サキサキのバレンタインは色々まちがっている。   作:なごみムナカタ

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後半の難産のせいで前話から二週間以上過ぎちゃいました。

今回は最初から最後までほぼいろは回です。

それではどうぞ!


42話 まだまだ、俺達の昼休みは終わらない。

      × × ×

 

 

 カタカタ……

 ぺら……ぺら……

 かつん……かつん……

 

 キータッチと書類を捲る音が支配する生徒会室。

 時折りそれが止み静謐に包まれるも、すぐにヒーターの音で打ち消される。

 

 現在、俺達二名――現生徒会長・一色いろは 奉仕部社畜・比企谷八幡――の内、後輩生徒会長は年度末の仕事に追われ、無言で手を動かしている一方、社畜はJK(もうすぐJD)の手作り弁当を静かに食す。

 

 先程までの『めぐり呼び捨て(捏造)事件』や『女子の手作り弁当を食べる目の腐った男案件』の時が嘘のように、それはもう無言。ヒーターがなかったら音がなさ過ぎて逆に耳が痛いレベル。

 

 俺が生徒会室に来てしまった(プラス一色がいる)時点で、なし崩し的に仕事をやらされることになるのは分かっていた。さっき散々、心中で抵抗はしていたが、結局仕事を手伝うのはもはや様式美。というより、むしろ志願したのだからぐちぐち言うのはお門違いである。

 

 異常なのは、この場にめぐり先輩がいないことくらいか。

 

 

 ――――――

 ――――

 ――

 

 

―10分前―

 

 

『な、なな、なんですかこれ、何が起こったらあの先輩がめぐり先輩のお弁当を! ってかめぐり⁈ めぐりって⁉』

『言ってないんだよなー……』

 

 非難を込めた目で一色を睨めつけていると、めぐり先輩がぽしょりと何か仰ったような気がするが聞かなかったことにする。

 既に色々あった上、説明してると昼休みが終わってしまいそうなので、一色の相手を放棄し無心で弁当を食べた。

 

 それにしても、めぐり先輩って料理上手かったんだな。別に意外でもなんでもないけど。むしろ、一色のチョコ作りの方が衝撃的か。バレンタインイベントの見事な手際を思い出し、一色の料理の腕前を推し量る。

 

 次のおかずに箸を付けると、こんこんとノックする音に手が……止まる俺ではない。サンドイッチをはむっとしながら目配せするめぐり先輩も同様の考えなのだろう。

 意を汲み取った一色は、ため息を吐いて席を立ち、来客の応対をすべく扉の方へと歩み寄る。

 

 別に俺は、多分めぐり先輩も年上マウントを取るつもりはない。何なら扉との位置関係的にめぐり先輩が行くのが自然まである。

 しかし、留守番ならまだしも、俺は本来生徒会とは無関係で、めぐり先輩も既に退いた身だ。故にこの来客を応対する役目は、現生徒会長である一色いろはを置いて他にない。あいつもそれを得心したからこそのため息なのだ。

 

『はぁーい、いま開けまぁーす』

 

 甘ったるい猫撫で声は24時間営業かよ、コンビニも吃驚である。

 扉を開くと、お客は短い声で返事ともつかない声を上げる。俺はその声に聞き覚えがあり、同時に心臓がきゅっと締まった。

 

『あ……』

『ふぁ……』

 

 それが一色にも伝播したのか、変な声の応酬。見ると一色の顔が赤い気がする。角度的にここからお客は見えないが、俺の想像通りの人物であるなら一色が赤面する理由などないはず。俺自身、いまはちょっと顔を合わせづらい部分もあるので、確認はめぐり先輩の反応から窺う。

 

『……えっと、ここに城廻先輩いる?』

 

 めぐり先輩の表情から窺知するまでもなく、尋ね声に件の人物を裏付けた。

 最初は、なぜ俺がここに居るのが分かったのか真っ先に疑問を抱いたが、めぐり先輩目当てでここに来るのなら納得である。そして、今はそのめぐり先輩にどんな用があるのかという疑問に塗り替わっていた。

 

『めぐり先輩ですか? いますけど……』

『ふめぇ、まふぁし?(えっ、私?)』

 

 サンドイッチを食みながら返事するとか、一色相手なら「あざとい、狙い過ぎ」と容赦のないツッコミで一刀両断するところだが、こと相手がめぐり先輩となると「ドジだけど、先輩らしい」になる。なお、絶対口にはしない模様。

 

『……んぐ、ごめんね、はしたなくて。あ、川崎さん、どうしたの?』

 

 咀嚼を終えて扉に向かい件の人物を確認する。

 来意を計り兼ねる俺とは対照的なまでにあっさりした反応。その対応を意外に感じつつ、成り行きを窺う。

 

『えっと、その、……ちょっと話したいことがあっ、……ありまして……』

 

 川崎沙希という少女のことをある程度知る人間にとって、この言葉は違和感しかない。俺もその内の一人として、つい耳を欹ててしまう。というのも、川崎がめぐり先輩とまともに話したのは先週夕飯を食べた時くらいのはず。それを差し引いても、川崎から積極的に話し掛ける説得力足りえない。

 

『お話? ここで?』

『あ、いえ、できれば二人きりで……』

『いいよー。あー、でも……』

 

 少々困り顔で俺に流し目を送るめぐり先輩。その意図のいくつかは当たりがついているので、後顧の憂いを軽くしようと努める。

 はぁ……。やっぱり働くのか。

 

『あー、こっちは気にしないでいいですよ、めぐり先輩。食べたら俺が作業手伝っておきますから』

『え』『え⁉』『⁉』

 

 めぐり先輩より数倍驚く一色の声と、教室外から息を呑む気配。川崎と俺は、サッカーのゴールマウスとコーナーくらいな位置関係なので、覗き込みでもしない限り視認出来ず、俺の声で初めて存在に気づいたのだろう。

 

 三者三様の反応に複雑な思いを抱きながら、川崎の出方を静かに見守る。

 教室を離れた理由が、彼女を含めた会話のサボタージュだったはず。天使に癒され小悪魔に踊らされ、いつの間にかそんなことを失念していたのだ。己の鳥頭っぷりに嫌気が差す。

 とはいえ、あの流れでは息を殺し身を縮めていても川崎に俺の存在はバレていただろうけどな。

 

『……いいの? 比企谷くん』

『先輩が自ら志願するなんて……』

 

 うん、驚き絶句する後輩は無視でいいな。

 

『ここに来ると分かった時点でこうなることは予想していましたから』

 

 ああ、なんたる社畜っぷり。両親から受け継がれし社畜のDHAここに極まれ。遺伝子情報じゃなくドコサヘキサエン酸が受け継がれちゃったよ。身体は不飽和脂肪酸で出来ている……なんだそれ、せめて「I am the bone of my sword.(身体は剣でできている)」がよかったわ。だってこれじゃ脂肪の塊だもん。

 

『ひ、比企谷……?』

 

 声の抑揚から疑問形だと分かる。少なくても俺を呼ぶニュアンスではなかった。なら返事をしなくてもいいだろう。もしその気があればもう一度呼ぶだろうし、一回目は聞こえなかったで通そう。

 

『じゃあ、あとでお弁当の感想聞かせてね』

 

 もう既に聞いてますよね? どれだけ俺から感想搾り取るつもりですか。食レポタレントじゃないんで褒める語彙の引き出しが少ないんですよ。

 めぐり先輩も食レポ王道の「濃厚な」とか「まったり」とか「口どけがいい」みたいなもの求めてないだろうけど。

 

『あ、あの、やっぱり、い、いいです』

 

 へどもどと前言を撤回する川崎に「なんで?」という表情で答えるめぐり先輩。同様の疑問が生じた俺は見えもしないのに川崎の方を窺う。

 

『まあまあ、せっかく足を運んでもらったんだから、お話しよー』

『え、ちょっ、城廻せんぱ……⁉』

『じゃあ、ちょっと出てくるねー』

 

 川崎の肩を両手で掴み、押すようにして外へと連行する。俺をここに連れてきた行動といい、意外と強引だよなめぐり先輩って。川崎も押しに弱い部分があり、海老名さん相手に同じ光景を何度か見かけたことがあった。

 

 

 

 取り残された俺と一色は各々自由に過ごす。とはいえ、まだ食べ終わってないので俺は昼飯を再開するのだが、一色は隣で昼休みに片付ける仕事の書類整理を始めていた。分かってる。横からプレッシャーかけなくても食べ終わったら、ちゃんと手伝うから。

 

 ときどき弁当に口を挟んで「先輩、こういうの好きなんですかー?」とか「これってわたしも得意なんですよねー」とかアピールしてくる。

 

 最初はいつも通りの会話だと思った。いろはす主動で会話がはじまり俺があしらう。

 しかし、気づいてしまう。

 

 言葉の接ぎ穂で埋めきれない沈黙。その中にある僅かな気配。

 それを意識しだすと、いつも通りだと思われていた会話が上滑りしているようにも感じてしまう。

 

 徐々に会話――いろはすが一方的に話しかけてくるだけだが――が減っていき、箸を付ける音と書類を捲る音のみとなっていく。 隣から伝わる緊張感が俺にまで伝わってくるせいで、咀嚼音を出さぬようにとめっちゃ気を遣ってしまう。せっかくの弁当も食ってる気がしなかった。

 

 

 ――

 ――――

 ――――――

 

 

―現在―

 

 

 慎重に咀嚼していると、じっとこちらを見つめる一対の視線を感じた。

 

 いよいよか。

 何かあるとは感じていたが、その内容に皆目見当もつかないのが総武高校全男子の妹こと、最強の後輩一色いろはという生き物である。

 

「先輩、今度わたしがお弁当作ってあげましょうか」

「ん、んんぅ‼」

 

 お前まで何言い出すんだ。これ以上、俺の心労を増やさないでくれ。

 

「どうですか? せーんぱいっ」

「……またお前の逆鱗に触れそうな感想しか出ないだろうから遠慮しとくわ」

「その割に、めぐり先輩のお弁当は遠慮してないじゃないですかー」

「あ、いや、これはね……」

 

 千葉県の食品ロス率を下げる為に止むを得ず、なんて言ったところで白い目で見られるのは分かっていたが、他に上手い弁明もないわけで、試しに告白するとやっぱり白い目というか、前に嫁度対決で由比ヶ浜が作った和風ハンバーグを見ている俺のような目で見られた。俺が客観的にどんな目をしてたか知らんけど、多分そう。え、俺の屁理屈って覚悟して無理しないと聞いてられないレベル?

 

「ほんとのほんとはどうしてですか?」

 

 おう、なんとなく終わったつもりであったが許されていないらしい。追及の手を緩めないいろはすは新たな手管でもって俺を籠絡しようとしている。

 

 椅子を近づけ、肩が触れ合う距離に接近する。

 内緒話のように俺の耳元に唇を寄せ、小さな声で囁いた。

 

「……言ってくれないとぉ」

 

 するりと脳髄へ流し込むように、あの言葉が耳朶を甘噛む。

 

「……また『いろはすポリグラフホールド』しちゃいますよぉ?」

 

 がたっと椅子ごといろはすから距離を取る。彼女を見ると、へっとバカにし腐った笑いを浮かべていた。

 

 きっと俺の顔はみっともないくらい赤く染まっているだろう。その原因が小ばかにされた羞恥からなのか、いろはすポリグラフホールド(ただの抱擁)をされることへの期待によるものなのか。後者であったなら、同じ技は二度も通用しないどころか、二度目の方が高いダメージを被る逆聖闘士ムーブである。一度目にデバフ効果まで付与されちゃってますよね、これ?

 

「ねぇ、せんぱぁい、教えてくれないんですかぁ? 教えてくれないとぉ、またしてほしいんだって思っちゃいますけど、いいんですかぁ?」

 

 主語を省くな。なんかエロいし、あざとい。

 

 しがないことでも心がざわついていた今日が嘘のようないつも通り。一時的かもしれないが平穏を取り戻した俺は、普段よりも抵抗少なく後輩の頼みを聞き入れた。

 

「今日はぼーっとしてたら購買に行くのが遅くなってな。なにもパンが買えなくて昼飯のマッ缶を飲んでるところにめぐり先輩が弁当をくれたわけだ」

「……そんなすぐ教えてくれるとそれはそれで悔しいんですけど」

 

 いろはすポリグラフホールドに興味がないと言い換えたような自白に一色は頬を膨らます。じゃあ、どうすりゃよかったんだよ。

 理不尽な苦情にげんなりしながらも、あらましを続けた。

 

「そしたらここに連行された上、名前で呼ばないと弁当を分けてくれないという弁質交渉を持ちかけられてこうなった」

 

 弁質という新語に怪訝な顔を見せるもすぐに呑み込み、ふっと呆れ顔で溜め息を吐く。

 

「経緯は分かりましたけど、分からないですね」

 

 何くれとなく含みを持たせる一色の言葉に頭を悩ませるのはいつものことだが、ついに哲学的な領域にまで達してしまう。返答のしようがないので、ある程度翻訳してくれるまで黙ってめぐりっしゅ☆弁当を口に運ぶ。

 

 何も言ってこないことを怪訝に思ったのか、一色が不満を滲ませる。

 

「……先輩、聞いてますか?」

「聞いてるけど、分からんので……」

 

 一色に似せた言い方をするも僅かな違いが影響し、ただ理解力がないことを喧伝しただけになってしまう。一色の哲学と俺の無理解、雲泥の差である。

 

「はぁ、分かりませんか」

「……分からんな」

 

 早いとこ問題文を翻訳してほしいと言外に仄めかすも、一色は俺と弁当を交互に見やるばかり。そのうち書類をさばく手も完全に止めてしまった。

 

「……それ美味しいですか?」

「……普通に美味い」

「やっぱり変ですね」

「どうしてそうなる?」

 

 哲学から禅問答へと変容していくやり取り。

 あちらはまだしも、俺にとっては足が地に着かないふわふわな状態が続き、なんとも居心地が悪い。

 

「それですよ、その感想。ってかその前からずっと変です」

 

 何がだ? この『めぐりっしゅ☆弁当』が美味いのは事実だし、なんも変なところはない。

 一色さん、翻訳足りない。もう一声。

 

 一色は両手で頬杖をつき、何も書かれていないホワイトボードをぼんやり見つめる。隣に座る俺に意識を置きながら、ゆっくりとその続きを紐解いていく。

 

「いつもならもっとこう「美味い」の前に、散々悪足掻きみたいな講釈たれるじゃないですか」

「い、や……、まあ……そう、かもね……?」

 

 俺という人間を知り尽くした後輩が、容赦のない言葉の刃をぐさぐさと突き立てる。

 いや、確かにそうなんだけど、あなたが来る前に俺は割と頑張ってたわけですよ。そこが査定されていないとなると、こちらとしても納得いかないわけであり今日は判子を押さずに保留し続けてキャンプに自費参加も辞さないというか、いつから俺は千葉ロッテに支配下登録されたのやら。

 

「それこそ本人の前で「めぐり先輩」なんて呼ぶくらいなら、弁当なんて食べられなくていいどころか便器に流すことも厭わないのが先輩じゃないですかー」

「ちょ……、君ねぇ……」

 

 一色さん、翻訳し過ぎて胸の中に収めて置いてほしかったものまでダダ洩れしてますよ。お前、俺のことそんな風に思ってたのかよ。お前の中の俺ひど過ぎでは? 目だけじゃなく心も腐ってるじゃん。

 心ならずも後輩の秘めたる想いを知ってしまい、諦めにも似た溜め息が漏れる。

 

「そんな先輩が「めぐり先輩のお弁当、美味いです」なんて、変だと思うに決まってるじゃないですか」

 

 こちらを向きながら、そう確信する一色。

 ここに辿り着くまでに想像以上の傷を負ってしまった気がする。

 含ませば足りず、訳せば過分で、ちょうどいい按排はなかったのか。

 

 内心毒づいていると、一色の翻訳は終わりを告げるどころかようやく本題だと言わんばかりに連綿と続いた。

 

「……だから、何かあったのかなって思いまして」

「…………」

「昨日、あの後に改造手術でも受けたのかと」

「はい?」

 

 真面目な雰囲気をぶち壊す想定外のぶっ飛んだ質問に目を丸くする。

 

「誰に? ダイジョーブ?」

「……わたしが心配してあげてるんですけど、先輩の方が頭大丈夫ですか?」

 

 なかなかに辛辣な返しではあるが、そこは「大丈夫」じゃなく「ダイジョーブ」なんだよなあ。パリピなJKには通じなかったかダイジョーブ博士ネタ。

 まあ、いろはすの口から「トミー・ジョン手術」とかの単語(元ネタのモデル)が出てきたら「こいつ、出来る……」を通り越して「この子、怖い……」になるだろうし、俺のどこを切り開いて探しても「めぐり先輩のお弁当、美味いです」なんて宣う「素直」は存在しないので自家移植出来ないんだけどな。いやいや、あったとしても性格は移植出来ないから。そもそも俺の中にあったら移植しなくても機能してるもんでしょ性格って。つまり、俺は手術自体が不可能であることが証明されてしまった。

 

 一色はげんなりと肩を落としてため息を一つ。

 ふっと吐き終わると横目でじっとりとした視線を寄越す。

 

「はぁ……、昨日あの後に川崎先輩か結衣先輩に教育されてそうなったのかと思ったので」

「……!」

 

 まるで浮気した罪悪感から妻に優しくなる男の不自然さを突く鼻の利きよう。いや、実際には教育されたわけでも手術を受けたわけでもなく、ほぼ当たってないんだけど、キーワードが一致しただけで必要以上にキョドってしまった。

 

「まあ、ぶっちゃけ? 特に興味とかありませんから、わたしのこと壁だと思ってぶちまけてみたら楽になるかもしれないんじゃないですか?」

 

 酷い文句で懺悔を促してくるが、ひどく魅力的な申し出でもあった。

 心配していると言ってみたり、かと思えば興味がないなんて矛盾した言い方に、この後輩なりの気遣いが感じられ心温かくなってしまう。”酷優しい”とでも呼ぶべきだろうか。一色いろはを顕す標語として流行らせていこう。

 

 わざわざ興味がないと断りを入れてくれたので、心置きなく独り言を呟くとしようか。

 

「……あるところに、ものすごく可愛い年下の女子がいた」

「はっ、え? ……んん?」

「どした?」

「…………はあ、なんか思ってたのと違う導入だったので。でも、どうぞ続けてください」

 

 突如始まった昔話風ストーリーテリングに一色は戸惑いながらも先を促す。

 ナレーションベースの展開なのに”年下の”とかいう主観的な基準が入ってしまってる時点でいきなり破綻しているのだが、”妹”と表現するよりはいくらかマシだ。

 

「その女子は普段からよく揶揄ったり小ばかにしてきたりもするが、本当は優しくて……実は腹黒い」

「はぁ、……はい?」

 

 ついでに”底が浅い”も付けておきたいがテンポも大事だし省くことにする。

 

「それって……」

 

 何か呟いているが、流れを止めたくないのでここはスルー。

 なんか目を逸らしてもじもじちらちらしだしたがスルー。

 

「ある日、その女子と近しい関係である男子が、とあるイベントでチョコレートを貰ってきた」

「…………」

「男子は内心けっこう……いや、だいぶ? ……違うな、…………すげー喜んだ」

「そ、そう……ですか……」

 

 かなり恥ずかしいことを言っている自覚はある。だがこれは壁に向かっての独り言であり、語り部として架空の物語を語っているのだから何とかなった。

 それよりも興味がないなんていう割りにいちいち応答あるのがこそばゆい、というかやりづらい。黙ってぶちまけさせてくれ、頼むから。

 

「その男子は、のっぴきならない事情からある女子のチョコを食べたんだが、その事実「誰のチョコですか⁉」おい壁、しゃべんな」

 

 食って掛かるように質疑を挟んできた一色をだいぶ酷く窘めた。

 だってもうさっきからずっとなんですもんこの子。興味ないとか嘘ですやん……。

 そんな過去最大級のぞんざいな扱いを気にも留めず、自身の願望に忠実な一色は”壁”として妖怪デビューでもしそうなくらいに喋り続ける。……華奢なぬりかべだな、ベニヤ板より脆そう。

 

「いーから黙って誰のチョコかだけを可及的速やかに白状してください」

「黙って白状とか、言ってることに矛盾があるどころかこのやりとりの前提条件ぶち壊してるの分かってるんですかね?」

 

 ”興味を持たず壁となって”が丸ごと破綻していることにお気づきでない模様。

 つまらなそうに前を向いていたのも今は昔、軽い昂奮状態の一色は身を乗り出して追及してきた。ちかいちかい、ちかいって! 吐息が耳を撫で触ってんだよ、耳弱いからぞわってするの、ほんとやめて!

 

「とにかく黙って聞いててくれ。興味ないって言ってただろ」

「思ってたのと違ってた、とも言ったじゃないですか。そこだけは興味あるんです!」

 

 確かに予期せぬ視点から、新たな興味の対象を認知するのはあり得ることだ。めぐり先輩から聞いたコンペの話が本当で、一色がその関係者なら知りたがるのは当然である。

 俺の中では既に隠す意味もなく、自然と一色の求めに応じてしまう。

 

「……川崎な。川崎のチョコ、食った」

「…………そう、ですか」

 

 眉根を寄せ哀感を浮かべる一色。めぐり先輩が言うには、最初に食べたチョコの持ち主がデスティニーランドの権利を有するらしいので気持ちは分かる。

 いや、むしろ一色にとっては告白爆死したトラウマ級テーマパークでもあるデスティニーが話題に上がったせいで出た反応かもしれない。

 

「……続き」

「へ?」

「楽になりたいんですよね? さっさと続けてください」

 

 ええ……、興味津々じゃねえかよ。ぶちまけて楽になれと言ってたわりには盛大に哀歓を見せつけてくるし、ただ秘め事を吐露してるだけで余計にツラいんですけど……? 苦しみから解き放つ天使のいろはすどこいった? ”楽になるかも”が、トドメを刺すって意味なら、もはや悪魔的発想。

 

 意気阻喪させられ、これ以上続ける意志はないのだが、俺の生まれながらに持っている対年下×効果(赤特殊能力)の影響か、嫌だと言おうが厭だと思おうが否だと念じようが、結局いろはすの思い通りになってしまうのである。

 

「……のっぴきならない事情から、ある女子のチョコを食べたんだが」

「川崎先輩のですね」

「……まあそうだが」

 

 もう合いの手まで入れちゃってるじゃん。これナレーション形式の意味あんの? 対話形式になってない? 壁ってもっと奥ゆかしいものでしょ。家にこんな勢いで喋る壁とかあったら事故物件疑っちゃうっていうか事故物件そのものなんですけど?

 そして、次の文節が最も口にしたくない地雷ワード……であったはずなのに、思いの外すんなりと口に出来てしまった。

 

「…………そのチョコ情報が、どうやらその年下女子から外に漏れた疑いがあっ「そんなわけないじゃないですかバカなんですか疑うとかクズ過ぎなんですけど⁉」えぇ…………?」

 

 クリパのブレストよりも余程まともに意思疎通が出来ているくらいガッツリ双方向な対話なんだが。そこだけは(・・・・・)興味があるどころか、いまのところずっと興味しかない、になってるぞ。

 

 何よりも驚いたのは一色の力強い否定だ。

 どうして小町――説明上、年下の女子だが――が情報漏洩していないと言い切れるのか。しかも、一色は小町との面識がないのだ。俺の知らぬ間に運命的な邂逅でも遂げてしまったのかと心配になるくらいの擁護っぷりである。

 

「そりゃあ、確かに自分のチョコが最初に食べられなかったことにショックを受ける女子もいるかもですけど、だからといって報復紛い……いえ報復にもならない告げ口なんて……」

 

 そこまで言って急に何か思いついたのか、しゅばばっと椅子ごと距離をとって手をぱたぱたとさせる。

 

「はっ! もしかしてあらぬ疑いをかけて精神的に追い詰めた後で優しくするDV手法のテンプレで口説く気でしたかそもそも今知った情報を過去に漏洩するとか有り得ないのでもっと筋の通った容疑で追い詰めてから泣き縋って謝ってくださいごめんなさい」

「はいはい、追い詰めない追い詰めない」

 

 そして、最後は恭しく一礼。めっちゃ早口でもう何言ってるのか分からないので、ギリ聞き取れた単語を拾って曖昧に返答した。

 

「なんですかその態度それもう絶対聞いてないじゃないですか」

 

 それよりお前も聞いてない振りくらい出来ないわけ? これじゃもういつもと変わんないし、それどころか”壁”に振られるという斬新な経験までしちゃったんですけど?

 完全に毒気を抜かれて冷静になると、疑問を抱いた部分に思い当たる。

 

 中途半端ではあったが悩みの一部を望まぬ形で相談して、それに対する解も得た。一色の言う通り小町が無実だとしたら、いま俺の中に去来する焦燥は極めて正常な感性だといえた。

 

 しかし、先程めぐり先輩の答えに抱いた安堵に対し、どうして怖気立ったのか、この道理に合わない気持ち悪さの正体が掴めない。

 由比ヶ浜と川崎どころか己のものですら理解できない『感情』という得体の知れない化け物に、俺は恐怖を抱いていた。

 

 その感情を生み出す要因――小町の冤罪――を声高に叫ぶ一色に、強い疑問を感じた俺は膨れっ面で睨む後輩に問い質す。

 

「……ちょっと訊いていいか?」

「なんですか」

「なんでさっき情報漏洩してないって言い切ったんだ? 他人が何を考えてるかなんて誰にも分らんだろ」

 

 「自分のことですらも」そう付け加えそうになるが、わざわざ哲学的な因子を加えて分かりづらくする必要などどこにもない。先程までの自己観察で感傷的になったせいだろう。意味深にして気取られでもしたら、一色に叩かれ埃が出ないとも限らない。そう思い至り、なんとか言葉を呑み込んだ。

 

 書類整理に戻ろうとした手をぴたりと止め、7:3で驚きと呆れが入り混じった表情を見せる一色。俺の顔を覗き込み、その言葉に嘘偽りがないと判断すると表情は呆れに全振りされ、深いため息と共に教戒が始――まるはずだったのだが、あろうことか不発に終わる。

 

「はぁ……やっぱり聞いてなかったんですね。本人が言って(漏洩して)ない、って言ってるんですからそこ疑うとか人として終わってますよ?」

 

 『一色いろはゴメンナサイ語録』を最も耳にしているのは俺だという自負はあるが、リスニング力が高いかというとそうでもない。

 一色が自分を飾らずにここまで忌憚なく振舞える相手はおそらく俺くらいであろう。そんな俺をしても、両の手で数え切れるくらいしか振られていないので耳を鍛えるほどには至らないのだ。

 

 そもそも基本、猫を被っている一色は普段から振り芸を披露することはまずないだろう。マジ告白されて芸で振る画は想像できないし、俺はある意味でレアな体験をし続けているのかもしれない。

 

 ――って、え、なに? 本人?

 

 拾いきれなかった言葉が再び口にされると俺は我が耳を疑った。

 

「ちょっと待て、本人ってどういう意味だ? お前、小町に直接聞いたのか?」

 

 看過できず聞き直すと今度は、なにいってんだコイツみたいな顔で応戦する。

 

「は? 小町……? 誰ですか? お米?」

「おい、このやりとり前もやっただろ。妹な、俺に似てない超可愛い妹」

 

 実際に血が繋がっているのか疑わしいレベルで、俺に似てるのは髪質とアホ毛だけ。他は絶望的に似ていないのでこう言うしかない。

 

「だって……ものすごく可愛い年下の女子って……え、あ、でも……」

 

 妹と表現しなかっただけであって”妹=年下”という条件は成り立つ。俺はなにもおかしなことは言っていないし、独り言つ一色も漏れ聞こえる言葉からそれに気づいたふうではある。

 

「……実は腹黒いって、言いましたよ……ね……?」

「? うちの妹はな。…………んん?」

 

 そこまで答える段になり、もしかしたらという仮説が浮かび上がった。

 

 まだ小町と出会ったことのない一色にとって暈されたストーリーテリングは存外に効果的であったようだ。そのせいで”腹黒い”と自覚している彼女は”年下”と結び付け自分のことだと誤認する。

 思えば、小町と一色の二人を知る由比ヶ浜と雪ノ下ですらどちらを指しているのか判断がつかない表現だったかもしれない。むしろ、妹と銘打たないせいで一色有利に働くまである。

 

「……あ⁉ う、あ……」

 

 ずっと思索をしていたであろう一色は、顔どころか耳や首まで赤く染め、羞恥に身を震わせる。

 この反応こそ仮説が事実である何よりの証明であった。

 

 なるほど一色であったなら、たったいま知ったばかりのチョコ情報を過去に遡って漏洩することは不可能であり「言ってない」という答えに承服せざるを得ない。

 

 こうして俺の疑問は氷解し、彼女の問題が浮き彫りになる。

 

 一色にとって「ものすごく可愛い」を取り違えてしまったことはこれ以上ないほどの失態である。

 系統としては「アイドルが握手会を開催してファンが誰も来ない状況」とでもいうべきか。いかに心寒からしめるイベントか想像に難くなく、一色の顔を見れば大袈裟な表現でもあるまい。その証拠に、隣からはじっとりと湿っぽい空気が感じられた。冬の寒さがアシストすれば比喩ではなく本当に湯気が出そうなくらい茹で上がったいろはすがそこにいる。

 

 何を言っても死人に鞭打つような結果しか生まれない空気に恐怖しながら、俺の出来る配慮は何かと沈潜する。

 ベストプレイスから生徒会室へ直行したので飲み物がないことに思い当たり、部屋の一角にある冷蔵庫と電気ケトルの傍のティーセットを見比べる。

 

「……なんか飲み物もらっていいか?」

「ふぇ⁉ あ……、はぁ、どうぞです」

 

 冷蔵庫が一色の私物ということもあって手を付けるのが憚られた。季節も相俟ってホットを選択し、電気ケトルのスイッチを入れる。

 

「お前も飲むよな? なにがいい?」

「は、はい、じゃあ、珈琲をお願いします」

 

 考えるまでもなく触れないことが武士の情けだと悟り、何事もなかったようにお茶の用意をする。ケトルがこぽこぽと泡の弾ける音を奏で始め、それが先程までのペーパーノイズに代わって生徒会室を支配した。

 俺の計らいに気づいたのか作業に戻るが顔はまだ赤いままだ。

 

 珈琲を淹れ、一色に差し出すと「どうも」と軽く会釈して口をつける。んぐぅっと眉根をひそめカップから口を離す。毒でも入っていたかのような反応に、淹れた本人が吃驚してしまう。

 

「…………ちょぉあまいです……」

 

 うっかり俺の物差しで調整された珈琲はどうやら一色の味覚に合わなかったようだ。こんなに美味しいのに、と相違を口にしながら身体に糖度を流し込む。甘さと温かさが内側に広がり満たされているとめぐり先輩が戻ってきた。

 

「ごめんねー、遅くなって」

「おかえりなさい」

「えっ、あ、うん……、ただいまー!」

 

 俺が声をかけると一瞬だけ躊躇った後、いつものように元気ほんわかめぐりっしゅ☆ただいまー! を頂きました。

 

「どうしました?」

「……比企谷くんがおかえりなさいって言ってくれたのにちょっとびっくりしちゃっただけだよ。なんだか嬉しいかも」

「⁉ …………めぐり先輩も珈琲飲みます、か?」

「あ、うんうん、欲しいなー、ありがとー」

 

 その指摘によって、らしくなさを自覚させられた俺は珈琲を勧めてなんとか誤魔化した。何の(てら)いもなくこういうこと言えちゃうあたりがさすが天然モノと脱帽せざるを得ない。こちらの養殖モノはというと、ちびちびと甘い珈琲に没頭しながら未だに顔の色がとれずにいる。今の会話に微塵も意識を割いていない。

 

「……ん? 一色さん、どうしたの?」

「ふぇ⁉」

「えっ!」

 

 「なにかありました」を言語化したような悲鳴に、めぐり先輩の方が驚いていた。

 

「なんか顔赤くない? 熱でもあるのかな? 保健室いく?」

「え、あ、えっと」

 

 矢継ぎ早に心配を口にするめぐり先輩は一色の顔をまじまじと見つめている。上手く取り成してやらなければと頭を捻るが、もたもたしてるとそのまま保健室へと連行されてしまいそうだ。ちなみに、その連行力(そんな言葉はない)は身を以って経験済みである。一色などひとたまりもない。

 

 一色はいま顔を赤くしており、原因は熱か羞恥。熱だと保健室連行ルートなので羞恥の理由を考えなければならない。事実、羞恥が原因だし。

 

 人を騙すには少しの真実を混ぜてやると効果的だと聞く。確か一色も昨日映画を観に行ってたし、なら一色がプリキュアを観ていたことを俺に揶揄われたから、というのはどうだろうか?

 

 ――――否、没、却下。

 

 めぐり先輩がプリキュアを理由に相模グループのような蔑如をするはずもないことは分かっているが、それでも普通に一色本人が嫌がるだろう。事実を打ち明けるよりも嘘のがダメージ大きくなる本末転倒なやつだ。

 

 考えろ、他に何かないか。そういえばそろそろ期末試験だった。これは使えるか? ああ、めぐり先輩が一色を連れて保健室に向かいそうだ。もう時間がない!

 

「俺が出題した問題を解けなかったんで悔しくて拗ねてるんですよ」

「⁉」

 

 途方もない出まかせが口を衝いた。当然予想外であろう一色は驚きの表情を見せる。こちらに視線を向けためぐり先輩に見られなかったことは幸いであろう。上手く調子を合わせてくれればと心中願っていた。

 

「出題って? あ、そろそろ期末考査だっけ」

「そ、そうなんですよ~。こんな目付きでも先輩って結構成績いいみたいなんで~」

「目付きは関係ないだろ」

 

 さすが一色。勘とアドリブに優れ、特にこうした立ち回りは普段から被った演技で訓練されている、というのが俺のあざとい後輩評である。

 

「へぇ~、比企谷くんどんな問題出してたの?」

「え、あー、国語が得意なんで読解問題を…………!」

「っ‼」

 

 意図せず、直近の苦い経験を想起させるレトリックとなってしまう。例え話の誤認と結びついたようで、一色はぷるぷると顔を赤くしたままこちらを睨めつける。その様はあまりに小動物じみていて、つい笑みをもらすと、それを煽られたと受け止め、ますます熱を帯びていく悪循環。

 どうしたものかと思案していると、めぐり先輩が追従してきた。 

 

「そっかー、私も文系で国語は得意だから協力できるよー」

 

 意気揚々とズレた認識を披露するめぐり先輩に、俺たちは苦笑いで答える。

 その意味が分からずめぐりっしゅ☆すまいるを返してくる年長者に俺も、きっと一色もほんわかさせられたことだろう。

 

 

 

つづく




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