雪音クリスの歌に聞き惚れてしまったその後。
大会の優勝者に与えられる『どんな望みも叶える権利』を得るため、私は切ちゃんと一緒に得意なツヴァイウィングの"ORBITAL BEAT"を聴衆の前で披露したのだった。
しかし歌い終わった後、その結果を伝えられる直前、マムからアジトが米国政府に特定されたことを伝えられ、とても惜しいけれど、知られてしまったアジトを放棄して別の場所に移動するというマムの命令に従い撤退。
……するはずだったのだけど。
「――切歌ちゃんと調ちゃん……だよね?」
なんと、挟み撃ちされてしまった。
前方を立花響と雪音クリス。
後方を風鳴翼。
「(これは……)」
「(どうしたもんかデス……!)」
このまま手を拱いていたら、マムとマリアのところに戻るどころじゃなく……この人たちの作戦拠点に連行されてしまうのが関の山だろう。
どうすればこの状況を打破できるのか……
――ヒントを探して周囲を見渡す。
……あった。
『日本の国家機密であるシンフォギア装者の正体であるあなたたちがここで戦えば、きっと得る物より失うものの方が多いぞ』
こう言ってしまえば、きっと人のいい甘ちゃんなこの人たちなら……
「三対二、数の上ではそちらに分がある……でも」
「いや、三対三だぞ」
「「「「「!?」」」」」
突然、あらぬ方向から思いもよらない人物の声が放たれた。
「……あむ」
りんご飴とわたあめを頬張りながらやってくる、その人物の名は……
「……ネフィル!?」
「んっく、うむ。また会えたな!」
なんでここに!……って、いても何もおかしくないよね。
だってさっきまで一緒にいたんだし……それに、きっと一緒にいた時のように、ここで食べ歩きながらこの立花響を探してたんだろう。だからこんなにも場の空気になじみ切った姿をしているんだ。
「切歌よ、君がイノエラに勧めていたこの二つ、改めて食べてみたらどちらもとても美味だった。ありがとう」
「は……はぁ。
それは何よりデス……けど」
い、今それを言うんだ……
しかもあっという間に食べきってるし
「……なぁ、コイツって……」
「あぁ……先の廃病院で相対した……ネフィリムの融合症例と名乗った、あの金眼の少女だろう。
少し印象が違うが、同じ面影だ」
「(わぁ……かわいい髪型に服……ネフィルちゃんってオシャレさんだったんだぁ……)」
「……なぁ」
「ひゃいッ!?」
「どうしたんだよ……いつにも増して顔面のアホが爆発してんぞ?」
「ななな、なんでもないよぉ!?
決してネフィルちゃんが可愛いとかそんなことは決して」
「……可愛い?私が?」
「はわッ!?」
「…………お前さぁ……」
「ふふふ……君という第三者が同じように感じられたということは、やはりこの私の姿は人間の一般的な美しさに適った姿だというわけか……ありがとう」
「あ、ど、どうも?」
「いやお前らさぁ!?」
「…………ッ」
こんな時でもおちゃらけて……
だからあんな呑気なセリフを、命がけの戦の最中に言えてしまうんだ。
こんな人が、人類を月の欠片の落下より救っただなんて……
「――お前たちは、何をしにこのリディアンへ足を踏み入れたのだ」
「!」
シンフォギアを持つ私たちにそぐわない変な空気になっていたのも束の間、風鳴翼が口火を切った。
「答えよ!」
私たちがここに来た理由……それは……
「……決まっているとも、風鳴翼」
ネフィルが、立花響を見る。
「立花響……彼女の心臓を、喰べに来た」
「……ッ!!」
ネフィルの告白に、立花響からはさっきまでの少し気の抜けたような感じは消え、本気の瞳になる。
「ま……そんなとこだろーな」
「まさかこうして白昼堂々現れるとは思わなかったがな」
「む、別に私は不意打ちが好きなわけではないぞ。
この間は偶々ああいう狭く暗い環境だったがゆえに不意打つ形になってしまっただけだ」
「!……あぁいや、不意打ちを責める意図はなかった。
単純に貴殿とこのような場で逢うのが意外だっただけだ」
「……そうか。早合点だったな。すまない」
「(だから真面目かッ!?)」
「……ネフィルちゃん」
「む?」
立花響が、少し逡巡したように、緩やかに語り始める。
「…………ネフィルちゃん、わたしは」
「戦わないとは言わせんぞ」
ネフィルは、それを最後まで聞くことなく的を射ったように回答した。
「!」
「そして、君が私にくれようとするだろう心臓以外の全てを、拒否する」
この期に及んでまだ話し合いなんて甘い考えを振りかざそうとする立花響に、ネフィルの先制が効いた。
そう、私たちが望むのはネフィリムの融合症例としての力を高めるその心臓とシンフォギアのペンダントのみ。他の何を貰ったって大して意味はない。
「……立花響」
「え?」
「私は……君が嫌いじゃない」
「……えぇ!?」
「あらゆるものに愛を与えられる君の信念を理解できた今の私は、とても君が輝いて見える」
そう強く言い切るネフィルに、途端に押し黙る立花響。
何かを言いたそうに、口をぱくぱくと震わせている。
「……君の、たとえ相手が敵であろうと決して敬意と親愛を以って臨むことを忘れないその"意思"は……とても、とても貴いものだ」
「……?」
「私個人としては、君が私たちのためにもその意思で以って対話してくれることを、心から感謝している……だが」
ネフィルは立花響の手を握り、微笑む。
「それでも私たちには、君の心臓だけが未来なのだ」
……ネフィルの姿は、まるで聖人に祈る信徒のように、深い敬意に包まれていた。
「ゆえに、我らは戦わねばならない。
尋常に、正々堂々と、己の全てを掛けて。
どちらが真に強い信念を胸に燃やしているかを、確かめるために」
……ネフィル以外の誰もが、言葉を噤む。
ネフィルの声が、姿勢が、あまりにも……そう。
あまりにも立花響に対して真摯だったからだ。
立花響の生き方を決して嘲笑も貶めもせず、どこまでも誠実に対話しているからだ。
「……立花響」
最後の一押しとばかりに、ネフィルが言葉を紡ぐ。
「戦うのは、私も嫌だった」
「……なら!!」
「だが、戦わなければ守れないものがあると理解した!」
紡ぐ。
「私は化物だ」
「……」
「私は同胞たる聖遺物を喰らい続けなければ、理性という意識を失い惑乱する、人に害なす化物だ」
「……違うよ」
「事実だ。実際に君を……私のとても大切な友までも私のせいで苦しんでいる」
「…………。」
「立花響、君は……何のために、戦う」
俯いていた立花響は顔を少し上げ、ネフィルの方を見、答えた。
「"人助け"だよ。……困ってる人がいたら、ほっとけないから!」
「……!」
「それと……みんなの
誰だって帰る場所と、そこで待つ人がいる。
そんな当たり前な当たり前を守りたいから、わたしはシンフォギアを纏って歌うんだ!!」
きっぱりと、答えた。
あまりにも、見ていられないほどの――
「なんという……綺麗ごとデスかッ!」
「切ちゃん」
「そんなこと言うようなヤツが、なんで――!!」
「切ちゃんッ!!」
飛び出そうとする切ちゃんを寸でのところで抑える。
「調ッ!!」
「ここは、ネフィルに任せよう」
「!!」
「それからでも遅くない」
私だって、ホントは飛び出してあの女に問いただしてやりたい。
―――『だったらなんで人類を救う邪魔をするのか』って
月の落下から人類を救うために、人類全体の当たり前の幸福を守るために戦う私たちを邪魔するのかって!!
「……そうか」
でも、ここでそんな立花響に物申せるのは詰問したネフィルだけ。
………さぁ、どうするの? ……ネフィル。
「――ふふ、ふふふ」
……笑っ……た?
「……っはっはっはっはっは!!」
ネフィルは、笑う。
鈴を鳴らしたように、
小さい子供が好きなアニメを見て笑うように。
「……ね、ネフィルちゃん?」
「くっふふふ……ははは!」
「わたしそんな、爆笑しちゃうようなこと言ったかなぁ!?」
「……いや、いや!
違うんだ!これは! ……!
ふぅ……嬉しいからなのだ」
「え?」
笑い涙を湛える目をこすりながら、続けざまにネフィルが言う。
「君が、今日私が出会ってきた優しい人間たちと同じ優しさを持っていたことが、嬉しくて笑ってしまったのだ!」
…………。
「「……はい?」」
切ちゃんと、全く同じタイミングで頭に疑問符が浮かぶ。
「……今日ここに来て、私はたくさんの、君のような人間たちの、当たり前にあった優しさに触れた」
ネフィルは、握っていた立花響の手を、優しく胸元で抱く。
「こんな私にも仲間だと言ってくれた娘がいた。」
切ちゃんが、ハッとした顔でネフィルを見やる。
「この髪を結ってくれた者たちがいた。
私と遭えて良かったと言ってくれた娘がいた。
こんな私にも……いたのだ。そんな、優しい人間たちが」
風鳴翼と雪音クリスが、互いに悲痛な面持ちを見せる。
立花響は……口を開けて、ネフィルの言葉に聞き入っていた。
「そして……そんな彼ら彼女らに、とてつもない大災厄が迫りつつある」
「……大災厄?」
「あぁ……ここでは言えないがな」
……月の落下。
私たち『フィーネ』は、フロンティアで以ってその災厄から人類を救うために活動している。
その目的を、災厄から自分たちだけ逃げようとする者たちの息が掛かった組織にいるこの人たちに話すわけにはいかない。……絶対に、今以上の力で弾圧しようとしてくるに決まっているから。
「その大災厄から、私は私に優しさをくれる君たち人類を救いたい。
何があろうと、護りたい……そのためには!」
――そして、ネフィルは
「私は君の心臓を喰らい『真の融合症例』へと神化し、全人類を守護する究極の力を得ることが必至なのだ!!」
真っすぐに、一直線に、
「……もう一度言う!
当たり前の優しさを以って……私を思ってくれた君の……君の心臓をこそ喰べたい!立花響!!」
「!!!」
――言い切った。
ネフィルは、自分の意思を……伝えきったのだ。
「……ネフィル」
……あなたは……どうしてそんなにも純粋で、真っすぐに人を見据えられるの……?
「………わかった」
「「「「!!」」」」
「ネフィルちゃん……君と、戦う!」
立花響が、ネフィルの意思に応える。
「――翼さん!」
「異論はない。
……ここまで言われて退き下がるなど、風鳴翼が許せるはずもない」
「クリスちゃん!」
「決める前に訊けっつーの……
……ハァ、あたしは一向に構わねーよ。
お前がちゃんと自分の意思で決めたんだろーからな」
「……二人とも、ありがと!!」
「応!」
「へへ」
向こうの意見は既に纏まっているようだ。
「――切歌、調」
「やるデスかッ!!」
「……当然!」
そしてそれは、こちらも同じ!
「「「お前たち三人に、然るべき決闘を申し込む!!」」」
――さあ!
「君の意思と私の意思、どちらが人類を救うに相応しいか……」
「いざ尋常に」
「……勝負デス!!」