「決闘などと……勝手なことをッ!!」
エアキャリアに帰投した調、切歌、そしてネフィルから伝えられたのは……なんと今夜、立花響の心臓を懸けて決闘を行うという、常軌を逸したものだった。
「……あなたたち!!
私たちのやっていることは遊びではないのですよ!!」
「デスがマム!!」
口答えする切歌に、マムの平手が飛ぶ。
「……!?」
――が、
「遊びで決闘はしない」
その一撃を頬に受けたのは切歌でも、ましてや調でもなかった。
「ネフィル……なんで!?」
「決闘を提案したのは私だ。この二人はあの三人をその気にさせるために、私の口車に付き合ってくれただけだ」
叩かれた頬を擦りもせずに言い切るネフィル。
見ていて痛々しいとは微塵も感じさせない程、その瞳には確固たる意思が見えた。
「その辺にしませんか、ナスターシャ先生?
ネフィルもこう言っていることですし」
横から口を挟んだのは、何やら薬品の入ったいつも私たちが使うものとは毛色の違う、黒い、拳銃大の注射器を、その手で撫で回すように弄びながらニヤニヤと嗤っているウェル。
あまりにも不気味が過ぎるその表情に、調も切歌も怯えたように顔を顰める。
「それに、まだ取り返しのつかない状況でもありませんよ。 アジトは抑えられましたが……大した問題じゃあない」
「……どういうこと?」
調がウェルに問いかける。
「その決闘とやらでこのネフィルが立花響を降し、ガングニールと融合した彼女の覚醒心臓を喰らえば……たちまちフロンティアを完全支配する条件は整います!!
最早何処かに身を潜める必要すらない!!」
……確かにその通りだ。
可能性としては、今夜立花響を倒せば私たちの計画遂行に際した全ての条件は揃うことになる。
なるのだが……まだ神獣鏡によるフロンティアの封印解除実験も済んでいないのに、この自身はなんだ?
「ウェルよ、では」
「ハァイッ!!むしろ結構!!大いに結構!!じゃんッじゃんデュエっちゃってくださいッ!!そして勝つんです!!
「うむ! そう言ってくれると信じていた!」
「フハッ!!……ですが、条件を一つ設けます」
「む?」
「決闘に臨むのは、僕とネフィル二人だけです」
「「!?」」
調と切歌が目を見開く。
「なんでデスか!!」
「あの三人と、あなたたち二人だけでやるっていうの!?」
「勿論! 勝算はありますよ!!
ここにたっぷりと!!」
ウェルは弄んでいた注射器を、人差し指を軸に回転させる。まるでこれが勝算だとでも言うように。
「でも……ネフィル……」
「(そういうことか)……気持ちは嬉しいが、切歌。
立花響の心臓を巡る問題は、私とイノエラが中心だ。
ここは任せてくれないだろうか」
「そう。君たちが決闘に参加する意義はありません」
「あんたは黙ってろ!!」
「おぉ怖!」
「……ねぇ」
「どうした?」
「もしかして、切ちゃんと私がいたら、邪魔?」
「……邪魔、ではない。決して。
二人がいてくれたらとても心強い。それは本当だ」
「なら!」
問い詰める調に、ネフィルは握った両手を胸に当て、二人に向け強く思い宣う。
「……決して二人が足手まといだからという理由でこう言っているわけではない。
ただ、私自身の力だけであの三人に勝ち、立花響の心臓を喰らわねば……真に人類を救う資格を得られないような気がするのだ」
「…………ネフィル」
「そ、そんな顔をしないでくれ! 負けないぞ私は!!
なにせ、二人が共に戦うと言ってくれた時、みるみる力が湧いてくるのを感じたしな!
そうだ! 今日二人が私にしてくれたこと、言ってくれた言葉……その全てが、今の私の力なのだ!!」
「ネフィル……」
「ネフィルぅ……!」
「私は大丈夫だ!
二人の熱い気持ちはしっかりと」
胸に当てていたそのマネキンよりも艶やかで線の細い両手で、ネフィルは、二人の手を取り、自身の胸元に宛がう。
「ここに仕舞っておくぞ!」
花が咲いたような、ネフィルの朗らかな笑み。
今にも泣きだしそうな二人が、ネフィルを抱きしめる。
そんな二人にネフィルはどうしたものかと顔をほのりと赤らめてたじろぐいだ。
「(……どうなのかしらね)」
この光景だけ見れば、ただ心温まる情景だろう。
――しかしこのネフィルが決闘に臨むのは、あの虹の如き輝きの『絶唱の三重奏』。
それを放った立花響、風鳴翼、雪音クリスの三人の装者たち。
果たして、雌雄を決するのはどちらなのか。
……まるで想像もつかないというのが、正直な私の思いだった。
「…………そうですか」
マムは、少しばかりネフィルを見つめた後、車椅子を反転させてキャリアに向け駆動させた。
「戻りますよ、あなた達。
ここに長居することはできません」
「「はい……」」
「ではドクター、ネフィル。……ご武運を」
「こちらこそ、後の準備をよろしくお願いします。ナスターシャ先生」
沈んだ声で返事する調と切歌。
二人とマムがキャリアへと戻っていく。
「……ククク、どうしたんですフィーネ。
あなたも観客席に戻っては如何ですか?」
そう言って嫌らしいだ笑みでこちらを見送るウェル。
この男がこういう顔をするときは、決まって何かをやらかす時だ。
……少し、釘を刺しておかねば。
「ドクター。一応訊いておくけれど、万が一そのネフィルに何かあった時の策はあるんでしょうね?」
「……ほう?」
「世界を敵に回している以上、どんな些細な綻びでも全てを台無しにしてしまうリスクとなり得るのよ。
何かあってからじゃ遅い……可能性は全て、検討しておくべきだわ」
この男が、私欲に走って私たちを裏切るという可能性を……ね。
「………ハァ~~~~ッ」
わざとらしく深いため息を吐くウェル。
「涙がちょちょぎれそうですよ……僕ってここまで信用ないですかフィーネ?
僕たち、これで結構長い付き合いだと思ってたんだけどなぁ……どう思います?ネフィル」
「普段の行いだろう。私から見てもとてもふざけているからな、お前は」
「わぁ、正直ぃ~~」
……そうか、"櫻井了子"であったフィーネのことを……
「……ま、いいですけど。貴女の言うことは至極もっともで当然の懸念です。
ですがご安心ください。このネフィルが負けることなど、ひゃくッ!パーッ!セントあり得ませんから」
「……どういう意味?」
「そのままの意味ですとも!
むしろ負ける方法を教えてほしいくらいに、勝算しかないッ!!
そう!……この、"G-LiNKER Ver2.0"がある限りッ!!」
気色の悪い笑い声を上げながら天に上げるのは、ここに来てからずっと彼の手元にあった注射器。
「LiNKER……その、黒いのがか?」
「そうともネフィルッ!!……これこそは、君を神化へと至らしめる立花響の心臓という、最後の晩餐を引き立たせる正に食前酒ッ!!あの時よりも更に上の次元へと、君を導くのですッ!!」
体全体をくるくると回転させながら、ウェルは、ひどく、酷く上機嫌に、そのLiNKERの特性を語り始める。
「この前とは違う……兼ねてより、ソロモンの杖に付着していたごくごく微量の組成成分を抽出し、そして凝縮させた!……ある聖遺物たちの、力の残滓!!」
「聖遺物?……新しい奴か!」
「新しい……とも言えますし、実はもっと前からあったとも言える……そう!!」
ウェルは新しいオモチャを貰った子供のように飛び上がり、そして、『その名』を叫んだ
「『ネフシュタンの鎧』と『聖剣デュランダル』!!
その二種の聖遺物の力を!!
このLiNKERは配合しているのですッッ!!」
勝算の名を、叫んだ。