね?」
「え、でも、呼びやすくする為に呼び名を短くするのって合理的な考え方だよね?」
議論が最初に戻った。やはり、ちゃんと終わらせておかないと燻り続けるようだ。
しかし、捻くれ論も出したが、さっきから割ときっちり名前呼びを拒否してたと思うんだけどなー。
「しかもしかも! 「しろめぐりせんぱい」から、「めぐり」に変えたら六文字も減少しちゃうの! なんと今だけ66%OFF! これはもう呼ぶしかないよ‼」
途中からテレビショッピングの謳い文句みたいな、すげー怪しい勧誘始まった。ジャパネットめぐりかな? 無駄に語感良くて逆にモヤるんですけど。
確かに、九文字から66%OFFの三文字は惹かれるものがある。だが、世の中、理屈ばかりが正しいわけではない。過去のことから学んでいる。文字数が減少しても、感情的には呼びにくくなってしまうのだ。
「いや、呼び捨てはないですから……」
そこまで言ってふと悪戯心が湧いた俺は、あざとい後輩が数々打ち立てた「一色いろはゴメンナサイ語録」の一節をアレンジして拒否してみることにした。
「はっ! なんですかもしかして今俺のこと口説いてましたか三回お昼一緒に食べたくらいでもう彼女面とか図々しいにもほどがあるのでもう何回か重ねてからにしてもらっていいですかごめんなさい」
ふー、ふー、と息が上がってしまう。
……あいつ、いつもこんなことしてんのかよ、普通に大変なんだが。
この労力に免じて、今度からもう少し耳を傾けてやろうという仏心が生まれた一方、対面では予想外の反応が起こり目を丸くしてしまう。
「……え、……えっ⁉ そ、それって、これからも一緒にお昼食べてもいいって、こと? それに、かか、彼女って……」
めぐり先輩の反応と感触が、俺の想定とは真逆過ぎて狼狽えてしまう。
あれ、おかしいぞ?
この文言は「お断り」ではなかったのか?
ちょっとー、いろはすー? この振り文句、お断り出来ないから返品したいんですけどー?
「いやちょっと待て、待ってください。齟齬があるので訂正させていただくと、この告白はですね……」
「こ、ここ、告白⁉ 告白‼」
駄目だー、聞いちゃいねー。
顔を真っ赤にしながらチーバめぐりと化しためぐり先輩を、どうやって言いくるめようか悩み抜いていると、突然扉が開く音が聞こえた。
「はぁー、昼休みなのに全く……って、先輩⁉」
俺の返品要求を聞き届けてか、秒で登場したいろはす。このレスポンスは念じた俺もびっくりの社畜っぷりですよ。八幡的にポイント高い。などと浮かれていられたのは一瞬で、すぐに話題が怪しい方向へと流れていった。
「あ……」
俺の顔を見た途端、チーバいろはすと化した。
なんなんですか、いくらここが千葉だからといってチーバくん大量発生し過ぎではないでしょうか。
「……なんだよ」
「え、あ、いえ、その、別に……き、昨日はその、お、お疲れ様でーす」
お前こそなんだかお疲れのようだが、いつもと変わらず会話の主導権は後輩に握られた。
「っていうか先輩、なんでここにいるんです? もしかして、仕事のお手伝いに来てくれたんですか? 仕事にかこつけてわたしとの距離を縮めてそろそろ告白する気でしたか遊びに行くくらいはいいんですけどそれ以上は全部終わってからにしてくださいごめんなさい」
そして、ぺこりと丁寧に一礼。
それそれ、それだよ。めぐり先輩に通用しなかったその振り芸、返品していいですかね。
どう伝えようかと思索を巡らせていると、一色は「彼女……彼女……」と呪詛のようにぶつぶつと呟くめぐり先輩に目をやる。
「あ、てっきりお昼食べてからこっちに来ると思ってたのに早かったですねー」
「あ、い、一色さん、こんにちはー。自由登校期間でお友達も登校してないから、ここで食べることにしたんだー」
「ところで……なんでめぐり先輩と先輩が一緒にお昼食べてるんですか?」
胡乱な眼差しを向けてくる一色に対して、何かに気がついたような反応をするめぐり先輩。
「! あ、あー! 一色さん、今なんて言ったの⁉」
「え? あ、えと、なんでめぐり先輩と先輩が一緒におひ……」
「それ!」
聞き返され、言い直させられた上、それを食い気味にかぶせられた一色は不満げな表情を隠そうともせず、めぐり先輩を睥睨していた。
「な、なんですか、何かおかしなこと言っちゃってましたか?」
「一色さん、私のことめぐり先輩って呼んでる」
「え、あ、はあ、結構前からだと思いますけど……え、うそ、もしかして呼んじゃ、まずかった、ですかね……?」
まさか、呼び方に関するNGが出るなどとは夢にも思っていなかった一色は一転、恐る恐るめぐり先輩の動向を窺う。
「ううん、むしろ呼んでほしいから!」
「へ? あ、は、はい……はい?」
じゃ、何てそんなこと聞き返したんだよって表情がありありの一色。
もはや会話に付いて行けず、通訳を求めるような視線を俺に向けた。これから展開される流れが手に取る様に分かってしまった俺は、一色に同じような視線を返す。それは一色よりも、気持ちの面で切羽詰まっていた。
「私が気になったのは、どうして呼び方を変えてくれたかってこと。ちょっと聞かせてほしいなー」
一色は意図が読めずに戸惑っていたが、めぐり先輩の高いテンションに口を挟むのは困難だと判断したのか、おずおずと口を開く。
「え、えっと、めぐり先輩には生徒会の活動を通じてお世話になって、親密になれたなと感じてきたので、仲が良い相手を名前で呼ぶのは女子的には当然の流れかなー、みたいな……?」
そのあざとさ、知ってるぞ。
親密になったと名前呼びで甘えてみせて相手を喜ばすいろはすの常套手段だろ。大体、解答が模範的過ぎて狙いが透けてるんだよ。次からはもっと上手く被りましょう。まあ、でも、可愛い後輩だし、本音は隠していたのでおまけで100点あげてもいいぞ。って俺、いろはすに毒され過ぎてません?
とにかく、そのおまけが俺にとっては最重要で、一先ず胸を撫で下ろした。
ぶっちゃけ、一色がめぐり先輩を苦手としているのは薄々勘付いている。サラブレッドなまでに純血な養殖小悪魔の一色は、由緒正しい天然天使のめぐり先輩とは非常に相性が悪く、俺が葉山を嫌う理由と、ある意味似ているのかもしれない。
一色は俺と同様、性根がクズ属性であり、お互い割と通ずるものがあるせいで、あのあざとさを翻訳できてしまう。
親密になれたから~、はポーズで「しろめぐり先輩」って長いから「めぐり先輩」でいっか。というのが本音であろう。
そう、さっきめぐり先輩が俺に呼ばせる為、推してきた論拠そのものなのだ。
もし、一色が飾らず被らずこれを口にしていたら、めぐり先輩は比企谷城に攻め込んできたであろう。
要するに、本音を隠したところに着目して100点おまけする俺は、エゴの塊なのである。
「わー、嬉しいなー、一色さんにそんな風に思ってもらえてるなんて」
照れと他の感情が綯い交ぜになった複雑な表情をみせる一色。
こいつ、内心面倒くさく感じてそうだな……。今日のめぐり先輩に対しては俺も同意見だが。
いろはす検定の段位が日々上がっていく一色いろは被害者の会、会員番号001号のどうも比企谷八幡です。
「じゃあじゃあ、比企谷くんのことはなんでそう呼んでるの?」
「は?」
不意を突かれた一色は被る余裕すらなく本性が漏れ出していた。
たった一文字だが、そこに込められた感情の冷たさと声音の低さに閉口してしまう。
「教えてくれるかな?」
「あ、はぁ、まあ……」
めぐり先輩に押される形で、渋々と理由を語り出すいろはす。
あれ、これやばくない?
「……比企谷先輩? って呼ぶの、ぶっちゃけ長くないですかー? 先輩にはお世話になってますし、これからもきっと呼ぶことが多いと思うので、短い方が効率がいいかなって。あ、これって先輩がよく口にしそうな理屈じゃないですかね」
きゃるん☆ とあざとさを振り撒く一色が、俺の目には小悪魔どころか悪魔に映っていた。いや、死神と呼んで差し支えないほど殺意の高い発言である。
殊勝な心掛けとマイルドな表現でめぐり先輩の歓心を買ういろはず。
だが、お前おそらく最初の頃は俺の名前覚えてなかっただけだろ。覚えてないから無難に先輩と呼んでそのままになってるやつだ。被害者会員第一号の目は誤魔化せんぞ。
ちなみに『一色いろは被害者の会』において、恐らく俺だけが装備しているであろう『いろはすあざとフィルター』を通して聞こえた発言内容がこちらである。
『……比企谷先輩? って呼ぶの、ぶっちゃけ長くないですかー?(えーっと、なんて名前だっけ? ま、先輩でいいや) 先輩にはお世話になってますし、これからもきっと呼ぶことが多いと思うので、短い方が効率がいいかなって(先輩には責任とってもらわなきゃだし、きっとこれからもずーっと扱き使ってくんで略した方が楽ですからー☆)』
一色とはクズい波長がばっちり合うので、特別なにかしないでも感度良好である。俺でなきゃ聞き逃しちゃうね。
「そうだよね、短い方が呼びやすいもんね!」
一色とのシンパシーを自画自賛している間に、めぐり先輩も一色の言葉に共感し、嬉しそうに答える。
――詰んだ。
真っ先に思い浮かんだのがそれだ。
次に来るであろう約束された要求に、身を固くして覚悟を決める。
「……比企谷くん」
「……………………はぃ」
その返事は情けないほどにか細く、頼りない。
「これって証明されたってことで…………いいよね?」
言質というこれ以上ない証明書を印籠ばりに
「…………………………………………はい」
仄暗い穴の底から聞こえてくるような、
俺達のやり取りを訝し気に見守っていた一色の肩がびくりと震えた。
「あ、お昼休み終わっちゃうから、早くお弁当食べなきゃ!」
原因の九割くらいがめぐり先輩の遅延行為だったんですけどね。まあ、その遅延行為に加担してたのも俺だし、何か言えた義理ではないか。
目の前の弁当に箸をつけながら、俺はタイミングを計っていた。意を決さなければ絶対に上手く言えない自信がある。
「ところで、先輩ってお弁当派でしたっけ? あ、すいません、別に母親と仲があまり良くなくてお弁当作ってもらえないんだろうなーとか失礼なこと思ってませんから」
何故か隣にちょこんと座って弁当と俺を交互に覗き込む。
そこまで言っちゃったらもう傷つける気満々じゃないですかー、やだー。
「俺の昼飯事情をお前に話した覚えはないし、昼飯から家庭事情を憶測されるのも些か遺憾だな」
「だから、そんな失礼なことは思ってませんてば。先輩だったらお弁当持ってくるより、毎日お昼代貰ってお昼抜いたりして浮かせた差額を懐に入れてる方がしっくりくるなーと思って」
家庭事情の憶測よりも失礼なのきたわ、なんだこいつ。正解してるから、なお質が悪い。やっぱりこいつとはクズ同士のシンパシーどころかテレパシーまで使えるんじゃないかってほどに通じ合ってるわ。なんなら、スカラシップ錬金術まで見破られそうで怖い。一色家に婿入りして専業主夫になったら、ヘソクリなどは全て暴かれる未来しか見えない。
「普段はそうだが、今日はたまたま……たまたま…………たま、……たま…………」
たまたまを繰り返し過ぎて「偶々」が「タマタマ」に聞こえてしまいそうです。なにこれ、セクハラ?
「た、たまたま? たまたま、なんですか?」
言わせてしまった。セクハラ決定。慰謝料は分割払いでお願いします。
近い将来、納めるであろう負債に思いを馳せながら、タイミングを計っていたあの言葉を口にする。
「た、たまたま……め、……めぐり、先輩が、作ってくれた、んだわ……」
「はぁ……。……はっ?」
最後のひと足掻きで「先輩」を残す。これだけは譲れない。
これでどうか勘弁してください、そう願い恐る恐るめぐり先輩の顔を見ると「んふふーん」とハミングを歌い、柔らかな笑顔(ハミングだけに)で俺を迎えてくれた。どうやら許されたようだ。
「……もっと短くしてくれてもいいんだけどねー」
許されていなかった。
だが、本気で勘弁してほしい。呼び捨てはマジで無理。
「……これ以上、短くすると
「ふふ、しょうがないなー、許してあげようー」
ものすっごい良い笑顔で酌量していただけた。めぐり先輩マジ天使。むしろ、言わさなければ大天使なんだよなあ。
一色はまだ混乱しているのか、めぐり先輩→弁当→俺→めぐり先輩、と視線をループさせ口をパクパクさせていた。
「な、なな、なんですかこれ、何が起こったらあの先輩がめぐり先輩のお弁当を! ってかめぐり⁈ めぐりって⁉」
「言ってないんだよなー……」
どさくさに紛れて呼び捨てゴシップを報じる一色をじっとりと睨めつける。
お前の言葉が発端となって起きたんだぞ、という非難を込めるのも忘れない。
まあ、一色の窺い知れぬところで進行していた訳だし「責任、とってくださいね」などと言うつもりもない。俺が言ったら間違いなくホラーになってしまう絵面だしな。
「……言ってもらいたかったけどねー」
対面でも、どさくさに紛れてなにか呟いているような気がしたが、きっと俺の耳には届いていなかった。
つづく