「――これが、今回のミッションです。どうです、やる気が出てきたんじゃないですか?」
「結構。では頼みましたよネフィル。ほどほどに楽しんだら帰投してください」
死活問題だった。
だからこそ、これから相対する彼女たちには、私の全てを曝け出さなくては申し訳が立たないと思った。
『爪で刻まぬように苦労しなければ持つことすら容易ではないこの真四角の紙、これに名を書かすことさえできれば――』
あぁわかっている。
私自身、これは異常な行動なのだと。
だが悪いなウェル。私程度の意思ではこういう方法しか取れんのだ。
こうするほか、彼女の悲しみを和らげる方法がわからない。
故に。この身を貸してくれたイノエラの涙に報いるくらいは、赦してほしい。
「………
ファンの友達っぽい『そのヒト』に、翼さんはアームドギアを突きつけます。
『私は本気だ。――伊達や酔狂で』
「「「!!」」」
『苦労して頼むものかッッ!』
その瞬間、ただの叫びだけで、私たちは無意識に足を退いてしまった。
「(痛ッ……てぇ!?)」
ビリビリと、鞭で打たれたかのような振動が、周期的に全身を襲う。
その中で、
「……ならば! その証を見せてみよ!」
翼さんが、負けじと叫びに応じました。
「おいッ!そんなこと言ってる場合か!?」
ふと気付けば、
『……』
すでに静けさを纏っていた『そのヒト』は、色紙とペンを懐にしまって、真っ赤なヒビのような眼をすぅっ、と細めました。
「……」
「……」
「……。」
『それもそうだな』
「いいのぉ!?」
「(いや乗っかンのかよ!?)」
え、あれ……てことはもしかして『このヒト』……
『証か。――そうだな』
「何かあるのか」
『あぁ。――しゃがめ!』
「「「!!」」」
咄嗟に、私たちは言われたとおり、膝を曲げ視線を落とした。
『……ッ!!』
『そのヒト』の振り上げた右腕から、何かツタのようなものが、放射状に放たれる。
一本一本がやがてそれぞれノイズに付着して――
「「「!!?」」」
付着部から、まるで掃除機が糸くずを吸い込むように……ノイズたちを一瞬のうちに消してしまった!
「な……!?」
『どうだ、お前たちを縛っていた虫どもを喰らってやったぞ』
「はぁ!?」
「
『むぅ、やはり虫程度では腹が満たされんな』
お腹のあたりを擦りながら、『そのヒト』はぶっきらぼうに答えました。
『なんだ、私のことを知らなかったのか?――仕方ない。老婆心というやつだ、教えてやろう』
「な……!?」
老婆心、というまさかの言葉に、私たちは驚きを隠せなかった。
『私の名はネフィル。……お前たちには、完全聖遺物ネフィリムと言った方が通りがいいか?』
「「「!!!?」」」
聖遺物……!?それも、ソロモンの杖やネフシュタンの鎧と同じ……完全聖遺物!?『このヒト』が!?
『ネフィルでいい。気軽にそう呼んでくれ』
そう言って『そのヒト』……ネフィルさんは、足をくんでこの暗い廃病院の廊下に胡座をかいた。
「随分と余裕ぶっこくじゃねぇか……!
てめぇみてぇな聖遺物がいるかよッ!!」
『いるだろう。目の前に』
「ッ!!」
『そうだ、たしかアウフヴァッヘンだかなんとかで聖遺物を鑑別していると聞いたな。では一曲披露して――』
《解析結果、出ました!!……対象は米国政府聖遺物研究所から持ち出された聖遺物の一つ、ネフィリムで間違いありません!!》
《何だとッ!?あったのか!!》
《数分前に届いた資料の中に丁度!》
わぁおタイムリー!!さっすがは二課のみなさん!!
「すいません!間に合っちゃいました!」
『わかった』
立ち上がろうとしてまた座るネフィルさん。
見た目の雰囲気からは想像もできないなんというか……かわいらしさが感じられます。
「(なんだこれ)」
《対象の概要は……! ありません……米国政府からはこれ以上の情報を引き出せなかったようです》
『ならばそこから先は私が話そう』
《――――なッ!!??》
聞かれてた!?ギアを通してるのに!?
『いいだろうか、顔の見えない何者か達よ』
《どうしますか、司令?》
《……本人の口から聞けるのなら、是非頼みたいところだな》
『肯定か。よし』
そしてネフィルさんは、自分についてをコツコツと語り始めた。
『さっきも見せた通り、私の特質はかつてこの星を支配していた者たちの造りし物ども……お前たちが聖遺物と呼んでいるそれらを、「捕食」することだ』
「「「……!?」」」
《なんだとッ!?》
『本当に知らなかったのだな』
通信越しに届く師匠の驚愕で、呆けそうだった頭に意識が戻る。
捕食……それはつまり、聖遺物を殺して、食べて、自分の栄養にするってことで…………
「あれ、それって……」
『お前たちがノイズと呼ぶ虫どもも、製造技術にそれらが関わっている。故に一応は私の捕食対象になるのだが――いや、実のところ喰らうのに使ったエネルギーよりも得られるエネルギーが少なすぎてな。割に合わないのだ』
聖遺物の欠片から造られたシンフォギアも……
《……天敵、だな》
つまりは、生半な相手ではないということ。
半端な気持ちは、もう消さないと――。
『――さて、証も見せた。私のことも話した。――さぁ書け!風鳴翼!』
ネフィルさんが、再び色紙とペンを持って翼さんににじり寄ります。
そして――
「……先ほどの不意討ち、見事だった。そしてこちらの一方的な要求の数々に応じてくれたことに感謝する」
「おい!?」
「貴殿の、友のために自らの利すら捨てるその心意気を、認めよう」
シンフォギアを纏っている間は見ることのないと思っていた、『アイドルとしての翼さん』の微笑みが、そこにはありました。
「いいのかよ!!こんなん罠に決まって……!」
「雪音」
「……ッ!!」
「私に任せろ」
クリスちゃんにもまた微笑んだ翼さんは、剣を納め、ネフィルさんにその凛々しいお顔を向けます。
「サインが所望なら……正々堂々、今度開催される私のライブに参じてくれないだろうか」
『!! ライブ――そうか。なるほど』
「(通じただとッ!?)」
何かの気づきを得たようで、ネフィルさんはその頑強な腕を組んで興味津々という風に翼さんを見つめました。
「そこではサイン会も催される。その時は今日の蟠りを捨て、防人ではないただの歌女の風鳴翼として、一筆奉ることを約束しよう」
『いいのか?』
「当然だ。貴殿の友にも、そう宜しく頼む」
『了解した。――軽はずみが過ぎただろうこの私にその心遣い、切に、感謝する』
深く納得した様子の深く低い声色とともに、ネフィルさんは、翼さんに頭を下げました。
「(この人はともかくとして……どういうことだよ!!どんだけ真面目だこのデカブツ!!)」
……そうだ。そうだよ。
完全聖遺物だとか、聖遺物を捕食するとか以前に、
「翼さん、クリスちゃん」
「? なんだ」
「私にも……ネフィルさんと話させてくれませんか」
この人、ものすッごくいい『ヒト』だ!
「お前、こんな時にまでッ!」
「ごめん」
「……!」
「やっぱり私ね……拳を振りかざすより先に、手を繋ぐことを、諦めたくないんだ」
「……お前…」
たとえそれを、偽善と罵られようとも。
「構わない」
「……いいよ。好きにしろ」
クリスちゃんも、銃を下ろしてくれました。
「師匠、いいですか?」
《俺も構わん。だが今お前たちが立つその場所が、ギアの出力に影響を与えている可能性がある》
「あ……」
《まだハッキリとはわからんから油断するなよ!》
「了解ッ!」
みんなからの許しも得た。
なら、やることは一つ!
「あの」
『む?』
「聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
『手短に頼む。待たせている者がいるのでな』
「わかりました!」
ゆっくりと、歩み寄る。
最初に、自分の意思を押し付けるんじゃない。
一歩一歩、着実に、互いの気持ちを確かめるんだ。
本気の本気でぶつからないと、気持ちは届きっこないんだから。
「あなたは――どうして最初に私たちと戦おうとしたんですか?」
『そう指示されたからだ』
《……やはりか》
「……わかりました。じゃあ、あなた自身は私たちと戦う意思はあるんですか?」
『今はないな。戦わなくていいのなら、それに越したことはない』
「!!……じゃあ!」
もう一度、歩み寄る。
「じゃあ私たちに戦う理由は――」
『立花響』
また歩み寄ろうとして、足が、止まった。
『すまないが、意思はなくとも義務はあるのだ』
「え……?」
『お前たちと戦い、勝ち取らなければ、私と、私の友には、永劫に苦しみ続ける"未来"しかない』
「なんだと……?」
『お前たちと戦うことでしか得られぬものが、
「なんだッつぅんだよ……それは」
『安心しろ。お前たちの命までは取らない』
『欲しいのは立花響、お前の心臓だ』
………?
「私の………心臓?」
何を言われたのかわからなかった。
「……ッけんじゃねぇ!!命取る気満々じゃねぇか!!」
クリスちゃんが、下ろしていた銃をガトリングに変えて向けなおす。
『問題ない。数分程度なら、人間は血液循環が停止しても存命が効くと聞いた。その間に代わりを補填すればいいとも』
「人のハツをなんだと思っていやがる!!オモチャの電池じゃねぇんだぞ!!」
『重々承知している。だからこそ戦いは避けられぬと言った』
今にも銃弾を放とうとするクリスちゃんを制して、翼さんはネフィルさんに向かい立った。
「貴殿は……何故立花の心臓を欲するのだ」
『私は聖遺物を喰らう聖遺物だ。無論、喰らう』
「何故……何故よりにもよって!!」
『彼女の心臓こそが!!』
突然、ネフィルさんが声を荒げて私を見た。
『もう一振りのガングニールを穿たれた彼女の心臓こそが!!私の留まらぬ飢餓衝動を永久に鎮められる可能性のある唯一の食物なのだ!!』
私に近づくネフィルさんと、
《――! ――!!!》
通信の向こうで、遠く聞こえる司令の声を認識すると同時に、私は自分の置かれた状況にようやく実感を覚えた。
「なんで……?」
『お前が、ガングニールとの融合症例だからだ』
身体が、震えを帯びてきた。
「どうして……?」
『私と、
「「!!??」」
恐くて、怖くて腕でお腹を抑える私の前で、
―――光が、弾けた。
「私は人とネフィリムの遺伝子を融け合わされた生まれながらの融合症例、『
光が闇に融けた場所には、白い髪の、金色の瞳の女の子が立っていた。
「無理を承知で言わせてもらう――さぁ、お前の心臓を喰わせよ」