「イノエラ、分かっているとは思いますが……これから対峙する風鳴翼は歌女ではなく、装者です」
わかってます。
わかってて、わたしは翼様の歌も好きになったんですから。
──先生の手の平をなぞり、そう伝える。
「……きっちりしっかり戦える、ということでいいですね?」
戦えます。だってあの人の歌を、だれよりも一番近くで聞けるんですから。
──力強く、なぞる。
「いい子です」
先生が、わたしの頭を撫でてくれます。
大きくて、温かい手。
うれしい。うれしい。
無意識に、両腕を先生の腰に回してしまいます。
「……生きて、帰ってきてくださいね?」
はい。死んでも戻ってきます。
今の
「では、いきますよ」
羽織っていた白いケープを脱いで、畳んでベッドに置きます。
「G-LiNKER……注入!」
胸の、心臓のある部分の肌に大きな注射器が充てられる。
「―――!!」
チクリと、痛む。
注射器から覗く真っ白な液体が、わたしの──中へ――
『また会えたな』
………
『本当に、いいんだな?』
……はい。
『戻ってこれないかもしれないぞ』
戻ってきますよ。
でももしもの時は、わたしの体を、
先生を、よろしくお願いします。
『……ありがとう』
ゆっくりと、わたしの意識は、闇に、
優しい闇に沈んでいきました。
『――君たちの夢は、私が守ろう』
「おぉおおおおッ!?こ、この光はァアアッ!?」
実験開始より数秒後、注入部から発せられた一条の輝きは瞬く間にイノエラの全身を包み込んだ。
「来る、来る、くるくる来るくる来るぞォオオオッ!!」
光は闇に溶け、そして―――。
『ふむ……』
光の中から現れたるは――
『初めまして、というべきかな』
黒曜石に似た頑強そうな表皮。
何物をも貫き通しそうな鋭く伸びた爪、牙、側頭部より伸びる二本の角。
闇の中でらんらんと輝く、マグマよりも白熱した筋状の眼。
地獄の底から聞こえてきたかのような深々しい―――声。
『私はお前たちがネフィリムと呼ぶ者。
訳あって、ここではただのネフィルと名乗らせてもらおう』
その姿は、正しく怪物だった。
『そうか、お前が先生……』
「おぉ、おおお、おおおおお!!!」
感動で涙がちょちょぎれそうになるのをこらえ、怪物に触れる。
「よく、よくぞ復活してくれました……ネフィリム、もといネフィルよ!!」
『!……何をする!』
「あうッ!?」
が、その瞬間僕は床に叩きつけられた。
そうだった……僕が今目の前にしているのは『全にして一、一にして全なるもの』。
伝承に於ける共喰いの巨人。すべてのネフィルを喰らい終えた完成されし『ネフィリム』!
未だ木っ端の我が身では、あまりにも軽率だったか……
でも僕はまだ死ね――
『あ、あー……大丈夫か?』
……はい?
『あぁいや、すまない。まだこの体の感覚に慣れていなくてな……。悪気があったわけではないのだ。イノエラには黙っていてほしい』
「え、あの……なんですって???」
イノエラ……今、この怪物はイノエラの名を呼んだのか?
『肉体に異常はないか?骨を折っていないか?』
「……問題はありませんが」
『そうか……重ねてすまなかった。我が友の先生よ』
「友……先生?」
まさか……
「あの、もしやあなたは、その身の中でイノエラと意思疎通を行えていたのですか?」
『!!……そうだ!その通りだ!!』
怪物は、そのドス深い声で嬉しそうに答えた。
『よくぞ理解した先生よ……いや、私が先生と呼ぶのはおかしいな。何と呼べばいい?』
「……では、『ドクター・ウェル』と」
「長いな」
「!?……なら、ドクターと」
『ウェルのほうがいい。ウェルと呼ぼう』
「………はぁ」
『よろしく頼むぞ。ウェルよ』
いやいや……まぁ、別にいいですけど。
この怪物は大切なフロンティアの鍵。変に機嫌を損ねるのはよくありませんからね。
いやしかしそれにしても……
「なんというか……あなた、随分と会話が達者ですね?」
『そうだろうか?自分ではわからん』
おぉ……なんなんでしょうかこのおしゃべり完全聖遺物は。
恐ろしく人間的じゃないですか?
『起き上がれるか?良ければ手を貸そう』
「! け、結構です」
『そうか……』
そんな鋭い爪まみれの手を取れるものか!
……え、いやそんな、本気でしょげてる……だと!?
『……あぁ、そうだ。まずはお前に感謝しないとな』
「なんですって?」
感謝?この僕に?
『私をイノエラと融け合わせてくれたこと、そして私にここまではっきりとした意思を持たせてくれたことを……深く感謝する』
……え?
『何か私にやってほしいことはないか?ウェル、頼みがあれば聞こう。
といっても今のこの身でできるのは、破壊と捕食と蹂躙くらいだが』
ごくりと、息を呑む。
まさか、ネフィリム……ネフィルがここまで理知的にコミュニケーションを図ってくるとは想像できなかった。
しかも、暴威ではなく対話でもって。
これは、これは……なんて。
『さぁ、まずは何をすればいい。教えよ、私たちの造物主よ』
なんて、僕に都合がいいんだろうか!!
「―――いやに静かだな、なんにもねぇ」
あの三人のアジトに侵入してから少しばかり、最初に話し始めたのはクリスちゃんでした。
「確かにな。ここまで登ってきて罠の一つもないのは確かに妙だ」
「このままだと…ちょっとした肝試しになっちゃいま、うおぉっと!!」
「立花ッ!?」
「あ、危なかったぁ……」
変なとこに段差があったせいで転びそうになっちゃったよぉ……
「バカ、つまんねードジこいてんじゃねーよ」
「えっへへ、ごめんなさぁい」
「警戒を怠るな。いつ敵が現れるかもわからんのだぞ」
「はぁい翼さん」
「ったく、気の抜けた返事だなぁおい。はぁ…相ッ変わらずお前といると全ッ然気が張らねぇ」
「うぐッ!?」
「案ずるな雪音、直に慣れる。むしろ、立花のこの自然体を見て逸る気持ちを落ち着かせるくらいの心構えが丁度良いのだぞ」
「えぇホントかぁ~?」
「ホ、ホントだってぇ!ほらお酒でべろんべろんになってもスッゴイ強い人だっているんだしぃ、ちょっとくらいドジでもだいじょーぶだいじょーーぶ!!」
「いやだからそれ映画ン中の話だろーが!!」
翼さんのナイスフォローのおかげで、クリスちゃんとの距離もぐんぐん縮まってきてるのを感じる!
これはもう、未来や翼さんたちと交えてドキドキパジャマパーティー夢ではないんじゃないでしょーか!!いやぁ楽しみ楽しみ……
「――ッ!!お前たち!」
「「!!」」
――ノイズだ!!
廊下の奥から、いっぱい出てきた!!
「あの整った隊列は……」
「! ……間違いねぇ。前ン時と同じだ!」
「『ソロモンの……杖』!!」
「クソッ!!……どこのどいつだ!!出てきやがれ!!」
「落ち着け雪音!……まずはこちらが先決だ」
「~~ックショオ!!」
今日も戦いが、始まる。
『
『
『
三つの聖詠が、深い闇を響き渡る。
「♪――ッりゃぁあああ!!」
「♪―ハッ!!」
「♪―――はあぁッ!!!」
それぞれの胸から湧き上がる鼓動が歌に、メロディーとなってギアから鳴り渡る音楽となって、ノイズたちに確かな形を作り出す。
クリスちゃんの弾丸が、翼さんの斬撃が、私の拳が歌に乗って、ノイズたちに炸裂。廃病院の中を、炭が舞――
「炭素になりきらない――だとッ!?」
倒したはずのノイズが、復活した!
「そんな……なんで!?」
「どーゆーことだよッ!!クソッ、こんな奴らに!!」
!! クリスちゃんまで……!
「ハァ……ハァ……ギアが重てぇ……!」
「! まさか、出力が落ちているのか……!!」
「アァ……ッ!?」
な、それじゃあ!!
『そういうことらしいぞ』
「!!」
今のはだ――
「――がッ!?」
瞬間、私の体は何か、とても重い、コンクリートの塊のようなもので叩き飛ばされた。
「立花ッ!!」
……い、今のは……あッ!!
「二人とも避けてッ!!」
「「!!」」
二人にめがけて、『何か』が振り下ろされようとしたのが見えた。
「!……ハァアッ!!」
『!!』
クリスちゃんはすんでのところで回避したのと同時に、
翼さんが『それ』に斬りつけた。でも――
「……アームドギアで迎撃したんだぞ!?」
「なぜ炭素と砕けないッ!?」
「まさか……ノイズじゃない!?」
「!!……じゃあコイツは何なんだよ!」
『オォ……』
「!!……さっきの声!!」
じゃあ、まさか……!
「コイツが喋ってたのか!」
『剣の聖遺物か。たしか名をアメノハバキリ……そこの青いの!』
「!!」
『お前が風鳴翼だな?』
「だったらどうした!!」
『――丁度良い!!』
……まずい避け――!!
『この色紙にサインを書いてもらおうか!!』
………………。
「……は?」
『友が喜ぶ!!さぁ、書いてもらおうか!!』
あ、ペンも持ってる。
いや………………あのー、これって……
《ただのファン……だとッ!?》
いえ師匠それ絶対違うと思いますッ!