「ウェル、肩を貸そうか?」
「……いきなりどうしたんです?」
目線の下から、さぁ来い、と言わんはばかりに右手をこちらに向けるネフィル。
……さっぱり意図が読み取れない。
「疲れてないか?もしくはどこかに負傷はないか?」
「100%元気ですよ……どういう風の吹き回しですかあなた」
「いや、少しばかりな。お前がいいならいいんだ」
……そう言って、時たまこちらを見やりながら、ネフィルはそわそわと態度をおかしくしながら僕の隣をついて歩く。
「もしやあなた……」
「!」
「聖遺物が欠乏しすぎて思考がボヤけてますね?」
「──むぅ」
むぅじゃないよ、だって絶対そうでしょう。
歩き方だって今のあなた、生まれたての小鹿よりも弱々しい感じ出してるじゃないですか。
「別にそんなことは」
「あるでしょうよ。自分じゃわからないと思いますが目とか真っ赤ですよ?限界窮めてるのは端から見たら明白です。……全く」
しょうがない
ソロモンの杖は懐に……さて。
「よっこいせ」
「ッ!? いきなり何を!?」
「何って……」
頑張ったご褒美に、
「抱き上げただけですよ」
いわゆる、宗教画のメシアベビースタイルです。
これならネフィルの綺麗な顔もじっくり拝めますねぇ。
「──おぉ、お?」
「これで多少は残っている体力を疲労回復に回せるでしょう。……どうです、目線が上がってみて」
「なんとも奇妙だ──だが」
微笑を湛えながら、
「この温かさは好ましい」
ネフィルは腕を僕の首に回して、さらに目線を上に上げた。
顔のすぐ横に、ネフィルの毛先だけが白く残った漆黒の髪が来る。
「……それはよかった」
「なぁ」
「何です?」
「もしや、ここから見えるあの何処までも続く水面が、『海』というものだろうか?」
「おや、海を知ってるんですか」
「知識としてはな。だが、見るのは今夜が初めてだ」
「ほほぅ……」
ネフィル……かつての先史文明期のネフィリムも、通常の生命のように生態を持って行動していた可能性は考えていましたが……俄然興味が湧いてきましたね。
「海はお好きですか?」
「あぁ。月の光が照らす水面が美しいからな」
「……では、今夜はあなたにとってのいい夜……ってことですかね」
「──そうだな、いい夜だ」
ほとぼりが覚めたら暇潰しに研究してみるのも一興でしょうか。
「とても、いい夜だ」
ネフィルが、こちらを見て微笑む。
……金の瞳に星が映る。この世のものとは思えないその美しさは正しく、女神に相応しいものだろう。
その瞳の輝きを、永遠に見つめていたいと思わせるほどに。
──だが夜の海は、よく荒れる。
「見つけたぞ……ウェル博士ッ!!」
「……やれやれ」
ちょっとしたロマンチックタイムも海だけに潮時。
おジャマ虫のエントリー。
「無粋なサキモリちゃんですねぇ。日本人はワビサビを重んじるのではなかったのですか?」
アメノハバキリのシンフォギア、その装者。
風鳴翼が、日本刀に似たアームドギアを携えてこちらへと相対する。
「侘も寂も解さぬような輩が、
「おぉ怖ッ!!……ふっ。流石、何百年も内戦してた戦闘民族は面の皮の覇気が違いますねぇ。これは強敵だぁ」
時間は……そろそろですね。
もう少し遊んでいたいところですが……。
「ウェル、下りるぞ」
「闘りますか」
「闘らぬ理由もない」
「これは頼もしい……ですが」
上空から、最早聞き慣れ飽きた歌が届く。
「その必要はないようですよ」
『槍』が、風鳴翼めがけ放たれた。
「ッ! ……このアームドギアはッ!!」
黒のシンフォギアが、薄れ行く夜闇に映えて靡く。
「久方ぶり、とでも言っておこうかしら……」
「マリア……マリア・カデンツァヴナ・イヴッ!!」
「ごきげんよう。元気そうね……翼!」
「くくっ」
マリア、またの名を『フィーネ』。
先史文明期より、アウフヴァッヘン波を浴びた自らの血を引く者を魂の器とし、この地上に於いて暗躍の限りを尽くしてきた稀代の妖女。
この朝焼けに染まり始めた小湊に、彼女はその姿を現した。
「(む……ギアの心地が戻ってきた……アンチリンカーとやら、屋外ではそう長い時間効力を維持出来んらしいな……)」
「(と、思っていそうな顔ね……アンチリンカーの効果はこちらもよく理解している。ここは早期の決着が得策……だけど)」
そう事はうまくいかないだろうということもまた、彼女は理解しているでしょう。
なんたってこの巫女、僕のLiNKERがなきゃろくにギアが纏えない可哀想な女の一人なんですから。
「では、こちらから行かせてもらうッ!!」
「聴くがいい……防人の歌をッ!!」
そしてそのまま、両者は激突し、歌が重なる。
剣で槍を、槍で剣を……時々マントが挟まりながら、互いにいなし、叩きつけ合う。
「凄まじい闘いだ。目で追うだけでここまで集中させられるとは」
「追えちゃうあなたも中々ですよ」
「そうか?」
「そうですとも……期待していますよ?ネフィル」
「承知した」
飛び散る火花がここまで飛んできそうなほどに激しく歌い合う両者は――まるで長年の宿敵であるかのように拮抗して、鍔競るばかり。
「ここでは私たちの闘いには狭すぎる……もっと広いハコに鞍替えましょうか」
「――逃がすかッ!!」
やがて戦場は大海原へと変遷。アームドギアを足場として水面にて君臨したマリアを風鳴翼は足部ユニットをホバーとして滑水。水飛沫が両者の得物を濡らし、昇りゆく朝日が輝かす。
――― 蒼ノ一閃 ―――
=== HORIZON†SPEAR ===
「「ハァアアアアアアアアッッ!!!」」
飛ぶ斬撃、奔る熱線……そして激突し、海は雨となって僕とネフィルに降り注ぐ。
……果たして、夜が明け切る前に決着は着くのでしょうか。
「ッ! そこッ!!」
走り出すマリアの一瞬の隙を突いて、風鳴翼が短刀を投擲。
「こんなものッ!」
それを弾くマリア、短刀は遠く空へと飛んでい……かなかった。
舞い上がった短刀は、ある方向へと刃先を向かせ、再び速度を得て地上を目掛け落下する。
「! ウェル!!」
その方向とは、僕とネフィルが立つ場所を指しており、隣にいた彼女が僕を庇うように前に立つ。
「ですが無問題です。……聞こえますか?あの歌が」
「歌?──むっ!」
「「──♪」」
空中より、無数の小鋸が飛来する。
その一つが、落ち行く短刀と衝突し僕らを護る。
■■■ α式・百輪廻 ■■■
「今日は、いつもより多め」
「なら、こっちもついでにいっちゃうデェス!」
何処からか魔女の笑い声が聞こえたよう。
どでかい二枚の鎌もまた、風鳴翼に向け放たれる。
××× 切・呪りeッTぉ ×××
「……ッ!!」
鋸も鎌も、一つでも身を掠めれば出血多量な危険武器。しかし彼女は、飛来するそれら全てを刃でいなし斬り破った。
「いやぁ相ッ変わらず危ない技ですねぇ。こっちまで飛んでくるかと思ってヒヤヒヤしましたよ」
「……飛んできてほしかった?」
「まさか!……冗談がキツイですよ君ぃ」
ザババの双刃が一つ、『塵鋸のシュルシャガナ』のシンフォギア装者……月読調。
まるでプラットホームの吐瀉物を眺めるかのような冷たい目でこちらを見やる彼女に、僕は優しく、大人の余裕で微笑み返す。
「くッ、新手か――ッ!」
「なんと……イガリマぁッ!!」
残る一刃、『獄鎌のイガリマ』の装者、暁切歌。
マリアと闘う風鳴翼へ向け突進、身の丈以上の大鎌を振りかぶる。
見た目から感じられる以上の俊敏さで翻弄を誘いながら、鎌の斬撃で隠した蹴りを、風鳴翼のどてっぱらへと打ち込んだ。
「――この程度ッ!!」
「ッ!……あうッ」
しかし決め手とはならない。
……流石に装者としての経験差が激しすぎましたか。あちらも見た目以上に、頑強な体幹をお持ちのようだ。
「切歌ッ!……ここは私に任せてあの二人を!」
「……りょおかいデス」
ふむ、まぁちょっと遅かったですが英断です。相手は百戦錬磨の強者。
下手に連携の取れないダブルスよりも、自分の真価を発揮できるシングルの方が相手の搦手にも決め技にも対応が利くというもの。
まだ完全には目覚めていないと見えますが、この判断力もフィーネの片鱗なのでしょうか……。
「調ッ!」
「切ちゃんッ!……大丈夫?」
「なんとかデス!」
「ま、打ったLiNKER分の働きはしてましたよ。それは僕が保証します」
「……」
はい無視ー。この子こういうとこあるよねー。
自分に都合の悪いことはぜーんぶだんまり。
よーわたーりじょぉず!ハァイ!
よーわたーりじょーーず!
《二人とも、もうあまり猶予はありません。ドクターとその子を連れて帰投なさい》
上空、空間に揺らぎが見えた。
「……!!」
「……了解」
「…りょおかいデス」
……わかりきっていたことでしょうに……まぁ余計なことさえ言わなければ別にいいですけど。
「さっさと掴まって」
「安全第一で頼みますよ」
ドライな月読くんの腰に手を回そうとした、その時。
「――行かせるものかッ!」
――― 影縫い ―――
四人の影にそれぞれ、文字通り、地面に待ち針を打つが如く短刀が穿たれた。
「――ッ!!」
「う、動けない……!」
……いやいや、どういう原理ですかこれ。
気軽に物理法則を無視したことしないでくださいよ。
「(くッ、ごめんみんな……!!)」
うーん……ロープ越しにエアキャリアで引っ張ってもらおうにも、肉体の動きがほとんど拘束されているせいで肝心のロープが掴めないとあっては意味がない。ここは……
「ウェルよ」
「「(……しゃ、喋った!?)」」
「なんです?」
「この突き刺さったものは、聖遺物だな?」
「えぇ、聖遺物の力で形成された物ですよ」
「──よし」
同じく拘束されていたネフィルは、肉体を一切動かさず、腕のあたりから触手を数本、ぬるりと伸ばした。
「――丁度、腹が減って仕方がなかった」
そして目にもとまらぬ速さで、触手は穿たれた短剣を全て、塵も残さず捕食した。
「……ッ!?」
「た、食べちゃったデェス!?」
「くくッ」
流石は『
この程度の危機など、全く持っておやつ感覚ッ!!
「……なんと……くッ」
「よくもッ!!」
「──ッ、お前は退かぬのかッ!!」
「退けるわけないでしょ……まだ、何も成していないというのに……あの子が、逝ってしまったというのにッ!!」
「……マリア、何を──ッ!!」
「ハァアッ!!」
渾身の妨害も空振りに終わって、頑張るマリアと渡り合う風鳴翼。
いやぁ、いい表情です。その悔しさをバネに、次も美味しいヤツを頼みますよ。
「ふぅ、多少は腹の虫も納まった」
「クク、クククク……流石ですよネフィル!やっぱり君は最高です!!」
「そうか」
「くッ、フフフフフ……」
堪え切れない笑いを漏らしながら、今度こそ月読くんの腰に手を乗せ体重を任せる。
ネフィルは暁くんが抱え、僕らはロープに引き上げられてエアキャリアへと昇って行った。
「(……今の、アメノハバキリから放たれた短剣の捕食。紛れもなくネフィリムの力……)」
「(それを操る今のこの子はもう、私たちに手を振ってくれたあの子、イノエラとは違うんデスね……)」
「(ドクターがこうなるって言ってたことが、本当に……)」
「(イノエラはもう……)」
「(顕在化したネフィリムの意思に、喰われてそのまま消えてしまったんだ……)」
―――まどろみの海より、浮かぶ。
「……あれ?」
ここは、どこでしょう。
さっきまでいたはずの暗闇の世界じゃなく、
「……夜の、海?」
景色の形を認識する。するとどこからか、わたしに向けた声が届いた。
『起きたのか。イノエラ』
……その声は。
「ネフィルさん!?」
どこ、どこにいるんですか!?
それにこの空間は一体……あなたと会えたあの暗闇の世界はどこへ……
『ここは、きっと私のイメージの世界だ』
イメージ……ですか?
『ああ、今まで何もなかったのは、そのまま私には何もイメージがなかったからだろう。だが、今は違う』
「違うって?」
『ウェルにもらったのだ。この、美しい景色を』
漣が浮かぶ私を優しく撫でる。
「先生にですか……いいなぁ……」
『今度、君が起きている時にウェルと一緒に見に行こう』
「はい!」
『今から楽しみだ』
「そうですね!」
くすりと、ネフィルさんが笑ったような気がした。
『すまないイノエラ。まだ
「あ、わかりました。気を付けてくださいね?」
『もちろんだ。この体は君のものなのだからな。決して誰にも傷つけさせはしないと約束する』
「頼もしいです!」
『そう言ってくれると助かる……では、おやすみ』
「はい……おやすみなさい」
わたしは再び、瞼を閉じて。
まどろみの海に身を任せ、意識の奥へと沈んでいった―――。