サキサキのバレンタインは色々まちがっている。   作:なごみムナカタ

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二週間過ぎちゃいそうだったので、いつもより少な目ですが急いで出します。

やっとまた少しプロットが進んだ。
このところのいろはめぐり回はずっと思い付きを差し込んでるだけで、プロット自体はめぐりにチョコ情報について話したことくらいしか進んでませんでした。


43話 その虚言は少女を救い、彼の歩みを押し止める毒である。

 両手の平を合わせて、ひときわ丁寧な礼。

 悟りを開いた僧が見せるような敬拝を中身の入っていない弁当箱に向ける。

 この世の生きとし生けるもの全てに感謝を込めて、いただきます……違った。これから食べるつもりかよ。

 

「御馳走様でした」

「お粗末様でした」

 

 俺の礼に謙るぽわぽわな先輩はまるでお菓子を買ってもらうけーちゃんのようなキラキラした目で見つめてくる。

 かつてこれほどまで「目は口ほどにものを言う」瞳が存在したであろうか。その感想を今か今かと待ち望むめぐり先輩の目は、アイフルのCMでお馴染みのチワワも斯くや。なにそれ、感想はボーナスまで待ちなさ……って、お馴染みじゃなく懐かしだったわ。

 そんな庇護欲を煽る瞳は俺の捻くれ防壁を簡単に突破してくる。めぐり先輩の瞳には一億八千万キロワットのエネルギーが込められているというのか⁉ いいえ、俺の捻くれ防壁がラミエルに比肩しえないだけです。あいつのATフィールドは肉眼で確認できるくらい強力だしな。

 

「あー…………美味かった、です」

「……‼」

 

 嬉しそうに顔を綻ばせるめぐり先輩が眩し過ぎて視線を逸らす。その先にあった一色の顔との対比が凄まじく、対義語みたいな表情だ。何か言いたそうにしていた割りには黙って聞いていた一色が不気味に思えた。

 

 こいつなりに気を遣っているのだと窺える。そういう常識は弁えているんだよな。また「弁当を便所に流すことも厭わない」なんて評されたら部屋全体が凍り付くところだった。

 なにそれオーロラエクスキューション? 部屋全体が氷の棺になるみたいなもんだからフリージングコフィンか。いや待て。いつから一色は水瓶座になったんだろうか。四月十六日の牡羊座だろ? アリエスのいろはす。うむ、語呂が悪いし、聖衣(クロス)の修復とか出来なさそう。しれっと誕生日覚えてる俺とかキモすぎだろ。

 

 下らないことに沈潜していると、めぐり先輩がぽしょっと聞き捨てならないことを呟いた。

 

「…………やっぱり留年したかったかも」

「怖いこと言わないでください……」

 

 めぐり先輩の一言を偶然拾い上げ、俺は戦慄した。

 

「え、先輩留年するんですか?」

「なんで俺のことになってんだよ……しねえし」

 

 いやめぐり先輩もしないけど。

 

「でも、どうせ浪人するんなら留年の方がお得だと思いませんか? 今ならわたしと同級生になれる特典までついてきちゃいますよ」

「なにその『今お使いの物を下取りに出せば何と価格は20%増しです』くらい意味のない特典」

「なんですとー!」

 

 色々ツッコミどころ満載だが、それだと先ず以て入試一回損してるよね?

 一色の暴論特典を冷静に往なしていると対面からもツッコミが入る。

 

「だめだよー、比企谷くんが留年したら私と同級生になれないんだからぁ~」

 

 ツッコミ方がおかしいですし、ツッコむとこもそこじゃないですよね?

 自分が留年する前提の物言いに一色も引いている。

 ついでに他人を留年させようとするお前にも引いてる。

 

「落ち着いてください。もう今からめぐり先輩が留年することは不可能ですから」

「うーん、だったら比企谷くんが私と同じ大学に進学するで手を打てばいいかなぁ」

「そのやりとりさっきしましたから。ないですから」

「あれ、でも先輩って文系じゃないですかー」

 

 余計なこと覚えてんなコイツ、と内心毒づく。

 先程の文系発言を鑑みて漏れ出た一色の援護射撃(本人にそのつもりはないだろうが)に相好を崩すめぐり先輩は逆に怖く映った。

 

「えー、じゃあ、おんなじ進学先にすればいいんだよ、うんうん、そうしなよー」

 

 葉山ではないが、そんな理由で進路を決めるべきでないと心配してしまう。しかし、唯一知っている先輩(癒し効果抜群)が在籍する、というのも一つの要素ではあるし、むしろ学問を修めるためではなく、働くまでのモラトリアムとしての進学なら、なおのこと十分な動機になる。

 そこまでではないにしろ、俺の進学先選定もあまり褒められたものではないので強くは否定できない。

 

「でも先輩ってー、私立文系一択じゃないですかー」

「え、お前にそんなこと言ったっけ」

「前に私立文系のが圧倒的に楽って言ってたじゃないですか。英国社三教科やっとけばいいって。先輩が好きそうな選択ですよね?」

 

 ほんとにいらんこと覚えてんな。そして俺の性質までしっかり把握されている。でも補足解説ありがとう。

 

「比企谷くん私立なんだ? まだ一年あるし私と同じ国立文系にしちゃお」

 

 一色の補足解説を聞いてまだ翻意を促すとかハート強すぎでは? 俺の理系が弱すぎって話もありますけどね。

 

「たった一年でどうにかなるほど、俺の理系科目はぬるくないんで」

 

 それってどんな自慢? といわんばかりに残念なものを見る一色。

 対照的にまるで(こいねが)っていたかのような反応を見せるめぐり先輩が、胸の前でぱんっと手を合せた。

 

「じゃあ、私が理系科目みてあげる! それならどうかな?」

 

 にこにこぽわぽわめぐりっしゅ☆すまいる降臨!

 うっ……眩しい……癒しが行き過ぎて逆に身体が崩れてしまいそう。閃華裂光拳の使い手かな。それで目潰ししてくれたら過剰ヒールも俺には丁度いいかもしれない。

 

「いや……でも俺、数学は……」

 

 捨ててはいるが、善意で教えてくれるというめぐり先輩の申し出を無碍にするのは良心が痛む。

 

「私の大学ってはるさんもいるし、同じ大学に行きたいよ「慎んでお断りさせていただきます」ね、ってなんで⁉」

 

 普段ですら忌避するものが今はなおのこと、それまでの葛藤など吹き飛んでしまうくらい拒絶してしまう。

 とっておきのつもりで出した交渉材料が一蹴され、酷く狼狽えるめぐり先輩。その姿がどうしようもなく面白くて、ほんわかする。

 

「はいはい、数学よりもまずお仕事を片しちゃいましょうー」

 

 お前が言うなという科白で以ってこの場の幕引きを図る一色。

 しかし、可能性は低いが、この話題が続けば陽乃さんとの口論にまで言及される恐れがあったので、俺としては助かった。

 めぐり先輩も脱線しすぎた自覚があるのか、黙ってそれに従う。

 ……でも俺たち手伝う側なんだよなー。

 

 仕事が再開されたのは既に昼休みも残り僅かとなった時間帯であった。

 今年度の仕事は主に卒業式関連だろう。特に、一年生ながら生徒会長である一色は此度の送辞を任されている。答辞を読むめぐり先輩とこうして仕事をするのは非常に効率がいい。

 

「それじゃ先輩は送辞の草稿をお願いしますね♡」

「またすごい仕事ぶん投げてくるな……まあ、やるけど……」

 

 元来、送辞を読む一色自身がやるべきだとは思うが、世の中には『謝罪代行業』なんていう一昔前では理解し難い職種もある。自分で謝るよりプロに任せた方が確実で手間もかからず、ならするでしょアウトソーシング。謝罪の精神からは遠く離れてるけど。

 でも俺プロじゃないから、やるといっても例年の送辞やネットで検索したテンプレを参考にして打ち直すだけ。最後は心を込めて清書して下さいね一色さん。

 

 しかし、目の前でこんなこと話しててめぐり先輩がどう思っているかに不安を抱く。真面目だからなぁこの人。文化祭で言われた苦言が過る。うっ……頭が……!

 

「そういえばめぐり先輩と川崎先輩って仲良いんですか?」

 

 わざわざここにまで呼びに来たし、訊きたくもなるか。

 それに対してぽわぽわすまいる☆を崩さずノータイムで返すめぐり先輩。

 

「んー、先週比企谷くんと一緒に川崎さんの妹さんを家まで送り届けたんだよねー」

「⁉」

 

 一色の動揺が俺に伝播し、送辞をググろうと誤字って曹丕と入力してしまう。こいつ、実は三男だったのかという無駄知識を入手してしまった。

 いやいやそうじゃなくて、何で一色が動揺してんの?

 

「な、なるほどー」

 

 めぐり先輩は事実を話しただけなのに、周囲の温度が下がっていく。

 あれ、ヒーター壊れたかな。主に隣からの冷気が俺の冷覚を刺激する。扉開いてたっけ? でも横を向くのはやめておけと本能が訴えかけてくる。俺と扉の間にいるナニカと目を合わせたら原子の動きを止められてしまいそう。なんだその表現、氷の聖闘士の戦い方かよ。素直に凍るでいいだろ。

 

「そこから話すようになった感じかなー」

「へー」

 

 自分から訊いておいて心底興味がなさそうに返事する一色。その意識は別の方へと向いていた。そう、主に俺。

 もうちくちくと横から視線が刺さっているのが分かる。流し目で一色を見るとその目は「お前、マジ何してんだよ自覚ねぇのか」って意味をはらんでいそうだった。え、自覚ってなに?

 

「……川崎先輩ってどんな用があったんでしょうね?」

 

 めぐり先輩はその何気ない一色の言葉にほんの少し硬直した後、顔を向ける。笑顔に変化は見られないが、その場の空気は僅かだが確実に変化していた。

 そうと悟らせないよう普段と同じゆったりとした優しい口調でめぐり先輩は答える。

 

「先週のお礼かな。川崎さんって凄く律儀で、そういうとこしっかりしてるんだよ」

「へー、なるほど」

 

 引き続き一色の興味が薄い。自分から訊いたことに対する反応とは思えないほどに。それに引き摺られたのか、答えの不自然さに目が向いた。

 律儀なのは知っていたが、あの人見知りな川崎がお礼の為にわざわざ生徒会室まで尋ね歩くだろうか。一色の視線が胡乱げなものに見えなくもない。

 

 つまり、この答えは嘘の可能性が高いのだろう。めぐり先輩のみならず川崎のプライベートにも関わるし、取り繕うのはむしろ当然か。俺だって陽乃さんとの口論を濁したしな。

 

 一色の訴えにどのような意図があったか、未だはかりかねているが、藪をつついて蛇を出す必要もあるまい。俺は頭や口より手を動かすことに集中した。もとい、主にグーグル先生が働くのだった。おーい、送辞やーい。

 

 

      × × ×

 

 

 授業を終えての放課後、いつものように教室を出てようとして雪ノ下の残した言葉が思い起こされた。

 

(……あー、今日から部活なしか)

 

 危うく部室まで足を運び、扉が開かないことで「なんだ雪ノ下さん部長のくせに遅刻ですか、くすくす。しょーがねーな俺が代わりに職員室で鍵借りてきてやんよ」と意気揚々と向かい、平塚先生から「あん? 今日から試験期間で休みだぞ」と自身のぬけ作っぷりを思い知らされ、家に帰った後、部屋で枕を濡らすところだったぜ。――ながい! ながすぎる‼

 

 10ヶ月で刷り込まれた習慣というものに、いつの間にか服従していた。この分だと自虐をしない習慣化は俺の体質改善に大きく寄与していたであろう。現実はその誓いが三日と持たなかったのだが。

 

 さて、ならば帰るしかない。しかし、それはそれで頭の痛い案件が残っていた。

 

 家に帰れば小町が待っている。

 手酷く突き放され、疑念の目で射抜かれた小町は何の抵抗もなく俺に屈した。その態度と、陽乃さんから電話があった事実で密告したと断定したが、今は蟠りも薄れている。生徒会室で新旧生徒会長達と話したのがデトックスとなったようだ。元々情報としての価値などなかった上、冷静になり始めた俺の口から一色に明かしたくらいだから遺恨などあるはずもない。

 

 どうするかなど決まっていた。悪くなくても俺から頭を下げて関係改善を図るのが比企谷家流である。他の家でもそういうとこ少なくなさそうだけどな。

 

 

 帰宅後の対策に耽っていると、三浦達に手を振り教室を出る由比ヶ浜が目に留まる。何となく気になった俺は、由比ヶ浜の後ろ姿を目で追いながら行き先に目星をつけた。

 予感が的中していると悟ったのは、この10ヶ月間通った特別棟への道程を由比ヶ浜が歩んでいたからだ。

 

 雪ノ下のやつ、今日部活がないことを由比ヶ浜に伝えてないのか?

 懸念した俺は、間違いを正そうと由比ヶ浜の後を追う。朝以降、由比ヶ浜とは話しておらず、物別れが続いていた。その時の蟠りが邪魔をしてなかなか声をかけることが出来ない。今の俺なら無用な諍いを起こすこともないのに、今朝のことが非常に悔やまれた。

 

 結局、声をかけそびれた俺は部室の前までストーキングしてしまい、完全にタイミングを逃がす。扉が開かず『⁇』状態の由比ヶ浜に事情を話して和平交渉に持ち込もうか。

 そんな何手か先を考える棋士八幡の読みを嘲笑うかのように部室の扉が開いた。

 

「(ファ⁉)」

 

 何とか声を抑え、気づかれるのを回避した。

 あれー、雪ノ下部長。今日から部活ないっておっしゃってませんでしたっけー?

 淀みなく部室に入っていく由比ヶ浜を見ると、俺が聞き間違えてしまったかと不安になった。

 

 来なくていいと言われたのを律儀に守る意識がそうさせるのか、部室の前に立つも扉には手を掛けず耳を欹てた。かつて一色に聞かれてしまった羞恥イベントの想起が、俺にこの行動をとらせたのかもしれない。

 

『やっはろー』

『こんにちは』

 

 中から雪ノ下の挨拶が聞こえ、本当に俺が間違えていたのだと自省し扉に手を掛けた。

 

『……比企谷くんは来ないわよ』

『え⁉』

 

 扉に込めた力が抜ける。

 ”本物が欲しい”と訴えた時はこんなにも声が筒抜けだったのか。驚くほどクリアに聞こえる為、言葉に乗せられた色までも感じ取れてしまう。

 

 俺は一体何をしているのだ。部活休みが俺の勘違いなら今すぐ扉を開き「うす」といつものように適当な挨拶をして入ればいい。これではまるで、盗み聞ぎをしているようにしか見えない。

 

 早く扉を開けなければという意志に反し、手に力が入らない。

 いけないとは分かっているのに、中の様子に耳を欹ててしまう。

 

 罪の意識に苛まれながら、葛藤を続ける間も部室からは声が漏れ聞こえてくる。

 

『今日から部活をお休みにしたから。その方がこうして話すのに都合がいいと思って』

 

 ……俺がいない方が都合がいい?

 それを聞いて胸がざわついた。

 

『……よかった。助かったかも……ありがと、ゆきのん』

 

 雪ノ下の計らいを、つらそうにも謝辞を述べる由比ヶ浜の音吐(おんと)

 それがどういう意味なのか。否が応でも察しがつく。俺に聞かれたくない話があるのが明白だった。

 

 いや、誰だって他人に話せないことの一つや二つ内に秘めているし、それを話せと言うほど傲慢でもない。むしろ妥当といえよう。

 問題は凡慮の末にたどり着いたざわつきの正体にある。

 

 この胸のざわつきは秘密が共有されなかった疎外感からくるものではない。

 この場を設ける為に、雪ノ下が俺を欺いたことが源泉となっていたのだ。

 

 それは小町によって引き起こされた事件と似ていた。

 陽乃さんから電話がきてうっかり口を滑らせたのか。はたまた自慢げに言い触らしたのか。それとも訊かれて密告したのか。

 どのようにして起きたのか俺には知る術がないが、小町から伝聞された事実に変わりはない。

 

 一番近しく、最も信頼する最愛の妹の裏切り。

 それと同じことを、よりにもよって雪ノ下雪乃の虚言で以って成されたのだ。

 雪ノ下に欺かれたばかりか、押し付けたその理想(虚言を吐かない)にも裏切られ、失望で圧し潰されそうになる。

 

『……話してくれるかしら?』

 

 その言葉を最後に扉から離れる。

 これ以上、ここに居たくなかった。

 

 

 

 逃げるように部室を離れると、こちらに近づいてくる人影があった。このところエンカウントの高い一色いろは生徒会長その人である。

 

 俺の存在を認識した一色は、カーディガンの袖からわずかに覗く指先を全て露出するほど全力で手を振ってきた。

 やだなー。またこいつ奉仕部に仕事ぶん投げに来たのかなー。

 

 

 ……待てよ。となると奉仕部が目当てってことだよな。

 

 このまま一色を奉仕部に行かせるのは俺にとって都合が悪いのではないか。部活以外でこの特別棟に用事があるわけもなく、俺がここに居たと一色が口を滑らせたら……。雪ノ下なら立ち聞きしていた事実まで突き止めるかもしれない。

 

 そうならない為には一色を部室に近づけないようにしなくてはならない。

 一色と接触するわずかな時間で対策が浮かぶ。

 

「今日から試験期間だから部活休みだぞ」

「えー」

 

 俺マジ策士と自画自賛するもただ事実を述べてるだけだった。

 一色は残念そうな声を漏らし表情も同様だ。そんな当たり前のことを何故わざわざ確認するかって? 科白と表情が乖離する確率がぶっちぎりで高いのがこの後輩だからだよ。あれだけ声と表情が別々の意思を持つ生き物も他にないぞ。

 

「あれ、じゃあ先輩はなんでここにいるんですか?」

「……俺も行ってから気づいたところだからな」

 

 意外と鋭い指摘に内心狼狽えていたが上手くやり過ごすことに成功した。やはり事実というスパイスを混ぜると嘘とはいえ自然風味が出るようだ。

 

 このまま生徒会室に帰せば、三人が今日バッティングすることはないだろう。確実なのは一色が帰るまで俺が一緒にいて監視することだが、そこまでするかは微妙なところだ。

 そんなことをすれば、控え目に言っても彼氏面した痛い奴に見える。俺が指摘するまでもなく、一色の振り芸に組み込まれる可能性が高いワードだし、なおさら出来る雰囲気ではない。

 

 

 来た道を引き返す俺達は会話の糸口を探していた。一色が本当にそう思っていたかは分からないが、少なくとも俺にはそれが必要なことだからだ。

 

 昼休みの出来事や、今こうして奉仕部に赴いたことを考慮すると一色が生徒会の仕事に忙殺されていると分かる。このまま同道し、昼休みの焼き直し(奴隷志願)をすれば俺の望みは達成されるであろう。

 

 しかし、毎回手伝わされてきたとはいえ、普段から手伝うことを宥め賺し、ぼやき断ってきた俺の原理原則からすれば自ら志願など口が裂けても言えぬこと。敏い一色には不自然に映るだろう。

 せめて一色の方からいつものようにおねだりしてくれれば折れたと恰好もつくのだが、欲しい時にこそ儘ならぬものである。

 

 昨日のとも昼休みのとも違う女子の馥郁(ふくいく)を隣に携え、いよいよ生徒会室と昇降口の岐路へ到達する。やはり迂闊に手伝いを申し出て腹を探られるのは避けたかった。

 

 諦念に染まった思考回路で会話の糸口が見つかるはずもなく、無言のまま分水嶺を超えた。

 

 話し掛ける方が問題を悪化させる――干乾びるほど脳漿をふり絞ってその結論に至った俺は、無駄のない動きで下駄箱へと向かう。

 その流麗さたるや、音を置き去りにした感謝の正拳突きに匹敵すると自負している。俺が着てるのは「心Tシャツ」じゃなく「I♡千葉Tシャツ」だけどな。

 

「せーんぱいっ」

 

 殊更甘やかな声音で声をかけられ、そちらに顔を向ける。見ると一色が俺と別れた場所に留まっていた。

 

「なに、どしたの」

 

 生徒会室に戻ったんじゃないのかと言外に問うた。

 

「先輩もう帰るんですか?」

「お、おう。部活ないし、試験期間だし、帰らない理由があったら逆に教えてくれ」

 

 柄にもなく「暇だったら今から生徒会室に来て仕事手伝わせてあげますけど」くらい清々しいまでの上から目線な理由を期待していた。

 むしろ「手伝わせてください」と言いたくても言えない事情があった為、吝かでないまである。

 

「そうですかー」

 

 人差指を口元に寄せ上目遣いで「んー」と可愛らしく唸る。もはや世界水準の域に達しているのではないかと思えるくらいあざとい。ここ千葉から世界に羽ばたく逸材と分野が「一色いろは」と「あざとさ」というのも釈然としないものがあるが。

 

 などと千慮一得どころか千慮無得な益体の無さを一人鼻白んでいると予想だにしない一言が会話の幕を閉じた。

 

「……それじゃ、一緒に帰ってあげます」

「……………………は」

 

 いや、新たな会話の幕開けでもあった。

 

 

 

つづく




あとがきっぽい活動報告はこちら→https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=264565&uid=273071

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