記憶の始まりは、先生の笑顔でした。
「――おはよう。」
あの日先生はベッドからうまく起き上がることのできないわたしを
「よく目覚めてくれました」
優しく、慈しむように抱き上げてくれました。
「……ありがとう」
そして声を枯らして、
「生きていてくれて、ありがとう……!」
先生は泣いていました。
理由は今でもわかりません。
でも少なくとも、
わたしの存在を祝福してくれたことだけは
確かだと思いました。
だから、
わたしのこの命は、
先生のためにこそ。
「――エラ、『イノエラ』!」
名前を耳元で叫ばれて、飛び起きる。
「何をしていたのかと思えばまた居眠りとは!」
ぶるぶると頭を振って声のした方を見れば、あぁ……
「今日という日の重要性を理解しているのですか、イノエラ!!」
ナ、ナスターシャ教授でした!
あれ今何時……あわわわわ!もう『クイーンズ・オブ・ミュージック』が始まってしまう時間です!
「こっちを見るッ!」
ひぃッ!
「……あなたの性根に根差したぼんやり性は、この際注意するのは諦めましょう。しかし、マリアの晴れ姿を見たいとわざわざ管制室までやってきておいて、待っている間のホンの小一時間も起きていられないとは!」
うぅ……教授のお説教がまた始まってしまいました。
「……夜更かししてまで何をしているのかは聞きません。しかし自分の生活習慣もまともに整えられないというのは、『ヒト』として見過ごせませんよ」
自分でもどうかと思うくらい抜けているわたしは、今日も今日とて自らの至らなさに気落ちして反省の繰り返しです。
こんなんじゃまた先生に呆れられちゃうなぁ……
「……ところで」
……?
なんでしょう、教授がわたしを見つめます。
「そういえばなぜ、貴女はマリアの歌を好いてくれるのですか?」
いやいや……なぜってそれは
『うたが じょうずな ひとの』
『うたを きいて まなぶのが』
『うたを うまく うたう だいいっぽ』
ですから……っと
「………」
「……なるほど。わかりました」
わたしはうんうん、と頷きます。
「……あなたの夢、叶うとよいですね」
はい!という感じを出すために、わたしは大きく頷きました。
――僕の夢の転機は、とある少女だった。
『聖遺物』と呼ばれる先史文明の遺産をその心臓に受け、偶然にもその聖遺物をその身と同化させてしまった少女。
「立花響。――またの名を、融合症例第一号」
自らの研究分野において、彼女のようなイレギュラーはまさに青天の霹靂だった。
「やっぱり生で見ると違うなぁー……」
ゆえに、欲した。
彼女のような存在を。
僕の夢の澪標となる存在を。
そして、作り上げた。
「天然モノのデータも大分取れたし、さて、僕の方のも研究を進めないと」
人と聖遺物の合いの子、融合症例を。
人の形を得る前の、受精卵の段階より。
「苦労したなぁほんと……」
材料は、僕の細胞と、
封印されていた完全聖遺物『ネフィリム』
始めの一人は、そもそも萌芽せず。
二人目は謎の蒸発。
三人目はもはや生物とも呼べない姿に変貌し、
四人目はがん細胞へと分化し、
五人目は腕が十二本生えて自分で絡ませて死んだ。
六人目は脊髄が過剰に発達し背中を突き破って死んだ。
七人目は異常な体温で自らを蒸し殺し、
八人目と九人目は人型になったが、前者は襲い掛かってきたので僕が殺し、後者は目を離したすきに自分の首を縊って自害した。
そして――。
『No.10 Synthesister INO-EL』
彼女は絹のように美しい銀の髪を携え、齢14に相当する少女の姿にまで成長した。
目覚めた彼女の前で、僕は人生で初めて人に涙を見せたのだ。
「まさに女神だ」
全てを見通すような黄金の瞳。
純粋無垢な微笑み。
それに何より、聖遺物と混ざったせいで失ってくれた人間性、余計な雑音を発さない唇。
「僕だけの至高の
『愛』こそが、人と聖遺物を繋ぐ究極の要素であるなら!
僕の彼女への愛こそが、彼女の持つ『ネフィリム』の要素を強め、フィーネとも立花響とも異なる『真の融合症例』へと彼女を導いてくれるだろう。
「そして『完成した』彼女を取り込んだフロンティアを操る僕は、人の身のまま、英雄になるッ!!」
空を見上げれば、ライブ演出の炎に照らされて夜空は紅く染まっていた。
「―――さて、もう一仕事です。さっさと終わらせてシャワーでも浴びましょうかね」
教授のとなりに腰かけて、モニターのマリアさんと翼様を凝視。
ふんふん。歌うのに邪魔そうなひらひらは不死鳥の翼をイメージしてダイナミックに振って振って振りまくる…と
勉強になります!
はぁ、わたしもいつかこんな大きなステージでライブしてみたいなぁ……
いやいや、その前にちゃんと声を出せるようにならないと!
「!……!…!」
うぅ、やっぱり出ない……でも、頑張ります!