「ネフシュタンに……デュランダルですって!?」
『ネフシュタンの鎧』
それは数ヶ月前のルナ・アタックに於いて、櫻井了子《フィーネ》が自身と融合させた完全聖遺物の名。
その特性は、『再生』。
どれ程の攻撃を加えられようと、たちどころに自己修復する不滅の鎧。
……しかし、その再生は纏う者の肉体を巻き込み、やがては鎧と同化してしまうというリスクもあった。
ルナ・アタックの直前、フィーネはその特性に目をつけ、米国政府の追っ手から逃れるため自らその鎧と融合。特性である再生能力をその身に宿したことで、聖遺物に依らない通常兵装による攻撃を実質無効果させる力を得たという。
完全聖遺物『デュランダル』 特性は『不滅不朽』。
刀身より無限のエネルギーを放出する欧州より出土した大帝の聖剣。
フィーネが月を穿つ為に建造した、超弩級砲塔……
『カ・ディンギル』の動力炉として利用されたが、最終的には立花響たち三人の装者の手に渡り、彼女らの放った一閃がフィーネを自ら取り込んだネフシュタンと共にその身を塵と還した……ということが、この計画を始動する前に目を通したルナ・アタックの資料に記載されていた。
「そう!!公的には消滅したとされる
二振りの完全聖遺物……
しかし残っていたのですよ。
同じくフィーネの元にあった
この、ソロモンの杖に!!
その僅かばかりの成分が!!」
ウェルは傍らにて立っていたネフィルを左手で抱き上げ、右手でソロモンの杖を天高く掲げる。
「使えるものは全て使う!!
そう!!LiNKERへとッ!!
あらゆる聖遺物を喰らい超越する
このネフィルにこそ!!
僕の造った至高のLiNKERが相応しいッ!
……そうは思いませんかフィーネ!?」
「…………」
さて。フィーネとして、どう答えたらいいものか……
この男には、私が再誕したフィーネであると信じこませているけど……この男、天才的頭脳の持ち主であることは覆しようのない事実だ。恐らくはもう勘づいているだろう。
私が、再誕したフィーネではないことに。
……だからとて、ただのマリアとして振る舞うことはできない。私がフィーネであるという前提があるからこそ、副作用の少ない高精度LiNKERをただ一人で製造できるこの男を計画に乗せられたのだから。
ならば、
「……あの三人に勝てるのならなんでもいい。
たとえこの私の不覚を遣おうともね」
こう言う他ない。
「流石は永遠の刹那に生きる戴きの巫女!!
大した器ですよ!!」
「…………戻るわ。後はよろしく」
もう、ここにいる意味もない。戻ろう、
あぁ、早くマムたちの顔が見たい……
「マリア」
足が止まる。
「何の用かしら……ネフィ――」
振り向き、赤と金の瞳の少女を見ると……
「この服は返しておく」
いつの間に着替えたのか、白いポンチョ型のケーシを羽織っていたネフィルが、綺麗にたたまれた私のお古を差し出してきた。
「……どうも」
元々は、私がネフィルではなくイノエラにあげたもの。
イノエラと肉体を共有するネフィルも、そのままそれを着ていた事実を今更認識する。
「……………」
正直言って、その事実は不愉快だった。
あの時自分が着ていた服を
「それと……もう一ついいだろうか」
その眼差しは、真っ直ぐ私の方に向いていた。
「……何?」
右目の赤と、左目の金の瞳。
その美しさが、不愉快だった。
「──今日、
君のファンだという娘に出逢った」
「………………?」
意味が解らなかった。
「何ですって?」
「アーティストである君の、
『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』の
ファンだという娘に出逢ったのだ」
……こんな時に、何を思ってそんな報告をするのか。
まるで理解できなかった。
「それが何?」
「いや、大したことではない。
今のうちに伝えておきたいことを
言っておくべきだと思ったのだ。
……そういえば、
イノエラを通さずに面と向かって君と
会話するのは初めてだった気がするな」
それは私が、意識的に避けてたから……セレナを思い出さないように。
お前を見ると、お前が死に追いやった妹との想い出が……甦ってくるから。
「ゆえにここできちんと伝えておく」
私は、無言を貫いたまま、
「…………君は」
ネフィルの言に耳を傾ける。
「君は本当に、凄い女だな!!」
………………。
「………………は!?」
「いや本当に凄い!!
あそこまで他の人間を
夢中にさせることが
できるとは!!」
やめろ
「その娘は君の歌う姿に
心救われたと言っていた!
君の歌がくれた感動があったから、
辛いことを乗り越えられたと
言っていた!!」
そんな目で見るな
「……私は感服した!!
とても!!
とても感服したぞマリア!!」
調の、
切歌の
セレナのような目で、私を見るな!!
「―――ッ!!」
セレナを、殺したくせに
「私は君を、心の底から尊敬する!!」
私の、たった一人の家族を、殺したくせに!!
化物が、ただの少女のように振舞うなッ!!
「だからこの決闘が終わったら、どうか……
どうかイノエラと私に歌を教えてほしい!!」
――姉さん、私にももっと歌を教えてよ。
「……ッ!!」
――わたしも、姉さんみたいにみんなを喜ばせる歌を、歌えるようになりたい!
だから教えて!マリア姉さん!!
「…………なんでよ」
「ん?」
「なんで……なのよ」
なんで……
「……私を、ただのアイドルの
ように見られるのよ……」
もっと
もっと他に訊くべきものがあったはずなのに。
この化物の性根を問いただせるものがあったはずなのに。
咄嗟に口をついて出た疑問は……それだった。
「決まっているだろう」
「君が人を笑顔にできる、
他者を勇気づけられる
本物のアーティストだからだ。
イノエラが憧れた、
努力と根性のアイドル……
……マリアだからだ!!」
気がつけば、私は走っていた。
「――マリア!?」
「遅かったね……どうかした?」
キャリアに着いて、調と切歌、マムのもとにたどり着いた瞬間、へたり込んでいた。
「……なんでもないわ」
「なんでもない人間が……
そんな今にも泣きだしそうな
顔はしません」
調と切歌は、私に寄り添う。
「ドクターに何か言われたの?」
「ううん……」
「じゃあ何があったデスか?」
「…………」
何があった……か。
ただ……自分が何者なのか
何をすればいいのか、それがこんがらがって分からなくなって……
「ネフィルを……」
「「?」」
「二人は、ネフィルをどう思っているの?」
「どうって……」
「人類を救う同志デェス!!」
「……そう」
私も、そんな風に思える人間だったのなら……きっと、もっとちゃんと……
「
一瞬、マムが誰が呼んだのか、わからなかった。
「……なに?」
「あの子は、ネフィルは
あのネフィリムではありません」
「……………」
「割り切れ、とまでは言いません。
ただ、私たちと共に戦うあの子に、
あの事故の責任などないということ
だけは……覚えておきなさい」
「…………えぇ」
今の私はフィーネ。
『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』としての感情は、捨てなければならない。
それが、たとえこの身を引き裂くようなことだとしても……
「さて、エサも撒いたことだし。
そろそろ来る頃合いかな……」
ソロモンの杖より放たれたるは、無数のノイズ。その大群。
「どうですネフィル……
このノイズたちこそ、僕らを崇め、
奉り、護るためにある正に騎士団!!
気分が盛り上がるでしょう?」
「…………」
それらを見下ろす僕とネフィルの立ち位置は、さながら群雄割拠の
「正直に言っていいか?」
「どうぞ」
「気持ち悪い」
盛大にズッコケる。
「何故ですッ!?」
「人間を殺すことしかできんこいつらなど……
どれだけいようと不快なだけだ。
どうせならイノエラの歌を讃える
人間の大観衆が欲しいところだな」
「また随分と無理のあることを……」
ていうかそもそもとして……《アレ》は口が利けないんだから歌が歌えるはずもないじゃないですか。
素っ頓狂なことばかり言って!
心配だなぁ全く……
「だがそうなるのも時間の問題……
……ウェルよ」
「なんです?」
「そのLiNKERとやらで、
イノエラは今度こそ声を出せるように
なるんだろうな?」
……さて。
「君とイノエラの体内にある
人間とネフィリムの遺伝子……
このG-LiNKER Ver.2によって
その融合指数が上昇すれば、
より高精度の生理的機能の
調整が利くようになることは
確実ですね。」
「もったいぶるんじゃない。
出せるようになるのか……ならないのか。
それが知りたいのだ」
順を追って説明してるだけなのに……せっかちなんだからなぁ。
……しかしまぁ。
「出せるようになりますね」
「! 本当かッ!?」
「えぇ!!」
融合症例であることに起因する種々の欠陥も、それはまだこの子の肉体にあるネフィリムの遺伝子が完全に融けきっていなかったから……であるならば、このLiNKERによる最後の調整が成されればそれも立ちどころに解決することは必定!!
「歌でもなんでも、声があればできること
なんでもできるようになりますよ!!」
「……~~~よしッ!!」
……喜んでるなぁ。
なんでそんなにあっちが喋れるようになることが嬉しいのか知らないけど……まぁどうでもいいか。
「! ……ウェル!!」
「はいはい?」
「……ちょっとしゃがんでくれ」
「? ……こうですか?」
今度は何だろうか。
「じっとしているんだぞ……」
そう言って、ネフィルが何をするのかと待っていると……
「――おォんッ!?」
突然、うなじから僧帽筋に掛けて何かむにっとした柔らかいものと共に、鈍い痛みが襲い来る。
「な……何ですかこれは!?」
僕の鎖骨が見えるだろう位置に視点を持ってくれば、
「今さっき思いついたんだが……」
真っ白の絹のように美しいネフィルの、両の太腿が、僕の顔を挟んでいるではないか。
「この状態でウェルが屹立すれば、
私はウェルより高い視点で
世界を見ることができるのではないか?」
つまりこれは……
「僕に……君を乗せて肩車しろと??」
「おぉ!名前があったのか!!
そうだ!!その肩車だ!!」
……ざけんじゃない!!
「さぁ、このまま立ってくれ!!」
「お、……おぉお!?」
く、くそったれ……!!
なんで……なんでこんなことをしなくっちゃいけないんだ……!!
僕はこんな……アグレッシブなことするキャラじゃないんだぞ!!
「踏ん張れ!!いけるぞ!!
もう少しだ!!ウェルいけ!!いけ!!」
「ぬおぉおお!?」
何するものぞ……肩車ァアアアア!!!
「ッラァ!!!どうだぁ!!」
「おぉおお~~!!」
ご満悦と言いたげな感嘆の声。
ふふ……ざっとこんなもんですよ……
……あ、マズイ。膝が痛い膝がッ!!
「ははは……見ろウェル!!
街があんなにも光っている!!」
「……えぁ?」
光ってるって……あぁ、いわゆる都会の夜景ってヤツですか。
僕も初めて見たときはちょっとだけ感動したなぁ。
飛行機の中から見る、東京の夜景。労働と文明の象徴。
誰かの犠牲なくして、美しいものは創れないと、そう僕らに教えてくれる人類の灯だ。
「海もいいが、これもまた美しい!!」
「それは何よりですね」
ホント、この子は美しいものが好きですねぇ。
まぁ、気持ちはとてもよくわかります。
僕にだって、こういう物を見て感傷に浸りたいときもありますからね……。
「……そうか!」
何かに気付いたように、頷くネフィル。
「美しいものに……
自然も、人間の創るものも関係ないな!」
「……ほう? それは真理ですね」
そう、人類が美しいと感じる物や事象に、自然や人類、その他の生物の何が創造したものかなどは関係ない。
「ただ美しいから、美しい。
それに……理屈などないのです。
それを語るというのは、烏滸がましいだけ…」
矮小な人類の価値観など、遍く存在する美しさを語るには、程遠く狭ッ苦しいもの。
美を語るのにふさわしいのは、そう……
「ですが語ってもいい者がいるッ!!
そう………英雄ですッ!!
"美"の体現者である英雄こそが、
美を語るに相応しい存在!!
そしてその英雄こそが……」
「お前というわけだな?」
「ザッツその通りッ!!!」
爆笑が重奏する。
「では私はどうなのだ?
美を語ってもいいのか?」
「いいですよォ!!だって女神だから!!
女神が美を語らずしてどうします!?」
「どうもしないな!!」
「でしょう!?」
再びの重奏。
「ははは……美……そうだ美だ!!
ウェルよ!!私は美を護るぞ!!」
「ほう!!
大きく出ましたねマイヴィーナス!!」
「あぁ!! 私は、
私が美しいと感じたものを護りたい!!」
「それは例えば?」
「――人類だ!!」
……へぇ。
「人類という、あたたかくて優しい、
美しい者たちを護ってみせるぞ!!」
……ほぉん。
まぁ
いいか
「……ウェル?」
どうせ
フロンティアの制御に必要な基本的思考方針である『思考回路』。
その動作を妨げる『想い出』という記憶は……きれいさっぱり洗い流されて、消してしまうんだし。
「いいですねぇ。
じゃあ全部片付いて完成したシンセジスタ
となれた暁には、新人類を守護する偉大な
女神さまとして、ちゃんと祭ってあげますよ」
「おぉ、それはいいな!!
イノエラと一緒に人類を護る……いいな!
決闘が終わってあの子が起きたら、
相談してみよう!!」
「それがいいでしょう」
「うむ!!」
「フ……んん?」
ネフィルの小気味いい相槌に交じり、どこからか聞いたような声がする。
「決着を求めるのに――
御誂え向きの舞台と云うわけか」
アメノハバキリのシンフォギア装者、風鳴翼だ。
並んで雪音クリス、そして……立花響。
「さぁ、始めましょうか」
「あぁ……」
「…………」
「…………」
「恰好が付かないので
いい加減降りてくれます?」
「!?」
バツが悪そうに、顔を赤らめながら大地に立つネフィル。
「……ウェル」
そしてネフィルは視線をあの三人にではなく、僕へと向けた。
「お前も、イノエラも、フィーネの皆も
……何があろうと、必ず護る」
その少しばかり口角を上げた不敵な微笑みは――
「期待していますよ、僕の女神《ネフィル》」
そう、まるで――いつか憧れた者たちの。