「……立花響を探さなければ」
雪音クリスの歌うのを終えた瞬間、拍手喝采が沸き上がるのを尻目に、方向からして外へ続くのだろう、舞台袖から伸びた通路へと向かう。
「…………」
……こんな形で勝利しても、意味はあるが納得がいかない。
敗北感にうちひしがれたこの意識のまま立花響の心臓を喰らったところで、果たしてウェルの望む『神化』を達せられるのか……その疑問が、私の足を俊に動かす。
「ふっ……」
だが、私の意識は澄んでいた。
これ以上ないほどに透明で、余計なものが取り除かれたような感覚を覚えていた。
それはあの歌が、私に敗北感以上の……そう、イノエラの夢を叶えさせる鍵。"気付き"をくれたからだ。
「歌を楽しむ……か」
そうだ。それがなければ真に歌で人の心を動かせるはずはなかったのだ。
「イノエラ……君への詫びはこの気付きで賄おう」
君は、歌を楽しむのだ。
楽しんでこそ、人を楽しませられるのだ。
「……もしかしたら、君には不要な情報かもしれないな。君はいつも楽しそうに踊りを練習していたからな」
だが伝えたい。
伝えたいのだ。
この意識が揺れるほどの感動を、
大切な君に伝えたいのだ。
「思い切り歌ったからか……腹が空いたな」
日の光が見える。
外へと辿り着いたのだ。
「だが、心地いい。
……心地いい飢餓感も、あるのだな」
「このりんご飴をくれ」
近くにあった屋台で、イノエラが食べきり損ねたあの食物を見つけた。
立花響を捜索する前の腹ごしらえとしては最適だろう。よく見ると人の心臓に似ていると言えなくもない外見をしているからな。丁度いい願掛けだ。
「はいただい……あれ?」
「む、どうかしたか?」
「あの……もしかしてあなた、
あの……イノエラさん……ですか?」
突然イノエラの名を出され、警戒体制に入ろうとした瞬間、さっきまでの私の行動を思い出す。
「あぁ、そうだが。……もしや君は、さっきまであそこの会場に?」
「……はい!!」
……そういうことか。
どうやら私の歌を聴いた者の一人だったらしい。
「…………」
……少し、いやかなり気が引けるが、
一度ちゃんと、こういう場ではっきり"感想"を訊いた方がいいだろう。……そうしよう。
「ではその……あの……どう、だっただろうか。
イノ、私の……歌は」
たとえそれが、
「君の
どれだけの罵声だったとしても……
「もう……最ッ高でしたよ!!」
……え?
「いやもうマリアが目の前にいるんじゃないかって歌解釈完璧で!『え?マリアいるんだけど』みたいな!? 完璧!!完璧にこれ以上ないってくらいの"ダオブ"でしたよ!!」
「だ、だおぶ??」
「は~~~~~~……っていうか歌ってるときの表情とかあれ初ライブの時のオマージュでしたよね!?イントロから歌い出しにかけての首の角度とかどんだけ鏡見て練習したらできんだよって位バチクソエベレストクオリティだったし後ろにスポットライトの幻覚見えたしもうヤバヤバのヤバソースがけヤバンバ定食一人前っていうか」
「ま、待ってくれ!!情報量が多い!!」
「……ハッ!!
あ…………す、すいません!!」
な、なんだったのだ……あのバンの娘といい、この娘といい……何が彼女たちをここまで引き上げているというのだ……
「あの……ここまで言っちゃったら丸わかりだとおもうんですけど……」
「ん?」
「私、マリアのファンで……」
「あぁ……」
それはまぁ、そうなのだろうな
「それで、その……あんなことがあったせいで
ネットでもテレビでもラジオでもめっきりマリアの曲が流れなくなって……グッズも全部回収されて」
イノエラの記憶にも、それに関するものがあった。
ひどく悲しい思いをしたのだろう。意識の中で泣く彼女を見たのはつい最近のことだった。
「……みんなもマリアのこと始めからいなかったみたいに話題にしなくなって……」
「…………」
「すごく、嫌だったんです」
「……嫌、だった?」
「はい……なんでそんな簡単に忘れられるのかって」
「…………そうだな」
「ホントに忘れてるわけじゃないことは、わかります。話題に出さない方がいいことも知ってます。でも……」
「だからって……マリアの、マリアの歌まで否定することないじゃないですかぁ!!」
娘が、泣き出す。
「確かにマリアはテロリストだったのかもしれない!!プロフィールも全部嘘で、私たちを騙してたのかもしれない!! でも……でもマリアの歌がくれた感動は!!あの時救われた心は、悪でも嘘でもないでしょぉ!!」
……吐き出す。
「……なんで、なんでみんな、そこまで否定するの……!? 犯罪者の歌なんか聴くなとか、テロリストの片棒を担ぐのかって……そんなの……」
「…………」
「そんなの関係ないじゃん……人が何を好きになったっていいじゃん……何を好きなままでもいいじゃん……」
あぁ、そうか。
「好きだって気持ちに……理屈なんかないもん……」
この娘は、マリアの歌という自らの心の柱をずっと、長い間貶められ続けてきたのか……
それは、それはどれ程の苦痛だっただろう。
どれ程の哀しみだっただろう。
……どれ程の、絶望だっただろう。
……この私に、歌の意味すら解せなかったただの化物に、この娘へ掛けられる言葉など……
「だから、今日はあなたの歌にとても救われたんです」
…………。
「え?」
「あなたが、あんなにも堂々とマリアの歌を歌う姿に、私は救われたんです」
「私の……私の歌に、救われた?」
「はい!!」
……そんな馬鹿な。
私の歌にそんな力は!!
「私以外に、今でもマリアの歌を好きでいてくれる、あなたのような人がいるんだって! 誰に憚ることなく自分の"好き"を表現する人がいたんだって!
……その事実が、今日までの泣いてるだけの私を救ってくれたんです!!」
……いや、しかし
「だから、ありがとうございました!
今日のことは、一生忘れません!!
それだけは伝えたかったんです!!」
「……いいのか?」
「え?」
「こんな、歌を歌とも思わなかった私に、そんな、そんなことを言ってしまって」
「いいに決まってますよ! ……難しいことはわからないですけど、私があなたの歌で救われたことは紛れもない事実なんですから!!」
……そんな、そんなことを
私は……私は……
「なぁ」
「はい」
「……私は、歌っていいものだったのか?」
「そんな!当たり前じゃないですか!!
「……!?」
「歌を歌うのに、資格なんていらないですよ? ただ心の思うままに、溢れる気持ちを伝えるためにこそ、歌はあると思います。好きな時に好きなだけ、歌いたいときに歌うのが歌です!」
「歌いたいときに…歌うのが、歌」
「はい!!歌う人がどんな気持ちを持っていようと、聴く側はただ、歌われる気持ちの大きさと尊さに、感動するだけなんですから!!」
…………あぁ
「そうか……そうか……」
私のこの、歌に対するちっぽけな絶望など、歌を聴いたものにとっては些事でしかなかったのか。
歌に乗せた心の形に善悪などなかったのか。
……私は間違ったが、それはイノエラとウェルを傷つけるものでは、なかったのだな。
「……ありがとう」
私は、ただの化物ではなかったのだな。
……少しマシな、人のために生きられる化物だったのだな。
「君に逢えて良かった」
「……こちらこそ!!」
歌う気持ちに善悪はない。
その歌の本質を定める全ては、ただ歌を聴いた者の受け取り方次第。
……あぁ、これだ。
私は今日、この気付きを得るために歌ったのだ。
それがわかったことで、私もまた……
「あ、そうだ!
イノエラさん!!」
「ん?」
「こちらりんご飴です!」
「……あ」
そういえば忘れていた。
私はこれを買いに来たのだった。
「すまない、つい話し込んでしまったな」
「いえいえ、こたらこそ色々とお恥ずかしいところを……お恥ずかしいついでに、こちらもどうぞ!」
そう言って、娘が渡してきたのは──
「わたあめ……わたあめではないか!」
「はい!!ここはわたあめも売ってます!」
おぉ、それは……ホントにそう書いてあるな。
あまり看板を見てなかったので見逃していた。
「合わせていくらだろうか」
「! そんな!御代は結構です!!」
「……なんと?」
「今日あなたからもらったものを考えたらとても御代をいただこうとは思えませんよ!むしろこちらが払いたいくらいってもんです!!」
「そ……そうなのか?」
「それはもう!」
「……あ、いや。君がそう言うのなら、従おう。
ありがたく貰う……ぞ?」
「はぁい!さ、どうぞ!!」
「うむ」
改めて、娘からりんご飴とわたあめを受けとる。
どちらも甘い香りをふんわりと放ち、私の鼻腔をくすぐって止まない。
そして、それらは娘の横に立て掛けてある他のものたちより数割り増しに大きかった。
「ありがとう」
「こちらこそ!」
「……では」
「……あ、すいません最後に一つ!」
「なんだろうか」
「……あの小声ですいません。ちょっと聞いておきたいことがあって……」
「うむ」
「イノエラさんは実際のところ、マリアが本当にテロリストだと思いますか?」
「………むぅ」
これは返しに困る質問だ。
自らのライブで観客を人質にして立てこもった事実を見れば確かにテロリストだろう。
しかしその人質をあっさりと解放してしまったところは、どこをどう見てもテロリストのすることではない。
冷徹さと、優しさ。
マリアには行動原理を一貫させない二面性があるのだ。
――そしてそれが意味するところは……
「テロリストかどうかは分からない。だが何か隠していることがあるのは確かだろう」
「ですよねぇ!!」
どうやらこの娘も同じ考えを持っているようだった。
彼女は目をらんらんと輝かせながら、うんうんと頷き私の手を取る。
「やっぱり何か深い事情があるんですよ!!
例えばそう……実はマリアは対テロ組織専門の潜入捜査官で、アーティストになったのもその組織での活動と捜査官としての暗躍を両立させるための……」
……話が一つどころではなくなってきたのは気のせいだろうか。
「……てなわけでマリアは無罪!!
つまり私たちはなんにも間違っていないのですよ!!」
「……そうだな」
話し終わったか……では今度こそ
「イノエラさん」
「……なんだ」
まだなのか……
「――また、会えますか?」
いや、最後か。
「縁があればな」
「なら会えますね!」
……言い切ったな。
だが、なぜだろう。
私もそんな気がする。
「ではな。また……今度」
「……はい!また今度!」
『また後で』は用法が違うと思いなおし、咄嗟に言い換えたが……どうやら正しい去り方をできたようだ。
「嬉しい、ありがとう
また後で、また今度……」
覚えた新しい言葉は……どれも私の意識を温かくさせる物ばかりだ。
「そうだ……言葉だけではない。
私が今日この外の世界で得られたものはたくさんあった」
それに
「たくさんの者たちが、私とイノエラによくしてくれた」
ウェル。
切歌、調。
うた自慢大会の運営の娘達。
電光刑事三人娘。
雪音クリス。
……そして、先ほどのマリアの歌に心を捧げた娘。
「歌……そうだ、歌とは何か。
その答えを彼女たちはくれたのだ」
あぁなんて、
「――なんて私は、幸福な化物なのだ」
人ですらない私に、
彼女たちはたくさんの大切なことを教えてくれた。
「私は……何を返せるだろう」
私に"愛"をくれた者たちに、
何を返せるだろう。
「……そうか」
また、
彼女たちは大切なことを気付かせてくれた。
「だから……ウェルたち『フィーネ』は、落ちる月より人類を救おうとするのか!」
自らに"愛"をくれる全ての者を守る。
そのためにこそ、フロンティアを起動するのか!
「なら、初めから答えはあったではないか!」
フロンティアと融合し、人類を救う方舟となることこそ
それはつまり、今日わたしが出会った愛すべき者たちを守ること……それと同義だったのだ!!
――そうだ!!
「私に愛をくれる者たちを守るために、私に意思が芽生えたのだ!」
答えを、得た。
「もはや……平和的解決などと悠長なことは言わん」
やるべきことは、ただ一つ。
「問答無用だ。尋常なる勝負で以って、決着を付けよう」
――立花響。
「君を倒し、その心臓を喰らうぞ。
君たち愛すべき人類を……救うために」
君の歌を、聴きに行く。