サキサキのバレンタインは色々まちがっている。 作:なごみムナカタ
2019.12.25 書式を大幅変更。それに伴い、一部追記。
《 Side Saki 》
(はぁ……やっといなくなったか……もう、なんなのあれ……付き合ってるわけ? 今日、一番堪えたわ……)
予備校に向かう途中、校門で比企谷を見つけたまではよかったが、声をかけようとする間もなく後輩に捕まってしまう。
確か、クリスマスイベントの時に仕切っていた一年生の新生徒会長、一色、だったかな。バレンタインイベントの時にも世話になったし名前は覚えてる。
その一色は比企谷に体当たりするなり一緒に下校すると、突然抱き付いて路地裏に隠れだしたり、もう普通に彼女みたいな異常行動が目立った。
比企谷は妹を可愛がっているせいか、年下の女の子の扱いが上手い。何だかんだでワガママを許してしまうし、妹限定かもしれないが実は気遣いができる。年下相手にはそれが勝手に漏れ出ているのかもしれない。
京華は天使だけど、それでも比企谷にとっては他人の子なのに、ものすごく構ってくれる。面倒見の良さと頼り甲斐のお陰で目の腐り具合なんて気にならない年下殺しっぷりは将来の京華が心配になるほどだ。
(ほんっと疲れた……これから予備校なのにこの寒い中、長時間イチャイチャコント見せつけられて……あたしの疲労を誰か癒してよ……)
精神的疲労困憊になったけど、今なら比企谷に接触できる。なんだかんだで渡せるタイミングに巡り合えてラッキーだったのかもしれない。
「比企谷」
「うおう⁉ 川崎か、脅かすなよ。今朝のお返しかよ」
「いや、別に脅かしてないから。あんたも今から予備校? 同じ講義だっけ?」
「あ、そうだった、一色があんまりにも長々と喋ってたせいで時間なくなってんじゃねーか、間に合うかこれ……?」
そういって比企谷は自転車に跨り、急いで家に戻ろうとするが無情にも目の前の信号は赤に点灯する。
「ついてねえな、おい……こりゃ無理かも……」
「……ねえ、比企谷、あんたもしかして教材とか予備校の準備してないわけ?」
「はぁー、不覚にもその通りだ。なんせ予備校あるの忘れて一度は奉仕部行っちまったからな」
「それで家まで取りに行って予備校に戻る気? 今からじゃ絶対無理でしょ」
「だよなぁ……」
「…………ねえ」
「なんだ?」
「……その……よかったら講義中、隣座って教材見せて……やろう、か?」
「は? いいのかよ?」
「い、いいって、それくらい。そうしないともう講義間に合わないよ」
「あー、いや、すまん川崎。マジで助かるわ」
「う、うん、じゃ行こっか……」
「お、おう」
× × ×
《 Side Hachiman 》
~予備校・講義終了~
講義が終わり、俺と川崎は帰路を共にしている。
講義中はちょっとだけ周りの視線が痛かった。なんせ、ぼっちの比企谷八幡といつも一人の川崎沙希の豪華共演ですよ? そりゃ視聴率が……集まるわけないですね。ただ冗談はともかく、俺は存在を認識されてないが川崎は違った。
もともと顔立ちが整っており、スタイル抜群で目立つ存在だ。そんな彼女に興味を持つ者(特に男)は多いだろうが、コミュ障でぶっきらぼうな上、そういった輩に興味がないのか全く取り合おうともしない。
川崎と仲良くしたいと思う男は相当数いるはずなのだが難攻不落過ぎて親しい男の影など見たことがない。そんな彼女の隣に座ることが出来る
レアキャラには違いないがあくまで外で見かけることがレアとかいう意味で、こういうことにおいてのレアではない。
実際、俺だって奉仕部活動でスカラシップのことを教えていなければ、予備校を辞めるまで話す機会すらなく関係は変わらないままだっただろう。
そんなことを思い浮かべながら辺りを見渡すと暗くなりかけていた。お互い自転車だしあまり送る意味はなさそうだが、それでも途中まで川崎と一緒に帰ることになったのだ。
正確には、川崎から頑なに帰ろうと誘われたのだ。今日の講義で教材を見せてもらった手前、強く断ることが出来ず現在に至る。
会話はないが、特に気まずさは感じない。その辺は雪ノ下に通ずるものがある。もっともあいつの場合、その気になれば息継ぎが必要になるんじゃないかというくらい長文の俺ディスりを間髪入れずに垂れ流し続けることもできるが。
あのモードになると、たまに思ったよりダメージを受けることがあるからなるべくならご遠慮したい。まあ、楽しいと思える面もあるがな。
「…………」
「…………」
川崎はずっと俯き加減で隣を歩いている。時間はそこまで遅くないが、彼女が夕飯を作るのであれば急ぐべきだろう。二人で自転車を押しながら帰ることはない。なのにそうしているということは、何か話したかったからではないのかと察するのは当然であった。
「……なあ……今日、お前が夕飯作んの?」
「え? あ、そうだ……けど、それがなに?」
「予備校あったし帰りちょい遅くなったから、それならわざわざ自転車押して歩かないで乗って帰ればって思っただけだ。これから作るんだろ? 時間なくなっちまうぞ」
「あ、……うん、そう……だ、ね……」
普段の彼女をよく知るわけではないが、それでも歯切れの悪い返事だというのは分かる。どもるでもなく、ぶっきらぼうでもなく、ただ言いにくかった、そんな返答。俺の指摘は正論であったはずだ。なにか地雷でも踏んだのだろうか?
「なんだ? らしくないな。お前いつも嫌なことはハッキリ断ったりするタイプじゃなかったか?」
そこまで言ってから前の正論とこの指摘についての意味を考える。言ってしまってから考えるなど我ながら浅慮だったと後悔した。
いつもなら口より先に思考が働く。どっかの語尾と頭に『べーっ』とカチューシャつけてる奴やお団子つきビッチ風ギャルみたいに思ったことを即口に出すタイプとは違うと自覚していたはずなのに。
夕飯をこれから作るのなら早く帰らないといけない。自転車を押すのは早く帰りたくない。完全に相反する。なのにこうしているってことは遅くなってでもしたいことがあるはず。
最初に思った通り、多分何かを話したり相談したりしたかったんだろう。そこまでは確定しているが、こうも話してくれないとどうにもならん。ぼっちには話しやすくするよう促す話術がない。
「い、いつもとか、別にいつもしゃべってるわけじゃないでしょ」
「そりゃ、お互いぼっちだし、全体的な時間で見ればいつもじゃないが、たまに話す時間を全てかき集めた中のいつもって意味でだよ。そもそも俺の今までの人生の会話時間は小町に七割、戸塚に一割、奉仕部と平塚先生に一割くらいで残り一割がその他大勢といえる」
「色々ツッコミたいとこあるけど、あんたの両親の分どこいってるわけ? あんた妹好き過ぎでしょ」
「(お、ちょっと笑ったか?)うちは両親が小町に愛情を注ぎ過ぎて余りの分しかもらえないので会話はない」
「家庭でもぼっち気取ってるとか悲しくならないの……?」
「小町がいればぼっちじゃねーし、それでいいからな。まあ、親に変に干渉されないからむしろ心地良いまである」
「(……あたしはその他か)」
何か呟いていたようだが聞き取れず、言葉を続けた。
「お前だって似たようなもんじゃねえのか? 俺が思うにお前の場合、両親が三割、大志が三割、けーちゃんに四割で残りの誤差分がその他だろ、違うか?」
「待って、ちょっと待って! 今度こそツッコミたい。対外的な会話時間が一割ないとか、それあたしがあんた以上にぼっちって言ってない?」
「あれー? 喜ぶかと思ったのにな。だってお前家族大好きじゃん」
「そ、そりゃあ、家族は大事だし好きなのは当たり前でしょ。でもさすがに両親三割とかはないよ、いつも忙しいし。京華に四割は……うん……まあ、当たってるかも……」
「否定しねえのかよ。ってか、こんなん冗談で言ってるんだし真面目に考えるなよ。なんだったら俺のその他だって一割なわけないだろ」
「え? じゃあ、あんたの対外的会話って本当は何割なわけ?」
「ほぼゼロだ。限りなくゼロに近い」
「…………」
「なんだよ?」
「……こうしてしゃべってるのにゼロなんだ?」
「……あ、いや……」
あれ……なんかおかしくね?
こんなの本当は、とか言ったって正確に分かるもんじゃないし冗談のままでしょ?
川崎さん真面目に受け止めてますけど……なんかさっきまでの沈黙と違って空気重いし、どうすればいいんだ……?
「……新しい生徒会長とも結構しゃべってるみたいだけど」
「あれはしゃべってるというよりこき使われてるだけだ。あれをコミュニケーションとして捉えるならば、社畜の皆様はコミュニケーションの鬼と言える」
「また茶化して……あんた少しは真面目に話できないわけ?」
こえー、眼力つよ! 今って真面目に話す時だっけ? 俺はTPOに応じたネタ提供をしているつもりですけど?
いや、ぼっちにネタ提供とかできるわけがなかった。つまりTPOにそぐわない内容だったのだ。八幡反省。
「……んなこといっても会話何割とか計りようがないだろ? こんな話題な時点で全てが冗談だよ」
「……そう」
また沈黙……なんとか会話を探そうとするもコミュ力不足で脳が空転する。
普段の読書が全く役に立たないとは、コミュニケーションとはなんて難しい学問なのだろうか。
「じゃあ、比企谷の家族以外の会話比率ってどうなってんのか教えて」
(え? ホント何言ってんの、この人⁉)
「……まあ、教えてやってもいいが、人に訊くからには先にそっちから話すのが礼儀だろ?」
「ん……まあ、そうかも。んじゃ、教えてあげてもいいよ」
「え? いつの間に上から目線?」
「あんただって上から目線発言じゃん」
「そういえばそうだな。否定はせん」
「……あたしは家族以外では、その他が一割」
(あれ、その他から発表? ベスト10方式みたいな感じか?)
「……比企谷が九割」
「……は?」
ものすごく間抜けな声が漏れてしまい、歩も止まる。川崎は前を向いて俯いたまま歩いている。
(……俺が……九割?)
あくまでも家族を除けばという前提条件なので、九割という数字から感じられるほど会話が多いわけではない。それは分かる。が、それと同時に家族以外で親しい人物が俺だけだということも意味している。
確かに、川崎の交友関係は狭い。というか俺の知ってる限りではあるが、無いといってもいいかもしれない。最近では海老名さんと話すところくらいは見かけるが、それも向こうから話しかけれ返事をするという、俺で例えるなら由比ヶ浜から一方的に話しかけられ相槌をうつ程度のもの。もっとひどく例えると材木座をあしらうのと同じだろう。
「……それって」
なに? お前、俺のこと好きなの? と続けそうになってしまうが何とか言葉を飲み込んだ。
徐々に離れて行く川崎。横断歩道の手前ギリギリまで進むと、足を止めた俺とは少しだけ距離が空いていた。川崎は振り向いて俺にこう告げた。
「……冗談に決まってるじゃん」
悪戯っ子のような笑顔をこちらに向けてそう言い放った。
「! 冗談かよ、俺が訓練されたぼっちじゃなきゃ、確実に勘違いして告白して振られるまであるぞ」
「⁉ あんたまたそういうこと……こんな会話なんて全て冗談って言ったのはあんたでしょ」
俺は川崎に追いついて横断歩道を渡ろうとする。前を行く川崎は鞄から何かを取り出そうと足を止めた。
歩行者用信号が青なので川崎は油断していたのだろう。
横断歩道で立ち止まった彼女に向かって車が突っ込んできた。
それに気づいたのは川崎ではなく――――俺だった。
「川崎‼」
「……これ……え⁉」
ビュ フォン! ガシャーン! グシャッ!
《 Side Saki 》
~一分前~
『比企谷が九割』
そう発したあたしはどんな顔をしてただろう。比企谷からも呆けた声が漏れた。
言ってからしまったと思った。
こんなのもう告白だ。
実際、家以外では学校と予備校とスーパーくらいしか外にでないし、その二ヶ所に比企谷が絡んでいる。
しかも、あたしはぼっちで積極的に他人と話さない。まともにしゃべるのは比企谷だけ。下手をすると『少なく見積もっても比企谷が九割』かもしれない。
「……それって」
(え、どうしよう……こんな道端で告白? 無理無理無理‼)
「……冗談に決まってるじゃん」
(! あ、告白までしなくても、今がチョコ渡す絶好のタイミングだったんじゃ……?)
「! 冗談かよ、俺が訓練されたぼっちじゃなきゃ、確実に勘違いして告白して振られるまであるぞ」
「⁉ あんたまたそういうこと……こんな会話なんて全て冗談って言ったのはあんたでしょ」
なに言ってんのあたし‼
どう見ても今のタイミングでチョコ渡すべきだったでしょ!
でも比企谷がそう思ってくれてるなら、今からでも……。
周りを気にせず急いで鞄からチョコを取り出そうとした。
「川崎‼」
「……これ……え?」
ビュ フォン! ガシャーン! グシャッ!
あたしは衝撃と共に歩道まで飛ばされ仰向けで倒れた。
自転車の倒れる音が二つ、車が高速で傍を通り過ぎる音と何かを轢く音。
……そして
あたしに覆いかぶさる大きな影。
「大丈夫か? 川崎」
「ひ、比企谷……」
「あっぶねえな、信号赤なのに無視してったぞあの車」
そう、歩行者用信号は青になったばかり。だから、あたしもつい横断歩道で立ち止まってチョコを取り出そうとしてしまったんだ。
……そういえばチョコは⁉
「あ! ……その……」
「あ? なんだ、川崎」
「その……どいて……くれる?」
「! ああ、すまん! 通報とかするなよ! 迷子の子供を助けようとしただけで通報されるくらい誤解されやすい体質、もとい目なんだから」
「し、しないよ、そんなこと!」
比企谷がどいてくれて、あたしはすぐに身を起こしてチョコの行方を探す。そしてそれはすぐに見つかった。
グシャッ ガッ グシャッ
その光景を目の当たりにして、あたしは倒れそうになった。
「あ、大丈夫か?」
比企谷はふらついたあたしを支えてくれた。前の車の死角となって反応できないのか、ラッピングされたチョコをよけれずいくつもの車が次々と轍をつけていく。比企谷の自転車が横断歩道の向こう側で倒れている。あたしを助けるために放置したものだが、それが今のあたしの目に映ることはなかった。
歩行者用信号が青になった。あたしが独歩できると確認すると、比企谷は支えを解き、対岸の自転車を拾いに行った。
あたしは道路に転がり何度も轢かれた少し前までチョコだった物を拾い胸の前で抱きかかえた。それはいくつものタイヤの跡で無残に装飾された変わり果てた姿。
情けないことに……視界が歪んだ。こんな公共の場所で涙を浮かべているのだ。
自転車を拾ってこちら側へ戻ってくる比企谷。スタンドを立ててあたしの自転車も同じように止めた。あたしはまだ涙を止められずにいた。
みっともない、みっともない、みっともない……でも身体がいうことを利いてくれない。決して溢れ出るというほどではないが、それでも涙が止まってくれない……くやしい……あたしはこんなに弱い人間だったのか……?
「…………」
「……あ」
「…………」
比企谷は、あたしの頭を優しく撫でてくれた。
「…………」
「……その……元気出せよ……チョコがお前の身代わりになってくれたんだから貰うはずだった奴もそっちのが嬉しいんじゃねえの?」
「……うん」
比企谷はそんなふうに考えてくれてるんだ……
つづく