サキサキのバレンタインは色々まちがっている。 作:なごみムナカタ
2019.12.25 書式を大幅変更。それに伴い、一部追記。
人に頭を撫でられたのはどれくらい昔のことだろう。
大志が生まれてお姉ちゃんになって、以来ずっと年上としての役割をこなしてきたあたしは、親にすら撫でられた記憶があまりない。
それが今は、クラスで唯一興味を抱いた男子――比企谷にされているのだ。
「…………」
「……その……落ち着いた……か?」
「……ん」
比企谷はあたしの頭から手を離した。名残惜しむ顔を見られたくないので俯いたままだが、比企谷はどんな顔をしていたのか興味深かった。もう暗くなっているので顔色が分かりづらいが、照れて赤くなっていたかもしれない。
「……ありがと」
それが何に対してのお礼だったか判然としなかったが、第一声はそれであるべきだ。
「別に何もしてねーよ。それより怪我とかないか?」
「ん……それは大丈夫。あんたのお陰……」
落ち着いてから、また二人で自転車を押しながら歩いた。そろそろ帰って夕飯の準備をしないと大志達がおなかを空かせているだろう。
「……あー、ところで、一緒に帰るって誘われて今に至るがなんだったんだ? なにか話でもあったんじゃないのか?」
比企谷から水を向けてきた。コミュ力がないなりに気遣ってくれるその心は嬉しかった。しかし、今となっては相談というか目的は終ぞ達成されることはないであろう。
「あ、ああ……実は、このチョコをね……上手いこと渡す手段がないか相談したかったんだ……」
ある意味、嘘ではないのだがこうなっては渡すこともできないし、いまさら比企谷にあげるつもりだったなど伝える気はなくなっていた。
「そ、そうか……でも俺なんかに訊かれても上手い解決方法は出てこないと思うぞ。なんせ俺はバレンタインというイベントに最も縁遠い男だしな」
頭を掻きながら否定するが、今日に至ってはあんたがそれを言うのは適切じゃないってあたしは知っているよ。まあ、下手に言うと今日ずっと見ていたことがバレるから言わないけどね。
「ところで誰に渡すつもりなんだ?」
「…………」
当然、そう訊かれるとは想定していたが、黙秘でも問題ないだろう。好きな人を教えるようなものだし。でもこれを言わないなら本気で相談してないと言ってるようなもんだけどね。
「あ、そうだな。プライベートな質問だよな。でもこっちも興味本位で訊いたわけじゃねえからな。相手が分からないと渡し方の想像も作戦も立てられなくてな。すまん」
「……いいって。元々脈なしみたいなもんだし」
若干、騙してはぐらかしているところがあるので、比企谷に謝らせてしまうのには罪悪感があった。
「え? 川崎が脈なしってどんな男だよ……お前からチョコ渡されたら誰でも喜ぶだろ」
「! そ、そそ、そんなことないでしょ! だって、あたしだよ⁉」
「いやだって……顔立ち整ってるし、スタイルいいし、兄弟の面倒見良くて、料理うまくて裁縫得意とか、あれ? 隙がねえじゃん。逆にどこに欠点があるのか知りたいまである」
「…………」
(バカ、バカ! そんな風に思ってたの⁉ やば、これはちょっと見せられない顔になってる!)
「…………」
「…………」
しばらく無言で歩いていたが、ちょっと勇気を出してみようかと思い、意を決して声を掛ける。
「ひ、ひきぎゃにゃ!」
「うお! お、落ち着け川崎」
「…………」
思い切り噛んで挫けそうになるが、ここで逃げるわけにはいかない。
「ひ、比企谷! あの、その……さっきはありがとう。お礼ってのには足りないかもしれないけど、その……うちで夕飯食べていってくれない……かな?」
「え? 川崎の家でか?」
「……だめ?」
「え、いや、ダメってことはねーけど、小町が家で一人になっちまうし……」
「じゃ、じゃあ、妹も一緒に来てよ!」
「今日はまたぐいぐい来るな。もう飯作ってるかもしれないから電話してはみる。期待はするな」
プルルルル プルルル ガチャ
『はいはーい、小町だよー?』
「おう、予備校終わったんだけど、もう飯出来てる?」
『下拵えは終わってるよ。ハンバーグ作ったからお兄ちゃんが帰ってから焼くけど、なんで?』
「川崎から今日一緒に夕飯食べないかって誘われてて。小町も一緒に川崎んちで」
『え? え? なにそれ? お兄ちゃん、沙希さんになにかしたの?』
「まあ、したといえばしたが、別に悪いことはしてないからお兄ちゃんを信じろよ。小町さえよければ伺おうかと思ってるんだが、どうだ?」
『ああ、小町も大賛成だよー! あ、沙希さんに替わってくれる?』
「川崎、小町が話したいってよ、ほれ」
「うん……もしもし」
『沙希さーん! お久しぶりですー!』
「ついこの間街で会ったばかりじゃないのさ、それにしても相変わらず元気だね」
『そーでしたねー、京華ちゃんも元気ですか?』
「ああ、おかげさまで。妹ちゃんにもまた会いたがってるから、今日うちに来れないかな?」
『是非是非ー、お兄ちゃんと伺っちゃいますよー。ああ、それと小町って呼んでください』
「ん、ああ、また今度ね」
『がーん、小町のおねだりが効かないなんて……』
「おねだりってなんなのよ……」
『いいじゃないですかー、こ・ま・ちって呼ぶだけですよ? い・も・う・と・ちゃ・ん、とかよりも3.5文字も短縮できちゃいますよ⁉』
「長さに困ってないからいい。それより――」
正直、名前呼びの方が楽なのだが大志みたいに呼んだ時のことを想像すると、頭が別の意味に捉えてしまう。
比企谷が大志に『お兄さん』と呼ばれたくないのに近いかもしれない。小町と呼び捨てたら何だか……いや、これ以上余計なことは考えない。
「うちの場所は知ってたね? 分からなかったら電話してきな。これから比企谷に番号教えとくから」
『おお! お兄ちゃん喜ぶと思いますよー。あとさっきお兄ちゃんにも言ったんですけど、今日の夕飯大体作っちゃってあるんで、沙希さんがよろしいならですけど、それも持ってっちゃって皆で食べるのはいいですかね?』
「へー、あんたの手料理かい。大志も京華も喜ぶよ。もちろんあたしもね」
『わっかりましたー! 小町も沙希さんの手料理楽しみにしてます! で、沙希さんとお兄ちゃんはどうするんです? このままそちらの家に行っちゃう感じですか?』
「いや、あたしはちょっとだけ買い物してから帰るけど、あんた達は着替えたり持ってくる料理を準備したりとかあるだろうし、比企谷は先にそっちに帰すよ。準備できたら一緒に来てくれればいいから」
『了解でーす! お兄ちゃんに替わってもらえますか?』
「替わったぞ」
『お兄ちゃんやったじゃん、沙希さんの番号ゲットできちゃうよ! なんでこうなったのか帰ってきたら聞かせてね! ポイント高いよ、お兄ちゃん!』
「少しはテンションを抑えなさい。分かったから、もう切るぞ?」ピッ
「……というわけで川崎、今日は厄介になる」
「うん、歓迎するよ」
~スーパー~
家に材料はあるが二人をもてなす為、少しでも豪華にと緊急で買い物に来た。本当は比企谷と一緒に……との願望はあったが、買い物からそのまま家で食事まで制服姿だと気が休まらないだろうと思い、先に帰して準備を促したのだ。
正直、渡そうとしたチョコが車に轢かれ続けるのを見るのはつらかった。辛くてつらくて、いつ以来か覚えていないくらいに久しい涙なんてものを人前で流してしまったほどだ。
でも、それ以上の喜びもあった。
比企谷があたしを庇ってくれた。両方怪我もなくて、泣いてるあたしを撫でてくれて……
普通に考えたらあり得ない出来事の連続で頭が追いついていかない。そのままの勢いで夕飯に誘っちゃったけど、冷静になってくるとかなり大胆に申し出たもんだ。
一、二品くらい増やす為の材料をカゴに入れ手早く会計を済ませようとした。するとレジ横にバレンタイン用のチョコが陳列されているのが目につく。
今日はバレンタインデーだし、スーパーの戦略なのは分かり切ってるんだけど……
分かっていても手がのびてしまう。あたしのチョコはこんなだし、いま材料買ってもまた作る時間もない。手作りよりグレードが落ちるけど渡せないよりマシ。
いや、マシじゃないよ。手作りダメになっちゃったから代わりに急遽スーパーで買ってきたやつあげるなんてテキトー感すごいでしょ。
それ以前に、比企谷はこの轢かれたチョコが自分に向けられた物だって思ってないんだから……
あんなに頑張ってハート形にまでした本気のチョコだったのに……
それ渡せないでここで買ったチョコ渡して義理って勘違い?
なにそれ、どんだけ神様に恨まれてんの?
省みると、さっき言い出せなかったのが致命的なミスだった。この後でいくら本当は比企谷にあげるチョコだって言おうと、代わりにこのチョコを受け取ってって言おうと、さっき助けて貰ったお礼の義理チョコに帰結してしまう。
(……あたしはバカだ……)
ショックで混乱してたとはいえ、照れ隠しで言い淀んだら取り返しがつかないことになってしまった。
もう比企谷に本命のチョコだって思ってもらえることはないかな……
(……しょうがないか……あたしのせいだし……)
(…………)
(…………)グスッ
くっ……!
いけない、一度決壊したからか涙腺が脆くなってる……
こんなところで一人で泣くなんて、比企谷じゃないけど通報モノだよ。
あたしは、なんとかこらえてチョコをカゴに入れた。
(…………)
(……どうせ義理に思われるなら……)
カゴのチョコを陳列棚に戻して、生菓子のコーナーへと向かう。
考え込んでたら思いの外、時間が経っていた。今日は予備校後でいつもより遅いってのに交通事故に遭いかけたり買い物を追加したりと追い打ちが重なっている。
急がなければ。比企谷達のが先にうちへ着くとか洒落にもならない。
デザートを選んで早足で家路へと着いた。
つづく