──幻影となって閉じた夢の国は、夜空の星たちのように欠片となって落ちていく
「……まさかこのご時世にマリアの曲をやるなんて」
「はは、やるなぁあの子」
──どうすれば未来を、過去の繁栄を、取り戻せるというのだろう……
「ねえいいの……?
あの子歌ってて……だってあの曲って……」
「別にいいだろ。歌は歌だよ。歌っていた人間が何者だろうと、かつてその歌のくれた感動が本物だったということに変わりはない」
──また昇る太陽を見られるのはいつ?
私たちが目覚められるのはいつ?
その日が来るまで
どれだけの理想を殺せばいい?
「罪を作るのは人だ。歌が作るのは感動だけだ」
──私たちはもう 引き返せないから……
「ほら聴きなよ」
──光と闇の交錯 星は落ちていく
慈悲などどこにもありはしない
「元の歌手がどうとか、そんなものどうでもよくなるくらい、心が籠ってるのが理解るだろ?」
──栄光の地へと辿り着け
心に言い聞かせて
そう疑問など置いていけ
「…………えぇ」
──まともなままでは苦しいだけ
我らはこの痛みから逃れなくてはならないから
さぁ 立ち上がり 私と伴に行こう
もうこれ以上滅びを享受する必要など無い
「本当に……」
──『無意識』こそが
未来から我らを解き放つものだから……
「なんて強くて……頼もしくて……
儚い歌声なんでしょう……!」
──鐘が鳴る。
「"Wrapped in illus──……ふぅ」
ここで打ち止めか……思っていたより歌う時間が短…
「ありがとーーッ!!」
突然、
私は歓声と拍手の交響曲に包まれた。
「……おぉ」
ホール全体が、私を……イノエラの歌声を称える音楽を奏でていた。
体が浮き上がったかのような錯覚を覚えて、思わず息を呑む。
「はは……」
やはりだ。やはり君の夢はもはや現実だったのだ。
イノエラ……君はすでに君の望む君になれていたのだ!確信したぞ!!
「……こちらこそ、ありがとう!」
そしてすでに私の優勝は決まったも同然!!
ふふ……ふふふふふ
「くくくくく……」
「あの」
「くくっ……あっはっはっはっ!!」
「あのぉ!!」
「……はッ!?」
…………は?
「そのー、次がつかえてるのでそろそらこちらに……」
「あ」
歓声が笑い声に変わるのを聞いた。
「す、すまない!……すまない!
~~!……失礼した!!」
どちらへ行けば!……あっちか!
「ぬぉお……」
あああああ……やってしまった!
う、嬉しすぎたせいでつい我をわすれてしまった…!
……イノエラとウェルの名を、
恥にまみれさせてしまった……!
「……ううぅうう!!……恥ずかしい!!」
こ、ここから居なくなりたい!!
そうだ……もう結果は出ているようなものなのだ。
さっさとここから……
「うー……この空気でやるのめちゃくちゃキツいんだけどけど~~!」
……いや
「イノエラさんがまさかあれほどの歌い手だったとは……世界は広いですわね~」
「……いや、逆に燃える!!」
「へ!?」
「フッ……私のバンへの愛は、イノエラちゃんのタマスィーが籠った歌にだって負けやしないのよ……!」
彼女らの歌を聴いてからにするか。
私をイノエラほどではないが美しくしてくれた者たちだからな。聴かずに帰るのは失礼だ。
「……さぁ、次の挑戦者は一年生トリオです!!」
「よっしゃあ!……行くわよぉ二人とも!!
私たちだってオーディエンスをどっかどっか沸かせてやるんだからーー!!」
「お、おーー!!」
さて、あの奇妙な出で立ちだ。
果たして一体どのような歌を歌うのか……気になるところだ。
──鐘が鳴る。
「えぇ~~なんでぇ~~!?」
な!?こ、ここで終わりなのか……
ここからが盛り上がりそうだったのだが……
「もぉ~~二番の歌詞が泣けるのにぃ~~!!」
この三人娘、決して低い実力ではなかった。
歌その物もまた、何か胸を熱くさせる素晴らしいものだった……このような形で終わってしまうとは。
「もっと聴きたかった……電光刑事、バン」
残念だ。
「──おぉっと!!ここで新たな挑戦者の登場だ!!」
ん?なんだ三人が最後ではなかっ……
「……ッ!!」
な……あの娘はッ!!
「──調!ここ空いてるデス!」
ネフィルと別れ、パクパクと食べ歩きつつ人混みの中に隠れて風鳴翼と雪音クリスを追っていた矢先、一人何処かへと向かう風鳴翼を発見したのが、お話の始まり。
そんなカモネギを尾行していたら、なんと続けざまに雪音クリスまでも見つけたのだ。
そしてそのまま二人と、あと何人かが一緒に向かったのをこれ幸いと後を付けて来たのが、ここ。
何やら歌の大会が開かれているらしい会場へと辿り着いたのだった。
「やった。よいしょ」
「風鳴翼は……あそこら辺デスね」
「さすが切ちゃん。よく見えるね」
「ふっふ。任務に抜かりはないのデス」
美人潜入捜査官メガネのおかげで、普段より数割り増しに頼もしく見える切ちゃん。……あれ?
「はー、いやそれにしてもスゴい人だかりデスねぇ」
「へぇ……」
「? どしたデスか?」
「えっとね。さっきの挑戦者がマリアの曲を歌ってたらしくて、それがスゴい良かった……らしいよ。近くの人が噂してる」
「ほへぇ!!そりゃまぁなんと熱心なファンがいたもんデス!……聞いた話だとマリア関連の歌やら番組やらはこの間の決起の影響でぜーんぶお蔵入りされちゃったとデスよ!?」
「らしいね。……世界に宣戦布告したマリアは、芸能界からはいなかったことにされてる。でも、そんなマリアの歌を好きでいてくれてる人が、ここにも居たんだね」
「……もちっと早くくれば良かったデスね」
「そうだね。 ……どんな人が歌ってたんだろ」
と、切ちゃんと話し込んでいたら。
「お、来るみたいデスよ」
「……ごくり」
雪音クリスだ。
何故か俯いているけど、どうしたんだろ……
「中々歌わないデスね」
「演出かな?」
「なるほど」
「ごめん、適当に言った」
「調ぇ……」
「ごめんって」
しかし心配するのも束の間。
「──!!」
雪音クリスの、柔らかくも力強い歌声が、会場を一瞬で包み込んだ。
──花畑が見えた。
「……これは」
雪音クリス……彼女だ。
友だろうか、三人の娘たちと手を繋ぎ花畑を駆ける光景が見える。
そこにいる彼女は、とても、とても──
「あぁ、そうか…」
美しい、純粋な笑顔だった。
人が、そんな風に笑えるとしたら、それはきっと……
「君は"夢"を叶えた喜びを、この歌に乗せているのか……」
……なんて
「なんて、楽しそうに歌うのだろう」
あの三人も。
雪音クリスも。
だから、こんなにも心を動かされる。
「………そうか。歌は、勝負するものではないのだな」
気づけば、涙が私の頬を伝っていた。
「……私は、歌に何を乗せていたんだ?」
イノエラの夢を叶えたいという願い。
……それだけで良かったのか?
「いや……足りなかった」
イノエラとウェルの名を背負い歌うことに酔いがあった私の歌は、果たして人を真に楽しませるものだっただろうか。
あの三人や雪音クリスのように、歌を楽しんでいただろうか。
「楽しんでいなかった。
……ただ、勝つことにのみこだわっていた」
…………なんということだ。
「私は、イノエラの声でなんということを……」
そうだ。
「…………はは」
そもそもが間違っていた。
「最初から……勝負にすらなっていなかったのか」
許してくれ。
どうか、許してくれ。
君たちの輝かしいものを、この穢らわしい化物が踏みにじったことを、許してくれ。
「…………完敗だ」
私は歌の意味を間違ったのだ。