静寂と暗闇の中──モニターに映し出される決闘の様子を見守る私たちは、そのあまりに信じがたい光景に、目を疑った。
「あの子……今、ドクターのこと『先生』って……」
「デス……あたしにもそう聞こえたのデス」
耳を、疑った。
「まさか……」
ふにゃりと笑う顔が、モニターの中の怪物と、重なる。
「イノエラなの……!?」
先ほどまでは、妙に物静かではあったものの、確かにあの怪物はネフィルだった……はずだ。
それがなぜ今になって、ネフィルによって飢餓衝動から護るために眠らされたはずのイノエラの意識が、この戦いの場において顕在化したというの……?
「あ……ネフィルが言ってた、イノエラが目を覚ますだろうって時間……」
「あれから五時間は……確かに経ってるデスね……」
「……一体、何が……」
この決闘、迎える結末は私たちに何を齎すというのか。
「……三人とも、ここから動いてはなりません」
「……マム?」
何を言って……
「『想定外は想定内』……この言葉を肝に銘じておくのです。
どんな状況になろうとも、冷静さを失わず、最善を尽くすことを忘れないために……こほッ」
「「「マム!!」」」
「大丈夫……三人とも、ドクターとあの子……イノエラから目を逸らさないで……」
何を思ってか、ふとしたマムの言葉……
不安が一層、込み上げる。
「(これから……何が起こるっていうの……?)」
モニターを見れば。
映し出されていたのは、その厳つい姿とは程遠い年端のいかぬ子供のように、両手をばたばたと振って走り回りはしゃぎ回る
『やった……』
やった
やった……!
とうとう……やったんですね……!!
『ぃやったぁーーーーーーー!!!』
先生!!ネフィルさん!!
お二人のおかげでイノエラは!
ついに、"声"を発することができるようになりましたーー!!!
『やったやったやったやったーー!!うわぁーー!!声が!!声が出てる!!やったーーー!!!』
先生の夢である『英雄になりたい』を叶えさせてあげたいという私の夢……とは別の、密かに持つもう一つの夢。
それは……『先生を私の歌と踊りで笑顔になってもらう』ことなのです。
でも昨日までの私には、そのために絶対必要な"声"がありませんでした。出すことができませんでした。
しかし……切歌ちゃんと調ちゃんとのお出かけの途中で眠ってしまった私が目覚めた今この時、なんと、出せるようになっているじゃありませんか……声が!!
私の!!この口から!!
出せるようになってるじゃありませんかーーー!!
『あーーー!!あ!あ!あーーー!!……わぁーーー!!!』
すごーーい!!
すごいすごーーい!!
『せんせーーー!!』
「ひっ!!」
駆け寄って初めて見る先生は、なんだかとても小さいように見えます。
でもこれ、わたしがネフィルさんのお力を借りて体の色々なところがおっきくなってるだけで、先生が小さくなっちゃったわけではないんですよね。不思議ですね!
『やりました……!イノエラはやりましたよ!!』
「あ……は??」
『ありがとごうざいます!!本っ当に!ありがとうございます!!
わたしずっっっとこの声が欲しかったんです!』
「そ……そうなの??」
『はい!! 先生のくれたお薬のおかげで今こうしてしゃべれるようになって……もうすっごく嬉しいです!!感謝感激です!!……せんせーーー!!』
「――来るな!!」
『っ!?』
「来るんじゃない……そんなナリで……抱き着こうとするんじゃないッ!
ネ……イノエラ!」
『……あ』
そうでした……
今のわたし先生から見たら、とっても大きくて……とがってて……
触れたら傷つきそうで――いや、ですよね。
『……すいませんでした』
謝らなきゃ。
……先生を、怖がらせちゃったんだもん。
「ハァー……ハァー……」
『先生……その』
「アァン!?……アッ!
ごほん……な、なんですか?」
『手を、お貸ししましょうか?』
もっとちゃんと、
先生のお役に立てることしなくちゃ。
手を、差し伸べなくちゃ。
「……いりませんよ」
『…っ』
「自分で立てます」
『あ……はい……』
うぅ……
失敗したなぁ……
嬉しすぎて舞い上がっちゃいました……
こんなわたしじゃ、先生のお手伝いが務まりません……
《――エラ》
んん?この声は……
《イノエラ!?》
あ、ネフィルさん!!
《だ……あ、おはよう!!
大丈夫なのか!?》
おはようございます!
おはようのあいさつ、覚えてくれていたんですね!!
《当たり前だ!
君が教えてくれたものだからな!》
嬉しいです~!
《ふふふ! あ……いや、それよりもその……あの時、勝手に意識の海底へ押し込めてしまって……すまなかった》
え?……あ、あー……
そういえばそうでしたね……
りんご飴を切歌ちゃんからいただいて、それから…………あ、今日のネフィルさんの想い出を、共有している記憶領域から覗けばいいんでした!
……ネフィルさん!
《……いいとも
見てほしい。私の得た、宝物《おもいで》を》
ありがとうございます!
――
想い出を、
他の誰でもない、ネフィルさんの、わたしの思い出を―――
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「イノエラと手を繋いで歩いてくれて、ありがとう」
「……んなの、当たり前ですよ。仲間なんデスから」
「その当たり前を、イノエラはとても喜んでいた。
眠っていた私が感じ取れたほどに……だから、ありがとう」
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「というわけで……」
「どうでしょう?」
「……ごくり。」
「――完璧だ!!」
「「「はぁ~~~!!」」」
「この服に、よく似合っているな」
「そうですね~……ナイスです!!」
「あ、あの、大丈夫!?これ美しいの解釈合ってる!?かな!?」
「あぁ!何も問題はない! 恩に着るぞ、ヘルメットの君」
『きたーーー!!これはいろんな意味で期待の新人だァーー!
さぁ熱唱していただきましょう!!歌うのは――』
「マリア・カデンツァヴナ・イヴで――
"Dark Oblivion"」
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――見えたのは、
ネフィルさんと仲良くなった切歌ちゃん、調ちゃん。
ネフィルさんの髪をかわいらしく飾り付ける、奇妙な女の子三人組。
美しくマリアさんの歌を歌いきったネフィルさんを、歓声で讃える人たち。
赤いシンフォギアを纏っていた……雪音クリスさん。
翼様やマリアさんに匹敵するほどに、その歌う姿は、きれいでした。
――その時のネフィルさんの哀しみもまた、記憶と共にわたしの意識に刻まれます。
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「私の……私の歌に、救われた?」
「はい!!」
「……いいのか?
こんな、歌を歌とも思わなかった私に、そんな、そんなことを言ってしまって」
「いいに決まってますよ! ……難しいことはわからないですけど、私があなたの歌で救われたことは紛れもない事実なんですから!!」
「……私は、歌っていいものだったのか?」
「そんな!当たり前じゃないですか!!
「……!?」
「歌う人がどんな気持ちを持っていようと、聴く側はただ、歌われる気持ちの大きさと尊さに、感動するだけなんですから!!」
「そうか……そうか……」
「……ありがとう」
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「立花響、君は……何のために、戦う」
「"人助け"だよ。……困ってる人がいたら、ほっとけないから!」
「……!」
「それと……みんなの
誰だって帰る場所と、そこで待つ人がいる。
そんな当たり前な当たり前を守りたいから、わたしはシンフォギアを纏って歌うんだ!!」
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「僕に……君を乗せて肩車しろと??」
「おぉ!名前があったのか!!
そうだ!!その肩車だ!!
ははは……見ろウェル!!
街があんなにも光っている!!」
「……えぁ?」
「海もいいが、これもまた美しい!!」
「それは何よりですね」
「美しいものに……
自然も、人間の創るものも関係ないな!」
「……ほう? それは真理ですね。
ただ美しいから、美しい。
それに……理屈などないのです。
それを語るというのは、烏滸がましいだけ…
ですが語ってもいい者がいるッ!!
そう………英雄ですッ!!
"美"の体現者である英雄こそが、美を語るに相応しい存在!!
そしてその英雄こそが……」
「お前というわけだな?」
「ザッツその通りッ!!!」
「では私はどうなのだ?
美を語ってもいいのか?」
「いいですよォ!!だって女神だから!!
女神が美を語らずしてどうします!?」
「どうもしないな!!」
「でしょう!?」
「ははは……美……そうだ美だ!!
ウェルよ!!私は美を護るぞ!!」
「ほう!!
大きく出ましたねマイヴィーナス!!」
「あぁ!! 私は、
私が美しいと感じたものを護りたい!!」
「それは例えば?」
「――人類だ!!」
「人類という、あたたかくて優しい、
美しい者たちを護ってみせるぞ!!」
「お前も、イノエラも、フィーネの皆も
……何があろうと、必ず護る」
「期待していますよ、僕の女神《ネフィル》」
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……ネフィルさん。
《……なんだろうか》
今日は、楽しかったですか?
《……あぁ。楽しかった!
とてもとても、楽しかった!!》
……伝わってきます!その気持ち!
《うむ!!……人の喜び、怒り、哀しみ、そして楽しいという感情……しっかりとこの意識に刻めた!!とても……とても有意義だった!!》
わたしにも、ネフィルさんの心がわかります!!
《そうか……伝わるかこの感動が!!
たくさんの人に良くされた……
人類を、あの優しい人達を、月の落下から護らねばならないと心昂らせる……この感動が!!》
はい!!
わたしも……わたしだって同じ気持ちです!!
ちらりと、視界に映る……ノイズさんに捕まっている翼様。
そして感動的に歌ってらした、あの雪音クリスさん。
巻き付いていた、わたしの体から生えている変なムチっぽいのを外します。
「な……どういうつもりだよ!?」
「これは……貴殿は何を……」
『……あなたたちを』
「!?」
『あなたたちほどの人を、わたしなんかが縛っちゃいけないんです』
「貴殿は……いや」
『はい?』
「貴女は、イノエラといったわね」
体が固まる。
……大好きな翼様に名前を呼ばれて……しまったから。
『……そうですよ』
「さっきまでネフィルと名乗っていたのは……」
『わたしとネフィルさんは、同じ体で生きる別の
「……マジかよ」
「そういうことか……イノエラ」
『なんでしょう』
「サインをあげられなくて、ごめんなさい」
…………!!
《覚えていてくれたのか……なんと殊勝な》
……それが、風鳴翼さんという人ですから。
ファンのことを、すっごく大切にしてくれる人なんですよ。
《……そうだったな》
はい。
『……翼、さん』
「どうかした?」
『わたしが、翼さんの護りたいもの全部……代わりに護ります』
「――!」
『だから、全てが終わった後……みんなが笑って暮らせるような歌を、歌ってください』
その時は、わたしたちはきっと、もう……フロンティアと一つになっているでしょう。
……もっと翼様の歌、聴きたかったなぁ。
『……それでは』
「待っ――」
聴きたかったなぁ…………。
「……なんだったんだ、あいつ」
「…………雪音」
「え?」
「私の歌は……"人"を繋ぐことができたのだな」
「……そうだな」
ネフィルさんの記憶を覗かせていただいて、わたしにもわかりました。
先生やマリアさんたちが世界を敵に回してまで、人類を護るために戦うのか。
『立花響さん』
――全ては、みんなが自分にくれた優しさを、優しさでもって返すため。
『闘いましょうか』
「……イノエラちゃん」
『わたし……心の底から、人類のみなさんを護りたいです』
あなたの優しさも、ネフィルさんが教えてくれた。
『護りたい……先生とネフィルさんと、マリアさんと切歌ちゃん調ちゃんと教授と一緒に!! わたしも!!人類のみなさんを……護りたい!!』
だから、あなたとだって闘います。
「……わたしもだよ
わたしも……あなた達と護りたい」
『あ、じゃあ似た者同士ですね!わたしたち!!』
「!!……うん!!」
拳を、構える。
『――行きますよ!!』
「――こぉい!!」
ぶつけ合う。
火花が、散り輝く。
あぁ……でも。
欲張りだけど……
わたしが声を出せるようになったこと……先生にも、喜んでほしかったなぁ。